銀河英雄伝説 エル・ファシルの逃亡者(旧版)   作:甘蜜柑

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第百十六話:決起宣言 宇宙暦797年4月13日 ボーナム総合防災センター~ボーナムテレビネットワーク~ボーナム総合防災公園

 四月一四日、俺はいつもとまったく同じ朝五時〇〇分に目覚めた。幹部候補生養成所を出て士官になってからは、何時に就寝しても必ず同じ時間に目覚めるようになった。目覚ましなど使わずとも、規則正しい生活に慣れきった体が勝手に目覚めてくれるのだ。睡眠が足りない場合は、休憩時間に三〇分から一時間単位の仮眠を小刻みに入れて補う。寝付きの良さは、俺が持つ数少ない才能の一つだった。

 

 シャワー室で温かいお湯を浴びてさっぱりすると、新しい軍服に着替えて司令室に入った。交代で休憩を取っているのか、俺が眠りに就いた時の半分程度の人数しかいない。参謀と技術スタッフの勤務割は情報部長ベッカー大佐、第八強襲空挺連隊から連れてきた警護要員の勤務割はアルマに任せてある。彼らがこれで大丈夫と判断したのなら、俺が心配する必要はなかった。

 

「おはよう」

「おはようございます」

 

 俺が声をかけると、司令室にいる者全員がこちらを向いて敬礼をした。微笑を浮かべて頷き、敬礼を返す。

 

「情報部長、動きはあったか?」

 

 俺が不在中の責任者を務めていたベッカー大佐に報告を求めた。

 

「今のところはありません」

「第一首都防衛軍団は?」

「四時四八分に、工兵が星道二六号線の修復工事を終えたとの報告が入りました。これから留守部隊一個旅団を除く全軍が出発。第二巡視艦隊との合流を目指すように見せかけつつ、こちらに向かうそうです。到着予定時刻は九時前後」

「思ったよりも工事が長引いたか。まいったな」

 

 顔では平静を保っていたが、心の中には憂鬱な気持ちが広がった。当初の予定では、八時までに味方部隊が到着してるはずだった。一時間の遅れは、致命的な結果をもたらしかねない。

 

「軍団所属の航空支援部隊を先行させるように要請しますか?一個旅団を三〇分以内に空輸する能力がありますが」

「やめておこう。敵には強力な大気圏内空軍部隊がいる。下手に航空部隊を先行させたら、第一首都防衛軍団が敵の注意を引いてしまう」

 

 俺の持っている戦力は、敵と比べると圧倒的に少ない。敵の注意を引く動きは極力避けるべきだった。

 

「了解しました」

「敵の動きはどうだ?第一首都防衛軍団の動きに勘付いた様子はないか?」

「第二九一歩兵連隊、第八三対空ミサイル連隊より、敵の五個師団がブラックストーン川沿いに展開中との報告が入っています」

「第二巡視艦隊との合流を阻止する布陣だね。どうやら、敵は完全に第一首都防衛軍団の陽動に引っかかったようだ」

「第一首都防衛軍団のファルスキー少将と第二巡視艦隊のアラルコン少将は、国家救済戦線派の有力幹部。行動を共にするはずという先入観が敵の判断を狂わせたのでしょうな」

「ファルスキー少将は、そこまで読んで陽動を仕掛けたわけか。名将の名に恥じない用兵だ」

「第二巡視艦隊の陸戦隊四個旅団がセミネール公園を押さえているのも大きいのでしょう。ブラックストーン川とハイネセンポリス北辺部の中間点にあたる場所です」

「第一首都防衛軍団と合流する態勢を取りつつ、ハイネセンポリス進撃の可能性も匂わせているわけか。アラルコン少将もなかなか抜け目が無いね」

 

 国家救済戦線派の大物二人の見事な動きに、感嘆せずにはいられなかった。軍国主義者がクーデター鎮圧作戦の主力になるというのも妙な話だが、本当に頼りになる。

 

「情報部長、他の部隊はどうだ?第三首都防衛軍団と第六五戦隊は使えるようになったか?」

「動員完了の報告がありました」

 

 心の中で拳を握りしめて、ガッツポーズを取った。第三首都防衛軍団の四万人、第六五戦隊の八万人が動かせるようになれば、戦略の幅は大きく広がってくる。特に地上戦専門部隊の第三首都防衛軍団の存在は大きい。ハイネセン周辺にいる兵力の大半は、艦艇部隊の兵士に小火器を与えて編成した臨時陸戦隊だ。重火器や戦闘車両を多数保有する地上戦専門部隊と比べると、戦闘力は大きく見劣りする。地上部隊一万の戦力は、臨時陸戦隊五万に匹敵すると言っていい。

 

「よし。両部隊の使い道も考えないとね。情報部長は仮眠をとってくれ。起きてから協議しよう。しばらくの間、司令部運営は貴官に任せることになるが、いずれ第三巡視艦隊司令部より他の参謀も呼び寄せる。それまで踏ん張ってもらいたい」

