すこやかふくよかインハイティーヴィー   作:かやちゃ

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第20局:斜陽@〝偶像〟と〝英雄〟の境界線

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 かつて絶対王者とまで称された白糸台高校の最大の幸運は、三年前に宮永照を獲得できたことであると小鍛治プロは言った。

 二連覇という偉業を達成したことで、西東京界隈において他校の追従を許さない確固たる実績を築くことができたという現実は、今年の敗北を持ってしても未だ覆されることは無く。

 

 そして、白糸台高校の最大の不運もまた――三年前に、宮永照を獲得してしまったことに他ならないと、小鍛治プロは言う。

 白糸台高校が以前から覆らぬほどの『常勝校』であったならば、話は違ったのかもしれない。

 しかし、急速な発展はいくつかの歪みを伴うものである。

 最初はほんの僅かなものでしかなかったはずの小さな小さな違和感は、彼女がある種の暴力にも似た圧倒的な力で勝ち上がるたびに少しずつ肥大化していき、その周辺をゆっくりと、しかし確実に侵食していった。

 

 そしてその溜まり続けたモノこそが――今年の敗北へと繋がる歪んだ道筋の開始地点、その第一歩だったのだろうと。

 その片鱗、最初の一欠片目は、我々が白糸台高校を訪問したその直後に見受けられた。

 

 ※取材後、福与アナの一部証言から抜粋

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 部室棟の麻雀部の区画に足を踏み入れて最初に思ったことは、()()()()()()。これに尽きた。

 戻ってきた二人の最上級生を迎えるため、廊下の両脇にずらりと並んで頭を下げる三軍以下と思われる下級生たちの列。この異様な光景をさも当然のように受け入れて進んでいく二人の背中に、思わず眉間に皺が寄って行くのを自覚してしまった。

 ええと、これは……私たち取材スタッフを迎える用の特別な仕掛けってわけじゃなくて、こういう感じのお出迎えが常道化しているってことでいいんだろうか。

 

「――どうかしましたか、小鍛治プロ?」

「あ、ううん。これ、いつもこんな感じなの?」

「ええ。そんなことをする必要はないと何度も言っているのですが……私から言っても改まらないので好きにさせています」

「そっか。監督さんとかは何も言わないのかな」

「特には何も。止めさせたいのであれば照か部長の私が何とかしろとだけ」

「そ、そうなんだ……」

 

 渋い顔をしている所をみるに、好んでやらせているわけではないという事だろうけど……。

 それでもこの状況ははっきり言って異常じゃない?

 

 ある程度長きに渡る伝統を持つような部活動では特に上下関係が厳しいということもあるだろうけど、だからといってここまで誰が得するのかすら分からない状況にまで発展していることなんて、今日び他所の体育会系クラブでだってそうそうありはしないだろうに。

 あるいはその筋の人――というフレーズがふと頭を過ぎっていく。

 ここにきて、前にこーこちゃんに向けて述べた見解は一部間違えていたのかもしれないと、わりと本気で思い始めていた。

 

 

 延々と続くんじゃないかと錯覚を起こしてしまいそうな人垣を抜けた先、最奥にある扉の前で二人が立ち止まり、弘世さんが振り返る。

 

「ここが私たち虎姫専用の練習室です。中はそう広いわけではありませんが、どうぞ」

「専用って時点で既に凄いと思うんだけど……ねえすこやん」

「うん……」

 

 素直な感想を漏らしつつ、案内されて扉を潜る取材班御一行。しかし、問題は早々に降りかかってきた。

 ちょうど部屋の真ん中辺りに佇んでいた、一人の生徒が開いた扉に反応してこちらへ向き――ばっちりと視線が交錯した私を見て、いきなり指差し大声を上げたのである。

 

「あーっ! 決勝の実況で私の打ち方バカにした人だ!」

 

 それが、入室しての第一声。

 事前にそれらしい注意を受けていたとはいえ、さすがにいきなり非難の声で迎え入れられたことに対して驚きを禁じ得ない私がいた。

 

「もごもごもごご」

 

 ポカンとする私を含む取材陣を他所に、ベリーショートの背が高い子によって背後から口を塞がれてもがく金髪の子。

 ――亦野誠子と大星淡。

 

「言った傍からこれだ……」

 

 額に手を当てて疲れきったように深くため息を吐く元部長さんと、そんな彼女にお茶を差し出す眼鏡の子。

 ――弘世菫と渋谷尭深(たかみ)

 

「……」

 

 そして、そんな仲間たちの様子を見ながら特にアクションを起こすでもなく実にマイペースな足取りで部屋の奥へと進んでいくかの少女。

 ――宮永照。

 

 大星さんの科白といい、何とかすると言っていたはずの宮永さんの圧倒的スルー力といい、つっこみたい要素はあちこちに散らばっている状態ではあるけれど。

 なにはともあれ、これで今夏までのレギュラーチームとして都大会および全国大会を戦い抜いた『チーム虎姫』と呼ばれる五人が一同に揃ったことになる。

 ……なんとなくこの先に波乱が待ち受けていそうな、なんとも頭が痛くなるような初対面、というか見事な出会い頭ではあったものの。今回の取材対象となる五名を前にして、初っ端から疲れ果てた表情を見せるわけにもいかない。

