「……怒らせて、しまったんでしょうか?」
朝からずっとつきまとっていて、怒られるかもしれないとは思っていました。
けど、何気ない一言からあんな風に冷たく怒るなんて思ってもいなかったです。
冷たいからこそ、深く突き刺さるような、研ぎ澄まされた刃のような、そんな怒り。
……どうすれば、良いんでしょうか?
空凪くんに、悪役になんてなって欲しく無い。
だったら追いかけるべきなんでしょうか?
でも、これ以上無理につきまとったら私が彼に関われる機会は無くなってしまうかもしれません。
空凪くんなら、必要があれば何の躊躇も無く悪役になろうとするでしょうし、それが必要になる事はいつか必ず起きるでしょう。
「………………」
「瑞希さん、どうしましたか?」
「はひゃっ!?」
突然声をかけられて慌てて後ろに振り向くと、玲さんが居ました。
……何故か、スクール水着姿で……
「って、何を着てるんですか!?」
「瑞希さんこそ、スクール水着ではないのですか?
『スクール』と付いているくらいだから学生は必ず全員着ているものと思っていましたが?」
「いやいや、それはあくまで小中学生の水泳の授業で指定されている水着というだけであって、決して海でみんながそれを着ているというわけでは無いですよ!?」
「そうでしたか。でも、今から着替えるのも面倒なので、この水着で良いですね」
「えっと、本人がそれで良いならかまいませんけど……」
吉井くんあたりが猛烈に反発しそうな気もしますね。
「それで、何か悩み事ですか?」
「まぁ、はい」
「私で良ければ、話してみてくれませんか?
話すだけでも楽になるかもしれませんよ?」
「……それじゃあ、聞いていただけますか?」
「はい」
「……ありがとうございます」
どこから話せば良いのか、一度頭の中で整理してから口を開く。
「どうやら私、空凪くんを怒らせてしまったみたいで……」
「剣くんが? 何故怒ったのでしょうか?」
「えっと……」
私は全てを話しました。朝の出来事からついさっきの事まで、全てを。
「……どう思いますか?」
「一つ、疑問があります。
あなたは何故、剣くんにつきまとっているのですか?」
「それはもちろん、空凪くんに悪役になってほしくないからです」
「では、それは何故ですか?」
「それは……分かりません。けど、とにかく嫌なんです!」
「それで彼は納得しましたか?」
「……いえ」
納得してたなら、多分あんなに怒らなかったと思います。
「……彼は自分が納得した事ならどんな犠牲を払ってでも成し遂げようとしますが、納得していない事をは一切行わないと思いますよ?」
「それはそうですけど……」
「逆に言えば、何とか説得さえできれば大丈夫のはず。
納得させられるような強い理由があれば、きっと大丈夫です」
「それが無いから困っているんですよ」
「ふふっ、無いという事は有り得ませんよ?
だって、あなたは彼が悪役になる事に対して強く『嫌だ』と感じているのでしょう?
なら自分が気付いてないだけで、その理由は絶対にあります」
「理由、理由ですか……」
『空凪くんが悪役になるのは嫌だ』
それは分かるんです。だけど、何故、そう思ったのか……
言葉にしようとすると分からなくなってきます。
……少し、落ち着いて考えてみましょうか。
そうすればきっと、答えに辿り着けるはず。
考えてみれば妙な話で、仮に空凪くんが極悪人になっても私には実質的な損害、お金を取られるとか自分が怪我をするとか、そういったものはありません。
逆の発想で、空凪くんが善人になっても、同じように実質的な利益は無い、はず。
だったら、実体を伴うものではなく、精神的なものでしょうか?
例えば……『知り合いに悪い噂が立つのは嫌だ』とか。
……それだったら他にも沢山居ますね。Fクラスでは問題行動を取ってない人の方が少ないですし。
他の人なら全然嫌でないというわけではないですが……空凪くんに対してだけは非常に強く感じます。
何故、空凪くんに対してだけは嫌なんでしょうか……?
「…………あ」
「何か気づきましたか?」
「……はい。やっと分かりました」
「なら、それを彼にぶつけてきなさい。きっと伝わるはずですよ」
「はいっ!!」
空凪くんがどこに行ってしまったかは分からないけど、探さなきゃ。
もう、後悔したくないから!
『ねねね姉さん!? 何その水着!?』
『おやアキくん。どうしましたか? そんなおかしな声を出して』
『おかしいのは姉さんの水着だ!! 何でよりによってスク水なの!?』
『アキくんが『恥ずかしいから布面積の多い水着にしろ』と……』
『確かに言ったけど、その年でスク水を着てる方がよっぽど痛いよ!!
早く別の水着に着替えて!!!!』
『むぅ、アキくんはわがままですね……』
『わがままでも何でも良いから、とにかくチェンジ!!!』
……後ろの方で聞こえた声は、気付かなかった事にしておきましょうか。