コードギアス ナイトメア   作:やまみち

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注意)今回、コードギアスとは別の作品が欠かせないネタとして、大きくクロスします。
   但し、今回限りとなりますので検索タグは付けていません。
   その手の展開が嫌いな方はご注意を下さい。



第一章 第07話 その名は……。

 

『間もなくです。間もなく時間となります。

 ご覧、下さい。まだお昼だと言うのに、沿道を埋め尽くしたこの人だかりを!

 皆、待っているのです! 悪魔の薬『リフレイン』をこの世にばらまいた悪魔を!

 名誉ブリタニア人の枢木スザクが通るのを! 元イレブンを! 今か、今かと待ち構えているのです!』

 

 TV局『HiTV』が独占放映権を得て、『枢木スザク護送』を実況生中継する報道特別番組。それは全て仕組まれた大嘘だった。

 戦後、約10年が経とうとしているにも関わらず、未だ燻る気配すら無いテロリスト達の気運を削ぐ為、軍部の失態から目を逸らす為、エリア11総督のクロヴィスは部下達の助言に従い、この見せしめのショーを許可した。

 

『人でなし!』

『神の呪いを受けよ!』

『人の皮を被った悪魔め!』

『下衆が!』

『ウザクめ!』

 

 護送する装甲車は天井を飾り立てられ、その舞台の中心に打ち立てられた4メートルの白い十字架。

 そのナイトメアフレームほどの高さがある十字架にスザクは張り付けられ、口枷を噛まされていた。自白でも強要されたのか、頬には殴られたと思しき痣がある。

 十字架へ背を向けて、前後に屈強な長身の男が2人。中世の処刑人を模しているのだろう。黒い三角頭巾を被り、上半身裸で身長大の斧槍を立てて構えている。

 その上、ナイトメアフレーム4機が装甲車の四方を囲み、装甲車や戦車を幾台も後続に連ね、三宿駐屯基地から目的地である政庁区警察機構までのハイウェイを敢えて徐行速度で練り歩いていた。

 それはさながら小さな観兵式と言え、このパレードは見せしめであると共に全国のテロリスト組織へ対する挑戦でもあった。

 そう、ブリタニアは予想していた。何処かのテロリスト組織が枢木スザクの奪還を企み、必ずや現れるに違いない。それだけの価値が『枢木』にはある、と。

 しかし、ここは租界の中、ブリタニアの完全勢力圏内である。通常の護送状態ですら、それを成すのは困難の上、この動員兵力を考えたら、不可能と言っても過言ではない。

 ハイウェイを練り歩く部隊の他にも、その沿道を歩兵が列んで立ち、一定間隔毎に装甲車とナイトメアフレームが配置されており、この渦中へ飛び込むなど、やはり無茶、無理、無謀と言う他は無い。

 また、逆の場合。テロリスト組織が何も仕掛けてこず、この見せしめ劇が平穏無事に済んだとしても、ブリタニア側は一向に構わなかった。

 その理由は簡単。何も仕掛けてこないと言う事は、テロリスト自身が『枢木』の価値を捨てると同義であり、それは枢木ゲンブがエリア11に根付かせた反ブリタニアの志を捨てるという事にも繋がっているからである。

 つまり、ブリタニア側から見たら、どちらに転んでも悪くない展開。テロリスト側から見たら、どちらを選んでもキツい展開となっていた。

 そして、現在位置は高樹町を過ぎて、六本木へと向かっている途中。ゴールはもう目前、いよいよショーは佳境へと入り、ハイウェイ沿道を強制動員されたブリタニア人、名誉ブリタニア人が列び、用意されたサクラ達がテロリスト達を煽る為に罵詈雑言の嵐を飛ばしていた。

 

「5番のカメラ、遅いぞ!

 チャールズ、団体の配置は終わったのか!」

 

 このパレードの独占放送権を勝ち取ったTV局『HiTV』の中継車両。

 まだ昼にも関わらず、視聴率は70%を超えていたが、現場指揮を執っている金髪を後ろで束ねた尻尾の男は不満たらたらだった。

 彼の名前は『ディートハルト・リート』、TV局『HiTV』の報道部に所属するプロデューサー。本国入社の31歳ではあるが、その能力を高く買われ、3年前にエリア11支局へ転勤となっている。

 

「そうだ! もっと野次を飛ばせろ!

 ……ふん! こんな出来レース。俺も落ちたものだ」

 

 ディートハルトが追い求める報道とは、偶発が生んだ奇跡の中で輝く人々のカオス。

 だからこそ、こんな茶番劇を報道として扱うのが不満で、不満で堪らなかった。その思いが八つ当たりとなっているのを自覚しながらも収まらず、部下達への指示が自然と荒くなっていた。

 そんなディートハルトを宥めようと、部下の1人がいかにも好みそうな話題『テロリスト襲撃の可能性』についてを振ってみたが、ディートハルトは以下の様に応えると、つまらなそうに鼻で笑った。

 

『どちらかと言えば、これだけショーアップしているんだ。襲撃は有るだろうな。

 我々には理解し難いが、この手の『恥』にイレブンは弱い。

 狙ってやったのか、偶然なのか、どちらにせよ、イレブンを良く研究している見事な策だよ。

 だが、どうやって『枢木スザク』を奪う? ……無理だよ。不可能だ。

 なら、どうするか? それはイレブンが第二次世界大戦で使った『特攻魂』だよ。

 つまり、失敗を大前提とした片道切符の突撃。

 言い換えるなら、枢木ゲンブが行った『ハラキリ』と同じだ。その行為そのもので自分達を慰め、世間を納得させるのさ』

 

 その場に居合わせた者達はなるほどと揃って頷いた。さすが、出世が難しいと言われる報道部のプロデューサーに若くして出世しただけの事はあると感心もした。

 一方、ディートハルトは自分の考えが及ぶからこそ、不満だった。感心されても、これっぽっちも嬉しくはなかった。

 

「あ゛っ!? スタジオ?