「参謀長より、『上級参謀が情報部長一人では、司令部運営に差し支えるだろう。第三巡視艦隊の包囲が解けたから、作戦部長以下の参謀数人をそちらに送る』との連絡がありました。もうじき着くでしょう」

「そうか、参謀長はちゃんと手配してくれていたか」

 

 やはりチュン・ウー・チェンは最高の参謀だ。遠くにあっても、こちらの司令部運営に気を配っていてくれる。

 

「では、これより仮眠をとってまいります」

 

 ベッカー大佐はややふらつき気味の足取りで司令室から退出した。

 

「司令官閣下、朝食をどうぞ」

「ありがとう」

 

 副官のハラボフ大尉が差し出した朝食のトレイを受け取り、指揮官席に座る。メニューはチーズリゾット、ローストチキン、ポテトサラダ、ソーセージと豆のスープ、プロテイン入り牛乳、ジャムクラッカー。すべて総合防災センターに備蓄された非常食だった。脂肪と炭水化物たっぷりの非常食は、空きっ腹にはとても美味に感じられた。量が少なすぎるのが難点であろうか。

 

「追加食です」

 

 食べ終えた俺が物足りなさそうな顔を見せたところで、ハラボフ大尉は食べ物が乗ったトレイを差し出した。最初とまったく同じメニューだ。大喜びで受け取ると、さっそく胃袋に放り込む。冷たい視線を感じるが、そんなのは気にしない。

 

「相変わらず、食欲旺盛でいらっしゃいますね」

 

 その声に振り向くと、ポロシャツ姿の作戦部長ニールセン中佐がいた。左手にはチョコバーを持っている。

 

「作戦部長、来てくれたか」

「ただいま到着いたしました。他の者も来ております」

 

 ニールセン中佐が顔を向けた方向を見ると、作戦参謀コレット少佐、後方参謀メッサーシミス少佐ら私服姿の参謀九名が並んでいた。

 

「まさか、グリーンヒル大将がこのような暴挙に加担するとは思いもよりませんでした。恩義は忘れがたいですが、小官は軍人です。憲章と国旗に対する忠誠を優先いたします」

 

 グレーの地味なシャツを着たメッサースミス少佐は、沈痛な表情で恩師との決別を表明した。もともと、彼はグリーンヒル大将の推薦で参謀チームに加わった人物だ。苦しい心中は察するに余りある。

 

「何があろうと、貴官に対する信頼が揺らぐことはない。これまで通り、軍務に取り組んでもらいたい」

 

 俺は優しげな笑顔を作って、メッサースミス少佐の肩を強く叩いた。

 

「ありがとうございます」

「貴官はもう飯を食ったか?」

「まだです、昨日から何も口にしておりません」

「それは良くないね。これからが本番なんだ。ちゃんと食べないと、体がもたないよ」

 

 ショックで何も食べる気がしないのはわかる。しかし、今は無理にでも食べて、体力を付けてもらわないと困る。

 

「ハラボフ大尉、メッサースミス少佐に食事を用意してやってくれ。非常食にレトルトの卵粥があったはずだ。あれは食欲が無い時でも食べやすい」

 

 ハラボフ大尉に食事を用意するように指示した。そして、再び参謀の方を向く。

 

「貴官らは飯を食ったか?」

「食べました」

 

 最初に返事をしたのは、コレット少佐である。ロングのニットにジーンズというラフな格好だ。

 

「貴官のことだ。プロテインバーで済ませたんじゃないか?」

「トーストと目玉焼きも食べました」

 

 俺は首を軽く横に振った。何も食べてないようなものではないか。今の彼女なら、多少食べ過ぎたところでスタイルが崩れるとは思えない。ちゃんと食べてもらわないと困る。

 

「作戦部長、貴官は?」

 

「これですよ」

 

 ニールセン中佐は左手に持ったチョコバーを示す。彼は推薦者のアンドリューに負けず劣らず食が細い。他の参謀にも食事をしたかどうか質問したが、みんなほとんど食べていなかった。

 

「全員分の食事を用意してくれ。俺の分もね」

 

 追加の指示を受けると、ハラボフ大尉は端末を操作して臨時炊事係を務めるアルマの部下に連絡を入れた。

 

「閣下はもうお召し上がりになったのでは」

「コレット少佐、栄養はいくらとっても多すぎることはない。食事は軍人としての基本だと、いつも言っているだろう?」

「はい」

「食事と睡眠だけは、最優先で確保しなければならない。空腹では集中力を保てない。眠らなければ判断力が鈍る。だから、小官は食べられる時はできるだけたくさん食べて、眠れる時はできるだけ眠るようにしている。貴官の知力と体力は人並み外れているが、それも栄養がなければ十分に発揮できないよ」

 

 コレット少佐だけでなく、参謀全員に言い聞かせる。難しい試験をくぐり抜けて士官学校に合格する者は、例外なく優れた知力と体力を持っている。食事や睡眠を多少抜いても高いパフォーマンスを発揮できる。それゆえに空腹や睡眠不足のままで仕事に没頭する傾向があった。しかし、戦場では紙一重で勝敗が決まる。十分な食事と睡眠をとり、万全を期するべきなのだ。

