卒業
人はどんなところからでも始められる
それが高校生活の終わりだろうとどこだろうと

桜は毎年咲き誇るのだ



※小説家になろうとのマルチ投稿です
※カクヨムとのマルチ投稿です。

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卒業記念作品です
実体験と虚構が半々くらい

感傷に浸って書いているので俺ワールド全開ですがどうぞ


咲かない桜はないから

その日も桜の花びらが舞っていた。

 

俺たちは卒業した。

至極あっけなく、それが当然とばかりに。

特に感慨も湧かず、式は粛々と進み、気づけば手元には黒い立派な筒と卒業証書があった。

教室では仲のいいメンバーで集まって、各々が好き勝手にバカ騒ぎをしている。

実際卒業なんてそんなもんだ。

一生会えなくなるわけでもない。

むしろ、うちの学校に至ってはクラスの繋がりは一生付き纏うといってもいい。

悲しみもない。

まぁ、こんな俺でも卒業できた、ということだけは少しだけ嬉しかったりするが。

何事もなぁなぁで、本気になったことなんてなくて、全て流されるままに生きてきた。

この学校だって自分の能力に見合ったところに来た結果だ。

何の疑問も持たずにただ頷いていた小学生の頃が懐かしい。

そういえば、小学校の卒業式では少し泣いた。

あの時はあれが一生の別れになるとわかっていたからな。

実際あれから6年間、全く接点などない。

たまに今頃何してるのか、と夢想する程度だ。

中学校の卒業式に至っては終業式と同じくらいにしか思っていなかった。

中高一貫高だからな、そんなもんだろう。

結局何が言いたいかというと、卒業式ってこんなもんだったか? ということだ。

卒業式ってのは、みんなで涙流しておめでとう、おめでとうって咲き誇る桜の下で言い合うもんじゃないのか?

男子の第二ボタンなんかをもらったりしてさ、校舎裏にこっそり呼び出して告白するなんてこともあるはずだ。

夢を見すぎただろうか、俺の思い描く卒業式は創作の世界にしか存在しないのだろうか。

こんな俺でもたまには感傷に浸ることがある。

今もそうだ。

らしくもなく卒業なんて出来事に心動かされている。

なんだか周りの喧騒から一歩浮いてしまった心地だ。

一人澄み渡った時間の流れを泳いでいる。

窓の外を囀りながら飛んでいく小鳥、その後ろでざわめく樹木。

全開にされた窓からは、心地よい風と共に他クラスの喧騒も響いてくる。

このまま空気に溶けていけたなら、それはどれだけ素晴らしいことだろうか。

そんなことを考えて、窓に向かって一歩を踏み出したとき、後ろから声をかけられた。

 

「卒業おめでとう」

 

周りの喧騒が一気に近づいて来る。

あまりにも突然に引き戻されたが故に、俺は一瞬惚けてしまっていたようだ。

とても不思議そうな顔をされた。

 

「あ、あぁ。卒業おめでとう」

 

声をかけてきたのはクラスの女子。

その中でも、いつも目立たず教室の端で本を読んでいるような大人しい娘だ。

なんで俺なんかに声をかけてきたのかさっぱりわからない。

まともに話したこともほとんどないはずだ。

それでも同じクラスではあるから、二言三言ならば会話したことはあるだろうが。

 

「何か用か? 俺に話しかけるなんて珍しい」

「うん、今までほとんど話をしたことがなかった人に声をかけて周っているの。って言っても話をする人の方が少ないんだけどね」

 

彼女ははにかむ。

なんだか小動物のような愛らしい雰囲気の娘だ。

低身長なのも相まって余計そう見える。

女子と喋るのが久しぶりだったせいか少々凝視しすぎたようだ。

怪訝な目を向けられる。

 

「あの? 顔になにかついてますか?」

「ああ、ついてるな。黒縁のメガネが」

 

彼女は、まぁ傍から見ても文学少女と呼ぶに相応しい格好をしていた。

黒縁の真面目そうなメガネに三つ編みのおさげ、さすがに今は持っていないが、いつもならばその手には必ず本が携えられている。

 

「ふふ、面白いことを言う人ですね。そんな珍しいものでもないでしょうに」

 

何がそんなに面白いのだろうか、彼女は常に笑っている。

それは慈しみの深い微笑であったり、くすくすと口元を抑える笑いだったり、ただ単なる笑顔だったりする。

でも彼女は本を読んでいる時も、誰かと話している時も、どんな時でも笑顔だった。

今もそうだ。

卒業というイベントの何が楽しいのかはわからないが、彼女は普段よりも幾分浮かれていた。

いつもよりも笑みが深い。

頬にえくぼが浮かんでいる。

初めて見た。

 

