すこやかふくよかインハイティーヴィー   作:かやちゃ

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第14局:背向@一人と独りの違いについて

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 ここ宮守女子高校において、麻雀部が正式に活動を始めたのは全国大会から数えておおよそ半年ほど前のことである。

 当初麻雀部に所属していた初期メンバーは、臼沢塞、小瀬川白望、そして鹿倉胡桃の三名のみ。麻雀には三麻と呼ばれる三人打ちのスタイルもあるにはあるが、基本は四人で回すもの。そのための規定人数もおらず、きちんとした指導をこなせる顧問も存在しない、それまでの麻雀部はいってみれば正式な部活動ではなく同好会のようなものだったと論じても、そう間違いではないだろう。

 ――全国大会に出場する。そんな部活動を行う高校生としては当たり前かつ真っ当な目標を掲げようも無いほどの状態であった。

 

 麻雀という競技が全国各地で持て囃されており、実際に競技人口がかなりの数を突破してもなお、場所によってこのような格差が生まれてしまうという状況は、悲しいかな抗いきれない現実としてそこにある。

 人数不足が祟って団体戦への出場が困難だったという高校は今年も多々あっただろうし、これからもたくさん出てくるだろう。今年の場合は、ここ宮守女子高校もそうならば――以前訪れた清澄高校もそうであり、阿知賀女子学院も同じ問題を抱えていた高校の一つ。

 しかし、その上でなお彼女らは強かった。優勝校が阿知賀女子学院、準優勝校が清澄高校だったことを考慮に入れれば、逆境からの大逆転勝利と形容しても過言ではないだろう。

 

 そしてこれらは今年の大会が大番狂わせ(ダークホース)の巣窟やら強豪殺し(ジャイアントキリング)の見本市やらと言われる原因の一つにもなっている。実際に全国大会の常連校と呼ばれる高校が、準決勝かそこに至る前にほとんど姿を消してしまっているのだから、その論調も些か極端ではあるものの、決して間違っているわけではない。

 上位四校のうち実に半数となる二校が常連校と並ぶべくもないような定員数ギリギリの高校だったにも拘らず、決勝まで残っているという現実が齎す結論は、総人数よりも質が重要という至極単純なものでもあった。人数が足りないという問題は深刻ではあるが、人数さえ揃っていれば誰でもいい、という訳にもいかないのである。

 

 人生には儘ならないことというのが多く存在する。そういった際にどのような行動を取るか、というのは難しい。

 先に述べた二校については、共にその責任者たる人物がただひたすらに待ち続けた。片方は己の持つ『悪待ち』という特性を信じ、また片方は昔に培った『絆』を信じて。

 

 では、ここ宮守女子高校ではどうだったのか。

 初期のメンバーでもある臼沢塞と鹿倉胡桃は、その時の心境をこう語っている。

 

「挑戦権が最初から無かったようなものだし、全国大会なんて夢のまた夢って感じだったから別に辛いとかそういうことはなかったなぁ」

「二年間ずっと私たち以外に麻雀やりたいって子が現れなかったってのがすべてを物語ってたもんね」

「そうなんだよね。たまには四人打ちでやりたいなって不満はそりゃ当然みんな持ってたけど……無いもの強請りしたって神様が叶えてくれるわけでもないしって、どこかで諦めてた部分はあったかも。出れないなら出れないで別に私たちは構いませんけど、って感じでさ」

「分かる分かる。あの時は本気でそう思ってた」

 

 彼女たちは四人打ちで卓を囲むための人数集めすらままならない環境であっても、麻雀を打つことを止めたりはしなかった。放課後には部室に集まり卓を囲む。それは集った三人が麻雀そのものを好きだったからこそ続けられた習慣といっていいかもしれない。

 大きな大会への出場というのは目標とするには明確で、部活動を行うにあたりモチベーションを保つという面では大いに役立つものだ。

 反面、麻雀という競技そのものに楽しみを見出している存在にとってそれらは競技を続ける延長線上に置いてあるおまけ程度の認識でしかないということも、もしかしたら真理であるのかもしれないし、そうでないのかもしれない。

 

 井の中の蛙、大海を知らず。井戸の囲いを飛び越えられるだけの脚力を持ち合わせていなかったが故に抵抗なく受け入れられていた諦観が、やがて覆される時が訪れる。

 その報が舞い込んできたのは、未だ蟄が来たるべき目覚めの時を待ちながら雪化粧の下で安らかな眠りを享受している冬の或る日。来年度から宮守女子高校に赴任することが決まっていた一人の教師が、ふらりと部室を訪れた時から始まった。

 

 

 宮守女子高校は、岩手県遠野市にある。

 遠野地方といってまず最初に思い浮かんでくるのは、やはり有名な遠野物語だろう。故に、河童や座敷童子といった妖怪たちの物語をはじめ、マヨヒガなどの摩訶不思議な伝承の多くはこの遠野に因んだものという印象が強く世間に根付いている。

