バカ達と双子と学園生活   作:天星

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07 天秤

ガラッ

 

「……やっと来たか」

「お、お前はっ!!」

 Bクラス教室に入ってきたのはここの代表。

 つまり、根本恭二だ。

「何の用だ!」

「……人目に付かない方が良いだろう。

 店の奥に案内してくれ」

「……くっ、仕方ない……」

 

 …………

 

「まずは……これを返しておこう」

「なっ!!」

 これとはすなわち、根本恭二女装写真集『生まれ変わったワタシを見て!!』だ。

 この本は今のところ世界に一冊しか無く、康太からもとのデータも回収させてもらった。

「一体どういう風の吹き回しだ?」

「深い理由は無い。

 強いて言うのであれば、もう十分痛い目を見ただろうという事だ」

「そんな理由で返すのか? これがあればいくらでも俺を脅迫出来るはずだぞ?」

「脅迫してほしいのか?」

「ふざけるな! 俺を馬鹿にしてるのか!?」

「馬鹿になんぞしてないさ。

 で、要らないのか?」

「……チッ、返せと言ってももう返さないぞ」

「返されても困る。

 じゃあな」

 これで用事は終了だ。

 後は……まぁあいつ次第かな?

 

  ……Side out……

 

  ……根本side……

 

 あいつ……一体何のつもりだ……?

 更に脅すならともかくあっさり返すだと?

「代表、どうしたの?」

「御空か……いや、何でもない」

「何でも無いって事は無いでしょ。あの空凪君と会話してたんだから」

「み、見てたのか!?」

「何か本っぽいものを渡すのは見えた」

 くっ、見られてたのか!?

 いやだが本の内容までは見られてないようだ。良かった良か

「まあどうせ女装写真か何かでしょ?」

「なあっっっ!!! キサマ何故それをっ!!!」

「私も撮影の時に見てたから存在自体は知ってたし、

 脅迫されてたっぽいからネタはそれかな~と」

 くっ、鋭いっ!!

「で、その写真を返された……と?」

「ああそうだ。一体何のつもりだ……?」

「ん~、何となくなら分かると思うけど」

「何? 本当か!?」

「ん~、まああくまで私の予想だよ?」

 こいつらは初対面の時から妙に波長が合ってたからな。御空の言う事なら多少は信用出来るだろう。

「ぶっちゃけて言うと……

 『報復が怖いから』と『メリットを期待して』

 だと思うよ?」

「…………何?」

「何と言われても……言葉通りよ」

「……余計に分からなくなったんだが……」

「う~ん……そうねぇ……

 代表は『卑怯な事』全般に対してどう思う?」

「何だ? 説教でも始める気か?」

「いやいや、単純に代表の意見を聞かせて?」

「そう言われてもだな…………」

 意見と言われても、特に何も思いつかないぞ……?

「……私は、『天秤』だと思ってる」

「天秤?」

「そ。リスクとリターンを秤に掛ける行為。

 例えば代表が戦争中に行った相手クラスの破壊工作。

 アレを行う事で敵の戦意を挫いて補給作業も遅れさせる事が出来た。

 その代わりに、人の私物を壊したという悪評を受ける事になった」

「そう……かもな」

「空凪君が使ったっていう時計を半日遅れさせるトリックも同じ。

 アレのおかげで空凪君は戦争に勝つ事が出来たけど、私たちにはもう絶対に同じ手は通用しないし、Cクラスで堂々とバラしたらしいから同学年には通じなくなると見て良いでしょうね。

 そもそもの交渉すら通じなくなる可能性もある」

「…………なるほど」

 人をあっさり騙すような奴が交渉を持ちかけてきたら……100%罠だろうな。

「で、さっきの女装写真は……

 脅迫はやりすぎると恨みを買う。

 いつかやぶれかぶれになって報復してくるかもしれない。

 だからあっさり返した」

「そこはまだ納得出来る。

 でも『メリットを期待』っていうのはどういう事だ?」

 アレを返す事で報復を(多少)防止する以外のメリットは思い付かないが……

「さっきまでは分かり易いように実理的なメリットとデメリットを挙げたけど……

 空凪君がもっと気にしてるのは『心』の問題だと思うよ?」

「こころ?」

「知ってるよね? 『嘘つきは泥棒の始まり』って言葉」

「ああ。当然だ」

 幼稚園児でも知ってる言葉だ。

「この言葉の意味は、

 『小さい悪事を繰り替えしていると心が悪事に慣れてしまってより大きな悪事も何とも思わなくなる』

 っていう意味だと私は解釈してるんだけど……どう思う?」

「う~ん……?」

 幼稚園児レベルの格言をそこまで深く考えた事などなかったな。

 言われてみれば確かにそういう事……なのか?

「人間の心っていうのは自分が思っている以上に繊細で尊いものなのよ。

 悪行でも、善行でも、自分が何かすればかならず変わる。

 その変化が良いものか悪いものかは判断出来ないけどね」

「う~む……」

「代表なら空凪君に返却の理由は訊いたでしょうね? 何て言ってた?」

「ん? 確か…………

 

  『強いて言うのであれば、もう十分痛い目を見ただろうという事だ』

 

 だったか……?」

「なるほどね。だったら空凪君は自分の心に従ったんだと思う。

 『脅迫』っていう行為は相手に望まぬ行動を強いる悪い行為。

 やりすぎると自分の心が歪んでしまう。

 だから自分で止めた。その方がメリットがあるから。

 そういう事だと思うよ」

「…………なるほど、結局は自分の為の行動だったんだな?」

「そりゃそうでしょ。

 自分の為の行動をしない人なんて居ないわ。

 自らの利益を顧みず善行を働く~っていう人間でも、結局は自分がやりたいから。つまりは自分の心の利益を求めて動いてる。

 そういうもんよ」

「…………分かった。ありがとう。これでスッキリした」

「んじゃ、サボってた分きっちり働いてね。代表♪」

「ぐっ……」

「まさか代表は恩人に借りも返さないような人でなしじゃないよね~?」

「あ、ああ……当然だ!」

「それもまた心の利益。借りはキッチリと返してスッキリしたいっていうね」

「……ふぅ、仕方ない。働くぞ!」

 

 

 『心の利益』。

 この時、俺はこの考え方に少し感心していた。

 今まで俺は色々とグレーな事、時には明確にブラックな事をやってきていた。

 それこそ、卑怯者と呼ばれるくらいに。

 そんな奴等を俺は内心嘲笑っていた。

 物事を楽に進められるのだから使わない奴の方が馬鹿なんだと、思っていた。

 でも、俺はもしかしたら、その楽した分だけの代償を、支払っていたのかもしれない。

 目に見えない、大切な物を……

 

  ……根本side out……


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