 それに、事前に予測をしていたにも関わらずまんまと防げなかった弘世さんのあの苦虫を噛み潰したような顔に免じて、先ほどの大星さんの失言はあえて聞いていないことにした。私ってば大人だな。

 

「はじめましての子が多いから、先に自己紹介をしないとね。今回取材でお世話になります小鍛治健夜です。どうぞよろしく」

「同じくアナウンサーの福与恒子です。よろしくどうぞー」

 

 

 全国大会決勝戦、大将戦の後半戦南三局。

 それまでの戦いによってほぼ真っ平らにまで平均化された点数の上を、綱渡りをしながら四校の大将が鎬を削るといった熾烈な展開で進んだかの一戦。それが大会記録に刻まれたような順位での決着へ至った誘因があったとするならば、私はその局で見事な追撃を決めてみせた臨海女子大将ネリー・ヴィルサラーゼの一撃を挙げるだろう。

 

 白糸台大将大星淡が開幕直後から仕掛けたダブルリーチ、そしてカンによる裏ドラ爆撃というお得意の和了パターンへと移行する最中、山の王が統べる深山幽谷の域にまで達した場の流れは、彼女の和了を許さないまま一気にその領域の支配者たる高鴨穏乃へと傾いた――かに見えた。

 

 同卓していた二人の大将、宮永咲と大星淡。そのどちらもが王牌の支配権を有する者であり、いわばそれは嶺の上を制するための戦い。

 と同時に、蔵王権現の支配領域へと変貌を遂げた難攻不落の断崖絶壁へと挑むに等しい無謀な挑戦でもあった。

 当然のことながら、二人のカン使いはその姿を険しくする山の支配に遮られ、己の必勝パターンへと容易に持ち込めむことができない。

 

 三つ巴の戦いは泥仕合の様相を呈し、ただ一人その状態から蚊帳の外にいたネリー・ヴィルサラーゼ――幸か不幸か、その睨み合いの輪から外れた場所、即ち『空』を駆けていた彼女だけが唯一、その牌を手に取る権利を有していたといえる。

 彼女は明らかに狙っていたのだ。

 

 高鴨穏乃の支配によってそれ以上先に進めなくなった大星淡が無防備を晒す瞬間を。宮永咲の点数支配力に上書きされた結果として高鴨穏乃が見せるであろう霧の晴れ間、その隙を。大星淡の先行カンによる槓材の枯渇により手を進められなくなってしまった宮永咲が引き起こすであろう停滞を。

 

 大星淡の安全圏を上回る形で場を支配していた高鴨穏乃の特異能力。

 

 高鴨穏乃の支配すら突破してその和了機会を奪い潰し尽くした宮永咲の点数調整能力。

 

 宮永咲が唯一和了のために必要とする王牌を容易に潰すことができてしまう大星淡の特殊な()()()()

 

 完全な三竦み状態となった彼女らの手は、目に見える形で停滞した。

 白糸台高校が暫定一位のまま迎えたこの一局、あるいは流局となり親流れで順位が変わらぬまま最終南四局へと進んでいく可能性もあっただろう。

 しかし一巡目の攻防における一つの判断が、それを許しはしなかった。

 

 

 以前話したことがあっただろうか。

 

 ――リーチとは、攻撃力を上げる反面防御力を低下させる諸刃の剣であると。

 

 配牌で既に聴牌している状態というのは珍しい。だからこそ、そうあった時の胸の高鳴りはかなりのものがあるし、最初のツモで和了牌を引けなかったとしても、ついそのまま牌を曲げて河に置いてしまいたい衝動に駆られることもあるだろう。

 しかし本来であれば珍しいはずのそんな配牌時即聴牌の状態も、能力を解放した彼女に限っては日常茶飯的なものである。興奮を顕にして判断力を鈍らせるほどの特異な事態ではなかったはずだ。

 さらにいうならば。最初に振られたサイコロの出目が、この局では彼女の目指すべき『角の位置』が深い場所にまで埋もれてしまう事を示唆しており、それは即ち高鴨穏乃の支配圏にどっぷりと浸かり込んでしまうことを意味していた。

 

 これらの状況をきちんと理解していれば分かるように、この場面で僅差ながらトップに立っている白糸台高校にとって必要なのは早期の和了。ここで自分のスタイルに固執して、あえて手が遅くなりかねないいつもの工程(ダブルリーチ)を選択する必要性は皆無である。

 それなのに、大星さんは頑ななまでにその手順に拘ってしまった。抱いていた自分に対する過信故にか、それとも逃げてまで勝ちたくは無いという間違った自尊心のためなのか。

 結果として無防備を晒した背後からヴィルサラーゼさんの直撃を食らってしまい、最終局直前にしてほぼ点差なしの最下位に転落してしまったわけだけど。

 大星淡が、出会い頭に私に向けて言った発言の主な心当たりといえば。

 

