銀河英雄伝説 エル・ファシルの逃亡者(旧版)   作:甘蜜柑

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第百十一話:顔の見えない戦い 宇宙暦797年4月11日 首都防衛軍司令部~エスニック料理店

 四月一一日の午前、首都防衛司令部で将官会議を開いた。出席者は司令官代理の俺、参謀長代理のチュン准将、第一巡視艦隊司令官エルランデル少将、第二巡視艦隊司令官アラルコン少将、第一首都防衛軍団司令官ファルスキー少将、第二首都防衛軍団司令官シュナル少将、第三首都防衛軍団司令官ルエンロン少将、宇宙防衛管制隊司令官ベルガミン少将、軌道防衛隊司令官ミーニ少将、首都大気圏内空軍司令官キースリー少将、首都水上艦隊司令官フリスチェンコ少将の他、戦隊司令官や師団長など准将三〇人。将官だけでも第一二艦隊の倍近い大所帯だった。

 

「そろそろ、統合演習の時期ではありませんか?」

 

 飯でも食いに行こうと言わんばかりの気楽な口調でアラルコン少将は言った。

 

「まだ早くないかな?統合演習は毎年七月か八月頃じゃないか」

「そんなお役人のようなことを言ってはいけませんなあ。昨日は辺境総軍が反乱して、司令官のルフェーブル大将を拘束しました。地方の混乱がいつハイネセンに飛び火してくるか、わからない情勢ですぞ。まさに我ら首都防衛軍の真価が問われる時ではありませんか。いざという時にうまく動けなかったら末代までの恥晒し。一日でも早く演習をしなければ」

「今はその時期ではない。しばらくは部隊単位の能力向上に努めてもらいたい」

 

 俺は官僚的な論法を使って、アラルコン少将の意見を却下した。惑星シャンプールの辺境総軍で地上部隊が反乱を起こしたのは事実だった。極致に達した地方の混乱がハイネセンに飛び火することを懸念するのも常識の範囲内であろう。ただ、発言者のアラルコン少将に問題があるのだ。

 

 統合演習には、首都防衛軍の全部隊が出動する。その際に国家救済戦線派側の部隊がすべて蜂起すれば、ハイネセンを宇宙と地上の両方から制圧できる。これまで地方で反乱した部隊は、すべて演習を口実に出動して蜂起した。こんな時にアラルコン少将が統合演習の前倒しを口にすると、良からぬ企みをしているのではないかと疑ってしまう。

 

「しかし、実弾射撃訓練も許可していただけないではありませんか」

「国防委員会の経理部から、弾薬使用量を抑えてくれと言われててね。少し待って欲しい」

「それでは困ります。査閲部に『訓練日数が少ない。もっと増やせ』とせっつかれているのです」

「でも、予算がおりるのはまだ先なんだ。シミュレータで頑張ってもらえないか」

 

 今度は予算を理由に却下。アラルコン少将率いる第二巡視艦隊の実弾射撃訓練日数は、平均より多い。部隊単位の射撃能力も後方警備部隊としては、最高水準にある。査閲部にうるさく指導されるような部隊ではない。

 

 実弾射撃訓練をする際には、訓練実施の数日前に弾薬が部隊に支給される。訓練を口実に入手した弾薬を使ってクーデターを起こそうとしているのではないか。そんな疑いを抱いてしまう。国家救済戦線派部隊からの弾薬、食料、燃料などの支給を伴う要請は、すべて却下するようにドーソン大将から厳命されていた。

 

「金がないとあらば仕方ありませんが、実地で運用せねば勘が鈍ります。早めにお願いしますぞ」

「すまない。なるべく早く予算がおりるよう努力する」

 

 どんどん嘘をつくのがうまくなるなと自嘲した。出世するにつれて、どんどんやることが不純になっていく。

 

 不満の色を浮かべながらアラルコン少将が着席すると、入れ替わるようにファルスキー少将が発言を求めた。アラルコン少将と並ぶ国家救済戦線派の巨頭は何を言うつもりなのだろうか。緊張で鼓動が早くなる。