 待たせておけ……。圧してなんかいない。全て予定通りだ。

 ……って、待て! 空撮班、今のは何だ? もっと進行方向に振ってみろ!」

 

 だが、今正にディートハルトの考えを遙かに凌駕するカオスがすぐそこまで近づいていた。

 

 

 

 ******

 

 

 

「あーー……。どうして、藤堂さんなんだよ! 

 藤堂さんこそ、これからの日本に必要な人だろうが! 

 もっと居るだろ! 役に立たない奴が! 草壁とか、草壁とか、草壁とか、草壁とか! 草壁とかさ!」

 

 エリア11における反ブリタニアの最大組織『日本解放戦線』、彼等がブリタニアの挑発に選んだ手段は、ディートハルトが正しく考えた『特攻』だった。

 日本解放戦線が持つ技術はまだブリタニアに遠く及ばず、主軸としているナイトメアフレーム『無頼』は第四世代相当のもの。

 保有数は多いが、やるとなったら基本性能で劣る為、総力戦でしか相手が出来ず、その総力戦にしても分が悪すぎて、それを選択する事が出来なかった。

 それ故、選ばれたのが少数精鋭による『特攻』であり、その作戦実行に選ばれたのが、ワンオフで造られた実験機体のまだ名も無い第七世代相当のナイトメアフレーム5機であった。

 

「そう言うな。藤堂中佐だからこそというのも有る。

 少なくとも、私は草壁中佐では納得がいかないし……。実際、お前だって、そうだろ? 朝比奈」

「ぐっ……。それはそうだけどさ」

 

 そして、その指揮官として選ばれたのが、『奇跡』の二つ名で広く呼ばれている英雄。約10年前の戦いにて、ブリタニアへ唯一の黒星を付けた人物であり、ナナリーとスザクへ剣術を初めて手解きした『藤堂鏡志朗』だった。

 つまり、日本解放戦線は『奇跡』と呼ばれるお前ならばと送り出してはいるが、はっきりと言ってしまえば、『枢木』の名に代わる新たな人柱として『藤堂』を選んだだけというのが本音。

 

「わっはっはっはっはっ! 結構! 結構! 大いに結構! 

 負け戦こそ、戦の華よ! 一気駆けこそ、戦の誉れよ! これこそ、本懐というものよ!」

「いや、仙波のおっさんはそれで満足かも知れないけどよぉ~~……。」

「待て、朝比奈! 本懐と言えば、だ!」

「おおっ!? 卜部さん、気になりますよね! 気を効かせた者同士としては!」

 

 これに関して、藤堂の直属の部下であり、『四聖剣』と呼ばれる4人の反応は様々だったが、藤堂自身の心は穏やかに澄み切っていた。

 実を言うと、スザクとナナリーが逃げ出したあの日。その事実を知ると共にブリタニアとの戦いが始まり、軍へ済し崩し的に復帰した過去を藤堂はずっと悔いていた。

 なにしろ、何もかも結果論ではあるが、枢木ゲンブは敵が賞賛するほどの国士。誰よりも自分に近い考えを持っていたと言わざるを得ない。

 ところが、当時の藤堂は己の政治力の無さが原因となって、周囲の奸計に惑わされ、目をすっかりと曇らせてしまい、嘗ては近所付き合いから『叔父さん』と呼んで慕っていた人物を密かに『売国奴』と蔑み呼んでいた。

 その結果、いつの間にか、枢木ゲンブの信頼を失い、誰よりも近い位置に居て、自分こそが適任だったにも関わらず、スザクとナナリーの2人を子供だけの厳しく苦しい逃避行へ向かわせてしまった。

 挙げ句の果て、死に場所を求めていたら、周囲からは『奇跡』の汚名で呼ばれる様になり、ますます死ねなくなって、生き恥を晒している毎日だった。

 

「な、何よ! そ、その目は! ……ふ、2人して、いやらしいわね!」

「あっちゃぁ~~……。間違いなく、これは駄目だったっぽい」

「……千葉、お前な。最後かも知れなかったんだから、そこは強気で行けよ」

「だ、だってぇ~~……。」

 

 その後、藤堂はスザクが京都六家の一家『皇家』で暮らしているのは知っていた。

 大人達の思惑だろう。庶民となり、天皇家より皇家へ養子入りした『皇カグヤ』と婚約したと聞いた時は驚いた。ナナリーの事はどうするのか、と。

 しかし、14歳の頃に出奔して、その後の行方が全く掴めなくなっていたのだが、名誉ブリタニア人となり、更にはブリタニア軍へ入っているとは考えもしなかった。

 速報ニュースにて、スザクの名前と顔を見た時、まさか、まさかとTVへ齧り付く様に接近して確認したほど。てっきり、スザクはブリタニアを憎んでいるものとばかり考えていた。

 ちなみに、藤堂はスザクの子供の頃の性根を知っている為、スザクが『リフレイン』の密売を行っていたなどと言う報道はこれっぽちも信じていない。

 だからこそ、この作戦を提案された時、藤堂はさして悩まずに了承した。どの道、汚名を着たまま殺されるのであれば、嘗ての師である自分がスザクへ一太刀を入れ、安らかに逝かせてあげたかった。それが枢木ゲンブの期待に応えられなかった自分の最後の役目だと悟った。

