銀河英雄伝説 エル・ファシルの逃亡者(旧版)   作:甘蜜柑

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第百五話:二つの会議と二つの対策 宇宙暦797年3月28日~3月30日 マドゥライビル地下~第三巡視艦隊司令部

 三月二八日二〇時。中華料理店に偽装した軍情報部の秘密拠点の一室にて、最初の国家救済戦線派対策会議が開かれた。壁面の大型スクリーンには、ハイネセンポリス近郊の地上部隊配置図が映し出されている。

 

「では、報告を頼む」

 

 議長役の統合作戦本部統括担当次長クレメンス・ドーソン大将は、自分では重々しいと信じている口調で言った。しかし、上ずった声と安物の背広のおかげで、いかにも背伸びしているように見える。

 

 最初に手を上げたのは、第七歩兵軍団司令官エリアス・フェーブロム少将だった。トリューニヒト派からは「議長の忠臣」、反トリューニヒト派からは「トリューニヒトの忠犬」と呼ばれる人物だ。

 

「第七歩兵軍団では三個師団中、二個師団が危険な状態にあります。佐官級の過半数が過激派に荷担しております。師団長は二人とも議長閣下に心を寄せておりますが、部隊運営の実権は過激派の手中に収まっており、抑えが効かない状態です」

「残る一個師団は?」

「過激派が浸透中です。先日開かれたラロシュ思想勉強会に、多くの佐官級が参加したとの報告が入っております」

「ご苦労」

 

 報告を終えたフェーブロム少将は着席した。想像以上に厳しい第七軍団の現状に、出席者の表情は険しくなる。

 

 次に手を上げたのは、第五空挺軍団司令官コンスタント・パリー少将。帝国領遠征後にトリューニヒト派に参加した新参だが、能力と忠誠心によって信頼を得た。現在はトリューニヒトの有力な軍事ブレーンの一人と目される。

 

「現在、三個師団のうち一個師団の指揮権が国家救済戦線派に掌握されています。ただ、師団長代理のダンフォード大佐は人望が薄く、過激派将校すらまとめ切れていないのが幸いです。残る二個師団も過激派の伸長が著しいですな。やはり、先任者の疑惑が響いているようです」

「あの馬鹿が、こんな時につまらんことをしおって」

 

 ドーソン大将は吐き捨てた。第五空挺軍団の前司令官アムリトラジ少将は、買春疑惑で先週更迭されたばかりであった。トリューニヒト派幹部であるアムリトラジ少将のスキャンダルは、国家救済戦線派に格好のアピール材料を与えたようだ。

 

「今月に入ってから、我が派のスキャンダルがマスコミに頻繁にリークされています。ダーティーなイメージが付いてしまっては、清貧を標榜する過激派を利するばかり。そちらの対策も考慮願いたい」

 

 パリー少将は出席者の顔を睨みつけるように見回す。二流エリートや叩き上げが多いトリューニヒト派は、表舞台で揉まれた経験が乏しいせいか、脇の甘い者が多い。旧シトレ派のエリート意識、国家救済戦線派の過激思想のような精神的バックボーンを持たないため、誘惑にも転びやすい。そこを徹底的に攻撃されている。

 

 パリー少将が着席した後は、別の者が代わりに報告に立つ。軍団司令官、軍団参謀長、師団長クラスの者が述べる部隊の内情は、いずれも深刻であった。トリューニヒト人気は市民の間では圧倒的であったが、軍部においては低下しつつある。政治主導の軍部改革に対する警戒心、トリューニヒト派軍人の腐敗などが主な要因だった。トリューニヒトに失望した者の多くがクリーンな国家救済戦線派に心を寄せた。

 

「首都防衛軍でも過激派の浸透が急激に進んでいます。第二巡視艦隊司令官アラルコン少将、第一首都防衛軍団司令官ファルスキー少将、首都大気圏内空軍副司令官ミゼラ准将の三名が中心的指導者と見られます。宇宙部隊と地上部隊のそれぞれ半数と大気圏内空軍で過激派将校が主導権を握り、宇宙防衛管制隊、軌道防衛隊でも過激派の勢力が広がりつつあります」

 

 俺が首都防衛軍の状況を報告すると、ざわめきが起きた。

 

