さて、本編行きましょう。少し駆け足で、今まで遅れを取り戻し―――戻せたらいいなぁ……。
あと、今まで不安定な書き方でしたが、もうちょっとでいいスタイルが築けそうです。
突然の訪問者は“射命丸文”と、名乗った。
「射命丸……文と言ったか?」
「はい。……何か?」
(射命丸? 懐かしい名だが……でも文だって?)
無邪気な顔で首を傾げる娘に、相対した劫戈は何とも言えぬ顔を浮かべる。あまりに似過ぎていていたからだ。
「君は射命丸の血縁者……で合っているか?」
「ええ。私は射命丸の血縁ですよ。貴方様もご存知かもしれませんが、父は
彼は払うように首を振り、取り敢えず彼女を五百蔵の下へ案内する事にした。戦闘目的以外で訪ねて来た以上は、招き入れる必要がある。
飛んだ方が早いのだが、敢えて歩いて案内する事にする。彼の歩は、重かった。
その途中、劫戈は終始、値踏みするような視線を受ける。
と言うより、興味の色合いが強いかもしれないが、訪問者の視線を浴び続けた。幼げな透き通った瞳は邪念といったものを一切含んでいない。それ故に、劫戈は非常にむず痒い思いをする羽目になっていた。
「うーん……」
「っ……何だ? 俺に何か付いてるか?」
じっと向けられる視線に気が気ではない様子の劫戈に、文は何も答えない。寧ろ、一挙一動を逃さないと言ったように見つめている。
劫戈としては早く五百蔵に引き継いで貰いたくて仕方がなかった。
(まるで……いや、光躬にそっくりだなぁ……)
忘れられない女性の妹。あまりにそっくりで、しかし少しだけ違う、そんな娘っ子だ。懐かしい声がその小振りな口から聞こえてきそうだった。
「―――そんなに似てますか?」
「へぁっ!?」
思えば何とやら。思わず歩が止まる。
素っ頓狂な声が飛び出た。肝に冷や水が掛けられた飛び上がり、後退りする。
無理もない―――耳元で呟かれては、劫戈であってもそんな声を挙げていただろう。
文はからかうように笑うと、耳元から離れた。劫戈は文の甘い声の余韻が残っているのか、歪な百面相と化して耳を押さえた。
「い、いきなり何をっ!?」
「お姉様から貴方様の事は窺っています、木皿儀劫戈様。努力を惜しまぬ素敵な殿方だと……」
「へ、へぇ……光躬から?」
ここで劫戈は涼しげな顔をしながらも、冷汗をどっと流して戦慄した。
(は……速い! 動きが……見えなかった!)
耳元に寄られた時、あまりに早過ぎて反応出来なかったのだ。思わず、畏怖の念を抱かずにはいられまい。
幼子でもやっぱり射命丸の血筋。桁外れな速さは健在である。
(ああ、違う。この娘は……光躬、じゃない!)
―――ふと腹の底に黒い靄が沸き上がった。
「―――っ!?」
はっと息を呑んで、劫戈は咄嗟に顔を隠した。右目の穿跡を隠す前髪の下で、押さえ込む手が震えている。
そんな劫戈の行動に、呆気に取られた文は血の気を引かせた。
「あ……!? す、すみません! ご不快にさせてしまいました、申し訳ありません!」
「ぁあ……違う……気に、しないでくれ……少し、驚いた……だけだから」
「ほ、本当にすみませんでした。出過ぎた真似を……!」
顔を青くさせている文に、劫戈は戸惑いながらいいんだと頭を振る。そう、文の所為ではないと言いながら。
彼の腹の底から沸き上がった黒い靄が、豹変させようとしていたのだ。普段の彼らしくない事だった。
(落ち着け、相手は射命丸の血筋だが……この子とは今まで面識がなかった筈だ、恨んでどうする!)
