今回の内容の一部にちょっと怖いかも?しれない内容が含まれています。苦手な方はご注意ください
「昔々、その偉い人は言いました。可能性を生み出しただけでアウトなのだ――と」
「いきなり何の話?」
京太郎君が休んでいると思われる部屋を目の前にして、ボソリとこーこちゃんが呟いた。
その意味不明な発言が一体何を指してのことなのかは正直ちょっとよく分からないんだけど、とりあえず不穏な言い回しであることは間違いなさそうだ。
「業界で『戒めの日』とも呼ばれる惨劇の舞台。我々はその悲劇を繰り返さぬための教訓として、ある一つの真理へと辿り着いたのだ」
「……あっ、もう特典のナレーション撮りしてるのね」
盛大な独り言かと思ってしまったけど、そういうことならいちいちツッコミを入れるのは止めておこう。
目的地はすぐ近く。余り大きな声で騒いでいたら気づかれてしまうかもしれないし、気分を切り替えて前を向く。
――だからこそ、私は見事に聞き逃してしまった。彼女がその後に呟いた、不穏当な一言を。
「京太郎君、今ちょっといいかな?」
「師匠ですか? どうぞ……って、あヤベ、ちょっとま――」
うん? なんだか既に疲れ果てているかのような枯れた声で返答が戻ってきたのが地味に気になるけれども。何はともあれ、部屋の主の許可は下りた。
準備万端、扉の両端に陣取っていた鹿倉さんと臼沢さんのコンビが勢いよく襖を左右に開き――。
「「「「「「トリック、オア、トリー……誰!?」」」」」」
ラプンツェルさながらに長い金色の髪を所在無くいじくり返しながら、畳敷きの六畳間の片隅には似合わない洋風の椅子に、ぽつりと座っている彼女――いや、彼(?)の姿に、当初の勢いを完全に殺がれてしまうモンスターご一行。
というか、あれって京太郎君だよね……? なんでウィッグなんて……?
「な、なんすかいきなり……!?」
「えっと、すみません間違えました!」
思わずぺこりと頭を下げて襖を閉めようとする姉帯さん。気持ちは分かるけど落ち着こうか。
「いやいやトヨネ、間違ってないからね!? たぶんだけど!」
「……須賀くん、だよね?」
「ノンノン」
ちっちっち、と人差し指を左右に振りながら部屋の中へ歩いて行き、かぼちゃのお化けは中央で振り返る。仮面の向こう側は見えないけど、たぶん盛大なドヤ顔をしているに違いない。
「いいかいみんな、彼女はマリーちゃん。間違えてはいけないな」
「「「「……はぁ?」」」」
全員の気持ちが一つになる。彼女はいったい何を言っているのだろうか? と。
「あの、福与アナ。マリーちゃんってなんですか?」
「ふふ、よくぞ聞いてくださった。マリーちゃんはかの有名なマリー・アントワネットさんの名言にあやかって作り上げられた神秘の生命体! 『男がダメなら男の娘(女装)にすればいいじゃない!』という観念から誕生するに至った哀れな生贄――もとい、今日のパーティの主役なのだッ!!」
「生贄って言ったよね、今」
「うん、言ったねー」
「訳がわからなさすぎてダルい……」
「Oh、マリーチャンダ。カワイイ」
「こらエイちゃんっ! あの人の悪ノリにのっちゃダメでしょ!」
よかった。意味が分からないのは私だけじゃなかったんだね。
「……ハッ!? あの、師匠。違うんスよこれは!」
想定外だった襲来による衝撃から立ち直り、状況を把握するにつれて京太郎君が目に見えて焦り始める。可哀相だと思いつつも、なんとなく可愛いと思ってしまうのは何故だろう?
「分かってる。京太郎君に女装趣味があるだなんて思ってないから……そこのかぼちゃのお化け、説明を求めます」
「あっ、ハイ。あのね――」
彼女の言い分としては、簡単に纏めるとこういうことだ。
仮にも女性ばかりの仮装パーティに一人だけ男性が混じっている状態というのは、外聞的にもとてもよろしくないわけで。特典として配布することを前提とするならば、この企画中は何かしらの対策を採っておかなければならない。これは謀らずも先ほど私が気にしていた部分と合致する。
――で、こーこちゃんは京太郎君に企画の内容を伏せたままで二つの選択肢を与え、どちらかを選んでおくようにと予め話を通しておいたのだと言う。
一つは今装着中の金色のウィッグを使って女の子を装うこと。京太郎改めマリーちゃん(?)になるという選択肢。
そしてもう一つが……部屋の片隅に放置されている、バラエティ番組なんかでよく見かける間抜けな馬面の被り物を使って性別不詳になること。京太郎ならぬ馬太郎にでもなれということか。
正直どちらもイヤ過ぎるでしょうと思わずツッコミを入れたくなってしまったのは、私だけではなく鹿倉さんも同じようだったけれども。
それで、だ。とりあえずとウィッグのほうを試していた際、ふと我に返って何をやっているんだと自己嫌悪に陥って凹みかけていたところに私が声をかけ、普通に返事をした後になって自分の格好に気がついて、慌てて取ろうとしていたところを襲撃されてしまったというのがマリーちゃん爆誕の真相らしかった。
「ええと、つまり纏めると須賀くんには女装をして次の企画に参加してもらうってことですか?」
「うむ。女だらけの仮装パーティーに男はいらん、という視聴者さんたちのご意見も聞き入れている風に見せかけるためにね!」