「……この場面でもダブルリーチに頼らないと和了の形が見えないようだと、この面子の中で勝つのは少し難しいかもしれません」

 

 ――という、この時に私が思わずぽろりと漏らしてしまった本音によるものだろうと推察された。

 

 

 

 で、いま現在。

 その張本人たる大星さんが別室で弘世さんから教育的指導を受けているため、それが恙無く終わるまで残された私たちは部屋の片隅にある何とも贅沢な休憩スペースで待機している状態である。

 残された人物が比較的大人しい子達ばかりのためか、険悪なムードというには到底及ばない、むしろ全員が渋谷さんの煎れてくれたお茶を飲んでまったり気分になっているのがせめてもの救いだろうか。

 そわそわしている亦野さんはともかくとして、我関せずの宮永さんと動じない渋谷さんのメンタルは流石といわざるを得ない。

 

 というか宮永さんに至っては片隅に置かれていたダンボールの中からいくつかお菓子を取り出してきたと思えば、おもむろにテーブルに広げて置いて摘み始めるという実に見事なマイペースっぷりである。

 いちおう食べ始める前に勧められているので私も摘んでいいんだろうけど、弘世さんが戻ってきたら今度はこっちが怒られるんじゃないかと思うと非常に手が伸ばし辛い。

 実際に、気にせず摘んでいるのは宮永さんと私の隣に座っているこーこちゃんくらいのもの。彼女の神経の図太さがたまに心底羨ましくなる。

 

「あのさ、ちょっと聞いていいかな?」

「なんでしょう?」

「あのダンボールに入ってるお菓子ってここに常備してあるの?」

「いいえ。あれは先日、頑張っている私たちにと宮永先輩が差し入れてくださったもので……」

「そうなんだ」

 

 本人曰く、美味しそうな新商品があったので激励の意味も込めて差し入れたんだとか。

 でも差し入れした張本人が一番がっついて……もとい、有効的に活用しているように見えるのは気のせいだろうか?

 実際にはもう部活動は引退しているはずなのに、さもここにいるのが当然だといわんばかりに馴染みまくっているのは、おそらく三年間積み重ねたその歴史によるものなのか。

 

 というか、この部室が元々のチーム虎姫用だったということは分かるんだけど、引退してしまった二人の三年生の不在によってチームそのものは既に解散しているはずなのだから、次のレギュラーになったチームの子達がここを使用するという世代交代的なやりとりはないのかな。

 仮にその子たちがここを使用しないにしても、部屋の独占権は返却しておく必要がありそうなものだけど……。

 

 未だにこの五人での使用許可が下りているというのは、プロ入りするだろう宮永さんがそれまでの間自主練習をするために必要な場所だからなのかな。その辺りはどうなんだろう?

 その事を質問しようとして、口を開く直前――。

 

「――照、すまん。淡が完全にへそを曲げて……って、おい」

 

 心底面倒くさそうに弘世さんが戻ってきたかと思えば、案の定テーブルの上を見てさらに眉間に皺を寄せた。

 ああ、この子はきっとこれまで取材で出会ってきた子達の中で誰よりも苦労人気質なんだろうなとはっきりと理解した瞬間である。

 

「おもてなしの心は大切」

「いやまぁ、それはそうだが……ああもう、こっちはいいから淡のほうをなんとかしてくれ」

「分かった」

 

 入れ替わりで退出する宮永さんの背中を見送りながら、戻ってきた弘世さんを何気なく見ていると、ふと視線が交錯する。

 瞬間、彼女はそれはもうものすごい勢いで頭を下げた。こちらからみると腰が直角にまで曲がった状態であり、その背中は悲壮感に満ちていて逆に可哀相になるほどだ。

 当事者の私としては、元部長とはいえ第三者の弘世さんがどうしてそこまで必死に謝るのかが正直よく分からなかった。

 生真面目……ともちょっと違うな。なんだろう、白糸台に来てからずっと意識の上にベールがかかっているかのごとく纏わり付いてくるこの違和感。

 

「色々と申し訳ありませんでした、小鍛治プロ」

「え? あ、うん。私は別に気にしてないからそんなことしなくていいよ。決勝であの子の打ち筋に苦言を呈したのも本当のことだし」

「ま、それが解説のお仕事だもんねぇ。言われたほうは思うところもあるんだろうけど、こればっかりはしょうがないってことで。弘世さんのせいじゃないんだし、座って一息ついたらどう?」

「……はい。お心遣い、ありがとうございます」

 

 座ったところにすかさずお茶を差し入れる渋谷さん。なかなか気遣いの上手な子だ。

 ちなみにもう一人の二年生である亦野さんはというと。何故だか知らないんだけど、大星さんが弘世さんに連れられて出て行った頃から借りてきた猫のようにずっと隅っこのほうで大人しく縮こまっていたりする。

 別に取って食べたりしないんだからリラックスしておけばいいと思うんだけど……声をかけようと視線を向けただけで肩を震わせるため、話題を振るわけにもいかず。

 