「他はともかく、宇宙防衛管制隊はまずいな。アルテミスの首飾りが過激派の手に落ちたら、とんでもないことになる」

「二個正規艦隊に匹敵する戦力だ。辺境総軍とイゼルローン方面軍の機動艦隊が合同で攻撃しても攻略は難しい」

 

 出席者は口々に懸念を示す。宇宙防衛管制隊が統括する「アルテミスの首飾り」と呼ばれる防衛衛星群が国家救済戦線派の手に落ちることを、彼らは恐れていた。三六〇度全方向に濃密な対艦火力と防空火力を放射できる球状の防衛衛星一二個は、コンピューター制御で相互連携することによって、死角の無い完璧な防御を実現できる。

 

「極端な話をすると、地上部隊を掌握する必要はない。宇宙防衛管制隊を掌握するだけで首都も掌握できる」

 

 衝撃的な発言をしたのは、パリー少将だった。

 

「どういうことだ?」

「アルテミスの首飾りはあくまで防宙兵器。地上は制圧できんぞ」

「地上に火力を向けられないように、プログラムされているしな」

 

 出席者はこぞって疑念を呈す。俺もみんなと同じ意見だった。アルテミスの首飾りは強力な兵器だが、外敵以外に対しては無力である。

 

「惑星ハイネセンの人口は一〇億。そして、その大人口はもっぱら外部から供給される物資に依存しているのだ。アルテミスの首飾りを手に入れた者が民間船に対する攻撃指令を出したらどうなる?」

 

 そんなこともわからないのか、と言う表情でパリー少将は言う。ようやく、彼の危惧が理解できた。

 

「流通が遮断されてしまいますね。一週間もしないうちにハイネセン全土で物資不足が生じるでしょう」

「その通りだ」

 

 俺の返答にパリー少将は、合格点をくれた。

 

「エル・ファシル動乱を乗り切った貴官であれば、それがどれだけ恐ろしいことか、理解できるはずだ」

「流通の回復があと一日、いや半日遅れていたら、エル・ファシル全土が物資不足に怒った暴徒で埋め尽くされていたと思います」

「あれが陽動でなくて、主攻だったらどうなった?地上の物流拠点を攻撃して、備蓄物資を破壊する。道路や空港を破壊して、流通を妨害する。そうやって物資不足を助長されたら、一週間ももたずにエル・ファシルの秩序は崩壊しただろう」

 

 想像するだけで恐ろしくなった。あの時の敵がパリー少将の言ったような作戦を使えば、エル・ファシルは間違いなく内乱状態に陥っていた。

 

「わかったか?首都防衛軍の帰趨は、単純な兵力数以上に重要なのだ。貴官が抑えきれないのであれば、小官が代わってやっても良いのだぞ?」

「ど、努力します……」

 

 地上軍屈指の戦略家の鋭い視線にたじろいでしまった。彼と俺では貫禄が圧倒的に違う。

 

「まあ、あまりきついことを言うな。貴官には特殊部隊を抑える役目がある。今はそちらに専念してくれ。あの第八強襲空挺連隊まで過激派に染まってしまえば、貴官が危惧するテロ攻撃も自由自在だからな」

 

 ドーソン大将が助け舟を出してくれた。第五空挺軍団に所属する第一特殊戦闘群を抑えるのが、パリー少将の役目だった。第一特殊戦闘群には、最強の陸戦部隊と言われる第八強襲空挺連隊を含む特殊部隊三個連隊が所属している。この部隊の帰趨は、決定的な影響を及ぼすのだ。

 

「貴官から見れば頼りなく見えるかもしれんが、フィリップス提督は修羅場では強い。何と言っても、あのエル・ファシル動乱を防いだ男だ」

 

 ルグランジュ中将は苦笑混じりで、パリー少将をなだめる。頭のてっぺんからつま先まで鋭気がみなぎっているパリー少将から見れば、俺なんて子供のようなものだろう。頼りなく見えても仕方がない。

 

「フィリップス提督が修羅場に強いのは、良く存じております。小官が本作戦の責任者であれば、やはり首都防衛軍はフィリップス提督に任せるでしょう。しかしながら、修羅場を回避できるに越したことはありません」

「肝に銘じます」

 

 どこまでも油断のない名将の言葉に、直立不動で答える。期待を裏切ってはならないと思い、気を引き締めた。

 

「各部隊からの報告が終わったところで、次の議題に移ろう。指導者になりうる人物の動向だ」

 

