「お兄ちゃん、魔法が閃いたって突然だよ。アリス困る」
何故、アリスが困るのかは分からないが……オラ、ワクワクしてきたぞ!
「どうやって魔法を使うのかな?回復魔法みたいなんだけど、アレか?内なる力よ、我の傷を癒したまえ!とかかな?」
ねぇねぇ、ポーズは?指先とか光るのかな?嬉しくて内なる中学二年生を解放してしまった、反省。
「えっと、回復魔法の初級はヒールだよ。
魔法を掛ける対象に向かってヒールって言えば発動するはずだよ。その……内なる力よとか恥ずかしいよ」
若干引き気味のアリス。何故か具現化していたのを幽体に戻して、少し距離を置かれた。
やはりか……この世界でも僕等の中に居る中学二年生を解放しては駄目なのか。
「ちょ、ちょっとだけ嬉しくて暴走しただけだよ。大丈夫、もう言わないから大丈夫だ。
さてと、丁度体力が減ってるから回復するよ。んー、ヒール!」
自分の右手で胸を触りながら呪文を唱えた。少しだけ光の粒子が右の掌の周りに浮かぶ。
少しだけ体が暖かくなったから成功?試しにステータスと思い浮かべる。
◇◇◇◇◇◇
職業 : 見習い魔法剣士
称号 : 美幼女のヒモ
レベル : 5
経験値 70 必要経験値 80
HP : 35/35
MP : 6/8
筋力 : 21
体力 : 15
知力 : 12
素早さ : 15
運 : 5
魔法 : ヒール
装備 : ショートソード 布の服
◇◇◇◇◇◇
ステータスを確認するとHPが17回復しMPが2減った。
最大回復量は分からないが、少なくとも二回魔法を掛ければ完治する。
最大MP8で使用MPは2だから四回魔法を掛けられる。これでレベルアップが少し楽になる。
「本当だ!確かに回復魔法だね。でも最初に覚えたのが回復ってことは、お兄ちゃんの先祖に神官が居るのかな?」
魔法を成功させたためか、アリスが実体化してくれた。床にペタンと女の子座りをして、不思議そうに僕を見る。
まるで上野にパンダが初めて来たときみたいだね。
「いや、宗教関係者は居ないはずだよ。勿論、僕は王族でもないよ」
そうだよねー、王族にしては威厳が無いよね。そうお腹を押さえてクスクス笑うアリス。
確かに一般ピーポーな僕に威厳とか何とかオーラがあるわけない。少しふてくされると、彼女が機嫌直してね?
そう言って程良く焼けた川魚を渡してくれた。これは鰻や穴子に似たニョロニョロした体型だが、色がニジマスだ。
一口かじれば、ジュワっとした脂が口の中に広がる。
味は……鰻の白焼きだ!
チューブのような体型で骨も固いし多いので食べ辛いが、味は絶品。直ぐに完食する。
「はい、次はお肉だよ。熱いから気を付けてね」
犬擬きのモモ肉の丸焼きを手渡してくれる。見た目はマンガ肉と言うか骨付き肉だ。
立ち上る湯気を嗅ぐと、少し獣臭い。ガブリと豪快に噛みつくが、固い……何度か噛んでようやく千切ることができた。
モグモグと噛みしめると、独特の臭みもありあまり美味しくないな……本来は土に埋めたり塩漬けにして臭みを抜くらしい。
だが塩の補給が未定のため、余った肉は大量に塩を使う塩漬けにはせず、内臓を取り出してから水洗いをして塩を擦り付けて干した。
気候が春先みたいだから、腐らないで干し肉になると思う。駄目なら燻製にするかして保存食にしなければ。
ゲーム内の勇者は飲まず食わずで何日もモンスターを倒してるが、リアルに置き換えると衣食住の重要性が分かる。
人間は衣食が足りて礼節を知ると言うか、明日をも分からない生活だと荒んでしまう。
レイスだけど人間ですらないけど、アリスの存在が僕を非現実的な世界から救ってくれてるんだ。
できれば美女か美少女が良かったと思うのは内緒だ!
「アリス、有難う。君の存在が僕を救ってくれている。もし君が居なければ、僕は自暴自棄で死んでただろう」
深々と頭を下げる。勿論、焼き肉は完食した後で口の周りも確認した。間違っても食べカスを付けながらの謝礼じゃないぞ!