 岩手の至る所で見受けられる異界やその住人たる妖怪たちに端を発する伝承は、人々の暮らしにも少なくはない影響を与えており、婚姻や葬儀などの独特な風習をはじめとして、今日までの社会基盤を形成する一助を担っている。

 宮守女子の麻雀部員の一人――姉帯豊音は、そんな地方独特の風習が根強く残る山村の一つで生まれ、育てられた子供の一人であった。

 

「え、えと。あのー、何を喋ったらいいのか分からないっていうか、そのー……」

 

 あ、そんなに固くならなくていいからね。普段通り、普段通りで。

 自身にカメラを向けられることに慣れていなかったのだろう。緊張して固くなっている彼女の姿は、こういった場で表現するには不謹慎かもしれないが、実に可愛らしかったためあえてカットせず放送に乗せようと思う(※福与さん談話より)。

 

 そんなインタビュアーの言葉に照れた表情ではにかむ姿が示すように、純粋無垢なままで育てられてきた、いわゆる箱入り娘のような彼女ではあるが、その実態は決してそんな生ぬるい表現が許されるようなものではないくらい、厳しい掟に縛られた生活だったといっていい。

 事実、彼女が村を出るための手続きにはかなりの時間を要したという話も聞いている。風習というのは厄介なもので、それは所謂現代的な観点からいえばナンセンスに過ぎることではあるのだろうが、当の本人たちにしてみれば至極真面目に信仰しているいわば宗教的なものである以上、その常識は簡単に覆されるものではない。

 

 それがさも当然という環境で育てられた彼女自身もそれを辛いと思うことはなかったという。ただ、それでも籠の中の鳥は本能の赴くまま外の世界に広がる大きな青空の下を飛び回ってみたいと願うもの。テレビという箱庭の中の世界に憧れを持ち続けた彼女にとって、それは小さな、しかし望むべくもない分不相応な願いのように思われた。

 

 しかし、そんな諦観を抱いていた少女の前に、望外な出来事が訪れる。

 それは灰被り姫の元にやってきた魔法使いの如く。あるいは茨姫の元を訪れた王子様の如く。

 (しがらみ)を潜り抜け、彼女の元に光を届ける役目を担ったのもまた、後に宮守女子高校麻雀部の顧問となる、件の同じ人物であった。

 こうして、幼い頃から磨き続けてきた強力な特性によって勝利へと導く女神が一人、牌を握り続けた孤独の日々を経て、新たに麻雀部へと加わることになるのだが。その数奇な運命が齎した恩恵は、彼女一人だけのものではなかった。

 

 

 繰り返しになるが、頭数を揃えるために誰でもいいから入部させる、という手段では決して全国まで勝ち上がることはできないものだ。

 そういった意味でのみ語るならば、最後の一人にまったくの初心者であった彼女――エイスリン・ウィッシュアートを加えたことは、苦肉の策という他はない。

 

 麻雀の強豪校としても有名な臨海女子高校のように、積極的に取り入れている学校でも無い限り、留学生というのは稀有な存在だ。

 たとえ本当はそうでなくても、本人がそれを望んでいなくとも、自分たちの生活範囲の外から来た人物に対してはどうしても『特別』であるという意識が働いてしまう。これは国という大きなカテゴリーでの話だけではなく、隣のクラスの人間が自分たちのクラスに紛れ込んでいるだけで違和感を覚えてしまうことがあるように、動物が集団を形成する上で必ず発生する本能といえるのかもしれない。

 

 そして、ここでいう外から内に来た人に感じる『特別』というのは極めて厄介な性質を持つものである。ある程度は持て囃されもするが、安全圏とでもいうべき一定距離からあえて近づこうとも思われない。

 彼女自身のほんわかとした人柄は他人に自分を避けさせるような深刻な事態にこそさせはしなかったが、それでも異文化の壁というのは大きかったのだろう。言葉の違いという埋めきれない境界線もあり、周囲に溶け込むというまでには至らなかった。

 

 特別という意識は時に孤独を生むことがある。そう言った観点から考えれば――後から麻雀部に加わった二人は、等しく『特別であるが故の孤独』に苛まれていた。

 しかし、二人は決して似ているわけではない。むしろ、半強制的に集団の内に篭り続けていたために同年代との交流が阻害されていた姉帯豊音と、本来の集団から外れて別の集団に紛れ込んでしまったエイスリン・ウィッシュアートという構図を見れば分かるように、その境遇は真逆――背中合わせの存在といえる。

 そんな二人が、それぞれに別の人物に誘われて『麻雀』という要素を間に挟む形で出会うことになったのは、果たして偶然だったのか?