「あの……すみませんでした。大丈夫でしょうか?」
「あ、大丈夫だ……何分、久しいから、驚き過ぎたんだよ」
若干おろおろする文に対して劫戈は責苦を言えない。いや、幼子を一方的に叱るような事は出来る訳がなかった。
(俺もそうだったからな……)
黒い靄が気勢を挫かれ、納まっていく。
一瞬に湧き出た不快なモノを、無理にでも腹の底で眠りに着かせる。劫戈はふっ、と息を吐き出し、仕切り直して文に対面した。
その様子は先程と変わらぬものになっていた。
「……光躬から……聞いたって、言ったね?」
「あ……は、はい。お姉様は貴方様の事をよく話されていました」
何とも不思議な話だった。
劫戈の目の前には、生き写しと見違う幼い光躬がいる。その娘は全く酷似した顔で、酷似した声で、光躬を姉と呼ぶ。
何ということだろうか。劫戈は光躬と話している気分になりそうだった。一通り仕草は若干違うものの、少し態度を変えればそっくりである。
そうか、と劫戈は頷く。再び歩が進んだ。
「しかし、驚きました」
「む、何がだ?」
「話で聞く限りは、今の貴方様はお姉様から聞いた姿とは全く違います」
「……まあ、年月食えば成長するからな。違ってもおかしくはないだろう」
「あ、いえ、そうではなくてですね……」
「ん……?」
劫戈は訝しんで歩を止め、文の顔を覗く。すると、文が眼を輝かせて見上げて来た。
「お話で聞くよりも、素敵です! 特に、その翼はなんですか!?」
「え……あ、これは……その、だな」
「百聞は一見に如かず、とはこの事ですね! これほどの大きさ、しかもお姉様に負けず劣らずの綺麗な艶! これほどの翼は初めて見ました! 弛まぬ努力をされたのは本当だったのですね!」
褒め千切られて圧倒されかける劫戈だが、努力という言葉に、その顔は浮かなかった。
烏天狗の翼の大きさは、所謂強さの証である。
妖力の濃さ、操り方、この二つが秀でた者こそ大妖怪である。劫戈自身は別段、大妖怪という訳でもなく、妖力に秀でている訳でもない。実に、素の能力は勿論のこと、翼の頑強さや白鞘の切れ味は樋熊との戦いで証明されているが、それは―――。
それは努力とは言えない、自分のものでもない。ただ
「―――これだけは違うんだ」
「え?」
それ故に、劫戈は否定する。これは、自分の力ではないと言わんばかりに。
「命を、貸してくれたんだ……」
「ど、どういうことですか?」
「いや……この話は止めよう」
劫戈は首を横へ振り、無理にでも止めさせた。
彼には重く伸し掛かる過去だ。それ以上、触れて欲しくなかったというのもあるだろう。
そして、今度は。
「さて、さっきから訊かれてばかりだから、今度は俺が訊く番だ」
「は、はい。これは失礼しました。どうぞ、なんなりと」
強張った表情から、それに相応しい低い声音が出た。劫火干戈の今にも迫りそうな態度に、文は僅かに驚き委縮してしまう。
(そうだ、訊かなくては……! 光躬の事を!)
これは何という僥倖だろうか、好機にも程がある。
群れから追放された時から今までみっともなく生きて来た劫戈が、抱いた問いとは何か。
訊きたい事は山ほどあるようで、文は問い詰められるのではないかと身を引き締められた。文を見つめる灰色の隻眼が、ほんの一瞬だけ―――煌き―――優しい眼になる。
「なぁ、光躬はどうしてるんだ?」
すると、まるで隣人に語り掛けるように問うた。
「―――?」
そして突如、劫戈は困惑に陥った。
この時の劫戈の感情は昂ぶり、込み上げる強い衝動に駆られていた。黒い靄が沸き上がった直後から、妙な気分に誘われていたのだ。
だが、そのような事にはならず、一瞬の内に落ち着いてしまった。文の顔を見たからなのか、それとも
今尚も記憶から消えぬ想い人の事で飛び掛かってでも問い質してもおかしくはない筈なのに、そのような衝動は終ぞ起きなかった。
「お姉様ですか? 一時期は落ち込んでいられましたが、今はお元気ですよ」
「そ、そうか。それは、良かった」
何事もなかったかのような会話が成立する事に、妙に薄ら寒い感覚を得ながらも劫戈は光躬が元気でいると聞いて安堵した。
「ただ、長らくお会いになっていない為か、貴方様の事を話される時はとても悲しそうでした」
「あー……彼女は、なんと言っていた?」
「―――“会いたい”、と。ずっと、貴方様がお帰りになられる日を待っていると思います」
