集計されたポイントの結果発表は、ゲームの終了に併せて発表されることになる。
なので、まずは先に本題のほうを終わらせてしまわなければならないわけで。
本題――つまりはボウリングである。みんな途中から会話のほうに集中していたけど、あくまでこちらが本題なのだということを思い出した一行は、お題についての会話を適度に持ち越しながらもそれからしばらく真面目にボウリングを楽しんだ。
推移としては、ようやく精神的に圧迫される第四フレームから第六フレームの攻防が幕を下ろし、ここからまたボウリングに集中できるという状況の第七フレーム、私を含めてどのペアもスペアだったりストライクだったりを取りながら順調に消化していった。
第八・第九フレームも特に波乱もなくまったりペースで進み、遂に最終第十フレームへと舞台は移る。
ちなみに現在までのスコアは以下の通り。
(※ ▲:スペア [><]:ストライク G:ガター -:ミス ○:スプリット)
第一組
第二組
第三組
第四組
この英語禁止区間中のグダグダ感。各ペアともポイントの伸びが半端ない。
私個人で見ると露骨に一投目の成績が悪くなっているし、二投目でもそれをカバーしきれていない。やっぱりこれは意識が別のところに割かれてしまって集中力が削ぎ落とされた結果だろう。
「さてさて、第九フレームが終了したところで各自の成績を見てみると――おっと、CM枠は何気に拮抗してますねぇ」
「小鍛治プロのスコアも悪くはないですが、隙がないわけではありません。私たち第四組を含めてそれを逃さないように要所で加点できています」
「プロの目から見て隙が生まれる原因をどう見ますか?」
「……投げた時に右に流れることが多いのは、腕が疲れて投球時に脇が開いているせいかと。いつもよりちょっと左側に立つとか、なるべく正面を意識して、バックスイングの際にあまり腕を上げすぎないように。あと握力が落ちているようならボールの重さを調整することも視野に入れるべきでした」
「なるほど~、一ゲームも持たないとか他の子と比べるとやっぱ体力ないってことが丸分かりですね、小鍛治プロ!」
「ほっといてよ」
実況席に戻ってきたこーこちゃんと解説役の鷺森さんは、その瞬間からこんな感じで絶好調だ。
だけどちょっと待ってほしい。主な原因は肉体的疲労というよりはむしろ精神的なほうだと思うんだけど。
……でもまぁ、専門家の言うことだからここは素直に受け取って、今さらかもしれないけどボールの重さを一つぶん軽くしてみようかな。
――で、結果。
ポコーン!
軽快な音を残して、レーン上に綺麗に並べられていたピンが全部倒れていった。小鍛治健夜、ここに来て本ゲーム初めてのストライクである。
……あれぇ?
さっきまで苦労していたのがウソのようなピンの倒れっぷりに、喜ぶより先に首を傾げてしまう私がいた。
逆に、他のメンバーたちは露骨なまでに不満顔を披露してくれている。というのも、最終の第十フレームだけはストライクかスペアを取れば三投目が投げられる、というルールがボウリングには存在するからだ。
ここで私が三連続ストライクなんて出したりすれば基準点はなんと30にまで到達し、もし他のペアがスペアを取れずに二投目で終了した場合、差は-20近くに及んでしまうというとてつもなく大きな数値になるわけで。これまでの稼ぎが全部ぶっ飛んでしまう可能性すら出てくるのであった。
彼女たちには非常に申し訳ないけれど、これで残りの三組には途轍もないプレッシャーをかけられたことになる。
「……灼さんの助言がなんかことごとく神懸かってるんですけど」
「あはは、神社の娘が言うとその科白も真に迫ってるね」
「言ってる場合じゃないわよハルエ。最後にストライク取られた時点でこっちがだいぶ不利なのよ!?」
「なんのなんの。こっちも同じようにストライクかスペアを取ればポイントも増えていくんだし、まぁ大丈夫だって。次も小鍛治さんがストライクならちょっとヤバいけどね」