 

 古参のメンバーの一人である小瀬川白望は、時に、逡巡に浸ることで限りなく正解に近い答えを導き出すという不可解な特性を見せることがある。

 遠野物語で語られている『迷いの家(マヨヒガ)』に(なぞら)えてそう呼ぶ人も麻雀関係者の中にいるようだが、それは今はいい。

 留学生の少女を麻雀部に見学へ来るよう誘ったのが、その小瀬川白望であったという点こそが重要なのだから。

 

「別に深い意味はなかったけど……ただあの時はそうしたほうがよさそうだって思っただけだし……」

 

 と、本人も言っているように、それは単なる気まぐれに近かったのかもしれない。

 この気まぐれをして、後の県大会団体戦優勝という快挙が成し遂げられることになるとは、当の本人たちは夢にも思ってはいなかっただろう。そも留学生の少女はこの時点で麻雀というものを一切知らなかったのだから、尚更に。

 欠片が足りずに埋められなかったジグソーパズル。そこに最後のピースを嵌め込んだのが小瀬川白望の気まぐれだったとするならば、それが誰にとっての『正解』だったのか――結果だけを見て論じることが許されるならば、その答えは明白だ。

 

 それは、臼沢塞や鹿倉胡桃に大海を望む希望を灯したものであり。

 小さな小さな孤独の歪みに沈みかけていたエイスリン・ウィッシュアートの心を救い上げたものでもある。

 当の本人はその功績を取るに足らない出来事だと感じているようだが……もしかするとその無欲さこそが、富貴へと辿り着くことができる彼女の素養なのかもしれない。

 

 

 これらのことから分かるように、最後の一人として加わったエイスリン・ウィッシュアートではあったが、初めから頭数を揃えるつもりで入部に至ったわけではなかったことが伺える。

 あくまでも彼女に麻雀の楽しさを感じてほしい、また麻雀を通して本当の意味で溶け込みたいと本人が強く願った末の加入であったという点にこそ注目してみれば、見えてくるものもある。

 ニュアンスの違いといえばそれまでだが、あえて言おう。その違いこそが、苦肉の策が転じて値千金の逆転打となった要因だったのだ、と。

 

「トヨネが初めて学校に来た時に、私もシロに誘われてはじめて麻雀部を見学させてもらっていたの。すごく楽しそうな彼女たちを見てると、とても羨ましくて……でもね、麻雀部に入ろうと思った直接のきっかけはトヨネかな。彼女がとても嬉しそうだったのが印象的で――別れ際に悲しそうだったのが、なんていうか、とても心に強く残ったの。私は留学生だからこの学校の中で一人ぼっちだと思っていたけど、彼女はもっと大きな意味でずっと独りぼっちだったのよ。それに気が付いたときに私は、今まで自分から輪の中に加わろうしていなかったことに気づかされたわ。それこそが私にとってとても大切なことだったのにね」(※英語語りです。意訳:小鍛治健夜)

 

 モチベーションというのは、強さにおいて大切な要素の一つである。

 端から期待されずにいる状況と全員で楽しむために牌を握るのとでは、明らかに上達の速度は違ってくる。異文化という点において、理解し合うにはお互いが積極的にコミュニケーションを取らなければならなかったという部分も、絆を深める上で良い方に転がったのかもしれない。

 そしてもう一つに、彼女には麻雀における素養が確かにあったこと。半年間の間に基礎をきっちりと詰め込んで特性を開花させた指導者の手腕もさることながら、それをきちんと吸収して血肉に変えた彼女の努力も見逃すわけにはいかないし、その結果として打ち立てられた『県大会における和了率全国第一位』という記録。地区は違えど絶対王者として参戦した宮永照をも上回るそれは、素直に絶賛されるべきものである。

 

 孤独を乗り越えたその蕾は、『特別』ではないただ道端に生えている普通の花として今、彼女たちの傍で可憐に咲き誇っている。

 忘れてはいけない。学校での部活動において、大会での勝敗というのも確かに重要なファクターではあるのだろうが。本当に大切なものは、もっと他にもあるのだろうということを。

 

 宮守女子高校は岩手県代表として全国大会に進んだ果てに、二回戦で敗退するという結末を以ってその挑戦を終えた。

 これは決して彼女たちにとっては満足できるものではなかったかもしれないが、その過程で得られたものはきっとこの先の人生の中で確かな存在として支えになってくれることだろう。

 

 

 

 ここで、永世七冠でありグランドマスターの異名を持つプロ雀士『小鍛治健夜』に話を聞いた。

 宮守女子におけるキープレイヤーを挙げるとするならば誰を選びますか、という問いかけに対し、

 

「今回の場合はちょっとぱっと見だと分からないような特殊な場面になっちゃうかもしれないんだけど――」

 

 言いながら画面上を眺める小鍛治プロが停止させた場面は、全国大会二回戦・副将戦での一幕だった。

 副将戦――つまり臼沢塞をキープレイヤーとして選択した、ということなのだろうか?

