京太郎くんカップリング短編集   作:茶蕎麦

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 月日経つのは早いです……また二ヶ月経ってしまいましたがなんとか出来ましたので、良かったら読んでいただけますと嬉しいです!

 煌さんの話ですね……彼女のすばらさを上手く表現出来ているか不安ですが、どうかよろしくお願いしますー。


 実在すると後で知ったのでかなり高遠原周辺のことをでっち上げてますが、可能であればこのお話ではそういうものと取って下さいー。


飛べないでも天使のような彼女に優しくされることが悔しい京煌

 長野に山の風情を求めるならば、高遠原に向かうのはなんらおかしいことではないだろう。

 

 山の懐、斜面の多くを人力でなだらかにした地に出来た集落はそれなり以上に大きくなったが最大値であっても人口は市、未満。

 最盛期の数十年前には農地の斜面を用いた果実づくりにて、町内で開発された桃栽培を中心として盛り上がりを見せていたが、それも今は昔。

 耕作放棄地がそこかしこに出ている今、住み着く人間よりもむしろ出ていく子らの方が随分と目立っている。

 

 とはいえ、人と森とが共存していた過去を連綿と引き継いで来た木こり衆と変わりなく、今も山林整備に励んでいるのは多くが地元の者。彼らは当たり前に隣り合った自然を愛し手入れする。

 それもあってか、高遠原の大部分は人家の隣がもう山の中といった、少々特殊な町の造りをしていた。住民は里を離れてようやく、己が山にどれだけ親しんでいたか思い知るもの。

 もちろん、大切な観光資源として高遠原の広報は自然と触れ合える町と宣伝している程だった。

 故に、長野においても自然豊かな町といえばあそこと言われるくらいには、高遠原は有名。それこそ、長野の一部の小学校では林間学校のために訪れるのが恒例となっている。

 

「……迷ったか、これ」

 

 そして、もれなくキャンプなど行楽じみた学びを深めるために高遠原訪れることとなった小学生な須賀京太郎は、今山に迷っている。

 この町に向かうバスの中で口酸っぱくなるくらいに逸れるなよ、とは先生は言っていた。

 素直な子供の彼はそれを遵守しようと思っていたし、実際に背の順のために最後尾近く先生の真ん前を歩いていたため、過つことは早々にない。

 既に一日目をふかふかの布団に包まれながら、皆の雑談を子守唄のようにして京太郎は寝て終えていた。

 

「靴紐結んでる間に見失うなんて……皆ホントにどこに行ったんだ?」

 

 だが、二日目の少し弛緩した空気の中、少年にとっての悲劇は起きる。

 京太郎の今日のシューズは険しい道を通るかもといいうことで何時ものマジックテープで止めるものではなく、紐で結ばれたもの。

 気づいて座り込んだ京太郎が慣れない蝶々結びを直すのには、思ったより時間がかかってしまった。

 だがしかし、それだって一分二分といったところ。先生達は予定のすり合わせのために先頭に集まってしまっているようだったが、一人止まれば気づくくらいの注意はあると思ってもいた。

 

「さっきの道、左だったか……早く戻んなきゃな……」

 

 けれど、現実として京太郎は忘れられて顔を上げた際にもう誰の姿も見当たらずに。

 故に、木々が周囲を走る中、分岐点まで駆け足で向かい、沢に降りるクラスの予定を鑑みて彼は水音の大きな方を選んだのだった。

 それが過ちだったのは、今の京太郎が思い知っているところ。水音の中心は、沢というよりも渓谷のような水源付近。しばらく歩いてそんなハズレにたどり着いた少年は、急ぎ足で道を引き返すところだった。

 

「はぁ……暑い」

 

 繰り返すことになるが高遠原は、人家の隣が山である。

 整地されきっていない地面はデコボコしており、草も背が高いものが多く繁茂している。それを子供が踏破するのは存外難しいもの。

 幾ら、昼休憩のお遊戯サッカーで点取り屋として活躍をしている京太郎であっても、難儀するくらいに自然は深い。

 

「やばいな、これ……」

 

 先から靴下には不明な種がびっしりついてしまい気持ち悪いし、その更に上の半ズボンの下でもある肌は痛いくらいに葉に傷つけられている。

 これだけでも大変辛いのに、水筒の中身はもう空だ。山間とはいえ7月の高温に汗は吹き出て止まらず、疲れはそろそろピークを迎えた。

 重い頭にくらりくらりとする視界は、これ以上の無理を防がんとする。しかし、それでもこんな半端では見つけてもらうのも大変だと京太郎は更に歩を進めようとして。

 

「おや? ……キミは……」

 

 白いワンピースを着た二つお下げの少女に出会う。

 なんか髪型クワガタみたいだなと初対面で失礼ながら彼が思った地元民の彼女は、ただ近所を散歩していたばかり。

 そこが、山中であって慣れていなければ通れない獣道であっても、少女にとっては平凡な通り道でしかなかった。

 故に、そこを通っている少年に対して、不安は覚えない。お爺さんお婆さんも歩む、こんなご近所に変な人なんて出ないと田舎らしい長閑な考えを持ってして。

 

 だから、優しい彼女は少年に滴る汗の多さを気にして寄っていき。

 

「どうかしました? ただの汗っかきさん……って訳ではないようですが……」

「あな、たは……っ!」

「うはう! ど、どうしたんですー、急に私に寄りかかってきたりして!」

 

