コードギアス ナイトメア   作:やまみち

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第三章 第04話 閃光の後継者達

 

「白! 1年B組、ナナリー・ランペルージは前へ!」

「はい!」

 

 クラス全員の推薦を受けて、剣術大会に出場はしたが、勝利を重ねる毎、ナナリーはやはり断るべきだったと後悔していた。

 一回戦はまだ良かったが、二回戦以降は学園のフェンシング部の者達や学園外のフェンシングクラブへ通っている者達ばかり。

 学園長のルーベンとその補佐のミレイ、謎のVIPが観戦するとあって、誰も彼もが気合いを入れ、TVの剣術大会で見かける様な正装ユニフォームをビシッと決めていた。

 

「両者、準備は良いか?」

「「はい!」」

 

 目の前の決勝の相手は、二枚目なボーイッシュでナナリーより頭1つほど身長が高く、一部の女子生徒達から熱狂的な人気を持つ3年のフェンシング部副部長。

 右肩を金糸のモールで飾ったスカイブルーの鮮やかな軍服を模したジャケットを身に纏い、下は深いスリットが入った黒いタイトスカートと膝までの黒いブーツ。

 恐らく、背後の応援団が同じ衣装を着ているところを見ると、フェンシング部の剣術大会におけるユニフォームなのだろう。

 一方、ナナリーは剣を差す為のベルトは着けたが、アッシュフォード学園高等部の夏服。靴とて、普段履きの革靴。

 唯一のお洒落は、剣を振るうのに邪魔だろうとアリスやクラスメイト達が約30分をかけて編んでくれた後頭部の三つ編みなお団子とソレを留めている大きな赤いリボン。

 お互いに武器としているレイピアもそうだった。フェンシング部副部長が使用しているモノはお洒落な装飾が柄部分に施されており、見るからに個人使用のマイソード。

 一方、ナナリーが使用しているモノは学園側が貸し出してくれたモノ。装飾なんて洒落たものはなく、錆こそは無いが使い古された機能一辺倒の無骨なモノだった。

 この対照的な姿が二回戦以降ずっと続き、ナナリーは明らかな場違い感に苛まれ、名前が呼ばれて、決闘場へ進み出る度に気恥ずかしくて堪らなかった。

 

「姿勢を正して、礼! ……構え!」

 

 しかし、その恥ずかしさを強引に飲み込み、ナナリーは勝ち続けた。

 それはひとえにどんな強者が勝ち続けた先に待っているのだろうかという期待の方が気恥ずかしさより大きかった為である。

 だが、決勝戦にまで至り、ようやくナナリーは遅まきながらも理解する。何故、剣の師が対外試合や大会出場を頑なに禁じていたかを。

 ナナリーが修めてきた剣が相手を殺す為の術なら、目の前の彼女達が修めてきた剣は試合に勝つ為の術。剣の師と本気で相対した時の様な恐怖は全く感じず、あまりにも温すぎた。

 今とて、主審の合図でお互いに構えたが、目の前の彼女は身体全体で宣言していた。その目が、その腕が、その脚が、一か八かで飛び込み、突きを放ちますよ、と。

 もし、その様な甘い構えを剣の師の前で取ったら、そこが駄目、ここが駄目と容赦のない木刀を浴びせられて、身体中が痣だらけとなって昏倒するのは間違いなし。

 詰まるところ、相手の手の内が解っているのだから、それは後出しのジャンケンと変わらない。対戦相手へ対する礼儀として、ナナリーは手を抜くつもりは毛頭無かったが、熱意を今ひとつ持てないでいた。

 

「始め!」

 

 予想通り、主審が旗を振り下ろした試合開始の合図と同時に踏み込み、一足飛びで突きを放ってくるフェンシング部副部長。

 その電光石火の早業に会場が驚き沸くが、ナナリーは慌てず騒がず落ち着いて、予め読んでいた相手の剣の軌道へレイピアの剣先を差し出した。

 

 

 

 ******

 

 

 

「えっ!? えっ!? えっ!?」

 

