気づけば三蔵法師の引き連れていた大勢の妖怪達は誰一人天竺にたどり着くことなく果てていました。
「これが天竺流の歓迎ですか……」
「どう考えても罠だったでしょうに」
「ええいやかましいですよ猿」
「確かに俺は猿ですがそんんじょそこらの申と一緒にしてもらっちゃあ困ります」
「誰が困るというのですか」
「いや、そりゃ俺がですね……」
「しかしこうも盛大に歓迎パレードを受けてしまうと嬉しさのあまり失禁しそうです。天竺マジ怖い場所、地上の楽園とはこの世ではなくあの世のことだったのでしょうか」
「法師、微妙にテンパってません?」
「誰が天パーですか。私の髪はサラサラのストレートですよ」
「ハゲのくせに……」
「ハゲとか言ってんじゃありません十円ハゲ」
「俺が十円ハゲならアンタは全面ハゲだろうが!」
三蔵法師と孫悟空が痴話喧嘩をしていると、沙悟浄が死屍累々の天竺ロードを歩いてくる人影を見つけます。
なぜか全員が揃ってドンブリを持っていました。
「まさか、あれは……!」
「どうかしたのですかエロ河童」
「俺はエロくない。性的な興味はない」
「それで、一体何が……?」
砂煙が晴れていき、その姿を目にした三蔵法師達が驚きに染まります。
「お、お前はまさか! ここ最近ツイッターで呟いていなかった下から三番目のフォロワー、桃太郎!」
「久しいな三蔵法師! 今でも覚えているぞ、お前から貰った馴れ初めの返信! 俺は日本一(予定)の桃太郎! かつてのフォロワーと言えど情けは無用だ、覚悟しろ!」
桃太郎は木刀を突きつけると高々と宣戦布告しました。その肩に乗っていた親指姫も同じように真似します。
「愛しの一寸法師様を返してくださいませ!」
ジャックと人食い狼はスープを飲み干すと腕を組んで考えます。
「人食い狼よ、このラーメンはどうだった」
「美味いのは間違いなかったがスープまで飲むには少し濃厚過ぎた。しかしチャーシューのとろける様な食感は流石」
「麺もツルツルシコシコで喉を軽く通るし、ミスマッチとは思ったが思いのほか相性が良くて驚いてる」
「お前らラーメンの評論してないでちゃんと自己紹介しろ」
「俺はジャック! 部外者だ」
「俺は人食い狼! 趣味はボランティア!」
「私は親指姫! 趣味は裁縫です」
「お見合いか!」
ですが桃太郎がいるならば合点がいきました。
「成る程、そういうことか。かつて南米密林で以下略! そのお前たちがいるのならばこのトラップの山々は説明がつく!」
「俺達が!」
「一晩で!」
『頑張りました!』
桃太郎とジャックが自分を指差しながら堂々と宣言します。
「天竺の皆様方にも協力して頂きました。本当にありがとうございます」
「まさか薬局であの毒虫達が全部手に入るとは思わなかった。いい品揃えの店だったよな桃太郎」
「ああ、さすがは天竺だ」
「その店は本当に薬局だったのか!? ええい、とにもかくにも貴方達を倒さなければ夢にまで見た天竺にたどり着けないと言うのなら倒すまでです! さぁ孫悟空、沙悟浄。行きますよ!」
「承知っす」
「了承ー」
三蔵法師が手綱を引くと、白馬が嘶いて駆け出しました。それに追従する脚力はさすが妖怪である孫悟空と沙悟浄。
しかしその前に立ちはだかるジャックと人食い狼が二人を止めました。頭上を飛び越える白馬を見過ごした桃太郎がハッとします。
「しまった! ジャック、狼! そこは任せた!」
「おう! あの全面ハゲを任せたぞ桃太郎!」
「頑張ってください桃太郎さん。あのカツラハゲを倒して帰ってきてくださいね」
「ああ、俺がハゲになんて負けるはずがないだろう! 親指姫、しっかり掴まっていてください! 走れ俺、おじいさんの如く!」
