すこやかふくよかインハイティーヴィー   作:かやちゃ

22 / 36
第21局:交流@選ばれし魔物-モノ-たちの祭宴

「そういえば、なんだけど」

 

 とある建物の入り口で、二人並んで来るべき人物を待っていた時のこと。

 唐突に何を思ったのか、こーこちゃんがいきなりどこか遠い瞳をしながら空を仰ぎつつ、ポツリと零した。

 

「最近コンビニとかスーパーに買い物に行くとさ、ふと考えちゃうことがあるのよ」

「……うん? 考えるってなにを?」

「きっとたぶん、それっていずれ訪れるべくして訪れるだろう未来への憂いってやつなんだと思うんだけど」

 

 その愁いを帯びた横顔が、何時になく真剣な雰囲気を醸し出しているため、私は思わず背筋を伸ばして意識を彼女の声に傾ける。

 幾ばくかの沈黙が周囲を包み込み――。

 

「身体、大切にね?」

「――……」

 

 そして、再び開かれた唇から漏れた彼女の声と、同時に差し出されていたペットボトルのラベルの銘柄が、そんな真面目な雰囲気を悉くぶち壊した。

 

『特定保健用食品、から○すこやか茶W』

 

 そこに描かれているのは、最近あちらこちらでよく見かけるとある涼飲料水の名前である。

 

「……つまり、何が言いたいのかな、こーこちゃんは」

「アラフォーともなると見えてる部分以外のところも色々と気にしないといけなくなるから、毎日の食事のアフターケアも大変だよね、って話?」

「アラサーだってば! ていうか言われるほど不摂生な生活してないからね!?」

「あそっか。まぁ実家暮らしで上げ膳据え膳ならそうなるよね」

「ぐっ、ぐぬぬ……ああ言えばこう言う」

 

 内容がダイエットなんかの外見的なものの場合、話題そのものからして若年者向けっぽい感じを受けるからまだいいけど、それがこと身体の内側に見る健康面の話となると、話の対象となる年齢層が一気に引き上げられているような気がするのは私の気のせいだろうか?

 

 健康面を気遣ってくれるのは、正直嬉しい。

 でも、そこからあえて年齢弄りに繋げようとする彼女の無駄すぎるまでの心意気は、もはや燃えないゴミ箱へ直行させるべきだと思う。

 

「いやねー、これ見かけるたびにすこやんのことを思い出して仕方が無いんだわ。あっ、これってまさか……恋!?」

「恋じゃなくて変だと思う。主に脳が」

「あっはっは、それは私が変人だとでも言いたいのかね健夜君」

「知り合いの誰もそれを否定できないところがこーこちゃんのアイデンティティだと思うんだよね」

「ひどっ」

 

 ていうかさ、もう変人そのものじゃないかと思ってしまうのは、友人としてはいけないことだろうか?

 いやそもそも、こーこちゃんの場合は血中糖度を気にする前に思考回路の改善を求めるほうが先なんじゃないかな。

 そんなことを考えながら溜息を一つ吐く私。ああ、今日も大変な一日になりそうだ。

 

 

 

 吐息が空に溶けて消えた頃になって、視界の隅にその一団の姿が飛び込んできた。

 それは待ち人とは違うけれども、よく見知った人物であることに間違いはない。

 残った四人のうち誰が来るのかは知らなかったんだけど……そうか、彼女が来たのか。

 

「あれ? 小鍛治プロと福与アナじゃない。おはようございます、どうしたんですかこんなところで?」

「おはよう、竹井さん。宮永さんと福路さんも、おはよう」

「やほー久ちゃん。まぁ私たちがなんでいるかっていったら当然仕事なんだよねぇ」

 

 全国個人戦優勝者である宮永咲と、六位の福路美穂子。

 それに、団体戦準優勝清澄高校の代表枠として来たのであろう、竹井久。

 彼女たち三名は上記の通りの肩書きで召集された、本日この会場で行われるイベント『プロアマ交流戦』の出場者たちである。

 

「おはようございます、小鍛治プロ。福与アナ」

「おはようございます。お二人は解説のお仕事ですか?」

「二人もおはよ。いやいや、今日は例の番組の特別企画用のお仕事でね。ああそうだ、今日は色々あると思うけど頑張って」

 

 ……うん? 今ちょっと聞き捨てならないことをしれっと二人に向けて言わなかった?

 

「ねぇこーこちゃん。色々あるって、なにが?」

 

 思わず言われた宮永さんたちよりも先に聞き返してしまった。

 目の前の子たちも似たような疑問を抱いたんだろうけど、そもそも色々と大変なのが本当に彼女たちのほうであるのか否か、その辺りの疑問のほうが個人的には色が濃かったりもするわけで。

 

「そりゃ色々あるっしょ? だって普段は戦わないような格上の相手とも卓を囲まなきゃいけないんだし」

「ああなんだそっち側ね。よかった……」

「――? だってこの企画ですこやんが色々と大変なことをしでかすのは当然だし、周囲がそれに巻き込まれるのなんて今さら言うまでもないことじゃん」

「何気に他人事っぽく言ってない、それ!? ていうか主犯は私じゃないよね!?」

 

 さっきのツッコミの意趣返しなの? そうなの? そうなんだね?

