銀河英雄伝説 エル・ファシルの逃亡者(旧版)   作:甘蜜柑

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第十九話:おもちゃの兵隊とお人形の司令官 宇宙暦791年9月 ハイネセン市、宇宙艦隊司令部F棟、エル・ファシル義勇旅団司令部

 宇宙暦七八九年八月八日。自由惑星同盟軍宇宙艦隊司令部はエル・ファシル義勇旅団結成を正式に発表。俺が義勇旅団長に就任したのは言うまでもない。副旅団長は民間人のマリエット・ブーブリル。参謀長カーポ・ビロライネン大佐以下八人の参謀は司令部から派遣された現役軍人。義勇旅団を構成する各連隊・大隊・中隊・小隊の長には民間人が起用され、現役軍人の顧問の補佐を受ける。義勇旅団に参加した者は役職に応じて臨時に義勇軍階級を授けられた。俺は義勇軍大佐、ブーブリルとビロライネンは義勇軍中佐といった具合だ。宇宙艦隊副司令長官直々に与えられた任務に興奮していた俺だったが、初日から自分の甘さを思い知らされた。

 

「これはどういうことですか!私達を戦力として期待していないということですか!?」

「いや、期待していないと言っていませんよ。しかしですね、二ヶ月の訓練では限度があるのです。我々としても民間人の皆さんをむやみに危険に晒すことはできないんですよ」

「納得いきません!私達がどれだけ耐えてきたと考えてらっしゃるのですか!?命を惜しむとでも思っているのですか!?」

 

 司令部全体に聞こえるんじゃないかと心配になるような大声で怒鳴り散らしているのは義勇旅団司令部の中で唯一の民間人にして女性である副旅団長のマリエット・ブーブリル。今年で三二歳になるが上品で優しげな美貌を持ち、四~五歳は若く見える。元従軍看護師で勲章をもらったこともあるというが、世間的な知名度は皆無に近く、公的な肩書きもエル・ファシル退役軍人連盟青年部副部長に過ぎない。俺が言うのもなんだけど、どうして副旅団長に選ばれたのかさっぱり理解できない。

 

 そんな彼女が腹を立てているのは、エル・ファシル奪還作戦に正規軍二個旅団九〇〇〇人が参加することを知ったからだ。義勇旅団が主力になるとばかり思っていたらしい。必死でなだめるのは今年で三〇歳になる参謀長のカーポ・ビロライネン大佐。いかにも神経質で気難しそうなビロライネンはブーブリルとは逆に五歳は老けて見える。士官学校卒のエリート参謀でロボス大将の腹心と言われる切れ者だ。

 

「皆さんの思いは理解しているつもりですよ。だから、軍としても可能な限りのサポートを…」

「サポートじゃないでしょ!お守りじゃないんですか!!」

「サポートですよ。あくまで主役は義勇旅団の皆さんであるということは心得ているつもりです」

「だったら二個旅団もいらないでしょ!」

 

 興奮したブーブリルはテーブルを勢い良く叩きつけた。容姿からは想像も付かないヒステリックぶりに会議室の人々はすっかり引いてしまっている。彼女が切れ長の目を見開いて一同を見回すと、みんな視線を逸らす。まいったなあと思いながら眺めていると、ブーブリルはいきなり俺の方に振り向く。まずい、目が合ってしまった。

 

「あんた、旅団長でしょ。なんか言いなさいよ!」

「あ、いや、小官から言うことは特に…」

「おとなしく座ってろって言われてんの?やっぱ、見た目だけのお飾り旅団長なの!?」

 

 あんただって見た目がいいだけのお飾り副旅団長じゃねえかと思ったけど、さすがに口にはしない。初対面の時はニコニコしてて凄く感じ良かったのに。

 

「副旅団長、旅団長に対して失礼ではありませんか」

 

 苦々しげな表情を浮かべてたしなめるビロライネン。ふんと鼻を鳴らすブーブリル。この先やっていけるのか不安になった。

 

