ぱちん。まるで静電気でも起きたかのような翼に走る痛み。
それを感じ、ふるりと瞼を震わせ彼女は目覚めた。
目覚めるのは何年振りか……そう考える彼女であったが、以前目覚めた時からあまり時は経っていないように思える。
白い雲に包まれた寝床から顔を上げると、彼女は小さく息を吐いた。
『……邪悪なる何者かが聖なる泉に触れたようですね』
警告を痛みとして訴え続ける翼を震わせる彼女は白い竜である。
名を聖母竜マザードラゴン。世界が創られたころから存在する、竜の騎士の母だ。
そして彼女は泉の守護者でもあった。
邪なる者が我が子を助ける泉の力を濫用しないように眠りながらも守っていたのだが……どうもそうはいかないらしい。
自身が眠りについている時が最も平和であると知っている彼女は悲しげに睫毛を震わせた。
しかし嘆いていても仕方がない。
彼女は思考を切り替えると役目を果たすべく宙に地上を映し出す。
綺麗な円を描く鏡のようなそれには、赤い髪の男と三人の魔族が話し合っている姿が映っている。
だがその姿を見て彼女は困惑を瞳に浮かべた。地上に魔族は本来出てこれない筈なのだ。
『考えられるのは魔界から地上に繋げる力を持つ魔族の出現でしょうか。……神々に進言する必要がありそうですね』
彼女に読み取れる範囲では三人の魔族の力はそれほど強くない。神々によって封じられた魔界を抜け出るには少々力不足のはずだ。
とあれば送り込めるほどの力を持つ何者かがいると考えるのが自然だろう。
それこそ噂に聞く大魔王や今は天界に捕えている冥竜王のような――。
『――いけない、すぐ考えこんでしまうのは私の悪い癖ですね』
一瞬目を離した隙に魔族たちの姿はなかった。入れかわるように我が子の気配が泉に近づくのを感知した彼女は、どこかに撤退したのだろうと予測する。
三人の神によって創られた地上最強の我が子だ。一般的な魔族ならそれに恐れをなしても仕方ない。
これに懲りて魔界に帰ってくれればいいのだが。
しかし、だ。彼女はどうにも初めに感じた気配が気になっていた。
竜の騎士の長い歴史の中で邪悪な気配を感じたことは数多ある。だがあれ程異質な気配を感じたことは初めてであった。
先の冥竜王ヴェルザーとも質が違う邪悪さだ。例えるならヴェルザーのそれは混じり気のない漆黒だとすれば、今感じたのは様々な色を混ぜ合わせて出来た雑多な黒といえる。
嫌な予感がする。
我が子なら大丈夫だと思うが、万が一があるかもしれない。
そう考え彼女は翼を震わせると、ゆっくりと立ち上がり翼を広げた。
瞬間移動呪文(ルーラ)でブラッドが咄嗟に飛んだのはラインリバー大陸のとある洞窟を出た森の中だった。
そこはブラッドが最初に地上を見た場所だ。
瞬間移動呪文は目的地に一瞬で飛ぶ呪文だが、目的地を正確にイメージできなければ印象深い場所へ飛んでしまうのだ。
魔界と地上の境目でもあるそこは仄かな瘴気が漂っている。実に一週間ぶりの魔界の空気に、懐かしげに目を細めた。
しかし今はそれどころではない。
ブラッドは気絶している二人を木の枝でつついているティグルドに向かって説明を要求した。
「では説明しろティグルド」
「……その前に一戦は、ダメです?」
「説明しろ。これ命令な」
命令とあれば仕方ない。そう言いたげな表情でティグルドは頷いた。
三人が傷を癒し再挑戦に来たのはブラッドが魔界を飛び出した直後のことだという。
考えてみれば当然のことだ。魔族は高い回復力を誇っており、並みの魔族ですら時間をかければ四肢の欠損を治せるほどの能力を持つ。
問題児とはいえ強力な力を持つ三人が数日かけて復活しない訳がなかった。
あと一時間室内に居ればまた襲撃されていたことを知ったブラッドは思わず顔を引き攣らせた。
そんな主の表情には構わずティグルドは続ける。
「あとはさっき言った通り。いつもみたいに王様はこないし、捕まったとはいえ折角お城に行ったのに王様がいなかったから逃げた。