 そう、奪還を最初から諦めて、特攻を選んだ日本解放戦線の真の目的は、ブリタニアの手によるものではなく、自分達の手による枢木スザクの抹殺。指揮官の藤堂だけに伝えられている極秘任務だった。

 

「4人とも、そこまでだ。

 もうすぐ、皇居前を通過する。各自、用意しろ」

 

 藤堂の心残りは、たった一つ。それは行方が全く知れず、今も生きているのかさえも解らないナナリーの存在。

 この約10年の間、あくまで私事の為、情報部は使わなかったが、任務の都合上、日本各地を巡る機会に恵まれ、藤堂は暇を見つけては自分の足でナナリーの姿を求めて探し回っていた。

 ところが、スザクと共に3人で一緒に写した写真はあるのだが、写っている当時のナナリーは幼児。子供の成長は早い為、時が経つにつれ、唯一確かな手掛かりは役に立たなくなってゆくばかり。

 最近に至っては、ナナリーの特徴であるアッシュブラウンの髪色と紫の瞳色。この2つだけが頼りとあって、その捜索は困難を極めた。

 それでも、3ヶ月に1人か、2人くらいの確率で似た人物が居るという噂が届き、その噂の元へ足を運び、過去に自分がナナリーだと言い張る者も3人ほど居たが、その辺りに落ちていた手頃な棒を握らせて、すぐに偽物だと解った。剣術を嗜んでいる者の握りと明らかに違っていたからである。

 ナナリーの性格を考えたら、どんな場所にあっても、剣の鍛錬は怠っていないはず。それを考えると、藤堂は幼かった頃のあの才能がどの様に開花しているのかが楽しみで楽しみで仕方がなかった。

 

「頭、右! 敬礼! ……直れ! 

 搭乗! ……諸君、それでは九段で会おう!」

「承知!」

「お先に逝っています!」

「道案内はお任せを!」

「はい! また絶対に逢いしましょう!」

 

 しかし、その心残りを考えている暇も無くなってきた。

 せめて、最後だからと危険は承知でハイウェイから下り、藤堂達を乗せた5台の大型トラックが永代通りから内堀通りへと入るが、予想していた待ち伏せは居ない。

 今は主無き、只の屋敷であり、只の森ではあるが、それぞれのトラックのコンテナの中から元皇居へ敬礼を捧げた後、すぐさまナイトメアフレームへ乗り込む。

 そして、左へと引っ張られる感覚。大型トラックが右へと曲がった証拠であると共に、それはいよいよエリア11政庁前へ突入する事を意味していた。

 

『くそ! ブリキの野郎、舐めやがって!』

「どうした!」

『あいつ等、撃ってきません! それどころか、行けと合図しています! どうしますか!』

 

 だが、エリア11政庁前の光景は信じられないものだった。

 その衝撃の事実が通信機を通して、先頭を駆ける大型トラックの運転手から藤堂達へ告げられる。

 横一列となってエリア11政庁前を封鎖する十数機のナイトメアフレーム。装備されたアサルトライフルの銃口は上へ向けられたまま。

 その前に列んだ歩兵達は誘導灯を左へと何度も振り、トラックへさっさと行けと言わんばかりに興味を示さない。

 

「ぐっ!? ……なら、その言葉に甘えよう!

 朝比奈、卜部、作戦変更だ! お前達もこのまま続け!」

「「了解!」」

 

 皇居前の内堀通りもそうだったが、もしブリタニア軍の妨害に出くわした場合、後続トラックから順々に止まり、先行車を生かすのが藤堂達の作戦だった。

 その為、連なり走る5台の大型トラックのコンテナに収められたナイトメアフレームの搭乗者は、操縦練度の高い順番に列び、先頭から藤堂、仙波、千葉、朝比奈、卜部の順となっていた。

 ところが、ここへ至るまでの妨害は一度も無し。あくまでTVカメラの前でショーを行うつもりだと知り、藤堂を始めとする全員が屈辱に奥歯を噛み締める。

 しかし、迫り来る時は感傷に浸る暇すら与えてくれない。5台の大型トラックは霞ヶ関を通過して、再びハイウェイへと入り、あとは真っ直ぐに突き進むだけとなったその時だった。

 

『な゛っ!?』

『ほぉっ!?』

『え゛っ!?』

『ふぁっ!?』

『ま゛っ!?』

 

 縦に連なる5台の大型トラックをぐんぐんと追い抜いてゆく緑色のバイク。

 突如、隣に現れた謎の存在に大型トラックの運転手達は次々とビックリ仰天。驚きのあまり声を失う。

 

「どうしたっ!? 何があったっ!?」

 

 だが、大型トラックのコンテナの中、ナイトメアフレームのコクピット内で待機する藤堂達は何があったかを知る術は無い。

 おかげで、思わず敵襲かと操縦桿を慌てて握り締めるが、そんな藤堂達にも驚きが襲う。

 

『あーー……。あーー……。良し、繋がったな。

 何処の誰かは知らんが、無策な特攻は止めろ。邪魔だ。

 枢木スザクを確実に救いたいのなら、私に黙って従え。本当の奇跡と言うモノを見せてやる』

 

 狙ってなのか、偶然なのか、『奇跡』の二つ名で呼ばれる藤堂を前にして、挑発とも取れる通信が割り込んできた。

 

 

 

 ******

 

 

 

「フッフッフッフッフッ……。」

 

