接戦ですが一位になった淡さんのお話を書いてみましたー。
喜んで頂けたら嬉しいです!
大星淡にとって、須賀京太郎という男は天敵のようなものだった。
まず、自分たち白糸台に勝って優勝の栄冠を掴んだ清澄高校の一員だということが腹立たしい。
それだけでなく、気になる敵手である宮永咲と親しすぎて苛々するし、更には大好きなテルーにまで手を出してくる始末。
私を差し置いて宮永姉妹の間で右往左往する、でっかい金髪。麻雀はヘボな癖して、ムカつく。それが、淡の認識だった。
「あー……須賀ー。どうして私のソファの隣で干からびてんのー……」
「……そりゃ、休憩室にお前がダラダラ独り占めしているソファ以外にはこの椅子しか座るところがないからだろ。あと、別に干からびているわけじゃなくてちょっと休んでるだけでな……」
「私だって、ダラダラしてるわけじゃなくて、横になって少しでも早く淡ちゃんパワーを取り戻すためですー……うう、咲ったら後でけちょんけちょんにしてあげるんだから……」
休憩室に二人きり、金髪をだらしなく椅子の上に各々乗っけている男女がのんべんだらり。
遠くの洗牌音を聞きながら、遅い休憩を取った淡と京太郎は仲良くだらけていた。
別に、淡としてはしたくて彼と一緒にゆっくりしている訳ではない。
本当なら、キツイ言葉でも使って、直ぐにこの苛立たしい相手を憩いの場から追い出したかった。けれども、流石に麻雀での負けと疲れがこんでいる今の状況で何時もの元気は出ない。
「まあ……仕方がないから私と一緒にいるのを許してあげる。その代わり後でアイスクリーム奢りなさいよー」
「誰が奢るかっ。大星の相手するだけで疲れるってのに、アイスの金まで払うなんてどんな罰ゲームだよ」
「なにおぅっ」
それに、少し今京太郎が疲れ切っている理由が分からないでもないのだ。負けるのは嫌で、それで自分が嫌いになってくたびれてしまうのは仕方がないと。
淡から見て麻雀の才能が
それでいて極めつけの雀士揃いの清澄という環境下で腐らないところは見どころがないこともないと、あまり雀力のない人間に興味がない淡だって認めている。
だがそんな彼とはいえ、女子校である白糸台との合同練習に男子一人帯同して負けに負けて疲れないなんてことはないだろう。
もし淡自身、逆の立場だったらと思うとぞっとする。そのため彼女は今、どちらかといえば優しくしてあげているのだった。
「そういえば須賀ってテルーと同卓してたんだっけ?」
「あー……まあ、そうだな。そっちは咲と部ちょ……いや久先輩に渋谷先輩と同卓だったか? ……どうだ、勝てたか?」
「うぅん。勝てなかった。……須賀は聞くまでもないけど、一応礼儀として聞いとくね。……どう、飛んだ?」
「聞くの負けたかどうか、ですらないのかよ……まあ、確かに箱下ありじゃなかったら真っ先に飛んでたか……だがまあ、ヤキトリにはならなかったのは幸いだったな……」
「えっ! それってホント?」
意外なことを聞いて、顔を上げる淡。
記憶の限りだと同卓していたのは照以外、普段異性との関わりが少ないこともあって見目の良い男子に舞い上がりきゃあきゃあ京太郎に近寄っていった淡からしたら大したことのない二人ではあった。だが、それでも白糸台麻雀部の一員であり、雀力は確か。
チャンピオンの照を筆頭に、能力こそないが実力も運も太くある子と、強めのジンクス程度の支配力のしかし一般人では太刀打ちできないくらいの能力持ちの子。そんな三人と同卓した京太郎を見て、淡はご愁傷さまと思ったものだった。
そう、素人に毛が生えた程度の人間に簡単に和了りを許すような者は居なかったはず。しかし、それでも京太郎は最低一度は和了を見せたという。
なら、ひょっとして。
「大星、お前どれだけ俺をナメてるんだ……これでも俺だってちょっとは強くなってるんだぞ?」
