東方捨鴻天 【更新停止】   作:伝説のハロー

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大学で、鬼畜なレポート地獄が到来。どういうことなんでしょうかね。一ヶ月に七つ作成したのは生まれて初めてでした……。締め切りに追われ、追加の課題に発狂しかけ、小説そっちのけでやる羽目に……。いや、ほんと、連続徹夜じゃないと終わらないとか、それだけで斃れるかと思いました(涙)
お蔭で、当初の展開が頭からすっぽり抜け落ちて、中途半端な前文が出来ていたので、止む無く全て破棄し、再構成から物語進行に至った次第です、はい。

ということで、お待たせしました、第二章、始動です。
さっそく物語を本格的に動かしていきます。



第二章 馳せる干戈の烏
第二章・第一翼「冷たき雪の中で」


吹き荒ぶ粉雪の風を受けて、木々は葉を白く染める。

 

唯一染められないのは、木の頂点に陣取った人型。背より生えた黒く大きな翼を携える異形の者だった。白い雪を拒絶するように目立つ黒い髪は、雪を被っても微動せずにいる。

風の流れと同時に、灰色の鈍玉が無感動に、横へ往復する。息を殺して気配を潜ませ、獲物を狙うが如く、山一体の様子を視界に収めている。

 

「…………」

 

彼―――木皿儀劫戈は、腰から伸びる白鞘の柄を撫でる。いつでも抜けるようにと、手元に置いたそれは、不変の如き白さを保っていた。

それを、視界に入れる事無く、割れ物を扱うように優しく撫でる。

 

彼は明くる日を重ねてきたからだろうか、幼い顔立ちは鳴りを潜めていた。練磨を繰り返して鋭くなったと解る眼は強い意志を放ち、愛想を失させながらもはっきりとした青年らしい風貌を纏っている。背も伸びたようで、以前の頭頂なら今の胸辺りだった事だろう。容姿に名残があるが、大きな差が出来ていた。

凄惨な傷跡を残している右眼は前髪で隠れているが、頼れる灰色の隻眼で余す事無く周りを見渡していた。風の流れを読み取り、気配の流れを肌で感じ取る芸当をやっている。

手に収まる義母を得た幼い日より研鑽し続け、逞しく成長した彼ならば、出来てもおかしくは無かった。

 

そこで風、と鼻に入り込む臭いに、僅かな反応を見せる。

 

「今日も、か―――」

「おーい」

「…………茅」

 

劫戈は視線を落として、眉を潜める。不穏な空気を感じるも、呑気な呼び掛けに遮られてしまったからだ。

声の主は拾われた時から付き合いの長い義理の叔父、とは言え、あまり歳は変わらぬ友である。丁度、劫戈が立っている木の真下にいた。

根っ子に片足を乗せて、僅かに開いた枝の隙間から劫戈を見上げている。実に器用でいて、緊張感の無い行動であった。

呆れながらも、そんな茅に向けて劫戈はやれやれと言ったように口を開く。

 

「どうしたんだ……?」

「お前こそ、どうしたよ。何か、良からぬものでも見えたか?」

「ああ……」

 

少し面倒なものを、と言おうとして止めた。長い付き合いの中で、既に茅は解っている筈である。

溜息が大きな白い息となって、落ちていく雪と同化する。

 

「言わずもがな、見えたろう」

「ああ、いやでも見える(・・・)ぞ」

 

視線を戻せば、遠方に見えるのは烏天狗の山にして劫戈の生まれ故郷。劫戈にとって、かつて追われた、群れが居を置く根城であり、最も気にする場所であった。

 

「まだ派手にやってるのなぁ、天狗の山は。しかも、一ヶ所や二ヶ所じゃあねぇな」

 

群れの内で揉め事か、と疑問に思わせる山の状況は、劫戈を間違いなく不安にさせるものだった。

 

あちらこちらで赤い発光が上がっているが、それは山火事などではない燃え広がり方で、燃えてはすぐに鎮火する事が起きていた。時折、垣間見える閃光も、積もった雪と一緒に舞っている。

木々が倒れると思いきや、滑るように根元から吹き飛んでいく。その余波が風に乗って届いてくるほどだ。

この有様を、両者は戦いのものであるとすぐに理解していた。

 

「故郷が心配か?」

 

茅の問いに、劫戈はすぐには答えない。じっと耐え忍ぶように故郷を、見ている。

 