 このパレードとも言える作戦の責任者であり、十字架を打ち立てた装甲車の前を行くキューエルは、最新型ナイトメアフレーム『ヴィンセント』のコクピット内で浮かれていた。

 なにしろ、この作戦はエリア11総督のクロヴィスが直々に裁可を下したもの。成功させれば、先日のシンジュクゲットーでの戦果もあり、出世は間違いない。

 現在の少佐から中佐となれば、士官学校同期の出世頭『ジェレミア』と階級が列び、ジェレミアがそうだった様に貴族位を貰える可能性も大いに有る。それを考えたら、誰だって、ついつい頬が自然と緩んでしまうのも仕方がない話。

 

「まあ、貰えると言っても、恐らくは辺境伯。賜る領地も、このエリア11の何処かだろう。

 本国での扱いは低いが、貴族は貴族だ。

 これで正式にマリアさんへプロポーズが……。おっと! 待て、待て! 慌てるな!

 マリアさんは大学へ進学したいと言っていたから、まずは婚約だな!

 うむ! 焦らず、一歩、一歩だ! 婚約にしておこう!

 そうと決まれば、この作戦が終わったら、婚約指輪を買いに行かなくては!

 う~~~ん……。石はそうだな。あまり高級過ぎては、マリアさんも引くだろうから……。

 そうだ! アメジストだ! マリアさんの瞳と同じ色のアメジスト! 我ながら、実に良い考えだ!」

 

 キューエルの夢はどんどんと膨らみ、その未来もどんどんと膨らんでゆく。

 最早、キューエルは婚約を申し込みさえすれば、ナナリーが受けてくれると信じて疑わず、その未来はバラ色に染まっていた。

 

『キューエル少佐!』

「どうした!」

『政庁前より本線へ向かう車両があります。指示通り、ノーチェックとしましたが……。』

「対象はテロリストの物と思うか?」

 

 しかし、そんな幸せの一時を邪魔する者が現れる。

 キューエルは思わず舌打つが、だらしなかった顔を引き締めて、今先ほどとは違う酷薄な笑みを浮かべる。

 例え、テロリストの襲撃が有ったとしても、キューエルもまた己の勝利を万に一つも疑っていなかった。

 キューエルが搭乗するヴィンセントは専用機。ブルーのパーソナルカラーが施されており、量産機と比べて、約1.3倍の出力が有る。

 十字架を打ち立てた装甲車の左右、後ろに着くナイトメアフレームも最新型のヴィンセント。量産型ではあるが、そのパイロットはキューエル自身がこれと見込んだ者達。

 その上、ハイウェイ沿道をナイトメアフレーム『グロースター』が一定間隔で待機しており、いざとなれば、30秒で20機以上が集うのだから、負けるはずが無かった。

 むしろ、テロリストの襲撃が有った方が功績はより大きくなる為、つまらないパレードよりもテロリストの襲撃を歓迎していた。

 

『それが、その……。途中まではそうだったのですが……。』

「何だと言うのだ?」

『ご覧にさえなれば、お解りになるかと……。』

「良いだろう。そのまま、こっちへ通せ。……全軍停止!」

 

 ところが、その気勢を削ぐ様な歯切れの悪さを見せる部下の報告。

 キューエルは怪訝に思いながらも、ヴィンセントの前進を停止。コクピットブロックを開け放つと、その身を晒して、テロリストの到着を待った。

 

「キューエル少佐、危険です!」

「ヴィレッタよ、そう慌てるな。元々、予定していた客人ではないか」

「それは、そうですが……。」

 

 その様子を見て、たちまち沿道の観衆がざわつき始める。

 上空を飛行するTV局のヘリコプターも滞空して留まり、実況するTVレポーターがここぞと張り切り、興奮を煽って騒ぎ立てる。

 十字架を打ち立てた装甲車の後ろを着けていたヴィンセントもまたコクピットブロックを開け、その中から現れたヴィレッタがキューエルの迂闊さを注意するが、キューエルはまるで堪えた様子を見せないどころか、向けられたTVカメラへ愛想を振りまく始末。

 

「なら、それ相応の歓迎をしてやるのが……。礼儀……。だ……。ろ……。」

 

 しかし、ソレがハイウェイの遠方に見え始めると、キューエルの顔から笑顔が消えた。

 やがて、ヘリコプターの音に混じって聞こえてくる二輪車特有の甲高いモーター音。ソレに気づき、沿道のざわつきも消える。

 それどころか、喋るのが仕事のTVレポーターが茫然と口をアングリと開けて固まり、TVカメラマンすらもが我が目を疑い、カメラの覗き口から顔を上げてしまい、放送そっちのけでソレへ裸眼を向けた。

 これ以降、生中継が無駄とならなかったのは、ソレの出現に興奮しまくる一方で報道精神を忘れず、ハンディーカメラでソレを追い撮り続けていたディートハルトの功績であった。

 そして、この生中継を見ていたエリア11の者達もまた現場同様にモニターの前で言葉を失っていた。正しく、それはエリア11の時が止まった瞬間だった。

 

「ふっ……。どうやら、遅刻をせずに済んだ様だな。

 そこの君? パーティ会場はここで間違いないかな?」

 