 

「別に宮守に限らないことだけど、全国の団体戦に出てくるレギュラーメンバーなんて一人一人が強いってのはまぁ当然なんだよね。宮守だと特に攻撃的なのは大将の姉帯さんと先鋒の小瀬川さん、あと意外だけど次鋒のウィッシュアートさんもどっちかっていうとそっち寄りかな。この子達はいってみれば、自分の得意な麻雀がきちんと出来るかどうかで成績が変わってくるタイプね」

 

 これについては次鋒戦が分かり易いかも、とデータを示しながら説明してくれた。

 

 次鋒戦、エイスリン・ウィッシュアートは清澄高校の染谷まこにメタ的に完封されてしまうほど、打ち手同士が理想とする麻雀そのものの相性が最悪だった。

 点数の増減は致命傷になりうるほど多くは無かったが、それくらい完璧に抑え込まれてしまったという事実そのものが後の展開的にはひどく重かったように思える。

 本人にとっても予想だにしないレベルで思い通りにならなかったことは、おそらくこの時が初めてだったのではないだろうか?

 

 麻雀初心者にちょっと毛が生えた程度の育成期間しかなかったという点もあってか、自身の信条とする麻雀を封じられた時の応用力に乏しかったのも事実。型から外れた際に足掻くための下地を持たないということは、相性次第で容易に蹂躙されてしまうといった危険を常に孕むということでもある。今回の場合は、その危惧すべき部分がモロに表に出てしまったということなのだろう。

 

「――でね。尖がった強さを持ってる子達は確かに強いけど、安定性には欠けちゃうんだ。エースってことなら最終的に収支が上向いていればそれでもまぁ構わないんだけど、キープレイヤーっていうのはやっぱり戦いの流れそのものに干渉して、なんとかできるかもしれないって思わせてくれるだけの余地を持ってる選手のことだと思うんだよね」

 

 だからこそ、選ぶとしたら彼女だろうと。

 副将戦――特徴的なモノクルの向こう側、厳しめの表情で対面に座った永水女子副将の薄墨初美をじっと見詰め続ける臼沢塞の横顔を指しながら、小鍛治プロは言った。

 

 

 全国大会Bブロック二回戦、副将戦。

 その臼沢塞が卓を囲むことになった他家の面子といえば、デジタル打ちが信条の原村和(清澄)、どちらかといえば感覚派寄りだった愛宕絹恵(姫松)、そしておそらく全国に出場した選手たちの中でも最高峰の火力特化型なオカルト雀士の薄墨初美(永水女子)。

 

 その収支結果だけを見ればマイナスに落ち込んでおり、上位抜けした二校の選手とは遠く及ばない結果であったといえる臼沢だが。

 序盤から終盤に至るまで、実質この卓の流れを終始清流の如く静め続けていたのは他ならぬ彼女であったという。

 

「薄墨さんは特定の条件下で必ず役満を和了できる子なんだけど……ああ、うん。信じられないって人もいるだろうけど、そういうこともあるんだってことで話を続けるけど。その特定の条件が、あの対局中にも何度か成立したことがあったんだよね。例えば――ここ」

 

 前半戦の東四局、前局が親流れでの一本場。親は姫松の愛宕であり、件の永水女子薄墨が北家となっていた場面である。

 薄墨は早々に愛宕から北を、原村から出てきた東をそれぞれ鳴き、自身の得意となる形へと持っていくことに成功した。手牌には南と西が順調に集まってきており、四喜和が成立してしまえば大沼プロがいうところの『裏鬼門』が完成する。

 おそらく北と東を鳴くことができた時点で、本人的にはもう和了したも同然だっただろう。しかし、薄墨は絶対的な信頼を寄せているこの絶好の場面で和了することができなかった。

 

 他にも前半戦南四局一本場、二本場、後半戦東一局、二本場、南一局と悉く得意な形へと持っていった薄墨だが、結果として役満を和了したのは最後の一度のみ。

 とはいえ麻雀という競技の常識に当て嵌めて考えれば、一度でも役満を和了できたのであれば十分凄いと思うのだが……小鍛治プロはその意見を半ば肯定しながらも、この場面に限っては違うとハッキリと否定の意を示した。

 

「あの子の中で形が既に出来ているんだよ。流れ作業っていう表現をしちゃうと肯定と否定どっちの意見もあるだろうけど、この流れを通れば必ずこの結果に通じている、って言う感じでね。東と北が場に晒された後の展開を見てみると分かると思うけど、実際に和了へ向かう流れが確かに永水側に傾いてたはずだったの。それは間違いないと思う」

 

 

 薄墨自身が北家の時に限り、という制限が付いているが。風牌の北と東――つまり鬼門に当たる方角、北東に相当する牌を鬼門(※鳴いた牌を晒す場所は自分の北東に当たる)に置くことで、手の内に裏鬼門たる南西の方角、即ち南と西の牌を集める。それが、薄墨初美の持つ『役満を確定させるためのレシピ』とでもいうべきか。

 事実、薄墨は鹿児島県大会でもその火力で猛威を奮いながら圧倒的な破壊力を対戦校に見せつけている。

 

「でも、彼女にとっての誤算の一つは――その決められた流れを強制的に塞いで止められる人物がその卓の中に潜んでたこと。まぁ、薄墨さん自身も十分そうなんだけど、それを上回るレアケースに当たっちゃったのが運の尽きだったって言う他ないね……」