 思わず持っていた例のお茶を口の中に捻じ込んでやろうかと考えてしまったものの、目の前に満面の笑みを携えた福路さんの顔があったので、寸でのところで思い留まる。

 今のやり取りを見て、何故にそのような菩薩の微笑を携えているのだろうかと。

 

「ふふっ、お二人はいつも仲がよろしいんですね。とても良い関係のようでちょっと羨ましいです」

「でしょー? 分かる人にはやっぱ分かっちゃうかぁ」

「いやそこはドヤ顔するような場面じゃないからね? というか主に被害が及ぶのは福路さんたちだと思うんだけど……そんなんでいいの?」

「あー、美穂子にはそういうのあんま関係ないんですよ、小鍛治プロ」

「え? こう見えて意外と騒ぐのが好きな子なの? 竹井さんの同類?」

「いえ、そうじゃなくて。大変なことでも友達と一緒なら大丈夫っていうか苦にならないっていうか、そういう感じの子なんですよねぇ」

「竹井さんとは真逆で純真無垢ってこと?」

「たしかにそうなんだけど、そこまでハッキリ言われちゃうとそれはそれで……」

 

 思わずポロッと零れた本音が、地味に竹井さんのハートにダメージを与えてしまったらしい。

 

「あ」

 

 そんな不毛な感じのやり取りをしていた最中、そう漏らしたのは五人のうちの誰だったのか。

 竹井さんたちが来たのとは逆方向から歩いてきた、二人連れの高校生。その片方の赤毛の子に向けて無邪気に語りかけている金髪の子が、こちらに気づいて足を止めた。

 

「あれ? ねぇねぇテル、あれってサキじゃない?」

「――……」

 

 躊躇という程のものではない、だけど確実に歩みを遅くした件の女性――宮永照は、後輩の大星淡を伴って、こちらへとゆっくり歩いてくる。

 それぞれが個人戦準優勝と、団体戦三位白糸台高校代表枠として今日のイベントに参加する二人。

 この大会に無関係、かつ例の企画でここへ訪れた私たちにとっていうならば、彼女たちこそが本日のお仕事の本命でもある。

 それ故にか、彼女はまず意図的に竹井さんたちを視界に居れずにおいてから、こちらへ向けて小さく頭を下げた。

 

「おはようございます、小鍛治プロ。福与アナ。本日も宜しくお願いします」

「おはよう、宮永さん。大星さんも、連荘になるけど今日もよろしくね」

「おはよー、てるてるにあわあわ。今日も元気そうで何よりだねぇ」

「むー……おはよーございまーす」

 

 あれ、まだ拗ねてるのかこの子。

 宮永さん程きっちりと挨拶をして欲しいとは言わないまでも、社交辞令的なものでもいいからもうちょっと愛想良くしてもらいたいところではあるけれども……まぁ昨日の取材中にも特に歩み寄ったりしたわけでもないから、今それを望むのは難しいかもしれないなぁ。

 

 こちらへの挨拶を終えた後、宮永さんは竹井さんと福路さんに挨拶を済ませ、大星さんは私に向けていたものとは打って変わった無邪気な笑顔で宮永(咲)さんと挨拶を交わす。

 同学年同士ということで仲が良いのか、それは実に微笑ましいやりとりではあるものの、若干後者のほうは気後れ気味のようにも見えた。

 というよりもむしろ、その背後で竹井さんたちと言葉を交わしている姉の姿をちらちらと視線で追っているところをみるに、実の妹である自分よりもよほど妹ポジションに近い位置にいる彼女には、色々と思うところがあるらしい。

 もちろんそれはあからさまな嫉妬や敵意などというようなどす黒いものではなくて、自分に出来ないことをあっさりとやってのける大星さんが単純に羨ましいのだろう。まぁもちろんその感情の中に嫉妬心が微塵もないのかといえば、そんなことはないだろうとは思うんだけどね。

 

 しかも、その実の姉妹の関係性はどんな感じなのかといえば――。

 

「お姉ちゃん。今日は頑張ろうね」

「……ん。咲もね」

 

 という感じで二言三言ほど言葉を交わして以降、これといったコミュニケーションを取らないまま会場内への移動となったのである。

 ――前途多難。

 それが、二人のぎこちないやり取りを見て感じ取った実直な意見であることに間違いはなかった。

 

 

 

 プロ雀士――。

 それは、連盟で認可された一部・あるいは二部のクラブに現在過去とを問わず一度でも入団したことのある選手のことを指す。

 大人から子供まで、大多数の人間が誰しも自称で雀士を名乗ることができる現状において、その中のほんの一握りの選ばれた者にしか公に名乗ることを許されない称号。それがプロという()()だと私は思う。

 

 そして、プロフェッショナルと呼ばれる私たちがいる以上、そこには当然のことながらアマチュアと呼ばれるそれ以外の人たちもいるということに他ならない。

 近年では恐ろしい数に膨れ上がった麻雀競技者人口とはいえ、至極大雑把にそれを分割すれば、結局はこの『プロ』と『アマ』とに分けられるわけだ。

 とはいえ、一部のトッププロと謳われている人たち――だいたい冠位持ち――と、それ以外の一般的なプロとの間には、隔絶した実力の差というものが存在するのもまた事実である。

 三尋木咏然り、瑞原はやり然り。手前味噌で申し訳ないけれど、そして当然、私こと小鍛治健夜然り。

 

 ――では逆に。

 プロというカテゴリの中で下のほうに存在する人たちと、アマチュアというカテゴリの中で上のほうに存在する人たちの実力差というのは、どうなんだろう?

