召喚大会第三回戦は相手が食中毒で不戦勝とのことだ。
……サラッと言ってしまったがこれってかなり重大な問題なんじゃないのか?
学園が管理してる食事で実理的な損害を被ったわけだから最悪保護者に訴えられるんじゃぁ……?
まあそれを気にするのは僕ではなく藤堂学園長か竹原教頭だが。
そういう訳で急遽できた自由時間、僕は適当にぶらぶらしていた。
……視線を感じるな。監視されてるっぽい?
こんなド素人に監視されるだけで済むなら問題ないんだが……
「あの~……」
「…………ん? ああ失礼。僕に何か用かな?」
考え事をしながら歩いていたせいで掛けられた声を聞き逃す所だった。
えっと、この娘は……
「えっと、バカなお兄ちゃんがどこに居るか知りませんか?」
「…………」
(少なくとも外見は)小学生の少女にバカ呼ばわりされるような存在は一人しか思い当たらない。
だが一応詳しく訊いておくぞ。
「バカとだけ言われてもな。名前は?」
「うぅ、ごめんなさい。分からないですぅ……」
実の兄を探しているのではないようだ。
しかしどこかで見た事があるような……
「…………あ!」
「な、なんですか!?」
「お前……名前は!」
「は、葉月の名前は葉月ですぅ!」
「スマン、フルネームは?」
「はい? 島田葉月です!」
……あの時の島田の妹か。通りで見覚えがあるわけだ。
と言っても僕は遠くから見ていただけなのだが……その時の事は気が向いたら後で話すとしよう。
「で、『バカなお兄ちゃん』だったな?
あいつなら2年Aクラスの教室に居る。
そこで僕に似てるお姉さんが居るから、
『二回戦のお兄ちゃんは居ますか?』
と訊けば通じるはずだ」
「えっと、にねん……?」
「あそこにある一番大きな教室だ。
『二回戦のお兄ちゃん』だぞ」
「はいですっ! ありがとうございましたっ!!」
そう言ってトテトテ走っていく葉月。見ていて少し微笑ましい。
んじゃ、僕はまたぶらぶらしますか。
敵の戦力ややる気を推し量っておきたいからな。
……side out……
……光side……
「お帰りなさいませお嬢様」
メイド喫茶定番の挨拶をしながらお客様方をお迎えする。
休憩を挟んでいるから疲れるという事は無いのだが……兄さんが遊んでる最中も一生懸命働くのは腑に落ちない。
「あ、あのぉ……」
「どうなさいました?」
「えっと……『にかいせんのお兄ちゃん』は居ますか?」
「二回戦? ……ああ~、ちょっと待ってて」
召喚大会第二回戦だと範囲が広すぎるので除外。
つまり、試召戦争、Aクラス戦五本勝負の二回戦。
そんでもって『お兄ちゃん』という事は優子ではなく吉井君ね。
何て回りくどい……
「吉井君、お客さん」
「え? 僕に?」
「そうみたい。今手離せる?」
「ちょっと待って…………
はい。行こうか」
「あ! バカなお兄ちゃんです!!」
出会い頭にそう呼ぶのはどうなのだろうか……?
「……確かに」
「ちょ、ヒドっ!!」
「冗談よ冗談。
で、この娘は誰なの?」
「えっと……誰?」
「いや私に訊かれても」
ただボケてるだけ……だと信じたい。
「え? お兄ちゃん……知らないって、ひどい」
確かに酷いわね。この娘の勘違いじゃなければ……だけど。
「バカなお兄ちゃんのバカぁっ!
バカなお兄ちゃんに会いたくて、葉月、一生懸命
『バカなお兄ちゃんを知りませんか?』って聞きながら来たのに!!」
目の前でこうバカバカ連呼されるとなんとも微妙な気分になってくる。
「葉月、バカなお兄ちゃんと結婚の約束もしたのに……
「よし
「瑞希!」
「美波ちゃん!」
「「殺るわよ!!」」
「ごぶぁっ!?」
…………アレ?
私が『吉井君……小学生とは……
……結婚出来ないのよ……?』とボケてみようとしたらなんか邪魔が入った。
っていうかこの二人の鮮やかな連携は是非とも店の運営に生かしてほしい。
「お~い明久……って、何があった?」
「あ、坂本君。
説明したいのはやまやまだけど、私にも良く分からないわ」
「……なるほど、今度は何をやらかしたんだ?」
まっすぐに吉井君に問う坂本君の信頼は凄いと思う。
「ぼ、僕にも何がなんだが……」
「ふえぇぇぇん!! 酷いですっ!
ファーストキスもあげたのにっ!!」
もしかしてこの娘は場を掻き乱す達人なんじゃないだろうか?
「坂本! 包丁持ってきて!! 5本もあれば足りると思う」
「吉井君、そんな悪い事をするのはこの口ですか?」
包丁が約5本要るような動作って何だろう……?