 

 実に五度に渡る役満和了のチャンスにおいて、四度の失敗。それが偶然の産物ではなく、人の意思によって実行された明確なる阻止だったというのである。

 そして、この話の流れでいうならば、それこそが臼沢の仕業だということになるのでは――という我々の疑問に、小鍛治プロは小さく頷いた。

 それこそが、臼沢塞をこの戦いにおいてのキープレイヤーとする根拠であるのだと。

 

「彼女は多分、オカルト殺しといってもいい能力を持ってるはず。それがどの程度まで対応できるのかは分からないけど――場合によったら、宮永さんの嶺上開花も防ぎきれるのかもしれない。宮守女子における絶対的な防御の要として対戦校のジョーカーを完封すること。たぶん、それが臼沢さんの担っていた役割なんだろうね」

 

 対策を練ったところで止められないオカルトじみた和了に対して、それを確実に封じ込めるということならば、なるほど。それはたしかに絶対的な防御の要と呼ぶに相応しいだろう。

 

 

 しかし、だ。彼女は今大会、一回戦でこそ強敵を完封しその役割を見事に演じきったといえるだろうが、二回戦では薄墨以外の他家の後手に回ることのほうが多かったようにも思える。

 そのことを小鍛治プロに問えば、彼女は苦笑いを浮かべてモニターの中にいるとある人物を指した。

 

「薄墨さんの裏鬼門に対して無防備というか、一切対策を取ろうとしなかった子が一人いたから。たぶん、あれだけレアな能力を使うんだから臼沢さん自身もきっとどこかで無理をしてたはず。それなのに東も北もポンポン捨てていく子がいたら、そりゃ無駄に神経を使うことになるだろうし必要以上に疲れるに決まってるよ」

 

 本来であれば、薄墨が北家の時に限り東と北を不用意に捨てないという至極簡単な対策を取るだけでも、自分の手は遅れてしまうかもしれないが、ある程度は裏鬼門を防げたのではないかという。

 それはおそらく彼女を相手にすることになる副将の選手の頭の中には共通して嵌め込まれていた、対薄墨初美における模範的な対処方法だったはずである。

 

「薄墨さんの天敵が臼沢さんだったとしたら、臼沢さんの天敵が原村さんだったってことかな。北家の時だけでも思惑通り三人で連携できていたら結果もまた違ったのかもしれないけど……でもね、臼沢さんもきっと分かってることだろうけど、それこそが麻雀だから。全員が点棒を取り合う敵同士だってことは、やっぱり忘れちゃダメなんだよね」

 

 その時の点数状況、目指すべき着地点、それにより重なり合う四人の思惑、卓上の様相は刻一刻と変化を見せる。

 それは相手への対策に重点を置くことだったり、あるいは自身の信じる打ち筋を貫き通すことだったりと。千差万別、最重要項目というものが打ち手の数だけ存在しているのだから、卓の上で戦っている限り自分が描いた理想の通りに進むことのほうが稀なのだ。

 

 ただ、今さら()()()()で話しても意味はないけど――と前置きをしておいてから、小鍛治プロは言った。

 

「臼沢さんがもしあの卓で薄墨さんの役満を防ぐ術を持っていなかったら、一位抜けで準決勝に行っていたのはきっと永水女子だったんじゃないかな。それくらい、彼女の力はあの戦いの結末に強く影響を及ぼしていたと思う。結局自分たちは敗退して、その恩恵を一番受けたのが清澄だったっていうのはちょっと皮肉な結果だけどね」

 

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「そういえばさ、あのコーナーに名前を付けようって話になってるんだよね」

「あのコーナーって、もしかして最後にその学校の今後について言及するやつ?」

「そそ。トッププロの小鍛治健夜が注目校の今後をズバッと斬る!みたいな感じでなにかないかなー、と」

「……なんだろう。言葉の響きからして既に嫌な予感しかしないんだけど。そもそもさ、私ってそんなに毒舌キャラじゃなくない?」

「えっ?」

 

 あれ? いやそんな「ちょっと何言ってるか分からないです」的な表情されても困るんだけど。

 どちらかっていえば、こーこちゃんに振り回されている場面しか視聴者さんたちは目撃していないんじゃないかな。この番組内では特に。

 

「それはなに? 自分は愛されキャラ目指してますんでってこと?」

「いやいや、そうじゃなくて。なんていうか、こう……性に合わないっていうか、ね?」

「ね?って言われてもさー……あ、なるほどなるほど。清澄で染谷さんを泣かせたこともなかったことにしようって魂胆だ?」

「違うってば! そもそもあれはお店の手伝いをしたことで手打ちになったじゃない」

「でも泣かせた事実は覆らないんだよね、残念ながら」

 

 うっ。まぁ、あの時は確かにちょっと言い方が悪かったかもしれないけど、間違ったことを言ったとも思って無いし……というかさ、言えって煽ったのが誰だったのか忘れているんだろうか。