 ドーソン大将は妙にかしこまった声で議題の変更を告げた。スクリーンに二〇人以上の写真が映し出されると、ブロンズ中将が立ち上がった。

 

「ブロンズ中将、説明を頼む」

「現在、情報部は過激派指導者一九名、過激派と結びうる可能性のある軍の有力者一一名に監視を付けています」

 

 過激派の枠に入っている一九名は、みんな国家救済戦線派の幹部だった。何かあるたびに名前のあがる者ばかりで、意外性はまったく無い。しかし、関係者の枠に入っている一一名は、驚くべき顔ぶれが揃っていた。

 

 宇宙艦隊司令長官アレクサンドル・ビュコック大将を筆頭に、地上軍総監ケネス・ペイン大将、後方勤務本部長ハンス・ランナーベック大将、国防委員会査閲部長ドワイト・グリーンヒル大将といった軍の大将級、中将級の大物ばかりだ。国家救済戦線派で最高位の者は少将。しかも、軍部では傍流にある者しかいない。クーデターを成功させるには、軍主流の大物と手を組む必要がある。しかし、これほどの大物に容疑がかかっているとなると、穏やかではない。

 

「質問があります」

 

 挙手したのは、第三歩兵軍団参謀長ベルガラ准将だった。

 

「なんだね」

「なぜ、グリーンヒル大将の名前があるのでしょうか。このような企てに加担するような御仁とは思われませぬが」

 

 ベルガラ准将の疑問に、そうだ、そうだと同意する声がポツポツと出る。グリーンヒル大将の人脈は、すべての派閥に及んでいる。トリューニヒト派でも、グリーンヒル大将に親近感を持つ者は少なくなかった。

 

「過激派将校との頻繁な面会が認められた」

「面会しただけで過激派と関係があるというのは、乱暴ではありませんか?」

「人目につかない場所で盛んに時事を語り合っているというのは、穏やかではない」

「後進が道を誤らぬように諭しているかもしれませんぞ。あの方は同盟軍きってのリベラリスト。過激派に共感するはずなどありません」

 

 一部出席者の共感の視線を背負ったベルガラ准将は、しつこく食い下がる。長い物に巻かれるタイプの彼がここまで反論するのは珍しい。

 

「ミイラ取りがミイラになることもある。貴官も参謀ならば、想定される可能性はすべて潰さなければならないということは分かるだろう?」

「猫に羽が生えて、空を飛ぶような可能性にも備える必要があるのですか?それとも、ルイス中将の話を真に受けられましたか」

「グリーンヒル大将と親密な関係にある者の言葉だ。参考の一つにはしている」

「馬鹿な」

 

 もはや、ベルガラ准将は上位者に対する礼儀すら忘れるほどに興奮していた。しかし、咎める者はいない。

 

「やはり、あのルイス提督が言い出したことか」

「誣告を事とする者の言葉を信じるのは、まずいだろう」

「グリーンヒル大将に用いられなければ、今の地位もなかっただろうに。議長の悪口を言ってグリーンヒル大将に取り入ったくせに、今度はグリーンヒル大将の悪口を言って議長に取り入ろうというのか」

 

 グリーンヒル大将とさほど親しくない者までが疑問を口にし始める。ドーソン大将も首を傾げている。第一〇方面管区司令官ポルフィリオ・ルイス中将は、グリーンヒル大将の軍事面における片腕と言われていた人物だ。中将になれたのもグリーンヒル大将が彼の献策を用いたおかげだった。それなのに権力を失った途端に悪口を言い出すなんて、さすがに下品に過ぎる。アスターテの英雄の名前が泣くというものだ。

 

 ルイス中将はアンドリュー・フォークがヒステリーというデマを流布して、総司令部の免罪に貢献した人物の一人でもある。前の歴史でグリーンヒル大将がクーデターを起こしたことを知っていても、ルイス中将が言うのであれば無罪じゃないかという気になる。

 

「ベルガラ准将。確か貴官の奥方の兄上は、グリーンヒル大将の口添えで再就職したのであったな。エインズワース社のシニアアドバイザー。技術大佐の再就職先としては悪くない」

 

 パリー少将が撃ち込んだ言葉の弾丸は、ベルガラ准将の心臓を直撃したかのように見えた。こうも鮮やかに人間の顔が凍りつく瞬間なんて、滅多に見れるものではない。

 

