東方捨鴻天 【更新停止】   作:伝説のハロー

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早く更新出来そうとか言っておきながら、大変遅れました。申し訳ありません。
お気に入りが減っていても仕方ないと思っていたのですが、然程変わっておらず……読者様には上げる頭がないです。
遅くなった原因は、実を言うと軽いスランプを起こしていました。今は意欲が湧き、落ち着いてきたのでなんとかなっています。
執筆していて納得いくものが書けない事が続き、気が付いたら某赤い龍を宿す変態が主人公の二次とか某軍艦を擬人化して海を取り戻していく話の二次とかが混ざっていまして……自分でもすっちゃかめっちゃか状態で、書き終えて「……なぁにこれ」とか言いながら混乱すると、ようやく自分が疲れているのだと認識しました(最初は病気かと思いましたが)。期末試験後、長期休みとは一体……というほどに忙しかった事もありまして、その影響もあったようです。
ああ、これ言い訳ですね、すみません。
でも、若いのに病気(精神病)になったのではないかと、一ヶ月くらい疑心暗鬼になっていたのは事実です……。
皆様も身体だけでなく精神面でもお気を付けください。つらい、という言葉では言い表せない苦痛を経験し、身に浸みているので解ります。あれは、恐ろしいものです。

あ、それよりも本編ですね。長くなってしまいましたが(笑)、さくっと本編行きましょう。
ではどうぞ。




第二章・第四翼「誘いの追い風」

 

(嗚呼……これは、なんという……)

 

劫戈は眉間に皺が寄るのを禁じえなかった。

射命丸文が持ってきた情報と提案が、白い狼にとって酷く悩む事であった為だ。

 

「……参ったものだのぅ」

 

敷いた茣蓙に、来訪者を包囲する形で座る妖怪たち。その中で、来訪者の正面に座る五百蔵は、やはりかといった様子で感嘆の溜息を吐く。

もしかしたらという予想をしていたのだろう。横で険しい顔をする茅を始めとした楫や斑より余裕があった。

 

今、烏天狗が居を置く山で、二つの派閥間で争いが起きているという事実は、山の惨状を見ればすぐに解る事だった。

本来ならば天に向かって聳えた巨木が、無惨に薙ぎ倒され、雪に交じり、焼け焦げた場所まである始末。巻き込まれた栗鼠や小鳥の巣が理不尽さを物語っていた。

 

「やれやれ、じゃぁ……」

 

実のところ、烏天狗が如何様な事をしようが、それが白い狼の群れ(こちら)の不利益に繋がらぬならば関係し得ない。というのが、黙って参列する彼らの共通意識である。

以前より敵対し、報復の往来、互角の困憊を繰り返した。どれほどの血が流れ、強者や赤子が失われたか、嫌と言うほど思い知っている。

 

五百蔵が何故に、呆れ憂えるのか。

それの理由は二つ。

 

まず、群れが総じて、烏天狗に絡まれる事を嫌ったから。

 

次に、群れが数を半数ほどにするほど弱り切っているという事。これが何よりも大きい理由になっていた。

 

(こんな時に……いや、こんな時だからこそ、という事か)

 

そこへ、烏天狗側の事情が更に絡んで来る事が何よりの憂いとなった。

新世代と旧世代間で互いの思想排斥を掲げた内乱に、五百蔵達はいい迷惑であった。本格的な武力衝突は一時収まっているが、激化する事は間違いない。

 

「他所でやれ、と言いたいが……そうも言っていられんか」

「我らは、貴方様方の事情も重々理解しております。この誘いがお嫌であるという事も……ですが」

 

とある提案を持ちだした文は言葉を一度切り、真摯な態度が深刻な顔へと変じ始めた。

 

「今はそれ処ではないのです。貴方様方が立ち向かった樋熊は、干戈を交えなかった我らにとっても十分以上の脅威であると認識しております」

「昨日の敵は今日の友、という事かのぅ?」

「お察しの通りです。だからこそ、感情論ではなく未来の赤子を思って欲しいのです。我らは、もうこれ以上種を徒に失う愚行を是としたくはない……それが我ら烏天狗子孫の総意なのです」

「言われんでも解っておる。わしとて、今の状態は危険であるし、不毛であると思っておるからこそな……」

 

群れのこれからを憂える五百蔵の穏やかな顔は―――否、その貌は般若へと一瞬で変じた。

 

「―――本来なら言葉をも交える気の()ぇ、テメェら烏と会話してんだよ。なぁ?」

「っ……はい」

「北からの不穏な動きに対し、わしらは一致団結しなければ、種の繁栄、もしくは種の存続すら危ういものとなる……解っておるよ、解っておるとも。しかしな、娘っ子よ」

 