 たとえば同程度の実力だったとしても、ちょっとした誰かの気まぐれっぽいキッカケでプロになれる人もいれば、時機が悪かったせいで運悪くたまたまプロ選考から漏れる人だっている。どちらにせよ前提として一定以上の実力は当然必要になるけれど、それ以上にその時々の巡り会わせが必要になるというのも世知辛い世の真理の一端なのである。

 

 そういう人たちの違いは、『プロ』とか『アマ』とかいう呼び方以上の差はほとんど無いも同然で。

 であればこそ、その人たちの単純な力量差というのを測るには、四の五の言わずにやはり対局をしてみるのが一番だろう。

 と、いうような理由で始まったのかどうかは定かではないけれど。

 

 プロアマ交流親善試合――と称して開催されるこの定例イベントは、その二つのカテゴリを隔てるようにして聳え立つ垣根を取っ払った上で、双方の実力向上を目指して切磋琢磨しましょうね、という感じで企画立案されたものだと聞いている。

 建前と本音のどちらが正しいのかは分からないけれど、この大会が麻雀界の発展に役立っているというのであれば、理由なんてどちらでも構わないよね――というのが私の素直な感想なのだった。

 

 

 プロ雀士側からは、ここ三年以内にプロ入りを果たした新人さんたちが主に選ばれる。

 そしてアマチュア雀士側からは、大きく分けると一般・大学生・高校生という三つの分類の中で選抜された各十数名の選手たちが、それぞれこの舞台で鎬を削ることになるのだ。

 ちなみに、関係各所に配られた出場者リストを見せてもらったところ、今大会に参加することになる高校選抜メンバーは以下の十四名。

 

○個人戦推薦枠

 

  優勝:宮永咲(清澄・一年)

  二位:宮永照(白糸台・三年)

  三位:辻垣内智葉(臨海女子・三年)

  四位:神代小蒔(永水女子・二年)

  五位:荒川憩(三箇牧・二年)

  六位:福路美穂子(風越女子・三年)

 

 

○団体戦推薦枠(各一名)

 

  優勝:松実玄(阿知賀女子・二年)

  二位:竹井久(清澄・三年)

  三位:大星淡(白糸台・一年)

  四位:雀明華(臨海女子・二年)

 

  準決:江口セーラ(千里山女子・三年)

  準決:鶴田姫子(新道寺女子・二年)

  準決:上重漫(姫松・二年)

  準決:真屋由暉子(有珠山・一年)

 

 

 強制的な拘束力のある個人戦上位組と比べると、団体戦での上位校から任意で出てきた選手たちは、これから先の一年間を見込んでか一・二年生組が多いように思う。

 特に姫松と新道寺の両校は、どちらも夏の大会でエースだった三年生の愛宕洋榎と白水哩を参戦させずにこの二人を送り込んできたということを考えると、これを機に次期エース候補となる両名の経験値稼ぎをしようとしていると見てほぼ間違いないだろう。

 逆に三年生の江口さんを送り込んできた千里山に関していえば、おそらくは来月に行われるドラフトを見据えたものである可能性が高い。選出線上ギリギリのところにいるのは当の本人も理解しているはずであり、ここいらでプロ相手に一戦交えておいて評価を底上げしておきたいとの思惑があるのだろう。

 

 そして、そのどちらにも当て嵌まらなさそうなのが清澄である。その将来性を見据えれば、てっきり原村さんあたりが出てくるだろうと思っていたのに、やって来たのが竹井さんとは驚いた。

 こういう場面では自ら一歩退くというか、他の人を動かして本人はあまり表立って行動しないタイプの子だと思っていたんだけど……違ったのかな?

 ちらちらと様子を伺っていたせいか、竹井さんにその疑問が気づかれてしまったらしい。素直に疑問点を口にすれば、何でもないかのように選考理由を明かしてくれた。

 

「話があった最初のうちは、私以外の三人のうちの誰かに任せようかと思ってたんですけどね。元々咲が確定で出る予定だったし、個人枠で美穂子も出ることになってたんで、その二人の間に私が入れば連絡もスムーズに取れるだろうってことで。

 ほら、咲も美穂子も携帯の扱い方に疎くてバラバラに動かそうとしたら色々と心配でしょ?」

「ああ、宮永さんはなんとなく分かるけど、福路さんってそうなんだ……」

「ええ。むしろあの子のほうが厄介というかなんというか。でも辞退した和にはもしかすると別の意図があったのかもしれませんけどね」

「原村さんが? 別の意図、って?」

「長野の個人戦、僅差で咲に負けて私が四位だったっていうのはご存知ですか?」

「うん。資料でだけど見たかな」

「インターハイでは個人戦に出られなかったから、その上位陣と戦える場を最後に譲ってくれたのかな――ってちょと考えたりもするんです。ほら、あの子には来年も再来年もあるわけだし」

 

 たしかに。まだ一年生の原村さんには、年齢的にも実力的にも、こういった場で戦うチャンスがまだ何度も残っているといえるだろう。

 もし出場するとしても、今度は個人戦優勝者としての出場権を己の力で勝ち取るのみ。

 ……なんて、そんなことを考えていても確かに不思議じゃないなぁ。いやむしろあの子の場合、理由としてはそっちのほうがしっくりくるかもしれない。

 

 

 一度中座して、お手洗いから戻ってくると、既に出場者のほとんどが会場内に揃っている状況で、高校生たちは片隅に揃ってそれぞれの知り合いと談笑していた。

 そんな中、ちょうど通り道にある大会本部席あたりで、向かい合って話をしている二人の知り合いの姿を見かける。

 顧問として松実さんの引率でやってきたであろう彼女と、本日のイベントに出場するプロ雀士の中ではおそらく最も世間に名が知られているだろう彼女。

 

「……あれ? 赤土さんと良子ちゃん?」

「ああ、小鍛治さん。おはようございます」

「グッドモーニング。と軽く挨拶をしておいてなんですが、何故小鍛治プロがここに? 今日は中継なんてありませんよね?」

「この大会とは別件の仕事でね、白糸台のほうの宮永さんに密着してるところなの。大会関係者に許可取ったってこーこちゃんは言ってたけど、良子ちゃんは聞いてない?」

「いえ、それは初耳ですね」

「私も」

 

 ……あれ? 大丈夫……だよね?

