てなわけで、どうぞ
「…………ホー………ムズ?」
「姉さん!起きたのかい!?」
ホームズは、背中から聞こえる弱々しい声に走りながら答える。
空は白み始め、アオイハナの畑を静かに照らす。
「待っていたまえ、今宿に向かっているから」
マープルを背負って走るホームズは、必死に考えないようにしていた。
さながら現実から逃げるように。
そんなホームズの背中でマープルは、ゆっくりと口を開く。
「…………ホームズ、話しません?あの広場で」
「後にしたまえ。元気になったら飽きるほど、嫌になるほど、喋ってあげるよ」
ホームズは、即座にマープルの言葉を切って捨てた。
「ホームズ。こいつに『後』はない。マナを食う俺が言うんだから間違いない」
ヨルは、ホームズの頭の上で言葉を返す。
マープルのマナは、あのマナの欠片を生み出す機械によって、すっかりなくなってしまったのだ。
酷使された
彼女は、もう長くない。
「お前も気付いてるだろ」
ホームズは、何も答えることが出来なかった。
分かっていたのだ。
だが、信じたくなかった。
その現実を否定したくて口を開くが、言葉が出ない。
「ホームズ」
マープルに促されホームズは、ようやく絞り出すように口を開く。
「…………分かった。絶対寝かさないからね」
「………ふふふ、随分な殺し文句ですわね」
「言っていたまえ」
ホームズとマープルは、あのマープルがいつも泣いていた広場へと歩いといった。
◇◇◇◇
広場に着くとホームズは、マープルをベンチに降ろす。
マープルは背もたれとホームズの肩にぐったりと体重を預けていた。
「姉さん、横になった方が………」
「………ベンチというのは、座るためにあるのでしょう?」
心配そうなホームズに弱々しく微笑んで返した。
その言葉を聞いたホームズは、遂に涙を堪えることが出来なくなった。
溢れる涙は、止まることを知らない。
「……出会った頃と逆ですわね」
「うるさいよ………」
ホームズの言葉にマープルは、薄っすらと笑う。
「………あの時……あなたが来てくれた時は驚きましたわ」
「………驚いた顔してたねぇ」
ホームズは、涙を拭いてそう答える。
「第一印象なんて、良くなかったのですけれど、よく探しに来ましたね」
「母さんに言われたから探しに行ったんだよ」
マープルは、呆れたようにため息を吐く。
「……そう言う事は……言わないものですよ」
それを言うとマープルは、笑う。
「………まあ、貴方は、きっとルイーズさんに言われなくても探しに来たと思いますわ」
「……何を根拠に……」
「お忘れですの?私はあなたのお姉さんですのよ」
マープルのその言葉にホームズは、二の句が続かない。
「………あなたは子供で、残念で、モテなくて料理が下手で」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ」
「…………そして、分かりづらいけど優しい、そんな自慢の弟ですわ」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ」
ホームズは、目元をゴシゴシと拭いながら言葉を再び返した。
ホームズのその言葉にマープルは、嬉しそうに頷く。
「……私には、物心ついた時から家族がいませんでした。寂しかったし、そして、この気持ちを誰にも打ち明けられなくて辛かった………」
そこで言葉を切る。
今まで一度も言わなかった。
こんな心の奥底に大事にしておきたい宝物は、内緒にしておきたかった。
それに何より本人いうのは何より気恥ずかしかった。
「そんな私をあなたは見つけてくれた。見つけて、私に一番かけて欲しい言葉をかけてくれた。
そして、私を姉と認めて、家族としてくれた………」
だが、宝物は隠していては自慢出来ない。
今目の前にいるこの泣き虫な弟に自慢しなくては、伝えなくては、宝物の価値が消えてしまう。
「ありがとう、私を見つけてくれて。
ありがとう、話を聞いてくれて」
弱々しい声と絶対に聞かなかったマープルからの『ありがとう』をホームズは、必死に聞いている。
自分の泣き声でマープルの言葉をかき消さぬように。
「ありがとう、私を家族と認めてくれて」
マープルの瞳から一筋の涙が流れる。
「私…………あなたのお姉さんで、良かった……あなたが弟で本当に良かった」
ホームズの涙は、もう止まらない。
「姉さん………!」
マープルは、ポケットから小袋を取り出し、ホームズの手のひらに乗せる。
その小袋は、小銭や少しのものをしまうのにちょうどいい大きさだった。
「餞別ですわ。弟の門出にプレゼントぐらいしなくては、ね」