「世の中には、軍服を脱いでも付き合える友人とそうでない友人がいる。エインズワース社は、軍服を脱いだグリーンヒル大将に友情を示す必要性を認めないだろう」

 

 グリーンヒル大将の政治力が失われたら、ベルガラ准将の妻の兄は失業する。パリー少将はそう言っていた。

 

「誰しも友人を失うのは怖いものだ。グリーンヒル大将は友情に厚い御仁。軍服を着続けていたいと願って過激派の友人を作ったとしても、理解できないことではない」

 

 保身に汲々とする軍幹部の心理をこれほど的確に言い当てた言葉は無かった。統合作戦本部長、宇宙艦隊司令長官といった要職に就くと、大勢の人間が権力目当てに群がってきて派閥が生まれる。派閥に大勢の人間を集めなければ、大きな仕事はできない。集めた人間を使って仕事をしているうちに、義理が生まれる。権力を失ってしまえば、力になってくれた者に対する義理を果たせなくなる。だから、誠実で義理堅い者ほど、権力に執着するのである。

 

 去年の敗戦の責任を取って左遷されたグリーンヒル大将は、二、三年ほどしてほとぼりが冷めたら、クブルスリー大将から統合作戦本部長の座を禅譲されると見られていた。しかし、トリューニヒトは史上最悪の大敗を招いた人物が軍のトップになることを認めなかった。ドーソン大将を統合作戦本部に送り込み、次期本部長候補として擁立した。グリーンヒル大将の本部長就任の可能性は、大きく遠のいたとされる。トリューニヒト派の勢力が大きく後退しない限りは、査閲部長の任期が切れると同時に、予備役に編入される可能性が高い。

 

 ベルガラ准将の妻の兄みたいな人間に対する義理を果たすために、グリーンヒル大将がクーデターに荷担して権力維持を狙う。その可能性をパリー少将は指摘したのだ。

 

「まあ、そういうことだ。疑わしきは疑えというのがこういう時の鉄則なのでな。グリーンヒル大将が貴官の知る通りの人柄であれば、いずれ潔白は証明される。悪く思わんでくれ」

 

 穏やかな口調でブロンズ中将は、力なくうなだれるベルガラ准将を諭した。

 

「人を疑うというのもあまり気持ちの良いものではないな。自由な社会を守るという目的が無ければ、ごめんこうむりたいものだ」

 

 ルグランジュ中将は角張った顔に、彼らしくもない複雑な表情を浮かべる。

 

「信用できることを証明するために疑うというのも本末転倒かもしれんが、しかしこれは必要な手続きなのだ。小官はこれまで監察をやってきた。監察の手が入ることで、軍の動きが透明化される。多額の税金を使っておいて、何をやってるのかわからんようでは、市民の信頼が得られんからな。監察総監部にいようが、情報部にいようが、信じるために疑うという態度は変わらんよ」

 

 コンプライアンスの番人と言われたブロンズ中将だからこそ言える言葉であろう。ドーソン大将は満足そうにうなずく。

 

「そうだ、それこそがトリューニヒト議長閣下と小官が取り組んできたことなのだ。市民のための軍、市民に信頼される軍を作る。市民と軍が一体となって、初めて充実した国防が実現できる。だからこそ、過激派が軍を乗っ取るような事態は絶対に回避せねばならんのだ」

 

 ドーソン大将の力強い声に場が引き締まる。ブロンズ中将は大きく相槌を打ってから、出席者全員を見回す。

 

「ここにいる者の中には、監視リストに入っている者と親しい者もいるだろう。だが、疑われたからといって、クーデターに加担したと決まったわけではない。立場上、加担する可能性のある者をリストアップしたまでだ。彼らの潔白を信じるのであれば、『あんな立派な人を疑うなどとんでもない』ではなく、『いくらでも調べてくれ。どうせ何も出てこないから』と考えてもらいたい」

 

 どこまでも秩序の番人としての立場を貫くブロンズ中将の発言は、深い感銘を与えてくれた。世間では疑われたというだけで、犯人扱いされたと考える者が多い。ヴァンフリート四=二基地で憲兵をやってた頃も取り調べただけで怒る者が多かった。しかし、犯人であるかどうかを確定するのは、取り調べた後なのだ。取り調べる側は確定するまで相手を犯人扱いせず、取り調べを受ける側は怒らずに自分の潔白を信じる。それが正しい姿なのである。

 