 既にカメラさんたち含む撮影スタッフ陣も準備を整えているわけで、今さら取材はダメですなんて言われても正直困るんだけど。

 

「てか小鍛治さんなんでそんな不安そうな顔してるの? 福与アナが撮影の許可取ってるんでしょ?」

「……そうらしいんだけど、なんだかすごく嫌な予感がするんだよね」

「そうなの? まぁ関係者っていっても戒能プロは出場選手で、私は玄の付添いでしかないからさ。運営側の人たちはちゃんと理解してるんじゃない?」

「うーん、だといいけど……」

 

 

 そんな一抹の不安を胸の内に抱えつつ、本日の私たちのお仕事はといえば。

 この交流戦での宮永照(と本人の強い希望で大星淡)の奮戦っぷりを密着取材することである。

 放送本編のほうで扱う部分としては、昨日の取材中にも見せてもらった『在りのままの宮永照』というコンセプトで行われることになったんだけど。

 

 いくら素の彼女がちょっと残念な感じの天然系女子高校生でしかないとはいえ、ドキュメンタリー的な構成で番組のことを考えた時、世間一般とのイメージのずれを上手く利用するためにも麻雀を打っている姿も欠かすわけにはいかなかった。

 で、そのバランス維持のために急遽取り入れられたのが、本日のこのお仕事。

 

 まぁ、朝からのあの感じでいえば、こーこちゃん的には特典用の企画も今日の取材の中に混ぜ込んでいくことを企んでいそうな気はするけれど。

 そこはほら、いくらなんでも麻雀連盟が主催のきちんとした大会の中で、彼女が好き勝手やるなんてことは流石にあり得ないはずだ。常識的に考えても、社会人的に考えても。

 

 そんな風に、自分自身に強く言い聞かせていたところ、

 

「あ、小鍛治プロ。こちらにいらっしゃいましたか。探してたんですよ」

「え? 私、ですか?」

「ああ、赤土さんもちょうどいいところに。午後からのことについて打ち合わせをしておきたいんですが、お二人とも今お時間ありますか?」

「「は?」」

 

 思わず声を揃える私たち。

 一体何のことを言っているのかすら分からなかったけれども、その声をかけてきた運営チームの女性の表情を見た時点で、厄介事が舞い込んで来たんだろうということだけは漠然と理解できた。

 

 

 

 彼女曰く。今年の交流戦、午後からの親善試合はこれまでのような個人戦のトーナメントスタイルではなくて、団体戦のレギュレーションで行うことになっているそうな。

 

 まず、プロ勢、一般アマ、大学生、高校生をそれぞれ分けて二チームを形成。

 その計八チームをカテゴリ別の組み合わせで四チーム(プロVS一般アマVS大学選抜VS高校選抜)×二組に振り分けて、それぞれに団体戦ルールで半荘戦×五戦を行う。

 その戦いの一位と二位のチームがそれぞれ決勝戦に進み、三位と四位のチームがそれぞれ五位以下決定戦へと回ることになり、最後の半荘戦×五戦の結果を以って順位が決定される仕組みだという。

 

 団体戦を行うのなら行うで、一度全部をバラバラにしてから組み分けをしてしまったほうがいいんじゃないかと思ったから、素直にそう告げてみたところ……なんとも切ない返答を得る事が出来た。

 なんでも以前それをやった際の話だけど。

 先鋒戦ではプロ同士が、次鋒戦では高校生同士が――というふうに、まるで都道府県別の駅伝大会であるかの如く、結局どの対戦も同一カテゴリ選手同士の潰しあいが主流となり、この大会の主旨でもある他カテゴリの選手たちが鎬を削りあうという思惑通りには一切ならなかったんだそうだ。

 で、その時の経験を糧にした結果、それならばいっそのこと今年は同一カテゴリの面子でチームを組ませよう、ということになったという。

 

 本末転倒にならないためとはいえ、今度は今度で発想が偏っているというべきか……レベル的に言えばどう足掻いても高校生涙目的な状況にしかならないと思う。

 一応そのハンデを埋めるためなのか、参加チームの中で高校生選抜の二組にだけは、きちんとした監督役を据えることが許されていたりはするみたいだけど。

 まぁその辺りで何とか戦力差を整えようというのが運営側の意見であり、今回、その監督役として選ばれたのが全国大会団体戦優勝チームの監督だった赤土晴絵。そして、団体戦準優勝だった清澄高校の顧問さんの二人だったというわけだ。

 