 

「そういえば、ダゴンの英雄リン・パオ提督は大食いだったそうですね。ダゴン会戦の最中もトーストを六枚も平らげて、味方を驚かせたとか」

 

 メッサースミス少佐が同盟軍史上最大の英雄の名前を出した。

 

「そう、リン・パオ提督の精力的な指揮も栄養あってのものなんだ。学校ではリン・パオ提督の食欲を豪胆さの証と教えてるけど、俺は緊張感の証だと思ってる。彼にとっては、食事もまた戦いだったんだ。みんなにもそのような心構えを持って欲しい」

 

 俺なりのリン・パオ解釈を示すと、参謀達はみんな納得したようだった。やがて食事が運ばれてくると、戦いの臨む時のような真剣な表情でトレイを受け取って席に着く。満足した俺は自分の席に座って、三食目を平らげた。

 

「私の教官が同じことを言っていました。『軍人の基礎は飯と睡眠だ。良く食べる奴と良く眠る奴は、良い軍人になれる』と」

「フィリップス中尉、聞いていたのか」

 

 アルマに今のスピーチを聞かれていたことを知って、少し恥ずかしくなった。今の話は俺とアルマの共通の恩師にあたるクリスチアン大佐の持論なのだ。

 

「はい。まるで教官が話しているような感じがして、とても懐かしくなりました」

「そうか」

 

 穴があったら入りたいような気持ちになった。九年前に言われたことをそっくりそのまま話したのだ。クリスチアン大佐が話したような感じになるのは当然である。

 

「大食い以外に取り柄がなかった私でしたが、『良く飯を食うから、きっと良い軍人になれる』という教官の言葉を励みに努力して、何とかいっぱしの軍人になれました」

 

 懐かしそうにアルマは語る。いっぱしの軍人というのは、彼女のキャリアを考えるといささか謙遜が過ぎるように思える。しかし、大食い以外に取り柄がなかったというのは、決して謙遜ではない。かつての彼女は、努力嫌いで食べるのと寝るのが大好きな怠け者だった。

 

「俺も同じことを言われたよ。あの時は信じられなかったけど、今になって思えば正しかったんだろうね。ひたすら食べて体力を付けて、仕事や勉強を人より多くやった。その結果、二〇代で閣下と呼ばれる身分になった」

 

 九年前にエル・ファシルの英雄としての広報活動を終了して、打ち上げを開いた時のことが懐かしく思い出される。民間で就職したいと言った俺に、クリスチアン大佐は「貴官は良く飯を食う。良く眠る。きっと良い軍人になる」と言ったのだ。あの会話が俺の軍人としての原点だった。食事と睡眠をたっぷり取って蓄えたエネルギーで能力不足を補う。そうやって戦い抜いてきた。

 

 クリスチアン大佐の言葉が、こんなにも深く自分の中で根付いていることをあらためて確認すると、強い悲しみを感じた。あの大佐が今や敵なのだ。栄養を補充しなければ。折れそうな心を支えるエネルギーがほしい。そう思った俺は、急いでポテトサラダを口に運んだ。

 

「中尉、これはうまいよ」

 

 ゆっくり味わって飲み込んだ後、アルマに笑いかけた。

 

「私も食べました。非常食とは思えない味ですね」

「この分なら、昼飯も晩飯も期待できるな。今日も一日頑張ろうか」

「はい」

 

 俺とアルマは顔を見合わせて、笑顔で頷きあった。

 

 

 

 朝食終了後、俺はニールセン中佐ら作戦参謀に命じて、第三首都防衛軍団と第六五戦隊の動かし方を検討させた。

 

「今のところは動かさない方が良いでしょう。どちらも交通の要衝を押さえる位置にいます。第三首都防衛軍団のサルパイ少将、第六五戦隊のマスカーニ准将は、統率力に定評のある指揮官。駐屯地の防御工事が完了すれば、三倍の敵に包囲されても持ちこたえられます。司令部に呼び寄せるより、敵の機動を妨害させるべきと考えます」

 

 ニールセン中佐が述べた結論に俺は同意した。ボーナム市内に展開できる兵力はせいぜい五万。第一首都防衛軍団に一~二個師団を加えれば十分だった。第三首都防衛軍団と第六五戦隊が駐屯地に陣取っていれば、第二巡視艦隊、第三巡視艦隊とともに首都圏北部の車道の半数を押さえることができる。敵の地上部隊がボーナムを制圧しようとしても、大部隊を素早く展開させるのは困難になる。

 

「その方針で行こう。さっそく第三首都防衛軍団と第六五戦隊に出す指示書を作ってくれ」

 

 部隊の配置が決まったら、今度は市民へのアピールについて打ち合わせなければならない。タンクベッド睡眠を終えたベッカー大佐が司令室に戻ってくると、情報参謀を集めて会議を開き、現時点で判明した情報を集約させた。

 