 

「いいじゃん別に。最近の流行に乗って毒舌オンリーキャラで攻めてみるとかさ。意外とウケるかもしれないし、芸能界のご意見番的な感じでテレビで引っ張りだこになるかもよ? 代わりにあっちこっちからヘイト集めまくることになっちゃうかもだけど」

「わざと他人を敵に回すようなことをやってテレビのお仕事が増えても、あんまり嬉しくないなぁ……」

 

 芸能関係のお仕事を専門にやっている人ならば生き残るために色んなことをやるんだろうけど、あいにくと私は麻雀プロだから。麻雀界のマ○コ・デラックスでも目指していない限りは、そんなリスクを背負ってまでメディアに露出を増やす意味はないのだ。

 そしてもちろん、私はそんなものを目指しているわけもなし。

 

「まぁ、毒舌云々は置いといても。コーナー名は無難な感じでいいんじゃないかな」

「その無難ってのがあんがい難しいんだよ、無難ってのがさ」

「言いたいことは分かるけど……それならそれで本職のコピーライターさんにでも任せるべきじゃないの?」

「お金かかる、ヨクナイ。ヨサンゲンシュ、ゼッタイ」

「……何で急に片言なの?」

「編成部長にこってり油まみれになりそうなほどこっぴどく怒られたから! 精神的外傷(トラウマ)にもなるっつーの!」

「ある意味自業自得なんだよね、それ……」

 

 おおもう。仕方が無かったって言ってもあんな豪勢なお部屋に二泊三日も泊まるから……。

 

 

 ――と、そんな感じで話をしていた私たちだけど。結論が出ないまま彼女はディレクターさんとの打ち合わせに移ってしまい、途端に私は手持ち無沙汰になってしまった。

 しばらくやることがないというなら、だ。せっかく宮守にまで来て、しかも熊倉先生がおいでなのだから、京太郎君の能力について直接きちんと視てもらっておくべきかも知れない。

 思い立ったが吉日という諺があるように、どうせいつかやらなければならないことなら早いほうがいいだろう。

 

 彼の姿を部室内にいる人影の中に探していくと――部屋の隅っこのほう、絶賛だらけ中の小瀬川さん相手にお茶を煎れている姿が目に留まる。

 ……岩手まで来て一体なにをやっているんだろうか、あの子は。

 思わず呆れてしまった私だけど、そんな二人の近く。私たちのやり取りを遠くで聞いていたのだろう鹿倉さんが、首を捻りながら京太郎君に近づいて問いかけている姿があった。

 

「ねぇねぇ、須賀くん。染谷さんってあの次鋒のメガネの子だっけ? 小鍛治プロに泣かされちゃったって、もしかしてガチで対局でもしたの?」

「ええと、涙目になったって程度の話ですけどね。小鍛治プロが来年の清澄の展望を語る、みたいなコーナーがありまして、そこで染谷先輩にとってちょい厳しめな指摘があったっていうだけの話なんスよ。当の本人も笑い話みたいに言ってますから、二人の間に遺恨なんてないはずなんですけど」

「ふぅん、そうなんだ。なるほど」

 

 納得したのか、素直に頷く鹿倉さん。そこで納得されるのも私としては悲しいものがあるんだけど。

 それにしても対局したら涙目になるのが確定しているプロというのはどうなのだろうか、とちょっと考えてみた上で、この企画中に麻雀を打った時のことをよくよく思い出してみれば、確かにそんなことだらけだったなと思わなくもない。片岡さん然り、原村さん然り、宮永さん然り、松実さん然り……うん、これくらいで名を挙げるのは止めておこう。武勇伝には程遠い事実だし、忘れた方がお互いに幸せになれそうだから。

 

「でもさ、来年のウチってたぶん麻雀部存続できそうにないから、小鍛治プロのありがたい今後の話も意味がないんじゃないのかな。ね?」

「え、そうなんですか? 団体戦に出られなくなるとかじゃなくて、部そのものが廃部になっちゃうってことなんでしょうか?」

「そうなんだよー。私たちみんな三年生だから、後継者がいないんだよね……ちょー寂しいよー」

「ああ、なんかすんません。寂しい気持ちを思い出させてしまったみたいで……」

 

 しょんぼりと肩を落とした姉帯さんと、それを慰めるように頭を軽く撫でる京太郎君。

 涙目の彼女を放っておけないその気持ちはよく分かるし、自然と取った行動なのだろうけれども。悲しいかな、現代の基準に照らし合わせて見てみれば、相手によっては問答無用でセクハラ扱いともなりそうな微妙なライン上の行為であった。

 

「こらそこっ! 女の子の髪をいきなり撫でない!」

「――ハッ!? す、すみません! ついいつもの癖で……」

 

 あ、やっぱり教育的指導が与えられたか。残念だけど妥当だろう。

 あれだけナチュラルに乙女の頭を撫でられる京太郎君に戦慄を覚えないわけでもない。彼の漏らした科白から、おそらくは宮永さんにでもするようについやってしまったのだろうとの推論に辿り着いたことで、なんとか自制できたからよかったものの。代わりに言ってくれた鹿倉さんには感謝をしておこう。グッジョブ。