 とはいえ、清澄の顧問はそもそも名前だけの存在でしかないため監督役には使えない。

 そこでなぜか代わりに選ばれたのが――本当に何故だか分からないけれど、私こと小鍛治健夜だったのである。

 いやいやそれなら本職の臨海女子やら千里山やらの監督さんだって会場に来てるじゃないか、とか言いたいことは色々と有ったんだけども。

 どうやらその役を私が請け負うのを条件として今回の取材の許可を取り付けたらしいという話を途中の説明で聞かされた時、視界の隅っこのほうで竹井さんと談笑していたこーこちゃんに向けて、思わず助走から沈み込んでのジェットアッパーをぶちかましてしまった私はきっと悪くない。

 恐るべしこーこちゃん。いったいあの子はどこまで常識はずれだというのか。

 

「はぁ……」

「なんというか、まぁ……ウチの取材に来た時にも思ったけどさ、小鍛治さんほどになるとプロ雀士も色々と大変だね」

「しみじみ言わないで。悲しくなるから」

 

 いくら辞退したくとも、こちらの取材班が会場内での取材を開始している時点ですでに私に逃げ場はない。

 そもそも実際問題として、宮永さんへの密着取材はこーこちゃんが一人付きっ切りで傍にいれば事足りる、というのもまた事実なのである。

 例えば私が高校生チームを率いて監督っぽいことをして遊んでいても、こちらの取材そのものに強く影響が及ぶなんてことはまずあり得ないだろう。そういった点でも、そちら方面から辞退申し上げることもできないでいる。

 八方塞がり、か。

 どんよりとした雰囲気を背負う私とは裏腹に、赤土さんは選手のリストと睨めっこしながら気持ちは既に団体戦の方を向いているようだった。

 ……そうだね。やるからにはそう簡単に負けるわけにはいかないし。

 さっさと気分を切り替えてしまおう。

 

「個人戦と団体戦、全部合わせて十四人だから……七人のチームが二つできるんだよね。勝ち抜けても負けても二戦やることになるから、プロのチーム戦みたいに入れ替えながらやれってことか」

「じゃあまずはチーム分け?」

「そうなるかな。小鍛治さん、なんかいい方法ある?」

「んー、そうだね。できるだけ戦力が両チーム均等になるように分けたいから――」

 

 

 まず、全国大会での順位を元にして、できるだけ振れ幅が小さくなるよう調整するならば。

 個人一位と個人四位と個人五位、個人二位と個人三位と個人六位が同じチームに振り分けられるのが理想だろうか。

 団体戦も同じ感じで順位どおりに組み合わせていき、準決勝敗退チームの四人に関しては戦力差を順位では測れないため、一旦保留にしておいた。

 

 そしてこの結果、謀らずとも宮永姉妹は別々のチームで参加する事が確定。

 

 まぁ花一匁的な決め方よりかは遺恨を残さないだろうし、妥当なところ……なのかなこれ。

 思わず納得してしまいそうになったけれども、実際に出来上がったリストを見てみると、どうにも首を傾げざるを得ない状況がそこにはあった。

 

[Aチーム] 監督:赤土晴絵

 宮永咲  [一年](個人:優勝)

 神代小蒔 [二年](個人:四位)

 荒川憩  [二年](個人:五位)

 竹井久  [三年](団体:二位)

 大星淡  [一年](団体:三位)

 

[Bチーム] 監督:小鍛治健夜

 宮永照  [三年](個人:二位)

 辻垣内智葉[三年](個人:三位)

 福路美穂子[三年](個人:六位)

 松実玄  [二年](団体:優勝)

 雀明華  [二年](団体:四位)

 

[残り]

 上重漫  [二年](団体:準決B)

 真屋由暉子[一年](団体:準決B)

 江口セーラ[三年](団体:準決A)

 鶴田姫子 [二年](団体:準決A)

 

 えーと、均等ってなんだっけ?

 偶然とはいえ、竹井さん以外の三年生がBチーム、逆に一年生が二人ともAチームのほうに集中してしまっているというのはさすがにどうかと思わなくもない。

 いくら学年が戦力の決定的な差ではないとは言っても、実戦経験なんかを含む色々なものを鑑みれば、どうしても片方に戦力が偏っているような印象を受けてしまうのは否めなかった。

 

「どう思う?」

「純粋な成績だけでみれば妥当と言えなくも無いけど、個人個人のネームバリューというか夏の大会での成績を考えたらAチームがちょっち心許無い気がするわ」

「それは私も同感かな……まぁ長野大会で直接やりあった時の成績を見たら、竹井さんと福路さんは同レベルくらいだと思うから、他の子たちもそれくらい細かく考えていけばわりとバランス取れてるのかもしれないけど」

「それを差し引いても、問題は神代さんと荒川さんのところじゃない? 順位差以上にその並びに違和感があるっていうか」

「んー、それは……そうかも」

 

 この面子でいえば、確かに気になるのはその部分。

 神代さんに関しては、間違いなく強者である。強者ではあるんだけども……対局毎の成績の振れ幅が大きすぎていまいちその順位に信憑性がないというか、実力そのものにも懐疑的にならざるを得ないというのが正直な所か。

 もっとも、万が一にもそれらの評価が御付きで来ている永水女子の面々に聞かれでもしたら、それはそれで大変なことになりそうなので、あまり大きな声では言えないけれども。

 

「あーゴメン、自分で振っといて何だけど。あの子に関してはもうさ、その時々にどれくらい『強い』のが降りてきてるか次第なんだから考えるだけ無駄なのかもよ?」

「あはは。身も蓋もない言い方だけど、それは確かに赤土さんの言う通りだよね……あ、じゃあこういうのはどうかな?」

 