「わ、私はストライクなんて無理かも……」
「でもおねーちゃんはペアが灼ちゃんなんだし、大丈夫じゃないかなぁ? それにまだ全チームあらたそチャレンジ残してあるから、いざとなれば――」
「あんまり過度な期待はしないでほし……」
という松実(玄)さんの科白で思い出したけど、そういえばそんなシステムもあったんだっけ。覚えていても英語禁止中はその名称的に使用の宣言が出来なかっただろうけど、残りは最終第十フレームを残すのみ。どう考えてもそろそろ使っておかないといけない時期に来ていた。
番組的にも鷺森さん的にも、あらたそチャレンジをどのチームも一切使わないでゲームが終わってしまうという結末だけはご遠慮願いたいはず。だからなのか、どうなのか。場を整えるための存在がおもむろに立ち上がり、高らかに宣言する。
「小鍛治プロの一投目が無事終わったところで、ここで唐突に発表ですっ! 最終第十フレームのみの特別ルール、ダブルアップチャ~ンス!」
だからそういうのがあるなら最初から説明しておいてっていうのに。
「今度はなんかこっちに有利そうなルールが来たね」
「うぅん、言葉の響きだけならそうですけど……福与アナのやることですし、どっちかというと不安しかないですよ?」
「右に同じく……」
うん。君たちは実に正しく福与恒子という女性について認識しているね。将来有望でお姉さんは嬉しいよ。
言葉の響きだけで判断するには、若干デメリットの匂いを感じさせてはいるもののプレイヤー側が有利な感じのルールのように思える。それでも素直に安心できないのは、これがこーこちゃん発案のルールっぽいからだと断言していいだろう。
「そう警戒しなさんなって。投球前に事前に申告した本数と同じだけのピンを倒せば、現在お持ちのポイントが倍になるというお得なだけのルールなんだから」
「へぇ――」
「もちろんタダでみんな平等に権利があります、なんて慈善事業的なことは言わないけどね」
「――だと思ったよ」
「といっても発生条件はシンプルイズベスト! ダブルアップのチャンスが発生するのは泣いても笑っても怒っても第三投球目の一投のみっ!」
……うん? 第三投球目ってことは、ストライクを取った時点で条件をクリアしているってことかな。報酬がポイント倍増のチャンスだけなら私にとってはまるで無意味だけど……って、ああそうか。だからこのタイミングでの発表なのね。
「ええと、それってつまり最初の一投目できちんとストライクを取っておかないとチャンスそのものが無くなるってことですか?」
「三投目って括りだけなら、スペアでも大丈夫」
「あそっか」
「ただ、スペアだと三投目は全部のピンが残ってる状態だから本数を調整するのは難しい。逆にストライクの場合は二投目次第でピンが減ってる状況になるだろうから、指定本数を倒しやすくなるとおも……」
なるほど。十本残っている状態から狙って三本だけ倒すのは難しくても、左右に離れて残っている三本のうちの二本を狙って倒すのは比較的容易だということか。
二投目もストライクを取ってしまうとそれどころじゃなくなりそうだけど。そうなったらそうなったでポイントが加算されるのだから彼女たちにとっては悪い話じゃないはずだ。
「ってことで、第二組の一投目だけ――」
「「あらたそチャレンジで!」」
即答だった。しかも二人ともが。
まぁ、使い所といったらここくらいしかないよね。三投目に残しておきたい気持ちもあるものの、そもそも三投目が訪れなければ意味がないというジレンマ。
本来一投目を担当するはずだった赤土さんに関して言えば本日の調子はあまりよろしくないようだし、真ん中目にボールが行ってもピンが左右に割れて残ってしまう。なのでここは安全策をということだろう。
一見イケイケで攻め立てるほうがお似合いな印象の二人にしてみれば、若干守りに入った選択のような気がしないでもないけれども。実際にはこの二人、勝負事に関してはわりとクレバーなのかも知れない。
