東方捨鴻天 【更新停止】   作:伝説のハロー

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序章など、所詮は前座。まだ始まったばかりなのだ。

彼には夢があった。塵でも芥でも、それでも夢があった。



序章・第三羽「夢、堕つる」

お呼びを受けた劫戈は、光躬を見送ってから帰路に着いていた。

道中、誰も見ていない筈なのに、擦れ違うような視線を受ける気がする。そこまで緊張しているのか、と苦笑して、いつものように緩やかな歩みで自宅に向かう。

 

彼等、烏天狗は妖怪である。

普通は野生動物故に“家”と言う巧妙な作りの住居概念はない。

しかし、彼等は動物だからこその住まいがある訳で、人の姿であるからこそ従来の巣穴やらは在り方や造りが優れない為に不要とされていった。

 

では、どのような住まいになったのかというと―――至って単純、人間の建物を基盤としただけ。

普通の野生動物や妖獣は野営が殆どなのだが、彼等は知能が高い。厳密には狡猾なのだが。

故に人間の農民や豪族の住まいを真似て、試行錯誤を繰り返して高床の住まいを構築し、食料を蓄えるべき倉庫も造り上げ、安全な場所を確保した。

縄張りである山の斜面に左右されないように造られたそれは、地形状況を良く考えた上で建てられている。人曰く偏狭な山の地形を考察し、得た知識で再現してみせた結果でこうなったのだ。

 

山の最奥、力ある烏の家が密集する地帯へ踏み入り、彼は家に赴いた。

僅か数人で住むにしては、他の家々よりも二倍近く大きい贅沢な作り。人で言う豪族の住まいを真似ている。その家こそ、優良な実力者に数えられる木皿儀家の邸宅。

 

彼―――“木皿儀(きさらぎ)劫戈(こうか)”自身の家だった。

 

「只今戻りました」

 

入口の段差を上った先の玄関口で十分な声量で伝えても、当然の事といった風に返事はない。

いつもの事か、と思いながら戸を開けて中に入る事にする劫戈。その内部では、そこで彼と相対するように、両親と弟の家族全員が揃って待っていた。

 

「漸く来たか」

 

だが、家族としての温かな出迎えが待っている訳ではなく、そこにあるのは敵視の眼による拒絶の意であった。

鋭い眼光の父を筆頭に、怨嗟の眼を向ける母、諦めに近い冷めた視線の弟。

そんな三人の眼に射抜かれ、彼は一歩後ろに引いてしまう。

 

「―――っ」

 

息が詰まる。そして、瞬時に悟った。

 

もしかしたらという、震え上がってしまう程の巨大な底知れぬ闇の恐怖。言われてしまうのではないかという、拒否したくても無比にやってくる不安感。

 

言うな、言わないで、こんな様でも必死に生きているんだ、だから―――

 

「もうお前は我が烏天狗一族の面汚しでしかない。今すぐ―――この群れから出て行け」

「―――っ!!」

 

一番危惧していた事が、現実になってしまった。

瞬間、彼の頭の中は純白に染まり切る。

 

―――なんたる無情。

 

冷酷なまでに厳しい両親は、凡愚の息子を助ける気などなかった。

 

「どうした、早くしろ」

「……っ」

 

父親からの宣告は、あまりに唐突で憎しみの感情が込められている。

当然、息子である劫戈からすれば何の冗談だと言いたくなるが、言われてしまっても文句は返せなかった。

 

 

実力主義に強く影響された木皿儀家に生まれた彼は、優秀な親からの期待を受けて生を受けた。

だがどうしたことか、彼は非才―――否、非才にも程がある凡愚だった。

烏の象徴である漆黒の羽根は一回り小さく、鳥類ならば得意な筈の長距離飛行が出来ない。

妖力はそこら辺の妖獣以下とまで形容出来る少なさで、どれほど教え込んでも制御が碌に出来ないし、意味を成さない。

 

最早、天狗と言えるのか怪しいものだ。

 