「ちょっと気になったんだけどね、大星さんは宮永さんの言う事しか聞かないの?」

「いえ。普段はそれほど意固地でも無いんですが……こと自分の麻雀についての話になると、自分を見つけ出してくれた照の言葉しか真面目に聞こうとしない部分がありまして……」

「見つけ出した?」

「淡の実力を見出して連れてきたのは照なんです。そのこともあってか、特にあいつに懐いているもので」

「ふぅん――」

 

 確かに、世界で活躍していた臨海女子の留学生コンビはともかくとして、今年の全国大会にて上位組で活躍した一年生の中で、中学時代から全国規模で名が知れ渡っていたのは全中王者に輝いた原村和、インターミドル出場経験を持つ千里山女子の二条泉くらいのもの。

 高鴨穏乃、宮永咲、大星淡。奇しくも決勝卓の大将戦で相まみえた四人の一年生のうち日本人の三人を含め、阿知賀の新子憧、清澄の片岡優希、有珠山の真屋由暉子、あとは永水女子の滝見春あたりの子たちは、中学時代に名を残すような実績を残しているわけでもない。

 在野に埋れていた逸材を掘り出してきたというのであれば、光り輝くための場所を提供してくれた相手に敬意と親愛を向けるというのも、納得できる話ではある。

 うーん、でも……。

 

 

 

 宮永さんたちが戻ってくる前に、と話を切り出したのは弘世さん。

 あの二人はいないほうが話を進めるには都合が良いと言わんばかりに彼女は言った。

 

「取材を始める前にお聞きしたい事があります。実際の白糸台の内部を見てみて、小鍛治プロはどう思われましたか?」

「へ? どう、って言われてもまだ玄関からここまで歩いてきただけだけど……?」

「そうですね。その間に、私たちはあえて全てを普段どおりに振舞いながらここまで歩いてきたわけです」

 

 普段どおり、という部分に若干力を込める弘世さんの言いたい事がなんとなく察せられた。

 

「ああ、うん。そういう意味だと異常だとしか……正直ちょっと帰りたいなー、って思っちゃったし」

 

 きっぱりと断言して見せる私。

 そうするだけの根拠というか、突っ込み所は至る所に散らばっていた。

 

「まだ校内に入ったばかりでこんな事を言うのはおかしいのかもしれないけど、高校の部活動なのにあの空気はさすがに異常だと思うよ?」

「そう、ですか……」

 

 弘世さんも渋谷さんも、その答えが返ってくることが最初から分かっていたかのように、諦観の色を宿した肯定の頷きを示す。

 そのやりとりを静かに横で聞いていたこーこちゃんが、眉を顰めながら口を開いた。

 

「あの人垣の出迎えも無理にやらせてるわけじゃないって事だけど、それだと余計に危険な気がするね。もしかして、歯止めが利いてないんじゃない?」

「歯止め?」

「君たち――っていうかまぁてるてるのことだけどさ。あの子がこれまでに積み上げてきた功績っていうのかね、それが本人の与り知らぬところで一人歩きしてるような気がしたけど」

「あー、なるほど」

 

 思わず素直に頷いてしまった。

 

 自分たちではどう頑張っても抗えない絶対的な強者とそれが齎した栄光の数々は、もしかすると本人も知らないうちにその価値をどんどんと肥大化させてしまっていて、部内で明らかに間違った方向に向けて蔓延してしまっているのではないか、という疑念。

 それこそ本来であればヒエラルキーの頂点に立って強い立場から指導をしなければならない監督よりも、一部員であるはずの宮永照の発言権のほうが遥かに強いということすら有り得る。

 

 延いては彼女を擁するチーム虎姫全体への、批判が出来ないという風潮。

 敬わなければならないというある種の崇拝にも似た錯覚。

 実際は立場が一番強いはずの監督の発言を軽視しているという部活動以外の面でも自分にとってとてもリスクの高い選択であるにも拘らず、それが許されているかのような空気が蔓延しているのだとすれば。それは間違いなく、宮永照が監督よりも遥かに強く正しい権限の持ち主だと皆が認識しているからだ。

 

 いまだ推測の域を出ないものではあるけれど、それで監督ないし顧問という存在がほとんど表に出てこなかった理由付けにはなる。なってしまうことこそが問題であると私は思う。

 

「英雄、かぁ」

 

 地位と名誉とお金と異性。

 人が求める欲望の証として挙げられるいくつかの要素の中で、一際手に入り辛いものというのはなんだろう?