 それほど、ソレはインパクトがあった。

 大型を好む傾向があるブリタニア人から見たら、自転車かと思ってしまう様な緑の薄型バイク。

 敢えて言い表すなら、ナイトメアフレームの軽い一蹴りで遙か彼方まで跳んでいきそうな貧弱さ。

 この大兵力の渦中、場違い感が甚だしい事この上なく、単騎で現れたのも驚愕に値するが、それ以上の驚きがその乗り手にあった。

 マスクも黒、マントも黒、グローブも黒、プロテクターも黒、ブーツも黒、と言う上から下まで黒ずくめ。

 しかも、キューエルが搭乗するヴィンセントの手前、約20メートルの位置で立ち止まると、バイクのスタンドを立てての駐車。

 挙げ句の果て、数多の向けられた視線にも、数多の向けられた銃口にも怯まず、恐れず、遠慮せずに堂々と歩き、キューエルへとぼけた質問を投げる有り様。

 その場に居る全員の視線がキューエルへと集う。黒ずくめのあまりの場違いさから、もしかしたらキューエルが仕込んだ余興なのかと考えた結果の行動であった。

 

「残念ながら、お客人。

 このパレードに道化は呼んでいません。速やかにお帰りを願いたい」

 

 キューエルにしてみれば、せっかく意気込んだところ、この珍客である。自分を馬鹿にしているとしか思えなかった。

 念の為、コクピットの熱源感知レーダーをチラリと一瞥。左右前後、建ち並ぶビルにナイトメアフレームどころか、狙撃兵の1人も居ない。回線を開いたままの部下達からも、後続する敵に関する報告は一切無い。

 もしや、沿道の観衆に仲間を潜ませているのかと考えるが、見渡した限り、誰もが目の前の出来事に驚いており、それらしい者は1人も居ない。怪しいのは目の前の黒ずくめのみ。

 

「道化? ……ああ、君の事か?」

 

 それが合図となった。最早、疑いようが無かった。

 キューエルは黒ずくめが本気でスザクの奪還を単独で成そうとしているのを確信した。

 なにせ、傍目から見たら、どう考えても、道化は黒ずくめだが、その道化にスザクを奪還されたら、立場は逆転して、正にキューエルは道化と化す。

 すぐさまキューエルは腰のホルダーから銃を抜き、黒ずくめの仮面へ狙いを定めて、引き金を絞る。

 

「この痴れ者が!」

 

 だが、黒ずくめはこれを読んでいた。

 仮面の中、ギアスの紋章を輝かせながら、閉じたマントの中、左腰に下げた日本刀の柄を持ち、その瞬間を待っていた。

 

「ふん!」

「な゛っ!?」

 

 銃声が鳴り響くと同時に黒ずくめのマントが翻り、白刃が煌めく。

 その直後、黒ずくめの左右で飛び散り、削られるハイウェイのコンクリート。

 それが意味するモノを悟り、キューエルは驚愕を通り越して、茫然自失。目を大きく開けて、口もポカーンと開け放っての間抜け顔。

 

「皆さん、どうかな? 楽しんで頂けただろうか?」

 

 その隙を突き、黒ずくめは日本刀を納刀すると、自分自身で拍手。左右を見渡して、観衆にも拍手をくれとアピール。

 一拍の間の後、最初はパラパラとした散発的な拍手だったが、その勢いは次第に増してゆき、最終的に割れんばかりの拍手と歓声になり、指笛を吹く者すら現れる。

 しかも、それは動員されたブリタニア人と名誉ブリタニア人の観衆だけでは無かった。彼等の最前列に列ぶ歩兵達やナイトメアフレームのパイロット達、ヴィレッタまでもが拍手をしていた。

 そう、彼等、彼女等は先ほどの勘違いを深めて、黒ずくめはキューエルが仕込んだ余興だと思い込んでいた。

 なにしろ、銃弾を日本刀で斬るなんて、有り得なさ過ぎる芸当。これが仕込みでなかったら、化け物じみており、パフォーマンスだと結論付けた。

 

「何をしている! テロリストだぞ!」

「……えっ!?」

「撃て! 撃て! 早く撃て!」

「は、はい!」

 

 慌てて我に帰り、キューエルは焦った。

 キューエルが茫然としている間、黒ずくめは観衆の拍手に手を挙げて応えながら、距離を何食わぬ顔でまんまと詰め、約10メートルにまで迫っていた。

 すぐさま発砲の指示を出すが、部下達の反応は鈍い。ヴィレッタですら、銃をホルダーから取り出すのに手間取る始末。

 最も早く反応する事が出来たのは、装甲車の右側に位置するヴィンセントのパイロットだった。

 但し、慌てるあまり、ヴィンセントが装備するアサルトライフルを用いてしまう。こんな物を対人へ向けたら、かすっただけで人は千切れ、確実に致命傷となる。

 その後の事を考えたら、明らかに愚策であり、射角が少しでもずれたら、観衆を巻き込み、大惨事となるのは必至。

 しかし、キューエルが人選したヴィンセントのパイロットだけあって、咄嗟の事ながら、その射撃はフルオートで行われたにも関わらず、黒ずくめだけを狙う正確なものだった。

 

「何……。だとっ!?」

 

 ところが、ところがである。その正確な射撃が当たらない。

 黒ずくめはマントを翻しながら、左へ、右へと駆けて、銃弾を信じ難い事に全て避けきると、その勢いのまま踏み切って跳躍。

 キューエルのヴィンセントが前へ出している右足の膝を足がかりにホップ。次にヴィンセントの胸でステップ。最後にヴィンセントの頭でジャンプ。

 

「フッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」

 

 そして、黒ずくめは高笑いをあげながら、キューエルの頭上をムーンサルト3回転捻りで飛び越え、なんとスザクが張り付けられている十字架の上へと降り立った。

 この素晴らしい妙技を目にして、キューエルの激昂とナイトメアフレームの発砲に一旦は止んだ拍手が観衆から再び湧き起こる。

 最早、観衆は誰一人として、キューエルと黒ずくめが本気の勝負を行っているとは考えていなかった。先ほどはまだ疑っていた者達も今度は完全にパフォーマンスだと勘違いに陥った。

