すこやかふくよかインハイティーヴィー   作:かやちゃ

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第一弾:長野県代表・清澄高校編
第01局:取材@夢見る少女の最初の一手


 Q.長野県の名物ってなんだっけ?

 A.かつ丼

 

 彼女に聞いた私が愚かだったとしか言いようのない回答を持って、私たちは長野県へと降り立った。

『清澄に行くのは構いませんが、あまりアイツらを苛めるようなまねはしないで下さいよ? 苦情がこっちに来かねませんので』

 なんて言っていた彼女も、そう思うならついでだから一緒に来てくれたらよかったのに。

 そうため息を吐かずにいられない程テンションが爆上がりしている相方の福与恒子さんは、既に観光目的で訪れた観光客よろしく観光名所案内の雑誌片手にウキウキである。

 

「やってきました長野県! さて、じゃまずどこから行く!? もう松本城のほうまで行っちゃうか!?」

「お仕事で来てるんだから行くのは清澄高校に決まってるよ」

「ちょ――すこやんノリが悪い! せっかくの旅行なんだしもっとこう、一緒に楽しもうよ!」

「こーこちゃんのテンションが高すぎるの」

 

 出だしからこんなんで本当に真面な取材ができるんだろうか? 甚だ疑問である。

 

 

 件の清澄高校は、長野県下でいえばこれといって特徴のない至って普通の高校である、という印象を抱くところだ。

 というのも、長野県下における麻雀の強豪といえばやはり最初に出てくるのは風越女子という名前であって、実際に昨年度の龍門渕高校に代表の座を譲るまでは全国大会の常連校であった程。その牙城を崩した龍門渕高校も全国的にも有数の名門校であり、知名度という点においては、麻雀部がインターハイに出場した昨年よりも前からその名は広く知られている。

 そんな二校とはある意味正反対の、至って普通の麻雀界的には無名もいいところだった清澄高校が一躍脚光を浴びたのは、なんといっても今年の春。

 全中王者として去就が注目されていた原村和が進学先として選んだ高校が、清澄だったからである。

 今にして思えば、風越女子の凋落の始まりは、ここで原村和を囲い込んで入学・入部させることができなかった所から、なのかもしれない。

 

 

 二人そろって校門を抜けようとしたところで、横合いから声をかけられた。

 声のした方を振り向けば、スラッとした立ち姿で首を垂れる一人の女生徒ともう一人、金髪の男子生徒の姿が見て取れる。

 

「ようこそ清澄高校へ。本日は遠路はるばるお越しくださり、ありがとうございます。清澄高校麻雀部で部長を務めさせていただいております、竹井久と申します」

 

 顔をあげて微笑むのは、紛れもなく清澄高校麻雀部の部長として見事に中堅を勤め上げた竹井久その人であった。

 第一印象は、清楚。決勝卓で見せた悪魔の如き微笑などどこ吹く風といった様子での初対面である。

 そしてもう一人の男子学生。

 姿勢を正したことでよく分かるが、背が高い。それにけっこうなイケメン君だった。

 

「清澄高校麻雀部の須賀京太郎です。今日はよろしくお願いします」

 

 うん、態度もとても清々しくて気持ちいい。須賀だけに。

 

「これはご丁寧に。先日取材の申し込みをさせて頂きました○○テレビアナウンサーの福与恒子と申します。本日は宜しくお願いします」

「……」

 

 猫を被るとまでは言わないが、変わり身の早さでいえばこちらも大概だった。

 福与恒子、やるときはやる女である。

 思わず呆然としていると、こーこちゃんが肘で脇腹を突っついてきた。

 それが早く自己紹介しろという催促であることに気が付いて、慌てて頭を下げる私。この中だと最年長なのに格好悪いことこの上ない。

 

「は、はじめまして。つくばプリージングチキンズ所属の麻雀プロ、小鍛治健夜です。よろしくお願いします」

「もちろん存じ上げています。高名な小鍛治プロに会えてすごく光栄です、宜しくお願いしますね」

 

 すかさずフォローしてくれるイケメンの須賀くん。

 それどころか、私が持っていた小さな荷物をさりげなく持ってくれるといったオマケつきである。やばいちょっと泣きそうだ。

 

「では麻雀部の部室にご案内します。須賀くん、お二人のエスコート宜しくね」

「了解っす」

 

 

 事前に打ち合わせがあったのか、カメラマンさんたちスタッフの存在をしれっと無視して進める二人。堂々としているというか、特に緊張しているそぶりを見せていないあたり、こういった場面に慣れているのだろうか。既にカメラは廻っているので、そういった態度をとってくれるのは進行的にはとても助かる。

 先を歩く竹井さんと、その後を三人横並びで歩く私たちという構図。もちろん校庭のあちらこちらには在校生の皆さんが幾人も集まっており、撮影風景を前に大興奮といった様相ではあるものの、麻雀関係者の間で絶大な知名度を誇る私と普段からテレビに出てくるアナウンサーと、どちらが一般人たる彼ら彼女らに人気があるかは一目瞭然だった。

 とはいえ、こーこちゃんもまだ新人といっても過言ではないキャリアなので、そこまで騒ぎになるようなことはなかったけれど。

 

 十年前のこととはいえ、私にもあんな頃があったなぁ……なんて。

 多少センチメンタルな気分に浸りながら、竹井さんの後を追って歩く。

 無邪気に手を振りかえすこーこちゃんはさすが業界人といった感じ、隣を歩いている須賀くんは集まってくる周囲の視線に多少居心地悪さを感じているようだ。

 ここは頼れるお姉さんとしてフォローしておくべき場面だろうか。

 

「須賀君、大丈夫?」

「すみません、お気を遣わせてしまって」

「こういうのってなんか、くすぐったい感じがするよね」

「俺の場合、むしろ居た堪れないといいますか」

「ああ。こんなに注目を浴びることって、そうそうないもんね」

「それもあるんですが、その……俺は麻雀部であっても、女子団体戦のメンバーとは違って注目を浴びるような立場じゃないですから、余計に」

「須賀君は大会には出たの?」

「いちおう、長野県大会の一次予選で敗退でしたけどね」

「そ、そうなんだ。なんかごめんね」

「いえ、俺が弱いのが原因なんで」

 

 ハハハ、と笑う笑顔に力はない。

 先ほどの校門の時より若干強い力で、こーこちゃんに脇腹を突っつかれてしまう。

 なにをやっているんだ、と言わんばかりに。私もまったく同感である。

 以前誰かに言われた、小鍛治さんは人の心の地雷部分を容赦なく踏み抜いていくことに定評がある、という言葉が脳裏をよぎっていった。

 なんとなく話題が途切れたところで、古ぼけた校舎の中へ案内された。

 木造……なわけはさすがにないだろうけど、ずいぶんと趣のある造りをしている。キョロキョロと周囲を見回していたら、不意に隣でディレクターさんと話をしていたはずの須賀君と視線が交錯した。

 

「福与アナはさすがっていうか余裕たっぷりって感じでしたけど、小鍛治プロもやっぱりああいうの慣れてるんですか?」

 

 ああいうの、というのはたぶん周囲の視線を集めるような状況、ということだろうか。

 

「うーん、私はあんまり慣れてないかな。ほら、はやりちゃんみたいにテレビに出たりあんまりしないし、街中で騒がれることってそんなないから」

「瑞原プロですか、たしかにあのおっ――コホン、失礼しました」

 