「では、簡単に監視対象者の動静について報告する」

 

 ブロンズ中将は監視リストに載っている三〇人の動静について報告した。不可解な会合、人目を忍ぶ密会、尾行や盗聴に対する異常なまでの警戒などが、ほぼ全員に認められるという。

 

「しかしながら、現在は政局が大きく動いている最中だ。明日は総選挙の投票日、来月上旬には新議会が招集されて、首班指名が行われる。政局に備えた動きである可能性も大きい。白か黒かを確定するには、今しばらく調査を続ける必要がある」

 

 報告を聞きながら、視線を動かす。付き合いが長いドーソン大将、公明正大なルグランジュ中将、堅実を極めるブロンズ中将、知略に優れたパリー少将、そしてトリューニヒト派の将官達。このメンバーなら、国家救済戦線派とグリーンヒル大将が組んでも大丈夫な気がした。

 

 

 

 三月二九日、総選挙投票日。俺はもちろん国民平和会議の候補者に投票した。官舎に帰ってからは、ずっとテレビの選挙特番を見ていた。大好きな政治家が率いる党の大勝が予想される選挙というのは、実に気分の良いものである。ダーシャが側にいたら、さぞ不機嫌だっただろうけど。彼女はトリューニヒトが大嫌いだったから。

 

 開票速報で国民平和会議の当確議席を表す数字が増えていくたびに興奮した。あのトリューニヒトの党が一歩一歩勝利に近づいているのだ。今年に入ってからのトリューニヒトには、違和感を覚えることもあった。それでも、トリューニヒトを好きなことには変わりない。政権を取ったら、あんな無理もしなくて済むはずだ。一つでも多く議席を取って、思い通りの政治ができるようになってほしいと願った。

 

 翌三〇日の午前三時過ぎに全議席が確定した。

 

 国民平和会議  一〇〇一議席 改選前一〇七議席 穏健主戦派・遠征反対派

 反戦市民連合  三七四議席  改選前一八〇議席 急進反戦派・遠征反対派

 進歩党     八五議席   改選前四四二議席 穏健反戦派・遠征推進派と反対派が混在

 統一正義党   七七議席   改選前二二九議席 過激主戦派・遠征推進派

 環境党     二九議席   改選前五一議席  穏健反戦派・遠征反対派

 楽土教民主連合 四〇議席   改選前四八議席  穏健反戦派・遠征反対派

 国家社会党   一七議席   改選前三三議席  急進主戦派・遠征推進派と反対派が混在

 共和国民主運動 六議席    改選前一九一議席 穏健主戦派・遠征推進派

 自律党     四議席    改選前二八三議席 穏健主戦派・遠征推進派

 保守同盟    二議席    改選前五八議席  穏健主戦派・遠征推進派

 無所属     四議席    改選前七議席 

 

計一六三九議席

 

 ヨブ・トリューニヒトの国民平和会議は、単独で議席の六割を占める圧勝を収めた。戦犯断罪と捕虜交換で最高潮に達したトリューニヒト人気を背景に、無党派層、穏健主戦派、過激主戦派、穏健反戦派を満遍なく取り込んだ。

 

 ジェシカ・エドワーズの反戦市民連合は、議席をほぼ倍増させた。従来の支持層である急進主戦派に加えて、無党派層、穏健主戦派の取り込みに成功した。去年の敗戦で高まった反戦感情が追い風となり、進歩党に代わって反戦派第一党となった。

 

 二大政党の一角を占めていた進歩党は、議席の八割以上を失う惨敗を喫した。従来の党の主張を繰り返すだけの選挙戦術には新しみに欠け、遠征推進派議員の公認は市民感情を逆撫でした。その結果、従来の支持層である穏健反戦派にもそっぽを向かれてしまったのである。

 

 一時は政権を伺う勢いだった統一正義党は、改選前の三分の二に及ぶ議席を失った。アピールポイントのリーダーシップと社会改革で国民平和会議に後れを取ってしまい、支持を集めるために主張を過激化させたことが支持者離れを招いた。遠征推進派だったことも選挙戦後半の失速に繋がった。

 

 進歩党とともに二大政党の一角を占めた旧改革市民市民同盟系の三党は、いずれも獲得議席数一桁に留まった。評議員経験者や党幹部も軒並み落選。去年の遠征を決定した評議員も引退したサンフォード前議長とカッティマニ前法秩序委員長を除いて全員落選した。