「お願いします、灼さん!」
「灼、頼むよー」
「……」
無言のまま実況席から立ち上がり、力強く頷く鷺森さん。なんだかすごく格好いいというか、様になっている。
なぜだかまだ私が世界で戦っていた頃、似たような言葉をチームメイトからかけられたことをふいに思い出してしまった。
――ザ・仕事人。
今度から鷺森さんのことをそう呼ぶべきじゃないかと本気で愚考し始める程度には、その光景は圧巻だった。期待され、それに応えるかのようにして緩やかなカーブを描きながら的確にポケットへと吸い込まれていくそのボールは、見事にすべてのピンをなぎ倒してスコアにストライクの模様を刻んだ。
重圧のかかる場面で望まれた仕事をピンポイントでやってのける手腕たるや、もはや今からでもプロでやっていけるレベルなんじゃなかろうか。
「おー! さすが灼さん! イェーイ!」
戻ってきて第二組の二人とハイタッチをする鷺森さんの頬は、どこかほっとした感じに緩んでいた。
……ああ、でもやっぱり緊張していないわけじゃないんだな、と。そう感じさせる程度には年齢相応の表情だったと思う。ポーカーフェイスに定評のある彼女だけに、それだけのことでちょっと安心してしまったのはここだけの秘密である。
この後の私の二投目と三投目は、ダブルアップが一切関係ないうえに倒れたピンの数が五本+三本の計八本と絵的にまったく振るわなかったため、いっそ潔く割愛するとして。
第二組の二投目、先ほどは赤土さんの代わりに鷺森さんが投げたという扱いなので、順番でいうと次は高鴨さんの出番になる。
前回順番の入れ替わりで一投目に投げた時には見事なストライクを取ってみせた彼女だったが、今回は少し力んでしまったのか結果は六本とやや低調のまま出番が終了。①③⑥⑩番ピンが残ってしまい、右端の全部が倒れないという無駄に器用な形を見せていた。
この状況、中央の二本を倒せば弾かれたピンに後ろ側も巻き込まれて倒れてしまいそうな気もするし、ピンアクション(と呼ぶらしい)を想定してきっちり指定しただけの本数を倒すとなると、さすがに少し難しいんじゃないだろうか。
で、その次の三投目を投げる赤土さんはというと。高鴨さんと相談した結果、高らかに宣言する。
「よしっ、ここはスペア狙いってことで宣言本数は四本で!」
「おおっ、これは強気な宣言を頂きましたっ! さすがは阿知賀のレジェンド、この絶好の見せ場で見事スペアを取りボウリングでも伝説を打ち立てることができるのかーっ!?」
マイクを片手に興奮したこーこちゃんが、いつもの調子で煽ること煽ること。ここでスペアを取ったとしても、別に伝説と呼べるほどのことではないと思うけど……せっかく二人してノッてるんだし、余計なことは言わないでおこう。
教え子たちの檄を背中に受け、赤土さんが投球準備に入る。じっくりと狙いを定め、投じられたボールは――。
「――ぅあっ!」
というご本人の呻き声からお分かりいただけるように、①③番ピンを綺麗になぎ倒しはしたものの、やや斜め後方に弾かれた③番ピンは⑥番ピンを掠りながらも巻き込んで倒すことなくレーンの奥へと消えていってしまった。
結果、倒れたのは中央の二本のみ。伝説には程遠い、ストライク+六本+二本という実に平凡な結果を以って、第二組の投球がすべて終了した。
ボウリング対決もいよいよ佳境となり、残った第三組と第四組の一投目の担当者が席から立ち上がる。でも、姉妹のその後の反応は正反対だった。
「灼ちゃん、お願いできる……?」
「ん。任せて」
第四組の一投目は松実(宥)さん。迷うことなくあらたそチャレンジの使用を宣言し、一投目を彼女に託した。そして第三組の松実(玄)さんはというと、あえてここでは宣言をせずに一投目は自分で投げることにしたらしく、ボールを備え付けのタオルで丁寧に拭いている。
「あれ? ねえ憧、あらたそチャレンジ使わないでいくの?」
