すこやかふくよかインハイティーヴィー   作:かやちゃ

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第三弾:岩手県代表・宮守女子高校編
第13局:交錯@勝者と敗者の狭間にて、我想ふ


「……どうしてこうなったんだろう」

 

 季節がら、少しだけ肌に冷たい風が吹く中で。降り立った駅のホームでぽつりと呟く。

 遠方に聳える山々を望みながら、ふと思い起こすのは先日のことだ。愛媛~島根と渡り歩いた小旅行から戻ってきてすぐ、こーこちゃんから例の企画について話がしたいと申し出があり、次に赴く高校をどこにするかという内容の打ち合わせをした。

 その時はたしかにこう話していたはずである。

 一校目二校目と中部・近畿の高校が続いたから今度は近場の学校で考えよう、と。

 

 現在地:岩手県遠野市宮守町、宮守駅。

 

 ……近場ってなんだっけ?

 

「んーっ! やっぱ空気が美味しいねぇ」

「……そうだね」

 

 その感想には同意する。

 ただ、如何ともしがたいこれじゃない感を覚えてしまうのはどうしてだろうか。

 

「この前、次は近場でって言ってなかった?」

「んー、(新道寺とか永水に比べたら)近場じゃない?」

「あえて小声にして誤魔化そうとしてる時点でもう後ろめたく感じてる証拠だよね?」

「いやだってさ。考えてもみてよ、宮守の子って全員三年生なんだよ? 本格的な受験シーズン到来の前に終わらせないとダメっしょ」

「それはそうだろうけど……」

 

 別に宮守女子に行くことが嫌なわけじゃない。熊倉先生もいらっしゃるし、注目すべき選手も何人かいる。ただ、他の学校にもプロ入りしない、あるいはできそうにない受験生はいっぱいいそうなものだけど……そっちの子たちは気にしてあげなくてもいいんだろうか?

 額に浮かんだ脂汗を見るに、正論っぽいことを言ってこの場を乗り切ろうとしているのが丸わかりである。

 

「で、本当の理由は?」

「臨海女子は金銭面で交渉が難航してて、白糸台は新レギュラーの一・二年生が秋季大会で忙しいから期間ずらしてほしいって」

「事前に許可とってなかったの!?」

「てへ」

「……はぁ。臨海はともかく白糸台の方はちょっと調べたらすぐ分かる理由じゃない」

「面目次第もございませぬ」

 

 あ。謝る気ないな、これ。

 

 

 ラジオの収録終わりでこーこちゃんの部屋に泊まったところまでは予定表通りだった今回の取材旅行。翌日、予定の起床時間を二人して盛大に寝過ごしたところからこの話は始まった。

 ……まぁつまりは冒頭の初っ端っからゲリラ豪雨の如き暗雲が立ち込めていたということになるんだけど。

 

 朝ごはんも抜きで、化粧をすることもままならない状態で慌しくマンションを出ることになったのが、朝の八時半になる少し前くらい。で、マンション前でこーこちゃんと一緒に飛び乗ったタクシーの向かう先が東京駅だった時にこそ、もしかすると私は今と同じツッコミを入れるべきだったのかもしれない。

 でもね、珍しく素で慌てているように見えた彼女に対して、余計なところで疑問を挟むのが申し訳なく思えたというのも事実ではあったの。私との待ち合わせではよく約束の時間に遅れてくるこーこちゃんではあるけれど、こと仕事に関する部分では時間を厳守するタイプの子だから尚更に。

 もっとも……どうやらその後の展開を鑑みるに、予定時間を寝過ごした云々というのもこちらの一方的な認識で、実はこーこちゃん側からしたら最初から予定通りの行動だったということなんだろうと思う。これが某番組のドッキリ企画でなくてよかったと言うべきかどうなのか。

 つまりは全部が全部彼女の自作自演だったということである。

 

 タクシーを降りて誘導された先が近場ならまず乗る必要の無い新幹線の改札口だったのだからその場で気づけよ私、と今さらながらに思ったりもするけれど。

 混乱の助長を促すようにしてそこで待ち受けていたもう一つの『想定外』。完全にそちらに気を取られ、まんまとツッコミポイントを全力でスルーしてしまったその時点で、私の負けが確定してしまったといっていい。

 

 というか、行き先が云々ということよりも個人的に問題が大きいのはその想定外のほうである。これがまた厄介というか、なんというか……なにより今回、一連の出来事において私の判断力を確実に鈍らせた主原因でもあった。

 

「確かにボウリングの組決めの時にそんな感じの愚痴を漏らしたことがあったかもしれないけど……」

「ん? すこやん今なんか言った?」

「ううん、別に」

 

 追求から逃れるようにして、ちらりとホームに備え付けの自動販売機のほうに視線を移せば、三本の缶コーヒーを抱えている男の子の姿が見える。言うまでもないと思うけど、彼は、今朝の東京駅にて一ヶ月とちょっとぶりにパソコンの画面上ではない現実世界で再会を果たした一番弟子の須賀京太郎君である。

 いくら土日の連休とはいえ、長野で部活動に勤しんでいなければならないはずの彼が何故ここ岩手にいて私たちと行動を共にしているのか? そんな疑問を抱くのは当然だ。私も実際そう思ったからこそ、意識が全部そっちに持っていかれてしまったわけで。

