東方捨鴻天 【更新停止】   作:伝説のハロー

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漸く、第一章突入。劫戈の歩む道が、本当の意味で幕を開ける。

「プロローグなげえよ」と思われた方はいるでしょう。執筆していく内に、気付いたらこうなってしまったのです。

遅くなりました。……課題を処理している最中に、更なる課題を上乗せしていく先生……本当に酷い人だ。御蔭で、執筆が狂いそうです。勘弁して欲しいものだぁ……。
まあ、上手くやれない作者の問題なのですがね。
書き方を悩んだ事も含みます。結果、以前のものに戻しました。試行錯誤の末、以前の方がしっくり来ると判断したからです。

とかなんとか長ったらしいが、本編に行ってみよう。


追放され、事切れる最期の瞬間、眼にしたのは―――



第一章 誇り高き爪と牙
第一章・第一羽「白き者達」


陽の光を注がせる火の塊は、永日を与えた。

払暁(ふつぎょう)を超え、お天道様が覗いている。曇り無し、濁り無き空には、射光が奔るのみであった。

 

それを劫戈が感じたのは、重い瞼を開いた時だった。

 

「―――」

 

意識が、感覚が戻る。

 

「ぁ…………?」

 

渇いた喉から疑問の音が漏れ出た。

 

「―――づぅぅ……ぎぃっ、が、ぁぁっ!?」

 

鈍い思考を整えようとして―――途端、激しい烈痛に襲われた。

のた打ち回りたいが、身体が鉛のように重苦しい。全身に巡る痛みに感覚を奪われ、己が横たわっている程度しか解らない。

 

そして、きつく閉じた視界の裏で思い出す。

 

 

―――己がどんな裂傷を受けたのかを。

 

 

「はっ……はぁっ……め、眼が―――ッ?」

 

閉じた右の視界は鮮血一色に染まっており、瞼を開いても閉じている時よりも激しく痛むだけで内容は変わらない。

それだけでなく、何かが己を穿っているような感覚は、引き裂かれそうな痛みは胴体から伝わり、尋常ではないほどの激痛を齎している。吐き気すら込み上げて来そうなほどだった。

劫戈がそれを認知したのは、彼が耐える事を主とする人格を持っていたからで、駆け巡る痛みに耐えた先のもの。至極簡単で、本人からすれば酷い衝撃を受けただろう事実。

 

父から穿風を受け―――右眼を失った。

 

どうやって助かったのか、どうして己は見知らぬ場所で横たわっているのか。

 

そんな疑問が脳裏で犇めくが、今は痛みに掻き消され、上手く思考出来ない劫戈にはそれどころではなかった。

 

「……あぁぁ―――そう、か」

 

そこで唖然と脱力し、己がまだ生きている事を、夢ではなかったという事を、漠然と理解する。

 

「……―――」

 

脱力を行ったからか、意識が朦朧とする。容易く、維持していた自分が飛び退く―――

 

 

「―――おっと、いかん。ついつい転寝(うたたね)して眼を放してしもぅたか」

 

「……ぇ?」

 

突如、頑なな津雲とは色が一切異なる老爺の声が、痛みを(・・・)吹き飛ばした(・・・・・・)

肉体を引き裂く感覚が、穴でも開いているんじゃないかと思える穿孔の感覚が、あんなに苦しみを齎していた痛みが、たった一声で嘘のようになくなってしまった。

 

「痛かったろう。じゃが、儂がおるからのう、もう大丈夫じゃぁ」

 

穏やかで優しげな声音が降って来た。

あまりに突然で、予想外な事に困惑する劫戈は、動かす事の叶う左の眼だけで声の主を探し出す。

 

視界に映るのは、束にされた狐色の細長い草のようなもの。それが敷き詰められた天井に、それから同じ素材で繋がった壁と思しきものが木の柱を取り巻いている―――草木の帳。

 

つまるところ、己が横になっている場所はどこかの、誰かの家。

 

玄関口と判断出来る場所から、陽光が入っているところを見ると、間違いなく家なのだろう。烏天狗だからこそ、居住概念が違えども一目で家だと解った。

余裕が出て来た御蔭か、いつもの思考が出来るようになっている事に気付く劫戈は、まずは声の主を探そうと、思考そっちのけで事を優先した。

 

「意識はあるかい? 何でもいい、声を出してはくれんかな?」

 

すると、視界の上から白が見えた。

劫戈は思わず眼を見張る。問いを投げ掛けた人物は、ちょうど頭上のすぐそこに座っていたのだ。

至近にいる気配くらいなら察知出来る筈なのに、視界に入ってからようやく気付いた。痛みで余裕がなかったとはいえ、隠れている訳でもないのに、居場所を掴む事が叶わない事実。

