第11話
「しばらくのあいだ、お兄ちゃんとはマジチュー禁止だよ!」
「何故?」
せっかくロリコンを自覚したその日に、アリスに言われたマジチュー禁止令には納得がいかない。
右手で僕を指差し左手を腰に当てて、足は軽く開くくらいでポーズを取るアリスは可愛い。
体を少し斜めにしている所がまた良い。だが、せっかくAを済ませて大人の階段を駆け上がる段階でストップが掛かった。
故に納得できない。僕等に障害は何も無いはずじゃないか!
「アリス、本気でお兄ちゃんが大好き。だからマジチューして感情が高ぶったら歯止めが利かないよ。
お兄ちゃん干からびても生きていけるなら良いけど、アリスが制御できるまで我慢しないと、その先は駄目だよ」
なるほど、確かに毎回三途の川を遠目で見ているが、最近距離が近いづいてきたなと思ったよ。
だが漢には命を懸けても成し遂げなければ……
「マジチューは駄目だけど、お触りはオッケーだよ。その、アレだよ。アリスの頭を撫でれ!」
何と言うことだ!ボディタッチOKって喜んだら頭を撫でるの限定?
駄目だ、アリスは僕の命の心配をしてくれているが、僕は命を懸けても先に進みたいんだ!
心の中は葛藤しているが、アリスを膝の上に乗せて頭を撫でていると……
「コレはコレで有りだ……癒されるな」
安上がりに納得してしまった。
◇◇◇◇◇◇
散々アリスの頭を撫で回して気持ちを落ち着けた。サラサラの金髪は撫で心地が大変よい。
アリスは水浴びやお風呂に入らないのだが、何故こんなにもサラサラなんだろう?
「レイスだからだよ。汚れてもレイス化してから実体化すれば綺麗になるんだよ。便利でしょ?」
心の中の疑問を答えてくれてビックリだ!
さて、今後の話を進めなければならない。廃墟と洞窟。
利便性や居住性を考えれば廃墟化したとはいえ、人間が住むことを前提とした方が自然の洞窟よりは断然便利で住み心地は良い。
安全性を考えても洞窟は入り口が一カ所だから、そこから外敵が攻めてきたら逃げられない。
袋の鼠状態だ!
だが人払いの魔法か結界が解けた廃墟に留まると、封印されていたアリスを討伐しに来る連中が……
既に盗賊連中には知られてしまったからな。彼女の安全のためには引っ越すべきだ。
「アリスが見付けた洞窟だけど、ここから歩いてどれくらいかな?」
いつもは大通りの真ん中で焚き火を囲んで話すのだが、見付かる危険性を減らすために僅かに残った屋根付きの建物の中に居る。
石造りの建物の中はヒンヤリと涼しい。窓からは廃墟の入り口の門が見えるので、塀を乗り越えて侵入されない限りは発見できる。
「うーん、お兄ちゃんの足なら丸一日かな。朝早く出れば日が沈む前に着くよ」
何故か向かいで体育座りをするアリス。揃えた足の隙間から白い布地がチラ見してます。
グッジョブ!