 

 総評としては、国民平和会議の圧勝、反戦市民連合の躍進、二大政党と統一正義党の凋落といったところであろうか。遠征推進派と反対派で明暗がはっきりと分かれた。

 

 

 

 一睡もしないまま、首都防衛軍司令部に出勤した。案の定、空気は沈みきっている。参謀達はみんなこの世の終わりのような顔をしていた。旧シトレ派は進歩党の支持者が多い。進歩党が凋落して、トリューニヒトの時代がやってきたことに絶望しているのであろう。この顔を見たくて、わざわざ先にこちらに出勤した。我ながら人間が小さいとは思うが、意地悪な旧シトレ派エリートに、少しは意趣返しをしたかったのだ。

 

 溜飲が下がったところで首都防衛軍司令部を出る。そして、迎えに来てくれた副官のユリエ・ハラボフ大尉とともに公用車に乗って、第三巡視艦隊司令部に向かう。隣りに座ってるハラボフ大尉の表情が鋼鉄の面を被ったように冷たいので、気まずさから逃れようとカーテレビのスイッチを入れる。

 

「国家刑事局は本日九時三〇分、アリエル・アゼマ前代議員を収賄容疑で逮捕しました。アゼマ前代議員には、昨年の帝国領遠征の際に民主化支援機構が使用するコンピュータの入札にかかわる……」

 

 流れてきたニュースは、遠征推進派政治家の逮捕を伝えた。これまで警察の手によって断罪されてきた遠征推進派の中には、一人も政治家はいなかった。代議員の不逮捕特権に守られていたからだ。しかし、落選したらただの人である。不逮捕特権を喪失した翌日の逮捕は、だいぶ前から捜査を進めていたことを示す。これからは遠征推進派政治家の逮捕が相次ぐはずだ。トリューニヒト劇場はまだまだ続く。市民は大いに溜飲を下げるだろう。

 

 司令部に入ると、さっそく参謀を集めて会議を開いた。ようやく全員揃った新チームメンバーの初仕事である。

 

「最初の議題は第三巡視艦隊の部隊運営方針について。参謀長、報告を頼む」

「了解しました」

 

 参謀長チュン・ウー・チェン准将は立ち上がって、ファイルを開いた。

 

「手元に配った資料を読んでもらいたい。我が第三巡視艦隊に所属する第一〇一戦隊、第一〇二戦隊、第一〇四戦隊。いずれも練度、規律、モラルは水準以下。装備の更新はここしばらく行われていない。需品類の備蓄量は心許ない。戦闘に堪える状態とは言いがたいね」

 

 同盟首星を警備する部隊であれば、さぞ精鋭であろうと普通は考えるだろう。しかし、実情は首都防衛軍という格好良い名前にそぐわない二流の部隊であった。予算は少なく、練度は低く、モラルは低く、装備は旧式。地方部隊よりややましという程度である。良い人材や新しい装備は、正規艦隊や地上総軍といった外征部隊に優先して回される。ハイネセン周辺に宇宙海賊が姿を見せることもないため、実戦の機会もない。警備以外の仕事が無いため、業界用語では「警備員」と呼ばれる。

 

「こちらは比較資料。第二巡視艦隊に所属する四個戦隊のデータ。装備は我が部隊と同水準だが、練度、規律、モラルは遥かに上を行く。需品類の備蓄量も潤沢。かなり良い状態にあると言える」

 

 第二巡視艦隊を比較対象としたのは、あのサンドル・アラルコン少将が率いる部隊だからだった。仮にクーデターが起きた場合は、最大の敵となる部隊である。参謀長、副参謀長、四人の部長には事情を打ち明けて、第二巡視艦隊を仮想敵として部隊を作っていくように指示していた。

 

「予算の比較資料はありますか?」

「用意していないけど、ほぼ同額だね」

 

 チュン准将は、後方参謀メッサースミス少佐の質問に答えた。にわかに会議室が騒がしくなる。

 

「同水準の予算でこれだけの差が出るのか」

「さすがはアラルコン提督だ。過激思想に染まっても、力量はまったく鈍っていない」

「我々も負けてはいられないな。頑張らねば」

 

 いい雰囲気だ。第二巡視艦隊との差を認めつつ、挑戦していこうという気持ちがある。あとは俺次第ということになるだろう。あの程度の予算で高水準の部隊を作れる提督に張り合うのは、容易ではないが。

