すこやかふくよかインハイティーヴィー   作:かやちゃ

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第09局:遊戯@あまり意味のない勝利と敗北

 午後六時前後に松実館へと戻ってきて、それからすぐに少し早めの夕飯をご馳走になって一服した頃。

 

「さて。それじゃ行くとしますかねー」

 

 浴衣に着替えて寛いでいたはずのこーこちゃんが、突然そんな事を言いながら立ち上がった。

 いつの間にかご丁寧に外出着になっているところから考えても、どこかに出かけるつもりなのは明白ではあるのだが。

 はて。今夜は別に仕事でもプライベートでもどこかに行く予定は入れて無かったように思ったけど……。

 何処に行くつもりなんだろうと疑問を浮かべつつ、首を傾げる私。

 

「なんだか当たり前みたいに言ってるけど。行くって、どこに?」

「決まってるじゃん。敵地に殴り込みだぜ!」

「……えっ? て、敵地?」

「おうともさ。さぁすこやん、さっさと特典仕様の例のアレに着替えていざ行かん、決戦の地へ!」

「ちょ、色々と突っ込みどころが満載だけど、例のアレってまさか――」

 

 用意されていた紙袋は、何故だかとても切なくなる情景を思い起こさせるものだった。

 

 

 時計の短針が七の部分を指す時刻、薄暗い道を歩く集団の先頭を行くのは、我らが福与恒子嬢。殴り込みをかけると息巻いていた姿そのままに、軽い足取りで一人意気軒昂のまま前を向いて歩いている。

 その様を見るに、バックグラウンドではきっと音楽が流れているに違いない。

 歩こう、歩こう、私は元気、とかなんとか。

 あんまり詳しく綴ってしまうと恐ろしい組織の一員に命を狙われる――もとい、お金を要求されてしまいかねないので割愛するけれども。

 その少し後ろを少し離れて三つの影が追いかけていて、私はその中の一つにひっそりと混じっている状況である。

 ただ、その他の二人から送られてくる視線が妙に痛いのは気のせいだろうか?

 ――否。気のせいなわけがない。

 突然借り出される格好となってしまった困惑気味の二人、つまりは松実姉妹を連れて、一行は目的地も知らされぬまま街灯の明かりを頼りに暗がりをずんずんと進んでいるのだから。

 

「小鍛治プロ、あのー……」

「うん、言いたいことはなんとなく分かるけど。でもゴメンね、私だと上手く説明出来そうになくて……でもああなったこーこちゃんは、もはや私には止められないんだ……」

 

 むしろ私が説明してもらいたい側の筆頭なんだよね、とは大人の事情で言わないでおくけども。

 非常に不本意ではあるが、こういった感じの流れに巻き込まれることに慣れ気味な私とは違って、松実姉妹はこれが初めての体験となる。訝しむのも当然だと思うし、説明くらいあって然るべきと思う気持ちは痛いほどよく分かる。

 私も過去幾度となく通った道だ、分からいでか。

 それでもこの子に関わっていると、こういうことが往々にして起こってしまうものなのだ。

 悟りと共に諦めるか、流れに身を委ねるか、力の限り抵抗するか。どれを選択するのかは本人たちの自由だけど、二人とも大人しく後ろにくっついて来てくれているところをみるに、とても素直ないい子たちなんだろうと思わず目頭が熱くなってしまう今日この頃であった。

 

 ちなみに、妹さんのほうは(事前にお父様から許可は頂いているけど)多忙を極めている仕事の途中で連れ出されたようなものだし、お姉さんのほうは炬燵で丸くなっていたところを襲撃され、あれよあれよという間に拉致同然に連行されて今に至る。

 見ていて気の毒になるくらいぶるぶると震えていたりするのは、寒さと恐怖、きっと両方のせいだろう。

 余談だけど、残暑の名残が気温を上昇させている九月の中旬にあって、彼女の部屋の中央に鎮座ましますは明らかに一年中配置されていたと思わしき炬燵一式。

 妹さんに案内されて部屋に入った瞬間、夏でも炬燵常備!?と思わず突っ込みを入れたくなってしまった私はきっと悪くはないはずだった。

 

「そういうわけだから、申し訳ないんだけど付き合ってあげて」

「えと、それもそうなんですけど、さっきから気になっていたのですがその猫耳メイド服姿はいったいなんなのでしょうか……?」

「……気にしないで」

「えっ? で、でも、気にするなというほうが無理な気が……」

「気にしてはいけない。いいね?」

「は、はいっ。ごめんなさいっ」

 

 そんな現実はあえてスルーして別方向から流れを作るよう誘導していたというのに、まったくこの子は。

 何故実家の私の部屋、しかもクローゼットの奥の奥に仕舞われていたはずのメイド服と、長野の染谷さんのお店にしれっと置いて来たはずの黒猫耳仕様のカチューシャが揃ってここにあるのかは知らない。そっちの詳しい事情こそあまり知りたくはない。

 ただ一つ言えるのは。

 これから起こる騒動が、ひと悶着程度で終わることはまずあり得ないだろうという絶対的な確信がある、ということだけである。

 徒歩時の震動でぴこぴこと揺れる猫耳と、私だけがその事実を知っている。

 

 

 寂れた風景にそぐわない一際煌びやかなネオンサインが、その建物を輝かせていた。

 道中で何処に向かっているのか気づいていた松実姉妹に聞いていた通り、そこにはきっちり『Sagimori Lanes』と書かれている。

 鷺森レーン。つまり、敵地というのは鷺森さんのお婆様が経営されているというこのボウリング場のことだったのだろう。

 この時点で既に厄介事の匂いしかしないのは気のせいだろうか? 気のせいであってほしいなぁ……。

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、こーこちゃんを先頭にしてノリノリ(主に妹さん)の松実姉妹も一緒に店内へと入っていく。

 

「たのもう!」

「たのもー!」

「た、たのもー……?」

 

 どこのお武家様方だろうかといわんばかりの登場の仕方である。

 幸い……と言っていいかは微妙なラインだけど、他にお客さんがいるようには見えないものの騒がしすぎるとお店の迷惑になりかねないのだから、できれば自重して欲しい。

 実際に、カウンターに座っている座敷童子……おっと、鷺森さんも驚いたような表情でこちらを見て――こちらを……。

 ……表情変わらないなぁ、この子。

 

「いらっしゃいませ」

「そこはノってくれないかなぁ、あらたそ。お姉さんは悲しいぞ」

「わずらわし……」

 

 心底面倒そうな返答だった。

 さすがのこーこちゃんも、ここまでズバりと斬り捨てられてはぐうの音も出ないのだろう。

 媚を売ろうとしないその姿勢には好感が持てるものの、それで客商売は大丈夫のなのかなと思わなくもないけれど。

 そもそもが、「頼もう」っていう科白には「どうれ」と返すのが正式な返答方法だなんて、今どきの高校生くらいの子には分からないと思う。それこそ時代劇とかを含めた日本史が好きで、専用チャンネルを契約しているような子でもなければ知らないんじゃないだろうか。

 最近ではあまり時代劇のドラマを放送することはなくなってしまったし……。

 

「ところで玄、これはいったい何ごと……?」

「あ、うん。あのね――あっ、おねーちゃんちょっとこっち持ってて」

「う、うん」

 

 丸められた布きれのようなものの端っこを姉に託し、本人は二メートルほど離れた場所へと移動する。

 するすると解かれて広がったそこには……。

 

「すこやかふくよかインハイTV特別企画、阿知賀女子学院ペア対抗ボウリング大会~!」

「おー、くろちゃータイトルコールなかなか上手いね。よっ、さすが松実館の名物若女将!」

 

 ぱちぱちと手を叩くこーこちゃん。

 得意げにドヤ顔を披露する松実さんはともかくとして、私と鷺森さんはというと、ぽかんと口をあけてその光景を見つめるしかない。

 いつもの通り突っ込みどころは満載なのだが、なによりもまずこの時間からこのテンションでイベントを開催するなんて、本気なんだろうか?