「見せかけなくても別に不参加で良いじゃないすか……」
心底疲れきった表情で京太郎君が言う。
まぁ、まさか本人も女の子の格好をさせられてまでハロウィンパーティーに参加させられるとは思ってもいなかっただろう。その気持ちは分からないわけではないけれど。
しかし……ああ、現実というのはなんて無情なのか。彼女が練ったであろうプランは京太郎君の逃げ場を奪う壁となって、既に背後に聳え立っていた。
「じゃあ聞くけど……須賀くん、お菓子持ってる? 持ってないよね?」
「えっ? あ、いや……そりゃ持ってません、けど……げっ」
「クク。そうかそうか、それは残念。これがハロウィンパーティーである以上、お菓子がなければイタズラ(女装)されちゃっても仕方がないよね」
「――ハッ!? こーこちゃん、もしかしてそのためのハロウィンだったの!?」
「その通りッ! さあ皆の衆、思う存分彼にイタズラをしてあげるのです!」
その仮面の下ではきっとほくそ笑んでいるだろうかぼちゃのお化けの号令一下、成り行きを見守っていたモンスター軍団が動き出す。
「まぁ、そういうことなら仕方ないかなぁ。ハロウィンだし、うん」
なんて言いながら、ノリノリのキョンシーさんがさりげなく化粧道具を取り出し。
「きっとこのドレスとかちょー似合うと思うよー」
どこから持って来たのか、真っ赤なフリル付きのドレスを見せびらかしながら迫り来る漆黒の淑女と、
「シロ、鏡お願いね! こらっ、髪がもつれちゃうからもぞもぞ動かないの!」
ウィッグからはみ出している前髪部分(地毛)を丁寧にブラッシングし始める座敷わらしと狼女のペア。
私の隣でそんな光景を興味深そうに見ている吸血鬼の少女が、ぽそりと私にしか分からない
『キョータロー、あの格好だと本当に女の子みたいに見えちゃうわね。ニュージーランドだときっと男の子からモテモテよ』
それを訳さないでいてあげたのは、せめてもの武士の情けというヤツだった。
こうして一行は、新たなる仲間のマリーちゃん(※口裂け女らしい)を加え、ハロウィンパーティーを行うべく一階のとある一室へと集まった。
パーティーというにはあまりに素朴というか、食べ物もなければそれらしい装飾も無い。唯一用意されているのは片隅にいくつか並べられている布団くらいのものという、企画の意図がまるで分からない風貌の部屋に。
疑問に思っているのは私だけではないようだけど、全員の視線がこーこちゃんではなくこちらに向けられているのは何故だろう?
これはあれか。代表して私が質問をしろと言うこと?
「ねぇこーこちゃん……ここで何をするの?」
「説明はこれからするって。まずははい、これをみんなに九本ずつ配ってくれる?」
そう言って渡されたのは、仏壇なんかでよく使われる真っ白なひょろ長のロウソクが入った箱。色々と思うところはあるものの、言われた通りに配っていく。
「みんなに行き届いた? んじゃ、今回の企画を発表します! 題して――季節外れの百物語、遠野心霊怪奇譚!」
「「「「――!?」」」」
発表と同時に、怪物たちのどよめきが部屋の中に満ちていく。
でもそれも当然だろう。百物語といえば、肝試し的な要素を兼ねた怖い話を延々と続けるというような内容で、あまり積極的には参加したいと思わない類の催しである。
そもそも、あれって夏に肝を涼しくするためにやるようなものであって、中秋の肌寒い夜にわざわざ実行する意味なんてまるで無いと思うんだけど。
和洋折衷、様々な妖怪たちのコスプレをした子たちが秋の夜長に集まってハロウィンパーティー、こともあろうかその中身は百物語で肝試し。訳が分からないにも程がある。
「っていうかそもそも百物語って夏にやるようなイベントだよね?」
「だから『季節外れの』なんだってば。遠野といえば遠野物語、遠野物語といえば妖怪、妖怪といえば怖い、怖いといえば幽霊、幽霊といえば百物語。ね?」
「ね?って言われても……私的には後半部分の無理やりさを押し通してくるこーこちゃんこそが恐ろしいよ……」
ドヤ顔なところ申し訳ないけれども。
まぁおそらく周囲の反対で企画そのものが変更になるだろうと高を括っていた私。
――が、意外にも周囲の反応をざっと伺ってみた所、積極的な賛成派は発案者のこーこちゃんのみとはいえ、真っ向否定派は私と姉帯さんの怖がりコンビ二人だけだった。
他の子たちはというと、どちらかというと否定派なのが鹿倉さんと臼沢さん。どっちでもいい派が小瀬川さん。エイスリンと京太郎君は興味本位からかどちらからといえば賛成派に回ってしまっている。
最後の砦として君臨している熊倉先生はというと――私の気持ちも知らないで、のんきに臼沢さんと話をしていたり。
「ねえ先生、遠野物語と霊的な話ってあんまり関係ないですよね?」
「どちらかというとあれは妖怪と人間のお話だからねぇ……でもいいんじゃないかい? 面白そうだし」
「あ、熊倉先生はノリ気なんだ。ちょっと意外」
「本来ならあまりお勧めはしないけどね。今日は健夜ちゃんもいるし、滅多なことは起こらなさそうだから大丈夫でしょう」
「……? どうしてそこで小鍛治プロの名前が? 戒能プロなら分からなくも無いですけど」