「まぁね。作戦って程じゃないけど、玄がもしここでストライクを取れるようならそれでよし。満を持して三投目に使えばいいでしょ」
「もし取れなかったらどうすんのさ?」
「その時は最悪二投目に使って灼さんにスペア取って貰うしかないでしょうね。玄がここで難易度最高峰のスプリットを出さないよう祈るしかないわ」
「……気のせいかな。今なんか盛大にフラグが立ったように思えるのは」
「奇遇だね、赤土さん。私もなんかそんな気がするんだ」
第三組の二人は最後まで自分たちのカラーを貫くつもりらしい。その散り様をきちんと見守るため、私と赤土さんは神妙な面持ちでレーンのほうへと視線を向けた。
注目の一投目。松実(玄)さんはボールを胸の高さまで持ち上げたまま、じっくりと意識を集中させてから助走に踏み切った。これまでの投球よりも綺麗なフォームで繰り出されたボールは、レーンの中央を進んでそのまま①番ピンと接触、後ろに並んでいるピンを次々と巻き込みながら進んでいき――⑦番ピンと⑩番ピンの二本を残すという、なんとも完璧すぎるフラグ回収能力を見せた。
――かに思えたんだけど。
外側に弾かれた⑥番ピンが壁にぶち当たった反動で反対側まで転がっていき、くるくると床をスピンしながら⑦番ピンのお腹?の部分に当たって溝に落ちていく。⑦番ピンそのものは巻き込まれずに残ったものの、衝撃を殺しきれずにグラグラと揺れ続けていた。
倒れるのか、倒れないのか。上からピンを押さえる機械が下りてきて捕まえられたら万事休すである。
固唾を呑んで見守るギャラリーの私たちと、祈るように両手を重ねて声を上げる第三組の二人。その必死なまでの祈りが神様に通じたのかどうか。⑦番ピンは、空気を読んでか読まずか静かに倒れて溝の奥へと消えていった。
「た、倒れた~っ!」
「あぶなっ! 危なすぎるわよ今のは!」
⑦番ピンと⑩番ピンという奥の両端が残る形、スネークアイと呼ばれる最高難易度のスプリット。プロボウラーでさえ恐れ戦くといわれるその姿の片鱗こそ垣間見えたものの、結局それは私たちの前に姿を表すことなく消えてしまったようである。
別に第三組の二人が嫌いなわけじゃ決して無いんだけど、今のは番組終盤の見せ場的にも残って欲しかった。
おそらく同じことを考えていたのだろう、実況席のこーこちゃんがマイクに拾われないように舌打ちをしたのを私は聞き逃さなかった。
……あれ? てことは私ってもしかして収録と人情の比率の格差がこーこちゃんと同レベル? いやいや、そんなバカなことが……。
「運がいいね、二人とも。さすがにあれが残っていたらスペアは諦めるしかなかったけど……」
「う、運も実力のうちよ! あは、あはははは」
実力の内らしい運のおかげで第三組が首の皮一枚繋がったところで、第四組のあらたそチャレンジ枠での投球となる鷺森さんの出番である。
自分のチームということもあってか特に気負うわけでもなく、普通に投げられたそのボールはいつもどおり綺麗な軌道でピンに向かっていき、当たり前のようにストライクを取った……と誰もが思っていたのだが。運命の悪戯というのはこういう時に全力を出してくるものらしい。
なんと今度もまた第三組と同じようなパターンで⑩番ピンが倒れきらずに残ってしまい、しばらくぐらぐらと揺れていたものの、先ほどとは違って上から降りてきたアームに上手いこと固定されてしまい、結果九本止まりという、同じスコアのはずなのに印象としては正反対な結末となってしまった。
「……」
「ど、どんまい……」
第三組は二投目で新子さんがチャレンジ宣言をしている上、第四組は元から鷺森さんが投げる予定になっていたため、ここにきてなんとレーンを跨いで三連投のフル回転となる鷺森さん。その一投目の結果がこれというのは少しメンタル的には痛手っぽいんじゃないだろうか。
この一投は本人にしてみたらよほど悔しかったみたいだし、その影響がこれからの連投に影響を及ぼさなければいいんだけど。