 

「星道二六号線の復旧はまだですかな?」

「それは俺じゃなくて、首都政庁の管轄だよ」

「あの程度の工事が三日過ぎても終わらないというのは、手際が悪すぎませんか?我が軍団の工兵隊を動かせば、一日でかたが付きます」

「首都政庁も予算が無いみたいだから」

「それは存じております。ですから、何度も協力を申し入れました。しかし、『できない』の一点張りです。司令官代理からも一言お口添えいただけませんか?二六号線が復旧しなければ、非常事態が起きても、ハイネセン市内への迅速な展開が難しくなります」

「それはまずいね。俺の方からも申し入れておくよ」

 

 また嘘をついてしまった。星道二六号線が万全な状態であれば、第一首都防衛軍団が使用している戦闘車両や輸送車両は、一時間以内にハイネセン中心部まで到達してしまう。クーデターを阻止するためには、星道二六号線が壊れたままでいてもらわなくてはならない。

 

 ガス管爆発事故を装って星道二六号線を使用不能にしたのは、情報部の破壊工作員だった。そして、復旧を遅らせるよう首都政庁に圧力をかけているのも情報部。国家救済戦線派に与する第一首都防衛軍団の展開を妨害するために、星道二六号線を使えなくした。

 

「ここ一週間、首都防衛軍では輸送関係や通信関係のトラブルが相次いでいます。こうも機動力が低下しては、非常事態に対処するのは困難です。安全対策の徹底をお願いしたい」

 

 強い懸念を示したのは、ハイネセンの対宇宙防衛網を統括するベルガミン少将だった。

 

「大気圏内空軍は三割が行動不能状態。既に通常の防空任務にも支障が出ております。これ以上事故が発生すれば、首都の防空体制は破綻するでしょう」

 

 大気圏内空軍を率いるキースリー少将の顔には、疲労の色が浮かんでいる。戦力運用に苦労しているのだろう。

 

 情報部は星道二六号線以外にも、国家救済戦線派部隊に対する様々な妨害工作を展開している。主要な将校が国家救済戦線派に味方しても、輸送や通信が機能しなければ、動きを止めることはできる。事情を知らないベルガミン少将やキースリー少将には申し訳ないと思う。しかし、彼らの配下にいる国家救済戦線派部隊を止めるには、他に方法がないのだ。

 

「今日で安全指導員によるチェックが終了する。問題点を洗い出せば、適切な対策もできる。国防特別会計補正予算が成立したら、予算面でも対応できるはずだ。それまで君達には苦労をかける。本当に申し訳ない」

 

 できるだけ申し訳無さそうな表情を作って謝った。首都防衛軍司令官代理になってから、演技ばっかりうまくなったような気がする。ヴァンフリート四=二基地にいた時もそうだったが、味方を欺くというのは精神的にきつい。

 

「安全指導員というのは結構なアイディアです。トラブルが起きれば、犠牲になるのは将兵ですからな。安全にはいくら気を遣っても、遣い過ぎということはありません」

 

 アラルコン少将の言葉に、ファルスキー少将が頷く。自分達の企みが露見していないとでも思っているのだろうか。警戒心が乏しいにもほどがある。

 

 安全指導員とは、トラブル多発を理由に俺が送り込んだ監視役だった。安全指導の名目で各部隊の輸送、通信、整備などを掌る部署に浸透し、いざという時はサボタージュをする。これは情報部ではなく、ヴァンフリート四=二基地での経験を踏まえて発展させた俺のアイディアだった。

 

 現場の反感を買わないように、情報部や憲兵隊出身者ではなく、正規艦隊や後方支援集団で経験を積んだ技術のプロを選んだ。彼らには本当の任務を教えずに、「安全指導に必要」と言って、部隊の動向を探らせている。何事もなかったとしても、彼らの高い能力は部隊の能力向上に益するはずだ。

 

「指導員といえば、陸戦指導員の部隊派遣はいつになるのですか?」

「まだ人数が揃わないんだよ。今は訓練計画に関わる助言だけで我慢して欲しい」

「それは残念です。特殊部隊の指導を受けられると、兵が楽しみにしておりますので」

 