 私がそう問いかけられたとするならば、もちろん答えは明白であって、検討する余地すらないくらい分かりきった質問ではあるんだけど――。

 

「そりゃすこやん限定なら当然異性じゃないの?」

「――ってナチュラルに人の心を読むのは止めて貰えないかな!?」

「いやぁ、気づいてないかもしれないけどさ、口からダダ漏れてたよ? 地位と名誉とお金と異性、どれが一番手に入り辛いのかなぁってブツブツと」

「……え?」

 

 いやいや、まさかそんな。

 そう思いながら周囲を見回してみると、残っている三人が三人とも「突然何言ってんだこいつ」的な空気を醸し出しているのが分かる。

 

 あああああやってしまった。指先を向けられて「あのプロ痛い!」って言われるのはさすがに辛い。切な過ぎる。

 

「なんでまたいきなりそんな厨二病くさいことを考え始めたのさ」

「あーうー」

「まぁやっちまって恥ずかしいのは分かるけど。すこやんドンマイ、戻ってこーい」

「うう……はぁ」

 

 ぽんぽんと軽く肩を叩かれたので、現実逃避を止めて戻ってくる。

 

「……別に深い意味はなかったんだけど。ただちょっとこう、頭の中で纏めてる話の流れ的に必要だっただけで……」

「ふんふむ。すこやんが必死に何かを考えていたことは理解したよ。それって取材の一環?」

「う、うん。だからね、今の失態は忘れてもらえると嬉し――」

「ならちょうどいいや。冒頭のナレを入れるシーンとして採用しよう。そうしよう」

「こーこちゃん人の話聞いてる!?」

「ハイハイ、聞こえてるよー。具体的にはこう、右から来たものを左へ~ってな感じで」

「それ聞き流してるだけだよね? ていうか若干ネタが古くない? 大丈夫?」

 

 

 と、そんな感じのやりとりをしている間にも、向けられる視線はどこか冷たい。

 ……うん。気を取り直してさっさと本題に入ろうか。

 

 地位や名誉というのはそもそも他人から与えられるものであり、誰かに認められて初めて意味を成すものでもある。

 学校側から、部活動における最高権力者として宛がわれるのが監督という身分を与えられた人物であるとして。

 ピラミッド型の階級社会で頂点に君臨すべき存在ということは、中世西欧あたりの価値観括りで言ってみれば、それはいわば絶対君主制度における君主である。黒も白に変えられる程の絶大な権力を右手に持ち、左手を動かすだけで配下を従えることができる立場ということだ。

 ここ白糸台において、その君主はほんの三年前までは特に理不尽な強権を振りかざすでもなく、問題を起こすでもなく、ある程度安定した支配力を以って民衆を治めていたといえる。

 

 ――さて。

 ではそこに、圧倒的な力以て敵を悉くなぎ倒していく一人の兵士が現れたとしよう。

 彼女は勝利を積み重ね続け、次第に民衆の支持を得ていく。民衆はその強さに狂喜乱舞し、彼女こそが我らの英雄であると高らかに謳い上げる。

 最初は一方向に傾いていたはずの天秤。しかし、彼女が戦功を上げるたびに傾きは緩やかに均等へと向かう。

 国に幾つもの勝利を齎した頃、民衆の支持は君主よりもむしろ自分たちを守ってくれる強く麗しい英雄へと向けられていき。

 やがて天秤の傾きが逆転してしまうまでに名声を高めてしまった英雄たる一人の少女は、当人が望むと望まざるとに関わらず、かくてその国の礎を削り倒す一因となり果ててしまう――これはおそらく、そういった類の傾国の始まりにも似たお話。

 一人の兵士が力と世論の後押しによって、英雄へと祭り上げられていく。それはこれまでの絶対君主制度を脅かしかねない、革命的な危惧すら孕んでいるという現実として確かにそこには存在していた。

 

 

「……なるほど。部内がそういう感じなんだとしたら、取材は宮永さんを中心にしたいって最初の提案も厄介払いが目的ってだけじゃなかったのかもしれないね」

「そうかも。良くも悪くも宮永さんありきだったってことだったり」

 

 実質的な部内の最高権力は引退した今でも卒業するまではあの子のものである、ということか。

 これまでの様子をみるに、宮永さん本人にその自覚があるわけではないだろう。故意にそんな行動を取っていたならば、諸悪の根源が分かり易過ぎて逆に原因を究明するのに助かるくらいだもの。

 けれど、あいにくとこの問題はそう簡単ではないと思われた。

 たとえば彼女が軽い気持ちでした発言や何気なく取った行動でさえも、もしかするとそれが絶対的な響きを伴って部内で共通の常識となってしまっている可能性も捨てきれない。

 

 虎姫に所属している三人の下級生たちが、基礎をおざなり……とはいわないまでも後回しにした状態で、自分の理想とする打ち筋のみをひたすら追求するような状況でいられることも、宮永照という人物による『その方向性で構わない』とのお墨付きがあってこそここまで奔放に許されているというのであれば、納得は出来なくても理解は及ぶ範囲である。

 ああ、もちろん実際に宮永さんがそんなことを口に出して発言しているとは到底思えない、という個人的見解を付け加えておくけれども。

 

 彼女自身の雀士としての基本スタイルは、能力の行使を前面に押し出しているように見えてはいるけれど、実質基礎をこそ重要視している綺麗で緻密な麻雀だ。故に彼女らの短所となりうる部分をあえて肯定してやるような無益なことはしないだろう。

