バカ達と双子と学園生活   作:天星

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02 進歩

 『……吉井、保健室に行ってきなさい』

 

 正直なところ、その台詞は聞き飽きた。

 言葉を発したのは教壇の上に立っている教師だ。

 これでもう1コマ目からカウントして2ケタに届くぞ。(現在4コマ目)

 原因はもちろん……

 

「何度言う気ですか!?」

 

 僕の右斜め前に座っている明久だ。

 明久の言う事も尤もだが、教師の気持ちもよく分かる。

 だって、あの明久が真面目にノートを取ってるんだぞ?

 教師の話を一生懸命に聞いて、懸命にノートを取る明久。正直気持ち悪い。

 ……日頃の行いって意外と大事なんだな。ふと思った。

 こうなるともう放っとけば済むという話ではない。クラスメイトの、教師の、そして何より僕の精神衛生上良く無いからな。

 いやさ、明久の奇行だけならまだ何とかなるんだよ。でもさ、他の連中が心配なんだよ。

 秀吉は無意識に振るえてるし、康太はいつもは気配が希薄なのに今日の気配は丸分かりだし、島田はなんか泣きそうな顔してるし、

 雄二は常に身構えてるし、姫路に至っては神様か何かに祈ってるし……

 ……よくよく考えたらここまで気を配ってる僕も影響を受けてるな。無意識に集中してぶっ倒れる前に手を打った方が良さそうだ。

 

 

  ……四時限目終了後(昼休み)……

 

 

 さて、どうやって切り出そうか……

 

プルルルル

 

 ん? 僕か。誰からだ?

 

 "from 姉"

 

 ん~っと……とりあえず出るか。

「もしもし姉さ……

『吉井くんは無事なの!?』

「……人の携帯を使って電話する時はまず名乗れ。木下姉」

『あ、ゴメン。

 それで、吉井くんは大丈夫なの!?』

 何故直接明久に掛けないのかとか、何故光の携帯を使ってるのかとか色々と疑問はあるが……

「とりあえず明久は無事だ。多分な」

『ほ、本当に? あと余命一ヶ月とかそんな話を聞いたんだけど……』

 噂は歪曲するものだということは知識としては知ってはいたが、直線距離で100mも離れてない場所でそこまで話が広がるとは……

「多分大丈夫だとは思うが……自分の目で確かめた方が早いだろう」

『でも学校で会うのは……』

 確かに、学校で会うのは(異端審問会的な意味で)マズいから我慢しろと言ったのは僕だ。

「正当な名目があればどうということは無い。

 屋上に集合。昼食を持参で」

『!! 分かった!』

 

 ピッ

 

 木下姉が秀吉に連絡を取らなかったのはまだ納得できなくはないんだが、何故本人に連絡しようとしなかったんだ?

 ……まさか、あいつらまだ連絡先を交換していないのか……?

 

 

 

 

「そういうわけで諸君、屋上でメシだ」

「どういうわけだ一体……」

「お前らには関係ない事だ」

「あるわっ!!」

 まあそんな感じでいつもの5人仲良く(?)で屋上へ向かおうとしたわけだが……

「あ、あの……」

 姫路が遠慮がちに声を掛けてきた。

「どうした? 一緒に来るか?」

「それはそうなんですけど……えっと……その……これを……」

 そう言いながら取り出したのは綺麗な布に包まれた一つの箱。

 これは……アレか。

 

「弁当だな。おそらく手作りの」

 

 そう僕が呟いた瞬間、教室の空気が凍りついた……多分。

 このクラスで被害を被っていないのは僕と明久と秀吉と島田くらいだからなぁ……

 あれ? 結構居るな。姫路や三宮を除いた48人の中での4人が多いか少ないかは意見が分かれそうだが。

「で、それをどうするんだ?」

「一応上手くできたとは思うんですけど、自分だけだとちょっと自信が無くて……

 味見をお願いできないかと……」

 そう言われて、ふと後ろを振り返って他の連中に視線を投げかける。

 

 明久……目を逸らして口笛を吹いている。

 雄二……どこからか取り出した文庫本を食い入るように読んでいる。

 康太……首をブンブン振っている。

 秀吉……後ろを向いて座禅を組んでいる。

 島田……

「ちょ、ここでウチに振るの!? なぜ!?」

「いや、何となく?」

 まあ拒絶の意志ははっきり伝わってきた。

「……じゃあ味見してみるか。とりあえず屋上に移動するぞ」

「はいっ、お願いします」

 こうして、仲良し(?)5人に2人を加えて屋上へと移動した。

 

  ……屋上……

 

「んじゃ、味見させてもらおうか」

「はいっ!」

 前回姫路の料理を見たのは……アレか。学力強化合宿でのFクラスのアホどもに対する制裁。

 あの時の殺傷力は凄まじかったが、アレでさえ本当にヤバい薬は使わせないように僕が監視していた。

 あれからそこそこ経ってるが……さて。

「では、頂きます」

 手を合わせて礼をする。

 

 まず適当なおかずを口に放り込む……なんて事はしない。と言うより怖くて出来ない。

 理科の実験で劇物を扱う時と同様に手で扇いで香ってみる。

「……刺激臭の類はしないな。有毒ガスが発生しているという事は無さそうだ」

「そこから心配するんですか……」

 以前、王水モドキを作ってきた事は忘れん。

 

 いよいよ、弁当を口に入れる。

 集中力を引き上げ、不意の危険に備える。こうしておけば直感が危険信号を発してくれる……はずだ。

 適当なおかずを箸でつまみ、口に入れて慎重に咀嚼する。

 …………………………ふむ。なるほど。

 

「ど、どうですか……?」

「…………食えなくはない」

「!! という事は!」

「が、それだけだ。味が滅茶苦茶だ」

「うぅ……そうですか……」

「おそらく、化学の実験の如く複数の薬品を混ぜ合わせて中和させたんだろう。その甲斐あってか化学反応を起こさず安定はしているようだが……

 少なくとも焼肉の焦げた部分よりは体に悪そうだ」

 食いたいかと言われると……まぁ、うん。

「剣、ちょっと良いか?」

「どうした?」

「一応食えるのか? 体に悪いだけで」

「ああ。そういう意味では大きな進歩だな」

 最初の生物兵器と比較するのであればな。

「まぁ、まだ一つしか食べてないからな。他のおかずのクオリティは分からん。

 え~っと……これで良いか」

 適当なおかずを口の中へ……

 

 ゾクッ

 

「……止めておこう。嫌な予感がする」

「ええっ?」

 他のおかずにも箸を伸ばしてみるが……何だかとても嫌な予感がする。

 最初に食べたアレは奇跡の一品だったのかもしれない。

 ……被害が出る前に特訓でもした方が良いのだろうか……?


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