「携帯端末の使用規制は未だに続いています。解除の見通しは立っていない模様です」

「固定端末からのネット接続は制限されていません。ただ、大手コミュニティサイト、有名政治サイトへのアクセスは制限されています」

「首都圏の放送局は、すべて救国統一戦線評議会のプロパガンダ番組のみを流し続けています。地方局は一部がプロパガンダ番組を流していますが、大半は通常通りの放送を続けています。ただ、救国統一戦線評議会を批判する論調は見られません」

「我々を支持するハイネセンポリスの警察機関からの情報によると、市内には様々なデマが飛び交っている模様。救国統一戦線評議会は抑えにかかっていますが、効果はあがっていないようです。情報統制が完全に裏目に出ました」

 

 情報参謀からの報告は、すべて救国統一戦線評議会による情報統制、デマの蔓延を伝えていた。

 

「予想通りだ」

 

 俺は満足気に頷いた。完全に「クレープ計画」で想定した通りに事態が進んでいる。情報に対する信頼というのは、複数の情報を比較検討した上で初めて得られるものだ。情報統制がうまくいけばいくほど、救国統一戦線評議会の発信する情報は信頼を失う。人々は救国統一戦線評議会が真実を隠していると思い込み、「隠された真実」という触れ込みの怪しげな情報にも簡単に飛びつくようになる。情報統制は反対勢力の団結を防ぐ反面、自らの信頼を損なう諸刃の刃。そこに付け入る隙があった。

 

「皆が真実を求めているのなら、俺達がそれを提供する。救国統一戦線評議会が隠そうとしている真実をね」

 

 精一杯、真面目な顔を作って言った。デマが信用される状況に乗じて、こちらに都合の良い情報を流す。情報統制を逆手に取って、宣伝戦で優位に立つ。それが「クレープ計画」の肝だった。

 

「昨日の演説の動画はどれぐらい流れてる?」

「救国統一戦線評議会の監視の目が届かない群小コミュニティ三四箇所で同時に公開したところ、短時間で膨大なアクセス数を記録しました。削除後も別の群小コミュニティで公開し、削除されるたびに場所を移しております。我々の把握できないところで独自に動画を保存して公開している者もうなぎのぼりに増加し、我々が何もせずとも拡散されていくステージに移っております」

「予定通り、第二攻勢を開始する。ボーナムテレビネットワークに向かうよ」

 

 

 

 俺はベッカー大佐、ハラボフ中尉、アルマ、第八強襲空挺連隊の兵士五人を連れて総合防災センターを出ると、ミニバンに乗り込んだ。そして、兵士の運転でボーナムテレビネットワークのあるハザードアベニューに向かう。

 

「のどかですねえ。まるでクーデターなんて別世界の話のようです」

 

 ベッカー大佐の視線の先には、朝日に照らされた郊外住宅地が広がっていた。さほど広くない道路には、通勤車の乗った路線バスや自家用車が走る。通学中の少年少女、散歩中の老人が歩道をのんびりと歩く。

 

「ハイネセンポリスの人が俺達を見れば、そう思うんじゃないかな」

「ああ、確かに閣下の仰るとおりですな」

 

 俺が指摘すると、ベッカー大佐は苦笑を浮かべた。この車に乗っている者は、全員私服を着て目立たないようにしている。俺はポップな水玉柄のパーカー、ベッカー大佐は∨ネックのスポーティーなトレーナーを着ていた。

 

「偽装用にベースボールの練習道具も積んである。ボーナム総合防災公園のベースボールグラウンド使用許可証も持ってる。早朝練習帰りの社会人チームにしか見えないよ」

「あれを真面目に受け止めてる人は少ないってことなんでしょうな」

 

 ベッカー大佐が指さした先には、車載テレビがあった。画面の中では、救国統一戦線評議会のエベンス大佐が図表を使って、抑揚のない早口で対帝国戦略について話している。

 

「まるで士官学校の講義か何かみたいだね。これじゃ市民には受けないよ」

「戦略としてはどうでしょうか?そんなに悪くないように思えましたが」

「悪くないと思うけど……」

 

 曖昧に言葉を濁した。はっきり言うなら、エベンス大佐が説明する対帝国戦略は、悪くないどころか最善の戦略と思える。

 

 正規艦隊を六個艦隊まで増強し、二個艦隊をイゼルローン回廊、二個艦隊をエルゴン星系、二個艦隊をハイネセンに配置。イゼルローンの艦隊が最前線、エルゴンの艦隊が後方支援、ハイネセンの艦隊が予備となる。艦隊決戦は徹底的に回避して、イゼルローンの確保にもこだわらない。イゼルローン回廊を放棄した場合は、四個艦隊が分艦隊単位、もしくは戦隊単位で各星系に分散して拠点を変えつつ補給線を叩く。前の歴史の「神々の黄昏」戦役でヤン・ウェンリーがラインハルトの遠征軍を苦しめたゲリラ戦略をより大規模かつ組織的にしたものであった。

 