 主審を務める女性体育教師は現在の状況を持て余して焦っていた。

 なにしろ、決勝戦が終わり、ステージより下りてきたVIPの選任騎士らしき少女が抜いた剣はどう見ても本物。

 彼女がどの程度の腕前かは知らないが、真剣を使う以上、怪我の可能性はグンと大きく増して、最悪の事態すらも考えられる。

 ましてや、ナナリーはアッシュフォード家に連なる者であり、ルーベンのお気に入り。女性体育教師が焦るのも当然だった。

 たまらず女性体育教師がステージへ視線を向けると、ルーベンは腕を組みながら神妙な面持ちで頷き、GOサインを出した。

 

「ランペルージさん、どうする? 断っても構わないのよ?」

 

 それでも、女性体育教師は迷った。やはり真剣を使用しての勝負は危険が過ぎた。

 だが、騎士というモノは大概が自分の剣に愛着と誇りを持っており、こういった場での決闘の結果は主の尊厳にも関わってくる為、大抵は剣の変更を認めない。

 但し、今回の場合、ナナリーは試合を一方的に申し込まれた側。まだ受けるかの返事すらしておらず、ある程度の融通は効く筈だと、女性体育教師はナナリーへ判断を委ねた。

 

「いえ、やります! やらせて下さい!」

 

 ところが、ナナリーは女性体育教師の気遣いとは裏腹にやる気満々だった。

 ステージの面々や女性体育教師の反応を見る限り、これは明らかに予定外のエキビジョンマッチ。

 決勝戦後、それをわざわざ申し込んできたのだから、相手は剣の腕に相当な自信を持っているに違いない。そう予想して、ナナリーはワクワクとした好奇心で一杯となっていた。

 また、ナナリーにとって、女性体育教師が最も心配している真剣に対する恐怖は今更のもの。嫌というほど、真剣を振るうのも、受けるのも鍛錬で実施済みなら、既に真剣を用いた実戦ですらナナリーは密かに経験済み。

 

「そう、解ったわ。……頑張りなさい。

 騎士の方、失礼ではありますが、御名前をお教え願えないでしょうか?」

 

 そのまるで動じていない様子に驚き、女性体育教師は真剣の危険性を説こうとするが、ナナリーの瞳に燃える熱意を感じ取って開きかけた口を閉じる。

 現役を退いてはいるが、女性体育教師も学生時代は剣術大会、フェンシング大会を共にエリア2代表の一歩手前まで上った猛者。同じ剣士として、強者と戦いたいという気持ちは痛いほど解り、それ以上に以前からその才能に目を付けていたナナリーが何処まで戦えるのかを是非とも見てみたかった。

 

「アーニャ……。アーニャ・アールストレイム」

 

 剣先を地面の芝生に突き刺して、剣を横に立て、アーニャは腕を伸ばして組んだ掌を前方へ突き出しながら腰を左右に捻るストレッチ中。

 女性体育教師から名前を問われて、アーニャが応えた瞬間、ナナリーは思わず目を見開きながら動きを止めた。とても珍しい聞き慣れぬ姓でありながら、その『アールストレイム』という姓を何処かで聞いた記憶があったからである。

 

「では、赤! アーニャ・アールストレイム卿、前へ!」

「んっ……。」

「白! ナナリー・ランペルージ、前へ!」

「はい!」

 

 しかし、主審を務める体育教師が試合開始を宣言。歓声が会場に湧き起こり、その疑問は掻き消されて、意識の届かない奥へ追いやられてしまう。

 アーニャとナナリーは名前を呼ばれて、決闘場の中央に引かれた2本の線まで進み、5メートルの距離を間に挟んで対峙し合う。

 

「両者、準備は良いか?」

「はい!」

「んっ……。」

「姿勢を正して、礼! ……構え!」

 

 その昔、命の奪い合いを実際に行っていた頃の名残である剣術決闘における儀式。

 ここで命を落としても後悔は無いと言う最終確認。この決闘を受けてくれた相手の気高き誇りに対する礼。その2つを経て、ナナリーは構えを取った。

 右半身となり、レイピアを持つ右腕は軽く曲げながら剣先を相手へ向け、左手は横にして、右腕とバランスを取る様に肘から上を掲げる。それはレイピアの様な突剣において、オーソドックスなフェンシングの構え。