 

 

「今更ぁよ、全部水に流そうってのは……都合が良過ぎゃしねぇかよ?」

 

非常に荒々しい口調で文を攻め立てる五百蔵。

 

大人気ないなど関係は無かった。相手は射命丸の血統たる者であり、紛れもない強者の一族だ。長に最も憎悪され敵対した血縁に手加減は要らないし、それに加えて射命丸と名乗った時点で、腹の中を曝け出して貰わなければ、信用など皆無に等しいのだ。

 

良い顔して腹の中では相手を嗤う、常套なる行為。それをやるのが烏天狗なのだから。

 

ここにいる劫戈の場合は、彼自身が特殊な場合であった為に、五百蔵は出会った瞬間に看破していたというのもあり、例外だった事実の下で例外視されている。

 

それに比べて、射命丸文は白い狼一族から見れば初見の烏天狗。一体何を考えているのか、腹の中で何を思っているのか、と敵愾心を剥き出しにしてしまうほど皆が警戒していた。

 

その様子を、劫戈は少しやり過ぎだと思いながらも見守る。

 

(……確かに、五百蔵さんの言葉も頷けるが……)

 

五百蔵だけでなく茅も鋭い険相で文を睨み、提案に対して反意を示す。茅からすれば、文は仇敵の一族でもあり、かつての劫戈にもしたように襲い掛かりそうな見幕を見せていた。

 

(皆……怒りに囚われている。身内が殺されたなら、無理もないが……それじゃ駄目だ)

 

事を冷静に見守り、整理していく劫戈は思案する。

 

(徹底した弱者排斥思想……だから、俺は捨てられ、殺されかけた。それが嫌だったんだろうな……―――痛いほど解るよ、光躬。俺だって嫌だった)

 

劫戈は、五百蔵までもがここまで怒りを見せる、持ち出された“提案”に対して、震えた。想い人が考えた事だとすぐに解って、心が震えたのだ。

そも、この事案―――厳密には文が光躬から伝えるよう託された提案は、思わず頓狂な声を漏らしそうなものであった。

 

 

“今までの諍いを無くし、共存共栄を目指しませんか”

 

 

その為の同盟(・・)であった。

 

もし良ければ、手を貸して欲しい。旧世代を駆逐した暁には、今までの犠牲を無駄にしない安住が求めた安住が待っている筈だから。

 

と、そんな提案を持ち込まれたのだ。

 

光躬は劫戈が生きている事を知っていると見て間違いない。でなければ、自分の息の掛かった妹を想い人が居る敵対勢力への使者にする筈がないのだ。

予てより、想い人の生存を信じて老爺共の思想を覆すべく力を蓄えて来た。そう思わせる―――光躬の願いが反映された提案。

 

ひたすら他種族を排斥し、自種を崇高とした烏天狗の新世代が掲げた提案は、旧世代からすれば、青天の霹靂であったに違いない。だからこそ、新旧で内紛が起きている訳である。

 

共に古い老爺共を駆逐し、新たに共存の道を歩もう、と次世代烏天狗の面子は訴えている。

これは実に好機であり、これを受け入れたならば今後は安泰となり、多くの者が万々歳な提案だった。

 

―――だが、白い狼の群れとしては、非常に受け入れ難い事であった。

 

「お前らはそれでいいかも知れないが、俺らの事は無視か? 俺の親族は殺されたんだ、お前の父親含めた連中にな! それを! 水に流せ、だと!?」

「なかった事にしよう、などとは言っておりません。ですが、我らの代で終わらせなければいつまでも続いてしまう、だからこそ……!」

 

茅が憤怒の下で口を開き、嫌疑を掛けられた文は反論する。

 

白い狼の群れが、その提案を受け入れられない最大の理由は、彼らの間に生まれた軋轢が原因だった。

先祖が家畜の如き扱いを受け、五百蔵のお蔭で脱したものの、諍いは拭えず流血が絶えなかった。どれほどの屍が築かれ、憎悪が産声を上げたか、軽視し過ぎであると。

 

「そもそも、お前らが樋熊(あれ)を嗾けたんじゃないのか? 俺達に選択肢を与えないように!」

 

茅は更に畳みかける。

実はもう一つ理由があった。烏天狗ならやりかねないという考えの下、茅が口にした事がそれだ。

 

「わ、私達がそのような事を出来るとお思いでっ? あの禍々しく御す事すら危うい樋熊を仕向けた、と? あり得ません!」

「本当にそう言い切れるのか?」

「ちゃんとした説明……あるよな、嬢ちゃん?」

 