「なっ何よ、お兄ちゃん。改まってお礼なんて気持ち悪いよ」
彼女は真っ赤になって両手を前に突き出して振っている。互いに気恥ずかしくなり、その後爆笑した。
何か二人の未だ間にあった壁が取り払われた感じがした……
◇◇◇◇◇◇
面白い、お兄ちゃんは本当に面白い。
お礼を言ってくれたのでお返しに膝枕をしてあげたら、直ぐに気持ち良さそうに寝てしまった。
草原の真ん中で食事の後の昼寝よね。春先の陽気は本当に気持ち良くて、たまに吹く風も爽やか……
鼾(いびき)をかいてムニャムニャと寝言も言う、お兄ちゃんを見て思う。
普通は精気を啜るレイスなんて化け物に、膝枕をされて寝れるだろうか?
二度と目の覚めない永遠の眠りに誘う存在なんだよ、私は……もしかして短期間に私に全幅の信頼を寄せている?
私のことを信じている?
私が怖くないの?
分からない、本当に分からない。寝返りをして私の股間に顔を埋めたときは、思わず頭を膝から払おうと思ったが寸前で止めた。
お兄ちゃんに悪気もイヤらしさも無い。ただ寝相が悪いんだ。しかし年頃の娘の股間に頭を埋めて眠るって、人としてどうなの?
生前の私の周りには居なかったタイプだ。
まぁ見習いや下級とは言え、お堅い神官を目指す連中だったから色事には縁が薄かったけど……
何となくお兄ちゃんの髪を梳く。少し脂っぽいがサラサラだ。まるで王家の方々みたいに手入れが行き届いている。
異常に綺麗好きで、春先とは言え沐浴するほどだ。市井の民なら、この時期は未だ沐浴しない。精々が体を布で拭く程度だ。
それに生きるのが精一杯なら髪の毛の手入れもできないのが現実。やはり魔力を受け継いでいるだけあって、良い家の子供なんだろう。
だけど成長速度が異常だ。最初は股間を見せ付ける変態だと思った。次は素養はあるが全く成長してないアンバランスな子供みたいな男。
そして半日で、その辺の子供から下級兵士並みの力を得た。直ぐに魔法も使えるようになったし、異常過ぎる存在だ。
それに……それに、この精気の味と言ったら別格だ!
生前食べたどんな料理より、レイスとなってから吸ったどんな精気よりも美味しい。
嗚呼……美味しい。至福の時間だわ……
「って、嗚呼お兄ちゃん?ごめん、つい美味しいから吸い過ぎちゃって……ごめんね、お兄ちゃん」
てへ、考え中に無意識に精気を吸っちゃった。白目を剥いて痙攣するお兄ちゃんに謝ったけど、聞こえてないかな?
◇◇◇◇◇◇
「アリス、しばらくは精気を吸うの禁止!さっきは三途の川を半分渡ったぞ。
気付くのが、後五秒遅かったらら引き返せなかったぞ!」
あの後、回復したお兄ちゃんにお説教されてます、体育座りで。
サービスに膝を立ててパンツを見せてるけど、お兄ちゃんも怒りながらチラチラ見てる。
やっぱりお兄ちゃんはエッチなんだな。その所為で叱られてるけど怖くないもん。
「三途の川って?人は死ぬとお空の上の死者の国に逝くんだよ。そこで生前の罪を神様に裁かれるの。
善と悪を天秤に掛けられて、悪に傾いたら魂が消滅しちゃうんだよ」
私も見習いとは言え神官だったし、そもそもお父様は高位神官だった。
教義については詳しいつもりだけど、この世界の一般常識を不思議そうに聞いている。
おかしい、魔力を継ぐほどの一族なのに知らないなんて有り得ないよ。
「ふーん、世界が違っても考え方は同じなんだな」
世界?国別のことかな?でも、この大陸で違う宗教は無いはず。種族によっては精霊信仰もあるけど、全く知らないのは異常だよ。
それに考え方が同じってことは、類似する宗教があるのだろうか?