 

「それじゃない筈……。舐めてる?」

「……えっ!?」

 

 だが、対戦相手のアーニャは礼こそしたが、構えは取らず、右手の剣をダラリと下げて立ったまま。

 最終確認の合図と共に静まり返った会場の中、アーニャの舌打ちがやけに大きく響き、ナナリーは驚愕に目を見開いた。

 今日の大会にて、ナナリーは一回戦からこのスタイルを貫き、自分本来の構えを一度も取っていないにも関わらず、それを初見で見破られるとは思ってもみなかった。

 ナナリーが思わずレイピアの剣先を下げて、茫然と何かを訴える様に口をパクパクと開閉させていると、アーニャが顎をしゃくり、ナナリーの左手後方を指し示した。

 

「早くして……。待つから」

「な゛っ!?」

 

 釣られて、その左手後方へ視線を向けるなり、ナナリーは驚愕に驚愕を重ねて、言葉を完全に失った。

 アーニャが指し示した先に有ったのは古びた木のワイン樽であり、今日の大会開催にあたって、マイソードを所持していない者達の為に貸し出された模擬剣の山。

 戦いが始まる前から何やら物言いが付き、観客達がどうした、どうしたとざわめき、主審の体育教師も戸惑う中、ナナリーだけは理解した。アーニャが紛れもない強者である事を。

 

「え、えっと……。」

「先生!」

「えっ!? な、何かしら?」

「剣を変えます! 少し待って下さい!」

「は、はい、どうぞ……。」

 

 つまり、アーニャはこう言っていた。使い慣れていない剣など捨てて、お前の最も得意とする剣で挑んでこい、と。

 そのメッセージを明確に受け取り、ナナリーは試合中断を申し出ると、剣を鞘に収めて、その鞘も腰から抜き、使用する剣を変える為に樽の元へ向かった。

 本来、ナナリーが最も得意とする武器は日本刀だが、樽の中の模擬剣がフェンシングの備品である以上、日本刀は有る筈が無い。

 しかし、ナナリーが修めた剣術は実践的なものである為、日本刀が手元に無い場合を想定した代用品による鍛錬を当然の事ながら行っていた。

 ナナリーは樽の中の剣を漁り、日本刀の長さに近いものを探しながら自然と浮かぶ笑みを止められずにいた。アーニャとの戦いに逸る気持ちを抑えて、満足のゆく剣をじっくりと探す。

 

「お待たせしました! いつでもどうぞ!」

 

 やがて、あるロングソードを見つけて頷き、ナナリーは先ほどまで居た決闘場の開始線へと小走りで戻る。

 そして、構えを取ると、その一度も見た事の無い奇妙な構えを目の当たりにして、極少数の者を除き、会場の全員が目をパチパチと瞬きさせて、茫然と目が点。ざわめきを大きくさせてゆく。

 何故ならば、ロングソードとは両手持ちも可能ではあるが、それは利き手と逆に持つ盾を失った場合であり、基本的に片手で使用するもの。

 それをナナリーは最初から盾を持たずに伸ばした両手で持ちながら身体の中心に置き、右足を軽く前へ出して、対戦相手と正対するという西洋剣術の教本の何処を探しても無い構えを取ったのだから、誰もが驚くのは当然だった。

 ブリタニアによって、日本古来の武芸が禁止されて10年。剣術における最もオーソドックスな中段の構えすら、それを知る者はルーベンの様な年寄りだけとなっており、その存在は廃れつつあった。

 だが、その構えを向けられたアーニャは感じていた。先ほどの構えと比べたら、正対している為にこちらへ身体全体を向けているにも関わらず、目を凝らさなければ、狙える隙が見つからないほどになったのを。

 

「ごめん……。私も舐めてた」

 