「実はな、あんまり話したこともないから、何を話せばいいのかと考えていたんだ」

 

俺の席は教室の一番後ろだ。

残念ながら窓際でも廊下側でもない真ん中ではあるが。

そこから窓の外を眺めるとき、彼女の姿はいつでも目に入る。

どういうくじ運をしているのか、俺は一番後ろの列から離れたことはないし、彼女に至っては窓際の一番後ろから動いたことなど一度もないのではないだろうか。

なんだか彼女の顔が鮮明に思い出される。

卒業に際して思い出すのが行事の思い出でもなんでもなく、ほとんど話したことのないクラスの女子の横顔だというのだから笑えない。

俺はいつからこんなに青春していたのだろうか。

全く、考えるだけで笑いだしそうだ。

 

「君を見ていることは多かったが、知ることは多くなかった」

 

ふと口から臭い台詞が溢れるも、もう卒業式の雰囲気という魔薬に溺れた俺はさして気にしなかった。

 

「まぁ、今更後悔したところでもう卒業なんだがね」

 

ここでニヒルな笑いというものでもできれば一丁前に男を語れるのだろうが、流石にそこまでは俺の羞恥心がもたなかったようだ。

口を閉じてすぐに顔を逸らしてしまう。

 

「……嬉しいことを言ってくれますね」

 

少し間を置いた彼女の返答は、少しばかりキーが高かった気がする。

多分今顔を覗けば、頬が赤くなっていることだろう。

それは俺にも言えることだが。

 

「そう、確かにそうですね。私は本の世界ばかり気にしてあまり周りのことは気にしてはいませんでしたから、当然ですね」

 

なんだかその言葉に惹きつけられて彼女の顔を見た。

頬に赤みは残っているものの、その顔には悲しみの感情がうっすらと浮かんでいる。

それでも彼女は笑顔だった。

彼女は泣く時ですら笑顔でいるのだろうか。

ふと、そんな馬鹿な考えが頭をよぎる。

その悲しげな顔は、儚く、脆く、今にも崩れ落ちてしまいそうな魅力があった。

なぜだろう。

彼女の前にいるだけで、彼女に惹かれていく俺がいる。

話したこともないくせに、接点など何もないくせに、なぜだか感情が溢れてくる。

恋だとか、愛だとか、そういうものかもわからない。

ただ暴走する感情にすべてを任せてしまいたい。

そう。

ただ、ただただ、単純に、その悲しみを消し去りたい。

 

「まだ、まだ大丈夫だ」

「……え?」

「俺も君も今ここにいる。まだ、ここから始められるはずだろう? だから、そんな悲しい顔をしないでくれないか」

 

なぜだろう、俺は何を言っているのだろう。

自分で自分がわからない。

彼女も驚いた目でこちらを見ている。

あまりに唐突だった、あまりに突拍子もなかった。

そりゃあ驚く。

俺だっていきなりこんなこと真顔で言われた日には、何かおかしなものでも食べたんじゃないかと心配するところだ。

でも、彼女は満面の笑みを浮かべてくれた。

 

「ふふ、ありがとう。あなたはとても優しい人ね。不器用だけど」

 

そのまま、ふふふ、と彼女は笑っている。

無性に恥ずかしくなってきた。

何とか誤魔化そうと周りを見れば、みんながこちらを見ていた。

俺はそっと瞼を閉じる。

そう、そういえばさっきから喧騒が聞こえないな、と思っていたのだ。

思ってはいたのだが、極度の集中のおかげでそれをあまり意識することもなかったのだ。

周りはただただ驚いた顔をこちらに向けている。

中にはそれはそれは邪悪な笑顔を浮かべた奴もいた気がする。

ああ、やってしまった。

恥ずかしさ、という度合いで今を超える体験は今まで経験したことがない。

まさに顔から火が出るとはこのことだ。

彼女の笑いは止まらない。

クスクス、クスクス、といつまでも笑っている。

もしかしたら今の俺の間抜けな状況にも笑っているのかもしれない。

それでも、それでも彼女には、俺の気持ちが伝わっていたらいいなと思う。

この感情がなんなのか、俺自身にもまだわからないけれど、その気持ちに嘘だけはつきたくないから。

ああ、この感情は何なんだろうな、今までは全く意識したことがなかった。

ただ、一つだけ分かることがある。

この感情に名前をつけるならば、それにはこの呼称こそが相応しいだろうということだ。

 

そう、つまり、これこそが、青春。

 

 

 

桜はまた来年も咲き誇る。

再来年だって咲くだろう。

そして月日を重ね、いつの日か、儚く散っていくのだろう……

 



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