―――内乱。

思い当たる節などそれくらいであった。三日前から連日続く状況は、侵略でも受けているとは考えにくいのだ。一体どうなっているのか、見当がつかない状況である。

 

「……」

 

短く息を吐いた。

内心、気が気でないのがありありと伝わる、劫戈の鋭い闘志を纏う態度は、今にも飛び出しそうなほどだった。肌やら衣服やら滲み出る灰色の妖力が、靄のように立ち上る。

 

「―――」

「いや、いい……言わんでも解るよ」

 

諌めるような態度はなく、茅はただ身を引いた。

それに対し、介入せんとする勢いの劫戈だが、一向に飛び立とうとする気配はない。寧ろ、血の気盛んに見えて、身体は真逆な事に静を保っている。

以前の劫戈なら、どうしたかは想像するに難くない。まっすぐ突っ込んだかもしれないが、今の彼は立場が昔と大きく異なっている。

 

「一応言っておくが……お前が飛び出そうものなら、俺は止めるぞ」

「いや、もう大丈夫だ。……気になって仕方がないだけだ」

「気になっただけだってぇ? こりゃ、槍でも振るんじゃないか?」

「比喩でも止めろ、物騒だ」

 

などと、冗談となった後半は頭の中から洗い流し、視線は外さず見続けて、思案に耽る。

とはいえ、それは刹那の如くすぐに答えを出していた。

 

「―――俺は、天狗の群れ(あそこ)に相応しくない」

「そうか……。でも行きたそうにしてたぞ?」

「……行きたくないと言えば、嘘になる。本当は、行きたいんだ。行って……」

 

そこで劫戈の言葉は途切れた。喉から出さず、抑えるべき黒い感情として飲み込んだ。

今の彼を見れば、多くの者が嗤うだろう。大妖怪に差しか帰る手前の力はあっても、故郷の危機になって助けに行かないという情けない姿を晒している。

その事実を無理やり鎮めて、顔を苦痛に歪める。

 

もし、怪我しそうものなら、救いたい。

もし、困っているのなら、力になりたい。

 

しかし、今更行ってどうなるというのか。劫戈とて、馬鹿ではない。

 

群れを、親からも勘当され、剰え殺されかけた。されど生き延び、敵対する群れに救われた。その群れに行き着いて、恩を返そうと努めている。

 

この事実が、劫戈の望む道を邪魔していた。

 

敵対する側に着いた今、隣家の火の粉を被りに行く愚か者はいないだろう。そんな暗黙の中、敵対する群れに助太刀しては、大きな面倒事を起こしかねない。

救ったとして、恩を売る事に成功するにしても、見返りを求めていないとしても、相手は差しのべた手を素直に受け取りなどしない。

寧ろ、怪しむのが当然だろう。漁夫の利を狙う敵として、その場で討たれかねない。

 

以前、樋熊が襲ってきた時、烏天狗勢力は疲弊し切った白い狼一族を、好機として襲いはしなかった。

逆に、我関せずを貫いていた方だった。

敵対者が勝手に苦も無く死んでくれるなら、手を出すに越したことはないと判断されたのだろう。

焦って逃げ果せようとしていたのに、拍子抜けしたとも言えよう。重傷を負った五百蔵も揃って、事が終わった後、烏天狗の襲撃を警戒していたにも関わらず、何も起きず仕舞いだった。

 

烏天狗は余程の事が無ければ、放逐する気でいる。というのが、五百蔵の考えだった。長年敵対して来た五百蔵からすれば、ありがたい事であったに違いない。

 

それは―――劫戈という、一つの個としては納得しかねるものであった。

 

「五百蔵様は動けないし、今の皆に迷惑をかけるわけには……いかない」

 

群れが大事だと思うからこそ、劫戈は動けないでいた。

 

そう、今。

たった今、逆の出来事が起きているのだ。

 

今の劫戈は余所者であり、故郷の危機だからと言って、手を出せば要らぬ多くの危険を孕む。

 

だからこそ、彼はじっと我慢しているのだが―――

 

「けれども、救いたいのは嘘じゃない……!」

「そりゃぁそうだ。幼い頃から一緒にいた女の子を火中に放っとくなんて男が腐るわな。―――だが、駄目だ」

「解っているよ……」

 

茅は険しい顔で劫戈に注意する。一瞬でも態度を変えた茅の赤い眼は、耐える強さを持つ事を語っていた。

 