 ……本気、なんだろうなぁ。

 

 松実姉妹もなんだかんだでこういうお祭り騒ぎが好きなのか断然乗り気っぽいし、何よりも一度やると決めたらやりきるのが福与恒子という女である。巻き込まれるこちら側からすれば厄介この上ない性質ではあるけれど、ある意味そこが長所でもあるから扱いが難しい。

 とはいえいきなり言われても店側の都合というのもあるし、アポなしというのはいただけない。現に店員の鷺森さんも突然の来訪に心底困り果てている様子で――。

 

「おばあちゃん? ごめん、店番代わってもらってもいい?」

 

 ――訂正、すごくやる気満々っぽい感じでお家の方に連絡を入れていた。

 この時点で否定派が一人もいないとか、どうなっているんだろうか。鷺森さんだけはこちら寄りのスタンスを取ってくれると信じていたのに……。

 

「ボウリングなんていつ以来かな……それに皆でするのは初めてだよね?」

「うん。春に麻雀部が復活してからずっと麻雀漬けだったし、たまにはこういうのもいいよね!」

「ボウリングでなら誰にも負けな……」

 

 鷺森さんがエプロンを脱いだこの時こそが、実質的に店舗側の許可が下りた瞬間だった。

 でもさすがに、唯一制止できる側の大人としては一言物申しておく必要があるだろう。

 

「ちょっと待った。そもそも、なんで今日なの? 三連休で明日もお休みなんだから、やるにしても明日やればいいのに……」

「朝っぱらからお邪魔するとお店に申し訳ないっしょ?」

「あ、そういうところは気を付けるつもりがあったんだね」

「まぁそりゃこれでも社会人だからねー。松実さんたちも朝の方が忙しいって聞いてたし、お昼はお昼でみんな部活あるんだってさ」

「うーん……」

「それに、罰ゲームは明日やることになるだろうからね! 前フリは今日のうちに終わらせておいた方がいいと思わない?」

 

 ……うん?

 今なんて言った? 罰ゲーム……?

 

「こーこちゃん? 罰ゲームって、なに……?」

「あ、やっぱそこ気になっちゃう?」

「気にならないわけがないと思うけど……」

「でも何度も同じこと説明するのも面倒だし、みんな揃ってから説明してあげよう」

 

 

 先ほどの松実さんの宣言からもお分かり頂けるように、阿知賀女子と銘打ってあるのだから全員参加(※強制)なのだろう。

 私たちが訪れてからしばらく経って、赤土さんによって連れて来られたと思わしき高鴨さんと新子さんの二人が加わった。これにより、一家団欒で夕飯を食べていてもなんら不思議ではないこの時間に、顧問を含めた部員全員がボウリング場に集合したことになる。

 ついでに奈良市中心部のほうの宿に戻っていたはずの撮影スタッフさんたちも当たり前のように借り出されていたりするんだけど……このこき使いっぷりはいつか造反を起こされかねないよね、これ。

 あとで差し入れの一つもして労っておいたほうがいいかな……。

 そんな私の切ない心内を知ってか知らずか、こーこちゃんは普通に番組の進行を始めている。

 松実さんによる例のタイトルコールを収録用に撮り直すらしく、再び例の丸められた布きれを取り出し、仲良くそれを掲げる二人。

 

「ではお集まりの諸君、この企画の趣旨を説明しよう! くろちゃーよろしく!」

「お任せあれ! 阿知賀女子学院編特別企画っ、牌がダメなら球で勝て! 阿知賀女子ペア対抗ボウリング大会でCM時間をゲットしようのコ~ナ~!」

 

 どんどんどんどんひゅーひゅーぱふぱふ。

 恒例といえばそれまでだけど、なんとも気の抜ける賑やかしである。

 それはともかく。なんだか今、さっきのタイトルコールにはなかった余計な部分がいくつも付け足されていなかっただろうか?

 

「なにそのCM時間がどうとかって」

「いやね? 阿知賀メンバーのプロフィール見てたら気がついたんだけどさ、メンバー全員実家が何かしらの商売とかやってるみたいなんだよね」

「ふぅん……って、もしかして!?」

「ふふん、すこやんにしては察しが良いね。そのとーり! この際だから番組内でその宣伝をしちゃおうぜ☆ってことだよ!」

「それって大丈夫なの? スポンサーとかCM打ってくれなくなるんじゃ……」

「特典の内容だしへーきでしょ? それにそのへん苦労するのは上の人だから」

「うわぁ……」

 

 爽やかな笑顔で言い切ったのはいいけれども、いい加減給料減らされても知らないよ?

 ただでさえ、見るからに予算をオーバーしてるっぽい豪華すぎる部屋に都合三泊も宿泊するというのに……。

 

「というわけで、今から麻雀部の皆さんには小鍛治プロとボウリングで対決をしてもらいます!」

「ねぇこーこちゃん、いま自分が喋ったその科白にまず違和感を覚えないの?」

「ん? どこが?」

「麻雀部なのにボウリング勝負っておかしくないかな……普通に鷺森さんが有利なだけだと思うんだけど」

「まぁ、それはどうしてもね。でもさ、逆に麻雀でってなったらすこやんこそ超有利じゃん。自分に有利な土俵でしか戦わないって、大人としてそれはどうよ」

「う……それはそうかもしれないけど、でもみんな麻雀部なんだし同じ土俵ってことになるんじゃないの?」

「分かった分かった、それじゃここは公平にみんなに聞いてみようか?

 えー諸君、小鍛治プロと必ずどっちかの競技で対決しなきゃいけないとしたら、ボウリングと麻雀どっちで対決したいですかー?」

「「「「「ぜひボウリングでお願いします!」」」」」

 

 考える暇もないほど満場一致に過ぎる返答の群れが飛んできた。

 そんなに? そんなにか?

 

「ま、麻雀でも手加減はちゃんとするよ……?」

「いやいや、休憩時間のあれを見せといてそれは信じてもらえないよ、さすがにさ」

「そ、そんなこと……ないよ、ね?」

 

 探りながらの問いかけにも、ふるふると勢いよく首を横に振る一同。真っ向からの完全否定である。

 

「これが現実だよ、すこやん」

「ぐぬぬ……」

「さてと、小鍛治プロにも快く納得してもらえたところでルールを説明しましょう!