 

「どのようなマニュアルを使っているのだろうか。目を通してみたいものだ」

 

 ある若い参謀の声が耳に入ってきた時に気づいた。そうだ、別に張り合う必要はない。学べばいいのだ。

 

「今度、第二巡視艦隊を視察に行ってみるよ。その時にマニュアルを見せてもらえるかどうか、交渉してみよう」

 

 苦労して作り上げたノウハウを簡単に教えてくれるほど気前が良いとは思わないが、部隊の様子を見るだけで得るところは大きいはずだ。ついでに第二巡視艦隊の人間と顔を繋いでおけば、監視もしやすくなる。

 

 部隊運営の方針をみんなで話し合った後、次の議題に移る。

 

「次は首都動乱時の行動計画について話し合う」

 

 首都動乱時の行動計画とは、すなわち対クーデター作戦である。

 

「それは首都防衛軍の担当では?我々が作ってしまっても良いのでしょうか?」

「問題ない。研究の一種と考えてほしい。研究するだけなら、歩兵連隊が帝都オーディン攻略作戦を考えるのも自由だからね」

 

 質問した若い参謀には研究と答えたが、本当は現実のクーデターに対応するための作戦を作る。それを知っているのも参謀長、副参謀長、四人の部長のみだ。事前に察知して阻止するのが最善だが、阻止できなかった場合の対応も考えなければならない。それが首都防衛軍を預かる者としての義務だ。

 

「ここに三〇年前に作られた『午睡計画』のファイルがある」

 

 俺は国防研究所から借りてきた「午睡計画」のファイルを全員に示した。三〇年前に「六月事件」と呼ばれるクーデター未遂事件が発生した後、当時の首都防衛司令官が作成した対クーデター作戦計画である。

 

「これを参考にして、より質の高い計画を作り上げてもらいたい。想定するケースは三つ。一つ目はハイネセン中心部で反乱軍が蜂起するケース。二つ目は近郊の部隊が反乱を起こしてハイネセンに進撃してくるケース。三つ目は衛星軌道上から反乱軍がハイネセンに降下してくるケース」

 

 俺の指示に会議室の空気は引き締まる。

 

「一つ目の作戦は『クレープ計画』、二つ目の作戦は『タルト計画』、三つ目の作戦は『エクレア計画』と名付ける。急ピッチで作り上げて欲しい」

 

 作戦名を告げた途端、チュン准将とコレット少佐を除く全員があっけに取られたような顔になる。いつにない俺の覚悟に驚いたのだろうか。

 

「ハラボフ大尉、みんなに午睡計画の写しを配って」

 

 ものすごく困ったような顔のハラボフ大尉に指示を出す。クールな彼女の表情パターンに、困り顔が存在することを初めて知った。

 

 会議の終了を宣言しようとしたその時、緊急速報を告げるブザーの音が鳴り響いた。そして、スクリーンに司令室の通信担当者が現れる。

 

「どうした、何があった?」

「統合作戦本部長クブルスキー大将閣下が本部ビル内で銃撃されました!」

 

 軍部の最高指導者がお膝元でテロに遭った。衝撃的な報告に、会議室は驚きの声に包まれる。

 

「誰が本部長を狙ったのだ!?」

「軍のトップを狙うなど、エリューセラ民主軍以外には考えられないでしょう」

「いや、奴らならビルごと本部長を吹き飛ばそうとするはずだ。一人を殺すために一万人が巻き添えになっても構わないと考える連中だからな」

「輝ける神の鉄槌委員会の残党かも」

「クブルスリー大将は、腐敗とは程遠いお人柄。金権政治家と大企業しか狙わない鉄槌委員会の標的になるとは考えにくい」

「アポロニア人民党黄旗派、秋風旅団、真のチャールトン主義者党、闘争的戦犯法廷あたりじゃないの?軍幹部を狙った前歴もあるし」

「そう言えば、本部長は闘争的戦犯法廷の公式サイトで死刑宣告を受けてたなあ」

「ネットでは戦犯保護者と言われてますからねえ。狙われてもおかしくはありません」

 

 みんなは口々にテロ組織の名前をあげた。要人が狙われたら、真っ先に名前があがる組織ばかりだ。最初にそういった組織を疑うのが常識だろう。

 