「悪いが、耐えてくれ。俺としても、背を押してやりたい気分だが、俺にも背負った(もん)がある。お前も例外じゃない」

「ああ……」

 

助けに行けない事は、本当に悔しい。が、口にも態度にも出さない。彼は無意味であると知っているからだ。

 

樋熊の襲来から、本日を以って丁度五年が経過した。

結果は散々であった。五百蔵は未だ再起不能なほどの重傷を負い、五名いた幹部は二名のみ存命。他、男連中と妖獣の大半が死亡した。

(かじ)は負傷した(いさ)を拾い、後を追っており、五百蔵が最後の一匹を仕留めて、事は終わりを迎えていた。

当時、五百蔵が負傷し、白い狼の群れは瓦解。長に代わって、茅と劫戈は生き残りを集める事に奔走し、同時に犠牲者を埋葬した。

 

劫戈が欠けるだけで、非常にまずい状況なのだ。それは本人も知っている。

実質、群れを守れるのは、生き残って動ける数人の大人達と、若手の中で最有力な茅と劫戈のみ。

とてもではないが、軍勢に攻められたら一溜まりもない。生き残れるか怪しい方である。

傷付いた長、動けない大人数人と、戦えない子供等が生き残った群れの現状―――選択肢は一つに絞られた。

 

劫戈は守り手となる事を選び、何としても守ると決意していた。

 

「そろそろ戻る。沙羅はまだ本調子じゃねぇからな」

 

茅の義妹たる沙羅は、樋熊の襲来から生き残った娘である。が、彼女は実妹、鵯の変わり果てた骸を見て、危うく発狂しかけ、情緒不安定に陥ってしまった。

今は落ち着いているが、肉親を失ったという心に刻まれた傷はあまりに大きい。

 

「……すまない。無駄に付き合せた」

「いいってこった」

 

本当は片時も離れる訳にはいかない筈だ。一番仲が良く、唯一支えてやれるからこそ、傍にいてやらなければならないというのに。

 

「俺の事は気にしないでくれ。もう大丈夫だ、心配は要らない」

「へいへい、いいっての」

 

茅は何でもない風に振る舞う。

劫戈は背を向ける茅に、感謝と申し訳なさを込めて言った。無暗に動かないよう、釘を刺しに来ている友に向かって。

 

徐に、劫戈は視線を立て直した集落の方へ向け、更に奥へ灰色の瞳を走らせる。

 

そこには、いくつもの石から成る山が築かれていた。

樋熊が持ってきた狂喜は、少なからず相対した者に悪影響を及ぼしており、残滓に充てられた子供が不調を訴え、早五年が経過している。一向に良くならない者は衰弱し、その冷たい石の下で眠っていた。

巻き添えになった者、生き残る事が叶わなかった者、勇敢に戦って死した者―――そんな彼らの墓だ。

その中には死ぬ瞬間まで、狩りで世話になった者、共に笑い合った者、男の象徴(おのこ)を茶化してきた者も混じっている。

 

「―――っ」

 

すぐに視線を外し、元に戻した。彼らの遺体に縋り付いて慟哭を漏らす女性陣が脳裏に蘇って来る―――母の最期の顔も例外ではない。

 

「……彼らの死を、守ろうとした思いを、無駄にしてはいけない」

 

言い聞かせるように、はっきりとした口調で呟く。背負った母の命を、再度噛み締めるように。

 

更に―――

 

「光躬……」

 

冷たき雪の中で、想い人の名を呟いて。

未だ荒れている山を見据えながら。

 

「君は今、どうしてるんだ……?」

 

その問いに誰も応える者はいない。ただただ、冷たい塊と弱い風だけが舞うだけだ。

隻眼の烏天狗は独り、内乱の行く末を見守った。

 

 




お待ちかねのメインヒロイン様が遂に―――まだ出ない(笑)
しかも主人公は最善策を講じた為に、ヒロインの元へ行こうとしない構図がェ……。
大事なものが増えれば、逆に弱点が増えるという典型例です。前からやってみたかった(フフッ
あ、五百蔵様が出てきてないし、幹部連中も……茅の嫁も―――ん?
まあ、出番なら今後、いくらでもありますし、今回くらいはいいかな……?(眼逸らし)

第三章の結末について

  • 取り返しのつかないバッドエンド
  • 痛み分けのノーマルエンド
  • 邪魔者を排斥出来たハッピーエンド
  • 作者におまかせ(ランダム選択)

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