 後に新幹線の中で彼から聞かされたその理由を語るには、まず朝の再会の場面から説明しなければならな――。

 

「すんません、お待たせしました。福与アナが無糖のこっちで、師匠はこっちの甘いやつですよね」

「あ、うん。ありがとう」

「悪いねー、雑用任せちゃって」

「これくらいは当然っすよ、俺は連れて来てもらった立場なんですから」

「んじゃ須賀くんが戻ってきたところで行きますか。少し急がないと予定の時間に遅れちゃいそうだから」

 

 ――いところではあるけれど。こーこちゃんの言うように先方との約束の時間まで猶予が無いなら、まずは目的地の宮守女子高校へ向かうことを優先しようか。

 

 

 

 今年の全国大会にて岩手県の代表となった、宮守女子高校。この学校もまた、長野の清澄高校と同様に大会前のまったく無名な状態から見事に県代表の座を勝ち取った、今大会の波乱万丈っぷりを如実に示したと専ら噂の初出場校たちの一角である。

 

 部員数は団体戦に出場するために最低限必要な規定到達員数きっかりとなる僅か五名。しかも全員が三年生という、ある意味で出場したどの学校よりも特殊な環境にあるといっていい彼女たちだけど、部員全員が高レベルに纏まった打ち手であり、一人一人の実力としてはベスト4に残った他の高校の選手たちと比べても決して見劣りする事は無い。反面――後ろに『ただし』と続いてしまうのは、二回戦で敗退という残念な結果に終わってしまったからには仕方の無いことだろう。

 

 一人一人の実力が確かであっても、団体戦において上まで勝ち抜いていくためには、流れを引き寄せることや対戦する各々の相手との相性なんかが重要だ。団体戦においては先鋒から大将まで実に五回も大きな流れの区切りがあるが、二回戦で宮守女子が他の三校と比べてことさら不運だったのは、その五回の区切りのうち実に四回で相性が悪い相手と当たらざるを得なかった、ということに尽きる。

 

 まぁ、そういった諸々の要素を加味した上で勝ちあがった高校が他にあるのだから、純粋に相手校への対策が足りていなかったと論じて終わる問題でもあるんだけど。正直なところ、これに関しては特に名伯楽として名を馳せてきた熊倉先生にしては対戦校に向けるべき認識が甘すぎたのではないか、と個人的な感想を抱く部分でもあった。

 

 

 二回戦敗退という結果だけを見て本来の番組の趣旨から考えるのであれば、準決勝進出校(ベスト8)に入ることができなかった宮守女子を取材する必要はない。彼女たちと同じように上位を狙える実力がありながらも早々と敗退してしまった学校は他にもあるし、その子たちが別段彼女らに劣っていたと言い切るだけの根拠にも乏しいのだから。

 

 では何故にここへ取材へ訪れたのかといえば――宮守女子と、同じくBブロックの二回戦で敗退したシード校の永水女子に限っては、団体戦での戦いぶりを考慮した上でさらに個人戦で上位入賞を果たした選手が幾人か所属しているから、というのが主な理由の一つ。

 ここ宮守女子高校においては、第八位の姉帯豊音、そして第十六位の小瀬川白望がそれに該当する選手である。

 

 そしてもう一つ。この番組が『すこやかふくよか』と銘打っている通り、基本的に私こと小鍛治健夜を主軸とした内容であるということ。故に、必然的に私と何かしらの繋がりを有する学校に限っては、特集が組まれやすい――という側面(裏事情)があるということも、否定できないものがあった。

 

 

「お久しぶりです、熊倉先生。本日はよろしくお願いします」

「忙しい中岩手くんだりまでよく来たね、健夜ちゃん。福与さんも、どうぞよろしく」

「はじめまして。よろしくお願いします」

 

 久しぶりに見た、こーこちゃんの猫かぶりモード。さすがに年配の方の前ではっちゃけることはしないのか。

 ……まぁ、余所行きな態度なのは私も同じなので、あまり大きな声で人のことをどうこう言えないんだけど。この人の前だと背筋がピシッと伸びてしまうのは、脊髄反射とでもいうか、もう仕方が無いことだと思う。

 

 

 私がまだ高校に入りたてで、周囲と馴染んでもいなかった頃の話。いま思い返しても嫌な子だったと自分で思ってしまうほどで、あの頃の私は先輩たちからすれば扱い辛い、煙たいだけの存在だったに違いない。そんな私を真っ当な(?)道へ引き戻してくれたのが、当時プロ雀士兼スカウトを名乗っていた熊倉トシその人だった。

 今となっては年に一度会うかどうかという関わりでしかないものの、人付き合いが苦手な私にとって子供の頃の恩人と呼べる数少ない大人の一人である。

 

 近年はたしか博多かどこかの実業団のクラブにスカウトだかコーチだか監督だかで関わっていたはず。ただ、そのクラブチームが経営難のため廃部となる少し前から公式の場に姿を現さなくなっていたらしいという噂を聞いていたこともあって、もしかして重い病気でも発症したんじゃないかと少し心配していたんだけど……。