 ただ逆に、宮永さんの普段の様子から考えて、彼女にとって基礎をきちんと学ぶということが『誰に言われるまでもなく至極当然のこと』だという認識があるならば、あえて口に出してそこを指摘するようなことはしないかもしれない。

 

 そもそもコーチでもなんでもない実質単なる一部員でしかない彼女は、聞かれもしないのに自分から教えに行くようなことをする義務も無い。

 彼女がそうとは断言できないけれど、名選手が名コーチになれるとは限らないのだし、本人が良かれと思って行ったアドバイスが逆にその選手に対しては毒になることだって十分有り得る。

 その部分の見極めがきちんとできてこそ、初めてコーチや監督として他人を教えるという行為が正当に成されるのだと私は思うのだ。

 私が京太郎君に対して行っている指導が、きちんとそれを守れているかどうかというのはまた別の話になるんだけど……ま、今はそれはいいか。

 

 しかし、歪んでしまっている認識の中でその常識は通用しない。

 周囲の認識の中では、あくまで宮永照はその言動に監督以上の正当性と説得力を有する〝英雄〟なのである。

 その英雄たる彼女がむしろ何も指摘しないのだからと、周囲が勝手に『言われないなら間違っていないに違いない』と解釈して、それが正しいことであるのだと曲解したまま放置される――という風に。宮永さんがたとえ一切動かなかったとしても、その沈黙にこそ意味があると勝手に勘繰った周囲がありもしない彼女の意向を汲み取って常識として流布してしまう、ということだって十分有り得るのだ。

 宮永照という存在が、あまりにも偉大すぎたが故に起こってしまう弊害ともいえる。

 もし本当に部内の空気がこの通りの状況なのだとしたら、言うまでも無くこれは秩序の崩壊に向かっている危険な兆候だと思う。

 

 

 ちなみに、何故私がそんな細かい事柄からこうも大げさといっていい予測にまで掘り下げて話をするのか――というのには、もちろんそれなりの理由が存在するわけで。

 ふとしたことがキッカケでそんな感じになりかけた高校を、個人的にとてもよく()()()であるからだったりする。

 

「あのさ、すこやんも高校時代はてるてると同じかそれ以上に周囲から別格扱いされたんだよね? もしかして今までの推測って、自分の経験に基づく話だったりする?」

「まぁ、ある程度はそんな感じかな。あの頃の土浦で似たようなことが全然無かったって言えばウソになるし……うーん、それでも私の場合は憧れるってよりも怖がられるほうが多かったみたいでさ。最終的にはそこまで深刻な問題にはならなかったけど」

 

 似たような事態に陥る可能性は、確かにあの頃の土浦にもあった。

 飛びぬけた存在としての私、それが齎す栄光の数々と、変わっていく周囲の認識。

 なるほど、立場としては宮永さんと私はわりと似通ったところがあるのだろうと改めてそう思う。

 ただ一つ、決定的に異なるのが――対象となる人物へ向けられる感情のベクトルだった。

 宮永さんに向けられるのが憧憬に近しいものだったとするならば、私に向けられていたのはただただ純粋なる畏怖である。身内といっても差し支えないであろう部内の同級生連中ですら、英雄なんて大層なものではなくむしろ大魔王扱いだったしなぁ、あの頃の私……。

 

 ちなみに私が在学中の土浦で同じようなことにならなかった理由をいくつか挙げるとするならば。

 それはおそらく、土浦女子が白糸台のような強豪校扱いではなかったこと。顧問の先生が妙なプライドには拘らない、それでいて妙に人脈豊富だったせいで、生徒たちからは別の意味で一目置かれるような人だったこと。

 それに、私が黙して背中で語るような無言実行タイプではなくて、猫を被るべき場面でさえついポロッと本音を洩らしてしまうような人間だったこと。これがまぁ一番大きい部分だろうとは思うんだけど。

 甘い幻想をシビアな現実へと即座に摩り替えてしまう天然毒舌女子高生を崇め奉る奇特な人間なんて、そうそういるわけがないのだ。

 まぁ、それでもそんな私にサインをねだってくれた子もいたんだよね。今ではもはや当時の面影すら無いんだけども。

 

「実際その立場になっちゃうと、こういった問題を解決するのってけっこう難しいと思うんだけどね。集団意識に関わる問題でもあるしさ、それを個人でひっくり返すのは大変だろうし」

「んでもさー、だからって放置はマズいっしょ。大人としてはダメダメじゃない。そこを修正するのが監督とかコーチの役目だよね?」

「まぁね。監督さんがきちんとそこを抑えきれるような人なら、そもそもそんな問題起こってもいないと思うけど……」

 

 でも、だからこそ分からない部分もある。こう言っては何だけど、たかだか高校の部活動に過ぎない場でどうしてここまで歪んでしまっているのかが。

 本来の権力者が管理する事を放棄しているのか。あるいは、それだけ宮永さんの持つカリスマ性に頼り切っていたと言う事なのか。

 ――ただ、来年の春になれば流れが変わる可能性、その種は既に二つ存在している。

 