 今なんて言おうとしたんだ、この子はいったい。

 やっぱり胸か。胸なのか。女性の魅力はそこだけじゃないんだぞと小一時間問い詰めたい。そんなことをしている暇がないのがとても悔やまれる。無念だ。

 

 

「着きました。どうぞ」

 

 やがて廊下の突き当たりに到着、階段を登って、その先にある扉が開かれる。

 その中は、部室――というには少しオシャレすぎる装丁になっており、片隅には、少しの間その存在理由が理解できなかった不可思議なものが存在していた。

 

「……何故ベッドが?」

 

 私の疑問を代弁してくれたのはこーこちゃんだった。やっぱりそこ気になるよね。

 

「ああ、それですか。なんでも部長が学生議会長の職権を乱用して使わなくなったベッドを保健室から強奪して――あいたっ」

「余計なことは言わなくて良いのよ、須賀くん」

 

 もうほとんど言った後だったけどね。

 ご愁傷様ではあるが、先ほどの不穏当な発言における天罰であろうと結論付ける。

 

「コホン。どうぞ、こちらへ」

 

 予め用意されていたテーブルと椅子に私たちを案内してくれるのは、五人の中で唯一眼鏡をかけている少女。地味で堅実な戦い――というのは多少失礼かもしれないが――を見せてくれた清澄高校の次鋒、染谷まこ選手だった。このメンバーの中では唯一の二年生とのことだし、おそらく次の世代では部長を務めることになるのだろう。

 しかし、こうして全員と対面して改めて感じるのは、部員の数が少ないな、ということである。仮にも全国二位となった部活とは思えないほど小規模で、部室のここも見かたによっては隔離されているようにすら思えてしまう場所にある。

 そもそも、こういった場に顧問の先生が現れないことに違和感すら覚えてしまうわけで。

 そして逆に、だからこそこんな環境で良くぞ県大会を勝ち抜いて全国二位まで登りつめたなと感心せずにはいられない。

 

 

「さぁてと。お堅いお話はとりあえず横に置いといて。まずは挨拶がてら、部長さんにお話を聞かせてもらっても良いかな?」

「私ですか? ええ、いいですよ」

 

 一息つく間も無くこーこちゃんが話を切り出したのは、正直意外だった。

 あれだけ観光旅行気分満載だったはずの彼女に、いったいどんな心変わりがあったのか――。

 

「ね、ね。このあたりでオススメの観光スポットってどの辺りになるかな?」

 

 ――なんて考えるだけ無駄だったよね。うん、分かってたよ。

 

「ちょっとこーこちゃん、いきなりそれはどうかと思うよ?」

「えー、ちゃんとお堅いお話は横に置いといて、って言ったじゃん」

「言えばいいって話じゃないよね!?」

「まぁまぁ、小鍛治プロ。この辺りだと、そうですね――」

 

 案外その話題に乗り気な竹井さんは、メジャーどころの観光名所から、知る人ぞ知る穴場のスポットまで色々と教えてくれている。目を輝かせながら聞いているこーこちゃんを見て、番組の進行を半分以上諦めたのはきっと私だけではないはずだ。

 一方で、深く感情の篭った溜め息をついた私の目の前に、ゆっくりと上品なデザインのカップが置かれた。

 カップの底の色が透けて薄紅色に見えるということは、中身は紅茶のようである。

 

「どうぞ」

「あ、ありがとう。えと、原村さん」

「小鍛治プロに名前を覚えていただいているとは、光栄です」

「それはね。昨年度のインターミドル覇者にして、インターハイ個人戦第七位。一年生にしては立派な成績だしね」

「ありがとうございます。でも、更に上を行く一年生が身近にいるせいか、あまり立派だといわれてもピンと来ませんが」

 

 少し悔しそうに言う彼女の視線が、反対側の本棚付近に所在なく佇んでいる少女へと向けられる。仲が悪い、というわけではないだろう。長野県大会決勝戦の時にわざわざ試合場付近まで声をかけに現れたりしたという話も聞いているし。

 ただ、あの個人戦決勝最終戦における彼女の闘牌には思うところがあるようで、ライバル心もより膨れ上がった、というところか。

 

「近いところに目標があるのは良いことだと思うよ。絶対に届かない、ってわけでもないだろうしね」

「そう、ですね……」

 

 慰めたつもりだったのだけど、何故か目に見えてしょんぼりと萎んでしまう原村さん。

 あれ、もしかして私また地雷踏み抜いた?

 

「あの、よろしければ少しご指導いただいても?」

「え? あ、うん。私でよければ、もちろん――あっちがあの感じじゃ、しばらくは収録できそうにないし」

 

 向けた視線の先には、須賀君や先鋒の片岡さんまでが加わって「あれがいいあそこはダメだ」なんていうご当地の話題でものすごく盛り上がっている集団がいた。

 

 

 収録が始まるまでに少しだけ、と牌を握ったのがよくなかったのか。

 私の目の前には、半ば放心した感じの染谷さんと宮永さんがいた。原村さんは若干顔色を青くしつつも、先ほど終わった最終局のおさらいをしている。

 そういえば、指導して欲しいという話だったし何か指摘したりしたほうがいいんだろうか。

 

「原村さんはあれだね。牌効率に関してはもうプロ並に研ぎ澄まされてる感じがするね」

「……でも、勝てませんでした」

 

 じっと牌を見つめるその瞳が、揺れた。

 今の対局のことを言っているわけではないだろう。おそらくは、団体戦――そして個人戦での敗北を指しているものと思われる。

 初めて会った私をして迷っていると確信させる何かを見せる彼女の姿は、あまりに痛々しくて。けれど、敗北を知る事が成長に繋がる、なんてことを私が言っても説得力はないに等しい。逆に嫌味と取られてしまうのがオチである。

 さて、この場面はどう声をかけるのが正解なんだろう、なんてコミュ障っぽいことを心の中で思っていると。

 

「小鍛治プロはたしか、国内無敗――でしたよね?」

 

 キッと向けられた視線には、追い詰められた人間特有の危うさが内包されているように見えた。

 この子にとって、敗北というのはそんなに辛いものなのだろうか?

 声を出すことをせずただ頷いて肯定したのは、彼女をこれ以上刺激しないほうが良いかな?という配慮からであったのだが。

 

「私もそう有りたかった。私に足りないものは、何だったんでしょうか――」

 

 時既に遅し。感極まった原村さんはそう呟いたあと、膝から崩れ落ちて泣き出してしまった。

 あわわはわわと慌てるのは、私とトリップ世界から戻ってきた宮永さん。

 逆に彼女に駆け寄って寄り添うようにしているのは、片岡さんと染谷さんだ。

 そんなパニック状態の中にあっても、どこかで冷静に首を捻る私が居て。

 疑問に思うのは、いったい何が彼女をあんなに追い詰めているのだろうか?ということ。

 個人戦はともかく、団体戦で原村さんは特にこれといった失点を犯してはいない。二回戦で永水女子の副将に役満を和了られたくらいのものであって、その他は終始安定したこれぞデジタルという感じの堅い打ち筋をみせていたはずである。

 清澄高校の誰かが敗戦の責任を彼女に負わせるような真似をするとは到底思えない。それはメディアも同じだ。彼女は健闘をたたえられる立場でこそあれ、責められるような振る舞いをしたことなど一度もないのだから。

 では、それとは違うどこか別の要因が――冷静っぽい彼女をして、勝たなければダメと思わせるよな何かが、どこかに存在しているのだろうか?