 まず、阿知賀の皆さんにはペアを組んでもらうことになります。組み合わせはこちらで予め決めさせていただいておりますので、後ほど発表を行うことになりますが――」

「はーい、質問!」

「――と、何かね、しずもん?」

「メンバーの中に赤土先生も入ってるんですか? でもそうなると、小鍛治プロも入れて七人になっちゃうんじゃ?」

「うん、なかなかいいところに目をつけたね。そこらへんも後で説明するつもりだけど、鷺森さん、とりあえずちょっとこっちへ」

「……?」

 

「先ほど小鍛治プロからも指摘があったように、鷺森さんはいってみればこのボウリング場の主であって、他の人と比べると戦力差は明らかな上、ここで開催する時点で既にCM効果を得ているようなものだから普通にやってもメリットが少ない。

 なので鷺森さんには解説役を兼務+ハンデをつけた状態で参加してもらう上、更に特別な任務を与えます! 題して『あらたそチャレンジ!』」

「あらたそ……」

「……チャレンジ?」

 

 聞いたこともないような新しい言葉が出てきてしまった。

 なんとなく意味が分かるような、分からないような……。

 無論私だけではなく、他の子たちもエクスクラメーションマークが満載の表情をしている。

 

「ええと、その。あらたそチャレンジというのはつまりあれだ。各ペアに一回だけ与えられる代投の権利ってこと」

「それって、難しい位置のピンが残った時に代わりに投げてもらえるってことですか?」

「そそ、そういうこと。一番後ろの列の端っこが残ったりしたら使うといいよ」

「待って、スネークアイなんてプロでも取るのが難しいのにいくらなんでもそんな簡単に取れるわけが……」

「まぁまぁ灼。使いどころは各々の判断になるんだろうから、必ずしもそういう場面になるわけじゃないでしょ」

「む……」

 

 ああ、それは確かに。

 パッと思い浮かぶ使用例はこーこちゃんが言ったようにスペアが取り辛い形のスプリットが主になるけど、ストライクが欲しいところであえてカードを切るのだって戦略的にはありなんだよね。

 

「ちなみにあらたそチャレンジでスペアないしストライクを取った場合には、なんと一回につき鷺森レーンCM枠が30秒追加されちゃう予定なんだけど――」

「そういうことなら是非もな……」

 

 ぐいっとボウリング用のグローブを嵌めなおす鷺森さん。

 やる気満々になったところをみるに、意外と打算的なのか、それとも商魂たくましいというべきか。

 

「得点とCM時間の割り当てですが――まず最初は当然0ポイントからのスタート。

 で、一フレームごとに小鍛治プロが倒したピンの数を基準値として設定して、それを上回ったピン数によって一本毎に1ポイントプラス、下回った場合も同様に一本につき1ポイントのマイナス。なお、スペアだとさらにプラス1ポイント、ストライクだとプラス2ポイントがボーナスとして支給されます!」

「「「おー」」」

「最終的に獲得したポイント数かける10秒が、それぞれの実家のお店ないし推奨店のCM時間として採用されますので、できるだけポイントを多く稼ぐようにしましょう!」

 

 ……ちょっと待って欲しい。冷静に考えて、それってけっこうなボーナスステージなんじゃないの?

 ボウリングなんて久しくやってないから自分の平均スコアなんて覚えてもいないけど、少なくともスペアとかストライクが軽く取れるような腕前ではないことは確かだ。いいとこ80前後のアベレージが出せたら御の字、というレベルと考えて間違いない。

 つまり一フレームごとに倒せるピンの数が八本前後ということになるから……。

 

 私が平均八本倒すと仮定すれば、一フレームごとに稼げるポイントは多くて4ポイント。それが十フレーム分出たとして割かれる時間は約七分弱ということになる。

 熱湯コマーシャル的な尺の取り方で考えてもちょっと長すぎる気がしなくも無いけれど、マイナスになる可能性もあるんだしそう考えると、総スコアではなく一フレームごとで計算するというのは決して悪くはない条件なのかな。

 私次第ではあるものの、ポイントを稼ぐだけならスペアやストライクを必要としないわけだから。

 

「んじゃ注目のペアを発表しましょう! まず、第一組はおなじみ猫耳メイドプロ雀士、小鍛治健夜!」

「……ねぇ、この格好のことも色々と思うところが無いわけじゃないけど、まぁこの際もういいよ。でも清澄での料理対決の時もそうだったけど、なんで私はいつも一人なのかな?」

「だって私は実況しないといけないし、しょうがないじゃん? もしここに須賀くんがいたら彼にペア任せられるけどさ、いないんだから諦めてよ」

「むぅ……」

 

 やっぱり倫理観とかまるっと無視して強制的にでも連行してくるべきだったか。

 さすがにそんなことで師匠の強権を発動していたら、心底呆れられるかもしれないからできるだけそういうのはやりたくないけど……もし次があるようなら考えよう。

 

「第二組は、和菓子の老舗高鴨堂の高鴨穏乃&阿知賀のレジェンド赤土晴絵ペア!」

「おおっ、赤土先生と一緒かぁ! よし、全部ストライク取るつもりで頑張りましょう!」

「しずとならそこそこやれそうかな。うん、ボウリングではこてんぱんにされないように頑張らないとね」

「……」

 

 あっ、鷺森さんが地味に凹んでる。そんな打ちひしがれる程に赤土さんとペアを組みたかったんだろうか?

 でも残念、素直に希望通りのペアを組ませてくれないのがこーこちゃんなのだ。南無。

 

 第二組の組み合わせ的には、手強そうという印象かな。

 なんとなく高鴨さんも鷺森さん程ではないにしろアベレージが高そうなイメージがある。普通に120を超えてきそうな。

 赤土さんはどうなんだろうか。体型がスラっとしているせいか運動神経が悪いようには見えないし、やっぱりそこそこ上手いのかなぁ……。

 

「続いて第三組は、松実館の松実玄&新子神社の新子憧ペア!」

「憧ちゃんと?」

「こういう感じの企画の時に玄とペア組むってのは珍しいわね。ま、お互い頑張りましょ。ヨロシク」

「こちらこそ!」

 

 正直なところ松実さんたちは姉妹でペアを組むだろうと思っていたのに、こーこちゃんのことだからあえて奇を(てら)ったのかもしれない。

 しかし、あれだね。松実館の松実さんは着物姿が様になっていたからいいとして、新子さんは神社の娘さんということは、あれで巫女さんなんだろうか?

 巫女といってまず最初に思い浮かぶのは永水女子の面々だけど……彼女たちと何が違うというわけではないはずなのに、どうしてだろう。ちょっと意外な感じがしてしまうのは。

 巫女服姿を見慣れていないせいなのか、あるいは先行しているイメージの中の巫女さんというのが垢抜けていない純朴な少女というものだからなのか。

 いや別に新子さんが純朴じゃないと言っているわけじゃないよ?

 ただ、お洒落に人一倍気を使っているだろう彼女には巫女さんよりもコスメショップの店員さんとかのほうがよほど似合いそう、と思っているだけで。

 

「最後に第四組、同じく松実館の松実宥&鷺森レーンの鷺森灼ペア!」

「うう、ごめんね灼ちゃん……私、足を引っ張っちゃいそう……」

「大丈夫。任せて」

「ちなみに鷺森さんに付けるハンデとしては、獲得したポイントを半分にしてから計算することにします。あらたそチャレンジで獲得した時間は後からそこに加える感じで。

 あ、あと松実館に関しては、お姉さんと妹さん、二人が獲得したポイントの平均を取ることになりますので、こちらも予めご了承くださいねー」

「はいっ! おねーちゃん、お互いに頑張ろう!」

「う、うん。自信は無いけど、私もできるだけ貢献できるように頑張る。玄ちゃんも頑張ってね……」

 

 そんな微笑ましい姉妹のやり取りを傍で見ている時……ふと、思い出した。

 こーこちゃんはたしか、みんなが集まる前の似たよなうな状況の時に罰ゲームがどうとか洩らしていなかったっけ?

 確かにそれらしきことを言っていたはずだけど、ルール説明の折にそれに関して触れるようなことはしなかった。それが地味に気になってしまう。

 今のうちに確認しておくのもありといえばありだけど、単に忘れているだけという可能性もあるし、あえて藪に手を突っ込んで蛇をとっ捕まえてくる必要はどこにも無い。

 ……うん。このまましれっと開始を待って、あっちが忘れたままのようならこちらも忘れたフリをしつつ、いっそ罰ゲームの存在ごと忘却の彼方へ追いやってしまおう。

 

 一通りの説明と組み分けが恙無く終わり、各々準備に取り掛かることになった。

 まずはみんなと一緒にシューズのレンタルを済ませ、他にも色々とやるべきことはあるけれども、何はなくとも次はボール選びである。

 受付フロアとレーンとの間に設置されている仕切り沿いに、奥から入り口手前までずらりと並べられているボールには、三つの穴の上に数字が書かれていた。小さいもので6、大きいものは16と。

 

 とりあえずは目の前の棚に整然と置かれている12と書かれた赤色のボールを実際に持ち上げて感触を確かめてみることにした。

 ……はて。ボウリングのボールってこんなに重いものだったっけ?