「……そーなんだ」
それはつまり、京太郎の実力が上がってきているという証左。まあ確かに才能はあるのだろうと、淡も何となくで理解はしていた。
けれども、それが芽吹くには時間がかかるものだと思っていたのに。それくらい、少し前の京太郎はダメダメだった。でも、今はもう違っている。
もう、素人ではない。それどころかひょっとしたら、もう彼は男子同士でやったら強い方に当たるのかもしれなかった。このまま行ったら次のインターハイには選手同士として顔を合わせるかも。
そんな想像をしてから膨れ面。なんとなく、淡は面白くなかった。
「……なんだ、何かあったのか?」
「えっ?」
「なんというか……大星が何時もの調子じゃないからさ」
そんな淡に、京太郎は心配げな表情を向ける。気遣わしげなその面は、初めて会う子たちが声を上げてしまうくらいには、確かに格好良かった。
だから、というわけでもない。むしろ顔だけでないその良さを何だかんだ知ってしまっているからこそ、淡は内心を吐露する気になった。
すっかりしぼんだおもちの上に手をおいてから、ぽつり、と彼女は話し出す。
「あのさ。私って強いじゃん?」
「まあ、そうだな」
「でもさ、一番強いわけじゃないんだ。私はそれがイヤ。でも……なかなかこれ以上強くなれないの」
「……そっか」
「だから、簡単に強くなれる須賀が羨ましいなー、って思っちゃった」
つらつらと述べながら、淡は自分の気持ちが整理されていくことを実感した。
そう、大星淡は当然のように強い。最初から当たり前のように天蓋の近いまでの雀力を持って存在していた。
けれども、そんな実力を持ってしても栄冠は掴めない。そして、そんな凄まじきまでの実力だからこそ、伸び悩む。
弱者は勝つまでに出来ることを一つ増やしてその都度喜ぶのだろう。でも当たり前のように勝ちまでの最短ルートを持っている強者には、これ以上に必要なものが理解できない。
悩んだ淡は普通の麻雀を深く勉強しようとしたことがある。しかし、今ひとつ合わなかった。
効率なんて、そもそも最初から和了るまでが決定しているのであれば特に要りそうにない。また書かれた和了までの努力なんて、自分の気持ち一つで邪魔できるものだった。
蟻のやり方は、鷹に馴染まない。これはそういうことだとは思う。だが、そうであったとしても。
「私はテルーの後を継ぐんだから、もう負けたくないのに……」
そう、淡は
更に他にも強敵は沢山居て。そんな中で一番になりたいともがくことは生まれて初めてのことであり、とても疲れるものだった。
「はぁ……」
語って、そうして言葉が返ってこないことに嘆息する。少し目を向けたところ、京太郎はどうしてか天井を見ていた。残念と、淡は彼から目を背けた。
だが、仕方ないとも思う。こんな気持ち、分かるはずがないのだ。そして、分かってほしくもない。
そう、自分の辛さを軽く理解された気になって貰いたくないくらいに、淡にはプライドがある。そして、彼女は自分のような辛さを他人が味わっていたら嫌だと思えるくらいにはいい子でもあった。
でも、悩んだ末に京太郎は口を開ける。そして、こんなことを言った。
「前から分かっていたけど、バカだな大星は」
「はぁ?」
「全く。お前が強くなってないなんて、そんなことありえないだろ」
「え……」
突然の悪口に驚いた淡は、しかし京太郎の続く言葉に更に驚かされる。
思わず、もう一度京太郎の方を向いたところ、今度は確り彼はこちらを見つめていた。どうしてだかその微笑みから、目を離せない。
淡は口を挟む気にもなれず、続きをどきどきしながら待った。
「負けたら勝ちたいだろ。そうしたらもう、弱いままじゃいられない。……そう俺は思うんだ」
「うん……」
「だから頑張る。いや、きっと大星は頑張ったよな。それでも結果が出ないことに焦ってるんだろ?」