 

 ただ、撫でられている当の本人さんはというと、別段嫌そうにも見えないし、むしろ喜んでいるように私からは見える。それは素直にちょっと羨ましいなと思ってしまった。

 実際に周囲にいた鹿倉さん以外の宮守の子たちも微笑ましい光景を愛でる視線で二人を見ているところをみても、特に問題はないということなのかな。

 そもそも他の子たちだと立ったままの姉帯さんの頭に手は届きそうにないし、京太郎君の背丈で何とか様になるくらいの身長差なのを考慮に入れれば、ここは彼が適任だったということかもしれない。

 

「胡桃の言い分も分かるけど、トヨネは嬉しそう……」

「ホホエマシイトオモウヨ」

「むっ! エイちゃんまで……そうなの、トヨネ!?」

「えっと、そのー……あのね、も、もうちょっとだけ続けて貰ってもいいかなー……?」

「……!? あっ、はい、喜んで!」

 

 反射的に再び頭を撫で始める京太郎君。これが姉帯さんだからよかったものの、もし京太郎君より背の低い子が上目遣いで同じ科白を囁いていたとしたら――もしかすると私の弟子は、ここ岩手の地で痴漢行為の前科持ちになっていたんじゃないだろうか?

 同じ女性の私でもヤバイくらい可愛いと思ってしまった程なのだから、男性である彼にとってそれはそれくらい破壊力が半端ないお願いだったらしい。

 頭を撫でている最中に彼の口が『天使は岩手にいたのか……』という形に動いたのを、私は見逃さなかった。

 

 

「ありがとう、須賀くん。えへへ、頭撫でられたのなんてちょー久しぶりだったよー」

「いえ、元はといえば色々と短慮だった俺のせいですから。満足してもらえたんならよかったです」

「頭ナデナデの件はともかくさ、トヨネは特に麻雀部への思い入れが強いから、仕方ない部分はあるんだけどね。清澄は引退した三年生ってあの悪待ちの人くらいなんだっけ?」

「竹井先輩っす。そうですね、抜けたのはあの人くらいのもので、他の部員は丸々残ってますからすぐに廃部ってことはなさそうです。まぁ、それでも一人足りないせいで団体戦オンリーの秋季大会にはウチも出場できないらしいんすけどね」

「あれ、秋季大会って団体戦オンリーなんだっけ? 出てないからよく分からないんだけど。塞知ってる?」

 

 呼ばれた臼沢さんが、何かをメモしていたらしいノートから顔を上げる。

 

「うん? 秋季大会? 詳しくは知らないんだけど、たしか団体戦だけだったんじゃないっけ? 個人戦もあるのはコクマのほうでしょ?」

「うーん……? そこらへんちょっとよく分からないな」

「考えても分からないダルい状況なら、プロに聞いてみたらいいんじゃないの」

 

 ……うん? 私?

 そういったことは私に聞くよりも熊倉先生に聞いたほうがより正確だと思うんだけど。

 意図せず会話の矛先を向けられた私はバトンを渡すべく先生のほうを向き――当たり前のようにカップラーメンを片手に寛ぎまくっているその人の姿を見てしまう。

 我関せずを貫こうとするその姿勢、それは「健夜ちゃんが説明しておあげなさい」という科白が思わず脳裏にはっきりと浮かび上がってくる程であった。

 フットワークは軽いくせに細かい部分で面倒くさがりな所は相変わらずか。仕方ないな。

 

「……ええと。秋季大会っていう呼び方の高校の大会だと、大きなヤツが二つあってね。一つは一・二年生を対象とした秋季県大会新人戦で、こっちは団体戦しかやってないの。で、もう一つが秋季地区別高校選手権大会。こっちは団体戦と個人戦の両方をやってるはずだけど、たぶん京太郎君の言ってる大会は地区別のほうなんじゃないかな?」

 

 新人戦というのは、その名の通り引退した三年生を除く一・二年生が戦う大会のことで、だいたい九月の後半に行われることが多い。たとえ優勝しても県一位という称号が与えられる以上のものはないためか、大会の格付けとしては後者に劣る。文字通り新人たちの経験を積むために用意されている舞台、といってしまってもいいだろう。

 

 もう一つの地区別高校選手権大会は規模としてはインターハイに次ぐ大きさで、春季に開催される全国大会の予選も兼ねており、各地方ごとの王者を決めてしまうための大会だ。事実上、ここから引退した三年生を除いた新チームの戦いの火蓋が切って落とされることになるので、夏の全国に打って出るための試金石――ともいえる大会がこれに該当する。

 