「塞だって、自分に害を及ぼすって分かってる相手にわざわざ近づこうとなんてしないんじゃないかい? 人間であろうと物の怪であろうと同じことだよ」
「分かるような分からないような……小鍛治プロは、麻雀以外だと普通に良い人っぽく見えるけど……」
ふと、臼沢さんと視線が合った。何か言いたそうにこちらを見ているけど、結局何も言わずに視線を逸らしてしまう。何か酷い誤解が生まれてしまったような気がするのは気のせいだろうか。
……あとで誤解を解かなければと思いつつ、けれど本題はそこではない。
熊倉先生が賛成派に回ったことで、人数的には五分と五分。結局どっちでもいい派の小瀬川さん次第ということになるけど……。
「んー……じゃあ賛成で」
という否定派にとっては無情な死刑宣告があり、マヨヒガたる彼女の票を勝ち得たこーこちゃんは勝利宣言と共に百物語の開催を高らかに謳い上げるのだった。
本来の意味でいうところの『百物語』とは、交霊の儀式である。
一番目の語り手を北に配し、そこから右回りに順番に話をして、終わったらロウソクの炎を消していく。その繰り返しを百の怪談が語られるまで続けて行き、最後に中央の大きなロウソクの火を消すと――。
というのが通説ではあるんだけど、九十九番目のお話を終えたら実際には百本目のロウソクには触れずに朝を待つのが良いらしい。
これは、実際に百物語を進めていくと最後の百話目には実際に身の毛もよだつほどの恐ろしい出来事が待っているからだといわれており、その怪奇現象を避けるためにあえて最後の話はしないという対処法が取られるのだという。
様式としては江戸時代、あるいはそれよりも遥かに以前から続いているらしいんだけど……その作法に則ってきちんと形式どおりに行ってしまえば、何が起こるか分からない。起こらないという保障なんてあるはずもないし、怖いもの知らずのこーこちゃんもさすがにそれは嫌らしく、形式は以下のように差し替えられての開催となった。
全員が円になった状態で順番に話をしていき、終わるたびにロウソクを消すという基本的な部分は変わらないものの、まず最初の一周目には九人全員が一つずつ、自分が怖いと思う話をする。その中で一番評価の高かったお話を披露した人が語り部の輪から抜け、次の周からは完全な聞き手側に回る。残った八人で一つずつ話をして、また一番評価の高かった人が抜けていく――という感じで八周ほど同じやりとりを繰り返していき、結果最後に残るのは誰? という旨の企画となる。
よく考えてみれば分かるけど、実際に百話も話をしていたら普通に夜が明けてしまう。
一話を上限五分としても百話だと八時間、午後二十二時から開始したとしても終わるのが明け方の午前六時近くである。実際はそんなにとんとん拍子に進まないだろうし、グダグダになってもっと長引いてしまうのが目に見えている以上、本格的にやるなんて選択肢は最初から有り得ないということだろう。
そもそも私には怖い話に関するネタのストックがほとんどないのも問題だ。ネットやらテレビの心霊番組やらでよく語られるようなモノは怖いので自分から集めたりはしないし、自分自身が何かしらの心霊現象に遭遇したというような記憶は、生まれてこの方二十七年、ひとっつもないのである。
こんなことなら良子ちゃんにでも何か聞いておけばよかったかなぁと思っているうちに、語る順番を決めるためのくじが手元に回って来た。
この形式でやる以上は後になればなるほど不利になると思われるので、できるだけ早い位置で――と祈りながら引いてきた紙に書かれていた数字は、七。後ろから三番目という、実に中途半端な立ち位置だ。
トップバッターは気持ちが逸り過ぎて既にかぼちゃの仮面を脱ぎ捨てている福与恒子嬢。次いで、小瀬川さん、鹿倉さん、京太郎くん、姉帯さん、エイスリン、私、臼沢さん、熊倉先生という順番に決定した。
全員が順番どおりになるよう配置について、その輪の中央に、最後の一人となってしまった人物が使う用の大きな一本のロウソクを置く。
最初の語り部であるこーこちゃんがロウソクに火を灯したのを確認して、電気が消され。なんともいえない雰囲気の中、その語りが始まった――。
○東京都在住、K.Fさんによる一番目のお話
あのね、テレビ局っていうところはけっこうその手の話も多いんだけどさ。
夏とかによく心霊番組とかやってるじゃない? ああいうのってだいたい『放送しても大丈夫』なところしかやらないわけよ。ちょっと怖いかなっていうレベル?
――で、実際に心霊スポットとかにロケに行くとさ、中にはやっぱりとんでもないものが映っちゃったりすることもあるらしくて。そういうのは放送するわけにもいかないから、なんていうか……自主規制? みたいな感じでマスターテープごとお蔵入りになっちゃうのね。
これは私の先輩に聞いた話なんだけど。
六年くらい前だって言ってたかな……心霊番組で、とある郊外の廃墟を芸人さんたちがレポートするっていう企画があってさ。その芸人さんも本人曰くすごく霊感が強いってのがウリだったらしいんだけど。まぁ、そのロケでやっちゃったんだよねぇ……。
え? 何をやっちゃったのかって?
