東方捨鴻天 【更新停止】   作:伝説のハロー

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投稿は実に一ヵ月ぶりですね。
執筆時間が取れず、憤りが募っていく長期休みでした。ありえんよ、ってくらいくっそ忙しいぃ……チクショウメェェ!
失礼、愚痴りました。

―――這い上がれ、少年。
今回は作者の大好きな戦闘シーンです。いつも以上に熱が入ってしまい、推敲に手間取りました。頭が一種のカオス状態(笑)で執筆しましたです、はい。書き方も若干工夫。
※本主人公、“劫戈”の顔のみの手書き設定絵を後書きの方に用意しました。飽く迄イメージなので、悪しからず。
では、どうぞ。

サブタイトル変更、1/11に実行。


第一章・第七羽「拳語り」

若気の至り―――それは是。

 

だが、今だけは違った。

 

思い返せば、欠点はいくらでもあるものだ。年寄りは、意外と分かっていらっしゃるようで、簡単に見抜かれてしまうのも頷けた。

 

短慮が、誤解が、浅はかさがあった。青いな、と言われるのは当然であったのだ。

 

 

 それは―――いや、今は止そう。

 

 

熟考する暇などないのだから。寧ろ、それでいいのかもしれない。

 

全ては、拳で―――語ればいい。

 

突き出した拳は思いを乗せ、風を切り、茅の頬に届く。

 

「ぅぐっ!?」

 

左横から拳が突き刺さる。

だが、逆に痛みで声を上げたのは劫戈自身の方だった。視界が勢いよく巡り、二度三度、空と地が反転する。

 

「づ―――ぶっ!?」

 

それだけに飽き足らず、劫戈の顔面に衝撃が来る。

 

一つの攻め手に対し、容赦を知らない乱打の応酬。

四つ、六つ―――いや、それすらも捉えられない拳の数を両腕で必死に防ぐ。物の数が錯覚するほどの拳が、視界内で乱れ飛んで来る恐ろしさを知った。

 

「は、はやっ―――」

 

声を張り上げる前に、再度、拳が迫る。

地を背に、腕を交差して顔だけを護ろうとする劫戈だったが、背筋が凍る感覚を覚える。慌てて身を転がしてその場から脱出、腕を最大限に使って跳ね退いた。

 

「……っ!」

 

劫戈が身を起こして見渡すと、ある程度、背筋が氷解する。離れて正解だったのだと実感した。従わなかったら、今頃は餌食になっていただろう。

茅は顔を驚きに染め、拳を打ち上げた姿勢で固まっていた。

 

「今のが見えたのか……いや、感じ取ったのか? 冗談だろ……」

「冗談……。それはこっちが言いたいよ」

「はっ。喧嘩に手を抜くとか、相手に失礼…………え、もしかして、喧嘩は初めてとか、言わないよな?」

「……前に、何度か―――っ!」

 

茅の戸惑いに、目を逸らしながらそう軽く言って返す。茅から苦笑が返ってくるのを置き去りにし、劫戈は仕返しとばかりに再び突っ込んだ。

 

「うおっ!?」

 

容易い不意打ち、直進に駆けた。

今度は正面から迎え撃つ拳に備えて、ギリギリの距離を見計らって身体を捩る。拳がいつ来るのか解らないので、ほぼ勘で動いた。

 

「―――だろうと思った!」

「がっ……!」

 

当然、と言わんばかり、応対された。

 

「正面から来るのは結構だがよ、それだとこっちが殴り続けるだけになっちまうぞ? いいのか、それで」

 

茅の拳はとにかく速かった。視界に捉えられないくらいの拳の速度に、振り回されて見切れる道理がない。

今まで以上の衝撃を頬に受け、頭から吹き飛ばされた。弧を描いて、空を横断する。

 

「っ……!」

 

接地の瞬間、あまりの痛みに顔を顰める劫戈。

あちこちを擦り剥いて、血が滲む四肢を放り、しかし顔だけは茅からは離さなかった。

 

「―――」

 

無傷で立つ茅は、まだ終わらないだろう、と戦意を失う事なくこちらを見据えている。

劫戈は圧倒的な実力の開きに戦慄した。油断、慢心、そのどちらでもない余裕の態度が解ったからだ。

 

(違い過ぎる……)

 

言うまでもなく当然。茅と劫戈の差など見なくとも、即刻断言出来るほど瞭然だった。

 

 

 食いつかねば、意志を示せないのに。

 

 

悔しいのは然りだった。再確認して奥歯を噛み締める。

劫戈は一度、拳を解いて握り直すと、茅に向かって駆け出した。無策な突貫とも取れる行動だが、劫戈は愚かであると解っていても前に進んだ。

 

(あめ)ぇぞ!」

 

懐に入った時、茅は反射的に劫火の顔を打ち抜いた。肌を弾ける音が木霊する―――が。

 

茅が放った右の拳は、劫戈に当たってはおらず。

 