 

―――凄い。

 

単純に、慄く、という念が余計に劫戈を呆けさせた。

畏怖というものだろう。妖怪として、純粋な強者に惹かれる必然。闇の化粧たる条理。

もしかしたら、津雲を超えているんじゃないか―――僅かながらの嬉しさが、劫戈の中で生まれ込み上げていた。

 

そんな事を一切知らぬ相手は、困ったように眉を寄せ、白い顎鬚に手をやって弄っている。

 

「どうしたぁ。わしの声が聞こえんかな?」

「……っ。いえ、えぇっと……その」

「なんじゃ……ちゃんと起きとるではないか。まあ、はっきりしとるなら良いか」

 

良かった良かった、と老爺は腕を組んでにこやかに微笑む。

 

よくよく見ると、老爺は口調や容姿が老いているものだが、何かが食い違っているようにも見えた。

皺が割り込んでいる顔は、端麗な顔つきを残しており、それは津雲のような老練さを醸し出している。年老いたと言うのにも関わらず、瞳の奥には未だに色褪せない意志が灯っているのだから、只者ではないと解る。老巧な人、と言えるだろう。

それに加えて、優しげな態度を取られると、敬うべきと捉えてしまい、自然と恐縮してしまう。

また、彼の者の姿は人のそれだが、頭の上には獣を表す耳と自分等よりも鋭い犬歯、つまり牙がある。

 

そんな特徴的な部位を持つ存在は、烏天狗の集落の周りに―――ただ一つ。

 

「―――白い狼……?」

 

「うむ、いかにも。わしらは誇り高き、白い狼じゃぁ」

 

唖然と見上げる劫戈の様子を怯えていると捉えたのか、老爺は大丈夫だと言わんばかりに落ち着かせるような屈託のない笑みを見せた。

 

「なぁに、獲って食ったりはせんよ。わしは子供が好きでのう。目の前に傷付いた童が降って来て助けないほど腐っておらん。いやはや、あの時は久方に魂消(たまげ)たわい」

「…………本当、に?」

「大丈夫じゃぁって、烏など不味くて食えたものでもないわい」

 

いかにも食した事があるかのような言葉に、顔が引きつる劫戈だったが、なんとか持ち直す。

 

だが、聞き落としてはいけない。忘れてはいけない。

 

死を覚悟した時、己の視界に映ったのは紛れもなく、目前の老爺。

この者は互いを一体どんな種族なのか、どのような関係にあるのかを理解していて助けた。意図があるかないにせよ、ただ子供が好きという理由で助けたと答える老爺は、安易な思考の持ち主なのかと思わせる。

お人好しか、単なる馬鹿―――は言い過ぎだが、どうして、としか言えないものだった。

 

「お前さん、隣山の烏じゃろう?」

「―――」

 

老爺の問いに、劫戈は困惑と複雑の色しか禁じえない。

 

そう、目の前にいるのは―――烏天狗が現在敵対している種族だからだ。

 

劫戈は実物を見た訳ではないが、それでもその露骨過ぎる特徴を見てすぐに解った。次いで、己はそんな相手の懐に捕まっているのだと瞬時に悟る。

 

「まだ巣立つのには幼過ぎる。訳ありと見たが」

 

明らかに恐々としている一方で、老爺は神妙な顔に一変し、踏み入るように問うて来る。

対し、劫戈は表情を顰め、知られたくない故に目を逸らす。

他種族が他種族の事を心配するように慮ってどうするのか―――理解が出来なかった。

 

「言ったろう、食ったりはせんし、殺したりはせん。何があったか……このわしに話してはくれんかのぅ?」

 

横になっている己には逃れる場所はない。身を乗り出して、吸い込まれそうな眼を向けてくる老爺は、実に子供を心配する大人だった。

 

「ここにはわしだけじゃ。腹を括って、何もかも吐き捨てても良い。どうじゃ?」

 

(―――……)

 

この老爺、実は全て解って言っているのではないだろうか。だとしたら、なんて厳しくて酷くて―――優しい狼だろうか。

 

 

白い狼の一族は、遠く離れた隣山を塒とする群れ(・・)だ。

群れの在り方は烏天狗とは異なるだろうが、群れと言うのは一人だけの意志でどうにかなるものではない。千差万別、多くの意志が集った群れ。それを上手く動かすには、相応の意志を動かす強い意志を持つ者を必要とする。好き勝手出来ないのは明白。

 

異物が入り込んだら、排除するか取り入れるかの二択を、群れの為に選ぶ。

 

その二択をどうするのか。排除するなら、何も生かす必要もないし、助けるという形で連れ込まれた劫戈の現状からしてこれの線は薄い。となれば、必然的に取り入れる方面が強い。

そうするにはまず何を行うのか―――それが今の行いだ。

 

そう、劫戈は解釈していた。故に、その範疇を覆される事となる。

 

劫戈は、目の前の老爺が、己を理解しようとしている意図を浅はかながらも知る。

 

(群れの為、じゃない……のか?)