劫戈は己の出生を悔やんだが、諦める事はしなかった。

それでも耐えて来た。

努力を惜しまなかった。

寝る暇も惜しんで鍛練に没頭した、苦手な飛行の練習をした、文学の知識も必死で覚えた。幼い頃からの鍛練を欠かす事なく、ひたすら熟し尽くしたのだ。

だが、それは出来て当然の事であって常識でしかなかった。同世代の仲間も皆が精進している姿に、悔しがって追い付く程度。

 

近頃になって、劫戈は大いに焦った。

このままでは役立たずの烙印を押され、いずれは野放しにされる。家畜に近い扱いを受けるのではないか、良くて死ぬまで駒扱いなのではないか。

 

彼には夢がある―――だから、そんな惨めで御先真っ暗な未来は嫌だ。

 

それからは、過度な負担だという事を承知で、それでも内容を増やして続けた。

未成熟の身体で、休みを返上で噛り付いた。光躬との会合も出来るだけ減らし、ひたすら勉学や修業に打ち込み、先達等の知恵が詰まった書物を読み漁った。

 

全ては認めてもらう為に、光躬を安心させる為に、知力と武力の二面の強さを求め続けたのだ。

だからこそ、ここで言わなければならない。

 

どれほどの侮蔑を受けようとも、いつも迷惑ばかり掛けている彼女に追いついて、いつも心配してくれる親友を助けられる男になって―――

 

「―――待って下さい!! 俺は、俺はだれよりも……努力しています! まだ結果を出してはいませんが、いずれ……いずれは、名に恥じない烏天狗になってみせます!」

 

―――伝えたい事を言うのだ。出会ったあの日に誓ったのだから。

 

もう俺は大丈夫だ、と彼女を安心させてやりたいんだ。

なのに、追い出されるなんて、その願いが叶わなくなるなんて。

それだけは絶対に嫌だ。

 

認めたくない一心で、ありったけの思いをぶつける。耐えて来た男の意地を見せろ、と己に言い聞かせるように震える拳を握り切った。

 

「どうか、御考え直しを―――」

 

縋るように必死に懇願する。どうか、それだけは止めてくれ、と強く願う。

 

「猶予は既にあげているのよ。努力するだけで結果が出てこない無能な子に用はないわ」

「口先だけの行動に、待つ必要性はない。お前はもう要らぬ」

 

だが、帰って来た答えは、母と父の殺気と侮蔑を孕んだ眼と、冷酷な切り捨て。

 

「殺されないだけでも有難いと思え」

「……っ!?」

 

絶句し、思考が凍り付いた。

衝撃的な一言によって身体の力は抜け落ち、劫戈はその場に尻餅を着く。

すると、冷たい眼を向ける巳利が劫戈の目の前に立った。

 

「何やってんだ。早く出てけよ、無能野郎」

「なっ……巳利……兄である俺をそんな呼び方するのか!?」

「追放される奴が木皿儀の名を名乗る資格はないし、お前はもう家族でもない赤の他人だ、当たり前だろう。これ以上醜い顔を見せないでくれるか、という意味で言っているんだ」

 

弟の巳利。

正反対の存在であり、劫戈が切望した才を持つ者。

羨み、恨んだこともある。が、それはもう意味を成さないところまで達している程に、明確な差があった。

己の背に備えた烏の象徴を見せつけるように、高らかに見下す態度で振る舞う。

 

「何度言えば解るんだよ、面汚し風情が。それとも……言っている事が解らないのか―――ああ、理解力が貧しいからなのか。とんだ恥晒しだなぁ……」

 

自分よりも優れた才の持ち主である巳利からの家族とは思えぬ残酷な罵倒。居場所はないと言わんばかりに攻め立てる家族。

悔しさと悲しみで目頭が熱くなる。

 

だが、泣いてはやらない。

 

ここで泣いてしったら、終わってしまうと知っているから。

ここで心が折れたら、二度と戻れる気がしないから。

 

「それで結局、光躬様に甘えるんだよなぁ……女子に頼りっきりとか、恥を知れよ。本当は不釣り合いだって解っているんだろう? どんな手を使ったかは知らないが、光躬様の隣はお前に相応しくない」

「それは……わかってる」

 

知っている、解りきっている、そんなことは。

 