 救国統一戦線評議会がゲリラ的防衛戦略を構想しているとなると、昨日の布告の意味も理解できる。ゲリラ戦の基地となる有人惑星が簡単に陥落してはまずいから、防衛部隊を大幅に増強する必要がある。三五〇〇万の正規軍を維持するだけで精一杯の同盟財政では、これ以上の正規軍増強は困難だ。兵役義務のある一九歳から五〇歳までの成人男女の臨時動員で補うことになろう。来るべき祖国防衛戦争に向けた国家総動員体制の構築。それが救国統一戦線評議会の目的ではないか。

 

 四日前、救国統一戦線評議会議長のグリーンヒル大将は、近い将来の祖国防衛戦争に必要な戦力を集めていると俺に言った。そして、派閥争いをやめて団結しなければならないと。同盟の政治体制では、国家総動員体制を構築するのはほぼ不可能に近い。艦隊決戦戦略に最適化された同盟軍をゲリラ防衛戦略型に組み替えるのも、短期間では困難だ。独裁でなければ、これほど大胆な安全保障政策転換は不可能だろう。

 

 前の歴史でクーデターを起こした救国軍事会議は、時代錯誤的な軍国主義集団と言われて後世の笑いものになった。だが、救国統一戦線評議会は、それなりの合理性を持って動いている組織のようだ。しかし、合理的だからこそ葬らなければならない。

 

「どんなに立派な構想があっても、クーデターはダメだよ。合理性だけでは、戦争はできない。グリーンヒル大将が総参謀長として指導したイオン・ファゼカス作戦がそうだった。純軍事的には合理的な作戦だったけど、正当性が皆無だった。『確実に勝てる見込みがあるから戦いましょう』なんて言われても、そんなのは提督や参謀の計算だよ。前線指揮官や下士官兵は、計算のためには命を賭けられない。正当性無き合理性には、まったく意味が無い」

「なるほど。将兵を動かせない勝算というわけですか」

「帝国ならそれでいいかもしれないけど、この国は同盟だ。兵士も納得しないと力を出せない」

「私の祖国は戦争に向かない体制だと思っておりましたが、この国もあまり変わりがないようですな」

「戦争に向いた体制って、どこかにあるのかな」

 

 再びテレビの中に視線を戻す。エベンス大佐の退屈な説明は続いている。内容はしっかりしているのだが、話し方が理屈っぽすぎて退屈に感じるのだ。彼の講義はさぞ居眠りする生徒が多かったんじゃないか。そんなことを思った。

 

 

 

 ボーナムテレビネットワークの裏口では、報道部長とスタッフ数人が俺達を待っていた。趣味の良いジャケットにノーネクタイの報道部長は、揉み手せんばかりの勢いで近づいてきた。

 

「フィリップス提督の演説は動画で拝見しました。私どもの局をお選びいただき、誠にありがとうございます」

「こちらこそアピールの場をいただけたこと、感謝に堪えません」

「感謝などとんでもない。私はジャーナリストです。社会正義のために真実を伝える義務があります」

 

 欲望にギラギラと輝く報道部長の目は、彼が社会正義と別の論理で動く人間であることを示している。

 

「あなたのような素晴らしいジャーナリストにお会いできて幸運でした」

「スタジオは既に用意が整っております。どうぞ、こちらに」

 

 喜びを隠し切れない声でそう言うと、報道部長は俺達を案内した。最後尾にいるアルマは露骨に嫌そうな表情をしていた。報道部長の全身から漂ってくる俗物臭に辟易したのだろう。だが、こういう人物だからこそ、この場面では頼りになるのだ。

 

 首都圏にある八つの総合防災センターのうち、秘密司令部に選んだ四つには共通点があった。番組制作能力と送信機能を持つ放送局が同じ市内に複数あるという点だ。市民にアピールをする際には、どうしても放送局を使う必要があった。人口が少ないにも関わらず、建国期に設置された放送局が惰性で存続していたボーナム市は、最適な条件を備えていたのだ。

 

 秘密司令部を置いた四都市の放送局の報道部門の中で、軽率で欲深い人物をあらかじめリストアップしておいた。秘密を守るためには、アピールを行う当日に出演希望を伝えて、短時間で交渉を成立させなければならない。慎重で思慮深い人物より、スクープに目が眩んで後先考えずに飛び付きそうな人物の方が交渉相手としては望ましかった。

 

 控室に入った俺は、素早く軍服に着替えた。髪型は自分でセットするつもりであったが、なんとヘアメイクがやってくれた。もちろん、地方の放送局に専属のヘアメイクがいるはずもない。出勤直前に有線通信で呼び出された報道部長の知り合いの美容師とのことだった。

 

 ハラボフ大尉に清書してもらった演説原稿に目を通し、番組スタッフに渡した。マフィンを三個食べて糖分を補給してから、スタジオに入って演説に臨む。

 