 最初の会議から三週間が過ぎ、義勇旅団は出征に向けてテキパキと動き出しているが、俺の気分はどん底まで沈んでいる。

 

 副旅団長のブーブリルは相変わらずだ。会議で無理難題を言ってはみんなを困らせている。俺のことをあからさまに嫌っているらしく、会議ではしつこく絡んでくるし、裏でもいろいろ悪口を言っているようだ。最近は顔を見るだけで嫌な気分になる。俺と彼女は義勇旅団の広告塔的役割を務めていて、一緒に番組に出演することも多い。控室では俺の方を見ることすらしないのに、一旦カメラの前に出たら満面の笑顔を見せて親友のように振る舞ってのけるのだから、大したものだと思う。

 

 参謀長のビロライネン大佐は俺を棚上げしようという態度を隠そうともしない。俺とブーブリルが出席しない参謀だけの会議で全部決めてしまって、司令部全体会議では事後報告のみ。行進訓練と整列訓練ばかりで基礎体力訓練が皆無に近いこと、見栄えはいいけど信頼性に欠ける装備ばかり揃えていることなどに疑問を感じるけど、口を挟める雰囲気ではない。

 

 日常業務だって最初のうちは型通りとはいえ報告をしてから書類の決裁を求めたが、最近は面倒くさくなったのか書類をポンと渡すだけだ。部隊視察はビロライネンがきっちりコースを組んで俺の裁量の余地は一ミクロンもなく、まるでツアーのようだ。メディアに出演する際もビロライネンが事前に作った文案通りに発言するだけで完全にスピーカーと化している。

 

 たまりかねて「何か仕事をさせてほしい」と頼んだら、「参謀に全部任せるのが司令官の仕事です」とやんわり断られ、「部隊運営を勉強したいから教えてほしい」と言ったら無視された。せめて部隊の状況を把握しようと参謀の一人に頼んで取り寄せた人事関係や経理関係の書類を読んでいたら、怒った顔のビロライネンに取り上げられて「そんなことはしなくていい」と言われた。

 

 ロボス大将とはあれからほとんど話していない。副司令長官の司令部と義勇旅団の司令部は別の建物だから、日常的な接触がない。週に一度は義勇旅団司令部に来て俺やブーブリルやビロライネンや参謀たちと昼食をとるけど、ロボス大将と付き合いが長いビロライネン達を差し置いて話しかけるほど厚かましくもなれない。ロボス大将から親しげに話しかけられてもビロライネンの目が気になって、無難な答えを返してしまう。

 

 気が付くと、義勇旅団司令部の中ですっかり浮き上がってしまっていた。ビロライネン大佐を始めとする参謀陣は自分達だけで固まってしまっているし、ブーブリルとの関係も最悪だ。昼食に行く時だっていつも一人。ポリャーネ補給基地での日々が嘘のようだ。携帯端末でメールを送っても、クリスチアン少佐やイレーシュ大尉やバラット軍曹からはなかなか返事が来ない。三人とも今度の出兵に参加するそうだから忙しいのだろう。リンツもローゼンリッターに入隊したばかりで忙しいようだ。ルシエンデス曹長、ガウリ軍曹、ポリャーネ補給基地の給与係のみんなのように今回の出兵に関係ない人達とのメールでガス抜きをしている状態だ。

 

 あまりにすることがないので執務中でも携帯端末を使ってネットを見ていた。俺を暇にさせておくのは良くないと思ったビロライネンが仕事を回してくれることを期待していたんだけどまったく咎められなかった。下手にやる気を出さずにおとなしくしててくれるなら、むしろありがたいぐらいに思っているのかもしれない。

 