親衛隊長はともかくあとの雑魚に捕まりっぱなしのはちょっと不満でしたし」
「お前等の判断基準はいったいなんなんだ……突っ込みどころが多すぎるぞ……」
「まずは戦えるかどうか。それから強いかどうか。少なくとも俺はそこから個人を見るのです」
そう言って無邪気な子供のような真っ直ぐな目を向けるティグルド。全くぶれない戦闘意欲に流石のブラッドも空を仰いだ。
どう考えても手遅れであった。
「知っていた。知っていたが病気過ぎる……」
「俺たちから見たら戦えない魔族を守り続ける王様の方が酷い病気。王様らしいけれど」
ティグルドの無表情が僅かに崩れ、口角が上がる。
見た目は小柄な少年に見えなくもない青い魔族に、別れたばかりの少年の面影が重なりブラッドはげんなりとした表情を浮かべた。
既に相当疲れているようだ。
「……大体分かった。何か言い残したことはあるか」
「はい王様。親衛隊長との戦いはそれは楽しかったです。まるで王様と戦ってるみたいでした」
「そうじゃない阿呆虎!」
どこか得意げな表情を浮かべるティグルドの頭に平手が打たれた。スパーン!と軽快な音が鳴り響くと共にティグルドの青い頭が固い地面に衝突する。
鈍い音と共に動きが止まるが、この程度でダメージを受けるような魔族ではない。
それをよく知っているブラッドはため息を吐いた。
「お前等本当にどうしようもない問題児だわ」
「褒めて貰えるなんて嬉しい」
「褒めてない。一切合財褒めてない」
紛れもないブラッドの本心であった。
しかしティグルドは全く気にせず無表情のまま目だけで歓喜を表現すると「もういいよ」と声をかけた。
壮絶な悪寒が走る。警鐘を鳴らす身体に従いブラッドは左に身体を捻り出す。
だがそれは間に合わなかった。
青い光が外套を切り裂き、内側に切り込む。ブラッドの右腕から黒い飛沫が飛んだ。
赤い目が大きく見開かれる。
ブラッドは驚きに満ちた表情で下手人を振り返った。
「不意打ち成功、ですね」
感極まったような男の震え声が洞窟に響き渡った。
一体いつの間に目覚めたのか、恍惚の笑みを浮かべるレアロードの姿がそこにあった。
その手には黒い血を滴らせる氷の剣が握られている。長剣と言うには少し短く、短剣(ショートソード)程だろうか。どちらかといえば大柄なレアロードの背丈には不釣り合いの剣だ。
それはブラッドの血によってドロドロと溶かされ始めているがレアロードは大して気にしていないようだった。
「全く、ティグルド? 声をかけるのが遅いです。私も王様と話がしたかった」
「……遅くない。起きるのが遅いレオのが悪い」
そう呟くティグルドの声は震えていた。獣のような瞳孔は開ききっており、口元は三日月を形作っている。そしてその身体は痙攣するかのように震えていた。
待ちきれない。
全身でそう主張する青い魔族に、レアロードは出来の悪い弟を見るような目を向けた。
「アレは狸寝入りです。あと殺気を少し納めなさい。ボルフレイムですら狸寝入りを耐えたのに我が儘な」
「オレですらってなんだオレですらって!」
怒鳴り声と共にブラッドの足元が赤く輝いた。
滴る黒い血を呆然とした表情で抑えていたブラッドであったが、流石に足元の変化には気付いたようだった。
赤く輝く足元、その中でも一際明るい六つの点を見つけその口元が引き攣った。
魔族にとって六芒星は力の源はである。
ではその六芒星を使って魔法を放てばどうなるか。それをブラッドは良く知っていた。
「……おまえら、本当に馬鹿だろ!? この至近距離、自分もろとも爆発四散するつもりか!?」
「これぐらいしないとダメージにはならないっしょ王様には!」
「そして死んでも化けて再度戦闘すれば問題ない」
「畜生こいつら馬鹿だった!!」
きっぱりと断言したボルフレイム・ティグルドに思わず絶叫するブラッド。
しかし時間は無情だった。
カウントダウンのように六つの点が強烈な光を放つ。