 

「あーあ、すこやんやりすぎだって」

「えっ? ちょ、私のせいじゃ――」

 

 ないよ!とは断言できない私であった。

 東風戦の第三局、親番の四順目四暗刻単騎ツモで三人残らずすっ飛ばしてみせたのは、つい今しがたの出来事だったのだから。

 後で原村さんの告白を聞いた私としては、ここはきちんと訂正しておくべきだったか、なんて反省したりもしたんだけど。

 

 

 

 有体に言えば、よくある話で済まされる。

 父親が弁護士で母親が検事という、エリートの中のエリート的な家に生まれた少女が抱える期待の重さとでも云うべき話か。

 麻雀という競技に現を抜かす娘に対して快く思わない父親と、麻雀を続けたいと願う娘とのすれ違い。果てに交わされた約束は、全国大会で優勝することであったという。できなければ東京の進学校に転校し、麻雀も辞めることになると。

 それは、幼い頃から培ってきたものを捨てるに等しい行為であり、また親しくなった友人たちすらも失いかねない危惧を孕んでいた。

 

 そうして望んだ長野県大会、そしてインターハイ。その結果は言うまでもないのだが……団体戦では準優勝、個人戦では七位止まり。

 なるほど、この成績でよくやったと言われてしまっては、本気で優勝を目指して頑張っていた少女にしてみれば悔し涙の一つも零さずにはいられないだろう。

 しかも団体戦の優勝を阻んだ阿知賀女子のメンバーの大半以上が、原村さんが幼少期を過ごした奈良時代の友人知人だというではないか。

 余りにも練りこまれすぎた悲劇的なストーリーに、その話を聞かされたほとんどの人間は居た堪れない表情を浮かべることしかできずにいた。

 あの能天気かつ場の空気をあえて読もうとしないことに定評のあるこーこちゃんをして、黙り込むしかなかったのだから相当である。

 よくある話であり、よくある悲劇だと思うけど。当事者になった方はたまったものではないだろう。

 

「それはつまり、あれか……? のどちゃんが転校して、もう一緒に麻雀打てなくなるってことなのか?」

「……そういうことに、なりますね」

 

 片岡さんが投げかけた疑問に、律儀に答える原村さん。

 ようやく泣き止んだはずの彼女の瞳に再び涙が溢れそうになる。

 

「そんなの……そんなの私は許さないじょ! のどちゃんは清澄麻雀部の一員で、仲間で、いなくなることなんて誰も望んだりしない!」

「そ、そうだよ! 私だってせっかくお姉ちゃんと話をする機会ができて、これからやっと麻雀も心の底から楽しんでできるようになるかもしれないのに……。

 それなのに、私に麻雀の楽しさを思い出させてくれた和ちゃんがいなくなっちゃったら、そんなの……っ」

「私だって……私だってそんなのいやですよ!」

 

 一年生の三人娘、全員が止め処なく涙を流しながら抱き合っている。

 青春だなぁ、なんて思いながらその光景を眺めている私はともかくとして、染谷さんは思った以上に深刻なダメージを負っているようで。おそらく優勝できなかった原因が、団体戦決勝でマイナス収支だった自分にあるとでも思っているのだろう。

 竹井さんも平静を装っているように見えるが、冷静でないのは一目瞭然。須賀君はそんな三人娘たちを見下ろしながら、悔しそうに拳を握り締めている。

 

 ふと、そんな彼女たちの姿を見ていた私の心に浮かんできたのは、とある一つの疑問だった。

 もし試合が行われるよりも先に、宮永さんが原村さんの境遇について理解していたのであれば――あるいは、決勝で逆転手を和了っていたのは高鴨穏乃ではなく、宮永さんのほうだったのではないか?

 無論確証なんて何処にもない、単なる仮説に過ぎない話ではあるけれど。

 だとするなら――原村さんの選択ミスは、麻雀外の部分にあるということになるが。はてさて。

 

「貴方が弱い――というより、問題の肝になってるのは清澄が何故最後の最後で負けてしまったのか、っていうことだよね?」

 

 だから私は、泣きじゃくる三人の中の一人に向けて、本当のことを言ってあげることにした。

 ジっと見上げてくる六つの瞳。ちょっと怖いと思ったが、ここで怯んでは大人が廃るというものである。

 

「清澄が団体戦で最後の最後に勝ちきれなかった要因は、たぶん大将の質の差だったんじゃないかな。高鴨穏乃にはそれが誰よりも強くあって、宮永咲には唯一それだけが足りなかった」

「……っ、咲さんは!」

「全力で戦ったって、そう言える? ねぇ宮永さん。もし戦いが始まるよりも前に、原村さんの今の話を聞かされていたとしたら、君はどうした?」

「……私、は――」

「高鴨さんは、チームのために絶対に勝つっていう誰よりも強い意思を貫き通した。宮永さんや大星さんの天性の才能を抑えこんでしまえるほど、それは強かった。

 だけど、お姉さんとの戦いの場を個人戦の直接対決に定めてた宮永さんには、団体戦、絶対に優勝しないといけない理由はあの時点ではもうなかったよね」

「そ、それは、でも……」

「勘違いしないでね。手を抜いただとか、そういうことを言いたいわけじゃないんだ。そんなこと思ってもいないし。

 ただ、充実した勝負ができたあの戦いの中で、結果的に最後の最後で相手に勝ちを譲ることになったとしてもそこまで抵抗はなかったんじゃないかな?」

「――……」

 

 ゾクリ。

 

 久方ぶりに生で感じる、背筋を走り抜けて行く悪寒にも似た感覚。

 十年前に赤土さん相手に感じたそれと同等か、あるいはそれ以上の――とはいえ、今はこちらをこれ以上挑発している場合ではない。

 確信は得た。

 あとは原村さんの問題をなんとかしなければ。

 

「ちょっと話が脱線しちゃったね。ええと、つまり原村さん。貴方に足りないのは人間臭さっていうか大人的なずる賢さだと思う。頑固すぎるのも困り者だね」

「……え? 頑固、ですか……?」

『あー』

 

 シリアス的な場面には大凡似つかわしくない、そんな間抜けな相槌があちこちから聞こえてくる。

 あ、やっぱりみんなそう思っていたのか。

 

「貴方が素直に弱音を吐けるような人間だったら、今回のことをきちんと話すことができていたなら、きっと宮永さんは最後まで強い意志のままで闘ってくれていたと思うんだ。

 それでもやっぱり勝てなかったとしても、宮永さんだけじゃなくて竹井さんや染谷さん、片岡さんや須賀君。みんながきっと、それぞれのやり方で貴方のことを助けてくれたはず」

 

 ぐるりと、彼女を囲むようにして立っている清澄高校の麻雀部員たちに視線を送る。

 その後を追うようにして皆を見る原村さんに向けて、誰もが同様に首を縦に振って私の言葉を肯定した。

 

「そしてそれは今からでも遅くない。素直に告っちゃったおかげで、私たちも私たちのやり方で手を貸す事ができるんだってことだよね、すこやん?」

「おっと、こーこちゃん。いきなり出てくるのやめて」

「まぁまぁ。で、原村さん。このこと、番組内で放送しちゃっても良いかな? 良いよね?」

「え? あ、いえ、それはちょっと――」

「阿知賀の部分は流さないよ? でも、今の話がオンエアされちゃったら、結果的に原村さんの転校がお流れになっちゃう程度にはほどほどに騒ぎになるんじゃないかなって思ったりして」

「あ……」

 