「っ……うまい、ことをっ! やる、なぁっ!」

「ぉぉおおおっ……!」

 

もう一度打ち込むも、劫戈には届く事はなかった。劫戈は―――茅の拳を、己の拳で迎え打っていたからだ。

 

拳が今まさに迫った音速にて、見事な事に、劫戈は相殺に成功していた。

彼は見えてから対処したのではない。殴られた箇所を鑑みて飛来する場所を予測し、拳に合わせたのだ。

 

「へぇ―――だから甘いっての!」

「っ!?」

 

されど、それは完全な迎撃とは言い難いものではある。即興である為か、欠点が大いに露見してしまっていた。所詮は、まぐれ(・・・)当たり。

 

茅はすぐさま拳を開き、劫戈の拳を掴み取る。動く間もなく劫戈は手前へと急速に引かれた。前のめりになる身体は、抵抗らしい抵抗を許さない。

眼前には茅はおらず、既に懐に入られていた。あっという間に、位置が逆転していた事に瞠目せざるを得ない。

 

一つ、肉が叩かれる打撃音。

 

「ぅ……か、はっ……!!」

 

今度は胴体に衝撃が走る。肺の空気が容赦なく外に奪われた。

 

視界がゆっくりと流れていく。息が苦しく、何もかもが遠のく、死に近いしい感覚に、僅かな既知を感じた。

 

あの時と同じだった。そう、父―――日方に眼を穿たれた時と。

 

(―――い、いやだっ! あんな男なんかに……っ!!)

 

当然の拒絶を起こした。忌避すべきと判別した父親の仕打ちが脳裏に甦り、逃れようと必死にもがく。

しかし、どんなに命じても身体が言う事を聞かない。刻まれた記憶は、弱った身体に容赦なかった。

負けてしまうのだと、諦観が湧いて出た。もう駄目か、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、その時、何故か大きな違和感が劫戈を襲った。

 

(ぁ…………あれ?)

 

瞬きの間に、浮遊感が彼を包む。血液をぶちまけたような赤い景色が常に映り出されている右の視界にて、それは起こった。

 

右側のそれは、じわじわと―――声すら上げる事も許さぬ速度で左の方へと到達。一面血壁の右奥が、涅槃になった。

 

そして。

 

「――――――!?」

 

視界に映ったそこは、春夏秋冬が入り乱れる花鳥風月だった。

 

 

『―――愛し仔よ』

 

 

声を聞いた。

己という枠組みを超えた外部からの声を。

 

遍く全てが止まった。

何かが語りかけてくるという事象の中で、それ(・・)は何処かで聞いた事のある、凛々しき女声。

 

 

(貴女は誰……?)

 

 

『―――いずれ解る。安心せい』

 

 

最初に、父や母とは違う親しみ深さ。

 

 

『少し助言を授けようぞ』

 

 

次に、慈しみを感じた。

懐かしい声とは違う。聞き覚えはない筈なのに、心は知っている気がした。誰なのかは解らない。

果てには、別のものが流れ込んでくる。

 

 

妖力は要らない。

ただ純粋に。

意志を見せろ。

 

 

それは劫戈の中で、反芻し廻った。喧嘩の前に定めた事柄。

 

 

 それでいいのか。

 

 

今なら解る。それで良いのだと。

 

 

『どれほどの悲しみでも、苦しみでも、絶望であっても』

 

 

身を痛めても、悔やんでも、挫けても。

 

 

『跳ね除ける勇気を持て』

 

 

優しく繋がれた思いに、心が洗われたように震えた。

 

(―――ありがとう……)

 

 

『詠え、紡げ。汝を謳おう―――』

 

 

 

 

             ―――■ ■■■■ ■■■―――

 

 

 

ただ小さな願いを、現実へ。

錯綜されたその身を変えよう。

言の葉を繋ぎ、本来の在り方へ。

 

 

『汝に幸あれ……』

 

 

何かの景色が掻き消える次の瞬間、何かが駆け巡った。

 

 

 

「あ……」

 

劫戈は気付くと、空にいた。胴を打たれて―――平然と後ろへ跳躍した空中で。

 

不思議と、打ち込まれた筈の痛みはない。

頽れた形跡も、吹き飛ばされた風切りも、不利になるような事は何も起こらなかったと伝わって来ていた。だが、どこから伝わったのかは解らない。本能的知覚だろう、としか判別出来なかった。

 

この際、どうでも良い事だ。

 

問題は目の前に映る現状だった。最優先にすべき事がある。

 

「……今のは確実に入った筈だぞ―――お前、何かしたか?」

 

僅かに狼狽する茅だが、劫戈は至って正常だ。肉体の不調もなければ、精神的な負荷もない。

逆に言えば、正常である事が異常に思える程だ。

 

着地し、自然体に佇む。息を一つ吐き、風に乗るのを無視して。

 

