小説は本当に難しいな、と痛感させられてしまう。映像は見るだけで良いが、文章は一癖も二癖も違うんですよね。既存の小説を読み漁って「こんな表現もあるのか」と驚かされる毎日です。
あ、今回は副題通り、別視点から見てみよう、という感じです。
序章は全体で前座、続くのは然り。
憂え悲しむ者は、いつも見守っていた。だが、手を伸ばしても届きはしない。
彼女―――光躬が劫戈と出会ったのは、一番嬉しいと思える記憶だった。
鮮明に覚えている、閉鎖的な日常を変えたその日を。
自分を逃がさなかった呪縛。物心が付いてから数年間、光躬は家で軟禁に近い生活を送った。
理由は父・空将から教えて貰ってはいたが、鮮明ではなく詳細は暈されていた為、不満が募る毎日だった。
劇的な変化を。
外への探求心を。
同年代の烏天狗達との交流を。
未だ飛んだ事のない広い空を。
―――ただ求めた。希った。
「いつか外に出られる時が来る」
淡い優しさを持つ父から言われた言葉は彼女にとって、未知への接触を予期するものであって欲しいと願い、時を待った。
そして、光躬が十の齢となった際、それは叶った。
「まずは、知り合いの元に行く」
外出が許された日、光躬は空将の知人に会いに向かう。
そこで出会ったのは、射命丸の次に名高い“木皿儀”の長子だった。
「えっと、はじめま……して?」
通された客間の奥で、ぎこちない挨拶を発したのは交流を第一に許された少年―――劫戈。
光躬が彼と出会うまでの、彼への認識は、未熟な少年というものだった。
烏天狗の中でも凡愚扱いで、弟の巳利だけでなく末端の年下にも負けていると専らの噂だったからだ。同年代からは罵られ、親からは虐待紛いな事をされているのでは、という疑惑も聞いた事もある。度重なる狩りの失敗で、二日も食事をなかった事もあったそうな。
祖父や父に、可愛そうだから止めてあげて、と言ったが、それでも周囲の大人達が黙認している所か一緒になってやっているのを後日見て、結局は止められなかった事を悔やむ結果になったことも少なくない。
光躬自身、本人との会話は一度もなく、遠目で何度か目撃にした事はあっても、自分の事が目一杯で特別気にも掛けなかった所為もあった。
どうしようもない凡愚な少年、そんな印象
「……? 貴方……烏天狗、だよね?」
―――彼を直に見るまでは。
今までに隣に並ぶ者はいない“天才”と称される才能。
彼女が軟禁紛いな生活を送っていたのはそれを理解していた空将の判断故だったのである。
幼子でありながら規格外な存在だったのは、後に父から教えられても尚、冷静だった理解力然り。成熟し切った大妖怪の妖力に平然と耐える胆力然り。頭角を出し始めた大人顔負けの聡明さ然り。
大人すらも戦慄させるほどの才能だった。
格の違い、とまで誇大化しかけた才能を、光躬は生まれた時から、烏天狗の中で最強の祖父・津雲をも超えるこの才能を持っていた。
だからこそ、光躬は劫戈を見て、怪訝に思った。
どうして、こんなにも妖力がおかしいのか―――と。
劫戈は、妖力が雀の涙程度しかなく、その“在り方”が異なっていた。彼女の“眼”が、彼の妖力が
色に例えて、妖力を黒と仮定すると、劫戈のそれは―――何かが混じった、何かで薄くなった灰色であった。
こんな事があり得るだろうか、純粋な妖怪からこのような存在が生まれるなど信じられない―――驚愕が光躬の思考を支配した。
「……え? どういうこと?」
聞いても当の本人は自覚なし。
光躬にとって衝撃的なもので、同時に、劫戈に興味を抱いたのだった。
その時は不思議と、追求しようという気持ちよりも他人と遊びたいという気持ちが勝ってしまい、結局聞けずに終わった。だが光躬は、仕方がないとはいえ、後に後悔するとは知る由もないのだ。
まずは軽く挨拶を済ませ、好きな食べ物を聞いては聞き返すなど、おしゃべりを楽しんだ。
「私と“友達”になってくれる?」
「え……俺が?」
光躬は劫戈に、友達になるよう誘った。
今まで憧れていた、互いに支え合う存在―――友。他人という枠組みを知らない光躬は、友と呼べる存在を欲していたから。
「うん。私と“友達”になってくれる?」
惑う劫戈に再度聞くと、彼の様子を余計に悪化させる事になる。
「え、えっと……」
「私じゃ、いや?」
「ぁ、……いやじゃないよ! でも、俺なんかでいいの……?」
「うん! 私は君と“友達”になりたいの」
はじめての異性であり、一緒に遊んだ子。
是非、友達になって欲しい―――そう強く願う光躬は劫戈の返答を待つ。
肝心の彼はというと、眼を彷徨わせて、口を僅かに開こうとして閉じる。それの繰り返しで、葛藤しているようであった。
「だめなの?」
「あ……」
その時の光躬は悲しく思った。
(私じゃだめなのかな……?)
