「まさか短時間の勝負でこの僕が負けるとはなぁ……」
「……物理だけ。他の科目なら多分負ける。
…………今はまだ」
「『まだ』ね」
マズいな。霧島の事だからマジで全科目追い抜かれるかもしれない。
まあ、今はいいや。
「で、物理で一位を取ったAクラス代表さんは誰にどんな命令を出すのかな?」
そう問いかけると霧島が視線を動かす。
僕の横で虚ろな目で虚空を眺める某Fクラス代表に。
「……雄二」
「……何だ?」
「…………テストが終わったら2人でデートに行く。
……おおまかな計画を考えておいて」
「え、それだけか?」
「……それだけで十分。
……強引な命令をしても意味が無いから」
ほぅ。まともな命令だったな。
デートくらいなら普通に頼んでもOKしてくれそうなもんだし、計画を相手に立てさせる事で妙な場所に連れていかれるという心配も薄い。
「そんくらい普通に頼んでくれりゃあ良かったのに。
如月ハイランドみたいなイカれた場所じゃなければ」
「……そう。良かった。
……それじゃあ計画お願いね」
「おう」
「……それじゃあ剣の番」
「保留だ」
テストが始まる前から決めていた。保留以外はあり得ない。
そんな様子を見て光が話しかけてくる。
「即答だったわね。何か候補とか決めてるの?」
「ああ。『二足歩行して。しなくても良いけど』とか」
「…………はい?」
「『呼吸して。しなくても良いけど』とか」
「まっ、まさかっ!!」
「いや~、我ながらやる気の無い命令だなー。
強制力なんて欠片もないよー」
『なるほど、そういう事か』
『雄二、どういうこと?』
『ほら、勝負を始める時に言ってたろ?
『順位が下がるほど強制力が下がる』って』
『そう言えばそうだったね』
『で、2位のあいつが強制力0の命令(?)をした場合……』
残り全ての強制力が0になる……と。
「謀ったわね兄さん!!」
「あくまで安全装置だ。
良識の範囲内の命令であれば止める気は無い」
「良識の範囲内って?」
「そうだな……『鉄人に愛の告白をしろ』くらいなら止めないよ」
「…………それくらいなら安心ね」
罰ゲームとして普通に許容できそうな範囲である。
あくまで安全装置は最終手段だし。
……船越先生に告白とかはアウトだが。
「さて、次は誰だったか」
「…………俺だ」
「康太か。誰に何を言うんだ?」
「…………工藤愛子」
「ボク? 何カナ?
パンチラまでならオーケーだよ?」
そう言えば趣味だって言ってたっけ。本当かどうかは知らんが。
「…………露骨なパンチラなど意味は無い。
そもそもチラリズムとは本人が意図しないからこそ奥深く……」
「ストップ。お前のパンチラへの拘りは理解した。
で、何を言うつもりだ?」
「…………被写体になってほしい」
「それだけ?
でも、なんでわざわざボクに?」
「…………転校生であるお前の写真はまだ少ない。それだけだ」
「ふ~ん。それじゃ、後で2人っきりでネ」
その台詞を聞いた瞬間、急いで康太の鼻を塞ぐ。
「……っ! っっ!!」
「ふぅ、この部屋まで汚すわけには行かないからな」
「……!! っっっ!!!」
康太がもがいてるが、部屋の為だ。我慢してくれ。
「あ、アハハハ……場所もきちんと考えた方が良さそうだね……」
ごもっとも。
「4位は……」
「ボクだね。
えっと、命令できるのは下位の誰か一人に対してだけだよね?」
「ああ。一応そういうルールになってるな」
「じゃあさ、ボクより下の順位の人でじゃんけんして、負けた人に命令するってのはアリ?」
「ふむ……霧島はどう思う?」
「……アリ」
「だそうだ」
「それじゃあ、じゃんけんで負けた人は駅前のアレ、奢って♪」
アレ? 何だそれは一体。
「あ、アレですって!?」
「あ、アレですか!?」
「な、何てえげつない命令を!?」
それぞれ島田、姫路、光の発言。
何だ? 一体なんなんだ!?