 以前持ち上げたことのあるこーこちゃんと比べらた格段に軽いけど、基本片手でぶん回すことが前提のボールが相手だと、ずしんと響くこの重さはさすがにちょっと無理そうだ。

 いったんそれは元の位置に戻して、次に一番軽いっぽい6と書かれたピンク色のボールを持ってみた。

 うん、今度は逆に軽過ぎるけど、これくらいなら私の筋力でも問題なく投げられそう。

 重さはひとまずこれでいいとして、あとは穴の形ができるだけ指のサイズに適したボールを選ばないとダメだろうから――。

 

「――小鍛治プロ」

 

 片っ端からボールの穴に指を突っ込んで具合を確かめていると、マイボールらしきものを抱えた鷺森さんが声をかけてきた。

 

「ボールの正しい選び方、知ってますか」

 

 そう問いかけられるということは、私の選び方がどこか間違っているのだろうか?

 

「軽すぎるとピンは倒れにくくなって、重すぎると重心のバランスが取れなくてコントロールが悪くなる。きちんと選ばないとあとで困ることになります」

「え、そうなの? ごめん、よく分からないから教えてもらってもいいかな?」

 

 こくりと頷いて、自分のボールをレーンまで運んでから戻ってきてくれた。

 なかなかに面倒見のいい子だ。さすがは二年生にして部長を任されただけのことはあるということかな。

 

「ボールの選びかたのセオリーは自分の体重の十分の一相当の重さのものがいいとされてます。

 そこに書かれてる数字はボールの重さを表してて、単位はポンド。1ポンドが約450g相当なので、まずそれで計算してください」

「うーんと、体重の十分の一だよね……」

 

 わざわざ公表する必要も無いので、心の中で計算してみることにするけれど。

 私の体重は42kg。その1/10となると4.2kgだからつまり4200g、それを450で割った場合の数値は約9.3だから、選ぶなら9~10ポンドのボールということになるのかな。

 

「小鍛治プロ、普段なにか運動は?」

「……してない、かなぁ」

「なら、その数値の一つ下を選んだほうが楽になるかもしれません。一投ごとにけっこう握力を浪費するので、見た目以上に疲れますから」

「ふむふむ」

 

 てことは、8~9ポンドを中心に選ぶべきってことかな?

 アドヴァイスを貰った通りに、それらの重さの中から指の形がしっくり来るものを探し出す。

 ちょうどよさげなものが見つかったので実際に持ち上げてみると、やっぱりちょっと重いかなと思わなくは無いものの。彼女の言うように、運動エネルギーの発生状況的にはそれくらいがちょうどいいのだろうと一人納得することにした。

 

「ありがとう、助かったよ」

「いえ。ただ、あくまでそれは最初に選ぶ時の目安ですので。投げている途中で違和感が強いようなら重さを調整することも考えておいてください」

「わかった。ちゃんと心に留めておくね」

 

 敵に塩を送る、というわけでもないんだろうけど。

 鷺森さんは満足げに頷いてから自分のレーンへと戻っていった。

 ……麻雀と関わっている時よりもよほど口の動きが滑らかだったという事実は、私の気のせいだったということにしておこうと思う。

 

 

 ゲームを開始する前に、投球の順番とこーこちゃんが省いた詳しいルールについて補足をしておく必要があるだろう。

 まず順番に関してだけど、今回使用するのは場内の中央で隣り合う第11レーンと第12レーンの二本。隣同士で同時に投げるようなことが起こらないように代わりばんこで進んでいく形となる。

 どうやらそれが、ボウリングにおける最低限のマナーというものらしいので。

 

 流れでいえば、第11レーンで第一組の一投目、続いて第12レーンで第二組の一投目。次いで第一組の二投目、第二組の二投目と続く。

 それが終わってから第11レーンで第三組の一投目、第12レーンで第四組の一投目、第三組の二投目、第四組の二投目という感じで以下繰り返し。

 

 また、一人で投げ続けることになる私は別として、ペアの場合は一投ごとに投球者が入れ替る。

 たとえば第二組の場合でいうと、通常は赤土晴絵(第一フレーム一投目八本)→高鴨穏乃(第一フレーム二投目スペア)→赤土晴絵(第二フレーム一投目)という感じで進んでいく。

 しかし、第一フレームの一投目、赤土さんがストライクを取った場合には、次の第二フレームの一投目を投じるのは赤土さんではなく高鴨さんということになるわけだ。

 鷺森さんがいうにはスカッチダブルスとかいう方式らしいんだけど、正直なところボウリングに関しては詳しいことはよく分からない。要するに、なにがあろうと一投ごとに投球者が入れ替わる、とだけ覚えておけばいいということらしかった。

 

 そうなってくると、最初の順番と言うのはあまり意味を成さないのかな、と思わなくも無いけれど。

 自由に投げられる一投目とは異なり、二投目は残ったピンを確実に狙う必要があるためより高度な技術が必要とされるはず。つまりは必然的に、最初の段階で二投目に投げる予定となっている投球者のほうが、より上級者と見てまず間違いはない。

 いっそ鷺森さんに一投目を任せて全部ストライクを狙っていくという反則気味な手段もありといえばありだけど、あえてその作戦を取らなかった第四組は良心的といえるだろう。

 それだと松実(宥)さんは企画としてもゲームとしてもつまらないと思うしね。

 

「――っさあいよいよ始まります、CM枠をかけた女たちの壮絶なバトル! 実況はおなじみ福与恒子、解説は阿知賀女子学院麻雀部部長、鷺森灼さんでお送りしていきます!」

「どうも……」

「事前の申告だと小鍛治プロの平均アベレージは80前後ということらしいので、麻雀では滅多打ちにされてしまった阿知賀勢としてはぜひともここで一矢報いておきたいところですね!」

「江戸の敵を長崎で討つと」

「お、難しいことわざ知ってるね。でも実はあんま乗り気じゃない?」

「いえ。筋違いでも得意分野(ホーム)で負ける訳にはいかないので」

「確かに確かに。ま、すこやんって運動神経あんまよくないイメージだし、十年越しの恨み辛みもこの際だから全部まとめて遠慮なくばーん☆とやっちゃえばいいと思うよ!」

「実況、ちょっと黙ろうか」

 

 思わず遠めの位置からツッコミを入れてしまった。

 テンションを解説モードまで爆上げしてしまったこーこちゃんが何を言おうと不思議ではないけどさ。だからといって言わせっぱなしというのは色々と拙い。

 彼女とペアを組む解説者の枠には即座に反応してツッコミを入れられる人材が求められるというのに、今回はよりにもよってその枠に宛がわれているのが鷺森さんである。

 対照的に普段どおりというかローテンションのまま隣に座っているその姿は、心根が読めないぶん無表情が逆に怖かった。

 まさか心の中で力いっぱい同意してたりしないよね……?