そして魔力が六芒星を形作ったその瞬間、マグマのような灼熱が渦となって爆発した。
(あいつら絶対殴る)
ブラッドは強く決意した。
『はくしゅん!!』
「……今すごい悪寒が。王様が本気で怒ったかもしれませんね」
「悪寒いこーる王様のせいなのはジオンじゃ常識だしな。うん? 待てよ兄弟、ということは」
「本気の王様と戦えるかも…?」
ティグルドの呟きに三人は犬歯がむき出しになるほど口元を釣り上げた。
レアロードの瞬間移動呪文によって空に飛び立った三魔族であるが、天まで上る赤熱の渦を見つめてやりすぎたという考えはない。
寧ろ彼らの主がここからどう来るのか楽しみにしている有様であった。
「それにしても六芒星効果はすげえな。ただのメラゾーマが五指爆炎弾(フィンガー・フレア・ボムズ)以上の火力か」
「……準備は手間だけど効果絶大。どうだすごいだろう」
「でも呪怨王様なら無傷で突破してくださるでしょうよ。さて火力上げましょうか」
真空呪文で新鮮な空気を送り込み、渦の勢いを上げながらレアロードは笑みを浮かべた。
ボルフレイムによる六芒星によって強化されたメラゾーマは彼らのいた森を跡形もなく爆砕し、その周囲も燃やし尽くさん勢いで渦巻いている。
普通の魔族ではどう考えても死んでいる火力だが、レアロードに手を抜く気は一切ないようだ。
しかし変化のない業火の渦に、術者であるはずのボルフレイムは首を傾げた。
あまりにも炎が燃え広がっていないような気がしたのだ。
「……? いくらなんでも変わらなさすぎじゃないか、兄弟」
「うん? きちんと新鮮な風を送って火力上げてますよ」
「いやそうじゃなくて、こう、変な違和感がな?」
言いよどむボルフレイムにレアロードは怪訝そうな表情を浮かべた。
しかしティグルドは違ったようだ。
「もう待たない。突っ込む」
怒ったような表情を浮かべ、ティグルドが渦に向かって飛び出した。その両手にはしっかりと氷の魔法力が蓄えられている。
まるで自殺志願者のようであるがボルフレイムとレアロードはそれを止めない。寧ろ遅れてなるものか、と焦りすら浮かべ小柄な魔族の跡を追った。
ティグルドの最大氷系呪文、マヒャドが二発分発動する。
両手から放たれる暴雪の嵐。魔界のマグマの一部すら凍結可能なそれが燃え盛る炎に対し、何の効果も齎さなかった。
その違和感が決定打となりレアロードは気づいた。
自分たちが既に敗北していることに。
「あちゃあ……王様、本気でご機嫌斜めでした?」
「今更気づいたかレアロード」
一瞬のことであった。
燃え盛る炎がまるで幻のように消え去ると同時に、黒い血に染まった握り拳がレアロードの前に出現していた。
鼻先からめりこむような一撃に、獅子に似た姿をした魔族は一瞬で意識を失った。
力の抜けたその身体を受け止めブラッドは再度ため息を吐く。
まさか帰り道ごと構わず襲われるとは、彼にとっても想定外だったのだ。
ダメージに関しては全く問題ない。あの程度のエネルギーならブラッド本体には届かないからだ。
呪怨王の名は伊達ではない。
あの規模の炎なら未だ右腕から流れる瘴気が全て食らい尽くせるというのもある。
炎を食らい尽くす寸前に幻惑呪文で幻覚を見せ、隙を突いて三人を昏倒させたのだった。
ブラッドは敢えて垂れ流しの瘴気を縄のようにしならせると、三人の首根を引っ掴み持ち上げた。
「起きろ自殺志願者共」
額に青筋を浮かべ、自由な左腕で三人の顔にそれぞれ往復ビンタを食らわせるブラッド。
流石の呪怨王も我慢の限界を超えていたらしい。
腫物のように膨らむほど叩き続けると、漸く三人は目を覚ましたようだった。
「やっと起きたなこの馬鹿ども。では釈明を聞いてやろう。遺言でも可だぞ」
「遺言は困ります。化けようが着いていくと決めていますので」
「ふんっ」
目元を吊り上げ断言するレアロードに手ごろな石を投げつけ黙らせると、ブラッドは真っ直ぐ三人を睨みつけた。