「駅前で売ってる1日5個限定のスペシャルパフェ。一度食べてみたかったんだよネ~」
ああ、何だ。ただのパフェか。
「なんたって5000円もするからね。なかなか頼みにくいんだよ」
「く、くくく工藤サン!? ご、ごごごごごせんえん……?」
明久が恐怖で引きつった表情で工藤に問いかける。
あいつにとっては死活問題になるな。
いや、あいつでなくともかなり痛いが。
「んじゃ、5000円払いたくなかったら頑張れ。
最初はグーは飛ばすぞ。
では、じゃーんけーん
「待った待った待った待った!! 心の準備というものが……」
「じゃあ10秒待つ」
「たった10秒!?」
「はい、じゃあ行くぞ。
では、じゃーんけーん……
結果、18回ほどの激闘を終えて、明久が敗者となった……
「うわぁぁぁぁあああ!!!」
「あ、明久よ……元気を出すのじゃ」
「……ハッそうだ!!
秀吉、肩代わりして!!」
「何故じゃ!?」
「だって、僕が命令できるの秀吉だけだし……」
励ましの言葉をかけた秀吉に全部押し付けるって……どうなんだ?
「……せめて折半くらいにしたらどうだ?」
「それでも納得が行かぬのじゃが」
「でも、僕が5000円も使ったら日々の食事代すら無くなるよ?」
「うむむ……」
「う~ん、流石にボクも吉井くんから絞り尽くすのはなぁ……」
その後、5ヶ月以内に明久が奢る。秀吉は払わなくて良いという事になった。
一月で1000円か。
……明久が貯金なんてできるのかなぁ……? 凄く不安だ。
「次は姫路だな」
「そうですね……
では、吉井くん」
「は、ハイ」
なんかむっちゃビビってるな。
姫路の性格を考えたらそんなに酷い命令は来ないとは思うが……
「……テスト、頑張ってくださいね」
「……え? それだけ?」
「はい♪」
それは命令ではなく激励だな。
「ひ、姫路さん……ありがとう! 頑張るよ!!」
……ふむ。
「お前、これで成績悪かったら目も当てられないぞ?
折角の命令権を放棄してまで激励されたんだから」
「が、ガンバリマス」
しっかし、激励ってもう強制力とか無いよな……
まあいいや、続いては光だ。
「じゃあ私は秀吉くんに」
「な、何じゃ?」
「次のテストでは学年順位で200番以内に入る事。
そのくらいなら、十分狙えるでしょ?」
「う、うむ!」
姫路が良い空気を作ってくれたな。
意図していたのかは不明だが、なかなかやるな。
「本当は50位以内を厳命して可能な限り引き上げようと思ったんだけどね。
姫路さんが応援に留めるなら、私もその辺が妥当かな」
「……ほんとうに良かったのじゃ……」
「次は雄二だが……」
「回避する事に夢中で自分の命令なんざ考えてなかった。
とりあえず流れに従って、明久。頑張れよ」
何か命令権ではなく激励権になってる気がするが……勉強会の締めとしてはある意味正しい姿なのかもしれない。
「それじゃあ私からも、吉井くん、頑張ってね」
「頑張りなさい。アキ」
「あ、ありがとう。頑張るよ!」
雄二に続いて木下姉に島田も激励する。
これで残ったのは明久だけか。
「明久、お前はどうするんだ?」
「えっと、それじゃあ……秀吉」
「肩代わりはせんからの!」
「いやそうじゃなくて、一緒に頑張ろう!」
「む、そうじゃな。頑張るぞい、明久!」
最後の方は命令ではなかったが、テスト前に十分恐怖は与えたから、『命令権のルール』はきちんと役割を果たしたな。
変な事にならなくて良かった。
「……あ、そう言えば兄さんはどうするの? 保留だったはずだけど」
「え? そうだったな」
問題ある命令があったらどうにかしようと思ってたが杞憂だったしな。
……それじゃあ……
「土屋康太」
「…………何だ?」
「僕や霧島が単科目に絞ったとはいえこれだけ取れるんだ。
お前の情熱をもってすればもっと取れるだろ?」
「…………」
「だから、もっと頑張れ。
これは命令だ」
「…………(コクリ)」
こうして、僕達の勝負は終わった。
雪辱を晴らした者も居れば課題を見つけた者も居た。
ただ、全員にとって共通して言えるのは……
とても有意義な時間だったという事だ。