 

「では全ペアに対して基準となる小鍛治プロ、注目の一投目をお願いしますっ!」

 

 簡易で作られた背後の実況席――といってもすぐそこにある――からのゴーサインでボールを持ち上げ、投球準備に入る。

 事前準備の段階で鷺森さんから受けたレクチャーによると、投球時にはピンではなくエイムスパットと呼ばれるレーンに描かれた▲マークを狙うようイメージしてみたほうがいい、と言っていたっけ。

 初心者に等しい私にはボールを曲げたりするのはまず不可能なので、より多くのピンを倒そうとするならば余計な事を考えずただど真ん中にボールを放り込むのがセオリーとなる。

 できるだけ真ん中にある▲マークを狙うようにして、リリースの瞬間は手首を返さずにそのままボールを放すこと。

 心の中で復唱するだけならば簡単だ。しかし、実際に出来るかどうかは投げてみなければ分からない。

 ドキドキと胸の鼓動が速くなる中、最初の一歩を踏み出した。

 

 ――一投目。

 とりあえず教わった通りのフォームを意識してボールを投げる。あまりスピードは出なかったものの、狙いはきちんと真ん中あたりを捉えていて――。

 小気味の良い音を辺りに響かせて、ボールに触れた先頭のピンから弾け飛んで倒れていった。

 

「……ふぅ」

 

 久しぶりに投げたにしては上手くいったほうだろうか。

 少し左に流れてしまったせいか、右側の奥のピンが二本残ってしまったようだけど、まぁ例えスペアが取れなくても八本倒せば基準値的には御の字のはず。

 

「おおっと小鍛治プロの第一投、少し中心を外れたものの、これは意外にもほぼ真ん中を捉える快心の一投となりました! 残ったピンはなんと、⑥⑩番ピンの二本のみっ!

 鷺森さん、プロの目から見て今の小鍛治プロの投球はどうでしょう!?」

「プロではないですが。投球時のフォームは意外と綺麗でした。ただ、あのメイド服は裾が長いので腕を振り下ろす時に擦れて邪魔になりそうな……」

「ああ、なるほど。

 でもあのメイド服はこの企画の時の小鍛治プロの正装みたいなもんだし、そもそもアラフォー女のミニスカ姿とかいうニッチなものに需要なんて無いだろうからあの格好なのも仕方ありませんね!」

「アラサーだよ! 私だってこう見えて雑誌記者さんから美脚ですねって褒められたことくらいあるよ!」

「へぇ――」

「ふぅん」

 

 あっ、まるで興味ないって顔してるよねあの二人。

 いい大人が本音とお世辞の区別もつかないのか、と言いたげな視線にちょっとだけイラっとする。

 ていうかね、解説席が第11レーンと第12レーンの真後ろにあるスペースを塞ぐ格好で設置されているせいで、話している会話の内容が丸聞こえなんですけど。

 気にしたら負けなんだろうが、気にするなというほうが無理――ああ、そういえば松実さんが同じような科白をちょっと前に言っていたような。

 実際に同じ立場になってみて、あれも結構な無茶振りだったんだなと今さらながらに反省する。

 

「小鍛治さん、けっこうやるね」

「今のはたまたま上手く行っただけだよ」

「またまた、ご謙遜を。これは私もちょっとばかし本気にならないといけないかな」

 

 言いながらも、次に投げる赤土さんは結構余裕そうな表情を見せている。

 きっと私以上のスコアを叩き出す自信があるのだろう。

 実際問題、純粋な運動神経での勝負となると、ここに集まっているメンバーの中では松実(宥)さん以外に勝てる自信はない……けど、慢心が油断に繋がるのはなにも麻雀だけに限らない。

 私の場合、今回の勝負の肝は最終スコアではなくて一投目により多くピンを倒すことだ。最低限今回のように八本近く倒すことができたなら、それが残った組へのプレッシャーになるはず。

 既に投球準備に入っている赤土さんを横目に、メンバーが集まっている場所に戻ってくる。

 

「小鍛治プロってボウリングとかもよくやったりするんですか?」

「うーん、実はそんなにやったことないんだよね。今のはたぶん始める前にもらった鷺森さんのアドヴァイスが良かったんだと思うけど」

「むむ……灼さん、なんて余計な真似を……」

 

 ちなみに今のは、横で会話を聞いていた新子さんの弁。たしかに私から見ても敵に塩を送りすぎている感は否めない。

 ボール選びから何から失敗しかけていたのをそのまま放置していれば、少なくともCM時間は延びる一方だっただろうに。

 そんな疑問を浮かべていたら、解説席に座っていた鷺森さんがこともなさげに言った。

 

「やるからには万全の状態で来てもらわないと。それを破るからこそ、勝ち取ったものに価値がある」

「おおー、さすが灼ちゃん! なんか格好いいのです!」

「それほどでもな……」

 

 表情があまり変わらないとはいえ、なんとなく分かるようになってきた。今の鷺森さんはちょっと照れてるっぽいね。

 同級生二人のそんなやりとりを観察していると、背後からパコーン!と盛大にピンが倒れる音がした。

 慌てて振り返ると、レーンの上に残されているピンは残り三本。派手に聞こえた音からすると、なんというか中途半端な残り具合である。

 

「あっちゃー、割れちゃったかぁ」

「相変らずハルエの投げるボールは力押しよね。灼さんから曲げ方教わってるんでしょ?」

「んー、なんかそういうのって性に合わなくってさー。ついこう、スカーン!とど真ん中に思いっきり投げたくなるというか」

 

 その気持ちは痛いほどよく分かるなぁ。

 ど真ん中にボールを放り込んで全部のピンをスカッとなぎ倒してやりたい衝動に駆られるのは、誰しもが一度は通る道のはず。

 昔テレビ番組の特集かなにかで見た覚えがあるけど、プロボウラーの人たちっていうのは①番ピンを直線的には狙わずに、ボールを曲げて①番ピンと③番ピンの間――いわゆるポケットと呼ばれる場所――を貫くように狙いを定めてボールを投げていたような気がするから、まぁ素人特有の思考ではあるんだろうけど。

 

「赤土&高鴨ペアの第一投目は七本、残っているのは④⑥⑩番ピン! 左右に分かれて残っているためスペアを取るのは少し難しいでしょうか!?」

「ビッグフォー崩れの三ピン残し。たしかにこの形だとスペアを取るのは少し難しいかも……」

 

 ボールがレーンのど真ん中をぶち抜く感じで進んだためか、奥の端っこがほぼ残った形である。

 ちなみにビッグフォーというのは、三列目と四列目の端っこが四本丸々残った形のスプリットを指すらしい。プロでもカバー率はかなり低いと聞いたことがある。

 

「……ちなみに、灼さんだとあの形でもスペアって取れるものなんですか?」

「不可能ではないけど、やってみないと分からないかな……でも、十回に一回くらいの確率で取れればいいほうだと思……」

「え、灼さんでもそんな感じなんですか」

「問題はきちんと⑥番ピンを真横に弾いて④番ピンを倒せるかどうか。小鍛治プロのスペアの取り方と同じように見えて、そのピンを内側に弾くのがかなり難しい。スペアを狙うつもりなら気合で頑張れとしか……」

「うーん、じゃあここであらたそチャレンジ使うのも勿体ないかな。わかりました。なんとかやってみます!」

 

 

 第二組の一投目が終わり、私の二投目の番がやってきた。

 残っているピンは両方とも右側奥。素人的には溝の横を併走するようにまっすぐ投げられればそれでいいように見えるけど、そんな風に綺麗に投げられる自信は無い。

 その場合は直線で狙わずに対角線で狙えばいいとの教えを思い出し、立ち位置を右端から中央に変えてボールを構えた。

 ここから中央やや右寄りの▲マークを狙って投げれば、理論上はピンに真っ直ぐ進んでいくはず。

 最悪一本だけでも取れればいいかな、と思いつつ。

 渾身の力で投げたボールは、レーンの上に第一投目とまったく同じ軌跡を描きながら、残ったピンに掠りもせずにそのまま奥へと消えていった。

 

「……あれぇ?」

 