「負けるかぁぁああああああああああ―――!!」

 

絶叫。

飛び出したのは、咆哮が靡いた時。脱力からの全力疾走を取った。

 

「っ……うおぉおおっ!?」

 

茅は劫戈のあまりの気魄に、慌てつつも正拳の構えで迎え撃つ。上体を捩り、繰り出す右腕を胴より後ろへ引いて、振り抜く体勢を取った。

 

そんな事は知っている。だからこそ直感で動く他ない。

 

(あ―――これは……)

 

この時、劫戈の頭は異様に冴えていた。誰か(・・)の御蔭で冷静になっていたからかもしれないが、何よりも相手に食らいつくと言う熱意が彼を突き動かしたのだ。

水が沸騰する手前、それを操作する微細な手際とも言える。この短時間で見事に、無意識ながらやっていた。

 

故に。

 

「なっ!?」

 

茅は驚愕と崩落に襲われ、文字通り脚を取られる。

事が成功したと解った劫戈は、己が初めて笑みを浮かべている事を認識した。

 

劫戈の視界に入った茅は、右の拳を腰辺りで引き絞り、左の拳を劫戈へ向かって突出していた。劫戈が通り過ぎも(・・・・・)しなかった(・・・・・)場所へ。

 

茅は生来の千里眼で咄嗟に垣間見る。本能から来る危機感知能力。それは問題なく発揮し、劫戈を捉えた。

 

彼もまた意識してではなく、無意識に取った行動だった。

 

しかし、それは既に遅かった。

 

残った片足で、迷わず地を蹴る。迷わず、身を後ろへ。

 

「――――――!」

 

言葉なく視線が落ち、交差する頃。滑稽な顔を晒しているそれへ、右拳が突っ込んだのを劫戈は感じた。

 

「―――ぶ……っ!!」

 

鋭い衝撃が茅を揺さぶり、身体を引き連れて吹き飛ばした。

 

「ぐ……―――だがなっ!」

 

鋭い痛みで身体が動きを止める。

しかし、それでも尚、滔々の如き吹き飛びに抗う。回転させる事で強引に体勢を変え、茅は両足を接地。踏鞴を踏みつつ後退を拒否した。

勿論の事、前のめりになっている劫戈は、成す術もなく茅の拳が届く距離に据え置かれてしまった。

 

「う―――っ!?」

「お、らぁぁぁあああああっ!!」

 

地を蹴った音が、肉を打つ音と重なった。

彼もまた全力での疾駆から、その勢いを利用した殴打を繰り出した。茅本人の動体視力をも超えた速度で。

 

「ご―――」

 

それは逃げの手を失っている劫戈の顔面を捉え、問答無用で戦意を刈り取る。始まりから見せた殴打よりも、別格の一撃だった。

錐揉みしながら地に叩き付けられ、それでも勢い止まらず。

 

「う、ぐぅぁ……」

 

端っこの木にぶつかって漸く静止した。

劫戈は最後に何が起こったか理解出来なかったが、殴られたのを知覚していた。

 

「認識がずれた? いや、あれは……気配が察知出来なかった―――まあ、この際どうでもいいか」

 

ふと、茅は笑った。嗤うのではなく。

 

落ち行く瞼。

力が入らぬ劫戈は、木に背を預けてじっと茅を見ていた。その胸中を歓喜の思いで満たして、身体に走る痛みに顔を顰める。

 

「俺に一撃入れた年下はお前が初めてだ……。やりゃ出来るじゃねぇかよ」

「……でも、まけ……ました」

「いいんだよ。勝ち負けなんて」

「で、も……」

「十分、納得出来たからな。いいのさ」

 

近付き、しゃがみ込んで視線を合わせる茅は、ぐったりとした劫戈を撫でてやる。優しげに口元を吊り上げる茅は巌な態度でもなく、満足気な表情を劫戈に向けた。

 

「お前を認めてやるよ。劫戈(・・)

「ちが、や……―――」

 

一間置き、劫戈が切望した言葉を伝える。返そうとした劫戈は遂に限界を迎え、意識が途切れた。

真っ暗闇に呑まれたものの、その表情は安堵と歓喜に染まっていた。安らぎに満ちて、小さな烏は疲れて眠りに着いた。

 

 

 

両者は最後まで気付かなかった。

 

 

劫戈の背から、吹き飛んだ拍子に羽毛が抜け落ちていた事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それが銀色に輝き、掻き消えた事を。

 

 

 




二人の喧嘩は、本当に喧嘩の類だろうか、と作者自身疑問に……。空回りしたかもしれない―――まあ、いいか。
劫戈に直結する存在への伏線。今後に響いて行きます。

↓設定絵になります。

【挿絵表示】

第三章の結末について

  • 取り返しのつかないバッドエンド
  • 痛み分けのノーマルエンド
  • 邪魔者を排斥出来たハッピーエンド
  • 作者におまかせ(ランダム選択)

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