「お兄ちゃんは精霊信仰なの?私達が崇める神様とは違う神様を信仰してるの?」
「うーん、実家の宗派は浄土真宗だけど熱心な信者じゃないからな……
日本人はクリスマスも正月も祝うし、仏教・神道・キリスト教のどれだ?」
頭を抱えて何かブツブツと言っているけど、どうやら私達の崇める神様とは違うみたい。
私もレイス化したから魔族の仲間だし、関係ないか……
◇◇◇◇◇◇
昼食後のうたた寝でちょっとしたトラブルがあったが、何とか回復した。レイスとはいえ可愛い幼女の膝枕は初めてだった。
いや、女性の膝枕が初めてだからちょっとだけ嬉しかった。でも死ぬほど精気を吸うのは止めてもらいたい。
もう日も傾きかけているから、午後の2時を過ぎているだろう。だが、もう少しレベルアップに励みたい。
武器を棍棒からショートソードに持ち替える。
筋力が21に上がった所為か、最初は重かったショートソードも軽々と振り回せる。ステータスの上昇が如実に反映されてるな。
「アリス、効率良くレベルを上げたい。犬擬きを中心に探してくれ!」
上空5mほどで浮かんでいるアリスに声を掛ける。
「レベルを上げるって分からないけど、犬擬きを探すのね。分かった、ちょっと待ってね」
そう言って左右を見回す。しばらくすると何かが現れた……
「右側30mくらいに土煙が上がってるよ。うーん、お兄ちゃん!おっきなカエルが跳ねてくるよ。アレは私も知らない奴だよ」
カエル?陸地にカエル?いや日本語と同じ固有名詞のモンスターなの?
アリスが指差している方には、確かにカエルが一匹飛び跳ねている。オレンジと黒の毒々しい体色、見た目がまんまヒキガエルだ!
ただし体長は1mを超えてるな。
「うわっ!気持ち悪い奴だな。触りたくないぞ」
何かテカッてるし皮膚の表面もヌメヌメしてそうだ。だが向こうも僕らを見付けてるのだろう、真っ直ぐに向かってくる。
「アリス、手伝ってくれない? 知らないモンスターとは戦いたくないけど、逃がしてはくれなそうだよ」
多分だがトドメを刺さないと経験値は入らないと思うんだ。パーティー編成とかすれば違うのかも知れないけど、そんな機能は無いし……
「アリスが倒そうか?でもアイツ、そんなに強い感じはしないよ。確かに気持ち悪いけど……
10mまで近付いたらファイアで燃やすから。15m……13m……11m……ファイア!」
アリスの指先から30㎝くらいの火の玉が真っ直ぐ巨大カエルに向かっていく。目でやっと軌道が追えるから、時速100㎞以上のスピードだよな。
当たればタダでは……「グギャ!」あろうことか巨大カエルが火の玉を喰った?いや、偶然口の中に入ったのか?
「ギャギャギャ?」
火の玉を味わうようにモグモグしてる。
「せっ、戦略的撤退!アリス、逃げるぞ」
「うん、アレやだ。気持ち悪い。牽制するからダッシュだよ。ファイア、ファイア、ファイアー!」
アリスが火の玉を三個飛ばすのを見て、廃墟方面にダッシュする。レベル5じゃ勝てないかもしれない。
ゲームオーバー=死で、生き返る保証も無いんだ。慎重過ぎるかもしれないが、試してリセットできないから逃げるぞ!
割と余裕があったのか、そんなことを考えながら走った。
走る僕にアリスが併走……いや併飛?飛びながら並んでくれた。
「ごめん、お兄ちゃん。あの巨大カエル、火に耐性があったみたい。
キモいから慌てちゃったけど、落ち着いて対処すればラクショーだよ。凍らせちゃった、テへ」
「凍らせた?じゃ倒したの?」
頷くアリスを見て、その場にヘナヘナと座り込む。考えれば僕はレベル5だけど、アリスはレベル35。
レベル35がどれだけ強いか分からないけど、倒せない相手じゃないのか……
「慌ててビビって逃げ出したことが恥ずかしい」
その場で大地に平伏す。何て恥ずかしいんだ……
「ほら、お兄ちゃんは未だ弱いんだから。気にしない気にしない。大丈夫、アリスが守ってあげるから平気だよ」
慰めの言葉が耳に痛いです……