バカ達と双子と学園生活   作:天星

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10 ルール

『タイムッ!』

 

 雄二の宣言を受けて主審もタイムを宣言する。

 

「おいおいどうした剣ぃっ! 何があった!?」

「スマン。一・二塁間を抜こうとしたんだが、手元でボールの軌道が急に変わった」

「変わったって……まさか、変化球か?」

「多分……な」

 

 変化球って……生徒との交流試合で投げる球じゃないよね? 大人げないぞっ!!

 

「過ぎた事を言っても仕方ない。次のバッターは姫路だが……やれるか?」

「む、無理ですっ! 空くんでも打てない球を打つなんて!!」

「だよなぁ……それじゃあ、メンバーの交代を……」

「…………残念だが無理だ」

 

 ムッツリーニがそんな事を言い出した。

 まだベンチには人が居たはずだけど……

 

「康太、どういう事だ?」

「…………借り物競争で『野球大会でベンチに入っている選手』を探す人がさっき来た」

「それだけだったらとっくに帰ってきてても良いはずだが?」

「…………声を掛けてきたのが女子だった。FFF団の粛正を受けた後にどこかに運ばれていった。

 …………それっきりまだ戻ってきていない」

「何やってんだよ!!」

 

 まさかこんな所で足元を掬われるなんてっ!

 交代要員が居ないって事は姫路さんに出てもらうしか無いわけだけど……

 

「姫路……頼むっ!」

「む、無茶ですっ!」

「まだ無死だから、アウトになっても構わない。

 棒立ちになってても良いから頑張ってくれっ!」

「そ、それなら……頑張ってみます……」

 

 そ、そうだった。ま、まだノーアウトだもんね。

 

「よし、それじゃあ配置についてくれ」

 

 それぞれの場所に移動して、試合は再開される。

 

『プレイッ』

 

 大丈夫かな姫路さん。野球なんて一度もやったこと無いんじゃないかな……?

 

『ストライッ!』

 

 あれ? さっきまでと比べてボールの勢いが弱い。

 ……もしかして、大島先生が気を遣ってる?

 変化球なんか使って大人げないって思ってたけど、ちゃんと相手を見てやってたのかもしれない。

 

『ストライッ!』

 

 それでもやっぱり速い。体の弱い姫路さんが打ち取るのは難しいだろう。

 

(「これなら、行けるかも……」)

 

 ん? 今、姫路さんが何か言ったような……

 3球目が投げられる。そして……

 

キィン

 

 打ち返した。

 え、姫路さんが打ち返した!?

 ボールは高く上がった。けど、飛距離は伸びてない。

 多分一二塁の中間、一塁寄り辺りのフライだ。

 

『インf「瑞希! 何ボサッとしてる、走れ!」

「は、はいっ!」

 

 審判が何か言ってたような……剣の声にかき消されてたけど。

 と、とにかく、ほどほどに進んでおこう。

 で、ボールは……

 

『おわっと!』

 

 落としたっ!? 進まないとっ!

 

「すぐにホームに送って下さい!」

 

 一塁の先生へ大島先生の指示が飛ぶ。ま、マズいっ!

 すぐにキャッチャーの鉄人にボールが渡り、あと数歩の所でホームベースが踏まれてしまう。

 

「そのまま三塁へ!」

 

 鉄人が三塁の先生へボールを送る。

 これってまさかっ!

 

 三塁を雄二が踏む前にボールが届く。これでツーアウトっ!?

 

「二塁へっ!」

 

 更にボールが二塁へ送られる。

 誰も居ない二塁ベースを二塁手が踏む。

 ……って、アレ? 剣は?

 

「何してる明久!!」

 

 剣は……一塁に居るっ!? 何で!?

 『何してる』はこっちの台詞だよ!?

 

「そのままホームベースを踏めっ!!」

 

 よ、よくわかんないけど、急いでホームベースへ向かう。

 

「っ!! 急いでボールをホームへっ!!」

 

 大島先生が慌てて指示を出す。

 でも、一旦二塁に送られたボールより、すぐそこまで来ていた僕の方が明らかに早い!