 ああ、実にこーこちゃんらしい強引かつ恣意的な話の持って行き方ではないですか。

 要するに、お涙ちょうだいドキュメンタリーで、まったく無関係な外部勢力さんたちから原村さんのお父さんに圧力をかけてもらい、約束を反故にさせようという魂胆だ。

 ついでに番組のコーナーも充実して一石二鳥と。

 大人のずる賢さここに極まれり、というものである。やっぱこういうの見習っちゃダメだわ、原村さんみたいな純粋な子は特に。

 

「ありがとうございます、皆さん」

「いいってことよー」

 

 番組スタッフを代表して親指を立てて良い顔をしているのがこーこちゃんなのはいまいち納得いかないけれど。

 原村さんは、どん底の状態からはなんとか立ち直りかけているようである。

 

 

「でも、今のお話では私の麻雀部分の弱点というのがよく分からないままなんですが、それは」

「あれ、そうかな?」

「はい。できれば面倒ついでということで、教えていただけないでしょうか?」

「うーん……というかね、そんな貴方の頑なな部分が、麻雀そのものをも頑なにしちゃってるんじゃない? 最適解を望みすぎてて、逆に選択肢を自分で狭めてるように私には見えたかな」

 

 全国二回戦における、永水女子に対する役満への無警戒っぷりなんていうのはその典型であろうか。

 そんなオカルトありえません、だったっけ。

 それが原村和お決まりの決め台詞のようなものだと聞いた事がある。

 もちろんそれが完全に間違っているわけではないだろう。そういった部分を考慮に入れた、あらゆる可能性を含めた上でのデジタル打ちができるのであれば、の話だが。

 あの時も、これまでの対局データに基づいて字牌の扱いに警戒をすることくらいはデジタル打ちであれば当然考慮すべき案件だったはずである。

 彼女はそれを、全てが偶然の産物であるという頑ななまでに強い信念によって、完全な慮外に置いてしまった。

 統計データが持っていたはずの、デジタル的な信頼性までも一緒に。

 結果、他家からみたら暴牌ともいえるような風牌切りへと繋がることになるのだが……そういえばあの時同卓していた宮守のお団子ちゃんは、見ていてとても可哀相だったな。

 彼女によって与えられていた『庇護』が取り払われたことで、途端に裏鬼門が成立してしまったことでも分かるように。もしあの卓に彼女がいなければ、原村さんの失点はもしかすると回復できないほどの酷いものになっていたかもしれないのだから。

 

「オカルト的なものを信じろなんていわないけど、オカルトって言葉に騙されて捨てちゃいけない重要な情報まで捨てちゃうのはデジタルな打ち手としてはどうかと思う」

「なるほど……たしかに、そうですね」

 

 嶺上開花で確実に和了できる人物がこうも身近にいるくせに、ここまでオカルトを頭から否定できるのはある意味才能だとは思うけど。

 

「あとはそうだなぁ、風越の福路さんみたいに、牌からの情報だけじゃなくて打ち手の癖なんかも考慮に入れて卓上を操れるようになるといいんじゃないかな」

 

 原村さんの場合、相手の河や理牌から当たり牌を読むこと程度は当然しているだろうけど、デジタル化している思考の七割程度を自分自身の情報処理に充てている節がある。

 名前を出した福路さんなんかは対局者側の情報を処理することに六割強を宛てているため、状況の理解度が必然的に高まり、相手の手を自在に操ってみせることすらできている。それでいて、残りの三割弱の処理速度でも自身周りで発生している選択肢を間違うことはほとんどない。

 このあたりが長野県個人戦一位と二位の差、とでもいうべきだろうか。

 もっとも、高校一年生の今現在でここまでやれるというのは、将来性抜群な上に十分に強者の証ではあるのだが。

 

「ありがとうございました。もし清澄に残れることになったなら、いつか小鍛治プロの本気と戦う事ができるように精進します」

「うん、頑張ってね」

 

 

 

「さて。原村さんの案件も一件落着ってことで仕事おっぱじめますかねー。あ、久ちゃんはあとでお姉さんと観光対策会議ね」

「了解、分かったわ」

 

 ってもうこーこちゃんと竹井さん仲良くなってるじゃん!

 なんだか組ませてはいけないコンビを結成させてしまったように思えるのは、私の気のせいだろうか? 気のせいであって欲しいなぁ……。

 片岡さんから後で自分とも対局して欲しいとお願いされて、快く引き受けたにも関わらず染谷さんあたりからは引きつった笑みを向けられつつ。

 まず、清澄高校麻雀部の出立地点の話が部長の竹井さんの口から明かされる。

 

 

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 彼女が一年の頃、麻雀部は既に廃部の危機に瀕していたのだという。

 麻雀を嗜む人間はほぼ風越や龍門渕へと流れていってしまい、立て直そうにも人が来ず、廃部寸前の状態のまま彼女は一人で一年を過ごした。

 その翌年、待望の新入部員が現れる。それが現在の唯一の二年生部員である染谷まこ。

 彼女は幼い頃から雀荘を経営している祖父の下で麻雀を嗜んでおり、また自身も雀荘に関わりながら生活をしているという、実に麻雀漬けな人間だった。

 しかしこの年もやはり経験者が強豪校に流れてしまい、それ以上の増員は見込めず――また一年、麻雀部はその体を保つこともなくひっそりと活動を続ることになる。

 今思えば、雌伏の時。鳳凰が羽ばたく前の羽休めとでも云うべき二年の歳月を超えて、運命の年が始まった。

 全中王者の原村和が名門校の誘いを蹴って、清澄高校へと進学したのである。

 同じく高遠原中学でチームメイトだった片岡優希も共に麻雀部の扉を叩き、これで四人。後一歩のところまで来て、しかし団体戦出場という最初の目標は目前で頓挫する。

 あと一人であれば、そこらで暇を持て余している帰宅部の誰かに名前だけでも借りて出場することはできただろう。

 しかし、部長の竹井久をはじめ麻雀部の部員達はその選択を最初から取ろうとはしなかった。

 理由を竹井久はこう語る。

 

「麻雀は無理やりやるものじゃないし、そんなんじゃ長続きなんてしないでしょ。それに、私たちの目標はあくまで全国制覇。一からの素人さんを戦えるまでに仕込む時間は流石になかったわ」

 

 閉塞した麻雀部。その転換期は、一人の青年が部室の扉を叩いたときに始まった。

 彼の名は、須賀京太郎。清澄高校麻雀部で唯一の男子部員であり、また唯一の麻雀初心者でもあった。

 彼自身は男子生徒であって、女子団体戦のメンバーにはなり得ない。

 しかし、もし清澄高校麻雀部のサクセスストーリーの最初の一歩が刻まれた瞬間があったとするならば、この時だったのではないかと思われる。

 竹井久に質問をしてみた。

 もし全国二位という結果を齎したものに感謝を捧げるとするならば、何を選びますか?と。

 彼女は少しだけ考えてから、はっきりとこう言ったのである。

 

「二つあるかな。もし感謝をするとしたら、それは須賀君が咲を麻雀部の部室に連れてきてくれたこと。あとはうちの学食のメニューにタコスを追加した人に、かしらね」

 

 意外にも、団体戦のメンバーの何れかではなく、唯一の男子部員である彼の名を口にした。

 事実、彼がいなければ麻雀部に近づこうとすらしなかったとは、後に絶対王者を倒すことになる新チャンプ宮永咲の言葉である。

 ちなみにタコスというのはメキシコ料理の一つであり、清澄高校先鋒の片岡優希選手の大好物。

 彼女がそこに感謝を捧げるといっているのは、結果的にそのことが片岡優希と原村和が清澄高校へと進学するに至った要因であったかららしい。

 ここで、二つ挙げてもらった要因のどちらもがメンバー集めに関する部分であることに注目したい。

 約二年間ほどをメンバー不足のまま出場できずに終わった事が、もしかすると彼女の中で今も小さなしこりを残しているのだろうか?