「市民の皆さん、おはようございます。首都防衛軍司令官代理エリヤ・フィリップスです。現在、武装勢力がハイネセンポリスを占拠しております。彼らは市民の代表を追放すると、救国統一戦線評議会を名乗り、市民と政府機関に武器を突きつけて服従を要求しております。首都の治安を預かる者として、憲章と国旗に忠誠を宣誓した一軍人として、そして皆さんと同じ民主主義の国で生まれ育った一市民として、ハイネセンポリスを民主主義の手に取り戻すお手伝いを皆さんにお願いするために、ここにやってきました」

 

 丁寧に、そして穏やかに。救国統一戦線評議会のスポークスマンエベンス大佐と俺の違いを市民に印象付ける。

 

「本日、四月一四日は先月の総選挙で選ばれた新代議員が初めて議会に集まって、新しい最高評議会議長を選出するはずの日でした。昨年の敗戦によって大きく傷ついた我が国が新しい政府と議会のもとで、再出発に向けた第一歩を歩み出すはずの日でした。しかし、武装勢力はその前日を選んで蜂起して議会の停止を宣言することによって、市民の選択を否定したのです。彼らに先立って地方で蜂起した武装勢力もまた総選挙の無効を主張しました。武装勢力は『銀河帝国を打倒して、自由と民主主義を守る』と言っていますが、やっていることは民主主義の否定以外の何物でもありません」

 

 今日という日がどういう日であったかを述べることによって、救国統一戦線評議会が行ったことの不当さを訴える。

 

「確かに銀河帝国と自由惑星同盟は、不倶戴天の敵です。同盟が帝国を滅ぼさなければ、帝国が同盟を滅ぼすでしょう。同盟を守るためには、帝国との戦争を継続する必要があるという武装勢力の主張は間違ってはいません。しかし、同盟はなぜ同盟たり得ているのかを武装勢力は理解しているのでしょうか?そもそも、同盟は民主主義の新天地を求めて、帝国の流刑地から脱出した共和主義者の末裔です。ダゴン会戦から一五七年に及ぶ帝国との戦いも、帝国領の支配者になるための戦いではありませんでした。私達に人間としての権利と自由を保障してくれる民主主義を守るための戦いでした」

 

 同盟は何のために帝国と戦ってきたか、同盟は何を守ろうとしたのか。原則論に立ち返って説き起こす。

 

「私達が求めているのは、人間が人間として当たり前に持っている権利、自分で自分の生き方を決める自由、自分の手で選んだ代表による政治、すなわち民主主義です。帝国との戦争はそれを実現するための手段です。手段のために目的を否定するなど、本末転倒としか言いようがありません。繰り返しますが、一五七年の戦いは帝国の支配者になるための戦いではなく、誰にも支配されないための戦いだったのです。私達の敵はゴールデンバウムの姓を持つ支配者とその家臣ではなく、彼らの内にある民主主義を否定して私達を支配しようとする野心でした。武装勢力もそのような野心を持っているのではないかと、私は疑っています」

 

 市民が戦うべき相手とは何か。挫くべきは野心である。民主主義を否定して帝国と戦うことには何の意味もない。そう言って、救国統一戦線評議会の正統性を正面から否定する。

 

「武装勢力は二〇〇万を越える軍隊をハイネセンポリスに集めて、その武力によって同盟全土の市民一三〇億に服従を命令しています。彼らの軍隊は一つの軍隊としては、我が国でも最強に近い力を持っています。他の軍隊はほとんどが分断されて孤立して、ハイネセンポリスの二〇〇万に対抗する力を持っていません。そのまま戦えば、彼らが勝つでしょう。しかし、結束すれば話は別です。首都防衛軍の指揮下には、八〇万を越える軍隊がいます。ハイネセンポリス周辺には、どちらにも味方していない軍隊が五〇〇万はいます。惑星ハイネセンの他の地域には、一〇〇万の軍隊がいます。結束すれば、武装勢力を優に圧倒するに足る数です」

 

 ハイネセンに展開する救国統一戦線評議会の軍隊。それが何ゆえに強いのか、そしてどうすればその強さを挫けるのか。数をあげて、わかりやすく説明する。

 

「惑星ハイネセンの外に目を向けますと、合わせて二六〇〇万を越える軍隊がいます。特にイゼルローン方面軍は、二〇〇万を越える戦力を持っていて、単独で武装勢力に対抗しうる能力を持っています。武装勢力は強大ですが、それは他の軍隊が分断されているからです。彼らが最も頼りとする軍事力もそれほど盤石ではないということは、ご理解いただけることと思います」

 

 同盟軍には三五〇〇万の兵士がいる。そのうち、ハイネセンの外にいるのは二六〇〇万。彼らも勘定に加える事で、救国統一戦線評議会の存在感を小さく見せる。

 

「そして、この戦いは軍隊と軍隊の戦いではありません。支配者になろうとする武装勢力二〇〇万と自由を求める同盟市民一三〇億の戦いです。武装勢力はメディアを独占して、自分は強い支配者だと言っています。通信を独占して、皆さんが連絡を取り合うことを妨げています。そうやって、皆さんを孤立させて、自分が支配者であると信じこませようとしています。しかし、皆さんは決して孤立していません。孤立しているのは実は武装勢力なのです。彼らは一三〇億を支配する権利を持っているかのように振る舞っていますが、実際は二〇〇万の兵隊を持っているに過ぎません。二〇〇万の兵隊で一三〇億人の市民の大海に漂っている儚い存在なのです」