 小心者で他人にどう思われてるかが気になってしまう俺はつい、「エル・ファシル義勇旅団」「エル・ファシル義勇旅団 エリヤ・フィリップス」などの単語で検索してしまう。エル・ファシルの英雄として持ち上げられていた時は自分を見失ってしまいそうでネットを見ることができなかったが、今回はお飾りなのがわかってるから安心して見ることができた。ネットの情報は玉石混交であまり信用のおけるものではないのは、俺の起用が「女性人気目当て」と言われてる時点で良くわかる。だから、わりと穏当な話を参考にするぐらいだけど、それでもうんざりするような話がたくさん流れていた。

 

 第一にエル・ファシル避難民問題。三〇〇万人もの避難者の受け入れ先を見つけるのは難しかったらしく、エル・ファシル脱出船団がシャンプールに着いた時も俺やヤンのように上陸できたのはごくわずかで大半が船の中に留め置かれていた。先行きへの不安が怒りに転じ、暴動が発生した船すらあったという。今でも避難民の七割が各地の仮設宿舎でわずかな支援金を頼りに暮らしていて、先の見えない避難生活の中で心身を病んでしまう者も少なくないそうだ。避難先の地域に馴染めずに苦しむ者も多いらしい。ブーブリルが言う「ずっと耐えてきた」「命なんか惜しくない」というのは綺麗事ではなくて、避難民としての本音が幾分か含まれていたのかも知れない。

 

 エル・ファシルを始めとする各星系の避難民問題はかなり深刻な社会問題と化していて、ちょっと検索しただけでも避難民問題を扱う本がたくさんあった。大手出版社が出した「検証-エル・ファシルの英雄は誰を助けたか」という本の題名が胸にぐさっと刺さる。著名な反戦派系ジャーナリストで避難民問題の第一人者のパトリック・アッテンボローという人が書いたそうだ。あの時、一緒に逃げた人達がどうなったかなんて全然知らなかった。俺のように落ち着き先を見つけて普通に過ごしてると思ってた。勉強に忙しくて社会問題にまったく興味を持たなかった自分が恥ずかしくなる。

 

 第二にエル・ファシル義勇旅団の結成の背景。今回の作戦のメインは敵の大拠点があるドーリア星系ルートを攻略するシトレ司令長官で、ロボス大将が攻略するエル・ファシル星系ルートはサブに過ぎないらしい。そして、エル・ファシル義勇旅団の結成はそんなエル・ファシル奪還作戦に世間の注目を集めて、自分の功績を大きく見せようとするロボスの画策だというのだ。反戦派系メディアが流している話だから眉に唾を付ける必要はあるけど、統合作戦本部にいるルシエンデス曹長にそれとなく聞いてみたところ、「シトレがメインでロボスがサブなのは周知の事実」「義勇旅団のおかげでエル・ファシルが注目されてるのは確か」「いろいろ噂があるけど、ロボス大将の考えは俺にはわからん」という答えが返ってきた。

 

 反戦派系電子新聞に掲載されたパトリック・アッテンボローの署名記事では避難民の貧困と義勇旅団結成を同一線上の問題として扱い、貧困と不適応という二つの問題を解決するために志願兵として軍に入る避難民が少なくないこと、義勇旅団への参加者募集時に提示された支援金増額と優先的就職斡旋の内容などが詳細に記され、「経済的弱者である避難民の弱みに付け込んで、宣伝に利用しようとしたのではないか」と締めくくられていた。

 

 反戦派の軍批判を真に受けすぎるのは良くないけど、それでも義勇旅団の宣伝ばかりやらされてる今の自分の立場、義勇旅団の見栄えばかり飾り立てようとするビロライネン大佐らのやり方を思うと、『義勇旅団は宣伝の道具』という主張に説得力を感じる。

 

「結局、エル・ファシルを脱出した時と同じ宣伝用のお人形か。進歩ないな、俺も」

 

 アッテンボローの記事を読み終えた俺は官舎のベッドに横になってため息をつく。英雄として持ち上げられてた頃はルシエンデス曹長やガウリ軍曹が話し相手になってくれたけど、今は誰もいない。窒息する思いがする。早く終わって欲しい。そして、また普通の仕事に戻りたいと真っ白な天井を見ながら願った。


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