やはり閉じ込められていたままなのか。
憧れた友という存在が、あと一歩で産声を上げる。その瞬間がすぐそこにあるというのに、相手は戸惑っている。
光躬は瞬時に理解する。
劫戈の戸惑いの裏に隠れた強い躊躇い。彼の底辺に根付いた不釣り合いという控えめな思い。大元となった悔しさの感情を。
ただ悲しかった。相手をこんなにも困らせる自分の立場が、“射命丸”という名が。
だが―――
「―――うん、いいよ! 俺と君は、今から“友達”だ!」
決意溢れたその言葉で、光躬の愁いは吹き飛んだ。
「ぇ……ほんとっ? 本当に……嘘じゃないよねっ?」
男しての独占欲か、純粋な好意か、本当は違うのかも知れないが、何かを振り切ったような眼は、光躬が間違いないと思うのは容易いものだった。
胸が止まって、急に動き出す感覚。己という個を見てくれた劫戈が、何よりも嬉しく感じた。
「もちろん! 俺が君の初めての友達さ!」
「うれしい……。ありがとう!」
こんな思いは知らない、温かい―――未知に満たされたかのようで、心も身体も和らいでいく。
小さく細い指を絡め、重ね合わせた小さな手―――親愛の証。
それから二人で一時の間、去り際まで遊び、友達になった。優しく見守る日差しの下で、一日が満ち溢れたのを光躬は忘れない。
光躬は自覚していた。
己を縛っているのは才能云々ではない―――“射命丸”という血筋が、己を縛り付けている、と。
光躬には―――烏が、妖怪となって烏天狗へとなった時から、常にその先頭に立ち、率いて来た祖父がいる。実力こそ他者を従える道理、真理と捉えている祖父の在り方は、妖怪としては是なのだろう。賛同者は数多く、取り除くのは正直、雲を手で掴むようだった。
だが、光躬個人としては否定してしまいたかった。
元凶は祖父、津雲。
名声、威厳、遵守、それらが綯交ぜになり、“射命丸”は誇大なものへと肥大化し、結果的に個を棄てた、実体の掴めない規則が生まれてしまった。
強者に従うだけの盲目的な上下関係の誕生である。
それが群れの中で必死に足掻く劫戈を苦しめた。
劫戈を救うべく、彼に手を差し伸べ、祖父に撤回を求め、父や母にも助けを請うた。
「彼奴は何度叱ろうと変わらん愚図だぞ。何故、尊大な力を持てぬ輩を諭さねばならんのだ」
忌々しそうに祖父から返ってきた言葉が、傲慢な針となって光躬の心に突き刺さる。
そんな上から目線で何が変わると言うのか。おかしいに決まっている―――いや私がおかしいのだろうか。
これが当たり前だろうか―――劫戈が傷付いて欲しくないという願望で、自らを歪めたのか。
そもそも私は―――。
傲岸不遜な祖父。
どこか諦めている父。
肩身が狭い母。
祖父に付き従う年配の者達。
風潮に染められていく同年代達。
そして、孤立している劫戈。
光躬は悔やむ。
たった一人の親友を救えない無力な自分を。
こんなもの、望んだ訳じゃない―――と悔やむ。
どうにかしたくて、気休めに手を伸ばす事しか出来ず、結果的に劫戈を苛ませている。
時には悔しさから、離れようと突き放してくるが、それで罪悪を感じるのか和解するに至る事も少なくない。光躬だけが劫戈を繋ぎ止め、それを維持している。
親友だから、救いたい―――と願う。
傷の舐め合い。互いを拠り所にする。
どんな時でも劫戈はいつも光躬を見、光躬も劫戈を見ていた。それだけは変わらなかった。
だからこそ、好きになれたのだ。
彼と出会って、何度も話す内に打ち解けて、元気をくれた。
胸の熱さが大きくなる。身体が火照り、燃えてしまいそうな錯覚が内側で暴れ出す。
―――恋をした。
彼と共にいられる手段を探した。だが、良い手立てはない。
いっそ群れから出て行こうと思ったが、自分等は子供である。大人に守られる身の丈である。それがどうして、危険伴う未知の場所へ向かう事が出来ようか。
狩りが出来るとは言え、それは群れの恩恵と大人達の導き故だ。自分の実績ではない、仮初だと光躬は知っている。いくら優れた才能を持っていようが、ちやほやされている自分が強者揃う外界へ出れば格好の餌となるのは明白。どう足掻こうと逃げ場はないのだ。
説得を試みても、頼りになる唯一の親や群れを護る精鋭達では話にならない。その子達である同年代も皆同じの、八方塞がり。