 その辺りを問いかけてみたが、竹井はさっぱりした笑顔でその疑問を否定して見せた。

 

「結果こそ準優勝ではあったけど、十分楽しませてもらったわ。そんな私が今さら過去を儚んで見せたら、県大会で負けた他校の三年生達に顔向けが出来ないじゃない」

 

 そう語る彼女は素直に格好良いと思える女性だった。

 しかし長野県大会を勝ち抜いたメンバーは、部長である竹井久が難敵を撃破していった自分達ではない所を選んだというその事実をどう思っているのだろうか。

 メンバーの中で最も竹井と過ごした時間の長い染谷まこに聞いてみると、

 

「そりゃあそうじゃろ。ワシら団体戦のメンバーは当然、京太郎のサポートも含めて全員がやるべきことをやった結果として、全国二位っちゅう成果を得た。

 じゃがそりゃあ全部あいつの――久が描いとったプラン通りじゃったはず。貰ったメダルの色はちと違ったがの。京太郎が咲を連れてきたんは、その範囲外の出来事じゃったからなぁ……そうは見せんがありゃそうとう嬉しかったんじゃないか?」

 

 つまり、である。

 団体戦のメンバーが団結し、龍門渕の天江衣や風越女子の福路美穂子など強敵を倒して全国へと進むことは予定通りのことだった。

 そして全国大会においても、決勝まで勝ち抜くことは想定内。いわば彼女のプランどおりだったというわけだ。

 そこに誰かしらへの感謝を挟む余地はない、ということなのだろう。

 そんな策士ともいえる竹井久を持ってしても、唯一どうにもならなかった部分こそが、最後のメンバーの存在であり――絶対的強さを誇る清澄高校大将、宮永咲の存在であった。

 

 宮永咲は、既に誰もが承知の通り、近年のインターハイを席巻してきた白糸台高校三年、宮永照の実の妹である。

 しかし、その名が最初に登場するのは長野県大会の団体戦一回戦。中学時代はまったくの無名であり、麻雀界でもその存在すら知られてはいなかった。

 それもそのはず。実際に家庭内以外で牌を握ったのは清澄高校麻雀部での一件がはじめてのことであり、それまで周囲にいた友人達の誰もが彼女の秘めた才能について気付いてもいなかったのだから。

 このあたりは宮永姉妹のプライベートに踏み込んで行く非常にデリケートな話題となるため、ここでは割愛せざるを得ないのだが。

 その才能を発掘するに至った経緯にこそ、この須賀京太郎が関わっていたのである。

 彼自身はそのことについてどう思っているのだろうか?

 話を聞いてみると、色々と興味深いことを教えてくれた。

 

「咲とは中学の頃からの知り合いなんです。まぁ、麻雀がすげー強いことなんて麻雀部で一緒に打つまで知らなかったんですけど」

 

 最初は人数あわせのために部室へ連れて行ったのだと彼は言う。

 知っての通り、清澄高校麻雀部は男子部員の須賀を合わせても六人という少数精鋭的な面を持つ。※この時点では五人

 部長である竹井は学生議会長(生徒会長のようなもの)であり、常に麻雀部で活動するというわけにはいかなかった。

 そして二年生の染谷は家業の雀荘を手伝っている身でもあり、団体戦メンバーが揃うまではそちらを手伝うこともままあったという。

 二人の上級生の欠席が重なれば四人で打つにも厳しい状況であり、そんな中、須賀が旧知の仲で帰宅部であった宮永を麻雀部へ誘ったのは、ある意味で必然だったのかもしれない。

 

「あわよくば最後のメンバーに、ってのは考えてましたけど。その時は単純に、メンツが足りなそうなんで連れて行ってカモ……もとい、一緒に楽しもうかなと思った程度でした」

 

 結果、この対局でカモにされたのが本当の意味で初心者だった須賀本人であったことは、今さら特筆すべきことでもないだろう。

 

 

 

 これによって清澄高校に最後のパーツが揃った瞬間ではあったが、この後、全てが順風満帆というわけではなかった。

 問題となったのは、綺羅星のごとく現れた謎の新鋭宮永咲と、全中王者として同じ世代に君臨していた原村和の確執である。

 原村は当時のことを思い出しつつこう語った。

 

「あの頃は、正直咲さんのことはあまり好きではありませんでした。え、理由ですか? 私が、麻雀がとても好きだったから、でしょうか」

 

 当時の宮永は、麻雀に勝つということにまるで執着していなかったと竹井は証言する。

 小さい頃の家庭環境による部分が大きいのだが、宮永は幼少の頃から牌を握っていながらも麻雀に勝つことを許されず、負けることもできなかったことで、特異な能力を得るに至った。

 それが、全対局プラマイゼロ事件のはじまり、根幹部分である。

 麻雀を少しでも嗜む者であれば到底信じがたいことである、とあえて前置きをしておこう。

 宮永咲、彼女はなんと……原村和も加わった最初の顔合わせ対局において、三連続プラスマイナスゼロ収支という離れ業を達成して見せたのだ。

 無論それは偶然ではなく、彼女自身が狙った結果の出来事であった。

 全中王者原村和のプライドは、ここで粉々に粉砕されたといっても過言ではない。

 

「もう一度だけ、彼女と打ってみたいと思いました。だから部長にお願いして、なんとかその機会を作ってもらったのは良いのですが……」

 

 その結果、彼女らは更に恐ろしいものの片鱗を見せ付けられることとなった。

 四回目の対局、五回目の対局と、彼女は原村和が意図的に放つ仕掛けのことごとくを粉砕して、更にプラスマイナスゼロで対局を終えて見せたのである。

 この時点で、宮永の持つ特異な能力を疑う人間は原村以外にはいなかった。

 プラスマイナスゼロ収支で終えるということは、当然、トップに立つことはない。

 つまり、宮永に実力で劣る場合であっても彼女がそれを望んでいないことでトップを取り、勝つことができるのである。それを『勝ちを譲られている』と取ることは、決して穿った見解ではないだろう。

 麻雀と真摯に向き合い研鑽を積んでいた原村にとって、勝てる実力を秘めながら勝ちを狙おうとしない宮永の存在は、水と油、まさに忌避すべきものだった。

 

「勝てないのならば勝てるまで努力すれば良い。でも、勝つことよりも点数を調整することを目指しているあの頃の咲さん相手では、ぬかに釘を打つようなもの。正直腹が立ちました」

 

 麻雀は点数を積み上げて勝ちを狙うものである、という当たり前の事実を宮永は理解していなかった。

 しかし、この複雑に見えていた確執問題は、意外にもすんなりと解消することになる。

 全国大会へ出場して姉と仲直りがしたい――胸に掲げられたその目的のため、宮永が自ら率先して勝つための麻雀を打つことになったからであった。

 後に清澄の白い悪魔と呼ばれることになる、新しい王者が誕生した瞬間である。

 

 

 

 ここで、永世七冠でありグランドマスターの異名を持つプロ雀士『小鍛治健夜』に話を聞いた。

 

「宮永咲という名前を聞いたら誰もが思い浮かべるもの、それはきっと彼女のトレードマークともいえる和了役の嶺上開花だと思うんだけど」

 

