姫路と適当に雑談しながら明久の家に向かう。
「そう言えば私、吉井くんのお姉さんに会ったこと無いです」
「ん? そう言えばそうか」
確か『不純異性交友の禁止』というルールがあったから明久の家に出向く時には女子は連れていかなかったんだよな。
……いや、今もそのルールはあると思うが、減点される事は無いはずだ。
「どんな人なんですか?」
「そうだな……一言で言うと残念な人だな」
「あの、それだけだと全く分からないんですけど……」
だって一言で言ったらそうなるし。
「では詳しく説明しようか。
まず、秀才だ。ハーバードに入れるほどにな」
「えっ? ハーバードって言うと、あのハーバードですよね……?」
「ああ。次に、弟の事をとても深く愛している」
「弟思いのお姉さんなんですね」
「いや、違う、弟思いなのではなく弟想いだ」
「…………??」
「あの人は弟の事を一人の男として愛している」
「…………えええええっ!?」
「ま、普通の家族愛の意味でも深い愛情を持っているがな」
「あ、ああああのっ、吉井くんは無事なんですか!?」
「安心しろ。僕が明久の情報を横流しする対価として、強引に襲うような真似はさせてない」
「そ、そうですか……って、情報の横流しなんてやってたんですか!?」
「ああ。明久と木下姉との仲の進展具合、他にも明久に関わりそうな生徒の情報を適当に」
「あの……それって私の事とかも……?」
「ああ。『明久に振られたが、報復等の心配は無さそうだ』みたいな感じで」
「……そうですか」
凄いな。告白の件を話題に出して揺さぶってみたんだが、殆ど揺れてないようだ。
失恋のショックはほぼ完全に払拭されたようだな、安心だ。
「あと、明久によれば料理の腕は致命的らしい。
以前のお前と大差ないとか」
「それは……えっと……凄いですね」
「ああ、本当にな」
っていうか今の姫路でも一人で作ろうとすると劇物を作るんだよなぁ……
「あと何かあったかなぁ……」
「それじゃあ……外見はどうでしょうか?」
「ん? そうだな……綺麗な人だよ。水着も似合うんじゃないかな」
「そ、そうですか……」
「ああ。だから残念な人なんだよ。
過剰な弟愛と一般常識さえ持ち合わせていれば完璧な人なんだよ。
……と、着いたようだ」
気づいたら明久の家の前まで辿り着いていた。
「少々早いが……まあ良いか」
明久はともかく玲さんは起きていると思うので遠慮なくインターホンを鳴らす。
ピーンポーン
テンプレな音が響いた後、家の中から廊下を歩く音が聞こえてくる。
そして扉が開く。
「おはようございます剣くん」
「ええ。おはようございます。玲さん」
出てきたのは予想通り玲さん。とりあえずテンプレな挨拶を返す。
「おや、そちらの方は?」
「は、初めまして。姫路瑞希です。えっと……今日はよろしくお願いします」
「ああ、貴女が瑞希さんでしたか。初めまして。吉井玲と申します。
いつも愚弟がお世話になっています」
「あ、いえ、吉井く……明久くんにはいつもお世話になってますから」
テンプレな挨拶をする姫路にテンプレな挨拶を返す玲さん。
……テンプレ多いなぁ……いや、初対面でテンプレじゃない応答なんてしたら面倒な事になるだけだから全く問題ないんだが。
「こんな所で立ち話もなんですし、お上がり下さい」
「それでは遠慮なく」
「お邪魔します」
居間に通された僕達は玲さんが出してくれたお茶の飲んでいた。
……このお茶、変なブレンドされてないだろうな? 姫路に匹敵する殺人料理の技術を持っているなら油断はできないが……直感は働いてないので大丈夫だろう。多分。
「そう言えば、こうやって直接話すのは久しぶりですね」
「確かに、そうですね」
玲さんの言う通り、電話はメールのやりとりはそこそこあるが直接話すのは久しぶりだ。
「どうですか最近の調子は。何か困った事とかありませんか?」
「そうですね……アキくんがなかなか素直になってくれない事です」
「いや、あいつはかなり素直な性格だと思いますけど……?
っていうか玲さん、明久を襲ったりしてないでしょうね?」
「襲ってはいません、寸止めにしてます」
「それもどうかと思いますが……?」
情報提供を断ってしまおうか。いや、下手に暴走されるよりずっとマシなのか?
「ところで剣くん、私の事は『お義姉さん』と呼んでも構わないのですよ?」
「気が早いですって」
「むぅ……優子さんに圧迫感を与えてアキくんとの仲を引き裂く策略だったのですが、上手くいかないですね……」
「オイコラ」
「冗談ですよ♪」
何を言ってるんだこのヒトは。
「あの……どういう意味ですか?」
「ん、姫路。居たのか」
「居ましたよ!!」
「冗談だ。で、質問か?」
「はい。吉井くんのお姉さんの事を空凪くんがお義姉さんと呼べというのは一体どういう意味なんでしょうか?」
「ああ、簡単な事だ。
うちのクラスの連中が現在のカップルで結婚までいった仮定をしただけだ」
「と言いますと……」
「具体的には明久と木下姉、秀吉とうちの妹だな。
あの二組が結婚したら……
僕^光=秀吉^優子=明久^玲
という流れが出来上がって玲さんが僕の義理の姉になる。法的には赤の他人だが」
「そういう事なので私の事はお義姉さんと……」
「呼ぶと、あの二組のカップルに妙な圧迫を与えかねないので却下します」
そもそもこんなに離れた人を義姉と呼ぶ人は居るんだろうか?
居たとしても少数派な気がするんだが……
「アキくんと優子さんが破局してくれたら私が付け入るチャンスができるんですけどね」
「また心にも無い事を」
「心に無いというわけではありませんが……アキくんの幸せが一番ですからね。積極的に破局させるような事はしませんよ」
「積極的じゃない事はするみたいな言い方ですね……」
「剣くん、恋する乙女は複雑なものなのですよ?」
「……さいですか」
まぁ、明久の意にそぐわない事はしない……はず。
あくまで自然に破局を迎えたらという話だろう。多分。
あの2人ならそう簡単に破局はしないだろうから机上の空論で終わるだろうが。
……その後、他の連中がやってくるまで適当に雑談して時間を潰した。