狼の叫びに二人がさりげなく、それでいてわざとらしく聞こえるような舌打ちをしました。それに言葉を返す前に三人の周囲を囲う半漁人の数々。
「しまった、囲まれたか!」
「まさか此処は──!」
「もう化け物の」
「競り市場だったのか!」
「海に沈めていいですか桃太郎さん!」
「やってみろ! 俺の華麗な一人シンクロナイズドスイミングで夜の漁に出ている人から銛を投げつけられてマグロと共に42,195km泳ぎ切ってサメとマンボウとシャコとワニと仲良くなった俺に海など第三の故郷にすぎない!」
「ハイスペック過ぎるこの人……!」
陸に上がるなりシャコは美味しくいただきました。
半漁人達は何か言葉をブツブツと繰り返しながら包囲網を狭めていきます。桃太郎とジャックはそれぞれの得物を構えました。
「ところで狼。俺に良い考えがあるんだが聞いてくれ」
「どうせ俺に囮になってくれと言うんでしょう貴方のことだから!」
「…………………………さぁ来い半漁人共! この木刀でたたきにした後にわさび醤油をかけてそこらの野良猫に食わせて餌付けしたら港を野良猫の無法地帯にしてやる!」
「ヒューッ! さすが桃太郎、この極悪人!」
「照れるだろう、よせやい!」
「ウボアアアアアアアアア!」
狼が状況に耐え切れず、奇声を発しながら前足の爪で早速半漁人の群れに飛び掛かります。次々と硬い鱗を斬り裂く切れ味は抜群でした。その活躍には桃太郎とジャックも驚きます。
「血気盛んだな、狼! こういう時は頼りになるぜ!」
「まったくだな! チェストォー!」
「おらおらぁ、散弾の味はどうだぁ半漁人めぇ! くたばれ化け物ォー!」
三人は包囲網を突破して走りました。ですが港町はどこも半漁人だらけです。これはどうしたことでしょうか?
昼間はあんなにも良い人たちが住んでいた港町は夜になると化け物の巣窟となっているではありませんか、果たして本当にここで浦島と再会は果たせるのか桃太郎は不安になってきます。しかし、いや、そんなことはない! 旧友の生還を信じて桃太郎、ジャック、狼の三人は港町を走り続けました。
「くそったれ、キリがねぇ! おい桃太郎、ここは三手に別れよう! 落ち合う場所はあの灯台でどうだ!」
「東方公共降下部隊帝国!? あそこまで行くのに今からどれだけの長旅を」
「俺の過去を思い出せるなよこんな時にぃ! そういうお前だって元コマンドー」
「違う、レスキュー部隊だ!」
「ああ敵以外のな! とにかくあそこの灯台で落ち合おう!」
「分かった。狼、気を付けろよ!」
「アンタらに心配はいらなさそうだ」
仮に人類が絶滅してもこの二人なら生き残りそうですが、狼は四本足で野生に戻って屋根を駆けあがりました。ジャックは猟銃に弾を込めながら走り、桃太郎は木刀の鞘を抜いて真剣を構えて振り返ります。
「当方に迎撃の用意あり。冥土の土産に死に方用意せよ!」
大勢の半漁人がペタペタと地面に水滴を垂らしながら桃太郎に殺到しました。この人海戦術を前にしては桃太郎も一溜まりもありません──しかし、その鮮血は半漁人の群れから噴き出ていました。
「チェエエイヤァァァー! ソイヤッソイヤッ! はぁーどっこいしょ、ふぅ……。オリャアアア! チェストオオオオ!」
月明かりの下に桃太郎の巧みな剣捌きが奔ります。次々となます切りにされていく同胞を見て半漁人たちも敵わないと悟ったのか尻込み始めました。
「ケェエエエエエエエエエ!!」
攻勢一転、今度は桃太郎が刀を振り回しながら半漁人達を追いかけ回します。その昔おばあさんから教えてもらった言葉は「
「フハハハハハハァ!