 余談だが、この生中継を見ているクロヴィスも、昼食の食前酒のワインを片手に大絶賛。キューエルへ対する褒美を考えていた。

 

「おのれぇ~~っ!? 貴様、何者だっ!?」

「ふっ……。名を問われては答えねばなるまい。私の名は……。」

 

 そんな観衆達を訂正して沈めるのも忘れ、キューエルは怒髪天。

 もっとも、パイロットの誇りとも言えるナイトメアフレームの頭を足蹴にされたのだから無理もない話。

 一方、黒ずくめはキューエルの問いかけにマスクの中で『来た!』と小さく思わず呟き、心臓をドキンと高鳴らせて、テンションは最高潮に達していた。

 また、観衆も解っていた。ここが見所だと判断して、拍手が自然と鳴りやみ、黒ずくめがディートハルトのハンディーカメラが自分を捉えてると知り、マスクの奥からカメラ目線を送って、己の名前を高らかに宣言しようとしたその時だった。

 

「ブラックだ!」

「……だ。えっ!?」

 

 黒ずくめの言葉を上書きして、我慢の効かなかった観衆の1人がその名を叫んだ。

 

 

 

「ブラック!」

「太陽の子!」

「0号!」

「ブラックサン!」

 

 幾つかの呼び声はあるが、観衆が黒ずくめを呼ぶ名は『ブラック』が大半を占めていた。

 そして、『ブラック』へと次第に統一されてゆき、やがては完全な『ブラック』コールへと染まってゆく。

 何故ならば、ブリタニア人は興奮から釣られて、周囲に合わせて叫んでいるだけだが、名誉ブリタニア人にとって、黒ずくめの姿はあまりにも有名すぎた。

 そう、黒ずくめの姿はマントを羽織っていたり、マスクの触覚が折れているなどの違いはあるが、黒い仮面に大きな赤い複眼。それは20代以上の男性なら、誰もが知っている解りやすい正義の味方『仮面ライダー』の姿であり、もっと詳しく言うなら『仮面ライダーブラック』の姿だった。

 しかも、その正義の味方があの悪法『刀狩り』で禁止された日本刀を持ち、見事な立ち回りを行っているのだから、元日本人としてはこれほど痛快な出来事は無かった。

 即ち、『仮面ライダー』が相対する者は悪という事から、この場合はブリタニアが悪となり、その悪を日本の象徴とも言える日本刀で翻弄している姿は、差別などで日頃の鬱憤が溜まっている名誉ブリタニア人へ受けまくるのは当然だった。

 今現在、この元日本人だけが理解できる勧善懲悪劇に日本各地でフィーバーが起こっていた。

 また、それを咎めなければならないブリタニア人達は、その咎める理由自体が解らず、イレブン達のフィーバーを茫然と眺めるしかなかった。

 

「いや……。ちょ……。違っ……。」

 

 しかし、そのブリタニア人の1人であるが故、話題の中心に居ながら何故に『ブラック』と呼ばれるのかが解らない黒ずくめ。

 最早、自身が考えていた名前『ゼロ』とは言い出せない雰囲気に焦り、それを悟られぬ様にマスクの中だけで視線をキョロキョロと彷徨わす。

 黒ずくめの中の人の失敗は、アニメの知識はそれなりに持っているが、特撮の知識はこれっぽっちも持っていない事だった。

 そもそも、マントと服、グローブ、ブーツは自前だが、マスクとプロテクターを拾った場所をもっと良く考えるべきだったのである。

 拾った場所は自分がアルバイトへ通っている『わんだぁ~らんど』のゴミ捨て場。当然、何らかのコスプレ衣装であると疑うべきであった。

 もっとも、職場仲間で特撮に通じる者は誰も居らず、それが何なのかが解らなかったと言う事実もあるのだが、常にヒントは目の前にあった。

 店長の南の源氏名が『南コウタロウ』であり、それこそが問題の『仮面ライダーブラック』へ憧れるが故のもの。

 つまり、黒ずくめの中の人が拾ったモノは、店長の南が元々使っていたモノであり、店で使用したが、まるでウケを取れずに捨てたモノだった。

 

「ええい! ブラックめ!」

「そう、私はブラック! 悪を断つ剣なり!

 さあ、撃てるものなら、撃ってみるがいい!

 決して、正義の心は悪に打ち砕かれん事をその目に見せてやろう! フッハッハッハッハッ!」

 

 キューエルが黒ずくめへ銃口を改めて向ける。この瞬間、黒ずくめの中の人が懸命に考えた『ゼロ』は死んだ。

 黒ずくめの中の人はちょっぴり涙目となりながらも高らかに『ブラック』宣言。十字架の上で片足立ち、日本刀を抜いて、右手に持ちながら両腕を左右に開き、キューエルを挑発する。

 この場所こそ、誰も考えなかった盲点。パレードの中心地点であるが故、ナイトメアフレームの銃撃を無効化できる唯一絶対の安全地帯。その生と死の境目に立つギリギリ感がブラックのテンションを更に上げてゆく。

 観衆はブラックの口上にやんや、やんやの大騒ぎ。ブラックコールをあげるが、キューエルが空へ向けて、銃を三連射。強引に黙らせる。

 

「お前が大した手練れだというのは認めよう!

 だが、調子に乗るなよ! こちらの有利は変わっていない!