「………もしかして、今日、やらなくちゃいけなかったことって……」
ホームズのその顔にマープルは、満足そうに頷く。
「………どうせ、あなたは何も用意してないんでしょう?」
「……ごめん……」
震えながらいうホームズの頬にマープルは、ゆっくりと触れる。
「やれやれ、そんなんでは、先が思いやられますわね……ねぇ、ヨル」
「よく分かってるじゃないか、
ヨルの言葉にマープルは、目を丸くした後少しだけ誇らしげにする。
「……当然ですわ。ホームズのお姉さんですもの」
マープルの視界は霞み最早ぼんやりとしか分からない。
それでも、マープルは笑みを浮かべる。
弟が泣いているのなら姉は逆に凛としていなくてはならない。
笑顔で別れを告げなくてはならない。
「………じゃあね、ホームズ。楽しかったですわ」
マープルは、精一杯の笑顔でそう告げると、ゆっくりとホームズの頬から手を離した。
「おい、姉さん………!姉さん!」
ホームズがどんなに呼びかけてもマープルは、もう二度と目を開くことはなかった。
薄暗かった村にはもう朝日が登り村に一日の始まりを告げていた。
ホームズは、声を殺して泣き続けた。
そんなホームズにルイーズが歩いてきた。
「………こっちのカタはついたよ」
ルイーズの背後にある教会は、炎を上げて燃えていた。
「孤児院の子達は?」
「……………」
ルイーズは、静かに首を横に振る。
「そうか…………」
ホームズは、そう言うともう動かなくなったマープルを背負う。
「母さん、お墓を作ろう」
「……………場所は?教会なんてわけにいかないだろう?」
ルイーズに尋ねられるとホームズは、ゆっくりと口を開く。
「一つ心当たりがあるんだ」
「……………わかった」
◇◇◇◇
「……………できた」
ホームズは、スコップを地面に置くと手をパンパンと払う。
ルイーズとホームズとヨルは、いつもマープルと釣りをしていた池のほとりにいた。
先ほど出来た墓標には、【マープル・ヴォルマーノ】と刻まれている。
ホームズは、埋葬する間ずっと泣いていた。
泣き続けたホームズの真っ赤になっていた。
「おれが、もっと早く気が付けば………」
「……………それは、言いっこなしだよ」
俯くホームズの頭をルイーズがポンと叩く。
結局ルイーズも気付いたが、手間取りあの現場にたどり着けなかったのだ。
「なんで…………なんで…………姉さんが死ななきゃいけなかったんだい……」
再び溢れる涙は、止めようがない。
ホームズの脳裏には、釣りで話したことが蘇る。
他愛もない話、馬鹿な話、どれこれも再び語られることはない。
「おれが、もっと強ければ、変わったのかな…………」
「それはないだろ。お前より強いルイーズでも無理だったんだ」
ヨルは、墓標を眺めながらそう返した。
ルイーズは、ホームズの頭から手を離しポケットに手を入れる。
「誰かを守るとか助けるとか結構大変なことなんだよ。力があったって出来ないことの方が多い」
単純な話、誰かを守る為に力をつけてもそれ以上の暴力が敵に回ればそれだけで、全ては水の泡となる。
「だからね、ホームズ。今は、泣くといい。誰も止めないよ」
ホームズは、しばらく黙った後ぐいっと目元を拭う。
「もう泣いた。これ以上ここでは泣かない」
唇を噛み締め墓標を見る。
「ここでの思い出は、おれにとって宝物だ。だから、これ以上涙で濡らすものか」
小さな小袋を大事そうに握るホームズ。ルイーズは、やれやれといったふう
「…………ったく、この強情っ張り」
妙な意地を張るホームズを見てそう呟くと後ろに視線を向ける。
「それで何の用だい………」
トーンの下がったルイーズの声で茂みや木の陰から、一人また一人と出てきた。
「お客様?」
お客様、アオイ村の住人たちは、ルイーズ達に敵意を剥き出しでそこにいた。
ルイーズは、軽く肩をすくめて見せる。
「何の用かと聞いているんだ。言っておくけど商品ならもうないよ」
「そんなものは、どうでもいい」
村人の男が手に持った鍬を構える。
「今朝、あの教会が火事になっていた」
その男が喋ったのを皮切りにもう一人女の村人が声を上げる。
「アンタ達があの教会に入ったのをアタシは、見たよ!!アンタ達が火をつけたんじゃないの?!」
「私がぁ?なんの為に?」
「確か、マナの欠片が欲しかったんだろ、それで断られてカッとなったという奴でないのか?」
村長とおぼしき老人が前歯にある金歯を反射させながらルイーズとホームズを責める。
「へぇ、あの神父のこと君たちは、尊敬でもしているのかい?」
「当然だ!あの人が来てから毎年アオイハナは、作れるし、そのための肥料も用意してくれた!!」