あのね。たぶんどこかの霊媒師さんが霊的なものを抑えるために張っておいたらしいお札を、その芸人さんの相方が破っちゃったの。
もちろんわざとじゃなくて、ああいうところって当たり前だけど暗いじゃない? 段差で躓いた拍子にこう手を突こうとして――バリって。
一緒に行動してた霊能者の人も顔を真っ青にして、早く逃げたほうが良いとか言い出してさ。もう現場はしっちゃかめっちゃかよ。
でもさ、相方のチョンボでそっち方面の仕事が来なくなるのを恐れちゃったんだろうね。もう一人の霊感の強いほうの芸人さんが、撮影の続行を強く申し出たらしいの。
霊能者さんは止めたらしいんだけど、自分も霊感があるから危なくなればすぐ逃げられるからって振り切っちゃって。製作スタッフさんたちも番組に穴を開けるわけにもいかないからって、つい承諾しちゃったんだよね。
結論だけを言っちゃうと、そのロケの映像は映っちゃいけないものが映りすぎてたらしくて結局番組で使われずにお蔵入り。で、その芸人さんたちは番組に呼ばれなくなって……っていうまぁ、結末としてはありがちな話になっちゃうんだけど。
ああ、知ってる? そう、あの○○ってコンビ。そのロケの後にしばらくしてコンビ解散しちゃってさ、今はお札破っちゃったほうの相方さんだけがピンでやってるよね。
……え? 霊感の強いほうの人? ああ、それがこの話の肝というかさ。これから語ろうと思ってたんだけど――。
四年くらい後――だったかな? 別の局でそっち方面の番組をいっぱい作ってた、専属のプロデューサーをやってた人がウチのテレビ局に移ってきた時に、風の噂で聞いたその二人の事に興味を抱いたらしくって色々と調べてみたらしいのね。
相方が言うには、コンビを解散してからは連絡すら取ってないから居場所は分からないって言うし。事務所の人も当然知らない。もちろん以前住んでいた場所にはもう暮らしてもいなければ、実家に電話をかけてみても繋がらない。って感じで行方が完全に掴めなくなっちゃってたらしいの。
で、不完全燃焼のままそのプロデューサーさんは例のロケの一部始終を録画してあったマスターテープを片手間に見ていたら……。
テープの最後にさ。とある光景が映ってたらしいのよね。
もちろん当時の撮影スタッフさんたちに慌てて確認を取ってみたけど、当時の撮影の時にはそんな事はやってなかったし、そんなことをする許可もしていないって。
でも、その映像には確かに映ってたらしいの――例の廃墟の中で、狂ったように笑いながらお札をビリビリ破いて回ってるその芸人さんの姿が。
なによりも不気味だったのが、その芸人さんの顔が――四年前のそれと比べると明らかに歳をとっていたこと。それこそ、四年経ったまさに今、その行為をライブで実行しているかのような感じで――ね。
そのプロデューサーさんはテレビ局のお偉いさんの許可を取った上で、すぐにそのテープをお寺に持って行って焼却処分してもらったらしいんだけど……。
例の元芸人さんは数ヶ月後、その廃墟の中で何故だか皮膚が炭みたいになった状態で遺体になって発見されたっていう話だよ――。
「……」
初っ端から飛ばしすぎじゃないかな、こーこちゃん……。
怖いというか、もはや通り越して寒いよ。鳥肌がすごい立ってるし。
「そ、それって本当のことなんですか……?」
「あはは。まぁそんな死体が見つかったなんて報道されてなかったっしょ? この業界ってそういう与太話もけっこうあるからさ。話半分くらいに聞いとけばいいと思うよ」
ただ、都合の悪い情報は極力流さないようにするのが業界内でのお約束でもあるけどね、と。
後で呟いたせいでフォローのすべてが台無しだった。
もはや一周目の勝ち抜けが決まってしまった感があるせいか、二人目の小瀬川さんは誰でも知っているような怖い話をさらっと流して終了。私を含め、他の子たちもわりとオーソドックスな怪談話を適当に挟みつつ、あっさりと一周目が終わった。
もちろん、満場一致で勝ち抜けたのはこーこちゃん。まさに本職というか、圧倒的だった。
「福与アナ強すぎるでしょ」
「語りに関してはプロなんだし、あれにはちょっと勝てそうにないわ」
残るはあと八人。小瀬川さんから始まったその周回で最も高評価を得た語り部は――。
○ニュージーランド出身、A.Uさんによる十四番目のお話
私がママから聞いた話は、怖いっていうか微笑ましいって感じかな。
あのね、私のママはお祖母ちゃん(※エイスリンから見て曾祖母)からとても厳しく育てられていたらしいの。礼儀作法もそうだけど、勉強も、女の子として必要な家事なんかの技術もきちんと習っていないと外で遊ぶことも許してもらえないってくらいに厳しかったって言ってたわ。
そんなお祖母ちゃんが、唯一ママの我侭を聞いてくれたのがお人形さんだった。
そのお人形さんは英国産のビスク・ドール。金髪碧眼で豪華なドレスを身に纏った、絵に描いたような淑女を模したお人形さん。
ママはその子に名前を付けてとても可愛がっていたんですって。
でもね、いつだったか――ママがお祖母ちゃんの言いつけを守らなくて、お友達と遊ぶために習い事をサボっちゃったことがあったらしいの。
お祖母ちゃんはとても怒って、そのお人形さんをどこかへ隠してしまった。ママは泣いて謝ったけど、許してもらえなくて。
それから一ヶ月経った頃だったかな。お祖母ちゃんが急な病で倒れてしまって、救急車で病院に運び込まれたまま……お医者様の治療も実らずに、そのまま帰らぬ人になってしまったわ。
お祖母ちゃんが死んじゃった事ももちろん悲しかっただろうけど、ママにはもう一つ深い悲しみに包まれる出来事があった。お人形さんの隠し場所を知っていたのはお祖母ちゃんだけで、その場所を教えてくれないまま逝ってしまった以上、それはもう二度とその子とは会えなくなってしまうということでもあったの。
悲しみに暮れているうちに人間って色々な事を忘れちゃうものなのね。
お祖母ちゃんが亡くなって時間が経てば、ママもだんだん悲しみの淵から立ち直るし、お友達と以前よりも遊ぶ時間が増えた事で、そのお人形さんのことは忘れてしまっていったわ。
大人になって、恋をして。ママがパパと結婚することになって、そうなるとお嫁さんは当然いま住んでいるお家からは出て行くことになるでしょ?