 大まかな分類は、北海道地区、東北地区、関東地区A、関東地区B、北信越地区、東海地区、近畿地区A、近畿地区B、中国地区、四国地区、北九州地区、南九州・沖縄地区。各地区の王者、あるいは二位となった高校は春の大会で地区代表として戦うことになり、そこに麻雀連盟によって推薦された八校を加えた計三十二校で春季全国大会が開催されることになっている。

 清澄高校のある長野県は、北陸四県を加えた北信越地方。他の県にそれほど強力なライバルはいないといっていいかもしれないけれど、だからこそ余計に龍門渕や清澄のような凶悪な高校が集う長野県勢の魔窟っぷりが際立つとでもいうか、他県の高校にとっては脅威以外の何者でもないだろう。

 もっとも、京太郎君の言うように、清澄高校に関しては地区別選手権(団体戦)に出場するには人数が足りないため、参加を辞退するしかない状況である。夏の準優勝校としては、春の出場権をも兼ねているこちらの大会にはぜひとも出場しておきたかっただろうけど、こればかりは現状如何ともし難い問題だった。

 

 ちなみにこの大会が行われるのは、地区によりけりだけどだいたい十月中旬~十一月下旬にかけて。期間だけを見るとけっこう長いように思えるけど、実際は地区ごとで二週間弱ずつと考えていい。

 取材交渉で言われていたように、秋季大会に出場する新生白糸台高校は関東A枠での参戦となる。関東圏は他の地域と比べると始まる日程が早いほうなので、もしかするとまさに今戦っている真っ最中でもおかしくなかった。

 

「へー、そういう仕組みだったんだー」

「ん? ってことはだよ、須賀くんは地区別選手権のほうの個人戦には出場できるってこと?」

「そっか。それじゃ次の大会がデビュー戦になるんだね!」

「あ、なんつーかですね……いちおう夏の県大会に出てるんですよ。成績はその、ほとんど何もできずに予選敗退でしたけど……」

「……」

「……」

「……ゴメンね、はしゃいじゃって」

「いえいえ、そんな。こちらこそなんかすみませんでした」

 

 お互いにぺこぺこと頭を下げあう京太郎君と鹿倉さん。

 うっかり失念していただけなんだろうし、京太郎君もさほど気にしている様子はない。とはいえ失言をしてしまった側は居た堪れないのだろう。特に鹿倉さんはそういったことに自他問わず厳しそうな性格だし、自らケジメをつけるようにして彼女は姿勢を正し、その上できちんと表情を作り直して京太郎君と向き直った。

 

「あのね。清澄のことは素直に応援し辛いってのが本音なんだけど……でも、その上で須賀くんには期待してるっていうか、頑張って結果を出して欲しいって思ってるの」

「え……?」

「トヨネとかエイちゃんのことがあるから余計そう感じちゃうのかな? 一人で頑張ってた子が最後まで報われない物語って、私すごくイヤなんだ」

「鹿倉さん……」

 

 真摯な視線が物語るのは、それが本音ということなのだろう。

 

「須賀くんにとっては勝手な意見を押し付けてるだけかもしれないんだけど、たぶん私だけじゃなくてここにいるみんなそうなんだと思う。ね、トヨネ?」

「そーだね。私は須賀くんが清澄の子たちのサポートでちょー頑張ってたのを番組で見て知ってるから、余計そう思っちゃうよ。もちろんあの番組のことが全部ってわけじゃないんだろうけど、今度はやっぱり麻雀で納得のいく結果をもぎ取ってみて欲しいなっ」

「ワタシニモデキタンダカラ、キットダイジョウブ!」

「ダルくならない程度にやってみればいいと思う。まぁ、みんなが言うには似てるらしいから、そのよしみで応援してあげてもいいかな」

「皆さん……」

 

 そのやり取りを静かに見守っていた残る一人が、箱の中に仕舞われていたモノクルを手に取りながら立ち上がる。

 

「――ということで。ここは一つ、君のさらなる成長のためにもお姉さんたちが一局お相手して差し上げようと思うんだけど。どうかな?」

「……っ」

 

 思いもよらぬみんなからの激励に感極まった様子でぐっと握りこぶしを作る京太郎君が、涙を零さないようにとふわりと宙に漂わせたその視線。その眼下には五人の女神たちの姿があって。

 私たちの住むこの世界は、頑張れば必ず報われるという優しいものではないけれど。懸命にもがきながらも頑張って前だけを向いているその姿を見て応援してくれる人たちは、きっとどこにだって存在するものなのだろう。

 そのぶんまた重圧もその身に背負うことになるんだろうけど――男の子だもん、女の子から向けられている期待くらいは背負いきってもらわないとね。もちろん、私の分も。

 

「かまいませんよね、小鍛治プロ?」

 

 京太郎君越しに向けられた彼女の言葉が私の視線と交錯し、コクリと一つ。私は小さく首を縦に振ってみせた。

 

「お手柔らかに、なんて言わないから――存分に」




かくして旧師弟、その弟子同士の対決が賑やかに幕をあげるのでした。
次回、『第15局:瑕疵@遠野オカルト麻雀戦道行』。ご期待くださいませ

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