 一つはもちろん、英雄たる少女がこの学校を卒業していなくなってしまうという避けられない現実。

 戦力的には著しく弱体化するだろうけれど、抜きん出た存在がいなくなれば周囲の雰囲気も正常化する可能性は高い。

 そして、重要なのはもう一つ。

 

 全国大会の三位という結果はもちろん素晴らしいものであるということを前提として、の話だけど。

 白糸台――その統率者――に関しては、三連覇の達成を意味する優勝こそが至上の命題だった。二位以下であれば都大会敗退も同じ――とまではさすがに言わないけど。

 もし夏の全国大会で前人未到の三連覇を達成できていれば、実情はともかく表面的にはそのチームを率いた監督としての名声はもちろん、自分の功績として確固たる形として残す事が出来ていただろう。それは白糸台内部だけに留まらず、麻雀界そのものに名が残るほどの偉業といえたはずだった。

 

 しかし、結果はご覧の通りである。

 実力者の卒業生も多くいるような学校で、他にその後を継げるだけの候補者がいるのであれば、誰もが望んでいたであろう結果を残せなかった監督が続投する理由はないというもの。

 実際の人事権に関しては学校側の問題なので、ここで彼女たちに語って見せたところでどうこうできる問題でも無いわけだけども。

 

「ちなみにさ、すこやんは監督変えたくらいでここから立て直せると思う?」

「んー……そうだね。監督さんだけだと無理だろうね。だから、ここは次期エース候補としての渋谷さん次第ってことにしとこうかな」

 

 言いながら、張本人の渋谷さんへと視線を向ける。

 当の本人は言われた事をすぐに消化できなかったらしく、キョトンとしていたり。代わりに質問を投げかけてきたのは隣に座っている弘世さんだった。

 

「尭深……渋谷がですか? 大星ではなく?」

「うん、まぁその辺りは結局チームの方針次第だと思うけど……個人的には渋谷さんを推すかな。先鋒としての適性とか、能力を考えたら大星さんのほうが向いてるのかもしれないけどね」

「その、理由を伺っても?」

「だってあの子、話を聞く限りだと宮永さんがいなくなった後にきちんと他の人の指導で伸びていけるかどうか怪しいし……天真爛漫なだけならいいんだけど、ちょっと尊大なところがあるみたいだし、そこもちょっと引っかかるっていうか」

「うっ。それは、確かに……」

「でもね。気を付けないと、もし渋谷さんがエースになっても、別の誰かがなったとしても……その子がもし宮永さんみたいな“偶像”(えいゆう)を目指して進んだとしたら……次の船はあっけなく沈むよ」

 

 宮永照は、同年代の中では掛け値なしに別次元、頭一つ抜けた存在だった。

 そんなあの子の代わりを務めるのなんて、白糸台在籍の誰にだってその位置を望むのは無理だろう。

 それはもちろん、私が推薦した渋谷さんであっても、だ。

 

「すこやん相変らず容赦ないねぇ」

 

 そう言いながら苦笑するこーこちゃんだけど、別に間違った事を言ったつもりは無いんだけどね。

 だって考えてみてほしい。

 偉大な英雄が去った後、新しい体制にするためにはどんな資質が必要となるのか。

 仮に同じ土俵で従えようとしたとしても、その比較対象となるのは宮永照。前任者のような圧倒的な実力差を示すことはまず不可能だし、白糸台の部員の誰もがその実績を超えられる可能性を既に失っているわけだから、ちょっと強い程度ではどうしても軽く見られてしまうことになるのは避けられない。

 唯一彼女に打ち勝ってみせた『宮永咲』だけはその資格を有しているといえなくもないけれど、彼女は清澄の部員であって白糸台の部員ではない。

 

 故に、同じ土俵では勝ち目がないのであれば、別の要素で勝負して、そこから周囲にきちんと認められなければならないのである。

 

 だからこそ、宮永照の後継といわれていて〝彼女と比較されるのが当然〟な立場の大星さんでは周囲の期待というハードルが高くなりすぎて、色々と無理があるだろうと私は思う。

 まぁそもそも、白糸台での伝統的なレギュラー選考を今後も続けていくのであれば、虎姫に残った三人がそのまま来季のレギュラーに残れるかどうかも分からないんだけど。

 そういう意味では、私たちの知らない夏の大会では二軍以下に甘んじていた子たちの中に、残った虎姫の子たちと同レベルの実力を有しつつ、渋谷さん以上に別の要素――例えば福路さんのような溢れ出る人徳や、愛宕さんのような一種独特な人間性でもってエースと認められるだけの人間がいるかもしれないし、いないかもしれない。

 そのあたりは私よりも、部長を務めてきた弘世さんのほうが詳しく理解できているだろうから。

 

「まぁ、残った問題は選手の選考方法だと思うけど。それが校内の伝統的なものだとしたら、私が口を挟める問題でも無いんだよね」

 

 というわけで、部内における実際のところはどうなっているのかな? という視線を送ると、私の話をただ黙って聞いていた弘世さんはずっと閉じていた瞳を開いて真正面からこちらを見る。