「早朝に出て夕方か……つまり休憩時間を抜いたら丸々10時間以上か。
草原で一泊とか危険だけど、洞窟の中の安全が確認できないからな。
やはり途中で一泊して明るい時に洞窟を調べた方が良くないかな?」
徒歩で半日だが、アリスが飛べば半分以下なんだろうな。
彼女の積載能力が高ければ荷物も運んでもらえるのだが、飛ぶときはレイス化するので物は持てないそうだ。
「うーん、そうだね。アリス洞窟は見付けたけど、中には入ってないんだ。
確かにモンスターとか住み着いていたら嫌だよね。お兄ちゃん、賢いね」
誉められたが、アリスならたとえモンスターが居ても倒すか逃げるかできるだろう。
「最初は荷物は最小限にして行こう。または途中に隠してからかな。
廃墟に戻ったら誰か居ましたじゃ意味が無いし。アリス、途中で品物を隠せそうな場所があったかい?」
フワフワと浮いているアリスに聞いてみる。この子は飽きっぽくて一ヵ所にジッとしていない。
今も体育座りのままクルクルと回っているし……
「ん?丁度半分位くらいの距離に大きな岩がゴロゴロしてる場所があるよ。あそこなら品物も隠せるし、泊まれるかな」
草原の真ん中に巨石がゴロゴロ?ストーンヘンジみたいな?だけど身を隠せるほどに大きな岩なら丁度良い。
「じゃ荷物を半分持って岩山?に隠してから、残り半分を翌日持ち出そう。そこを拠点に洞窟まで行けば良いかな」
初日に荷物を半分運んで廃墟に帰る。二日目に残りの荷物を運んで一泊。
三日目に最小限の荷物を持って洞窟へ向かえば、昼過ぎには到着するから明るいうちに洞窟内を調べられる。
どんなに急いでも盗賊連中が対レイス用の装備を整えてくるのは三日後くらいだし間に合うはずだ。
「分かった、それで良いよ。じゃ早速支度して出掛けようよ」
起きて直ぐに精気を吸われたから朝食がまだなんだ。
保存食は犬擬きの干し肉と干した魚しかないが、時間が勿体無いから我慢する。
焚き火の煙が狼煙代わりとなり、周りに封印の解けた廃墟の存在をバラしてしまった。
なので成るべく煙を出さないように、以前からより分けていた木炭を使い肉を焼く。
いつもより余分に焼いているのは、昼のお弁当分だ。冷めると固くなるし不味いのだが仕方ない。
癖のある野趣溢れた味だが、人間の適応能力って凄いよね。
臭みが強くても筋張って固くても、そんなに気にならなくなってるんだ……
◇◇◇◇◇◇
初日は重たい物を持っていく。素焼きの壷に唯一の調味料の塩と干し肉を詰める。
もう一つの壷には水を入れる。大切な物から運んだ方が良い。
二つの壷は紐で結んで長い棒の両端に吊した。所謂天秤の要領だ。
この棒も廃墟で見付けた物だが、多分だけど武術の練習用の武器だ。
総重量は20kgは超えるので肩に食い込むが、肩当てとして布を丸めて棒と肩の間に挟んだ。これでだいぶ運びやすくなったな。
「お兄ちゃん、流しの物売りさんみたいだよ。そうやって籠細工とか加工した保存食を売り歩く人が居たよ」
「どこにでも同じように考える人は居るんだね。さてアリス、案内してくれよ」
アリスにはショートソードと鉈を持ってもらっている。途中でモンスターと遭遇したらレベルアップのために戦うつもりだ。
因みにショートソードと鉈も鞘が無いから抜き身で手で持っている。天秤担ぎが思った以上に大変なので、僕は丸腰だが仕方ない。
唯一ナイフだけは布に巻いて腰紐に差している。だが転んだら危ないことになりそうだな。
春先の陽気でも重たい荷物を持てば汗もかく。幸いと言うか筋力が上がった為か息切れとか筋肉痛とかは無い。
比較的見通しの良い草原をアリスとノンビリと歩く。途中でスライムや犬擬き、カエル擬きと遭遇するが無難に倒していく。
荷物になるし時間も無いから犬擬きは捌かず放置する。勿体無いが、比較的遭遇しやすいので問題無いだろう。
太陽が頭の真上に来た頃に、ようやく目的の岩山が見えてきた。確かに巨石が不規則に並んでいるが、自然にできたようには見えない。
比較対象が無いから正確には分からないが、全長5m以上の巨石が林のように乱立している……
「なぁアリス?あの岩山って自然にできたのかな?」
「うーん……
分からないけど、言い伝えでは太古に今とは違う文明があって何かの儀式に使ってた……そんな話もあるよ。
実際にあの岩は、この辺りでは採れないんだって。遠くから運んだらしいけど、あんなの魔法でも無理だよね」
「古代文明の遺跡ね……確かに人力じゃ運ぶのは無理そうだね。いや、運搬用の魔法ってあるの?」
肩に食い込む天秤の苦労が無くなるなら、運搬系の魔法を覚えたいよね!
「肉体強化とかの補助魔法のことだよ。でも魔法をかけられる側の基本スペックの何割増しだから、素で岩を持てる人じゃないと無理だよ」
首を傾げながら少し考え込むように、記憶を思い出すように話すアリス。
オーガーとかサイクロプスが複数ならできるかもね?そう言ってケラケラ笑うアリスは可愛いのだが、そんなムキムキ系モンスターが居るのか?