 

 市民こそ多数派で、救国統一戦線評議会は少数派だ。メディアと通信の力で多数派たる市民を孤立させているだけだ。そう訴えて、自分達が多数派であることを思い出させる。多数派であることを自覚した時の市民は強い。その強さに俺は賭けた。

 

「首都防衛軍は今、この放送局があるボーナムに司令部を置いています。そして、ハイネセンポリスを奪還する準備を整えています。すべての同盟市民の皆さん。首都防衛軍の戦いへの協力をお願いします。武器を取れる方は、武器を取ってください。私達は兵士を必要としています。技術がある方は、技術を提供してください。私達は技術者を必要としています。物を持っている方は、物を提供してください。私達は武器や食料を必要としています。私達のもとまで来れない方は、私達の主張を流していただく、情報を提供していただく、サボタージュによって敵を妨害するといった形での協力をお願いします。私達は一人でも多くの仲間を必要としているのです」

 

 具体的な協力要請に入る。協力の敷居を高くしてはならない。部屋にいて固定端末のキーを操作しているだけでも、首都防衛軍の戦いに参加している気分になってもらわなければならない。どのような立場でもできることはあるのだと語りかける。

 

「星系政府の皆さん、惑星政府の皆さん、州政府の皆さん、市町村当局の皆さん。義勇兵の編成に協力をお願いします。あらゆる行政機関の皆さん。資材と情報の提供をお願いします。同盟軍将兵の皆さん。部隊単位でも個人単位でも結構です。共闘をお願いします。私が首都防衛司令官代理として命令できるのは、首都防衛軍及び国防基本法第一〇七条の規定によって指揮下に入れた部隊のみです。その他の方々は、星系首相であろうと一市民であろうと、対等の同志です。私は皆さんの司令官として命令するのではなく、同志として協力をお願いする次第です」

 

 カメラの向こう側にいるすべての人にお願いするつもりで、丁寧に頭を下げた。救国統一戦線評議会は命令するが、俺は対等な立場で協力をお願いする。民主的な性格を強調して、救国統一戦線評議会との違いを際立たせる戦略だった。

 

 最後に首都防衛軍が用意した参加受付用、寄付受付用、情報提供受付用のそれぞれのアドレス、総合防災センターにある首都防衛軍臨時司令部の住所、首都防衛軍各部隊駐屯地の住所がテロップとなって、画面に表示された。

 

「ありがとうございました!素晴らしい演説でした!放送中もずっと電話が鳴りっぱなしで、もう対応が大変ですよ!」

 

 上機嫌の報道部長は両手で俺の右手を強く握った。

 

「これからスタッフを連れて、私と一緒に首都防衛軍の臨時司令部まで来ていただけますか。密着取材もお願いしたいのです」

 

 メリットだけを並べ立てて、報道部長を救国統一戦線評議会に敵対する立場にしてしまった。必要だったとはいえ、逮捕されてしまっては後味が悪い。そこで取材要請を口実に臨時司令部に連れて行って、保護しようと思った。

 

「おお、それは素晴らしいアイディアですな!フィリップス提督が戦略戦術の天才なのは存じておりましたが、まさかメディア戦略でも天才だったとは!」

「いえ、感謝いただくほどのことでも」

「ジャーナリスト魂が燃え上がってきました!最高の番組を作ってみせますよ!いやあ、今年のマイケル・リチャーズ賞が楽しみですなあ!」

 

 すっかり報道部長は有頂天になっていた。もう今年のマイケル・リチャーズ賞を取ったつもりでいる。パトリック・アッテンボローのような超一流ジャーナリストでも最終選考落ちするような賞が、二流以下のジャーナリストに取れるわけもないのだが。何というか、幸せな人だ。

 

「行きましょう」

 

 アルマがハラボフ大尉のような冷たい表情で言った。似ている顔で似ている表情をされると、ハラボフ大尉が二人いるようで微妙な気分だった。

 

 

 

 総合防災センターにある臨時司令部に戻った俺達は、殺到する協力申し出への対応に追われていた。直接足を運んできて、協力を申し出る者も多い。

 

 一番多かったのは、予想通りだったが義勇兵の志願者だった。グラウンドが人でいっぱいになった。年齢は一三歳から一〇一歳まで、職業は一般的な職業をほぼ網羅してた。落選中の元代議員、オペラ歌手、プロベースボールチームのコーチなんて変わり種もいる。

 

 物資もほんの一時間でとんでもない量が集まった。食料や衛生用品が詰まったダンボールがあっという間に、グラウンドに山積みになった。重機を積んだトレーラー六台で乗り付けて、「全部寄付しますわ」と言った建設業者には、その場にいた全員が度肝を抜かれた。

 