 心底から残念そうな表情を見せる第一〇三歩兵師団長ハッザージ准将。彼もまた国家救済戦線派の幹部である。陸戦指導員の本当の任務が分かったら、どんな表情になるのだろうか。

 

 俺は地上軍最精鋭の第八強襲空挺連隊から、二個小隊七七人の隊員を陸戦指導員の名目で呼び寄せた。彼らの本当の任務は地上部隊及び陸戦隊を有する艦艇部隊の監視、そして俺の警護である。驚くべきことに首都防衛軍の国家救済戦線派は、陸戦指導員派遣に何の反対もしなかった。司令部に陸戦指導員を入れて、俺の要求通り訓練計画立案に携わらせている。

 

 今のところ、情報戦では俺が国家救済戦線派をリードしているように見える。しかし、アラルコン少将もファルスキー少将も並の人間ではない。俺の狙いを見抜いた上で乗ったふりをしている可能性もある。まだまだ油断はできなかった。

 

 

 

 午後は第四会議室で司令部首脳会議を開いた。出席者は参謀長チュン准将、副参謀長ニコルスキー大佐、作戦部長ニールセン中佐、情報部長ベッカー大佐、人事部長ファドリン中佐、後方部長パレ中佐、経理部長ボルデ大佐、通信部長マー技術大佐、法務部長バルラガン中佐、憲兵隊長コントゥラ中佐、副官ハラボフ大尉の一一名。

 

 新たに会議に加わったボルデ大佐は資金面からの国家救済戦線派監視、コントゥラ中佐は憲兵による監視活動、マー技術大佐は対クーデター計画の要となる通信手段確保、バルラガン中佐は対クーデター計画に合法性を与えるための法的アドバイザーとして、国家救済戦線派対策に携わる。

 

「これまでの報告をまとめると、国家救済戦線派の怪しげな動きは一切見られないということになります」

 

 チュン准将は各部門の報告を総括した。

 

「うーん、見落としてるってことはないのかな?」

 

 俺は出席者の顔を見回す。情報部には諜報活動、憲兵隊には監視活動による情報収集を任せた。人事部には人員配置、後方部には物資の流れ、経理部には金の流れといった事務の側面から、国家救済戦線派部隊の動きをチェックさせた。しかし、怪しい点が何一つ見当たらなかったのだ。

 

「これだけのチェックを潜り抜けて悪企みできる相手であれば、正直言って我々の手には負いかねますな」

 

 情報部長ベッカー大佐は、肩をすくめて両手を広げ、お手上げのジェスチャーをする。

 

「部隊の動きを書類から消すのは困難です。もしかしたら、敵は首都防衛軍の兵力を使う気がないのかもしれないですね」

 

 難しい顔でファイルをめくりながら、副参謀長ニコルスキー大佐は言う。

 

「でも、アラルコン少将の第二巡視艦隊とファルスキー少将の第一首都防衛軍団が動かなければ、敵は主力部隊抜きで首都制圧に乗り出すことになる。彼らもプロの軍人だ。それぐらいはわかってると思うけどな」

「国家救済戦線派が敵ではないという可能性はありませんか?」

「まさか」

 

 参謀長チュン准将の突拍子もない指摘を、俺は即座に否定した。

 

「ですが、彼らが完璧な機密保持能力と演技力を併せ持っていると考えるよりは、すっきりしませんか?」

「だけど、他にクーデターを起こしそうな勢力はいるかな?国家救済戦線派の次に強い動機を持っているのは旧ロボス派だけど、彼らはハイネセンにいる部隊を掌握していない。外にいる旧ロボス派最大戦力の辺境総軍は、反乱軍に乗っ取られた。旧シトレ派は動機も戦力も持っているけど、テロやクーデターは彼らの流儀に合わない。最高指導者のクブルスリー大将が殺されかけてるしね。トリューニヒト派には動機がない。他の中小派閥は戦力がない。クブルスリー大将襲撃当日の怪しげな動きから見ても、国家救済戦線派以外には考えられないんじゃないか?」