 おかしい、狙ったところにまったく行かなかった。

 一投目であればとてもナイスな軌跡だったと自分でも思うけど、そこにピンが無いのならど真ん中を通過する意味なんてまるで無いというのに。

 首を傾げながら戻ってくると、あからさまに喜んでいるのが二人。第三組の松実玄と、そのパートナー新子憧である。

 表情が素直すぎるよ、君ら。

 

「小鍛治プロの二投目はミス! よってスコアに変動なし、これにより第一フレームの基準値は『8』に決定します! まぁ正直投げる前からそんな気はしてましたが」

「最初の立ち位置も少し甘いし、無意識のうちにガターを怖がりすぎてるから真ん中に行く。真っ直ぐ攻める時はもう少しハッキリと対角線をイメージして投げ込めば……」

「上手くスペアが取れていたかもしれないと。でもこっちのほうが展開的にはオイシイから、番組進行担当としてはあえて小鍛治プログッジョブと言いたい!」

「それは私たちからしても同じなので。小鍛治プログッジョブ」

 

 なんという微妙すぎるフォロー。

 実況解説揃ってこちらに向けてサムズアップしているようだけど、ぜんぜん嬉しくない。

 

「ま、まぁ。最初だしこれくらいにしとかないとみんな困っちゃうからね。しょうがないね」

「へぇ。そのわりには声が震えてますよ、小鍛治プロ?」

「うっ……そんなことないよ?」

「ま、そういうことにしときましょうか」

 

 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる新子さん。

 せっかく可愛い顔をしているんだから、そういう顔はやめたほうがいいと思う。小悪魔チックな言動は似合ってるけど。

 小さくため息をついて逸らした視線が、隣に座っていたもう一人の笑顔の子とぶつかってしまう。

 彼女はまるで神に祈りをささげるようにして、両手を胸の前で組み、尊敬していますといわんばかりにキラキラと輝いた瞳を携えて私に言った。

 

「さすがは小鍛治プロなのです、麻雀と違って手加減がお上手ですね!」

「」

 

 まさかあの眩しい笑顔からそんな鋭いナイフのような科白が出てくるなんて思いも寄らなかったため、素で絶句してしまう私。

 新子さんの表情など語るに及ばない、まさしく不意打ちの中の不意打ちと呼ぶにふさわしい恐るべき切れ味である。

 

「あれ、私何か変なこと言いましたでしょうか?」

「……玄。あんたのそういう所、さすがだと思うわ」

「――?」

 

 ヤバい。何がヤバいってこの子、一言多いのもそうだが、なにより手加減してわざと外したという科白を本気で信じてるっぽい……っ!

 これまでの言動からなんとなくそんな気はしていたけれども。

 阿知賀の龍王様は天然ものだったか……。

 

「――とまぁ、いい感じに小鍛治プロがダメージを受けたところで。しずもんは準備が出来たら二投目行っちゃって」

「はい!」

 

 勢いよく手を挙げると同時に、ポニーテールがぴこぴこと揺れた。

 部活中も部活後も、変わらず丈がちょっと大きめのジャージを着ているせいかどうかは知らないが、小柄な子が多い阿知賀にあって特に小さく見える彼女。

 それでも人間の頭部と同等の重さを誇るらしいボウリングのボールを軽々と抱えていることから、体力面では私よりも遥かに上っぽいことが伺える。

 頭の回転力を必要とするテーブルゲーム系よりも、むしろこういった身体を動かすスポーツのほうが得意なんじゃないだろうか?

 

 レーン上に残ったピンの形は私の時とほぼ同じ、とはいえ左側に一本余分に残っている状況はスペア取得への難易度を大幅に上げていた。

 難しいスペアをあえて狙っていくのか、それとも無難に後ろの二本を取りにいくのか。

 明らかに邪魔者である④番ピンの扱いを高鴨さんがどう考えているのかによるだろうけど、総合スコアはともかくとして、二本取るだけでもCM枠のポイント的にはプラスになるし、ここは割り切って考えるのもありだと思う。

 ただ、ボールを持った時の彼女の横顔から察するに、おそらく狙いは――。

 

「いきます!」

 

 宣言をして、投球動作に入る。

 流れるような助走から、やや大げさとも取れるバックスイングでボールを持ち上げると、振り子の原理でそのまま勢いよくボールを押し出した。

 見た目に反してダイナミックに投じられた一球は真っ直ぐにレーンの上を転がっていき、おそらくは本人が狙っていた通りの軌道を描きながら⑥⑩番ピンをなぎ倒していく。

 で、問題の④番ピンはというと。

 

「ううー、やっぱダメだったかぁ」

 

 しょんぼりとしている彼女の表情からも窺い知れるように、真横に弾くべき⑥番ピンは綺麗に真後ろへ弾け飛んでしまったため、件のピンには掠りもしなかった。

 

「残念っ、スペアへのチャレンジは失敗! 鷺森プロ、今の投球はいかがでしたか?」

「だから私はプロじゃな……今の形できちんと奥の二本を取れたことは御の字といってもいいので、切り替えて次にいけば大丈夫かと」

「はるほどー。スペアにならなかったといっても二本倒した時点でスコアは9。これにより第二組に1ポイントがプラスされます!」

「すみません、先生」

「ま、ポイントがプラスになったならオッケーオッケー。まだ始まったばかりだし、気楽に行こう」

 

 

 最初の二組が投げ終わって、いよいよ第三組・第四組それぞれの一投目を担当する松実姉妹の登場となった。

 

「次は玄と宥の番か。構え方を見ると姉妹なのに対照的なんだよねぇ」

「玄はいつもやる気が空回ってるように見えるけどね。宥姉は運動あんま得意じゃないし、しょうがないんじゃない?」

「玄さんも宥さんもがんばれー!」

「お任せあれ! ここは松実玄必殺ボールの一撃で勝負にケリをつけるのです!」

「が、頑張る……!」

 

 妹さんはもはやイベント特有の空気に当てられてか、テンションがこーこちゃんばりに上がりまくっている。意味不明な供述を繰り返しており、危険な兆候だ。

 空回っているというのも頷ける程のハイテンションで、ボールをそのまま隣のレーンにぶち込んだとしても私はきっと驚かない。

 方やお姉さんのほうはというと、新子さんの言うように運動はあまり得意ではないようで、緊張で――あるいは寒くてかもしれないけど――ぶるぶると震えながらの投球準備だった。

 あそこまで震えてしまうと軸がぶれてしまうだろうに、ボールをまともに投げられるんだろうかと見ているこちらが不安になってしまう。

 

「ではまず第三組から投球を、投げ終わったのを確認したら第四組のほうも自分のタイミングで行っちゃってくださいな!」

 

 実況席からの宣言を受け、はりきって助走を開始した松実(玄)さん。

 やる気に逸っていたぶんややフライング気味に投じた第一投目は――ボールが手を離れた瞬間、見事なくらい超特急で右端の溝の中へと吸い込まれていった。

 リリースされてから溝に突撃するまでの初速だけみれば、某野球少年のサンダーバキュームボールもかくやといわんばかりの剛速球である。

 

「あっ……」

「……なにやってんのよ」

 

 あれが松実玄必殺ボールか……いろんな意味で恐るべし。

 ここから見てもよく分かるが、ボール選びの失敗というか、明らかに指と穴のサイズが合ってないためすっぽ抜けてしまったが故の必然的過ぎる結末だった。

 この場面であえてお約束を外さずにやってのける女、松実玄。なんというか、さすがである。

 

 なお、それを見届けて行動を開始したお姉さんのほうはというと。

 ゆっくりとした動作でボールをファールラインの手前まで運びつつ、ぽとっという音が聞こえそうなほどのスピードでレーンに飛び出したピンク色のボールは、亀のごとき歩みのまま中央のやや左側を進み、パタパタとピンを押し倒しながら静かに奥へと消えていった。

 倒れたのは、左側の④⑦⑧番ピン三本のみ。本数としては少ないものの、次に投げるのが鷺森さんとなればむしろピンが右側に固まって残っているのはいい仕事をしたといえるかもしれない。

 

「旅館の美人姉妹対決はどちらも残念な結果になってしまったぁ! 方や文句なしのガター、そしてもう片方も三本どまり!」

「ううっ……ごめん、灼ちゃん……」

「落ち込まなくて大丈夫、あとは私が何とかするから。あと玄、ボールの選び方が雑すぎ……」

「さっき試した時はバッチリだったのに……おかしいなぁ?」

「ハァ……言い訳はいいからさっさと新しいボール捜してきなさいよ。次私がスペア取っといてあげるから」

「うん、ゴメン憧ちゃん。お願いします」

 

 

 全チームの一投目が終了し、この時点での結果はなんと私が第二位!