 

『セーフッ!』

 

 審判からのセーフ判定。えっと、もしかしてこれって……

 

『ゲームセット!

 2年Fクラスチーム対、教師チーム。

 4対3で2-Fの勝利です!!』

 

 か、勝ったの……?

 

「「「「うおぉぉおおおおお!!!!!」」」」

 

 クラスからの歓声が上がるけど、正直こっちはチンプンカンプンだ。

 

「い、一体何がおこったの……?」

「どうやら空凪の奴はちゃんとルールを把握してたらしいな」

 

 声をかけてきたのは大島先生だ。どういう事だろう?

 

「俺もついさっきまで忘れてたってのに。とにかく並べ。解説は挨拶の後だ」

「は、はいっ」

 

 確かに。とりあえず並ぼう。

 

『それでは、整列! 気をつけ! 礼!!』

「「「「「「「「「「ありがとうございましたっ!!!」」」」」」」」」」

 

 

  ………………

 

 

 片付けが大体完了した所で、僕達Fクラスのメンバーは大島先生の所に集まっていた。

 

「それじゃ、さっきの試合の最後の部分の解説だが……空凪、お前がやってみろ」

「え、自分でやれば良いでしょう」

「恐らくお前の方が詳しい。俺も忘れていたくらいだからな」

「はぁ……しゃーない。

 えっと……そうだな……明久、フォースアウトは分かるな?」

「うん。当然だよ」

 

 さっき剣が姫路さんに説明してたし。

 ランナーが行かなきゃいけない塁にボールが届くとアウト、だね。

 

「あのルールを普通に適用させた場合、本塁に球が送られた時点で明久はアウト。

 続けて雄二と僕もアウトになるんだが……そんなのヒドすぎるだろ?」

「ま、まあそうだけど……」

 

 確かにヒドいとは思うけどさ。

 

「だから、それを防止する為のルールが『インフィールドフライ』だ。

 さっき審判がコールしてたな」

「そう言えば……してたかも」

 

 剣の声に遮られてよく聞こえなかったけど……インなんとかって言ってた気がする。

 

「これの発生条件はいくつかあるが……肝心な部分だけ言うと『内野手が普通の守備行為を行えば捕球できると判断された場合』にコールされる。その後、『バッターアウト』とコールし、バッターはアウトになる」

「あの……」

 

 ここで姫路さんが遠慮がちに手を挙げる。

 

「それだったら、私は走る必要なんて無かったんじゃないですか……?」

「いや、インフィールドフライっぽいとは思ってたが確定じゃなかったし、球を打った打者が走らないメリットなんて無いしな。

 ……ファールだった場合は無駄に体力を消費するっていうデメリットはあるが、アレはフェアっぽかったし」

「そうでしたか。分かりました」

「……さて、えっと……バッターがアウトになるってとこまでは話したな」

 

 バッターは無条件でアウトになっていた。ってことは……

 

「つまり……どうなるの?」

「審判のコールの時点で瑞希はアウトになっていた。

 普通にフライを取られた時と大体同じ裁定になる。わざわざ進む必要なんて全く無いんだから、本塁を踏まれても明久がアウトになる事は無い。

 ちゃんと体に直接タッチすれば話は別だがな」

「なるほど。そういう事か」

「ちなみに、インフィールドフライが落球した場合、通常のフライの捕球と異なり走者にリタッチの義務は生じない。

 普通にキャッチされていたらリタッチの義務が生じるので、瑞希がアウトを取られるだけで終わっていたな」

 

 そんなルールがあったんだな……知らなかった。

 って言うか、何で剣は知ってたんだろう?

 

「更に補足すると、これはプロでも裁定を勘違いするほどレアかつややこしいルールだ。実際に1991年にこのルールの誤解釈による逆転があったらしいし、2015年にも同じような事があったらしい。

 

 ……と、こんなもんで良いでしょうかね? 大島先生」

「ああ。完璧だった。しかし生徒に負けるとはな。俺もまだまだだな」

「……それじゃ、僕達は行きますね。まだ体育祭は終わってないですから」

「そうだったな。行ってこい!」

 

 

 

 こうして、最後は極めて稀な手段で得点して、僕等の野球大会は終わったのだった。


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