 人手と物はいくら多くても多すぎるということはない。しかし、それを運用する人材はなかなか集まらなかった。首都防衛軍から連れてきた参謀と技術スタッフだけでは、これだけの人と物を整理するのは難しい。市役所、警察署、消防署の協力が得られればすぐ解決するのだが、組織は思い立ったらすぐ動くわけにも行かない。協議に時間がかかっているのだろう。仕方のないことだった。

 

「今、どれぐらい集まってる?」

「義勇兵志願者は一万人ぐらいですね」

 

 なぜか副官のハラボフ大尉ではなくて、参謀のコレット少佐が答える。あまりに人と物が集まったせいで、職務分掌も混乱しているようだ。

 

「この街の人口は三二万だよね。それなのに一万も集まったのか」

「車のナンバーを見ると、近隣から一斉に集まってきたようです。半径三〇キロ以内に五〇万以上の都市が四つありますし」

「熱い人が多いなあ」

 

 同盟国民の熱しやすく冷めやすい気性は熟知していたつもりであったが、それでも一時間で一万人という集まりようには驚かされた。二億人以上が住んでる首都圏でも、それだけの人数を短時間で集められるのはハイネセンポリスぐらいだ。

 

「食料は十分ですが、水が足りません。あと、野営用のテントも」

「第五一四工兵連隊の協力が得られたらいいんだけど、まだ返事来ないんだよな。同じ市内なんだから、断るにしても返事ぐらいくれたらいいのに」

 

 ボーナム市に駐屯している第五一四工兵連隊は、協力要請にも何の反応も示さなかった。首都防衛軍臨時司令部がボーナムにいることを公表してからも反応がない。

 

「ああ、そうだ。来ないといえば、第一首都防衛軍団もまだだ。今は八時三〇分過ぎだから、あと三〇分か」

「今襲われたら、まずくありませんか?」

 

 懸念を示したのは、作戦部長ニールセン中佐だった。

 

「大丈夫じゃないかな。義勇兵が集まってからじゃ遅いよ。目撃者が大勢いる場所で武力行使したら、支持を失ってしまう。やるなら放送直後だったね」

 

 前の歴史の救国軍事会議には、二〇万人の群衆に発砲したチンピラ軍人がいた。しかし、救国統一戦線評議会のメンバーは、まともな人物が揃っている。民間人を戦闘に巻き込む愚を良く弁えているはずだ。

 

「閣下」

 

 ハラボフ大尉がいつになく緊迫した様子でやって来た。

 

「どうしたんだ?」

「ハイネセンポリスから、Z-Ⅸ輸送機の大群がこちらに向かっています。その数、およそ六〇〇機」

「Z-Ⅸが六〇〇機!?」

 

 あまりの驚きに間抜けな声を発してしまった。Z-Ⅸは空挺部隊が使ってる輸送機だ。六〇〇機もあれば、空挺部隊二個師団を車両込みで送り込める。そんな大部隊が空挺降下してきたら、義勇兵はことごとく捕虜になってしまうだろう。

 

「第一首都防衛軍団が到着する前に、奇襲するつもりか」

「まだ敵が到着するまで時間はあります。一旦、ボーナム市外に出て第一首都防衛軍団と合流すれば良いでしょう。そうすれば、戦力的にはこちらが上です」

「そうだな、作戦部長。貴官の言うとおりだ」

「敵が二個空挺師団しか動かさなかったのが幸いでした」

「随分と中途半端な策だね。奇襲をかけるなら、もっと早く仕掛けるべきだった。第一首都防衛軍団を意識してるなら、もっと多く兵力を動かすべきだった。俺に逃げられたら、破綻してしまう策じゃないか」

 

 敵にはパリー少将やクリスチアン大佐といった優秀な陸戦指揮官がいる。彼らが立てたとは思えない愚策だった。

 

「逃げてはいけません」

 

 そう言ったのは、コレット少佐だった。最年少参謀の初めての進言は、良くわからない進言だった。

 

「なぜだ?」

「義勇兵は閣下の部下ではありません。空挺が迫ってる今、ここを離れたら見捨てたと思われてしまいます」

「ああ、そうか。そういうことか」

 

 コレット少佐の指摘で敵の狙いが理解できた。敵は俺がこの場所から逃げるところを義勇兵に見せようとしているのだ。俺がいなくなったら、義勇兵はすぐに逃げ散る。そして、見捨てられたと言いふらすだろう。そうなれば、俺が何を言っても信頼されなくなってしまう。そして、反クーデター勢力も瓦解する。このタイミングで襲撃してきたのも、大勢の義勇兵が集まって、なおかつ俺が逃げられると判断できる時期を見計らったに違いない。

 

「義勇兵を率いて迎え撃つ!第一首都防衛軍団が到着するまで、時間を稼ぐんだ!」

 

 武器すら揃っていない義勇兵で空挺二個師団に対抗できる自信はなかった。敵が義勇兵を巻き込んで攻撃を仕掛けてくる可能性は低いが、義勇兵を巻き込まずに俺を制圧する方法はいくらでもある。クーデター発生二日目、いきなり最大のピンチを迎えた。


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