ママの故郷からはちょっとだけ距離のある郊外に新居を構えて、新しい生活を堪能しているうちにママのお腹の中には新しい命が宿って――ああ、もちろんそれは私の事だけどね――嬉しいこととか悲しいこととか、色んな出来事がたくさんあったそうよ。その中の一つが、お祖父ちゃんたちが新しいお家に引っ越して、ママの生まれ育ったお家が無くなってしまったことだったらしいんだけど。
あれは私がジュニアスクールに入学した頃の話だったかな?
私自身はひいお祖母ちゃんのことを知らないし、そのお人形さんのことももちろん知っているわけは無かったんだけど。
学校から帰る途中に不思議な人と遭ったの。
真っ赤な靴を履いていて、とても綺麗なブロンドの髪で、透き通るような蒼い色の瞳の女の人。私も似たような外見だけど、その人のはなんていうか……そう、造られた美しさとでも言うのかな? そんな感じで、周囲の景色からはちょっと浮いている感じだったわ。
それでね。隣を通り過ぎようとした時に、その人が私に声をかけてきたの。
「あの子がとても大切にしている『お友達』が、捨てられてしまうかもしれないの。だから、私の代わりにあなたがこれを届けてあげてくれないかしら?」
知らない人から突然そんなこと言われても困っちゃうわよね?
だから私は首を横に振って、できるだけ気にしないようにして通り過ぎようと思っていたんだけど――すれ違ってしばらくしてから、その人が私の名前を呼んだのよ。エイスリン、って。
さすがに思わず振り返っちゃった。そしたらその人……とっても不思議なんだけど、さっきまで立っていた場所にはもういなくて。代わりに、ぽつんとお人形さんだけが置いてあったの。
放っておいても良かったのかもしれない。でもどうしてかそういう気分にはなれなくてね。ママに相談してみようと思って持って返ったんだけど……。
ママは私が抱えて帰ってきたその人形を見て、涙を流しながらこう言ったのよね。
「おかえりなさい――マリーちゃん」って。
それが過去に無くしたはずのママのお友達のお人形さんで、名前がマリーちゃんだって知ったのはそれから少し経ってからだったかな。
思えば、あの女の人って――もしかしたらひいお祖母ちゃんだったんじゃないかなって、
「マリーちゃん……」
「マリーちゃんねぇ」
「エイちゃん、ちなみに今そのマリーちゃんは――」
「ソコニイルヨ?」
にこやかにそう言いながら、人差し指で示す方角――そこには、京太郎君改め
その格好は京太郎君としては通常運行でも、さすがにマリーちゃんとしてははしたなさ過ぎる。注意すべきかせざるべきか、問題が複雑高度すぎて私の頭はもはや匙を月面に届くほどの高さまで放り投げてしまっていた。
「た、たまたま名前(仮)が一緒なだけだから……」
「ウウン、ミタメモスゴクニテルノ。ビックリシチャッタ」
「っそんなオカルト有り得ませんっ!」
妙に甲高い裏声で原村さんの決め台詞を叫ぶマリーちゃん。普通に女の子に聞こえるのが不思議でならないんだけど……こーこちゃん曰く、男の子ってそういう特技みたいなのを何故か持っているものらしい。
いずれ会社の宴会芸とかで使うんだろうか。謎過ぎる。
「いやぁ……偶然って怖いね」
「……そうだね」
ちなみに、実際のマリーちゃん(人形)は今でもエイスリンのお部屋にきちんと飾り付けてあるらしい。もちろん裏声で叫んだり、勝手に動き出したりはしないそうだ。
――三周目。
○岩手県在住、S.Kさんの十八番目のお話
私の名前。
白望山って名前の山が岩手県にあるのは知ってる? そう、遠野物語に出てくる迷い家があるって言われてる山だけど。地図上だと白に見る山って書くらしいね。
これは、どうして私が白望って名づけられたのかっていう話……なのかな。
父さんたちがまだ結婚をしてなくて、普通に交際してた頃にハイキングか何かで白望山のほうへ行った事があるらしいんだけど。
その時に道に迷ったらしいんだ。
散々迷った挙句に森の中で古い民家に辿り着いて、誰もいなかったけど生活用品一式はきちんと揃ってたらしくて。背に腹は変えられないから、一晩そこで過ごしたんだって。
……余談だけど、動物って生命の危機に瀕すると子孫を残そうとする本能っていうのが強く働きかけてくるんだってね。何がとは言わないけどさ。
で、何事も無く無事に朝が来て、その民家を掃除してから麓に戻るために森の中を歩き出したら、不思議なくらいすぐ麓の村が見えてきて。二人とも無事に下山できたって話。
たぶんあれが伝承とかに出てくるマヨヒガだったんだろうって二人して言ってるんだけど。本当にそうならもっと良いものを持って帰ってくれば良かったのに。
ああ、なんでも私が生まれる一年前くらいのことらしいよ。ダルいからあんま聞きたくないんだけど、父さんも酔っ払うとすぐ同じ話をするからさ……。
「ええっと、それってつまり……」
「その時に出来たのがシロだった、ってこと……だよね?」