「そのオーガーとかサイクロプスってさ。普通に居るの?」
「オーガーは深い森の中に、サイクロプスは岩山が生息地だよ。
異種間交配が可能なオーガーは定期的に人里を襲うから気をつけないと駄目なんだよ。
でも奴等は脳筋だから大抵は罠にかけてから仕留めるんだって。凄い精力旺盛だけど不味いんだ」
何気なく話しているが、この世界は普通にモンスターが襲撃してくるんだ。
しかもスライムや犬擬きなんて足元にも及ばない連中が……
◇◇◇◇◇◇
岩山を見付けてから30分くらい歩いて、漸く到着した。間近で見て分かる。
これは人工的に作られた物だ……
だって岩が垂直に立って根元が埋まってるんだよ。
これが自然にできるとは思えないが、じゃあ何のためにと言われても分からない。
適当に開けた場所の手頃な岩の上にドッカリと座り込む。布で額や首筋の汗を拭き一息ついてから、壷から昼飯を取り出す。
川魚の丸焼き三匹……
犬擬きの肉は冷めると本当に固くなるから川魚にしました。
大きな葉っぱに来るんだ鯉擬きの魚を取り出し、背中からパクリとかじる。
「うん、美味い……わけじゃないが空腹は最高の調味料って意味を再度実感した」
冷めた焼き魚も旨くは無い。くるんだ葉っぱの風味を移るから尚更だ。
冷えた脂は口に残るし身も水分が抜けてパサパサ。鯵の開きを焼いた後、一日放置した感じと言えば分かりやすいかな?
モグモグと時間を掛けて咀嚼し、水と共に飲み込む。食事中、アリスはただニコニコと僕を見ているだけだ。
彼女の食事は僕の精気だから、極力夕方の寝る直前にしてもらってる。じゃないと体力的に持たないからだ。
味気ない食事を済ませ運び込んだ荷物を巨石の隙間に隠す。
丁度倒れ込んだ巨石が寄り掛かるようになった岩の間に荷物をしまい、布を被せてから更に枯れ木と落ち葉で覆う。これなら一見では分からないだろう。
「さて、一休みしたら廃墟に戻ろうか?」
「うん、アリスこの先の洞穴までの道のりを先に見てみるね。もしかしたら休憩できる場所や飲み水の湧いてる場所があるかも」
そう言ってレイス化して飛んでいった。今回の引っ越しで苦労した点……それは飲み水の移動方法だ。
素焼きの壷は確かに水を溜めておける。だけど非常に重い。人間は一日に2リットルの水が必要らしい。
でも既に4リットルくらい入る壷の三分の一は飲んでしまった。帰りは途中まで流れていた小川まで三時間は水無して移動しなければならない。
元の世界のペットボトルの有り難みが身にしみて思う。軽くて丈夫、落としても割れないペットボトルの凄さが……
◇◇◇◇◇◇
アリスを待つ間、平べったい岩に登り横になる。
石は冷たくて運動して火照った体を適度に冷やしてくれる。仰向けに寝転んで空を見上げると、鳶みたいな鳥がゆっくりと旋回している。
「長閑だな……」
頬に触れる風が心地良い眠気を誘う。可愛い彼女(レイスで外見ロリだが)もできたし、この世界も悪くないかもな。
あれだけの美幼女なんて元の世界じゃ知り合うことすら不可能だったはずだ。運が7しか無いが、どうして幸運なんじゃないかな?
この世界に神様が居るなら、僕は祝福されてる?幸せを噛み締めていると、人が近付く気配を感じた。
「アリスかい?早かったね?」
「こりゃ美味そうな若者じゃないか?
俺はラミアなんて半妖は嫌だから別行動を取ったけど、案外当たりだったな。おぃ兄ちゃん。俺と楽しもうぜ」
振り返った先には、小汚い中年が立っていた。片手に剥き身のロングソードを持った男。
最近見たことのある中年が、股間を膨らませながらギラギラした目で僕を見ている。
「お前は……男色の猿……」
どうやら、この世界の神様は僕が嫌いらしい。カエル擬きに遭遇した以上の絶望が僕を支配した……