 

 あにはからんや、そんな彼女がどういう理由か今年は何故か宮守女子高校麻雀部の顧問として全国大会へやってきた。

 まさか本当の意味で先生と呼ばれる立場になっているとは夢にも思わず、その名を会場で聞いた時にはびっくりした覚えがある。というのも、私が先生と呼ぶ理由はどちらかといえば『師匠』に対するものであって『教諭』に対するものではないからだ。

 もっとも、実際に教師になってしまわれた今となっては大手を振って――という表現はちょっと違うかもしれないけど、そのまま熊倉先生と呼んでも差し支えはないといえる。いえるんだけど……やっぱりどこかしっくりと来ないというか、不思議な違和感を覚えてしまうというか。なんとも複雑な気分だった。

 

 

 撮影前に学校関係者および熊倉先生にご挨拶を、と職員室を訪れたのは、私とこーこちゃん、あとは現場指揮を任せられているディレクターさんの三名で。残りの人たちはというと、既に撮影準備のため一足先に部室のほうへとお邪魔しているはずであった。

 ここは仮にも女子高で、京太郎君を含めてスタッフさんたちはそのほとんどが男性である。校内での行動には細心の注意を払うよう事前に申し付けてあるものの、予期せぬトラブルがあってはいけないということで、熊倉先生に先導して頂きつつさっそく麻雀部の部室へと向かうことにした。

 

 職員室を辞した後、廊下を少しだけ進んだところで前を歩いていた熊倉先生が何かを思い出したかのように立ち止まる。自然と後ろを歩いていた私たちも同時に足を止めることになってしまった。

 

「健夜ちゃんはその癖まだ治っていないのかい?」

「え? あっ……」

 

 思い当たることがあったので、早足で距離を詰めて熊倉先生の隣へ並ぶ。あの時と同じ科白をこーこちゃんの前で言われるのは後がちょっと面倒くさそうだったので、行動は迅速だった。

 

「そういえば先生、インターハイの出場メンバーが全員三年生だったってことは、麻雀部って今どうなってるんですか?」

「ああ、それね。実質的には休部状態とでも言ったらいいのかしらねぇ……あの子たちもたまに集まって麻雀を打ってるみたいだけど、部活動というよりは受験勉強の息抜きってところだろうし」

「そうなんですか……」

「まぁ、そんなに悲観しなくていいさ。あの子たちの全国での戦いぶりをみて麻雀に興味を持ったっていう下級生の子たちも何人かいるようだし、そういった子を対象にして週一で麻雀教室みたいなことをやっている子もいるみたいだからね」

「じゃあ来年も存続はできそうなんですか?」

「さぁて、それはどうかね。難しいとは思うのよ、生徒数自体が少ない学校だからね。実際に続けようって思ってくれる子がいればいいとは私も思うんだけど、こればかりはねぇ……強制する訳にもいかないでしょう」

 

 言いながら、小さくため息を吐く熊倉先生。

 たしかに、東京や神奈川・大阪なんかの人口密度が高い都市にある学校などであれば、下地が整えられているだけこういった問題は少しの努力で解消されやすい。

 ――反面、宮守女子のような地方都市の小さな高校では、麻雀部に限らず部員の数が足りないという部活は多いし、深刻な問題でもある。こういった過疎化の進む地方ほど、幼い頃から特定の競技に打ち込んでいる子たちは進路先が一極化されているとでもいうか、特にその競技について環境が整備されている強豪校へと集まりやすい傾向があった。

 

 事実、今大会のメンバーの中でも初期から麻雀部に所属していたのは三人だけと聞いている。団体戦に出場できる人数を確保できたことは僥倖といっていい程であったろう。

 清澄や阿知賀と似たような環境でありながら、それらの高校よりも部の存続という面においては遥かに険しく厳しい道のりが続いている。それが宮守女子麻雀部の抱えている目下の悩みどころのはずだった。

 

 

 そんなことを考えながら廊下を歩いているうちに聞こえてきた雑音。それはざわざわと色めき立っている教室の中から聞こえてきていた。

 何事かと開かれた扉の向こう側から内側を覗いてみたところ、騒動の中心にあったのは、案の定というべきか……不肖の弟子の姿。確認するや否や、思わず眉を顰めてしまう私がいた。

 

「いったい何をそんなに騒いでいるんだい?」

「あっ、熊倉先生!」

 

 人で作られていた輪っかの外殻部分を担っていた一人、妙に小柄のおかっぱ少女が振り返り、その名を呼ぶ。むしろ叫んだといったほうが正解に近いけど。

 鷺森さんに勝るとも劣らない、見事な座敷童子たる容姿のその子――中堅の鹿倉胡桃が、半ば呆れたような表情を見せていることからも、事態がさほど緊急性を帯びているものでは無いことを告げていた。

 実際に、

 

「わー、雑用のプロの人ありがとう!」

「い、いえ。でもその肩書きはマジで勘弁してください……」

「あ。ご、ごめんね須賀くん」

 