 今だって、同士討ちを厭わなければ、お前をいつでも殺せるんだと解っているはずだ!」

「なるほど……。道理だ」

「なら、お前のショータイムは終わりだ! まずはその忌々しい仮面を外して貰おうか!」

 

 銃口をブラックへと向けて、憤怒のあまり目を血走らせて、青筋をこめかみに立てながら身体をプルプルと震わせるキューエル。

 おかげで、トレードマークと言えるきっちりと整えた左の七三分けは乱れ、その表情と合わさって、せっかくの二枚目が台無し。

 元々、テロリストの襲撃は予想されていたが、地の利は圧倒的。どれほどの戦力が襲ってこようが、その撃退は料理人が卵を割るくらい簡単なものだと誰もがそう疑っていなかった。

 ここに落とし穴があった。ブリタニア側から見たら、テロリストの殲滅が第一目標だが、テロリスト側から見たら、それさえを諦めず、絶対に可能だと信じているなら、スザクの奪還が第一目標。

 つまり、戦闘を無理に行う必要は無い。1で襲撃するのも、100で襲撃するのも変わらず、逆に連携が取りやすくする為、限りなく厳選された少数であるのが望ましい。

 もっとも、それを選択したところ、その成功率は限りなく低いのだが、それを単騎で行う事によって、ブラックは見た目のインパクトも加えて、これ以上のない虚を突いた。

 キューエルは認めざるを得なかった。ブラックの単独侵入を可能とさせた高い身体能力を。ブラックの圧倒的な多対一でありながら怯まず、前へ突き進める胆力を。ブラックの観客を欺き、ショーアップ化させてしまった大胆不敵さを。

 それでも、まだ余裕はあった。その言葉通り、自分の命すらも厭わなければ、ブリタニア側が依然と有利なのは動いていなかった。

 

「では、私も要求しよう。

 今すぐ、枢木スザクを釈放して、我々を全力で見逃せ!」

「はん! 世迷い言を!」

「良いのか? 私が死んだら、お前の聖母がどうなるのか……。それを試してみるか?」

「私の聖母だぁ~~? 訳の解らん事を……。

 い、いや、待てっ!? せ、聖母だと……。ま、まさか、貴様っ!?」

「フッハッハッハッハッ! どうした? 顔色が変わったぞ?」

 

 だが、それをブラックが嘲り笑いながら告げた途端、キューエルは余裕どころか、怒りすらも失い、ただただ驚愕した。

 目を最大にギョギョと見開き、身体を仰け反らせて、見る者が哀れと思うほどに顔色を真っ青に染める。

 何故ならば、聖母と言って、大半の者が思い出す名前は『マリア』である。世界中の誰もが頼りにしているグーグル先生へ聞いても、それがやっぱり1番上に表示される。

 つまり、キューエルにとっての聖母は、通い詰めている喫茶店『わんだぁ~らんど』のウエイトレス『マリア』であり、その正体であるナナリーを意味していた。

 

『イ、イヤっ!? そ、それで何をする気ですかっ!?』

『へっへっへっ……。解っている癖してよ。これだから、お嬢様は……。』

『兄貴ぃ~、オイラにも楽しませてくれよ。もう爆発しちまいそーだ』

『うるせぇ! 俺がやってからだ! お前は見てろ! へっへっへっ……。』

『や、止めてっ!? ち、ちくわは嫌いなのっ!? キュ、キューエルさん、助けてぇ~~っ!?』

 

 キューエルの脳裏にまざまざと浮かんでくる薄暗い地下牢に監禁されたナナリーの図。

 その妄想はドンドンと駄目な方向へ膨らんでゆき、キューエルは歯をカチカチと噛み鳴らして震えまくり。

 

「キューエル少佐っ!?」

 

 それは明らかに人質を取られて苦しんでいる様子だと一目で解った。

 だからこそ、ヴィレッタは躊躇った。ブラックの背後、キューエルの目線の指示を受けて、ブラックを捕縛する為、密かにナイトメアを下りていたが、この先をどうしたら良いのかが解らなかった。

 

「ぐぐぐぐぐっ……。ヴィレッタ、構わん! この卑怯者を捕まえろ!」

「よろしいのですか!」

「構わんと言った! 今の私はブリタニアに忠誠を誓った軍人だ! 私事は捨てる!」

 

 キューエルは耐えた。歯を食いしばり、涙を流しながらも耐えに耐えた。

 今すぐにでも、銃を投げ捨てて、軍服の内ポケットから携帯電話を取り、電話を『わんだぁ~らんど』へかけたいのを必死に耐えて、その銃口をブラックへと改めて向けた。

 余談だが、キューエルが『わんだぁ~らんど』に投資した金額とナナリーへ捧げたプレゼントの数々の金額の合計はとんでもない額であり、最近は貯金を切り崩しし始めているほど。

 もし、この事実を今も本国で健在の父母が知ったら勘当ものであり、某ラウンズの親衛隊に大抜擢された妹が知ったら絶交もの。緊急の家族会議が開催されるのは間違いない。

 ところが、そんな犠牲を払っているにも関わらず、キューエルは未だナナリーの個人携帯電話のナンバーを貰っておらず、メル友止まりだった。

 

「ほう……。その潔さ、心から感心したよ。キューエル少佐。

 君という人物を見誤っていた様だ。次、会う時はサービスをしてあげよう」

「貴様のサービスなど要らん!