 気を取り直して、別方向からのアプローチをしてみよう。

 例えばBチームには臨海女子高校の子が二人、逆にAチームには清澄高校の子が二人いるため、この二人のうちのどちらかを入れ替えてしまおうという提案。

 個人的な思惑もあって、宮永姉妹を同じチームに入れるのはご法度なので……実質こちらに引き取るのは竹井さん一択ということになる。これは確定事項だ。

 そうなると、ただでさえ三年生が偏っているBチームにさらに三年生が増えることになる、というのは流石に防ぎたい。故に二年生の雀さんと交換するわけにはいかないので、必然的に三年生同士=辻垣内さんと入れ替えることになるか。

 

「ああそれとさ、一年生どうする? 準決組の振り分け方次第だろうけど、バラけさせたほうがいいんじゃない?」

「うーん、そうなるとこっちに大星さんかなぁ。でもそうすると白糸台の子がまたこっちに二人揃っちゃうことになるよね」

「宮永さんがそっちのチームに入るんじゃダメなの? まぁそうすると今度は清澄の二人がまた一緒になっちゃうけど」

「嶺上使いの宮永さんは個人一位枠だから動かさないほうがいいと思う。それに……万が一にも宮永姉妹が組んだりなんかしたら、それはもう大変なことになるよ……? 赤土さん、分かってる?」

「うっ……」

 

 対戦相手の一角は、曲りなりにもプロである。但し、それでもやっぱり大惨事とまではいかなくとも、それに近いレベルでの破壊活動が行われるだろうことは火を見るよりも明らかだった。

 赤土さんもその危険性を身に染みて理解しているからか、無理して笑顔を形作ってはいるものの、その口元が露骨に引き攣っている。

 ……コホン。薮蛇になる前に話を元に戻しておこう。

 

「だからもう一年生が同じチームに固まっちゃうのは仕方が無いとして、真屋さんをこっちで引き受けたらいいんじゃないかな。それで江口さんをそっちに入れれば学年的なバランスは取れるんじゃない?」

「ふーむ、ならそうしますか。じゃあ残り、といっても決まってないのは準決組の二人だけだけど」

「私はどっちの子でも構わないけど、どうする?」

「こっちで選んでいいなら鶴田さんかな。夏に戦った事があるぶん特徴も掴めてるし」

「了解。なら私のほうは上重さんをもらうね」

 

 という感じの軽いやり取りを挟みつつ、赤土さんからの了承も得て両チームの組み分けは以下の通りとなった。

 

[Aチーム] 監督:赤土晴絵

 宮永咲  [一年](個人:優勝)

 辻垣内智葉[三年](個人:三位)

 神代小蒔 [二年](個人:四位)

 荒川憩  [二年](個人:五位)

 大星淡  [一年](団体:三位)

 江口セーラ[三年](団体:準決A)

 鶴田姫子 [二年](団体:準決A)

 

[Bチーム] 監督:小鍛治健夜

 宮永照  [三年](個人:二位)

 福路美穂子[三年](個人:六位)

 松実玄  [二年](団体:優勝)

 竹井久  [三年](団体:二位)

 雀明華  [二年](団体:四位)

 上重漫  [二年](団体:準決B)

 真屋由暉子[一年](団体:準決B)

 

「しかしまぁ……まさか小鍛治さんとこんな形で戦うことになるとは、ねぇ」

「ほんとにね」

 

 お互いに苦笑しながらも、思い出すのは十年前のあの日。

 選手として戦ったあの対局で、私は彼女に勝利した。

 だけど今日は違う。選手同士としてではなく、チームを率いて采配を振るう者――そう、監督として雌雄を決することになるのだから。

 なんといっても相手は今年度団体戦優勝校を率いて激戦の中を戦い抜いてきた名将である。

 雀士としての戦いであればこちらが王者として迎え撃つ形であっても、こと監督業に関して言えば逆にこちらが胸を借りる立場といっても決して過言ではないのだ。

 

 もっとも、実際に彼女の率いる高校選抜Aチームと戦うためには、どちらともが第一戦を順当に勝ち抜けるか、あるいはその真逆の結果となる必要がある。

 しかも率いているのが高校生チームである以上、全ての戦いにおいてほぼ格上のカテゴリとなるチームと戦うことになるわけで。

 状況的には正直言ってちょっと不利かな、とは思わなくもないけれど……。

 とはいえ、これだけのポテンシャルを秘めた綺羅星たちを率いておいて、いくら格上相手といえども易々と負けてしまうわけにもいかない。

 加えて、個人的な事情でしかないとはいえ、白糸台高校の采配云々についてアレだけの事を言ってしまった手前、選手に全部お任せだったりおんぶに抱っこの状態でこの戦いを迎えるだなんて、それこそ以ての外である。

 

 自業自得? 