彼女と出会って、何度も話す内に打ち解けて、元気をくれた。

いつしか抱いた淡い好意。そこから大きくなった恋心。

だが、立ち位置も器も大きく劣る自分は、彼女の隣には相応しくない。もう叶わないと頭はいつの間にか理解してしまった。手遅れなのだと思ってしまう自分がいる。

 

彼女と手を繋いでいたかったと願う。努力を積み重ねたがしかし、結果は皆の御荷物。

想い人が許そうとも、誰一人認めて貰えないこんな男に誰が惚れようものか。

悔しさのあまり拳に力が込められる。

家族の一員、弟であるとは云えども、正論を掲げて罵倒する者には悔しい思いでいっぱいだ。去り際に、一発でいいから殴ってやろうかと考える。

 

「……いや、彼女の場合はお前に御情けを掛けているのか、あぁ? ああ、傑作だ! ははっ、はははっはっはっはっ……―――!!」

 

しかし、一方的に放たれた弟の無慈悲な言葉と嘲笑いに、身体が硬直する。

自分は結局の所、群れにおいて辛うじて生き延びているようなものだ。温情ある光躬だけにしか助けてもらえていない。

 

それはつまり、甘えさせてもらっている。情けを掛けられているという事と同義で―――

 

「ぁ……」

 

そこまで思考して、彼の中でしがみ付いていたものが剥がれ落ちた。それは今まで、失ってはいけないと必死に守ってきたもので、失くしたが最後、絶対に二度と戻ってこない―――存在意義。

 

 

あれ、なんだこれは。

 

 

自分がいる意味あるのだろうか、という疑問が劫戈の中で現れ出た。

初めて抱いた己への否定の念。心のどこかが、おかしくなってしまったのか。

いや違う、そんな馬鹿な事がある筈はないのに、心に穴が開いたような虚しさはなんだろうか。

何もかもが崩れていくようで、落ち着かないもどかしさ。

 

否、知っている。本当は、認めたくない我が儘だ。

 

「―――」

 

思い起こされる苦悩と血が滲む努力の日々。自分に向けられた光躬の笑顔。

彼の中で遍く記憶―――思い出は、騒音を立てて無惨にも砕け散った。

 

―――瞬間、色を失った瞳から大粒の思い出が零れ落ちる。

 

「おぉ、泣いてんのか? こいつは無様だな! ってかさ、早く消えろ―――」

 

そこまでが限界だった。

 

身を翻し、嗚咽を噛み殺して地を掛けた。

他人と比べて一回り小さな羽根で補助するように加速させつつ疾走し、追い詰められた獲物の如く尋常ではない速さであらゆるものを置き去りにする。何もかもを無視したがむしゃらな疾走は、今まで出した全力よりも速い。突風を引き起こし、居住区を襲い巻き込んで突き抜け、上がった悲鳴を風音で掻き消す。

 

彼の思考は周りを気にする事も出来ず、ただ一点の悲哀によって心荒れ狂った。

 

「■■■■■―――ッ!」

 

それは悲鳴か、それとも怒声か。

声に成らぬ程の形容し難い雄叫びを放ち、獣のように木々を掻き分けていく。

瞬くに充血した眼を備え、鬼のような形相で突き進む姿は、獣の猛々しい本能を彷彿とさせた。

されど、涙を撒けるその姿は、己の悲運に苦しむかのようだった。

 

 

 

ねえ、劫戈の“夢”って、なあに?

 

俺の“夢”ぇ? え、知りたいのか? なんでまた……

 

えっとねぇ、応援したいなぁって思ったの!

 

ふぅん……。俺の“夢”は―――

 

 

 

ふと浮かんだのは―――。

 

 

 

―――群れの……皆の役に立ちたいんだ。

 

 

 

砕けた願い。

 

「■■■―――ッ! ■■■■―――ッ!!」

 

慟哭。

唯一信じた輝き全てから、裏切られたような気分だった。

 

 




推敲しながら、テラリアの自宅を要塞化していたのだが、しかし、感情的になってしまって集中出来ず不貞寝していた作者である。テラリアが楽し過ぎる。ドツボ。
さて、私情は此処までにしまして―――序章はまだ続く。以上。

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