 アーニャは口元に笑みを描いて、腰に差したままのもう一本の剣を腰から抜く。

 その瞬間、より大きなざわめきがざわめきを打ち消した。二刀流の使い手自体が極めて珍しいなら、アーニャの構えもまた誰もが初めて目の当たりにするものだった。

 アーニャはナナリー同様に正対して、右足を半歩前。両手を左右に大きく広げて、身体全体で十字を描きながら、二本の剣を頭上で交差。

 それは『閃光』の二つ名で呼ばれたマリアンヌが最も得意とした前進征圧を旨とする構えであり、マリアンヌに憧れた者達が真似をしようとしたが、誰も真似が出来ずに一代で廃れてしまった構え。

 

「おおっ!? あれは正しく……。」

 

 約20年という時を経て、もう二度と見る事はあるまいと考えていた独特のその構えを目の前にして、ルーベンは感動に打ち震えた。

 

 

 

「始め!」

 

 ナナリーとアーニャは試合開始の合図と同時に踏み込んでの一足飛び。

 強い反動が生まれるほどに打ち合い、その反動と共に後方へ飛び、開始線まで戻って、再び間を置かずに一足飛び。

 但し、最初の打ち合いで互いの間合いを把握したのか、距離はさほど詰めずに打ち合いを二合目、三合目、四合目、五合目と重ねて行く。

 

「おおっ……。」

 

 2人にとって、それは相手の技量を知る為のものであり、挨拶の様なもの。

 決して、本気の打ち合いではなかったが、まるで予めに打ち合わせをしたかの様に打っては受け、受けては避け、避けては打つを巧みに繰り返す2人の姿は舞っている様であり、会場の熱気を沸かすには十分すぎ、ルルーシュも目を奪われて思わず感嘆を漏らす。

 だが、ルルーシュを代表とする一般の者達が付いていけたのはここまでだった。挨拶を終えて、ナナリーとアーニャがギアを上げて、剣速を打ち合う毎にゆっくりと上げてゆく。

 

「ナナリーって……。こんなに凄かったんだ?」

「……だな。ここまでとは思わなんだ」

 

 ミレイとルーベンは目を丸くする。知っていると思っていたナナリーの実力が想像以上な事実に。

 打ち合いの数が20合を数えた頃。どちらともなく、ナナリーとアーニャが一定の間合いを保ちながら時計回りに円を描きながら移動をし始める。

 数多の風斬る鋭い音が鳴る中、剣撃の音が響き、その剣による打ち合いの演奏会は余人の介入を許さない結界を作り上げてゆく。

 時折、常人の目に止まらない剣先が触れているのか、2人の足下の芝が削り取られて、斬線が幾つも走り描かれる。

 そのまだらとなった芝生に気付き、ミレイは芝生の張り替えという思わぬ出費に頭を悩ます。高等部の顔とも言える玄関前だけに放置は出来ない。

 

「私など……。まだまだだったと言う事か」

 

 ナナリーも、アーニャも衰えるという事を知らないのか、剣撃の音は更に加速する。

 この段階にまで至ると、その剣閃を捉えている者は極々わずか。男子の部で優勝を修めたルキウスですら、目で追うのがやっと。

 また、その張本人達も既に意識しての剣は繰り出していない。今日まで飽きるほどに重ねてきた鍛練の中で培ってきた全てが腕を、脚を、身体を無意識に突き動かしていた。

 ルキウスは固唾を飲み、自分が才能に自惚れていた井の中の蛙だったと自覚して、ルルーシュの前に再び立つ為、鍛錬の量を今日から倍にする決意を固める。

 

「思った以上だね」

「同感です」

 

 最早、今や何合目の打ち合いなのか、当人同士も含めて解る者は居らず、誰もが手に汗を握って、2人の剣舞に魅入られていた。

 そして、動から一転して、静へ。一際、大きな剣撃が鳴り響き、アーニャとナナリーが鍔迫り合い、間近で火花を散らして睨み合う。

 ナナリーが大上段からロングソードを振り落とし、それをアーニャが交差させた2本の剣で受けて、今度は純粋な力比べ。奥歯を食いしばる2人の首に筋肉の筋が浮かび上がる。

 これをきっかけとして、会場の彼方此方で固唾を飲みすぎて苦しくなった者達の『ぷっはー!』と息継ぎする音が続出。

 

「両者、離れて!」

 