……なんて。そんな私の心配もどこ吹く風といった感じで、いつもどおり淡々と投げては華麗に二つのチームのスペアを取っていく鷺森さん。当たり前のように倒していくけど、ほんとこれ職人芸でしょ。
これでなんとか両チームともスペアとなったため、第三組・第四組ともに第十フレームは三投目を確保したことになり、同時にダブルアップチャンスが発生することになった。
しかし、だ。ピンがフルに残っている状態の上、投球者は再び松実姉妹である。
どちらも調子の波が激しくて傾向が読めないタイプであり、予想して本数を当てるのは半ば無理ゲーじゃないかと思えるほどだった。
「……ねぇ、ちょっと質問なんだけど。0本って予想はあり? なし?」
「あー、それはどうなんだろう? 福与アナ?」
「当然ナシ。っていうか
「ぐ……まぁ、普通に考えればそうよね」
そこに気づくとは、天才か。
――なんてことにはならないんだな、残念ながら。
一本も倒せないっていう予想は投球者側のさじ加減で容易に操作できてしまうから、こういった場合には対象外にしておかないと八百長の温床になってしまうしね。
「完全に運に任せるしかないか……玄、投球も数の指定もどっちも任せるわ。頼んだわよ!」
「えっ? 私?」
「そこはお任せあれ!っていうべきところでしょー、もー」
「ご、ごめん」
今のやり取りをみると本当にこの子に任せて大丈夫なのかと若干疑問に残りはするが、既に賽は投げられている。私たちとしては見守ることしか出来ない。最後の最後に大役を任された松実さんは、いっさい考える素振りを見せることもなくきっぱりはっきりと宣言した。
「じゃあ、六本で!」
「ほう。なんていうか中途半端な数字だけど、その心は?」
「私の名前、クロですから! さっきが九本だったので、次は六本なんじゃないかなって」
「あーなるほど。ゲンを担いだわけね、玄だけに」
「」
「あ、あったかくない……」ブルブル
ああ、やってしまった。遂にやってしまったよ赤土さん……っ!
あまりにもアレな親父ギャグの余波を受け、松実(宥)さんが大氷河の時代に冷凍保存されたマンモスの如く見事に凍り付いてしまったではないですか。
第四組の投球順が来る前に何とか解凍しなければ、このままだと第四組が棄権になってしまう。集った有志たちによる必死の救助活動の末になんとか動き出した松実さんではあったものの、こんなに震えていて最後の一投は大丈夫だろうかと心配になるコンディションの悪さである。
「宥、なんかゴメンね……つい出来心でさ」
「い、いえ……」
収録されて発売されたら黒歴史になりそうだよね。玄だけに。
――と追い討ちをかけるようなことは、この空気の中ではこの私を持ってしても躊躇せざるを得なかった。
「遂に第三組の最後の一投となりました! さて解説の鷺森さん、ここで彼女は六本と宣言しているわけだけど、それってストライク取るより簡単なの?」
「偶然に頼らなければいけないぶん、難しいかと」
「ですよねー。というわけで、あえて茨の道を選んだ阿知賀のドラゴンロード松実玄! 我々はその生き様を静かに見守ることにしましょう!」
静かに見守るつもりなら最初から余計なことを聞かなければいいのに。
後ろから聞こえてくるそんな二人の会話を聞き流しながら、ボールを抱えて投球準備に入った松実さんの後姿を見つめる。
でも考えるのはボウリングとは別のことで。
――ドラゴンロード。その呼び方を最初に考案したのは、どうやら一回戦の解説をしていた三尋木咏その人だったという。当時の松実さんといえば、全国大会一回戦(途中)、あるいは奈良県大会団体戦での牌符程度しか世に出回っていなかったはずで。若干分かり易すぎるとはいえ、それでもきっちり打ち筋の特徴を掴んだ上でお洒落な二つ名をぱぱっと思い浮かぶあたり、彼女の扇子……もとい、センスのよさが伺えるエピソードだと思う。