 場面は、長野県大会団体決勝、大将戦。

 龍門渕高校大将の天江衣による連続和了によって風越女子大将の池田華菜が土俵際まで追い詰められ、得点がゼロになった瞬間である。

 この時の風越女子の絶望は如何ばかりか……想像するだに筆舌に尽くしがたいものがあるが、今は置いておこう。

 次局、風越女子以外が自摸和了するか、風越自身がノーテンで流局した瞬間、龍門渕の優勝が決定してしまうという、まさに三校が同時に追い詰められた危機的状況であった。

 

「ここだね。この場面、ちょっと見て」

 

 対局が進んで画面には、風越池田選手が役なしの状態で聴牌し、その当たり牌を龍門渕の天江が直後に河に捨てた場面の映像が映っている。

 

「天江さんは池田さんを苦しめるためにわざとこの牌を捨てたのかな? でも、それに対しての宮永さんのポン、結果的にこれで流れがガラッと変わっちゃったね」

 

 この時点での宮永の手牌から考えても、本来であればここは鳴く必要のなかった牌である。

 それでもあえて鳴いてみせたことで、それまで龍門渕が握り締めて離さずにいたはずの場の支配権は牌と共に清澄へと傾いた。

 そして宮永は数順後、得意の槓で最後の筒子⑥を引いてみせる。

 この時点で嶺上開花のみで和了できる場面ではあったが、勝つためには当然和了るわけにもいかずという状況で、宮永が行った次の行動は当時すべての観戦者の度肝を抜いた。

 なんと王牌から引いてきた筒子の⑥を加槓したのだ。

 これによって役なしだったはずの風越池田は倍満をロン和了。トビ終了の窮地を脱して戦いは劇的逆転勝利の待つ佳境へと続いて行くのであった。

 

「全国大会の二回戦でもたしか似たようなことをやってたかな。槓でドラを増やしたり有効牌を引き入れつつ、他家を助けるような打ち回し」

 

 小鍛治プロは逆転を決めた最終局の嶺上開花責任払いからの数え役満ではなく、あえてこの場面を指して宮永の特異性を語る上での本質部分であると指摘する。

 倍満を振り込んでしまった清澄はこの時点で三位に後退、一位の龍門渕との点差は八万点を超えるものとなってしまった。

 にも関わらず、小鍛治プロはこの振り込みが宮永の故意によるものであると確信を込めて言い切った。

 

「え? ああ、うん。それは間違いないよ。だってほら、池田さんが点数を宣言するより前に点棒きっちり用意しちゃってるもん」

 

 他家の和了の飜数がはっきりと判っていなければ出来ない芸当だよね、と小鍛治プロはいつもの調子で笑う。

 だが、この時の映像を確認していたスタッフは問題の場面で全員鳥肌が立っていたという。

 

「県予選団体から個人戦まで全部の試合を見ていけば分かるんだけど、宮永さんは必ず最終局は自分で和了るんだよね。それってたぶん点数調整のためだと思うんだ」

 

 故に。

 宮永咲の本質は嶺上開花による確実な和了などではなく、プラスマイナスゼロを始めとする、場の支配をも超越するほどに特化された点数調整能力にこそある、と。

 並の選手では翻弄されるだけで終わってしまうだろう。

 最後は小鍛治プロらしからぬ真剣な表情で締めくくった。

 

 

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 ほとんど存在感のなかったディレクターが言った、一旦休憩をしましょうという言葉に反応して話を切る。

 紅茶のおかわりを持ってきてくれたのは原村さんで、お茶請けには何故か大皿に盛られたタコスの群れというアンバランスな空間がそこには存在していた。

 これが噂の学食タコスというやつなのだろうか?

 微妙にお腹は空いているものの、待ってましたとばかりに噛り付いていいものか。普通に悩んでしまうお年頃の私である。

 ちなみに隣のこーこちゃんは既に一口齧っていた。

 さすがすぎて、もう……ぐうの音も出ないとはこのことか。怖いもの知らずにも程があるだろう。

 

「それにしても、いいんスか? なんか俺の扱いが妙に良すぎて逆に不安なんですが」

 

 宮永さん絡みの竹井さん語りにちょくちょく出てきたせいだろうか。須賀君が何故かやたらと気まずそうに聞いてくる。どうやら彼は、団体戦のメンバーですらない自分の名前が登場することに強い違和感を覚えているようだ。

 気持ちは分からなくもないんだけど、自分もれっきとした清澄麻雀部の一員であることを周囲にアピールする良い機会だと思うんだけどな。

 

「いいんじゃないかな? 自分に出来ることで部の勝利に貢献した、それってとても偉いことだと思うよ」

「そうそう。胸を張っていいんじゃない? 俺は雑用のプロだぜ!って」

「そんなプロ嫌すぎるでしょ!?」

 

 うんなかなかいい突っ込みだ。私の後継者の称号を与えても良いくらいである。

 件の竹井さんはニヤニヤと笑っていた。

 あれはろくなことを考えていない顔だな。こーこちゃんで見慣れた私だからこそ分かる、不穏当な微笑みというやつだ。

 

「部長、その笑顔は普通にダメじゃろ」

「一切隠す気ありませんね」

「褒め殺しでパソコン運ばせたのまでチャラにしようとかあくど過ぎるじぇ、部長」

「き、京ちゃん、騙されちゃダメだからね!?」

「だいたい知ってた」

「久ちゃん流石すぎる」

「ちょ、なんで福与アナまでそっち側なのよ!?」

 

 おおう、気がつけば竹井さんがなんだか集中攻撃を受けていた。

 てことはあれか。普段から彼女はああなのか……やっぱりこーこちゃんと組ませたら大変なことになりそうだ。主に私の胃が。

 

 

 

 さて。休憩を挟んで次は、今後の清澄高校の展望について小鍛治プロのありがたいお言葉……って。

 

「ありがたいお言葉ってなにさ!?」

「いつものように毒を一杯に詰め込んだコメントでもしとけばいいんじゃない? しらんけどー」

「咏ちゃんの真似しないでよ! 似てないし!」

「そういうすこやんこそのよりんの真似してるじゃん」

「真似じゃなくて普通に怒ってるんだってば!」

 

 などというコントじみたやり取りもきちんとカメラに収められているという哀しさ。プライスレス。

 編集でなんとかして欲しいと切に願う所存である。

 

「で、今後の展望について話せば良いの? 何も知らない私が?」

「そそ。でも何も知らないってこたぁないっしょ? 色々話聞いたじゃん」

「それは、そうだけど……」

 

 とはいっても、第三者の私に展望なんて分かるはずないだろうに。

 相変わらずの無茶ぶりに、思わずタコスを口にねじ込んでやろうかと思ってしまう。ぞんざいな扱いをするとタコス神たる片岡さんが怒りそうだからやらないけど。

 

「難しいことはおいといて、何かないの?」

「何かって」

「あ、じゃあ例えばなんですけど」

 

 困り果てた私に救いの手を差し伸べてくれたのは、竹井さんだ。正直不安以外の感情が浮かび上がってこないんだけど、今は藁にも縋りたい。

 

「お、久ちゃん。なにかすこやんに聞いてみたいことがある?」

「ええ。聞いてみたいことというか、来年の清澄高校が今年以上に良い成績を残せるかどうか、聞かせていただけませんか?」

「いいねぇいいねぇ、そういうの待ってたよ」

「お褒めに預かり光栄です」

 

 ニヤリ、と笑う二人のサディスト。いや、この場合片方はマゾヒストか?