「大将級の者なら、派閥の助力を得ずとも事を起こすだけの力は持っています。そして、彼らの過半数は現体制に良い感情を持っていません」

「うーん……」

 

 言われてみると、チュン准将の意見にも一理ある。国家救済戦線派の幹部は、実戦部隊の少将や准将。兵力は持っているが、政治力では軍中枢の大将に遠く及ばない。そして、部隊を持っていない大将でも、軍高官として築いた人脈を生かせば、大兵力を動かせる。前の歴史では、旧シトレ派の重鎮グリーンヒル大将がクーデターの首謀者となった。クーデターを起こすには、大将の方が有利だ。そして、動機もある。旧シトレ派の大将は、トリューニヒトに対する嫌悪感を隠そうとしない。旧ロボス派の大将は、ルフェーブル大将を除く全員が失脚寸前だった。

 

「大将と言えば……、ああ、これ言っちゃっていいんですかね?」

 

 コントゥラ中佐が周囲をきょろきょろ見回しながら、妙に歯切れ悪く問うた。そんな態度をされると、聞かずにいられなくなってしまう。

 

「憲兵隊長、ここにいるメンバーの間では隠し事は無しにしよう」

「司令官代理閣下を尾行していた者の身元が分かったんですが……」

「ああ、調査を頼んでおいた件だね。言ってくれ」

 

 ここ数日、妙な視線を感じた俺は、「歩く速度を頻繁に変える」「わざと不自然な行動をする」「近くを歩く人物の靴に目を配る」といった憲兵隊仕込みの尾行確認法を使い、どうやら自分を尾行している者がいるらしいことに気づいた。そこで第三巡視艦隊憲兵隊に命じて、尾行者の身元を探らせたのだ。

 

「尾行をしていたのは、宇宙艦隊総司令部情報部防諜課所属のポリーヌ・サミュエル中佐とハーラルト・キスケ大尉。二人とも昨年まで第五艦隊司令部情報部に所属していました」

 

 出席者が一斉に色めき立った。コントゥラ中佐の報告は、前第五艦隊司令官、現宇宙艦隊司令長官のアレクサンドル・ビュコック大将が俺を尾行させたと示唆していたのだ。

 

「どうして、ビュコック大将が司令官代理に尾行を付けるのだ?」

「陰謀などに手を染めるお人ではないと思っていたが」

「何かの間違いに決まっている」

 

 あのビュコック大将が俺を尾行させるなど、にわかには信じがたかった。そこでコントゥラ中佐に確認をする。

 

「間違いはないのか?」

「写真を持参いたしました。ご確認ください」

 

 コントゥラ中佐が差し出した数枚の写真には、俺を尾行する人物が映っていた。宇宙艦隊司令部で撮影されたサミュエル中佐やキスケ大尉の写真と、俺を尾行した人物を比較すると、かなり似ている。

 

「確かにこの二人には見覚えがある。だけど、尾行者がサミュエル中佐やキスケ大尉と同一人物なのか、これではわからないな」

「私が確認しましょう。サミュエル中佐とは、第四艦隊で一緒に仕事したことがありますから」

「頼む」

 

 俺は確認を申し出てきたチュン准将に写真を手渡した。彼は何度も写真を見比べた。事が事なので慎重である。

 

「サミュエル中佐で間違いありません」

「参謀長が万に一つも見間違うことは無い。でも、どうしてビュコック大将が俺を尾行させるんだろう?」

「別の者の指示で動いていることも考えられます。即断は避けられた方がよろしいかと」

「ああ、言われてみればそうだ。宇宙艦隊の総参謀長、あるいは情報部長の指示で動いてる可能性だってあるね」

「総参謀長モンシャルマン中将、情報部長ラウントリー准将がビュコック提督に無断で部下を動かすような人とは思えませんが、もう少し調べるべきでしょう」

 