その背後には大地を侵食する黒い靄が揺れており、獲物を前にした蛇が如く三人を捉えていた。
明らかに怒りに燃えている呪怨王の姿に三人の魔族は震えあがった。
「王様が怒ってる……物凄く怒ってるぞ……!」
「呪力出てる。きっと本気だ」
「良いですね、本気の王様と戦ってみたかったのですよ。もう殺されてもいい」
「反省していないなお前ら!!」
『はい!』
震えは武者震いだったようだ。
ブラッドは額に手を当てると、眉間に寄った皺を解した。たった十数分の出来事だというのに精神が非常に疲労していたらしい。
別れを告げたばかりであったがアバンとヒュンケルとの旅に戻りたい。癒しがほしい。
ブラッドは切実にそう願った。
『はっくしゅん!!』
「……。先生、風邪なら移さないで下さいよ」
「うーん、悪寒はないんですが……ヒュンケルこそ風邪では? 秋は季節の変わり目、寒くなってきますから用心しませんとねー」
「俺は風邪なんか引きませんよ、そんな柔じゃないです」
「油断大敵ですよ? まっ、折角ですし次の町で冬の用意を始めましょうか」
「……話を聞いて下さい」
閑話休題。
まるで反省した様子を見せない三人にブラッドは思わず頭を抱えた。
「馬鹿は死んでも治らないとはこのことか」
「王様酷いです。俺たち、死んだぐらいじゃ治りません」
「化けて出ようと止まる気はないです」
「尚悪いわ馬鹿者!」
堂々と胸を張ったティグルドの頭に拳骨が下ろされる。
ついでとばかりにブラッドは他二人の正座の上にも拳骨を置くと、手ごろな樹に向かってため息を吐いた。
「どうしてこう、ウチの領地にいる魔族は能力持ちだと性格がアレなんだ……?」
「その筆頭は王様じゃないですかやだー」
そう小さく呟いたボルフレイムにブラッドは黒い靄を嗾けた。断じて腹が立ったわけではない。断じて。
ごつごつとした体形に似合わぬ絹を裂いたような悲鳴が上がり、それを間近に見ることになったティグルドとレアロードは顔色を青くした。
戦友の蛇に締め付けられた蛙のような哀れな姿に、ティグルドは小柄な身体を震わせた。
「王様、王様も大概変人なのは周知の事実だけど八つ当たりよくないです」
「死にたいようだなティグルド」
「処罰は嫌だけど王様と戦って死ねるなら化けて出れるし歓迎」
ダメだこの戦闘狂。
ブラッドは呆れ果てたようにため息を吐くと、ボルフレイムから靄を離した。精魂果てたのか燃え尽きたように崩れ落ちる彼を横目で見た後、離れた靄は拳の形を取り、ティグルドの頭上に落とされた。
図らずも拳骨を食らい目を白黒させるティグルドにブラッドは言った。
「……扉はあとで作り直す。とりあえず、お前らは命を捨てに来たことを反省するように」
「流石呪怨王様、懐が黒魔晶のように深い! ところでなんで地上に来てるんですか?」
「そういえば説明がまだだったな」
レアロードの今更と言えば今更な質問に、ブラッドは三人にどうして地上にいるのか説明していないことを思い出した。
「レアロード、親衛隊長からは聞いてないのか?」
「特には。元々隊長殿は呪怨王様以外とは会話されない方ですし、『地上に行った』としか聞いていません」
獅子の魔族の言葉を聞いてブラッドは確信した。
丸投げしたから丸投げされた、と。
……弟の怒りが深すぎる。
先日の会話した時感じた以上の怒りの感情を感じ取り、ブラッドは内心頭を抱えながら三人に経緯を説明した。
「――つまりは王様は冥竜王様のため、ひいては魔界のために地上に飛び出したのですか。流石です!」
感心したように頷くレアロードにブラッドはそっと目を逸らした。
嘘は言ってないが地上に来たのは単なる現実逃避である。しかし呪怨王としての面子を保つためにも黙っておこう、と決意する。
こほん、と一つ咳払いしブラッドは続けた。
「冥竜王が天界にいるというだけで俺の精神衛生上宜しくないからな。それにジオン大陸は魔界すべての呪い・怨念の行き着くところだ。