「…………そうか。だが、俺は―――」
「……?」
劫戈は最後まで言い切らず、文から顔を逸らしてしまった。そんな劫戈に、文は首を傾げる。
彼の心中は、冷たく、しかし温かい空気で二分されていた。それは、文には解らない。
「……」
文はそれ以上踏み入るのを止めた。
劫戈の暗い表情を見て、口を噤む。恐らく、自分には解る事はない苦悩だろうと結論付けて。
「それ以上は……申し訳ありませんが、長である五百蔵様への会談にて伝えさせて頂きますので、群れの現状に触れる事は今のところ教えられません」
「……それもそうだな。ああ、解った。務めの最中にすまない」
「いいえ、お気になさらず」
文はそこでさっぱりと話を切り上げた。群れに関すると付け加えて。
それ以上長くさせない為でもあるだろうが、顔には務めを果たそうとする者特有の硬い表情が現れていた。
文は劫戈にやんわりと頭を下げる。
そこには、幼い身ながらも会話に耽らない姿勢が在った。射命丸の名は伊達ではないようで、よく教育され抜いた賜物であると解る。
二人は丁度、塒の手前、山の中腹まで来た。少し開けた場所の真ん中で五百蔵が待っている。
五百蔵の手前には茅がおり、穏やかでない表情で文を睨み付けている。劫戈は取り敢えず、五百蔵の元まで案内したので、紹介してから静観に移ろうとした。
「―――とは言え、会談には貴方様にも出て頂くつもりですので、逸早く知られると思いますよ。御心配には及びません」
「は……なんだって? それはどういう―――」
劫戈は驚いて振り返ると、上手くいったと微笑みながら通り抜ける文がいるではないか。問い質そうとするが、文は劫戈よりも早く動いてしまっていた。
その先には五百蔵と茅、集まった生き残りの面子がいる。
「この度は、突然の来訪に際し、御無礼を。お初御目に掛かります。五百蔵様とお見受けしますが」
「これは随分、可愛らしい娘が来たものだのぅ……うむ、然りじゃぁ。そう言うお前さんは?」
「ああ、失礼……射命丸文と申します」
あっと言う間に、群れ長と訪問者の会話に入ってしまう。劫戈は、してやられたと言う顔を露骨に見せ、数歩下がって話を見守る方へと移った。
その幼いながらも堂々とした来訪者に、白い狼達は警戒しながら呆然とするしかなかった。
「なんだ……この感覚は」
そんな中、劫戈は唖然と呟き、苦しそうに胸を押さえた。
痛みではない。全く別の何か。
(
妙な胸騒ぎを覚えたのは、果たして間違いであっただろうか。
小説を、息を吸うように読む同志と相談し、今までの文字数が長くて読みにくいという意見から、一話分の文字数を少し減らしました。読みやすくなったとは思いますが、どうでしょう?
作者としても書きやすいと感じていますし、問題だった更新速度も改善されると思い、今回からこのスタイルで行こうと思います。前の方が良かったとおっしゃる方には、申し訳ありませんがこちらの都合で決めさせて頂きます。御了承下さい。
以下、前書きの続き……言い訳です。
以前、秋季例大祭に赴き、文ちゃんのフィギュアを買ってヒートアップしていたのにも関わらず、その後に講義のレベルアップやそれに伴い、執筆時間と意欲が大幅に減滅。結果、執筆に行き着けず……挙句、気疲れから体調を崩し、インフルかと思われるほどに体力を根こそぎ奪われ、喉が潰れる。二週間まともにしゃべれず、気力はごっそり。スランプにも陥り、もう散々でした(´; ω ;`)
そして、気が付けば冬のコミケ。「行くかぁ」と焦らずゆっくり行きまして―――復活。気が付いたら書けていた……。そんなありさまです。
もう、処刑台に一歩踏み出すのは御免だぁ……。
第三章の結末について
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取り返しのつかないバッドエンド
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痛み分けのノーマルエンド
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邪魔者を排斥出来たハッピーエンド
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