「そう。全然、勝てなくって――」
「でもさ、大星。お前さっき笑ってたろ?」
「え?」
「気付いてなかったのか? 咲にしてやられた時も、ラスで終わった後も大星、お前次は負けないって楽しそうにしてたぞ?」
「そうだったんだ……」
知らない。分からなかった。泣くのを我慢して、そうして今度こそはと発奮する自分の顔が笑顔を作っていたことなんて。
そして、それを男の子に見られていたこと。それに恥ずかしさを覚えて頬を染める淡。彼女は思わず優しげな瞳から顔を隠すように違う方を向く。
けれども、そんな女の子の気持ちを知ってか知らないでか、京太郎はもっと恥ずかしいことを言うのだった。
「負けに負けなくなった。それだけでもう大星は十分強くなってるよ」
「っ! ……うー!」
「お、急に立ち上がって、どうした?」
「知らないっ!」
声を荒げ、背を向ける淡。
本当は、面と向かってありがとうと言いたい。でも、そんな殊勝なことなんて出来るものか。
こんな、嬉しくって恥ずかしくって、歪んだ顔なんてとても乙女が見せられるものではなかった。
悔しい。だから、そのままちょっと経ってから、淡は自分が言ったことが相手にとってどれだけ意味のあるものになったかも分からない唐変木に対して言うのだ。
「須賀のバカ」
「いや、お前に言われたくは……っと」
「バカ、バカ、バカ……ぅぅ……」
「……ああ、全く。泣くなって……」
そして、向き合い、京太郎が何時もの通りの間抜け面をしていたことが悔しくって近寄ってその身をぽかりと殴り。
それでも怒りもしない彼に、どうしようもなく思いを我慢できなくなってしまった淡は、すがりついて泣いた。
泣き止むまで、少し。そうして泣きはらした顔を洗ってからしばらく。
もう自分なんて放って麻雀に触れに行っているかもしれないと思っていた淡は、期待をせずに休憩室を覗き込む。
しかし、そこには椅子にて待つ京太郎の姿があった。思わず出た、あ、という声に向く彼の顔。それが、今までと全然違うもののように思えてならない。
端的に言えば、今の淡には京太郎がとても格好いい男の子に見えたのだった。
「ん、終わったのか?」
「あ、う……」
「どうした、大星?」
そんな彼に、声をかけられる。当然のように、淡は何も返せない。
しかし、そんな内心の変化を知らない京太郎は心配になって、近寄っていく。
「っ!」
一転、好きになってしまった男の人に近寄ることすら未知なことで、怖くなる淡。つい、彼女は逃げ出そうとした。
だがしかし。
「逃げるなって……どうしたんだ?」
「あ……」
淡は、肩に置かれた京太郎の手によって留められる。それは想像していたよりも暖かで大きくって。
もっと触れられたいと思ってしまい。そんなことを考えてしまった自分が信じられなくもあり。
「あわあわ…………きゅう」
「お、大星!」
見かけよりもずっと初心な淡はあまりのことにその場で気絶した。
そして、彼女は慌てる京太郎の腕の中にすっぽりと収まる。彼は、急いで崩れ落ちた彼女の無事を診た。
「大丈夫か……って息してるな。気を失っただけか……う」
そうしてまるで彼女を自ら抱きしめているようになっているようになった彼。呼吸確認のため顔を顔に近づけまるでキスをする寸前のようになった京太郎と淡のそんな姿に。
「京ちゃん……」
「さ、咲。これはだな……」
たまたまお手洗いにやってきた幼馴染の少女は驚きに震えて。
「淡ちゃんになにしてるのー!」
大きな声を上げた。
咲の大声によって集まった清澄と白糸台のメンバー達が、淡の言葉を聞いて何もなかったと納得するまでの三十分。
その間ずっと針のむしろの目にあった京太郎は、俺も淡みたいに気絶したかったと後に述懐した。
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