 

そして疑惑、衝撃。

群れの為に―――とはとても言い難い真摯さを、老爺の表情から読み取ったからだ。相手の口から、経緯の他に意志も含めて聞きだそうとしている。

彼にとって、己を理解しようとする、羨みたくなるほどの大人を、今まで見た事などなかった。

 

そんな大人、在ったことなど、一度も、ない。

 

だからこそ、思わず気を緩める事に戸惑いはなかった。

 

「―――聞いて、くれますか……」

 

込み上げる思いに、声が掠れた。

何を言っているんだ、という戸惑いを含むものの、劫戈自信が自覚する大きな期待があった。

 

「もちろんじゃぁ。話してみなさい」

 

全く知らない他者の温もりが、優しく穏やかに促してくれる。

ゆったりと、待ち続ける姿勢があるのを、劫戈はただただ嬉しさを感じた。

 

「……俺は―――」

 

それに従い、劫戈は己を曝け出して行った。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

白い狼の老爺は、黙って聞いてくれた。

 

内に秘めた毒を吐き出すように語った内容を、受け入れるように反芻しているようであった。

それが嬉しくて、堪らなく心嬉しくて、堰を無視して止め処なく涙と本音が零れていく。それに対抗するように、聞けば聞くほど爺は皺を余計に濃くさせ、表情を険しくさせていく。特に、名を知った際には、どうしてか一瞬だけ見る眼を変えた。

 

「俺は……俺は、どうして生まれて、来たんでしょうか。どうして……生きて、いるんでしょうか……」

「お前さんの話を聞く限り、意味はあった筈じゃぁ。ただ……全てとまではいかんでも、お前さん自身を是と認めてくれる大人達に恵まれなかった事が、何よりの不運じゃった。少なくとも、一人はいたようじゃが……」

「……貴方のような方が、身近にいて欲しかった……」

「すまぬのう……。生憎と、わしは狼じゃて」

 

悔やむ気持ちが、琥珀色の眼から伝わってくる。

落ち着いていて、どこか餓えている―――でも、それでいいという強者の瞳。今は弱りに弱った小さな黒雛を慈しみ、見守っていた。

 

「今回のお前さんは運が良い。出くわしたのが、わしで良かったのう」

 

老爺は一笑いし、艶が抜け落ちた白髪と頭垂れた耳がふわりと動く。

老いても尚、実に見事と言える立派な耳が、力を取り戻したと言わんばかりに背筋を伸ばした。

 

「―――っ」

 

それだけで、息を呑んだ。

自然な動作が畏敬の念を呼び、玉の冷汗を溢れさせ、劫戈の意識を釘付けにする。瞠目するのに十分過ぎた。

頭上に座る老爺が、巨大な(・・・)白い狼(・・・)に見えるからだ。

 

「わしは、わしらは、誇り高き白い狼じゃぁ」

 

子供に言い聞かせるように、白い狼は劫戈の心へ言葉を直行させる。

 

「故―――わしらは、仲間を絶対に見捨てぬ。見捨てた輩は餓鬼畜生にすら劣る」

 

老爺らしい口調はどこかへ吹っ飛び、凄味の効いた声で己が掲げているだろう思想を告げる。

 

この狼に対して恐怖などない。在るはずがない。

劫戈が抱いたのは一点の尊敬概念。一時を置いて思う―――老爺の言葉で心が洗われた気がした。

 

(ああ……この人は―――)

 

敵対意識を持っていた烏天狗が馬鹿らしく思えて来た。

 

なんて素晴らしい人―――もとい、狼なのだろうか。津雲が醜く矮小と思えてしまうほどに天淵の差がある。

そうだ、この者は―――

 

(妖怪というより―――王だ)

 

誰からも慕われる理想の形。

その偉大さを敬いたい、その背中に付いて行きたいと思える器。

 

「わしはお前さんを群れに迎え入れようと思ぅとる」

 

「……え?」

 

劫戈の唖然を置き去りに、この老爺はとんでもない事を言い放った。

 

頭がおかしいんじゃないか。いや、どうしてそうなるのか。

 

ひたすら困惑し、思考が迷走する劫戈は口を開いて止まってしまう。

それを見た老爺は己が言った言葉に何も感じていないのか、じっと劫戈の言葉を待っているようだった。

まるで、その先を予見しているかのように。

 