旅館のこともあるしあまり現実的ではないと思うけど、もしも将来松実さんがプロの世界に身を投じるようなことがあったとして、その時プロ麻雀カードに書かれることになる二つ名もやっぱり“ドラゴンロード”になるのかな。
咏ちゃんは猫で、彼女が龍。両方とも火力に特徴のある選手でありながら、象徴とされるものは真逆。竜虎ならぬ龍猫対決がそのうち見られることになるかもしれないのか。今のままの実力だとちょっとプロでは厳しそうだけど、一回は見てみたい組み合わせではある。
あ、でも。もしそうなら、清澄の宮永さんあたりはどうなるだろう。やっぱり“リンシャンマシーン”とでも呼ばれることになるんだろうか。自業自得な感があるとは言っても、それはそれで不憫だな……。
そんな取り留めのないことを考えている間に周囲から沸き立った歓声によって、ふと現実に立ち戻る。
松実(玄)さんの投球自体は既に終わっているようなので、ピンの状態を確認するために椅子から立ち上がって見てみれば――レーン上に残されているピンは④⑥⑦⑩番ピンの四本で、いわゆるビッグフォーと呼ばれるスプリットの形を取っていた。とはいえ最後の投球なので今後に何の憂いもなく、その一投は見事にレーンのど真ん中を射抜き、宣言どおりの本数だけを綺麗に倒したということになる。
最終的に第十フレームで基準値には届かずマイナス2ポイントとなってしまったものの、それまでに稼いでいたポイントが倍になったのであれば十分お釣りが来る結果といえた。
「なんとなんと第三組、ここにきてダブルアップチャンスに大成功~っ! これによってこれまで獲得していたCMポイントが見事倍になりました!」
「おー」
パチパチと手を叩いているのは他の子たちで、第三組の二人はといえばレーンの片隅で抱き合っている最中である。松実さんなんてもはや涙目を通り越して号泣してるっぽい。
まぁ、たしかにこの第三組がいちばん波乱に満ちたゲーム展開だっただろうしね。途中の英語禁止区間も含めて。
その感慨に浸っているのであれば、邪魔をするのは野暮だろう。そう考えた私たちは、二人をそっと見守りながら意識を最後の投球者である松実(宥)さんへと向けた。
先ほどの凍結事故の影響か、今だガクガクと震え続ける、件の彼女へ。
松実宥、彼女の精神は強いのか弱いのかよく分からない。小動物のように震えている姿を見るととても気が弱くてプレッシャーに弱そうにも見えるし、気合いを入れて立ち上がった時の姿は不思議と貫禄に満ちているようにも見えてしまう。少なくとも麻雀における彼女の精神力は強靭で、少々の逆境くらいは撥ね退けてしまうだろうけれども。
ただ――彼女からは私と同じ匂いがするのだ。もちろん使っているシャンプーや香水が同じというわけではなくて、なんていうか……そう。強いて言えば得意分野以外の部分ではとことん
聞けば普段も旅館の手伝いは主に妹に任せっきりで、本人は自分のお部屋で炬燵に包まっているのが日課だとか。
方やお休みの日には実家でジャージ暮らし(三食昼寝付き)の私。他人事とは思えないモノを感じてしまうのも仕方がないことじゃないかと思う。一部を除き妙な親近感を抱いてしまう彼女には、同類としてここで一発頑張って欲しいと願わずにはいられないけれども、さて。
「これがこのゲーム最後の投球になるけど。あらたそ、ダブルアップチャンスの宣言本数はどうするの?」
「……」
こーこちゃんの問いかけには即答せず、じっと松実(宥)さんのほうを見る鷺森さん。
お互いに言葉はない。ただ、そのちょっと眠たそうな感じの瞳を見て何を確信したのか、彼女はきっぱりと言い切った。
「――九本にします」
「ほほう。その理由は?」
「さっぱり分からないので、いっそ勘で」
こけっ。
二人のやり取りを伺っていたその場の全員が、思わず吉○新喜劇ばりにこけた。
それじゃあさっきの意味深な視線のやり取りはなんだったというのか。この子ってけっこうお茶目なのかな?