 チュン准将ののんびりした口調には、人を冷静にさせる作用があるらしい。宇宙艦隊司令長官が首都防衛司令官代理に尾行を付けたのではないかという疑惑で動揺した出席者は、落ち着きを取り戻した。しかし、宇宙艦隊総参謀長や総司令部情報部長が独断で尾行を命じたとしても、重大事態に変わりはない。

 

「ここでああだこうだ言っても始まらない。国防委員会情報部に頼んで、裏を取ってもらう。時間もないことだし、次の話題に移ろう。『クレープ計画』、『タルト計画』、『エクレア計画』の進行状況について報告して欲しい」

 

 場を強引に収めた俺は、チュン准将に対クーデター作戦の進行状況に関する報告を求めた。

 

「既に『クレープ計画』、『タルト計画』、『エクレア計画』ともに原案は完成しました。現在は検討を重ねているところです」

「決定案ができあがる見通しは?」

「あと一週間ほどいただけたら」

「わかった。ただ、現在はいつ変事が生じるかわからない状態だ。明日、計画を使う可能性だってある。念のために原案をコンピュータに入れておいてもらいたい。キーワードを入力したら、全部隊に共有できるようにしよう」

「了解しました。誰に任せましょうか?」

「コレット少佐がいいね。彼女はこの種の仕事が早い」

「最良の人選だと思います」

 

 チュン准将は俺の人選に同意を示した。怪文書事件でコレット少佐の評価は大きく傷ついた。彼女は何も悪くないのだが、怪文書に便乗してあること無いこと言いふらす者がいた。士官学校時代に撮られたと思われる虐待写真まで流出した。仕事を与えて信頼が揺らいでいないことを示さなければならない。

 

 犯人はあっさり見つかった。首都防衛軍の第一二三戦隊司令部に所属する二三歳の中尉。勤務態度良好で性格も温和。士官学校では、コレット少佐と同期だった。そんな人物が戦略研究科を出たにも関わらずエリートコースに乗れない自分と、逃亡者の娘と白眼視されて成績も最低に近かったのに異例の昇進を遂げたコレット少佐を比べて腹が立ち、怪文書を作ってしまったのだそうだ。地味な経歴の若手を重用すれば反感を招くというヴァルケ准将の忠告が早くも的中したことになる。

 

 後味が悪いばかりの事件のことを頭から追い払った。そして、作戦部長ニールセン中佐に声をかける。

 

「ところでニールセン中佐、司令部機能移転はどこまで進んだ?」

「現在、B1、B2、B3は完了しました。B4も明朝までには完了します」

「良くやってくれた。作戦部の頑張りには、本当に頭が下がる」

 

 三つの対クーデター計画のうち、「クレープ計画」は首都防衛司令部が反乱軍の攻撃で陥落するという仮定のもとに立てていた。俺はニールセン中佐と作戦部に用意させた四つの秘密司令部のうちの一つから反撃を指揮する。仮に俺が秘密司令部に着く前に捕虜になったら、チュン准将が指揮することになっていた。

 

「対クーデター計画の共有キーワード、首都防衛司令部および四つの秘密司令部の司令部機能作動及び停止キーワードは、俺と参謀長が手分けして入力する」

 

 対クーデター作戦は情報戦である。素早く動いてクーデター側に付いていない勢力を一つでも多く味方に引き入れなければならない。キーワードを俺とチュン准将が独占することで情報漏洩を避け、敵に先手を打たれないようにした。

 

「身辺警護計画はどういたしますか?」

「俺と責任者が直接相談して決めるつもりだ。情報漏れを少なくしたいからね」

「承知しました」

 

 俺の身辺警護は、陸戦指導員の名目で呼び寄せた第八強襲空挺連隊の隊員に任せることに決めていた。パリー少将が付けてくれた空挺の猛者一六人は、忠誠の対象が俺ではないという点で不安な存在だった。できることなら、身辺警護は自分で呼び寄せた者に任せたかった。もちろん、パリー少将が付けてくれた者を追い返すことはしないが。

 

 クーデターと戦う準備は、着々と整っている。事前に鎮圧できるに越したことは無かったが、相手はこの段階まで俺達を出し抜いてきた。クーデターを起こされてしまう可能性は決して低くはない。最悪の場合も想定すべきであった。