自責の念が募っていく。
愛おしいのに、こんなに想っているのに、何故救えないのか。
光躬は気付いている。今の自分は劫戈を救えない―――と。
思わず吐露した事もあった。
「どうしたらいいの? 私は、貴方を救いたいのに……」
想い人を救えず、泪を流す日々。
「……お前の所為じゃない」
励ましの為にそう言ってくれた想い人は、いつも自分に非があると言う。
弱い自分が悪い、群れに付いて行けない凡愚、足を引っ張る無能―――。
言い出したら際限がなく、無理に浮かべた笑みは、嘲笑にしか見えなかった。
それは違うと言えば、事実だからどうしようもないと返される。覆したいのに、
ああ言えば、こう言う。会話は坩堝に嵌まっていく。
無神論を持つ妖怪であるが、天に―――神に祈らずにはいられない。
お願いだから、彼を苦痛から救ってください―――と。
そう祈る光躬に対して、劫戈は笑ってこう言った。
「神に頼んでも意味ないぞ。問題は、俺がどうするのかなんだから」
祈る光躬としては救いの手を払い除けられたような気分だったが、一人で耐えて上へ登ろうとする姿勢は劫戈らしいと言えば彼らしいものだった。
「それに伝えたい事がある。だけどまだ言えないんだ。だから、待っていて欲しい―――俺が皆を見返して、群れに貢献出来るようになるまで」
強い意志が込められた言葉は、光躬に向けられたのと同時に、自分への鼓舞でもあった。光躬はそう判断する。
「劫戈……うん。私、待つよ。貴方なら出来ると信じてるから。だから―――」
光躬は応える。
劫戈なら出来ると信じて、僅かな支えに成ろうとも彼を応援する。
だから待つのだ。いつか、劫戈が伝えたい事を言うその時まで。
そして、その時に―――
私の想いも伝えるね―――と光躬は心に誓う。
◇◇◇
「嘘……―――」
嘘だと言ってください、神様。これは妖怪である私達への罰ですか―――まず光躬はそう思った。
光躬が見る光景は、彼女が信じられるものではない。
唖然と視線を向け、一点を見ている。端から見れば驚いているだけに見えるのだろうが、正確には絶望の一言だった。
「■■■■■―――ッ!」
視線の先には見せた事もない形相で泣き叫び、風刃を纏いながら走り抜ける想い人がいた。
気が狂ったように、人格が壊れたように、言葉に成らぬ呪詛紛いな慟哭を放っている。彼の眼は虚ろで正気はなく、おそらく誰も何も眼中にないだろう。
(一体何を言われたらこうなるの……!?)
木皿儀宅付近からの突風に逸早く気付いて来れば、獣妖怪のように鬼の形相で悲鳴染みた雄叫びを撒き散らす劫戈の姿を見た。
もしかしたら最も恐れていたこと―――劫戈は父から追放と宣告されたのでは、と戦慄する。
「……っ!」
心臓が止まりそうな衝撃に、思わず胸を抑え込んでしまう。
唖然としている内に、裂傷齎す突風は木々を突き抜け、野山を切り抜いて行く。その方角に何があるのか、光躬は知っている。
故に、その末路を予期してしまった光躬は、目の前しか考えられなくなる。
「―――っ!? ま、まって……こ、うか…………まってぇ……!」
彼は
このまま進めば、喪われてしまう。大事な人が―――それは駄目だ。
「―――止まってぇぇえええ!! 劫戈ぁぁぁあああああ!!」
堰を切ったかのように、辺り一帯を震わせる風神の如き妖力が迸る。
悲痛な静止の声と共に羽ばたき、劫戈が齎したであろう突風を超える烈風を地面に叩き付け、空へと身体を押し出す。己が持てる全力で穿跡を辿り、先行する劫戈を飛翔して追い掛けた。
彼女が飛び去った瞬間、地面を炸裂する爆音が辺りに木霊し、悲鳴を掻き消していった。
今回は光躬の心情を書いた。救いたい気持ちと自分への自責で余裕がない。
どうでしょうかねぇ。う~ん……表現ムズイよぉ。orz
光躬は、現段階におけるチートスペック所持者です、はい。でも立場は、謂わば“お飾り”程度。だから救えない。
劫戈が何故貶められ、追放という結果に至ったのか。その一端の“謎”が今回明らかになったでしょう。序章以降、その理由が明らかになります。最も重要なのは劫戈の地力の実態ですが、これも後ほど解るようになります。