 おかげで、緊迫していた会場の空気が弛緩。一観客となってしまっていた主審の女性体育教師が我に帰り、慌てて2人の間へ割って入る。

 しかし、それを待たずして、ナナリーとアーニャはお互いに鍔迫り押し合って、後方へ大きく跳び、仕切直しと言わんばかりに構え直した。

 ナナリーは右足を前にして、腰を軽く落としながら捻っての右半身。左手は左腰の鞘をあてがい持ち、ロングソードを鞘に収める居合いの構え。

 やや遅れて、アーニャは試合開始前同様の構えを取るが、その向きは正対ではなく、左半身。左手に持つ剣を逆手に変えた。

 主審の女性体育教師は迷った。ナナリーも、アーニャも、明らかに自分の域を超えており、いざと言う時に止められない以上、これを機に止めるべきではなかろうか、と。

 だが、それを告げようと2人の間へ踏み込んでみるが、ナナリーとアーニャが睨み合って放つ気迫に弾かれて後退。結局は言えず終い。

 

「次……。決めます」

「させないよ」

 

 その気迫は次第に会場全体へと広がってゆき、辺りはいつの間にか物音一つしないほどに静まり返っていった。

 

 

 

「なあ、ルーベ……。」

「しっ!?」

 

 1分、2分、3分、どれだけの時が過ぎたのか、ナナリーとアーニャはまるで彫像の様に動きを止めたまま。

 どんな者にも等しく流れている筈の時がゆっくりと過ぎてゆき、その時すらも縛る緊迫感に焦れた者がポツリポツリと会場内に現れ始める。

 そんな中、不意に何処か遠くでガラスが割れる様な音が聞こえた。その音に釣られて、会場に居る殆どの者が視線を決闘場から逸らした次の瞬間だった。

 

「ふっ!」

 

 ナナリーが呼吸を爆発させて踏み切った。

 その際、芝生が踏み込みの強烈さに抉れて飛び、ナナリーが思い描いていた以下の勢いとなってしまったが、放たれた矢は止められない。同時に居合い抜きの要領でロングソードを抜き放つ。

 但し、ロングソードは両刃を持った真っ直ぐな剣。日本刀の様な反りは無い為、鞘走りさせる速度は得られず、斬線を前方へ描くのは困難。それはナナリーも承知済み。

 

「……えっ!?」

 

 正しく、一瞬。アーニャが先手を取られたと目が認識すると同時に直線の描き、ロングソードが間合いを蹂躙して深く伸びてくる。

 だが、それは予想していた剣速より幾分か遅かった。アーニャは逆手に持つ左の剣を使い、己を突き刺さんと狙うロングソードを払い上げる。

 金属と金属がぶつかり合う甲高い音が響き、ロングソードが視界の右端へ消えてゆくのを見て、勝利を確信した瞬間。アーニャは驚愕に目をこれ以上なく見開いた。

 ロングソードを打ち払ったにも関わらず、殺気は依然と健在である上、それが間合いにより深く侵入して、払い上げの動作の為に死角となった左腕の下、爆発寸前となっている事実に。

 

「討った!」

 

 ナナリーは空手となった右手に握り拳を作り、後方へ勢い良く振り下げて腰を右に捻りながら、左手に持つ鞘を反対にアーニャ目がけて振り上げる。

 そう、ナナリーの攻撃は二段構え。最初から、この鞘による打撃こそが本命であり、最初のロングソードによる攻撃は囮だった。

 それもロングソードは鞘から抜くと共にすっぽ抜かせての投擲。ナナリーはロングソードが描いた銀閃の下に隠れ潜み、極端な前傾姿勢となって地を這う様に跳んでいた。

 この作戦に至った理由はアーニャの構えにあった。ナナリーは一目見るなり、それが防御に偏ったものと見破り、決してアーニャ側からは仕掛けてこないと考え、相手から見えない位置にあるベルトの鞘留めをアーニャと見合いながら緩めていた。