ある程度嬲り弱めて選択肢を削ぐ事により、都合の良い戦力を我が方へと靡かせているのではないか。天狗なら、そんな狡賢い謀など容易いだろう、と。

誰しもが烏天狗を疑った。これは原初の頃から根付いた考えから来る当然の帰結である。

それ故に、多くの者が文を睨む。仇敵が、目の前にいる所為か、皆が殺気立っている。特に、古株の者達は射殺さんとするほどだ。

 

「確かに我ら天狗は狡猾だと自他共に思われていますが、身に余る事をする程に愚かではありません。聞けば、樋熊は狂していたと言うではありませんか。そのような輩を嗾けたとしても、我らが襲われないとは言い切れないのですよ?」

「はっ! どうだかな。実は、それが出来てしまう術がある……違うか?」

「そんな無茶な……我々の技はそこまで万能ではありません」

 

集中的に狙われる文は困り気味な態度を示す。

 

茅の指摘通り、烏天狗とて強敵との会敵を回避する或いは敵を誘導する為の“幻術”の類くらいはある。が、それは格上の樋熊に対して通用する物ではない。

元々、烏天狗は自然に生きる烏が祖先であり、自然を最大限に活かして身に着ける事こそ真骨頂たる妖怪。始まりは適度に自然を利用し、逃げに徹する事も少なからずあった。月日を重ね、妖力を使い出し、幻術―――つまるところ妖術の類が広まり浸透していったのだ。

相手を操る、ないしは誘い出して仕留める。という戦術を取るのは、刈る側でなければ成立しない。

一度会敵した劫戈自身は、樋熊には通用し得ないと試していないながら勘で悟っている。それは五百蔵も同じ筈であった。

 

(そうだ……烏天狗はそこまで万能ではない。だから集団で役割分担する事で欠点を補っている……。どうしようもない敵が現れた時は、退く事が第一だ。でなければ、ただの馬鹿でしかないから)

 

だからこそ、茅の言葉には無茶があると、そんな容易い術など無いと思えたのだ。それを証明しようにも樋熊はもう抹殺されているが、思い返せば相対した瞬間に通じる筈はないと理解出来ている。

 

しかし、それが間違っているとも言い切れない。

群れを離れていた間に、新たに生まれた術かも知れないからだ。狡猾な者ほど抜け道を造りたがる性故に、射命丸津雲或いは木皿儀日方辺りが造っていても何らおかしくない。

 

故に、劫戈には迷いが生じ、会話に飛び出せなかった。

 

(皆、怒りで見えていないのか? 五百蔵さんは気付いていないのか……!?)

 

内に焦燥が募る。

このままでは白い狼と烏天狗との軋轢は完全に悪化の兆しを見せ、いつ爪牙が振り抜かれるか解らぬ状況へと傾倒してしまう。

 

それほどまでに深くなり過ぎた。先祖が積み上げた憎しみは大きい故に。

 

「…………」

 

その憎しみを真に受けて、育っていくのは他でもない子孫らだ。

それは、白い狼の傷を知った時、榛を失った時、苦しい思いをした劫戈だから解る事だった。

 

「―――もう……いい」

 

誰かが楔にならなければ、崩れ去る明日がすぐそこにある。

そう思った劫戈の訴えは坩堝から溢れ、口から自然と出ていた。身体からは彼の悲しみを現すように妖力が漏れ出し、訴えるように震えている。

 

「もう、止めろ」

 

 

 

 

「もう止めよう。悲しい事はたくさんだ! こんな鼬ごっこをして何が楽しい!」

 

今まで黙って聞いていた劫戈の突然の発言に、呆気に取られる狼連中。そんな中、その言辞に反応した茅が険しい顔で劫戈を睨む。

 

「鼬ごっこ、だと? ……劫戈、言葉に気を付けろ。いくらお前でも……」

「なら茅! 殺されて奪われて、殺して奪って……それで子供らは喜ぶのか!? 俺達はそれで良いのか、嬉しいのか!? 相手を恨む事ばかりで、悲しんでばかりで! それで皆、心の底から笑えるのか!?」

 

我慢ならんといった劫戈は茅に詰め寄った。胸倉を掴んで怒気を孕んだ目を向ける。それだけに飽き足らず、周りを見回して叫んだ。

 

「もう沢山だろう! 遺恨を引き摺っても、憎しみや悲しみが増えていくだけだ! 皆、本当は解っている筈だろう。こんな事をしても子供らが苦しむだけだと!」

「……劫戈、お前―――」

「五百蔵さん、楫さん、斑さん。貴方達なら解っていると思っていたのに……。考えてください。このまま敵対して、最期まで殺し合って、赤子にそれを見せ続けるんですか!? 俺はそんなの御免です!」