 

「言うのは別に構わないけど……本当にいいの?」

「えっ?」

「だって、普通に考えたら竹井さんの抜けた穴を埋められるだけの逸材が来年清澄に入ってくるなんて、そんな都合の良い展開……」

 

 あるわけないじゃんと言いかけて、直前でとっさに口を噤んだ自分をまずは褒めてあげたい。

 危うく色々なところにダメージを与えるところだった。

 竹井さんはもう手遅れだが、気がついていない染谷さんあたりのキョトンとした表情に癒される。

 

「えーと、つまり来年はちょっと危ないってことですかね?」

 

 固まったままの竹井さんを他所に、代理で聞いてくるのは須賀君だ。彼も何も分かっていないのか、無邪気なものである。

 

「言っちゃって良いのかな?」

「言うっきゃないっしょ、ここまで来たら!」

「引きずり込んだのはこーこちゃんだからね!?」

 

 それなのに視聴者さんたちからヘイトを集めるのはコメントした私なんだよね。世の中とは不条理なものよ。

 

「コホン。それじゃ遠慮なく言わせて貰おうかな」

 

 

 私から見た清澄高校の問題点、それは実に様々だ。

 その中でも来年一番深刻化するであろう部分、それが三年生の竹井久が抜けた穴だということはまず間違いないだろう。

 戦力的な部分だけの話ではない。もっと複雑なのは、彼女が部長でありながら実質麻雀部の監督役も担っていた面にある。

 長野を抜けて全国まで。その戦いの全てにおいて戦略をも司ってみせた竹井さんの能力は監督として特一級であるとさえいえる。

 それこそその一点のみを評価するならば、姫松の赤坂さんや宮守の熊倉先生に匹敵するレベルで。

 結果だけ見ればその人たちよりも上の成績を残している時点で、そこが清澄高校麻雀部の要であったことは今さら疑いようのないことである。

 次期部長と目される染谷さんは、一雀士としてはたしかに有能かもしれないが、必要な場面で竹井さん程の辣腕を揮えるとはどうしても思えない。

 それがまず一点目。

 

「……」

 

 あ、染谷さんの目が死んだ。

 しかしここまで言ってしまったのであれば全部言っておくべきだろう。

 

「今年の清澄高校は確かに強かったよ。宮永さん個人の強さ、原村さんや竹井さんもそうだったけど、全体的にレベルが高くて隙がほとんどなかったからね」

 

 けれど、と申し置く必要があるのが哀しいところだけど、それもまた現実だ。受け入れてもらおう。

 清澄高校の強さは、言ってみれば刹那的な強さでしかない。永続的に強い強豪の千里山や臨海女子などとはそれこそ比べ物にならないほど、脆い強さであるといえる。

 宮永さんをはじめとして、一騎当千の力を持った部員たちがたまたまこの部に揃った。それは奇跡的であると同時に、単なる一時的なものに過ぎないということだ。

 清澄高校には指導者がいない。これは致命的である。

 須賀君を見たらよく分かる。彼は初心者としてこの部に入部してきてから既に数ヶ月、にも関わらず、表面的にはともかく地力の底上げがまったくなされていない。

 先ほどの話の中でもちらりと出てきたことではあるが、彼は団体戦メンバーが揃ってからというもの、主に女子部のバックアップに廻る事のほうが多かったという。

 これは単純に須賀君が怠慢だったとか、竹井さんが鬼畜だったとか、そういう話ではない。

 初心者が安心して基礎を勉強できる下地、環境のための配慮がまったくないのである。

 新規の部員を募る際において、これ程のデメリットがあるだろうか?

 たとえ今のレギュラー部員が全国クラスであったとしても、新規部員が増えないのであればその強さは最短三年で尽きる。それでは意味がない。

 少なくとも宮永さんらが卒業するであろう三年後の長野県大会は、再び風越女子の天下となるだろう。

 あそこにはきちんとした学ぶための環境があり、指導者が存在し、後進の育成に余念がない。今の世代の子たちは哀しいかな、この三年間は陽の目を見ることはないだろうけど。

 おそらく清澄と同じ理由で龍門渕高校も再来年には強豪と呼べるほどの強さを有してはいないだろうと思われる。

 もっとも、あちらの場合は清澄とは違い、豊富な資金にモノを言わせて良い選手を掻っ攫ってくることもできるだろうから、一概には言い切れないけれども。

 現部長の龍門渕さんの気性を鑑みるに、そういったことはしなさそうでもある。彼女の卒業後は麻雀部とか放置してたりして。

 ……靖子ちゃんからあそこの裏話を聞く限り、普通にありそうで困るな。

 

 

「とまぁ、こんな感じで清澄高校の麻雀部の行く末はちょっと厳しいんじゃないかなと私なんかは思ったりするんだけど……って、あ、あれ?」

 

 気がつけば、私以外の全員の表情が恐ろしいくらいに能面だった。

 あのこーこちゃんですら、フォローに廻ることも弄ることもなくただ能面である。ちょっと怖い。

 

「あ、あのね? 言い過ぎちゃった……?」

「すこやんェ……」

「いやだってさ、言っちゃえって言ったのこーこちゃんでしょ!?」

「ちょっと、うん。あまりの容赦なさっぷりに全米が泣いたよ?」

「え、そんなレベル?」

 

 私はただ、ここの環境を鑑みて思ったとおりに話しただけなんだけどなぁ……。

 

「……いえ、とてもいい勉強になりました。小鍛治プロ、ありがとうございます」

 

 そんな中、ただ一人だけ、冷静にお礼を言ってくれた人物がいた。原村さんだ。

 

「う、うん。なんかゴメンね?」

「いえ、染谷先輩のことはともかく、環境については仰ることに間違いがあるとは思いませんので謝罪は結構です。

 ですが――たとえ刹那的であれ、私たちが所属する三年間は清澄が天下を取らせていただきます。男女ともに、後の世代にまで語り継がれる伝説を刻み込んでみせますので」

 

 瞳にめらめらと燃え盛る炎が見えるような気がするのは、目の錯覚だろうか?

 なんだか知らないけど、私はもしかすると、彼女のあの存在を主張してやまない巨大な膨らみの内に眠っていたであろう熱血の部分にガソリンをぶっ掛けて盛大に火を灯してしまったのかもしれない。

 原村さんは意外に負けず嫌いなんだな、と遅まきながら気がついたのはその時だった。

 

 

 

 

 そんなこんなで、恙無く取材は終了した。終了したことにしたい。してくださいお願いします。

 まぁ後は編集でなんとかしてもらおう。主に私が染谷さんを涙目にしてしまったあたりの件は。

 なんとか無事にホテルまで戻ってきた私は、セミダブルサイズのベッドに正面から突っ伏して襲い来る重力に身を委ねる。

 

「やー、お疲れお疲れ。さすがすこやん、今日も切れ味抜群の毒舌が冴え渡ってたね!」

「もう。こーこちゃんがフォローしてくれないから、染谷さんが大変なことに……」

 

 ついでにあの後対局した片岡さんもなんか魂が抜けたようになっていた。

 東場に滅法強いといわれていたので少し試して見た結果、東二局で三倍満直撃トビ終了してしまったのはさすがに堪えたのだろうか。悪いことをした。

 原村さんの転校と麻雀を辞めさせられる件は、おそらくなんとかなるだろう。

 といってもこーこちゃん発案の外部からの圧力作戦によるものではなくて、あの時感じた彼女自身の強さがそれを覆すだろうと素直に信じる事ができるから。

 まぁ、それがダメでも最終的には竹井さんが何とかするんじゃないかな。

 あの子、世が世であれば軍師として悪名を三国の隅っこらへんまで轟かせていたに違いない。味方にしても敵に回しても恐ろしいとか、厄介にも程がある。

 

「あ、そういえば」

「んー……?」

「すこやん帰り際に須賀くんの携帯番号聞いてたけど、あの子まだ十五歳だから手を出したら普通に犯罪だよ? 気をつけてね☆」

「ぶっ!」

 

 な、ななななんでそのことをこーこちゃんが!?