 漏れ聞こえてくるそんなやり取りは実にほのぼのとしており、むしろ好意的な感情に溢れていたのだ。一部不穏当な発言もあったけど。

 ともあれ、もしや綺麗なお姉さんたちに囲まれて浮かた挙句、取り返しのつかない粗相をしでかしたのではないかと一瞬疑ってしまったことを心の中で謝罪する。そういえば宮守の子の中に一定水準値を超えてくるおもちの子はいなかったね。判定基準がそこだけしかないというのも考えものだけど、わりと信頼できるボーダーラインでもあるからその部分だけは安心だ。

 

「――あ、師匠」

「「師匠?」」

 

 私に最初に気が付いたのは、人垣の中央部分に突き抜けて見える二つの頭――一つは見慣れた金髪であって、もう一つは黒い帽子から流れる漆黒の髪――のうち、見慣れた金髪のほうだった。

 その言葉に反応して全員が振り返り、一番大きなリアクションを見せてくれたのが、中心部に佇むもう一人の漆黒の黒髪の子で。彼女は何故か、心底驚いたように目を瞠った。

 

「わ、わっ! ホントに小鍛治プロと福与アナだよっ! 本物に会えるなんてちょー感動だよー!」

 

 胸に何かを抱え込んだまま、まるで小動物のようにぷるぷると震えながら感動を身体一杯を使って表現しているその子――宮守女子大将、姉帯豊音。画面越しに見たときはモデルさんになれそうなくらい高身長な子だなぁ、なんてのんびりとした感想を抱いていた私だけど、実物を見て思う。まさか京太郎君よりも背が高いとは思っていなかったし、近くに立たれるとちょっと迫力がありすぎると。

 見下ろされている私と、見下ろしている彼女。視線が交差した瞬間、その紅玉の如く研ぎ澄まされた瞳がきらりと輝く。

 

「サインください!」

 

 ……はい?

 思っても見なかった第一声に、思わずポカンとしてしまう。

 

 勢いよく差し出されるのは、胸に抱いていた四角形の物体で。すぐにそれが色紙なのだと気が付いた。

 正直な話。前回訪れた阿知賀がどちらかというと敵地寄り(ぞんざい)な扱いだったこともあってか、こんな風に素直に尊敬の眼差しを向けられるのは妙にくすぐったく感じてしまう。見た目はちょっとだけおっかないけど、それを補って余りあるくらい良い子だなぁ、としみじみ浸ってしまう私がいた。

 

 もちろんサインはきちんと差し出された色紙に書いて渡してあげました。

 

 

 

 後で聞いた話によれば、どうやら姉帯さんは小さい頃から今日に至るまで極度のテレビっ娘らしく、見ていた番組の出演者に対しては過大ともいえるほどのリスペクト精神を持っているとのことだった。

 自分もモデル並なルックスとスタイルのくせして意外とミーハーなんだな、とちょっと思ってしまったものの、さすがに口に出すことはしない。なんというか、少しでも悲しげな表情をされると居た堪れないというか、松実宥さんとは違ったケースではあるけれど、この子もまた小動物チックな生態で保護欲をこれでもかと刺激してくるタイプの女の子であるといえそうだ。

 

 この番組に関しても、どうやら姉帯さんだけは一回目の放送を見たという。そこで取り上げられていた清澄高校――特に縁の下の力持ちとして働いていた京太郎君に強い尊敬の念を抱いたそうな。先ほどの発言を鑑みるに、その時にこーこちゃんが言った『雑用のプロ』というフレーズが頭に強くこびり付いているのだろうと容易に想像できてしまう。

 京太郎君にとってはある意味災難だろうけれど、あの内容を見ただけで彼の働きをきちんと評価してくれた人がいるという事実は、彼にとっては決して小さく無い意味を持つはずだ。しかもそれが実際に対局して打ち負かした相手の高校の生徒となればなおさらに。

 

 今大会の宮守女子高校に引導を渡す役目を担っていた対戦相手を挙げるとするならば、それは紛れもなく清澄高校だったように思う。

 一位突破を果たしているのだから当然だ、という意見もあるだろうが、そうではなくて。あの闘いの敗因となってしまったいくつかの場面においてその根源をつぶさに調べていけば、要所要所で浮かび上がってくる大半が清澄絡みの動きであったという理由から来る結論である。

 

 特に彼女たちにとってのオーラスとなった後半戦大将戦南四局、逆転への望みを賭けて望んだ大一番。その出鼻を挫くように、安和了りで試合をきっちり終わらせてみせた宮永咲の嶺上開花は、第三者の視点から見てもド派手な和了ではないあっさりとした決着となったものの、あまりにあっけなさすぎて逆に印象に強く残ってしまうものだった。

 

 故に、彼女らの意識の中で『清澄に負けた』というマイナスの感情が芽生えてしまっていても仕方が無いことだと個人的には思うのだけど。

 ――さて。その黒ずくめの外見とは裏腹に純粋無垢っぽい姉帯さんはともかくとしても、他の部員たちの本音のところはどうなんだろうね?