桃太郎が白馬を追って走り出しました。
「ええいどきやがれってんだ犬っころめ!」
「誰に向かって口聞いてんだ猿! 脳みそ食うぞ!」
孫悟空は人食い狼に如意棒を突きつけます。その変則的な攻撃に人食い狼も苦戦していました。
「お前の相手はこの俺だ! とっ捕まえて博物館に展示してやるぞ河童!」
「ほう、面白い。やってみろってんだ! 人前に出れば物珍しさから追いかけ、相撲で負ければ尻子玉を抜き、故郷の青い水を公害で汚した人間なんかに」
「話がなげぇ! 五・七・五でまとめろ!」
「にんげんめ! おのれゆるさん! かくごしろ!」
「分かりやすい、それでいい!」
ジャックと沙悟浄の戦いも同じく火蓋が切って落とされます。巧みな銃捌き、ですが互角かそれ以上に沙悟浄も月牙を操って銃弾を防ぎきりました。銃というのは撃ったら弾が尽きるもの、ジャックはすぐに弾切れに追い込まれます。それを機に、一転攻勢となった相手から逃げ回りました。
「どうしたどうした人間、その程度か。銃に頼らなければ何もできないのか貧弱なやつめ!」
「だるまさんが、転んだ!」
「古典的な引っ掛けなんぞに引っかかるかー!」
「かかったな馬鹿め!」
逃げていたジャックが突然足を止めて取り出したのはラーメンのドンブリ。その中には飲みかけのスープが入っていました。生ぬるい超濃厚豚骨ラーメンのダシが利いたスープが沙悟浄の顔面を襲います。
「眼がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「オラオラァ! 有り難く食いやがれ紅しょうが!」
「フゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!」
口いっぱいに紅しょうがを詰められた沙悟浄が苦悶の表情を浮かべますがジャックはことここに至っては手加減なんてしません。徹底的にやり抜きます。
「コショウは嫌いか?」
「ゴッフォ、ゲッホッゲッホ、フヴァア!」
「お前の顔面スバイシーな具合に仕上がってるぞ」
「小馬鹿にしやがヘッブシ! しや、しやがっデェップン!」
怒り心頭の沙悟浄ですが鼻の穴に詰められたコショウの瓶の名残が尾を引いて中々喋ることが出来ません。気がつくとジャックは背後に回っていました。
後ろから羽交い締めにされ、両手を拘束するとジャックはやせ細った沙悟浄の身体を軽々と持ち上げます。
「俺の持つ技の一つだ、ありがたく受け取れ。投げっぱなしタイガースープレックス!」
そのままジャックは後方に身体を反らしながら倒れました。頭から地面に激突した沙悟浄はたまったものではありません。受身のとりようもないのですから無理な話でした。
脳天を文字通り割られるような衝撃に襲われ、沙悟浄は泡を吹きます。
「―――――」
「とっておきの“ダメ押し”という奴だ! 俺のこの技を食らって生きていたのは桃太郎だけだが、果たしてお前はどうかな?」
ブリッジの体勢から沙悟浄をうつ伏せに寝かせると更に身体を持ち上げ、全身の筋肉を総動員させてもう一度タイガースープレックス。まだまだジャックの技は続きます。
沙悟浄の身体を持ち上げた瞬間に拘束を解き、浮き上がった一瞬で後ろに振り返りながら脇を掴むと頭から叩きつけました。
「フンヌァ! これぞ必殺、ロコモーション爆撃タイガースープレックスだ」
しかしその言葉は沙悟浄の耳に届くことはありません。既にこの世を去っているからです。
「俺が銃だけだと誰から聞いた? ん? 人間をなめるなよ妖怪め」
久々の大技にジャックは肩を慣らしました。果たして桃太郎は大丈夫でしょうか。それだけが心配でした。