「なるほど。つまりシロのご両親がマヨヒガから持って帰ってきたものがその時に授かった子供――つまりシロってことになるのか」
「あの人たちの言い分からするとそうらしいね。自分の生誕秘話を聞かされる子供の身にもなって欲しいっての……」
慣れない話題に少しだけ頬が赤くなるのを自覚しつつも、なんとなく思ったこと。
マヨヒガから持ちかえったものは持ち主に幸福を齎すことができるらしい。それならば、小瀬川さんが持っている不可思議な能力にも納得がいくというものである、と。
――四週目。
○岩手県在住、S.Uさんの二十九番目のお話
じゃあちょっと短めなので。
岩手に限った話じゃないと思うんだけど、例えば山道の道端なんかにぽつんと地蔵が一体だけ祀られてたりするじゃない?
ああいうのって、だいたいはその場所で昔誰かが事故か何かで亡くなったりして、その鎮魂のために置いてあるっていうのが主な理由だと思うんだ。
でも、中にはそうじゃないものもあるんだよね。
――例えば、北を向いているお地蔵さま。地蔵っていうのは南を向いて建っていることがほとんどなのに、何故真反対の方角を向いているのか?
これはね、特別祀っておきたい建物だとか、その方角に曰くつきの『何か』がある場合が多いんだって。安らかな死者の眠りを見守っているとか、見張っているとか、そういう感じなのかな。
お地蔵さんの視線そのものがなんていうか、特別な力を持ってるって事なんだろうと思うんだけど――。
じゃあ、首を落とされているお地蔵さんはどうしてそうなっているんだろう?
諸説はあるけど、そのお地蔵さんはどうやら誰かにそのお役目を奪われたってことらしいのよ。お地蔵さんに見張られていたら都合が悪いことがあるから、その首ごと落としちゃおうって。
だからね……もしも旅先なんかで不自然な方向を向いている首の落ちたお地蔵様を見かけたときは、気をつけておいたほうが良いと思うよ。
その先に封じられていた、その場所から動いてはいけないはずの『何か』が、あなたの後に付いて来てるかも知れないから。
クスクス、と。臼沢さんの話が終わってから間を置いて、柔らかい笑い声を上げた子が一人いた。
全員の視線がその子に集まっていく。漆黒の帽子から目じりの上がった赤い瞳を覗かせる――姉帯さんへと。
いつもは朗らかに笑う彼女にしては珍しい、かみ殺したような笑い声。ただ、その表情は何故だか笑っていながらにして笑っていない、そんな風に感じられた。
「ど、どうしたのトヨネ。今の話、どこか面白かった?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけどー……ふふっ、そうだね。私は北を向いてるお地蔵様ってきっと意地悪してるんだと思うんだ。首を落とされちゃっても仕方がないよね」
「意地悪って、どうしてそう思うの?」
「だってそうじゃない? 外に出たがっている
「そ、そう……?」
彼女が一体何を言いたかったのか。結局それは分からぬままに。
えへへといつもの調子で笑うその可愛らしさに毒気を抜かれてしまった私たちは、顔を見合わせて首を捻ることしか出来なかった。
四週目に臼沢さんが抜けた後、ここでちょっとした異変が起こってしまった。まぁ異変というか、普通にコクリコクリと舟をこぎ始めた人物が一人いたというだけの話なんだけど。
その人物は、京太郎君の隣にいた鹿倉さんである。
三周目あたりから様子がおかしいなぁとは思っていたんだけど、四周目が終わった時点で時刻は既に深夜の二時を過ぎていて、三時になろうとしていた。頑張っていたもののさすがに眠気に耐えられなくなったのか、こてんと京太郎君のほうへと倒れこんでしまい、膝枕っぽい形のままスヤスヤと眠りに就いてしまったのだ。
あらかじめ用意してあった布団にお姫様抱っこで運ばれて行った彼女はここでリタイアということになる。
(女装中とはいえ)京太郎君の膝枕とかお姫様抱っことか、色々と思うところが無いわけではないけれども……見た目相応の素朴な寝顔を見てしまえば、文句をいうのは大人気ないと自制せざるを得なかった。
――五周目。
○長野県在住、Mさん(仮)の三十一番目のお話
創作でも良いんですかね? ええ、はい。ま、この話は作り話だということを最初に言っておきます。
とある大学生の二人がドライブをしていた時の話です。造られてまだ間もない新しいトンネルに差し掛かった時、ふと運転をしていたAさん(仮)がこんなことを言いました。
「新しい怪談話を作ってさ、それがもし色々な所で広まって、まるで本当にあった出来事みたいに話されるようになったら面白いと思わない?」
助手席に乗っていたBさん(仮)もその話に便乗して、じゃあこのトンネルで幽霊が出るっていう感じの話を作ってみよう、と言うことになったそうで。
でも、最近の工法だとトンネル作業中に人身事故が起こるようなことってまずないですよね?