 直接的な動きや言葉で肯定をするでもなく、かといって否定するわけでもない。ただ、その真摯な視線は私の言葉がそう的外れな指摘をしているわけではないことを告げていた。

 

「なるほど。確かに小鍛治プロの仰るとおり、この学校の今の有り様は……良くも悪くも宮永照、これに尽きるのかもしれません。そして、それを許してしまったのは元部長の私の責任でもある」

「弘世先輩、でもそれは……」

「いや、いいんだ亦野。まずはそれを認めなければ、解決策には繋げられん。そうだろう?」

「……は、はい」

「ちょっと横からごめんね、弘世さん。その解決策っていうのは何のこと?」

「実は――先日、小鍛治プロが今年の白糸台高校についてどう感じていらっしゃるのか、という内容の動画を事前に拝見させて頂きました」

「……え?」

 

 もしかして、それって例の打ち合わせの時に喋った内容の……アレ!?

 

 慌ててこーこちゃんのほうを見るも、当の本人は涼しい顔で微笑んでいるではないですか。

 迂闊だった。プライベートでも常にカメラを所持しているような子があの場面をスルーするわけが無かったというのに……何故私はその可能性を一切考慮に入れていなかったのか。

 

「もしかして、急に取材の許可が下りたっていうのも……?」

「うふっ、おかげで説得する手間が省けたよ」

「……」

 

 なんて恐ろしいことを平然とやってのけるんだ、この子は……。

 こうしてまた私に敵視が集まってくるというわけだね。うん、まぁある意味そういうのにももう慣れっこだから別にいいんだけどさ。

 

「えっと……もしかして全員で見たの?」

「いえ。ここにいる三人と監督だけです」

「そ、そっか」

 

 宮永さんはともかく、大星さんが見ていたら初っ端の一撃もあの程度では収まらなかっただろうし……あと、同時に少し納得してしまった。

 あれが事前に見られていたのなら、亦野さんの挙動が不審すぎる理由もなんとなく察せられるというものだ。

 チーム虎姫のメンバーの中で、大会を通じて最も多く失点を積み重ねてしまったのは他ならぬ亦野さんである。直接彼女を責めていたわけではないけれども、メンバー構成の不備を断じるようなあの内容では、矛先が自分に向けられているように感じられてしまったのだとしても不思議は無い。

 しかも、数字の上ではそう間違ってもいないため「そうじゃないんだよ」と声をかけてあげるのもどこか上っ面だけの取り繕いというか、単なる憐憫のように思えて躊躇ってしまうものがあったりね。

 そんな私の葛藤を置きざりにしたまま、話題は本日の核心へと突き進む。

 

「あの内容と、今日これまでの小鍛治プロのご指摘をふまえて……この取材がいい機会だろうと私は思っています」

「うん? いい機会、って?」

「卒業前の餞別、というわけではありませんが……宮永照という人間をきちんと正しい形で知ってもらうことは、あいつにとってもこれからプロでやっていく上でプラスになるんじゃないかと」

「えーと、つまり番組の企画としてはやっぱり宮永さん中心でいきたいってことかね?」

「はい。あいつにおんぶに抱っこでここまでやって来た私たちです。三人はここに残り、私は大学進学、照はプロ入り……これまでの借りを返すことができる機会もそう多くは無いでしょう」

「これが歪んでいない宮永先輩像をみんなに知ってもらえるチャンスなら、私たちはそれを望みます」

 

 三連覇を達成するためにはあえて必要だったもの、しかし目指すべき場所へと辿り着くための道は既に崩壊し、新しい世代にはこれ以上偶像の上に聳え立つ英雄など必要ない。

 

 マスコミの前で意図的に形作る、明るくて人当たりのいい偶像(アイドル)としての宮永照。

 圧倒的に抜きん出た力以て、対戦校を悉く蹂躙していく英雄(ヒロイン)としての宮永照。

 そして虎姫の子たちの前でだけ見せる、着飾らない本当の意味での宮永照。

 そのすべてが等しく宮永照なのだと理解しているチーム虎姫の面々と、そうではない、一面しか見ていない周囲の面々との認識の差。それを埋めるためにこの番組を利用したい、と。

 

 その申し出を受けて、こーこちゃんはすぐさまディレクターさんに視線を飛ばす。

 一瞬のうちに交わされた、アイコンタクト。

 同じ宮永照に焦点を絞るにしても、ネガティブではなくポジティブに、というのであれば。

 

「そういうことなら、都合のいい幻想と意味の無い伝統に浸っている連中の目をバッチリ醒まさせてやろうじゃない」

 

 切れ長の瞳――その端っこをギラリと輝かせながら、不敵な笑みを携えてこーこちゃんは言った。




ずいぶんと長い間お待たせしてしまいました。白糸台編、なんとかこうとか再開となります。
でも何故だろう。ここまでの白糸台高校(-照)にはポジティブ要素がカケラも見つけられない……っ!
次回、『第21局:交流@選ばれし魔物-モノ-たちの祭宴』。ご期待くださいませ

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