 ……まぁまだ後半の二組については二投目があるから分からないんだけど。

 私の八本、第二組の七本、第三組のガター、第四組の三本と。ストライクが無いという点において、第一フレーム一投目での成績としては私を含めて各ペアどっこいどっこいといったところかな。

 勝負はその後、きちんとスペアを取れるかどうかにかかってくる。そういう意味でも恐ろしいのは、やっぱりただ一人セミプロ級の実力を有しているだろう彼女の存在だった。

 しかし、まずは第三組の二投目から。ここで戦力未知数の新子さんの登場である。

 

「憧、がんばー」

「任せなさい。玄とは違う本当の投球ってのを見せてあげるわ!」

 

 そう高らかに宣言し、席を立つ。

 うん、いま同時にフラグも立ったような気がするけど……何気に今回のお笑い枠って第三組の二人だったりしないだろうか? ちょっと期待しながら見守りたい。

 線が細いから重心が安定しづらいのか、少しよろめきながらボールを持って、投球動作に入る。

 最初のよろよろが嘘のようにピシッと構えられた後姿を見て、これは逆の逆で本当に上手いパターンなんじゃないか――との思いが胸に広がっていく中で。投じられた二投目はといえば。

 フォームは意外と綺麗だった。ボールもきちんと狙い通りに進んでいたし、速度も結構出ていたと思う。

 たぶん彼女の思惑としては、プロの人たちのようにボールを曲げてポケットを狙おうと考えていたのだろう。実際にボールは真ん中の少し右寄りを進んでいった。

 しかし、ピンの手前になっても何故かボールは曲がらずに、思惑を外れてそのまま直進。本来であれば左右に弾かれるはずの右端のピンが、揃って綺麗に後方へと押し出されるような格好となり、結果倒れたピンは七本止まりという中途半端なものとなってしまった。

 これではお笑い枠と呼ぶには圧倒的に実績が足りない。龍門渕ペアに次ぐ二代目の襲名は残念だけど諦めよう。

 

「第三組の二投目もスペアはならず! しかし七本倒れたので結果はマイナス1ポイント、なんとか最低限で収まった格好になりましたねー」

「狙いは悪くありませんでした。きちんと手前で曲がっていればスペアも取れていたかも……」

 

 首を傾げながら新子さんが戻ってきた。

 本人は納得が行っていないんだろうけど、相方が一本も倒せなかったことと比べたら七本なんてむしろ倒しすぎたくらいなんだけどね。

 マイナス1ポイント程度ならぜんぜん許容範囲だろう。この先ストライクを一つ取るだけで簡単にプラスに転じる程度のマイナスなんだし。

 

「うーん、練習した通りに投げたつもりなんだけど。ねえ灼さん、今の私の投げ方どこかおかしかった?」

「たぶん原因はボールかな。ハウスボールはどうしても自分の指にしっくり来るのを選ぶのはなかなか難しいし、その時その時できちんと投げ方から調整しないと曲がり具合が変わるから」

「なるほど。やっぱマイボールのほうが有利ってことか」

「カーブボールとかフックボールを使わないにしても、何かと有利なのは間違いないとおも……そして私はこの勝負でも遠慮なくマイボールを使っていくつもりでいる」

 

 わぁ、えげつない事をさらりとカミングアウトしたね、今。

 

「んじゃ、次はそのあらたその番だね。実力の程、拝見させていただきましょう!」

「頑張ってください、灼さん!」

「灼ちゃん、頑張って」

「ん……」

 

 仲間たちの声援を受け、解説席から立ち上がる。その目はやる気に満ちていた。

 さて、ようやくここで遂に真打にして要注目のプレイヤー『鷺森レーンの看板座敷童子』こと鷺森灼が登場することになるわけだけど。

 投球の順番と組み分け的に考えても、おそらくそうなるよう番組スタッフによって仕向けられていたんだろうと思われる。

 それにしてもこーこちゃん、ちょいちょい阿知賀の子たちを変なニックネームで呼んでいるみたいだけど、いったいそのネタはどこから引っ張ってくるのか?

 私がそんなどうでもいい事で悩んでいるうちに、鷺森さんは既に投球動作に移っていた。

 

 一言で現すと、圧巻である。

 流れるような投球フォームから投じられたその球は、初心者の私たちが投げるそれとは明らかに違い、ピンの手前で緩やかに曲線を描きながらポケットを的確に捉えた。そのままピンは左右に弾き飛ばされ、残っていた右外側奥のピンを軌道が変わったボールと弾かれたピンとで綺麗に倒していく。

 貫禄をまざまざと見せ付け、同時に危なげなくスペアを取るという実に見事な投球だった。

 

「四組目で遂に来ました、見事なスペアっ! これにより通常の2ポイントにスペアボーナスの1ポイントを加えた合計3ポイントをゲット! 幸先のいいスタートを切りました!」

「なにあれ。一人だけ次元が違うんだけど……」

「さっすが灼ちゃんだね!」

「あったか~い」

「灼さんかっこいいなぁ。やっぱ曲げるボールのほうがストライク取り易いのかなぁ」

「普通のボウリング勝負だとやっぱ勝てそうに無いね。ホント今回は敵じゃなくてよかったよ」

 

 各々それぞれに感想を洩らしつつも、一仕事終えた後にも関わらず至ってクールな表情のまま戻ってきた鷺森さんを暖かく迎えた。

 

 

 それから第二・第三フレームを順調に消化し、各自のスコアは以下の通りとなっている。

 (※ ▲:スペア [><]:ストライク G:ガター -:ミス ○:スプリット)

 

 第一組   8(8|-)   9(6|3)   10(8|▲)   (基準点)

 第二組   +1(⑦|2)   +3(8|▲)   +2(7|2)

 第三組   -1(G|7)   -1(5|4)   +1([><])

 第四組   +3(3|▲)   +5(2|▲)   +4(⑧|1)

 

 第二フレームはこれといって特に波乱も起きなかったものの、対照的に第三フレームは小さなイベントが盛りだくさんだった。

 まず私がはじめてスペアを取れたこと。

 次いで、第三組の松実(玄)さんが全ペアを通じて初めてのストライクを取り。

 さらに第四組の松実(宥)さんが難易度最高レベルのスプリットを出してしまい、期待を一身に背負わされた鷺森さんがスペアを狙うもさすがにカバーしきれず初めてマイナスポイントを獲得、というような流れでゲームは進んだ。

 

 ここまでは皆が揃って予想外に同レベルな戦いをしていて、和気藹々と進んでいくまったりとしたゲーム展開である。第三フレームが終わる頃には私を含めた全員が、昼間の収録の打ち上げ的なノリで純粋にゲームそのものを楽しみはじめていた。