 

 

 

 深夜には、無国籍エスニック料理店を偽装した情報部の秘密拠点で開かれた国家救済戦線派対策会議に出席した。最初に話題になったのは、昨日発生した惑星シャンプールの反乱だった。

 

「反乱軍は例によって対帝国挙国一致体制、腐敗一掃、トリューニヒト議長の辞任などを要求しているそうだな」

「民主的に選ばれた指導者を武力によって辞任させようなどとは片腹痛い。そんなに軍事独裁がお望みなら、帝国に亡命すれば良いではないか。反乱を起こすよりずっと簡単だろうに」

「国防充実と財政再建を同時に訴えているが、まったく不可解なことだ。どこから予算を持ってくるつもりでいるのか」

「汚職や利権とは無縁だと、アピールしたいのではないか。財政再建と腐敗批判を主張すれば、どんな者でもクリーンに見える。予算交渉の苦労を知らない者が考えそうな人気取りだ」

 

 冷笑混じりの批判に、賛同の声があがる。こんな情勢でも他人の悪口を言うと元気になる辺り、いかにも凡人集団のトリューニヒト派らしかった。

 

「彼らは政治を知らんかもしれないが、それは現在の情勢とはあまり関係がないことだ。辺境総軍は旧第三艦隊を中核とする精鋭中の精鋭。それが過激派の手中にあるという事実こそ重んじるべきではないか」

 

 第一一艦隊司令官ルグランジュ中将が引き締めにかかった。彼は出席者の中で唯一の非トリューニヒト派。凡人集団と毛色の異なる存在が議論に重みを与える。

 

「艦隊はあまり意識しなくても良いでしょう。反乱軍の指導的メンバーは、ほとんど地上部隊もしくは警備部隊所属の高級軍人。艦隊を指揮できるのは、第二〇戦隊司令官のヤーヒム・プラーシル准将ただ一人。一万隻を越える艦隊を率いるには、准将では重みが足りない。まして、幹部をことごとく捕えた直後では、将兵の動揺も激しい。無理に動かそうとすれば、反乱軍に敵対する可能性もあります」

 

 答えたのは第五空挺軍団司令官パリー少将。トリューニヒト派らしからぬ非凡な人物だ。ルグランジュ中将とともに会議の引き締め役を担うことが多い。

 

「ふむ、そんなものか」

「奴らとしては、辺境総軍を無力化できれば満足といったところでしょう。あとはイゼルローン方面軍を無力化すれば、介入能力を持つ外の部隊はいなくなります」

「シャンプールを保持すれば、イゼルローン方面軍の介入も阻止できるな。私が反乱軍の指揮官ならば、警備部隊を動かして、出張ってきた艦隊とイゼルローン要塞の間の補給線を攻撃する」

「敵がルグランジュ提督と同じ戦略を採用すれば、シャンプールを占拠するだけで、外部からの介入を阻止できるわけですな」

「私が考えつく程度のことは、誰だって考えつくだろう。辺境総軍とイゼルローン方面軍は無力化された。周辺の方面軍は活性化した海賊への対応で手一杯。反乱鎮圧に向かう余裕はない。反乱軍が航路を遮断したことによって、ハイネセンと国土の八割が切り離された。我々が孤立したハイネセン、そして国家の最後の防衛線となる」

 

 最後の一言はパリー少将のみならず、出席者全員に向けられていた。動揺してはいけない。そして、浮ついてもいけない。俺達の後には誰もいない。そんな当たり前のことをルグランジュ中将は再確認させてくれた。

 

「では、ブロンズ中将。報告を頼む」

 

 完全に空気が引き締まったところで、議長役のドーソン大将は情報部長ブロンズ中将に報告を求めた。

 

「では、辺境の反乱に関する調査報告から始めましょう。反乱首謀者のハーベイ准将、バッティスタ大佐、ヴァドラ准将の三名と国家救済戦線派の繋がりが確認されました。国家救済戦線派の会合への出席が数度確認されています」

 