 事実、その通りだった。アーニャは居合いの構えを知らず、ナナリーがどんな攻撃を繰り出してくるか、全く予想がつかない以上、後の先を取るしかないと考えていた。

 また、アーニャがロングソードをただ体捌きのみで避けていたら、この時点でナナリーの敗北は確定していたが、先ほどの打ち合いによって、体捌きだけでの防御は愚策と印象付けており、ナナリーはアーニャが左手の剣を防御手段として必ず用いるだろうという自信があった。

 その自信に加えて、必勝の要素が今のアーニャの体勢。アーニャが逆手に持った左の剣は防御面では前面を全てカバーしており、防御後はそのまま攻撃にも転じられる攻防一体となった優れたものではあるが、それは一刀に対してのみ。

 今回の様な二連撃、または二刀流の場合、左手の剣を逆手に持っている以上、振り上げるにしても、振り下げるにしても、次の攻撃手段となる手は必ず奥に置かれてしまい、それを攻撃に用いようとしても身体自体が行動を邪魔している状態。

 即ち、既に攻撃を仕掛けているナナリーと比べて、まだ防御態勢のままのアーニャはどう足掻いても、一手、二手どころか、三手は遅れており、今度はナナリーが勝利を確信した瞬間、それは起こった。

 

「それまで!」

 

 閃光が走った。アーニャの右手奥からナナリーの首へ一条の閃光が走り、旋風がナナリーの前髪を靡かす。

 ほぼ同時に主審である体育教師の制止がかかり、2人が動きを止める。その際、ナナリーの後頭部から赤いリボンがフワリと舞い落ち、一拍の間を空けて、三つ編みなお団子も解け、髪が重力に引かれて広がり落ちる。

 ナナリーはやや左半身を向けて、両脚を大きく開き、振り切った左腕と伸ばした左脚を直線にさせて、右足を屈めた体勢。その鞘先はアーニャの襟首を寸留めで捉えていた。

 アーニャは右半身を向けて、右足を半歩前へ出し、両腕を斜めへ下ろした体勢。逆手に持つ左手の剣は背中へ立てての防御。右手の剣は中程でナナリーの首を寸留めで捉えていた。

 しかし、アーニャが防御に用いた左手の剣は間に合わなかったらしく、ナナリーの鞘がアーニャの剣の内側にある状態であり、それは一見すると引き分けと思える決着に見えたが、主審と副審2人の赤旗が一斉に挙がる。

 

「赤! アーニャ・アールストレイム卿!」

 

 その判定は武器投擲によるナナリーの反則負け。

 だが、それはあくまでブリタニア式決闘ルールに従ったもの。対戦した当人同士は真の勝敗を知っていた。

 あの閃光が走った瞬間、アーニャは左踵を軸にして、芝生を抉り踏みながら右脚、腰、右肩、右腕、右肘の全てを一斉に捻り、背面へ半回転。三手の遅れを覆すどころか、ナナリーの一歩先を掴んでいた。

 もし、どちらも寸留めを行っていなかったら、ナナリーの首がまず断たれていた。その結果として、現状は間に合わなかったアーニャの防御も間に合っていたかも知れない事を考えると、明らかにナナリーの負けだった。

 ナナリーは伸ばしていた左脚を屈して、項垂れながら下唇を悔しさに噛み締める。己が最も得意とする速さにおいて、2つの先手を重ねて取りながら、後手を取られての敗北は完敗と言って良かった。

 しかも、鞘打ちが恐らくはルール違反だろうと承知していながら、試合よりも勝負を優先して、ナナリーは何としても勝ちたいと思っただけに悔しくて悔しくて堪らなかった。

 

「あ、あのっ!?」

「……何?」

 

 そんなナナリーの頭上にて、2本の剣が鞘に収まる音が聞こえ、覆い被さっていた影が去ってゆくのに気付き、慌ててナナリーは立ち上がり、アーニャを呼び止めた。

 一方、アーニャは戦いに勝利はしたが、勝ち誇る事はおろか、喜ぶ事すらしていなかった。その振り向けられた無表情に戦っていた時以上のやり難さを感じ、ナナリーは口に出しかけては言葉を何度も引っ込めてしまう。

 

「え、ええっと……。そ、その……。だ、だから……。」

「……早くして」

「と、友達になって下さい!」

 