 ていうかはやりちゃんの真似やめて! 似合ってない上に何故かこっちが恥ずかしいから!

 

「あ、でも長野には青少年保護育成条例ってないんだっけ? やったねすこやん、家族が増えるよ!」

「ちょっとこーこちゃんっ!」

 

 はしゃぎっぷりが気になって、シーツに埋もれていた顔をそちらに向けてみる。

 何処から取り出したのか、いつの間に空けたのか、そこには既に空になったと思わしきビールの缶が一本、寂しげに転がっていた。

 

「いやー、仕事終わりの一杯はたまんないね! すこやんもどう、飲む?」

「……ダメだこれ」

 

 哀しいかな、独身女性たちの夜はそのまま深けていき。

 清澄高校の取材旅行は、某プロお勧めのかつ丼を食することもなく、こうして幕を下ろしたのであった。

 

 

 

○後日談的な何か

 

 窓から差し込んでくる、目覚めを告げる朝日の眩しさに思わず目を細めてしまう。

 ……訂正。夕日の眩しさに思わず目を細めてしまう私はきっと健康優良児もびっくりなほどの寝坊助さんであったろう。

 眠りに就いたのは何時だった?

 あまりよく覚えていないのは、きっと昨晩突然訪ねてきた同僚の子に飲まされた深酒に起因する記憶障害とでもいうか、なんというか。

 

「おかーさん、起こしてくれなかったんだ……」

 

 ぽそりと呟いた科白が責任転嫁以外の何者でもないことは己自身が分かっていた。

 私が所属しているつくばのチームは、一部リーグ昇格に向けての正念場を迎えている。

 故に、昨日行われた一戦での勝利は今後の展開的にもとても大きくて、思わず彼女が喜びを爆発させた上で犯行に及んだことは明白だった。

 だからこそあまり強くは言えなかったんだけどね。お母さんも私もさ。

 

 ――さて。

 気を取り直してちょっと遅めの昼食を……あれ、この時間帯だともうちょっと早めの夕食かな?を摂るべくキッチンへと向かう私。

 お母さんは留守のようだ。

 酔いつぶれて眠りこけていたはずの同僚の子は、どうやら昼過ぎには帰ったらしい。残されたメモにそう書かれていた。

 これが若さか、なんて呟いたらそれこそこーこちゃんの思う壺。思っていても決して口には出さないでおく。

 

「あ、そういえば昨日の深夜枠で放送だったんだっけ、例の番組……」

 

 録画はきちんとしておいたから問題は無い。けれど、なんとなくリアルタイムで見ておきたかったような、見なくてよかったような複雑な気分である。

 清澄高校を訪れた私たちが、彼女たちの歩んだこの半年を部員達と共に追いかける展開のドキュメンタリー番組、という触れ込みだったか。

 そういえば、と携帯電話を確認してみると、メールの着信が十三件ほどあった。

 普段ほとんどこーこちゃんからか職場の事務員さんからしか送られてこない私の携帯をして、びっくりするなというほうが無理という件数だ。

 慌てて一覧を開けば、最新のものはこーこちゃん。その前が靖子ちゃん、須賀君と続いて……。

 

「うわ、なんで風越のコーチさんからも!? ていうかアドレス知らないはずでしょ!?」

 

 横の繋がりを考えれば、犯人は靖子ちゃん説あたりが濃厚か。勝手に人のメールアドレスを教えるとか、社会人としてなってないんじゃないだろうか?

 件の風越のコーチさんからのメールの中身は、なんだ……普通にお礼のメールだった。しかもなんかすごく丁寧で、気持ちの篭った文面である。

 ああ、そうだね。二年連続で名門校がインターハイを逃すっていうのは、色々な柵とかあって相当辛いんだろうね……。

 思わずホロリと涙が零れそうになった。涙腺が緩くなっているのだろうか。でも年齢のせいだなんて言わない。

 

「あれ? こーこちゃんのメールは添付ファイルつきになってるな。なんだろ?」

 

 どうも何かの画像のようだ。

 まさかブラクラっぽいのじゃないよね?と思いつつ開いたら。

 

「ぶっ! こ、これは……っ」

 

 一体何処から仕入れてきたのか、そこには須賀君のあどけない寝顔がきっちりくっきりと映し出されているではないですか。

 周りの風景から場所を考察すると、例のあのベッドの上だろうか?

 てことは……うん、間違いないな。主犯はこーこちゃんだろうけど、共犯は間違いなく竹井さんである。或いは逆かもしれないが、関与は疑うまでも無い。

 ……これは保存しておいて、と。次にいこう。

 

 メールの中身を見てみたら、そのほとんどがちょーよかったよー的な内容でほっとした。私は地味に打たれ弱いのだ。本当だよ?

 あとやっぱアドレス流出の犯人は靖子ちゃんだった。今度美味しいかつ丼を奢ってもらうことで片をつけておくことにする。私ってば優しいな。

 なんてことをやっていたら、お腹のすき具合がハンパないことになってきたのでメールの返信作業は一時中断。

 実に面倒ではあるものの、冷蔵庫に入っていた材料と放置されていた野菜で軽く作った野菜炒めを食しつつ、録画していた番組を見る。

 ナレーションがこーこちゃんの時点で、いつ私に対するディスり発言が来るものかと身構えてしまうのは哀しい性だ。こういうのも職業病といえるんだろうか。

 番組の進行は問題なく進めらていく。

 そのせいか、話が宮永さんのことについての部分に入る頃には完全に油断していた。

 

 テロップのところにある解説の小鍛治健夜(27)ってなに!?

 はやりちゃんの持ちネタじゃないの、それ!?

 

 福与恒子、隙あらば健夜弄りをブッ込んでくる、実に油断ならぬ相手である。

 

「こーこちゃんめ……っ」

 

 

 後は特にこれといった問題点もなく普通に終了。

 私が染谷さんを涙目にした部分はカットされずそのまま放送されてしまっていたものの。

 私の知らない部分で撮られていたであろう染谷さんのインタビューにて、自分らしい部長として頑張って行くと力強くコメントしていた。

 あの決意表明を聞く限りでは、来年の清澄高校麻雀部もある程度は大丈夫そうである。

 

 ついでに。

 最近竹井さんが、須賀君に付っきりで麻雀の指導をしているらしい。

 県大会から全国大会までを一気に駆け抜けた竹井さんが、初心者だった須賀君の指導を忙しさに感けて忘れていたのか、故意に放置していたのか、それは本人にしか分からない。

 けれど、須賀君は捻くれることなく真っ直ぐなまま彼女の後ろを着いて走っていた。

 だからこそ勝ち取れたであろう今という時間を大切にして、彼には来年の全国大会でぜひとも大暴れして欲しい。

 ただ、今のままだと厳しいだろうし、そのためには私も指導してあげたほうがいいと思うんだよね。一応これでもプロ雀士なわけだし。

 テーブルの上に放置していた携帯を引き寄せて、悩んでいた須賀君への返事を書くことにした。

 

『麻雀が教えてほしかったらいつでも言ってください。力になれると思います  健夜』

 


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