 どちらかというと、あの映像を流出させた人間による陰謀以外の何者でもない気がするけど……。

 ……まぁ兎にも角にも。

 たとえこの場には〝アレ〟を知っている人間がこーこちゃん以外にいないといっても、あの発言を記録媒体という形で世に残してしまった私の自尊心(プライド)と矜持にかけて、ここは相手が例え誰であろうとも膝を屈するわけにはいかなかった。

 

 

 

 私の率いるBチームの面子の中で文句なしに()()()といえる人材といえば、順当に言って彼女しかいないだろう。

 

「というわけで、宮永さんを我がチームの主将に任命します」

「……?」

 

 午前中のプログラムとして現在行われているランダム対局第二戦を終えて戻ってきたようなので、高校生用スペースの片隅で休憩がてらおやつのプレッツェルを齧っていた件の少女にそう声をかけたところ、首を傾げられてしまった。

 それはそうか。

 きちんと説明しておきたいのは山々だけど、時間に融通のきく私はともかく選手側の休憩時間はそう長々と取れるわけじゃない。

 第三戦が始まってまた卓につくことになる前に、用件だけを簡潔に伝えておくことにする。

 

「えっとね、午後からチーム戦をやることになったんだけど。二つに分けたチームの片方を私が指揮することになったの。で、そのチームのキャプテンを宮永さんにお任せしようかなと思って」

「主将なら私じゃなくて経験がある人のほうがいいと思います」

「ああ、うん。言いたい事は分からなくも無いんだけど、はっきり言っちゃうと私の番組のほうの都合なんだ。ごめんね」

「……わかりました。お引き受けします」

「ありがとう」

 

 いちおう承諾はしてくれたものの、いまいち納得はしていないようである。

 そのなんともいえない面倒くさそうな表情から心情がハッキリと読み取れてしまった。

 申し訳ないなぁとか思いつつも、撤回する気はさらさら無いんだけどね。

 

「それでね。まぁ主将だから特別何をしてっていうのはほとんど無いんだけど。チーム名だけ考えておいてもらっていいかな?」

「チーム名ですか」

「うん。白糸台ではチーム虎姫って呼ばれてたでしょ? そんな感じで構わないから」

「……チーム名、チーム名……」

 

 難しい顔をしつつ、名前を呼ばれたので卓の方へと向かう宮永さん。

 彼女も妹さんと同じで文学少女だという話だから、その文学的なセンスでちょちょいと軽く考えて欲しかっただけなんだけど……これから始まる対局に影響がでなければいいなぁ、とどこか他人事のように呟いてしまう私であった。

 

 

 当たり前のことだけど、彼女の言う通り、主戦力がイコール主将に向いているというわけでは決してない。むしろ今回のメンバーの中から適任者を選ぶという観点から言えば、清澄で部長を務めていた実績のある竹井さんか、風越でキャプテンを務めていた福路さんあたりにお任せするのが真っ当な指揮官のすべきことなのかもしれない。

 しかし、真っ当でない私としては、上記の二人ではなくあえて宮永さんを選んだわけで。

 

 チーム作りにおいて、主将というのは軸である。

 しかし、一口に主将といってもそのタイプは多種多様、チームごとにその方向性は異なるものでもある。

 例えば、一人で〝エース〟と〝主将〟という二つの重要なポジションを担う実力派ワンマン社長タイプ。

 例えば、その智略によってチームを底から支えている戦術・戦略家タイプ。

 例えば、チームの中心にあり、その人柄で結束力を向上させる支柱(カリスマ)タイプ。

 etcetc...

 

 一発勝負の短期決戦においてチームの士気を引っ張り上げたい時、戦力差をどうにかしてひっくり返さなければ勝負にならなそうな時、長期に亘ってチームを作り上げたい時。当然ながら、その都度その都度で用途が違えば必要とされる主将の資質も自ずと変わってくるのが道理である。

 

 今回の場合、チームそのものが即日解散してしまうのだから、長期を見据えて土台に拘る必要性は皆無であること。また采配を振るうという立場に私がいる以上、主将が無理に智略で支えるタイプである必要もないといえること。

 

 福路さんの場合、ちょっと度が過ぎているのではと思ってしまうほどチームに対して献身的な面があるから、初対面の下級生たちが逆に恐縮してしまう可能性も決して低くはないだろう。

 また竹井さんのような存在には、ある程度自由な立ち位置にいてもらって、遊撃的な役割を果たしてもらいたいというのもある。

 

 そうなると、主将という肩書きが多くの役割を必要としない今回に限っては、単純に最も強い宮永さんにその背中でチームを引っ張っていってもらいたい、というのが偽らざる本音である。

 まぁ後は先ほどもちらっと言ったように、宮永照イメージチェンジ大作戦(仮)でこの状況を上手く使っていきたい、という裏の思惑もないわけじゃないんだけど。

 

 

 宮永さん以外のBチーム所属となった子たちにも、休憩時間を見計らいつつ挨拶代わりに声をかけて回ることにした。

 まずは臨海女子の雀明華、次いで姫松高校の上重漫、そして有珠山高校の真屋由暉子。この三人に関しては、私は相手の顔を知っているし、相手も私のことを知ってはいるだろうけど、ほぼ初対面といっていい子たちである。阿知賀の時のように根底に悪感情ありきという因縁の相手もいなかったおかげか、意外とあっさりとした対面だったといえるだろう。

 

 で、次に向かったのが、その阿知賀から代表者として唯一赤土さんと共に上京してきているドラゴンロードさん。この松実さんに関しては、例の企画の際、別れの間際に醜態を晒してしまったこともあって、未だに真っ直ぐ彼女の顔を見れなかったり……まぁ当の本人はといえば、いつもどおりのほけっとした顔だったから、できればそのまま忘れてくれるとこちらとしてもありがたい限りである。

 

 最後に、わりと親交のある長野勢に声をかけて回って、ようやく一段落。

 密着取材はこーこちゃんたちにお任せしてあるし、午後の団体戦が始まるまではこれでのんびりできるかなぁ、なんて甘いことを考えていたのも束の間。

 私個人に割り当てられている休憩用のスペースに戻ってきたのを見計らっていたかのようにして、その嵐はやって来た。

 

