合流した浦島に桃太郎は半漁人を頬張りながら事情を話しますが、その表情は浮かない様子でした。
「言いにくい事なんだがな、桃太郎」
「なんだ?」
「お前達の食べているそれ。港の人達だ」
オロロロロロロロロロ──三人が夜の海面を覗き込んで何やら奇怪な声を発しています。そして浦島と視線を合わせた時には涙目になっていました。口元を拭いながら。
「ハァ、ハァ……何があったか話してくれるか浦島」
「……話せば長くなる。あれは三十六万」
「なげぇ」
「いや、一万四千……まぁいい。全ては私が亀を助けたのが始まりだった。
──あの日、釣り竿片手に砂浜を歩いていた私は、三匹の豚に囲まれて踏んだり蹴ったりカバディされていた一匹のウミガメに助けてほしそうに見られていた。その熱い視線に負けて俺は三匹の豚のうち、二匹を浦島一子相伝の秘術で肉塊にして見せしめ、こう言った。「次は貴様だ」と」
「それで、どうなったんだ?」
「するとその豚は私に殴りかかってきた。三日三晩殴り合いを続け、辛くも奴を退ける事に成功した……奴もまた
「浦島ー、醤油持ってないか? 出来ればわさびも欲しい」
「まだ食うのかジャック」
「悪いが持ってない」
そして、浦島はまるで夢のような日々を過ごしたと言います。ですが、それもわずか三日で地上に戻ると言い出した浦島を竜宮城の支配者、乙姫が必死に呼び止めました。
「言葉も忘れるような美女だった。だが私には胸に決めた人がいる。彼女の誘惑を振り切り、地上に戻ると言った私に乙姫は箱を渡してきたんだ……それさえ開けなければ、この美しい港はこうも……くそっ!」
「自分を責めるな浦島。俺にだって似たようなことはある。南米密林のジャングルで政府から要請されたレスキュー活動。あの時、俺が興味本位で見つけてしまった遺跡に踏み込まなければ俺の部隊は壊滅していなかった」
「そうだぜ、浦島。俺だって東方公共降下部隊帝国第一線急襲分隊に居た頃にはよくやらかしたもんさ。凍りつくような吹雪の中、二足歩行型戦車の破壊任務で出会ったサイボーグ忍者さえ追ってなけりゃあ……」
「アンタ達の過去を聞いていたら金太郎一家を追い出された俺の過去なんてミミズみたいなもんでした……」
狼はなんだか自分がひどくいたたまれない気分になってきます。ですが桃太郎たちがそれを気にした様子はありません。
二人の励ましに浦島も心を救われたのか、ほっとした表情を見せます。
「ありがとう。桃太郎、ジャック」
「なぁに気にするな浦島。親友だろ?」
「そうだとも。同じ太郎一族のよしみじゃないか。それにご先祖様も言ってただろう? 一族は兄弟。一族は家族。一人は一族の為に。一族は一人の為に。だからこそ戦える。──って」
「そんなことは言ってない」
「あれ、これはおじいさんから聞いた言葉だっけかな……」
「つまり、だ。浦島、この港町を元通りにするにはその
「
「へっ、冗談だよ……。時に桃太郎。俺の家のすぐそばに生えていた、でかい豆の木を覚えているか?」
「ああ。同窓会の日に酔っ払った俺が植えたボール一杯の枝豆に、金太郎がバイオ溶液をぶっかけてそれから俺とジャックと浦島と金太郎の四人で囲み、呪文を唱えながら踊って成長を促したあれか」
浦島がボソリと「思い出したくない……」と呟きますが、それを聞いていたのは大きな耳の狼だけでした。
「あれがどうかしたのか?」
「実はな、あの豆の木を登った先に巨人の家があるんだ。一度潜入してみたんだが、見た事もない金銀財宝に山のような武器が積み立てられていた」
「それでどうする気なんだジャック?」
「そのZ姫ってのは強敵みたいだからな。そこで装備を整えていこう」
「だから乙姫だ」
浦島の冷静なツッコミも華麗にスルーします。ですが、竜宮城には守り神がいたことを浦島は思い出しました。
「いや、それでもあそこに行けたのはウミガメに連れられたからこそだ。もし竜宮城に行くと言うのなら大蛸の相手は免れられないぞ」
「大蛸って……まさか、さっき俺を襲った」
「そうだ、狼。だがアレが全てではない。本体は竜宮城のすぐそばから決して出てこようとしないのだ」
「それはまずいな。鬼ヶ島ならここからが一番近いってのに」
「ならどうして猟師達は漁に出ても襲われないんだ?」
「……それは……私が、玉手箱を開けてしまったからだ。開けた瞬間に噴き出た霧を吸い込み、以来、港の夜は化け物の跋扈する巣窟となった……私は辛うじて理性を保って此処を離れ、港外れの場所で暮らしているが」
港の人達は夜の記憶が無いと言います。桃太郎もジャックも乙姫の卑劣な手段には激しい怒りを覚えました。
「おのれ乙姫、断固許すまじ! どうやら鬼ヶ島に行く前に用事が出来たな、ジャック!」
「ああまったくだ! F○CK! 間違えた、FAX! いくら女でも許せねえ!」
「いや、これは私の招いた事態だ。いくら親友といえども……」
「磯臭……じゃない、水臭いぞ浦島。言っただろう。一族は兄弟、一族は家族だって。一人じゃどうしようもないだろう、だから俺達が手を貸すって言ってるんだ」
「そうさ。まぁ、俺は太郎一族じゃないが……友人の悩みを聞けないほど器量の狭い奴じゃないんだぜ、浦島」
「……すまない、すまない二人とも。ありがとう。だが、トドメは私に任せてくれないか。せめてものけじめをつけさせてくれ」
「勿論だとも」
「それじゃあ、これから豆の木を登って巨人のハウスに行くんですね」
「だが夜も遅い。それに長旅と連戦で疲れているだろう。今日は私の家で休み、疲れを癒してから行こうじゃないか」
頷き、桃太郎達は浦島の家で一晩を明かします。
「乙姫様、港町デ次々ト同胞タチガ、ヤラレマシタ」
「聞いておる。浦島の仕業じゃろう」
「ソ、ソレガ……太郎一族ノ者ト思ワレマス」
「なんと、それは真か!?」
「ハイ……如何シマスカ」
「おのれ、浦島め! あの日、妾の下を去ってなければこうも苦しむ事はなかったというに!」
「乙姫様……」
「ええい、分かっておるわ。近いうちにここに攻めてくるじゃろうな。愚かな太郎一族め! 守りを固めるのじゃ! 奴等の生き血をるるいあ様への捧げ物にしてくれるわ!」
「いあ! 仰セノママニ!」
──竜宮城では乙姫の高笑いが響いていました。