だから背景に納得のいくようなものを仕込もうにも、どうにも薄っぺらくなってしまう。昔の時代に作られたようなトンネルならともかく、新築のトンネルにリアリティを追求するのがそもそも無理なんだと気づいた二人はそれ以上無駄なことをするのを止めて別の話に夢中になっていたそうです。
トンネルの出口に差し掛かった頃、ふとAさんが言いました。そういえば、こんな話を知っている? と。
このトンネルの北側の出入り口から数えて十三番目の照明だけ、なぜだか明かりが灯っていないことがあるのだと。
電灯の不備というわけではなくて、次の日に通ったら普通に点灯している。何故だか夜のとある時間帯にだけ、その照明は消えてしまうらしい。その時にその照明の下に立って上を見上げると――聞こえてはいけない声が足元から聞こえるのだと。
その話を聞かされたBさんは、いかにもなその『作り話』を一笑に付したそうです。だって、さっきの会話の流れでいきなりそんな話をされても普通信じたりしませんからね。
実際にそれはAさんが即興で考えた単なる作り話以外の何者でもなかったわけですが……。
また別の日、そのトンネルを今度は自転車で通り抜けることになったBさんが、ちょうど北側の入り口付近に差し掛かったとき、そのことを思い出してしまいました。
さすがにあんなあからさまな作り話を信じるわけも無く、普通に通り過ぎようとして――ふと、何気なく上を見てみたそうです。すると、なぜかその一部分だけ明かりが明滅していて、今にも消えそうになっているじゃありませんか。
とっさに数えてみれば、その消えかけている照明は入り口から数えてちょうど十三番目。
そうこうしているうちに明かりは完全に消え、Aさんが作り上げようとしていた作り話の怪談とまったく同じような状況に置かれてしまったBさん。
それは好奇心だったのか? それともよりリアルな怪談話として改変しようと企んだのか。
Bさんはその心が赴くままに消えてしまった照明の下に立って上を見上げ――ふと、そこであることに気が付いてしまったんです。それは――。
「……それで、続きは?」
「え? いや、この話はここでおしまいですよ」
「えー!? マリーちゃん、それはないわぁ……Bさんが何に気が付いたのか分からないままじゃん!」
「不完全燃焼すぎる」
「ええ、そう言われても……これってそういう話ですし」
大ブーイングである。
「……マリーちゃん。最初に作り話だって断ったのは何か意味があったの?」
「これって
ああだこうだと推論を交わしながら結末について話していたところ。
別に呪われる系の話じゃないから細かいことはいいんじゃないですか? というその言葉で、けっきょく話が打ち切られる。
怖がりな私と姉帯さんの話は言ってみれば凡作で、とても高評価を受けるような話にはならないため、ブーイングがあったとしても勝ち抜けたのはマリーちゃんということになってしまった。
ちなみに熊倉先生はというと、語るほうが好きなのか、最初の周からずっとわざと評価が上がらないような無難な話を選んでいるような節がある。
まぁ、だからといって残った三人の中で最高評価をあえて取らないというのは高難易度だと思われるから、よほどの事がない限り次に抜けるのは熊倉先生だと思われた。
――が。
この時点でもう一人……というか数名が、抗えない眠気の誘惑に誘われるかのようにして意識を失ってしまった。
該当者は、残されていたはずの姉帯さんと、既に抜けたことでダルさ満開だった小瀬川さん。それと私の隣で可愛らしく寝息を立て始めたエイスリンの計三名。
姉帯さんとエイスリンはお互いに寄り添いあうようにして座った状態のまま、小瀬川さんは鹿倉さんがいなくなって空いたスペースをうまく使って器用に丸くなっている。
「あちゃー、これはちょっと続行は難しいかなぁ」
「素直にここまでにしておこう。これ以上は臼沢さんも京太郎君だって辛いでしょ?」
「私も地味に受験勉強の時とはまた違う感じの眠気が来てます……」
「正直だいぶ眠いっす」
「だよね」
というわけで。熊倉先生が語った三十四番目のお話を最後に、さすがにここまで寝落ちが続出した状況で話を続けるのは難しいということで、この『季節外れ過ぎる百物語』企画は打ち切りとなった。
まぁ、ここまでの話の中でも内容としては十分怖面白いものがあったから番組の企画的には問題はないだろう。
それに――正直なところ、これ以上私には怖い話のネタストックが無かったから、直前で終わってくれたのは助かったしね。
既に眠りについている子たちを敷いてあった布団に寝かせ、極力起こさないように配慮しながら脱ぎ散らかされたコスプレ衣装(犬耳とか帽子とかマントとか)やらロウソクやらの後片付けをする私とこーこちゃん。
「……あれ?」
「ん? どったの?」
「ううん。なんでも……」
もう一度数えてみると……うん。やっぱり使用済みのロウソクが三十四本で、未使用のロウソクが四十七本ある。