「―――ど、うして……」

「ん?」

 

「どうしてそんな事を……」

 

「伊達や酔狂で言っとるのではないぞ。居場所がないなら、ここに居れば良いと言っておるのじゃぁ」

「でも―――」

 

それでいいのか、と言いかけて口を閉じた。

白い狼として映る老爺の隣に人影を捉えたからだ。老爺と同じく白い耳と尻尾を携えた者―――白い狼。

 

「と、いう事じゃぁ―――(はる)よ」

 

突如、立ち入った第三者を一瞥し、口を開いたのは老爺の方だった。

 

「はぁ……全く。私にそれを言うなんて、どうかしていますよ?」

 

息嘯(おきそ)に次いで呆れたように、返答する第三者。

成熟した女性らしい若干低めの声だが、されども女性らしい高さを失っていない。光躬とは別の一線を超えた美声。

声の持ち主は差し込む逆光で顔が解らないが、第三者は声から察して女性。(はる)と呼ばれた彼女は老爺と知己なのだと思わせる。

 

「良いではないか。途中から聞いておったんなら解るじゃろう。あれ(・・)には関与しとらんし、敵意も害意も持っておらん。十分信用に価すると、わしは思うがのう」

「ええ、でしょうね。貴方様の観察眼でなら嫌でも丸解りですから、皆、異論はないでしょう」

 

現れて早々、彼女は老爺と議論を交わし始めた。

自分をそっちのけで始まった会話に面を食らうも、劫戈は己の立場が左右されるという事が垣間見えたので静観に徹した。

 

「でも、よろしいのですか?」

「それはわしがお前さんに言うべき言葉なんだがのう」

「……嫌がらせですか? 決めておいて私に問うなんて酷いですね。……知っている癖に」

「お前さんも解っとるなら良いじゃろうて。この子に―――何も知らぬ子に罪はないのじゃから」

 

「……私はそこまで落ちぶれていません」

 

老爺の言葉に反応して、榛は次ぐ言葉を選んだ様子を見せ、間を開けた。少しばかり声が沈んでいる様子からして、なにやら複雑な理由があるらしい。

 

「子に当たるなんて事をしたら、あの人に、顔向け出来なくなるでしょ」

「む……それもそうじゃな―――っとぉ。すまんな、待たせてしもぅたのう」

 

僅かに愁いが見えたと思ったら、矍鑠に視線を直す老爺。

悪戯して悪かったよ、とでも言える表情が劫戈の視界に入り、ようやく大事な話が戻って来た。

調子が崩れそうでも、狼の姿は依然と残っている。だからこそ、劫戈も己の肉体が許す限り気を引き締めた。

 

「お前さんは、どうして……と問うたな。なぁに―――答えは単純じゃぁ」

 

間を置き、老爺はにかっと白い牙を見せ―――

 

「わしらは子を()っぽって悦に浸っとる阿呆ではない。これも何かの縁。故に、ここに住まえ。このわし―――」

 

ただ微笑み、迎えてくれた。

 

「誇り高き白い狼の長たる、この―――五百蔵(いおろい)の名に誓って、住まう事を許す!」

「……っ」

 

数瞬、硬直した。

劫戈は白い狼から発せられた一字一句を反芻し、己全てに染み渡らせる。

 

 

腹の底と目頭が熱くなっていくのを自覚する。この感覚は経験があった。

 

 

光躬に抱いた恋心か―――否。

では、光躬の想いを知った時か―――否。

 

 

(そうだ……これは―――)

 

 

本気で、他者からの温情に嬉しさを感じた時のもの。

名前も知らなかった人物に優しくして貰った際に理解した、親切心への感謝の意。

 

「……っ!!」

 

―――感極まった。

 

直後、劫戈は今までにないくらいの歓喜と感謝の思いが、一つしかない灰眼から溢れ出る。溜りに溜まった愁雲を掻き消して、募りに募った悲嘆が泡沫の如く吹き飛び、枯れ掛けた心に欣幸を呼ぶ。

 

そして、それらは嗚咽となって五百蔵達の耳に木霊していった。

 

 




五百蔵から手が差し伸べられ、救われた劫戈は、彼の言葉に感涙する。

今更ですが、御意見や質問があれば、メッセージか感想にてお願いします。

例大祭まで一週間を切りますね。この伝説のハロー、戦利品を得るべく友人と共に行って参ります。楽しみだぁー! いえぇぁああー! ―――おっと、失礼。こういうイベントがあると、ついつい舞い上がってしまう質でして……色んな意味で、執筆に影響しそうで怖いです(笑)
では、次回に。(^.^)ノシ

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