「……とりあえず、包丁は勝手に使わないで。私の私物だから」
「そうなのか!?」
「ええ」
使用する道具は大体は業者からのレンタルだが、少しでも経費を浮かせる為に持ってこれるものは各自持ち寄った。
業物の包丁を10本ほど持ってきたのは私だ。
「……これは何の騒ぎだ?」
「あ、兄さんお帰り。どうしたの?」
「嫌な予感がしたんで帰ってきたんだが……
とりあえずここだと邪魔だ。奥に移動するぞ」
「そんな事より吉井が
「意識を失って運ばれるのと、自分で歩くの……どちらが好みだ?」
うわ~、凄い殺気。
この謎の少女が場を掻き乱す達人なら兄さんは場を静める達人だろう。
ほら、武闘派の坂本君も冷や汗流してるよ。自分に向けられてるわけでもないのに。
これに真っ正面から耐えられるのは普通に規格外な西村先生か慣れてる私くらいのものだろう。
と言っても結構集中しないと使えないらしいけど。
怯んでる姫路さんと微妙に涙目になってる島田さん(以前何かあったのだろうか?)を店の奥の方に連れていってから話を再開する。
「まず……お前は一体どうした? 何か悲しい事があったのか?」
「ひっく、バカなお兄ちゃんが、葉月の事、知らないって……」
「……まあ一年くらい前だから明久でなくても忘れるかもしれんな。
明久、『ぬいぐるみの少女』と言うのと『観察処分の件』、
どっちの方が分かる?」
「えっと? ぬいぐるみ……観察処分…………
ああっ!! あのときの子か!」
この娘の勘違いでは無かったようね。
っていうか、本人すら覚えていない事を何で兄さんが知ってるのよ……
「よし、良かったな葉月。
とりあえずケーキでも食って待っててくれ。僕の奢りだ。
おい店員! フルーツケーキデラックス.バージョン82.35をくれ! 大至急!」
『はい、少々お待ち下さい!!』
何故よりによってそれをチョイス!? 坂本君ですら根を上げたトンデモ料理なのに!!
「……でだ。
…………貴様等は料理長を押し倒して一体何をしていたんだ?」
吉井君って料理長だったんだ……
「う、ウチは吉井にお仕置きを……」
「そうです! 吉井君がいけないんです!」
「……との事だが、明久、反論は?」
「いや、僕もさっきから何がなんだか……」
「……埒が明かないな。
光、説明を求める」
ええ~、面倒くさいなぁ……確か…………
「『ふえぇん酷いです。葉月、ファーストキスまであげたのに!』
『瑞希』『美波ちゃん』
『『殺るわよ』』
『ごふぁっ!』
……だったかしら?」
「なるほど、簡潔な説明ご苦労」
声帯模写ってこういう時便利だ。秀吉君に感謝しないと。
「つまりお前らはこう言いたいのか。
『明久がロリコンになった!!』
……と」
「そう! その通りよ!!」
「きっと心を病んでるんです……私たちが何とかしてあげないと!」
「気持ちは何となくは理解したが……
行動が性急過ぎるし、目的と手段が間違ってる」
「…………え?」
いや、そんな意外そうな顔しなくても……
「ではもう一度、明久、反論は?
お前はロリコンらしいが……」
「事実無根だよ!!」
「お、お前がそんな言葉を知っている……だと!?」
「ちょ!? 今結構シリアスな場面のはずだよね!?」
「でも、さっきファーストキスって……」
「ふむ、それの事なら僕が横から見ていた」
「えっ!? 一体どこから!?」
「あの時はお前を尾行してたし、公園のど真ん中に居たから丸見えだったぞ。
……あの娘がした頬へのキスはな」
「えっ? 頬……?」
そもそも何の為に尾行を……?
「そ。頬だ。
向きも間違えるなよ? あの娘が、明久に、だ」
「えっと……という事は…………」
「完全に貴様等の誤解だよこのアホ供」
「ムグッ!」
「さ、まずは謝っておけ。
そしてケーキでも食って一息つこうじゃないか」
なるほど、無駄に巨大なケーキを頼んだのはその為か。
「う、ご、ごめんなさい、吉井」
「わ、私もすいませんでした……」
「え、えっと、僕は大丈夫だからさ。
ほら、せっかく剣がケーキを用意してくれたから、一緒に食べようよ」
「うんっ!」「はいっ!」
ふぅ、あれだけ混沌としてた場を収めちゃうなんて、流石は兄さんと言うべきかしら。
しかも自腹を切って女の子を気遣うなんて流石……
「(フフッ、こうやって自腹を切ってあいつらを気遣っておけば恩義を感じてこき使われてくれるはずだ。
投資に見合う収入を持ってきてくれるだろう)」
……前言撤回。やっぱり兄さんは兄さんだ。