 

 

 

 ぐだぐだになりかけた初対面ではあったものの、なんとかその場を仕切りなおし、一通りお互いの自己紹介を終えた。

 途中で声が上がったのは、やっぱりこの場に居ることそのものが不可思議な存在である彼のところ。清澄高校の麻雀部一年、そこでまずざわりとなって、さらにその次の小鍛治健夜の弟子という肩書きのところで本格的にどよめきが起こった。

 今はまだカメラが回っていない場所なので遠慮なく晒しているとはいえ、彼女らの反応を見るに、やはり情報を表に出す場合はタイミングをきちんと事前に打ち合わせてからにしたほうが良さそうだ。

 

「小鍛治プロに弟子がいるってことにも驚いたけど……清澄の子だったんだ。トヨネは知ってたの?」

「もちろんだよっ。あれ、言ってなかったっけ?」

「聞いて無いし……さっきだっていきなり『あっ! 雑用のプロの人だ!』とかいって一人ではしゃぎ始めただけだったじゃん」

「えへへ、ごめんねー」

「……あれってこーこちゃんのせいだからね?」

 

 見なさい、このしょぼくれた中年男性から醸し出されているのと似たような悲哀を感じさせる京太郎君の背中を。

 遠く離れた岩手にまで雑用のプロとして名が知れ渡っているという現実に、もはや否定する気力も無いという疲れっぷりである。

 

「いやぁ、メディアの力って怖いよねぇ……風評被害とかの原因って無くして行かないとだね!」

「どの口で言ってるの、それ?」

 

 内容は間違っていないことを言ってるだけに、その発言者の他人事っぷりだけがいただけない。

 そもそも私に対するアラフォーネタを定着させた罪は重いよ? 許されざるよ? そのことが分かってて言っているんだろうか、この子は。

 

「でもなんで清澄の子がここに? 小鍛治プロが弟子だからって全国連れて歩いてるんですか?」

「ううん、さすがにそんなことはしないよ。えっと、今回はね――」

 

 言いかけた私の言葉を遮って、話を始めたのは熊倉先生だった。

 

「ああ、彼は私が呼んだんだよ。福与アナにお願いしてね、連れて来てもらうよう頼んでおいたの」

「えっ?」

「先生が直々に、ですか?」

「ええ。以前世話をしていたことのある子から、ちょっと面白そうなことを小耳に挟んだものだから。あの健夜ちゃんの弟子でしょう? どんな子なのか気になっちゃってねぇ」

 

 ……えっ? あれ、ちょっと待って。最初に私が京太郎君本人から聞かされていた理由とまるで違うんですけど。

 たしか彼の説明だと、今回の取材はどうしても人手が足りそうに無いから交通費とバイト代を出すので助手として手伝って欲しいといって借り出された、という話ではなかったか?

 ちらりと京太郎君のほうを向く。あからさまに目が逸らされてしまった。

 今度はこーこちゃんのほうを向く。にやりとほくそ笑んだその表情を見て、また騙されていたんだとすぐに気が付いた。すぐといってもまぁ既に手遅れなんだけどさ。

 

「もしかして……赤土さん、ですか? 漏らしたの?」

「おや、よく分かったね」

「同じようなことを瑞原プロと戒能プロからも聞かされましたから……」

 

 ええい、また赤土さんかっ!

 部員たちの扱い方を見るにわりとしっかりした人のように感じていたけど……ああ見えてあの人もしかして超絶に口が軽いの? ヘリウムガスの如しなの?

 

「……っと、どうしたのエイちゃん? ん? なにこれ、絵?」

 

 私が頭を抱えているうちに、袖を引っ張られて振り返る鹿倉さん。

 それを行動に移したのは、どうやら会話に入ってくるタイミングを逸していた留学生のウィッシュアートさん。手持ち無沙汰だったのか、手に持っていたスケッチブックに何かの絵を描いていたらしい。

 誇らしげにばーんと提示されたそこには、よく似た二人の似顔絵が描かれていた。

 

「これって片方は須賀くんだよね? じゃあもう片方は――」

 

 全員の視線が、一人会話に混ざろうともせず椅子の上でダラっとしている彼女、小瀬川さんへと向けられる。

 ああ、なるほど。それだけで彼女の言いたかったことを全員が瞬時に理解した。

 

「たしかに。よく見ると似てるね」

「うん。髪型とか髪色は違うけど、姉弟か親戚だって言われても信じちゃうレベルでしょ、これ」

「え、言われるほど似てますか? 似てますかねぇ……どうみても俺なんかより小瀬川さんのほうが十倍綺麗っすよ?」

「ソックリサン!」

「ダルいからどっちでもいい……」

「いいなー、シロ。私も自分のそっくりさんを見てみたいよー」

「トヨネ、ドッペルゲンガーって知ってる? 自分に似た姿をしてるんだけど、それを見たら死んじゃうっていう話なんだ――あ、そういえば昨日トヨネによく似た子がさ……」

「わっ、わーっ! さえ、その先は言わなくていいからっ!」

 

 それぞれに盛り上がる宮守女子の面々と、何故だか既に溶け込み気味の京太郎君。ああ、若干一名だけ盛り上がりに欠けているようだけども。

 このやり取りを見ただけで、私が危惧していたような『清澄の関係者は総じて討つべし』という戦国時代的な空気にはならなさそうだと確信した。

 

 