「この場合、ピタっと言い当てるのはさすがに無理だとおも……」
「まぁゆうちゃーのここまでのスコアを見ても、高目と低めとあってけっこうバラけちゃってるからしょうがないかな」
「き、九本もなんて……灼ちゃぁん」
一方、暗にパートナーから九本倒せと命じられた投球者の松実(宥)さんは涙目である。その瞳が無理だと訴えているように私には見えるけど、鷺森さんは気にも留めない。
そもそも、どっちにしろ勘だっていうんなら、もういっそ宣言本数を聞かせないまま投げさせておいたほうがよかったんじゃないだろうか。実際に本日これまでの松実(宥)さんは八本が自己ベストであり、九本というのはここにきて本日の新記録を更新せよといっているのと同義。かなりの無茶振りであることに疑う余地はないと思われる。
クールに見えて鷺森さんはけっこうなスパルタ特性持ちなのかもしれない。来年の新人さんは大変だね、完ぺき他人事だけど。
「大丈夫。ここでダブルアップに失敗してもそれなりにポイントは確保されてるから。だから宥さんは安心して投げてくればそれでい……」
これまでほぼ毎フレームでスペアを取ってきた第四組は、たしかに他の組と比べるとポイント数を段違いに多く稼いでいる。最初に与えられたハンデキャップの半減というのを当て嵌めてみても、他の二組と遜色ないだけのCM枠を確保できているといえるだろう。
ダブルアップはいわば半減のハンデ分を打ち消すかどうかの差。取れるかどうかで天と地との差はあれど、及第点を既に稼いでいるという面を考慮すれば必ずしも取らなければならないというわけではない。
「分かった……」
鷺森さんの無表情の激励で意を決したのか。再びマフラーをたなびかせながらコクリと頷き、最後の投球に向けてボールを抱え込む松実(宥)さんだった。
背中から感じるのは、普段のぽわぽわした彼女からは考えられないほどの威圧感。じっくりと獲物を狙う猫のように、ボールを胸の高さで構えたまま微動だにしない。
固唾を呑んで見守る一同。やがてゆっくりと動き出した彼女の一挙手一投足を目で追いかけていくと。
ボールを振り上げ、投げる。ゆっくりと押し出されたボールはころころと転がりながらもど真ん中ちょっと右寄りのルートを進んでいき、たっぷりと時間をかけて中央に鎮座する①番ピンへとぶつかっていった。
ボウリングという競技は、スピードとパワーによるゴリ押しだとか、ボールに回転をかけてスポットを狙う華麗なテクニックとかでピンをなぎ倒して行くものだとばかり思っていた私。しかし目の前の光景はそれらの常識を覆す、不可思議な現象に満ち溢れていた。
コロン、ポテン、カタン、コトン。
そんな擬音で満たされていそうなほど、静かに動いていくレーン上の光景。亀の歩みの如きゆっくりとした速度ながら、ボールの突入した入射角が理論上とても理想的なものだったのだろう。さながらドミノ倒しのように連鎖して倒れていくピンの数は、最終的にはなんと十本すべて。彼女自身初めてと思われる正真正銘の綺麗な形のストライクだった。
「わ、うわ、わわっ」
ただ、倒した数が宣言数よりも一本多すぎたためダブルアップチャンスは成立せず、松実(宥)さんとしては喜んで良いのか悔しがれば良いのか自分でもよく分からないようで。少し困惑気味の表情を浮かべ、レーン上の光景と解説席の鷺森さんの顔とを見比べている。
細かいことなんて気にせずに、ここは素直に喜んで良いんだよ――という思いを込めて、拍手をする私たち。
「やったね松実さん。最後の最後で、お見事だよ」
「おおっ、ナイスストライク! 宥さんおめでとうございますっ!」
「ここに来てまさかのストライクとか。さすが宥姉、持ってるわねぇ」
「おねーちゃん、すごーい!」
「ストライクおめでとう」
「あ、てかこれで全員ストライク取ったことになるんだ。宥はやっぱりここぞって時に決めてくれるね」
たしかにダブルアップチャンスは駄目になってしまったけれども、このゲームのオーラスを飾る相応しい結果といえる実に見事なストライクだったと思う。その投球をして見せた当の本人はというと、なんだかとても満足げなぽわぽわした表情で温かい言葉をかけてくれた仲間たちに囲まれていた。
全体で20000文字を超えてしまったので二話に分けての投稿となりました。
そのためちょっと予告とサブタイトルが異なりますが、基本無害ということで。