 反乱軍と国家救済戦線派の関係を示すブロンズ中将の報告は、予想の範囲内だった。しかし、昼の会議でチュン准将に言われたことが引っかかる。俺はすっと手を伸ばした。

 

「質問よろしいですか?」

「なんだね?」

「国家救済戦線派の会合は、かなり敷居の低い集まりです。出席するだけなら、誰だって出席できます。興味本位でちょっと顔を出しただけの出席者も少なくありません。会合に出席したというだけでは、繋がりの有無を判断するには弱いのではないでしょうか?たとえば、ハーベイ准将は昨年まで小官の部下でした。当時の人事資料では、思想的な危険性は一切認められておらず、服従心、忠誠心ともにAランクとされていました。そのような人物が数か月で過激派の完全な同志になりきってしまうとは、どうも想像しづらいのです」

 

 俺の質問にブロンズ中将は、ほんの少しだけ考えこむような顔をした。俺が投げた小石に、どんな反応が返ってくるのだろうか。

 

「では、フィリップス少将は、反乱軍と国家救済戦線派が無関係ではないかと言うのかな?」

「無関係とは思いません。ただ、活動実績、あるいは主要な指導者との関係を確認できなければ、両者の繋がりを断定するのは困難ではないでしょうか」

「それはもっともである。だが、国家救済戦線派は昨年末から急速に台頭してきた集団。メンバーの大半はここ数か月で過激化した。以前から過激思想に触れていた者は、幹部クラスでもごくわずか。そして、メンバーの流動性も高い。情報部や憲兵隊でも十分に把握できていないのだ。詳細については、今後の調査結果を待ってもらいたい」

「軍の有力者との関係を調査する予定はあるのでしょうか?」

「既に調査している。宇宙艦隊司令長官ビュコック大将、後方勤務本部長ランナーベック大将、地上軍総監ペイン大将、査閲部長グリーンヒル大将、戦略部長シャフラン大将との関係が浮上した。特別に親しいというわけではないが、どのような糸も軽視すべきではなかろう」

 

 俺が注意を促さなくても、ブロンズ中将はチュン准将が指摘した大将級高官をちゃんと調べているようだった。

 

「ビュコック大将といえば、何やら胡散臭い動きをしているようだな。何か掴めたか?」

 

 議長役のドーソン大将の口から、俺を尾行させた疑いのある人物の名前が出たことに少し冷やっとした。

 

「宇宙艦隊総司令部の情報部員を中心とするメンバーで極秘の調査チームを組んで、トリューニヒト派に探りを入れているようです。ここにいる者の中では、パリー少将、フィリップス少将、サイクス少将などに尾行が付いています」

 

 ブロンズ中将の報告は、あの尾行がビュコック大将の差し金だったことを伝えていた。あの老提督に目を付けられたというのは、ショックだった。心当たりがないでもないが、さすがに孤立した第一二艦隊を助けてくれた人があの程度の件で俺を憎むとは、考えたくもない。

 

「あの老人め!本部長代理の件といい、艦隊の件といい、ことごとく我らの邪魔ばかりする!過激派に通じているのではないか!?」

 

 ドーソン大将は忌々しげに吐き捨てた。本部長代理はわかるが、艦隊の件とは何だろうか?気になって質問をした。

 

「艦隊の件とは?」

「こともあろうに、反乱鎮圧に第一一艦隊を動員しろと言ってきたのだ!過激派鎮圧の主力部隊がハイネセンからいなくなるではないか!」

 

 ビュコック大将は反乱鎮圧に正規艦隊を動員する方針だった。二年近く戦っていない第一一艦隊動員は、常識の範囲内であろう。それに第一一艦隊をクーデターの鎮圧に使うという話は、ビュコック大将は知らないはずだ。クーデター容疑者の一人に話せないのは当然ではある。しかし、今のドーソン大将は頭に血がのぼっていて、そんな指摘を受け付ける雰囲気ではない。たとえ冷静であっても、耳に痛いことを言わないという理由で信頼を得た俺には指摘できないが。

 