数千年降り積もったモノだけでなく冥竜王を慕う者たちの想念がこのまま増えれば、いずれは受け皿が壊れる」
「皆神々大っ嫌いですもんね。俺は戦えればそれでいいんですけど」
「ボルに同意。憎むなんて疲れる。戦闘力の向上に努めた方が余程有意義」
そういって「ねー」とのんきに話し合う赤と青の魔族。
余りに毒気のないその行動に、ブラッドは苦笑を浮かべ靄を緩め、三人を地面に下ろした。
「お前達ほど怨み積もりがない奴は本当に稀だからなあ。ま、そういう訳で俺は天界に乗り込む訳だが文句はあるか?」
「勿論ございます」
「ほう? 言ってみろレアロード」
「呪怨王様は瘴気の塊。天界のような澄み渡った世界では御身にどのような影響があるのかわからない為、地上で呪術を行うことを進言します」
「そう言えば王様が魔界の外に出るの初めて。爆発しない?」
「ついでに竜の騎士はどうするんですか? 上に行くにもここでやるにも邪魔だと思うんですけど」
怒涛の勢いで紡がれる言葉、特にボルフレイムの問いにブラッドは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。問題はそこなのだ。
どうにかする算段はある。それこそ殺す方法から生かしてとどめる方法まで様々だ。
冥竜王に関する恨み辛みもあるが、泉で感じた不快感が胸の奥で燻っており個人的にもブラッドはあの竜の騎士が嫌いだ。
殺意と嫉妬、羨望といった複雑な感情が絡み合ったその不快感はどこまでもあの騎士を殺したがる。
だが彼にも矜持はある。アバンとの約束を破ることはなるべくしたくない。
頭痛のように鳴り響くそれを黙殺してブラッドは三人を真っ直ぐ見つめた。
「まずはレアロード。天界には俺が乗り込みたいんだ」
「危険です。奴らは不思議な力を使うと聞いております」
「知っている。それでヴェルザーのように封印されるかもしれないとお前は危惧しているのだろう?」
獅子の魔族はこくりと頷いた。
「だが俺は天界に行かなきゃならないと思っている。……神々は俺たちの苦しみを、怒りを、嘆きを、哀しみを封じ込めた。
積もりに積もったその呪いも怨みも、魔族の言葉を、俺が届けなくてどうする」
限界も近いことだしな、とブラッドは内心で呟く。
レアロードはまだ納得していない様子であったが、主の様子にため息をついて頷いた。
「呪怨王様の御心のままに。いざとなれば我らを使い捨て下さいませ」
「これから存分に扱き使ってやるから安心しろ。まあいざとなればティグルドの言うように天界で爆発してやるさ」
「王様……」
「そして肝心の竜の騎士についてだが、考えがある」
アバンを真似してチッチッチ、と指を振ると、ブラッドはにやりと笑った。
「邪魔者を排除するには力だけではないんだよ脳筋ども」
「えー……脳筋代表の王様が言えることですかあ?」
「ボル本音漏れてる。同意だけど」
「二人ともやめなさい。王様、何か考えがあるので?」
軽口を叩く二人を窘めたレアロードの言葉に頷くと、ブラッドは遠くの樹上を指差した。
そこには葉に紛れるようにして作られたキメラの巣があり、幼いキメラが重なり合うように寝ていた。
それを見て不思議そうに首を傾げる三人であったが、ブラッドは構わず続けた。
「地上で学んだことを見せてやろう」
「王様……遊んでただけじゃなかったんですね」
「よしまずお前達から実験してやる。誰がいい?」
その言葉に濃厚な怒りを感じ、三人の魔族は一足飛びに後退した。
まるで脱兎の勢いで方々に散る三人にため息を吐くと、ブラッドは黒い靄を伸ばして捕獲するのだった。
聖母竜(マザードラゴン)
竜の騎士の母にして聖なる力を持つ竜。
白い身体に白い翼を持つ。天界から竜の騎士を助ける奇跡の泉の守護を担っているようだ。
また彼女は地上と天界を自由に行き来できる能力を持つ。
普段は眠りについているらしい。