 金色の長髪を背後でざわざわさせながら、びしっとこちらを指差し仁王立ち。

 その嵐は、完全にその矛先をこちらへと向けていた。

 

「――っ小鍛治プロ!」

「あれ? 大星さん、どうしたの?」

「午後の団体戦っ、はちめんろっぴの活躍をして目にもの見せてくれるっ!」

「え?」

「そんでもってついでにかんるいにむせび泣かせてあげるんだから!」

「……うん?」

 

 何を言っているんだろうか、この子は。

 感涙に咽び泣くって、どんだけ心を揺さぶるつもりなんだろう。ちょっとやそっとじゃそんな状態にならないと思うんだけど。

 というか所々発音がぎこちないのは何故?

 

「……あれ?」

 

 キョトンと首をかしげながら見ていると、あちらもあちらで意図がきちんと通じなかったと理解したのか、首をかしげながらこちらを見ている。

 まるで鏡合わせであるかのような二人の間には、なんとも不思議な空気が形成されていた。

 こちらもあの勢いにノッてあげていればよかったんだろうけど、そんなことは今さらだ。

 あるいは一方的に捲くし立ててそのまま去っていれば、その勢いのままこの空気を押し切れたのかもしれないのに……。

 ああ、たしかにこういうところはちょっとアホな子っぽいなぁ、と思わず納得してしまう私である。

 

「おっかしいなー、宣戦布告するならこう言えば大丈夫だよって福与アナに教えてもらったのに」

「あ、うん。なんかごめん」

 

 自分のしでかした事ではないはずなのに、妙に気恥ずかしいのは何故だろうか。

 元凶には後できっちりと話をつけておいてあげるから、できればその、この間抜け時空から今すぐに脱出させてもらえないかな……。

 私が心の中でそんな呟きを漏らしていたところ、救世主は西の方角からやって来てくれた。

 

「淡……? 何を騒いでるの?」

「あ、テル。対局終わったの? プロに勝った?」

「うん。一位抜けだった」

「おお、さすがテルだねー。でも私も負けてないから!」

「その意気。頑張って」

「テルもねー」

 

「……」

 

 なんというほのぼの空間。さっきまでの間抜け時空とは比べ物にならないくらい居心地がいい。

 まぁそれに伴って、私の存在感は空気レベルになっているんだけれども。ここは下手に敵意を向けられるよりはましだと割り切ろうと思う。

 

「そういえば午後からの団体戦、淡とは別のチームになったね」

「ふっふっふー、テルには悪いけど今日の勝負は私たちが勝ぁぁぁぁつ!」

「そう。でも、私は負けない。淡にも――咲にも」

「そうこなくちゃ。テルと菫先輩が居なくなっても淡ちゃん率いる虎姫は大丈夫なんだぞってとこ、今日ここで見せてあげるからね!」

「うん。そっちは楽しみにしてる」

「任せて! それじゃまた後でねー」

 

 言いたいことを言い終えて満足したのか、大星さんは手を振りながら去っていった。

 当然のように、最後まで私のことはガン無視。というか途中からは存在そのものを忘れ去られていた感じさえする。

 おそらくは故意ではなく、素で。

 

「「……」」

 

 なんというか、本当に嵐みたいな子だと思う。

 寡黙な宮永さんとは真逆のパーソナリティでありながら、そこに何ら違和を感じさせない二人のやり取りを聞いていると――まるで本当の姉妹のようにすら見えてくるから不思議だ。

 しかしそうなると、向こう側でちらちらとこちらの様子を伺っていた妹さんの姿が、今度は逆に痛ましく思えるわけだけど。

 片岡さんくらい気安ければ今の会話にも自然と挟まってこれたんだろうに、あいにくと彼女は私と同じく引っ込み思案な性格っぽいからそれを実行するのは地味にハードルが高いのだろう。

 

 いま現在の立ち位置からすれば、宮永さんも妹さんの動向はきっちり視界の中に捉えていたはず。

 それなのに、彼女に関しては一切自分から歩み寄ろうともしないあたり、こちらはこちらでどうすべきなのかを見出せず、戸惑っているのかもしれない。

 なんとかしてあげたいとは思うけど、こればかりは無関係の他人には如何ともしがたい問題だからなぁ……うーん。

 

 ――あ、そうだ。

 気持ちと空気を切り替えるのにちょうどいい話題を思い出し、私は宮永さんに向き直る。

 

「そういえば宮永さん。チーム名は決まった?」

 

 あれからさほど時間は経っていないし、その間も彼女は対局していたワケである。

 なので、空気を換えるため、ダメで元々――だったはずのその問いに、しかし彼女はコクリと小さく頷いて、どこか誇らしげに胸を張りながらハッキリと周囲に通る声でこう言った。

 

「私たちのチーム名は、お菓子連合軍――でお願いします」

 

 ……えっ、それ本気で?




長らくお待たせして申し訳ありませんでした。
しばらくはまだ不定期更新が続くことになりそうですが、これからも健夜さんの珍道中にまったりとお付き合い頂ければと思います。
内容としては白糸台編というよりは番外編っぽくなってしまいましたが……戦いからは蚊帳の外でも、次回以降はきちんと他の虎姫さんたちも登場する予定です。
次回『第22局:品評@前門の虎姫、後門のお菓子連合軍』。ご期待くださいませ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。