「へぇ、それじゃ宮永さんを麻雀部に連れてきたのって須賀くんだったってことなんだ?」

「はい、そうなりますね」

「うわぁ……あの魔王をカモ扱いとか命知らずにも程があるよ!」

「コンナカンジ?」

 

 スケッチブックに描かれているのは、どくろマークの描かれた導火線付き爆弾の周りで無邪気に花火をして遊んでいる男の子の絵。

 ……うん。言い得て妙だね。

 

「でもでも、それってとてもすごいことだよねっ。もし須賀くんが宮永さんを連れてきてなかったら全国大会とかどうなってたんだろうねー?」

「その時はたぶん龍門渕高校が上がってきてたんじゃないですかね? 俺は画面のこっち側で見てただけっすけど、あそこの大将の人もたいがい咲とタメ張るくらいの非常識人でしたよ」

「うん、私もそう思うかな。靖子ちゃ――藤田プロのお気に入りなだけあって、天江さんは全国の凄い子たちの中でも強さ的には上から数えたほうが早そうだし。風越女子と鶴賀の子たちだと、ちょっとアレは抑え切れなかっただろうから……」

「そういえば長野の個人一位の、福路さんだっけ……個人戦で戦ったけど、あの人もなんか変だった……」

「変って、たとえば?」

「んー……なんだろう、正解を不正解にされることがある、みたいな……」

「それってシロの能力破られてるってことなんじゃないの!?」

「まぁ、そうなるかな……ダルかった」

「ダルくないよ!? おおごとじゃん!」

「イチダイジ!」

「全部が全部ってわけじゃなかったし、別に……」

 

 小瀬川さんの能力と言うと『迷えば迷うほど正解(高めの和了)に近づく』というあれのことかな。

 たしかに、福路さんならば卓上に存在しているありとあらゆる情報を駆使して、正解を不正解に書き換えるくらいのことはしそうである。実際に小瀬川さんの順位よりも上に福路さんの名前があるのだから、まさしくそれをやってのけたということだろう。破られた本人はあまり気にしている風には見えないけれども。

 

 本当、あの子については不遇という言葉に尽きると思う。風越女子のキャプテンとして県大会での連続優勝記録を途絶えさせるという不名誉な記録を打ち立てたというだけで既に傷がついてしまっている状況なのに、それが二年連続ともなれば、あれだけの実力を有していようが、また例えどれだけ後輩に慕われていようとも、卒業後にOGとして部の中核に関わることは難しくなるに違いない。

 規模の小さな部活に悩みがあるように、大きな部活にもやはり毛色の違う悩みがあるものなのだ。

 

「トヨネは福路さんにもサイン貰ってたよね?」

「個人戦の対局の後で貰おうと思ってたんだけど、サインなんて書けないからって断られちゃったんだよねー……」

「ああ、私その光景実況席から見てたわ。福路さんすごく申し訳なさそうに何度も頭を下げてて、それを見て姉帯さんも水呑み鳥かって言いたくなるくらいすごい勢いで頭下げてたよね」

「そうなの? 私は見てなかったけど、容易に想像できちゃうね、なんとなくその絵がさ……」

 

 福路さんの腰の柔らかさは恐ろしいレベルである。もちろん手触りとかの話ではなくて、物腰のことね。

 一方の姉帯さんについては確認するまでも無いし、二人がお互いに謝り続けている状況というのを想像するのは難しい作業じゃない。そしてそれをすかさず絵にして全員に見せているウィッシュアートさんはさすがと言わざるを得なかった。

 

「天江衣と福路美穂子か。その二人は小鍛治プロが認める程の強さってことでしょうか?」

「実際に戦ってみたわけじゃないからハッキリと断言はできないけど。もしみんなが龍門渕と戦うことになったとしたら、苦戦を強いられる相手であることは間違いないかな。福路さんも個人戦で実際に当たった子は分かってると思うけど、まともにぶつかれば一筋縄ではいかないだろうね」

 

 宮永さんが麻雀部に入っていなかったという前提で、もしも代わりの枠で天江さんが全国大会の個人戦に出場していたとするならば、おそらく三位以内への入賞は確実だったんじゃないかと思うのだ。それくらい彼女自身のポテンシャルは相当高い位置にあるといっていい。

 ただ、確固たる自信を持っていた己の力をも飲み込んでしまうほどに強大だった宮永さんと戦うことで、彼女は麻雀の奥深さを知り、また一つ強さを積み重ねたはずだ。好敵手たる少女が表舞台に姿を現さなかったというIFを前提にしておくならば、即ちそれは新たに得た強さの部分が丸ごと欠落したままであるということでもあるわけで。

 それを考慮に入れれば、メンタル部分にムラがあるというか勝負に対して脇が甘いところ――悪く言えば過信から来る傲慢さ――が残っている天江衣に対してならば、同じようなオカルト能力を持っている姉帯さんとか、和了の目を塞いでしまえる臼沢さんならやりようによっては十分勝つチャンスがあるだろう。

 

 一方、福路さんのほうはどうかというと。

 正直なところ、あの子の状況判断力は脅威である。宮永照のような特殊な力を用いることなく初見で相手の傾向を看破できそうなほどの慧眼の持ち主だし、頭の回転も速い。頑固なわけでも無いから柔軟で対応力もあるし、我が強いわけではないから他家を使うことに躊躇いも無い。