 そのことが、実況席に座っている悪魔の嗜虐心を煽る結果になろうとは、当事者の誰も思っていなかったわけだけど。

 

 

「はいみんな注目~っ!」

 

 投げ終わった鷺森さんが解説席に戻ってきたのを見計らい、唐突にこーこちゃんが大きな声を上げた。

 いったい何事かと全員で実況席の周りに集まって、続きの言葉を待つ私たち。まるで親鳥の周りに集った雛の群れの如しである。

 

「このままダラダラと続けても絵的にアレなので、第四フレームから第六フレームにかけては新ルールを適用します!」

「えー」

「まぁまぁ。それで、その新ルールっていうのは?」

「よくぞ聞いてくれました。対象フレーム中にのみ適用される新ルール、題して『英語禁止ボウリング』!」

「うへ」

「え、それってもしかしてあの伝説の番組の……?」

「……?」

 

 こーこちゃんの科白の意味に気が付いて、即座に反応したのは赤土さんと私だけ。

 他の子たちはというと、ピンときていないのか首を傾げて顔を見合わせたりしているだけだった。

 ……あれ? 元ネタの元ネタともいえるゴルフのほうはともかくとして、もしかしてボウリングのほうも知らない世代……なの?

 ちょっと待って、英語禁止ルールでダメージを受けるより前にまずジェネレーションギャップでショックを受けそうなんだけど。

 

「いやー、今のを聞いただけでピンと来るお二方はさすがです!」

「そんな褒め方されても嬉しくないよ!?」

「あのぅ、なんですかその英語禁止ボウリングって?」

「言葉の響きそのまんまなんだけどね。一応若い子達のために簡単に説明するとだね、例えばボウリング関係でいうとボールとかピンとかスペアとかストライクとか、そういった英語や和製英語を使うたびにペナルティを課せられるっていう番組が昔あったんだよ」

「へぇ――えっ!?」

「もしかして、それを私たちがやるんですか……?」

「もしかしなくてもそういうことだね!」

 

 恐ろしいほどに爽やかな、とてもいい笑顔でこーこちゃんが頷いた。

 

「ちなみに禁止ワードを使った場合のペナルティポイントはCMのぶんとは別に集計するから、そんなに心配しなくていいよん」

「ああ、そうなんだ。それは正直助かるよ……下手をするとポイント全部持ってかれかねないからね、あの企画」

「でもさ、それってそんなに難しいこととは思えないんだけど。この場合みんな味方みたいなものだし、お互いに気をつけながら会話してれば結構回避できそうじゃない?」

「憧、それはちょっと認識が甘いなぁ。味方と思ってる相手に足元を掬われないように気をつけな」

「なにそれ?」

 

 あの番組におけるプレイヤーさんたちの惨劇を知らないせいか、新子さんを含めた高校生チームはどうにもピンとこないらしい。

 普段の会話の中とかでもごく自然に色んなところで使っているから、いくら注意を払っていてもとっさに言葉を向けられるとつい言っちゃいそうになるものなのだ。

 話題を振ってきた相手に悪意があろうがなかろうが、ね。

 

「うう、ボウリングだけでも難しいのに……」

「ハッ、閃いた! 大丈夫だよおねーちゃん、それならもういっそのこと第六フレームが終わるまでできるだけ会話に混ざらないようにすればいいよ」

「ふはは、残念だけどそれは禁じ手なんだな、くろちゃー。会話が途切れないようにこっちで話題をいくつか用意してあるから、そうそう上手くはいかないのだよ」

「禁止ワード喋らせる気満々じゃないの!」

「だって喋ってくれないと困るもん。こっちにも後々の予定ってものがあるんだから」

「……!?」

 

 ――繋がった。ここに来て繋がってしまったよお母さん。

 忘却の彼方に放置されていたはずの罰ゲーム――あれがおそらくこの新ルールと絡んでくるに違いない。やはり単純に説明し忘れていたわけではなかったのだ。

 気が緩んできた頃にここぞとばかりに畳み掛けてくるとは、汚いさすがこーこちゃん汚い!

 

「それじゃ追加ルールの説明をしていくので、そこで会話してる子達もよく聞いておくようにー」

 

 

 もはや問答無用で採用が決定してしまった、期間限定の英語禁止ルール。

 詳しい規定をかいつまんで説明すると、こんな感じらしい。

 

 まず、第四フレームの私の一投目を合図にしてそこから適用開始となり、第六フレームの第四組二投目、あるいはストライクの場合は一投目をもって終了とする。

 さらに期間中は番組側からお題が提示され、それに関する内容の会話を投球者を除く全員でし続けなければならない。

 禁止ワードを口にするたびに罰則ポイントの☆が一つ付与される。

 そして最終的に一番☆を稼いでしまったプレイヤーには、後日罰ゲームが課せられるということのようだ。

 ちなみにアウトかセーフかの判定をするのは、影が薄くなりすぎて困っているともっぱら噂のディレクターさんである。

 

「福与アナに質問なんですけど、解説をしてくれてる灼ちゃんも同じルールでいいのでしょうか?」

「んにゃ、さすがに専門用語使わず解説ってのは無理だろうからね。期間中は解説なしにして、お題の会話のほうに入ってもらうことになるかな」

「ふぅむ。なるほどなるほど、なるほど~」

 

 少しだけ考えて、顔を上げた松実(玄)さんの顔は実に眩しく輝いていたように見えた。

 

「それならルールが適用されてる間は福与アナも一緒にこっちに加わって大丈夫そうですね!」

「……は?」

「ほう、それナイスアイディアじゃん。ポイントも別扱いならそこだけ参加でも問題ないし、さすがは玄、いいところに目を付けたね」

「え? あれ? いえいえそんな滅相もない、私には実況という大切なお仕事がありますので――」

 

 ふ、甘い。この機を逃がしてなるものか。

 

「いま確認したらディレクターさんはそれでも問題ないってさ。よかったねこーこちゃん、一緒に会話を楽しめるよ」

「げ、すこやん余計な真似を」

「そうは言うけど、いつもこーこちゃんがやってることじゃないかな」

「くっ……おのれぃ、まさかすこやんに背中を刺されることになるとは……」

 

 そう来るだろうと思っていたので、即座に逃げ道を塞いでみた。

 のらりくらりとかわして来るこーこちゃんのような相手には、やっぱり天然っぽいのが天敵なんだろう。思いも寄らない角度から強襲されて対処しきれなかったと見える。

 戦場においていつまでも一人安全圏にいられると思ったら大間違い、といういい見本だ。

 いやぁ松実さん、ここにきて実にいい仕事をしてくれたよ。

 

「福与アナも小鍛治プロ相手には色々とやっちゃってるから、まぁ残念ながら当然の結果よね」

「そっか、これぞまさしく因果広報ってやつだ」

「それを言うなら因果応報……」

「あれ、そうでしたっけ?」

 

 アナウンサーだけに広報するんですね、分かります。

 私の中のアラサー心が疼き、思わずそう言ってしまいそうになるところを代わりに鷺森さんが普通のツッコミを入れてくれたので、寸前でなんとか回避。

 あやうく松実(宥)さんを凍結させてしまうところだった。危なかった。

 

「んじゃ、第六フレームまでは福与アナも入れて全員で英語禁止トークってことで。みんなそれでいいよね?」

「「「異議なーし」」」

 

 ――かくして、鷺森レーン史上おそらく最も過酷で馬鹿馬鹿しい第四フレームから第六フレームにかけての攻防戦が、静かに幕を上げることになる。




あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!
麻雀漫画を元に二次小説を書いていたら、いつのまにかボウリング小説になっていた……な、何を言っているのか(略)
というわけでボウリング勝負は前後編仕様で次回に続きます。

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