「我々の邪魔をしているとは限りませんぞ」

 

 トリューニヒト派では「忠臣」、他派からは「忠犬」と呼ばれる第七歩兵軍団司令官フェーブロム少将が、怒り狂うドーソン大将に突っ込みを入れた。

 

「では、何のつもりだ!?」

「小官の思うに、ビュコック提督は我が派のスキャンダルを探り出そうとしているのではないでしょうか?声望ある者を狙い撃ちして、我が派に打撃を与えるつもりでしょう」

「そういうことか!こんな非常時に我が派の足を引っ張ろうとは、老害め!」

 

 やはり、忠犬は忠犬だった。ドーソン大将の怒りは、フェーブロム少将が注いだ油でますます燃え上がる。

 

「先日、情報隠蔽をフィリップス少将に暴かれて失脚したチャイルズ少将は、ビュコック提督のもとで作戦部長を務めたこともある人物。フィリップス少将に対する意趣返しなのは、間違いありません」

「遺恨を優先するとは、なんと器量の小さいことか!だから、武勲だけの者を出世させてはいかんのだ!」

 

 フェーブロム少将は、ますますドーソン大将の怒りを煽り立てる。あのビュコック大将がチャイルズ少将の件で報復に出るなんて俺には信じられないが、ドーソン大将の中では既成事実化したようだった。こうなると、もう誰にも止められない。

 

 ドーソン大将とフェーブロム少将が無能で無責任だったら、まだ救いがある。しかし、困ったことに二人とも抜群に優秀な軍人だった。責任感も強い。旧シトレ派と国家救済戦線派を一刻も早く排除しなければ、同盟軍は市民の信頼を失って存続できなくなると本気で信じている。優秀な人物が真剣に考えた結果、帝国軍より味方を憎むようになっているから救い難いのだ。グリーンヒル大将が危機感を持つのも理解できる。

 

「国家救済戦線派の動静ですが、ますます不穏の度合いを増しております」

 

 ブロンズ中将が何事もなかったかのように報告を再開すると、ドーソン大将の怒りは急に収まった。何をするためにここにいるのか、ようやく思い出したらしい。

 

「最近になって、どの部隊でも会合の回数が急増しています。今年に入ってから加わった者の過激化が激しく、年長者も抑えきれていない様子です。こちらをご覧ください」

 

 ブロンズ中将がリモコンのスイッチを入れると、スクリーンには隠し撮りされたと思しき国家救済戦線派の会合が映し出されていた。「クーデターを起こせ!」「腐敗政党を打倒するのだ!」と物騒な叫び声が飛び交う。慎重な発言をする者は怒鳴りつけられて、出席者の発言は過激さを競い合っていた。

 

「こちらは国家救済戦線派の者が指揮官を務める大隊です」

 

 画面が切り替わり、地上部隊の訓練風景が映し出された。最高評議会や同盟議会の建物の写真を標的に貼り付けて、実弾射撃訓練を行っている。そして、全弾撃ち終えた後に隊員全員で万歳を唱えた。過激派にふさわしい暴力的な光景だ。

 

 それからもブロンズ中将は、国家救済戦線派の隠し撮り画像をスクリーンに写し出していった。熱狂、興奮が渦巻き、まさに暴発寸前といった趣があった。クーデターをやらなければ、上層部がリンチにかけられるのではないかとすら思える。首都防衛軍でこのような光景が報告されていないのは幸いだった。アラルコン少将ですら、穏健派なのかもしれない。

 

「なんと野蛮な。軍規も何も無い。まるで暴徒だ」

「こんな奴らが野放しとは。憲兵は何をしているのだ」

「ルドルフの国家革新同盟青年隊よりひどいんじゃないか」

 

 出席者の声には、反感と恐怖が半分ずつ含まれていた。

 

「ここにいる者は民主主義の最後の盾となる。そのつもりで過激派の陰謀と戦ってもらいたい」

 

 ドーソン大将がいつになく真剣な表情で締めくくり、会議は終了した。日付は変わって四月一二日。刻一刻と戦いの時は迫っているように感じられた。


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