 

灰色の隻眼が、兀然としたかのようなその場の者達を見やる。誰しもが口を噤み、各々はそれぞれの反応を見せた。

 

ある者は己の未熟さに眼を逸らし、ある者は頭を冷やして悔しげに俯き、ある者は感嘆を抱いて両目を伏せ、ある者は厳格に無表情となり、ある者は目を見張って唖然としていた。

 

一時の沈黙。

戒める時を、劫戈はただゆっくりと俟った。

 

「くっ―――」

 

その返答は、苦虫を潰したような―――ではなく、喜色を含んだ笑みだった。

 

「ふ、はっはっはっは……悪かったのう……劫戈よ。お蔭で頭を冷やせた―――もう良いじゃろうなぁ」

「五百蔵様……では?」

「うむ。楫、斑よ、お前さんらも……疲れたろう?」

「……ええ。毎度、三人分の酌を振る舞う事ばかりで、話が出来ないのは堪えます」

「若い者達だけでなく……弟に、置いていかれた事が一番堪えました」

「そうじゃ、そうじゃ……わしも……子を失い過ぎた……」

 

中核三名の眼は疲労と悲哀に満ちていた。かつての仲間、親族を脳裏に浮かべているのだろう。

劫戈と茅はただじっとそれを見て、事の結末を悟る。茅は己が浅はかだったと恥じ、劫戈は沈静化しつつある状況とこれからの事に安堵し、行く末を見守った。

情が深いと言うのは良し悪しだと漏らし、自らを嗤う五百蔵に茅はそんな事はないと頭を振る。

 

「茅よ……すまんな。お前には―――」

「いいんだ、爺さん……俺は異論ないぜ。劫戈(コイツ)にこう言われちゃ何も言えねぇよ」

「うむ……劫戈よ」

 

なんですか、と五百蔵に向き直る。

 

「お前さんの言葉、実に耳に痛かった。―――礼を言う」

「……同じ轍を踏むのは痛いんです。それが嫌だった、それだけです」

 

そう言って瞑目すると同時に妖力は霧散した。その瞬間、劫戈の後ろに苦笑する榛がいるのを、五百蔵は見た気がした。

 

「―――……! そうかい。あぁ、そうかい」

 

五百蔵は慈しむ目を向けた後、何故か委縮している文と対峙した。

 

「すまないのぅ。見苦しいところを見せたようで」

「いいえ。こちらこそ、頷きかねる内容を押し付ける形になってしまい、誠に申し訳ありませんでした」

「構わん。どちらにしろ、反発の覚悟はあったろう。だが、この劫戈に免じて了承しようと思う」

「は、その英断、感謝申し上げます。取り決めは明後日、もう一度来訪した際に話し合いの場を設けて頂きたく……」

「いいじゃろう。ただし、頭持ってこい。その時に確約しよう―――いいな?」

「承知いたしました。我らが統領―――射命丸光躬様に必ず伝えます。では、明後日に」

 

深く礼をする文を余所に、劫戈は露わになった“想い人”の名に微動した。過去の思い出が脳裏を掠めて、胸の内で万感交々到る。

 

「うむ、心得た。そちらも忙しいだろうからな、首を長くして待っとる」

「有難う御座います。我が統領も喜ぶでしょう」

 

幼い顔は年相応の明るい顔に代わり、今までの毒気が抜かれそうにもなる。姉とそっくりな面を以って笑顔を見せる文に、劫戈は将来が怖い気がすると思わざるを得なかった。

 

では、と発とうとする文は去り際に、劫戈をじっと見やって―――。

 

「ん? なんだ……」

「先程は一助となって下さり、有難う御座いました―――“お義兄様(・・・・)”」

「は……っ!?」

 

うっとりとした艶やかな笑みを向けて来た。明らかに、幼子がしていい顔ではない。

 

「いずれ、そう御呼びする日が来る事を……」

「待―――」

「では明後日、お会いしましょう」

 

と、そう残して文の姿が掻き消えた。眼で追うと、あっという間に空へ舞い上がり、烏天狗の山へと戻って行く後姿が見える。

その場には、衝撃が大き過ぎて呆然と取り残された劫戈と、後ろで腹を押さえて笑う茅がいた。

 




文は魔性、姉はその上をいく。

次回は、次回こそは早急に投稿したい……!!

第三章の結末について

  • 取り返しのつかないバッドエンド
  • 痛み分けのノーマルエンド
  • 邪魔者を排斥出来たハッピーエンド
  • 作者におまかせ(ランダム選択)

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