 この手のタイプは正面から対策を打つのが特に難しいのである。相手の脳内で絶えず行われている思考を外部から強制的に停止させるのは正攻法ではまず不可能だし、手を読まれないよう気を付けていたとしても必ずどこかで綻びが生じてしまうもの。

 あえて相性が悪そうなタイプを挙げるとするならば、トリッキーな打ち方で他家の心理を手玉に取ることに長けている清澄高校の竹井久、あるいはトラッシュトークで対戦相手の平常心を翻弄する姫松高校の愛宕洋榎あたりだろうか。ここ宮守女子にはそのての打ち手が存在せず、正面突破でごり押ししなければならない時点で難敵であることは間違いない。

 但し、いくら福路さんが手強い相手だったとしても、風越女子の団体チームそのものは全体的に隙が多いので、宮守側が苦戦を強いられるということは無さそうだ、というのが私の見解である。久保さんには申し訳ないけれども。

 

「まぁ、どっちにしても宮永さんほど問答無用な子はいないから、普通に戦えば勝てない相手ってことはないんじゃないかな。清澄を倒すことを考えたら、相性的にはそっちのほうがまだ楽だったかもね」

「なるほどぉ。ってことはつまり、龍門渕と当たっていれば勝ちぬけていたかもしれないってことで。ウチがあんなことになった原因も元を辿ればキミのせいだってことでいいのかな? んん?」

「うっ……」

 

 ――って確信して気を緩めた途端にこれだよ!

 まぁ臼沢さんが冗談で言っているのは表情を見れば分かるんだけどさ。京太郎君にとってはけっこう笑い事じゃないんだよね。

 

「塞、さすがにそれは責任転嫁しすぎ」

「リフジンダヨ!」

「あはは、まぁそれはさすがにジョーダンだけどさ。あ、ねぇねぇ。あの宮永咲と幼なじみってことは、やっぱり須賀くん麻雀上手なの? だから小鍛治プロの弟子になったのかな?」

「いやぁ、それがさっぱりでして。麻雀始めたのも高校に入ってからですし、最近は小鍛治プロが師匠になってくれたおかげで少しはマシになりましたけど、それでも練習中の対局で十回に一回くらい最下位を免れたりできるようになった程度のもので……」

「……えー」

「あの面子に囲まれたらちょっと基礎を覚えたくらいの初心者なら仕方が無いことじゃない? 特にあの悪待ちの人とかセオリーどおり打ってたら相性最悪でしょ」

「ジホウノヒトモコワカッタ……」

「先鋒のあの子、名前は忘れたけど……東場だけならまぁ、手強かったし」

「ましてや原村和や宮永咲が相手なら、もう原因を語るまでも無いよね」

「そうなんですよね……」

 

 さんざんに言われているようだけど、そのほとんどが的を射ているのだから世話が無い。名前を並べるだけで魔境っぷりが見て取れるというのも何だかな。

 ただ、原村さんって可愛い顔してけっこう容赦ないんだな、と。ある程度の裏事情を知っている私としてはちょっとだけ別の部分に同情を向けてしてしまうのだった。

 

 

 清澄高校のメンバーは、既に引退している元部長の竹井久を除いても、なお粒揃いの精鋭たちだ。強豪犇く全国の舞台を直に経験したことで、各々が着実にレベルアップしているといっていい。半ば置いてけぼり状態だった京太郎君が夏以前よりも勝率を落とすのはもはや仕方が無いことである。

 

 ――が。彼が勝てない本当の要因は実は別のところに存在していて、そのおおよそ全てが、デジタルの化身こと原村和その人によって齎されていたりする。

 というのも、私がさりげなくデジタル思考の防御法を徹底的に叩き込むよう彼女にお願いをしているからなんだけど。

 原村さんが京太郎君と対局をする際、できる限りピンポイントで狙い撃ちをするように徹底しているとのこと。彼女は『相手の当たり牌を察知して振り込みを回避してみろ』という難題を身体で覚えさせようとしているのである。可愛い顔してなかなかになかなかなスパルタ具合だ。熱血ぶりにより磨きがかかっているような気がするのはきっと気のせいだろう。うん。

 

 余談ではあるが、ツモ和了ができないという特性に関してはいくら丁寧に説明しようがお得意の『そんなオカルトありえません』で一蹴されてしまうのだった。肝心要の部分は彼女の得意分野である牌効率と、そこから導き出される相手の手を読み解く手法だからそれに関して問題は無いんだけど、実際に体験してなお認めようとしない彼女のソレにも呆れるばかりである。

 

「エイちゃんもそうだったけど、経験者の中に一人だけ初心者が混ざるのってやっぱ大変だよね? しかもトヨネがいうには清澄って確か指導者っぽい立場の人が居ないんでしょ?」

「そうっすね。最初の頃は部長が親身になって教えてくれてたりしてましたけど、メンバーが揃ってからはそういうわけにもいかなくて。でも部長にとって今年は最後の夏でしたし、その辺りは新入部員としてちゃんと理解してるつもりですよ」