 だが、学園内の大会では物足りなかったナナリーにとって、この出会いは決して見逃せなかった。

 なにしろ、ナナリーとアーニャは同性、同年代の上に背丈も、体つきも一緒なら、ほぼ実力も拮抗しており、お互いに切磋琢磨をする相手としてはこの上ない存在。

 アーニャの視線は口籠もる度に苛立ちを増して冷えてゆくが、お互いに剣の道を進んでいる以上、仲を深めるのは容易い筈だと、ナナリーは顔を紅く染めて照れながらも思い切って申し込んだ。

 

「むっ!?」

 

 正しく、それは漫画やアニメに良くある激闘を経た主人公とライバルが友情を深める図。

 こんな小さな大会では有り得ないハイレベルな戦いに決着が着いた後も静まり返っていた会場にまばらながらも小さな拍手がようやく起こる。

 やがて、それは加速的に大きくなってゆき、ナナリーとアーニャの健闘を称えて、新たに生まれた2人の友情を祝って、拍手は感動の渦となって会場に溢れた。

 ルルーシュも満足にウンウンと頷きながら拍手喝采。2人が仲を深めてくれれば、アーニャを仲介として、何故だか壊れている自分とナナリーの仲も修復が出来るのではなかろうかと喜ぶ。

 

「……嫌」

「ええっ!? ど、どうしてっ!?」

「貴女の事、嫌いだから」

 

 ところが、アーニャの返事は誰も予想だにしていないものだった。

 ナナリーは驚愕を通り越して、茫然と目が点。溢れていた拍手はピタリと止み、会場は困惑に満ちて静まり返る。

 その理由を問い質してみると、今日が初対面にも関わらず、まるで自分の事を前々から知っている様な口振りと共に憎しみの籠もった視線を向けられ、ナナリーは意味が全く解らず、二の句を継げずに言葉を失った。

 無論、アーニャとて、平然とはしていられなかった。憎しみをぶつけると言う事は相手のみならず、ぶつけた本人も少なからず心を痛めるもの。

 ましてや、その憎しみが自身を発端としたものではなく、自身が慕う人物を想って故の事であり、この事実を知ったら、その人物が確実に傷つくだろうと知っているなら尚更だった。

 

「さあ、来い。アーニャ」

「っ!?」

 

 ナナリーから顔を勢い良く背けて、やや足早にルルーシュの元へ戻ってゆくアーニャ。

 ルルーシュは席を立ち上がって、両手を大きく左右に広げた。その一見しただけでは無表情のアーニャが哀しみを懸命に隠していると気付いて。

 たちまちアーニャは堪えていたモノを解放して駆け出すと、そのままルルーシュの胸へ飛び込んだ。泣くにまでは至らないが、散り散りとなって乱れた心を戻すにはルルーシュの温もりを暫く必要とした。

 

「ランペルージ嬢、我が騎士の不徳を謝罪する。

 しかし、都合の良い話だが、その理由はどうか聞かないでくれ」

「は、はい……。」

 

 その背中に両手を回して優しく叩きながら、ルルーシュは恥じ入るしかなかった。

 もちろん、ナナリーがアーニャへ友好を結ぼうとしているのを止めるのはさすがに無理がある為、この点は仕方がない。

 だが、アーニャがマリアンヌを慕っているのは知っていた筈にも関わらず、己の願望を優先して甘い事を考えていた点は度し難く、猛省するしかない。

 

「ミレイ、ランペルージ嬢へ褒美の剣を」

「よろしいのですか?」

「生憎、手が塞がっている。今日は縁が無かったと言う事だろう」

 

 だから、ルルーシュは甘んじて罰を受け入れた。ナナリーと触れ合う口実の為、女装という屈辱を受け入れたのを無駄にして。

 

 

 

 ******

 

 

 

「やっぱり、出ないなぁ~~?」

 

 剣術大会が終わると、本日は部活動が中止となり、全生徒が一斉の下校。アッシュフォード学園高等部の校舎はすっかりと静まり返っていた。

 そんな中、ナナリーは教室に1人残り、何やら用が有ると言って、決勝戦前に何処かへと姿を消したアリスの帰りを待っていた。

 ところが、鞄は席に置いたままのところを見る限り、まだ帰宅していないと考えられるにも関わらず、その後の姿を見た者は居らず、電話も何度かけても繋がらず、アリスの行方は全く解らなかった。