 そして、次に会う事も無い! 貴様はここで捕まるのだからな!」

 

 ブラックの中の人は本気で感心。キューエルの恋心を利用した事に罪悪感をちょっぴり感じていると、ブラックの乙女回路がキュンキュンと回転し始め、『ど、どうしてっ!?』と驚き戸惑う。

 視線が外から見えないのを利用して、慌ててキューエルから真下のスザクへと視線を向け、正常な動きを取り戻した乙女回路に一安心。今のは誤動作だったと判断して、キューエルの背後を日本刀で指し示したその時だった。

 

「やれやれ……。せっかちだな。

 この国の諺に『慌てる乞食は貰いが少ない』と言うのが有ってだね。ほら、後ろを見たまえ」

「笑止! そうやって、油断を誘おうだなんて……。な゛っ!?」

 

 キューエルの背後、ハイウェイの先で爆発音が起こり、更に間を置かず、明らかにナイトメアフレーム戦を開始しただろう銃撃戦の音が聞こえてきた。

 たまらずキューエルが背後を振り返ると、彼方に立ちそびえるエリア11政庁の中腹辺りより煙が立ち上っているのが見えた。すぐさま各部隊から判断を仰ぐ通信が矢継ぎ早に入り、コクピット内が騒がしくなる。

 それはブラックの提案を受け入れて、無謀な特攻作戦を止めた藤堂達によるエリア11政庁襲撃だった。

 藤堂達はここへ至る手前の谷町ジャンクションを左折した後、次の一ノ橋ジャンクション、次の次の浜崎橋ジャンクションも左折。続いて、汐留ジャンクションを右折して、銀座を通り過ぎる地下トンネル内でナイトメアフレームを起動。

 トラックだけはそのまま千葉方面へと向かい、藤堂達はブラックの合図を待って、晴海通りを直進。エリア11政庁の奇襲を正面から堂々と成功させた。

 

「くっくっくっ……。どうやら、別働隊が政庁の襲撃に成功した様だな」

「貴様っ!? ……くぅっ!?」

 

 ご満悦に含み笑いを響かせるブラック。

 キューエルが表情に悔しさと憤りを混ぜて、正面へ勢い良く振り向き戻った瞬間。ブラックのベルトがフラッシュを炸裂させる。

 その眩いばかりの閃光を浴び、すぐさまキューエルは腕を顔の前で交差させるが、既に目は眩んだ後だった。

 同時に放置されていた緑色のバイクから何十という数多のロケット花火が発射。笛を鳴らしながら四方八方へと飛び、更にバイクの前後で4つドラゴン花火が火花を天高く散らす。

 そして、ブラックのマントの中からボトボトと落ち、転がり広がってゆく多数の煙幕玉。それぞれが赤、青、黄、白の煙を放ち、周囲一帯を瞬く間に覆い隠してゆく。

 さすがにパニックを起こす観衆達。彼方此方で悲鳴があがり、我先にと逃げ惑う。

 

「リボルケイン!」

「その時、不思議な事が起こった!」

 

 それでも、未だパフォーマンスの内だと勘違いをして、ノリノリで叫ぶ逞しい者達もまだ居た。

 

 

 

 ******

 

 

 

「扇さん! 合図が上がったわ!」

 

 国道319号線、六本木六丁目信号機の手前にある公園にて、停車中の大型ダンプ。

 耳を澄まさずとも連続で聞こえてくるロケット花火独特の笛の音色に目を輝かす赤毛の外跳ねショートヘアーな女性。

 彼女の名前は『紅月カレン』、ネリマダイコンのリーダー『紅月ナオト』の妹。

 アッシュフォード学園大学部教育学科へ通っており、未だ学生という事で準構成員扱いではあるが、抜群の身体能力を持ち、有事の際は率先して先頭を駆ける特攻隊長といった存在。

 

「ああっ!? 聞こえた!

 出るぞ! しっかりと掴まっているよ!」

 

 ラジオ放送は途中から実況が途絶えてしまい、現場の様子がいまいち解らなかったが、そのロケット花火が合図だった。

 すぐさま扇はハンドルを右へ回して、アクセルをベタ踏み、大型ダンプを発進。助手席に座るカレンは窓を開け放ち、そこへ腰掛け、上半身を車から乗り出して箱乗り。

 

「右っ!?」

「おうよっ!?」

「行き過ぎっ!? ちょい戻しっ!?」

「こうかっ!?」

 

 六本木六丁目の信号機は青。その幸運に感謝しながら、頭上で立体交差するハイウェイを通り過ぎ、扇が速度を緩める。

 ハイウェイから多色の煙が零れ落ち、その煙が下道交差点をも包みかけている中、カレンはハイウェイフェンスの上に立つ2人の人影を見つけて叫ぶ。

 その微調整指示に応え、扇が行き交う車の隙間を狙い、大型ダンプを絶妙なタイミングで対向車線へと割り入れた次の瞬間だった。

 

「来い! 跳べ!」

 

 カレンが乗り出している側の左手で合図を送り、ハイウェイフェンスの上に立つ2人の人影が同時に跳ぶ。

 そして、砂を10センチほど敷き詰めて、その上に空の段ボールを5段。それをびっしりと搭載した大型ダンプの荷台へ見事に着地成功。

 その衝撃に大型ダンプが跳ねる様に激しく揺れるが、扇は再びアクセルをベタ踏み、ハンドルを左へ一回転させる事によって、ステアリングを確保。モーターを全力全回で回しまくる。

 

「OKっ!? 扇さん、GOっ!?」

「おっしゃぁ~~っ!?」

 

 こうして、扇は自ら不可能だと言い切った『枢木スザク奪還作戦』を自分の手で最後を完成させた。

 

 

 


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