「単独犯の可能性もある。ネットの反軍サイトを読んで、頭に血が昇った国士気取りとか。去年末から今年初めにかけて、そんな連中が相次いで軍人襲撃事件を起こした」

「素人が護衛に守られた本部長に簡単に近づけるか?プロの犯行だろう」

「いや、一二年前の後方勤務本部長暗殺未遂犯は、何の背景もない麻薬中毒者だった。素人にもできないことはない」

 

 昨年の帝国領遠征の敗北以来、反軍感情は異常なまでに高まった。一部の尖鋭分子による暴力事件も多発した。憂国騎士団の戦犯襲撃が始まってからは下火になったが、まだまだ続いている。彼らの仕業と考えるのもきわめてまっとうだ。

 

 しかし、俺は前の歴史を知っている。前の歴史でもクブルスリー大将は、同じ時期にテロの対象となって負傷した。前と今で襲撃時期が重なったことが偶然とは思えない。偶然の連続である戦場では、同じような状況で同じような計算をしても、採るべき策は変わってくる。しかし、偶然の要素が少ないオフィスの戦いにおいては、状況と計算が似通っていれば、選択できる策もさほど変わらない。誰が仕掛けても、似たような策を選ぶ。

 

 トリューニヒトが総選挙で圧勝した直後に、統合作戦本部長を排除しなければならないと計算した者がいる。前の歴史でクブルスリー本部長暗殺未遂の糸を引いていたのは、クーデターを起こした救国軍事会議グループだった。伝記や戦記の通俗的な知識しかない俺には、どんな意図があったのかは良くわからない。ただ、常識的に考えれば、統合作戦本部の混乱を狙ったのであろう。

 

 本部長代行に就任する可能性が最も高いビュコック大将は、官僚組織を動かす能力に欠ける。統合作戦本部を掌握するまで時間がかかるはずだ。その次に可能性が高いドーソン大将は、統合作戦本部中枢にいる旧シトレ派の高級参謀に嫌われている。本部長代行になれば、首都防衛軍司令部で俺が受けたような抵抗を受けるに違いない。いずれにせよ、統合作戦本部の機能はしばらく停止する。

 

「へえ、犯人は軍服を着てたのか」

「軍人を装って近づいたにしても、護衛は何してたんだ。不用心過ぎないか」

 

 俺が思考の中に埋没している間に、続報が入ったようだ。犯人が軍服を着用していたと聞いて、世界が凍りついたような感覚を覚えた。前の歴史で暗殺未遂を実行したのは、アンドリュー・フォーク予備役准将。クブルスリー大将と顔見知りであることを利用して、至近距離まで近づいた。

 

 採用できる策は限られる。しかし、実行者は誰でも良いはずだ。アンドリューである必要はない。そう、近づけるのなら誰でもいいはずなのだ。

 

「司令官閣下」

 

 ハラボフ大尉の声が俺を現実に引き戻す。

 

「どうした?」

「アンドリュー・フォーク予備役准将が面会をお申込みになっておられますが、いかがいたしましょう?」

「用件は?」

「本日、退院なさったそうです。病院がちょうど第三巡視艦隊司令部の近所だから、立ち寄ったとか」

「ああ、第六国防病院に入院してたのか。入院先は秘密になってたから、一度も見舞いに行けなかったな」

 

 あんな別れ方をしてからも俺に会いたいと言ってくれる。そして、彼は今の世界では暗殺未遂犯ではない。それがたまらなく嬉しかった。

 

「お会いになりますか?」

「うん、今すぐ会おう。もう会議は終わったしね。三〇分ぐらい空けられる?」

「問題ありません」

 

 俺はさっそく会議室を出て、ハラボフ大尉とともに応接室に向かう。そして親友との再会が足取りを軽くさせる。

 

「……第五空挺軍団のパリー少将が暴漢に襲われたらしいぞ。元部下だとか」

「……マジかよ。お偉いさんには受難の日だな」

「……まあ、トリューニヒト議長の圧勝が一番の災難だろうよ。これから粛清が始まるからな」

 

 廊下を行き交う兵士の口の話し声が、右耳から左耳に抜けていく。パリー少将も災難に遭ったらしいが、喜びで頭がいっぱいになってる今の俺には、深いことは考えられない。ドーソン大将やブロンズ中将が対応を考えてくれるはずだった。足が床から浮いたような気分で、第三巡視艦隊司令部の廊下を歩き続けた。


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