最初に配ったのは人数かける九本だから、全部で八十一本あればいいということだけど。実際にはもう一本、最後に使うことになっていた大きなロウソクがみんなで描いた円の中央に置かれていたはず。それが何故か、どこにも見当たらなかった。
「ねぇこーこちゃん。おっきなロウソクどこかに置いた?」
「んーや、触ってないよ」
「ホントに?」
「ホントだってば。なに、どうしたの?」
「あのね、あの大きなロウソクだけどこにも見当たらないんだけど……ちゃんとここに置いてあったのに」
百物語を始める前にきちんと確認したはずだから、それは間違いない。
自らの足で布団に向かった臼沢さんはともかくとして、自分から立ち上がることなくその場で眠りについてしまったあの子たちがそれを回収するのは不可能だろう。熊倉先生と京太郎君は部屋の中央に寄る事もせずに各々自分が眠る予定の部屋へと戻っていった。
残るのは私かこーこちゃんかの二択ということになり、既にボケが始まっているならともかく、私自身には一切身に覚えのない事である。
であれば、誰かが悪戯でどこかに隠したという場合に間違いなく犯人として浮上してくる容疑者は――福与恒子。彼女しかいない。
……のはずなんだけど。眉を顰めて訝しげな顔を隠そうともしていない素を曝け出した表情のまま、彼女はポツリと呟いた。
「……マジで?」
「大マジで」
「……」
その顔はあくまで自分は知らないと言っているように見えるけど……よく考えてみて欲しい。今日は朝っぱらから散々騙されてきた私としては、そんなモノで簡単に納得できるわけがないのである。
ジト目でじぃーっと見つめ続けていると、案の定というか、意外にもあっさりとお手上げと言った風に両手を挙げて苦笑しはじめた。
「ちぇっ、バレちゃったか。せっかく最後にすこやんを驚かせてやろうと思ったのにさー」
「もう、やっぱり……こーこちゃんのやりそうなことは丸分かりだよ」
「すこやんはからかうと面白いからね、ごめんごめん」
あはは、と笑いながら手に持っていた狼耳やらキョンシーの帽子やらを放り投げて、こーこちゃんは空いている布団に潜り込んでしまう。
「あーあ……なんか疲れたし、後片付けとか明日にして私らも早く寝よう」
「心底疲れたっていうのは同意するけど……ま、いいか」
ふと枕元の目覚まし時計を見てみれば、片付けをしている間にもう時刻は午前四時を回ってしまっている。
明日は東京へ戻るだけの実質オフ日とはいえ、寝不足になるのはお肌にも精神的にも余りよろしくはない。こーこちゃんはまだ大丈夫かもしれないけど、私は一度肌が曲がってしまうと取り戻すのに時間がかかる。故に安眠という至高の時間を妨げられるわけにはいかないのだ。
心の中でそんな言い訳をつらつらと並べたてながら、集めて束ねたロウソクを足元の箱の中に片付けてから、部屋の明かりを消す私。
宛がわれている寝床へと戻るべく部屋を出て行くその間際、頭から潜り込んだ布団の中でこーこちゃんが「これはまたお蔵入りかなぁ」とぽそりと呟いた声が、何故だか妙に強く印象に残った。
○後日談的なもの(茨城県在住、S.Kさんの三十五番目のお話)
――後日。熊倉先生から電話がかかって来た時のこと。
「……え? ロウソクがどうかしたんですか?」
「それがねぇ……健夜ちゃんたちが泊まりに来た時に福与さんが探してたロウソクが見つかったから連絡しようとしたんだけど、携帯に繋がらなくて。健夜ちゃんのほうから見つかったって伝えておいてもらえないかい?」
「ええ、それは構いませんけど……あの、ちょっといいですか?」
「うん? なんだい?」
「そのロウソクって、もしかして……」
「ああ、福与さんが百物語の最後の一本にってわざわざ別で用意してたあの大きなロウソクだよ。あの子が言うにはいつの間にか無くなってたらしいんだけど、それがね、ちょっとおかしなことに――」
熊倉先生に伺ったその話では、最後のロウソクは何故か全体の三分の一近くが使用済みの溶けた状態で、仏壇に供えられるようにして置いてあったという。
こーこちゃんにしては手の込んだ悪戯だなぁ、なんて思いつつ――ふと、あの日一番初めに聞いた“一話目”の冒頭を思い出す。
業界では、映ってはいけないものが映ってしまった時には自主規制でマスターテープごとお蔵入りになるという話。今思えば、あのこーこちゃんがあっさりと自白するのもおかしな話だ。
……じゃあ、あの時彼女がぽそりと呟いていた『お蔵入り』の意味って……?
肝試しや怪談話の類は夏にやるもの――というのが常識となっているのは何故なのかという疑問の答えを、身を持って知ることになったとある秋の日の出来事であった。
二話に分けられない事情から中盤がちょっと間延びして中途半端になってしまいました。要反省……。
次回『第18局:迷家@少年が持ち帰る富貴のカケラ』。ご期待くださいませ