肥料という言葉でホームズの肩がびくっと強張る。
「毎年………?毎年、このアオイハナを同じ畑で作っているのかい?」
ルイーズは、ホームズと違い眉をひそめる。
「ああ。おかげでこの村も豊かな生活を送ることができた!!そんな人を尊敬しないほうがどうかしている!!」
「いや、そういう事言いたいんじゃあないんだけど………まぁ、それでいいか」
村人達が口々にルイーズ達を攻め立てる。
仕方ないといえば仕方のない事だ。
村人達はあの神父の事を何も知らない。
自分たちを救ってくれた救世主にしか見えていないのだ。
いや、事実村の暮らしを豊かにした神父は、見方を変えれば救世主だ。
「………だろう」
俯いたホームズからポツリと小さな声が漏れる。
そんなホームズに村人達は首をかしげる。
「いいわけないだろう!!何も知らないくせに好き勝手言いやがって!!」
ホームズは、遂に我慢が出来なくなった。
「知らないようだから教えてやる!!君たちの生活を支えているアオイハナもマナの欠片も全部君たちの捨てた子供達を犠牲に成り立っているんだよ!!」
ルイーズは、ホームズの言葉を苦い顔をしながら聞く。
ホームズの「捨てた子供」というところで村人達は押し黙る。
ホームズは、マープルの墓標を指差す。
そこに書かれたマープルの名前にその場にいたユーフォは、息を飲む。
「君たちが村の掟に従い、捨てた性別の被った子供たち、教会に預けたから安心だとでも思っていたのかい?そういうのは、預けたとは言わない。捨てたと言うんだ。どんな理由があろうと、どんな言い訳をしようとそれは捨てたと言うんだ」
ホームズは、再び堪えていた涙が溢れる。
「おれは、あの教会で君たちが捨てた子供たちがマナの欠片を作るためにマナを絞られる様を見てきた!絞られ死体となった子供をすり潰し肥料にする様を見てきた!!」
あの時、理不尽に命を奪われていった子供たちの事がホームズの脳裏に蘇る。
「嘘だと思うなら、あの教会に行って見てくるといい!地下室の燃えカスの中から道具が出てくるはずだ!」
ホームズの言葉を聞き真っ先に動いたのは、村の女性たちだった。
自分が生み、そして捨てた子供たちが幸せだと信じていた事が今、目の前の男に崩されたのだ。
確かめなくてはならない。
そして、それに続くように男性が走った。
池のほとりから人が消え、しばらくすると泣き叫ぶような声が響いた。
ルイーズは、ふうとため息を吐く。
「そろそろ行くよ、ホームズ」
「わかった」
ホームズは、墓標を軽くなでる。
「またね、姉さん」
ヨルは、ぴょんとホームズの肩に飛び乗り、二人について行った。
◇◇◇◇◇
ホームズ達は村の出口へと向かっていた。
そこには、村人達が勢揃いしていた。
「…………何の用だい?」
突き放すように言うと村長とおぼしき男が頭を下げた。
「あなた達の言う通りだった。地下室には、肥料を作る機械もあった、そして、死体が入ったまま焼けた水槽の側にはマナの欠片があった」
村長は、更に言葉を続ける。
「何かおかしいと、こんな貧しい村がここまで盛り返したことは、何かおかしいとそう思ってあったのに、皆見て見ぬフリを続けていた。気づかないフリを続けていた」
村長は、更に頭を下げる。
「あなた達に心ない言葉をいったこと、申し訳なかった」
「分かってくれればいいよ………」
「これから、この村は今まで通りとはいかないだろう。だが、必ず盛り立て見せる!だから、いつか必ずこの村に来て欲しい!」
村長は、強い瞳でホームズとルイーズを見る。
ルイーズは、優しく笑う。
「その言葉忘れるんじゃあないよ。それと、どう言い訳をしようと、君たちは子供達の命を犠牲にしているんだ。その事も忘れるんじゃあないよ」
「もちろん」
ルイーズは、軽く手を振って村の出口へと歩いて行った。
「ホームズさん!!」
ユーフォがホームズに走り寄ってきた。
「マープルちゃんのお墓は、私がキレイにしておきます!だから安心して下さい!!」
ホームズは、にっこりと本当に嬉しそうに微笑む。
「ありがとう。頼むよ」
「…………はい!ホームズさんもまた来て下さい。きっと、マープルちゃんも喜びます!!」
ユーフォは、手をぎゅっと握りしめそう答えた。
「うん。わかった」
ホームズは、頷き村を振り返る。
「それじゃあ、いってきます!」
楽しい事、辛い事、全てを与えた村をこうしてホームズ達は後にした。
ようやく全てを振り切った、ホームズはしっかりとした足で歩いて行った。
The madness does not end………
ではまた百六十五話で