それから三十分後に桃太郎は目的を思い出しました。
「あ、やべ。灯台行かないと」
──桃太郎と別れたジャックは真っ先に灯台に向かいました。そして誰よりも先に到着し、そこでも半漁人たちの襲撃に遭います。桃太郎と狼の為にもそこを死守しようとその場を掃除しました。
口に猟銃をくわえて手動で弾を装填していきます。後ろ腰の緊急用のナイフを振り回しながら弾を込めた猟銃を撃ちました。銃の反動が心地良いではありませんか。
「ンッン~、実に良い。銃はいいなぁ兄弟ぃ! ギャーハッハッハ! そらそら逃げろ逃げろ! 血肉をぶちまけろやぁあああ! さわんな! 鉛玉をお前の身体にシュウゥーーー! 超、エクスタシー! イエエアアアア!」
ジャックの周囲は死屍累々、半漁人たちはやがて灯台から離れていきました。
「ふぅ、まったく。けしからんな最近の魚は。どうせ俺に酷いことでもする気だったんだろうがそうはいかん。俺は薄い本を読む専門だからな!」
こっそりと地下に隠しているのは桃太郎にも秘密です。
ジャックはそれからすぐに桃太郎と合流しました。しかし、いつまで経っても狼が来ないではありませんか。
「遅いな、アイツ」
「まさか食われたか?」
「ははっ、まさかぁ。俺達の非常食だ」
「俺は食わないからな桃太郎」
「チッ」
その頃の狼はなんと半漁人とは違う化け物に襲われて逃げ惑っていました。
触手が伸び、家屋を薙ぎ払います。狼はそれを素早く避けますが次々襲いかかる触手を避けるので精一杯でした。
「ワウン! くそ、こんな奴がいるなんて俺聞いてない!」
狼が窮地に陥る中、桃太郎とジャックは仕留めた半漁人を焼いて食っていました。見た目とは裏腹に中々の美味に頬張っていきます。
そんな事は知らずに狼は身体を半漁人に捕らえられました。爪で振り払うも眼前には巨大な吸盤と触手が迫っています。絶対絶命! そう思えたその時、謎の人影が触手を斬り裂きました。
「桃太郎さん! ──じゃない、のか?」
「ここは危険だ」
「貴方は一体」
「自己紹介は後だ。早く逃げろ」
狼は灯台へと急ごうとして、振り向くとその人影は驚くべきことに素手で次々半漁人と触手を切り裂いています。その場から一歩も動かずに化け物を退ける姿はまさに大往生。 そして狼が灯台に命からがら辿り着くと、山積みにされた半漁人の屍が香ばしい匂いを漂わせているではありませんか。
「おふぉかったは、おおはみ」
「食うか? 美味いぞ」
「俺の生命の危機は食欲に劣るのか……美味っ!」
「で、何かあったのか? 遅かったみたいだが」
「道にでも迷ったのか。まったく、俺が屁でもすればよかったな」
ハハハと笑いあう二人に狼は謎の人影の話をしました。それに驚くのも一瞬、相槌を打つと半漁人を食い始めます。
「そいつは多分浦島だ。生きてたんだな」
「当然だ。アイツは修学旅行で金太郎と一緒にエジプトでゾンビの群れと戦って写真に収めようとしたカメラマンから逃げ切った男だからな」
「ゾンビはどうした!?」
「「一人で全滅させた」」
その時の金太郎は金銀財宝を持って逃げるだけでなく退路の確保も忘れないぬかりの無さでした。
ザッ……、気配のない足音に桃太郎は木刀を抜き、ジャックは猟銃を構えます。
「貴様……何者だ」
「久々の再会を血で祝う気か、桃太郎」
「その声は……ジャック!」
「応!」
ヒュン! パシッ、ヒュバッ!
「とう!」
投げ返された矢をすかさず桃太郎が人影に投げると、キャッチした姿が月を背負って飛び上がりました。矢の折れる音と共に姿が掻き消えます。
「き、消えた……」
「浦島、浦島じゃないか! この野郎、元気そうじゃないか!」
「ははは、お前こそ。相変わらずじゃないか。それにしてもジャック、私の眉間を狙うとは相変わらず良い腕をしてるな」
「そっちこそ、腕は鈍ってないようだな」
桃太郎、ジャックが浦島の肩を叩きました。
「ま、マジでやったよ……例の技」