「うーん、他校のやり方についてどうこう言うつもりはもちろんないけどさ、個人的にはそういう切り捨てっぽいのはどうも、なんかこう、ねぇ? モヤっとしちゃうというか」

 

 そういう相手に勝てなかったのも複雑だなぁ、とぽそりと呟く臼沢さん。

 大っぴらに相手を否定するようなことはしないものの、本人の心情としてはあまり肯定したくないのだろう。負け犬の遠吠えにならないように大きな声でこそ言わなかったが、その心情は顰められている眉が雄弁に物語っている。

 

「一人だけ男の子だったからってのは関係ないのかな? 疎外感とか無かった?」

「疎外感は無かったっていうとウソになっちゃいますけど、それはどっちかっていうと性別がってよりは実力差がありすぎてのことで……ああでも、当たり前っちゃ当たり前のことですけど全国前の合同合宿も俺一人だけ参加できませんでしたし、性別の違いが一切関係なかったとも言えないんスけどね」

「えー、ぼっちはよくないよー」

「女子高の人たちが集まる合宿でしたから、そこはまぁ仕方ないんですよ。それにもし俺がみんなに麻雀部分で役立てるくらい強かったら、特例で参加させてもらえてたかもしれないし……そこはほら、自分の実力の至らなさとでもいいますか、もう少し頑張っていれば結果は違ったんじゃないかとポジティブに考えてですね――」

「でも、君が誰の指導も受けずに一人で上手くなるのは無理だったんじゃないかな……」

「うっ……」

「シロッ! そういうことはたとえ思ってても言わないの!」

「胡桃、それはそれで失礼だよ」

 

 小瀬川さんの科白にしょんぼりとしてしまう京太郎君に向けて、その様子を見て焦った鹿倉さんから放たれたフォローという名の追い討ちが華麗に決まった。

 せっかく良い感じの科白を言おうとしてたのに……色々と可哀相な子だね君は。

 

「……私さ、小鍛治プロが須賀くんを教えようと思った理由がなんとなく分かったような気がするわ」

「ボセイホンノウヲクスグッタ、ダネ」

「エイスリンさんってどこからそういう言葉を仕入れてくるのかな?」

 

 まぁ、あながち間違っているとは言いきれないんだけど。母性本能……というべきなのか、どうなのか。

 なんとなく放っておけないという点は事実だけどもさ。

 

「さてと。勝敗を分けた高校同士親交を暖められたところでそろそろ本題のほうに入らせていただきましょうか。すこやんもいいよね?」

「うん。あ、ちょっと待ってこーこちゃん。バッグを取ってこないと」

「俺が取ってきます。師匠は座っててください」

「え、でも――」

 

 止める暇も有らばこそという感じで、さっと動く京太郎君。私が命令したわけでも無いのに自ら動くその行動力を目の当たりにした宮守女子の面々――特に姉帯さん――は、感心したような、あるいは可哀想な子を見る目で彼の後姿を追っていた。

 哀しいかな、風評被害と思われていた『雑用のプロ』という肩書きが確かな響きを伴って彼女らの中で定着した瞬間だったといえる。

 

「どうぞ」

「ありがとう、京太郎君」

 

 その切ない現実に本人が気がついているのかどうかは分からないけれども、部屋の隅っこに置かれていたバッグを持って来てくれた京太郎君にお礼を返し、その中に入れていた手帳を取り出した。これで準備万端、いつ話をこちらに振られても大丈夫のはず。

 いつの間にやら雑談の主題が宮守ではなく清澄高校含む長野県の麻雀事情へとシフトしていたように、たしかにそろそろ区切りをつけて取材に移行しないと雑談だけで日が沈みそうなので。

 

「んんっ。こっちは準備できたよ、こーこちゃん」

「オッケー。ではタイトルコールの後に皆さんのインタビューから始めましょうか。カメラの前で話すのは慣れてないかもしれないけど、あんまり固くならないでいいですよー」

 

 用済みのバッグを持ってカメラの前から捌けて行った京太郎君の後姿を確認しつつ、気持ちをきちんと切り替えて。

 前髪、服の袖、襟元をきちんと正して向けられたカメラへと意識を回せば。

 

「すこやかじゃない小鍛治健夜と――」

「ふくよかじゃない福与恒子の」

 

「「すこやかふくよかインハイティーヴィー第三弾!」」

 

「今回はここ、岩手県代表の宮守女子高校から生中継でお届けしますっ!」

「ちょ、ぜんぜん生中継じゃないよね!? もう初っ端から飛ばしすぎ……お茶の間に届くのはどう頑張っても録画の映像だよ?」

「おっと失礼、つい勢いで。でもさぁすこやん、お茶の間とか最近じゃそうそう使わないよ? さすがアラフォー、時代を感じさせる言い回しだね!」

「アラサーだよっ!」

 

 ――本日の仕事の開始である。




というわけで、今回から宮守編の開始となりました。番外編と一部交錯する感じで進むので、第三弾中は内容が若干オリジナル要素高めでお送りすることになるかと思います。しれっとサブタイトルが先送りになっているのは、内容が後半部分にずれ込んで分割されてしまったためです。ごめんなさい。
てことで次回こそ、『第14局:背向@一人と独りの違いについて』。ご期待くださいませ

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