 

「お爺様の仕事関係で忙しいのかなぁ~~?」

 

 携帯電話のディスプレイ隅に表示されている時計を見ると、今現在の時刻は午後4時を回ったところ。

 今日のアルバイトのシフトは午後6時から。まだまだ余裕は有るが、既に1時間以上を待っている為、さすがに待つのも飽きていた。

 

「先に帰っちゃうぞぉ~~?」

 

 ナナリーは顔の頬を机にベタリと貼り付けてだらけきり、力無く垂らした両腕を焦れにブラブラと振る。

 その拍子に指先が机の横に立て掛けて置いた大会優勝商品の剣へ接触。静まり返った校舎に落下音が派手に響き渡り、遠くで微かに木霊する。

 

「おっと! ……いけない、いけない。

 ……って、あれ? この剣って……。あの娘が使っていたのに似ている様な……。」

 

 慌ててナナリーは身を起こすと、椅子に座ったまま床へ落ちた剣を拾って、今更ながらに気付いた。

 その大会優勝商品の剣がエキビジョンマッチで戦った少女が左手に持っていた剣と装飾が良く似ていると言う事に。

 

「う~~~ん……。

 この使い込まれた感じからして、かなりの腕前の人が使っていたんだろうなぁ~~……。」

 

 それをきっかけに興味が湧き、ナナリーは剣を鞘から抜いた。

 目利きの腕は持っていなかったが、剣の道を歩む者として、それが明らかに数打ちの剣と違うのは一目で解った。

 刀身はロングソード並の長さを持ちながら、その幅は半分程度しかないにも関わらず、刃を何度も丁寧に研いだ跡が有り、持ち手の柄部分は金属摩耗に光って、幾多も重ねた戦場が見て取れ、それは剣自体の強い剛性を表していた。

 恐らく、自分同様に速さを得意とした剣士が愛用した逸品。そこまで考えが至り、ふとナナリーは柄側の刀身に小さな文字が刻まれているのを発見する。

 

「ええっと……。何々? 私……。愛する……。ワルキューレ? 与える……。」

 

 剣を文字の表記された向きに持ち替えて、ナナリーは皺を眉間に寄せながら、読み辛いユニークなフォントで刻まれた単語を読み上げてゆく。

 そして、それ等を自分なりの解釈で文に言い換え、ビックリ仰天。改めて、ナナリーは剣をマジマジと凝視する。

 

「んっ!? ……我が愛しのワルキューレへ捧げるっ!?

 何、これ? 婚約指輪みたいなモノなんじゃっ!?

 だったら、この石も……。もしかして、本物とか? ……本当に貰っちゃって良かったのかな?」

 

 剣に込められた意味を知ると、それまで只の飾り石だとばかり思っていた柄尻を装飾する赤い石が、本物のルビーではなかろうかと感じ始め、ナナリーは先ほどまで割とぞんざいに扱っていた自分へ対して恐れ戦く。

 なにしろ、その赤い石を改めて注意深く見ると、見事なカットが複雑に施されて、どの角度から見ても光を集めて美しく輝いており。もう本物にしか見えなくなっていた。

 どう考えても、学園内の大会の優勝商品としては度が過ぎたもの。この剣を本当に貰って良いのかが不安になり、ナナリーがミレイへ確認を取ろうと机に置いてある携帯電話へ手を伸ばしたその時だった。

 

「あっ!? ……こらっ!? 携帯の電源、切っていたでしょ!

 ……で、今は何処なの? 私、アリスちゃんの鞄を持ってゆくから、何処かで待ち合わせしようよ?」

 

 携帯電話が鳴り響き、すぐさま着信を確認すると、ディスプレイに表示されているのはアリスの名前。

 ナナリーは着信して、1時間以上を待たされた怒りをアリスへぶつけると、ようやく帰れる嬉しさに声を弾ませた。

 

 

 


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