 そして、一つ年上少女は背高の京太郎の抱擁じみた寄りかかりをその身で受けることになる。

 これには彼女、花田煌も驚きだった。まさか、見ず知らずの相手にこんな情熱的な抱擁を受けるとは。

 いや、海外ではそんなこと日常茶飯事とは聞く。しかし、ここは日本国長野県の田舎町の一辺であり、故にそこには熱情がなければおかしく。

 

「おや?」

 

 そして、煌はいやに彼の身体がかっかと熱を発していることに遅まきながら気づいた。

 ああ、この子は内心どころか全身揃ってアチアチだ。熱情なんてものではなく、むしろとっても悪いものに侵されていて。

 

「すみ、ません……」

 

 そして、熱中症寸前に暑気に倒れた少年は、ぐたりと煌に全身を預けた。

 最後に口にした小さな謝罪に心動かされた煌は、京太郎を抱えてしかし上背による体重の差から自分の力では持ち上げられないことに気づいて。

 

「これは、すばらくないですねー……」

 

 それだけ、口にした。

 セミの鳴き声遠く、煌は眉をひそめる。だが、近所で起きた行き倒れなら、家に知らせれば速いと思った彼女は、つうと頬にかいた汗を拭った。

 

 やがて煌は頭に乗っけていた麦わら帽子を樹の幹に預けた京太郎の頭に被せてにこりとしてから、発奮した様子で優しく声をかけた。

 

「それでは、安心してここで待っていて下さいね、少年!」

「う……」

 

 京太郎は弱々しく、返事も出来ない。しかし小さく目を開けた彼の視線の先の少女の背にはまるで天使の羽根が生えているかのように映ったのだ。

 

 そうして小さくも頼もしい彼女の背中が駆け足で遠くに離れていったその直後。

 

 

 

「あ、京ちゃん! 先生、京ちゃんここに居ました! ……大丈夫、京ちゃん?!」

 

 

 何時も彼の背中を追いかけてばかりだった少女が、だからこそ一番の救助の手として間に合ったのだった。

 

 

「うーん。わかんねえな。おい、煌。本当にここに誰か倒れてたってのかい?」

「あれ? 確かにここに倒れていたはずですが……彼はどこに?」

「んー。まあ、確かに草がほうぼうに倒れてるから、誰かいたのは間違いねえようだ。オラが後で迷子が出てないか聞いとくよ」

「あ、はい……」

 

 だから遅れ、お隣のお爺さんを連れ立って戻ってきた煌には、担架で連れられて行った京太郎の残滓すら見つけること叶わず。

 

「……あの子は、大丈夫でしょうか?」

 

 ただ、彼の熱いほどの温もりを不安に忘れられず、しばらく木の幹を撫でたまま煌はその場から離れることが出来なかったのだった。

 

 

 

 さて、そんな行き違いがあった後、点滴をうって全快した後一人だけ林間学校を中断し帰宅することになった京太郎。

 彼は、熱中症にて朦朧としていた間のことを殆ど忘れていた。

 辛うじて想起出来たのは、ひんやり柔らかな人の心地と元気な声色。そして天使の羽根すら想起させるその優しさと。

 

「クワガタ?」

 

 髪型のみだった。

 一月もせずに訪れた夏休みの始まりを、自分を助けようとしてくれた相手に感謝を伝える行脚のための時間にした京太郎は、暇をしていた宮永咲の同行を許しながらそんな相手の印象を伝える。

 少年の手は前に伸び、がちゃん。それこそクワガタムシの顎を模してから続きを言った。

 

「ああ……ツインテールが、こうぐわっと前にせり出していて……うん。そんな感じの髪型だったな」

「ええ……かなり特徴的な人だね……それなら直ぐに見つかるんじゃないかな?」

「だと、いいがなぁ……なあ、咲。宮永ホーンに何か反応はないか?」

「京ちゃん、私のこの髪型、角じゃないよ! その人がクワガタなら私はカブトムシ?!」

「冗談だ」

「もうっ!」

 

 おちゃらける京太郎は、しかし頬を膨らませながら後をちょこちょこ付いてくる咲のことを見つめている。

 彼女は今年の春に出会った転校生。馴染みになった彼女には本好きなお姉さんにもう一人大切な子が隣り合っており、陰は一つもない。

 面倒見の良い京太郎は最初問題ないから大丈夫かと他を優先していたのだが、直ぐに顕になった咲のぽんこつ振りにこれは要介助と対処を始めた。

 以降、懐かれついて回られるのが日常。そんな仲を冷やかす、みなもという少女の相手も京太郎には慣れたもの。概ね、毎日に問題はなかった。

 

 だからこそ、だろうか。後悔一つは足元に長く陰として引きずってしまうもの。少年は、あの日被らせてもらった名無しの麦わら帽子を深く下ろしながら迷わずに言った。

 

「だが、俺があの人に迷惑をかけたのは、冗談じゃない。謝りたい、事実なんだ」

「京ちゃん……」

「あそこの土地を持ってるのは花田さん、っていう人なのは分かってるんだから、まあそんなに時間はかからないだろうけどさ……ただ、早く返したいんだ」

 

 須賀家と宮永家は既に知己。子供が同い年というばかりでなく父親がPTAの役員同士でまた仲も良くて、そのために今回の高遠原への小旅行だって共に行えた。

 そして、何か思い詰めた様子の少年と慮ってばかりの少女に彼らの両親は冒険させることを選ぶ。

 きっとこれがその相手だという情報を得るまでは手伝い、以降は子供任せ。そんな放任を彼らに選ばせる理由は、京太郎の額から消えない険にあった。

 

 咲は少し日に焼けた肌をかりと掻いてからこれまで道道ずっと考えていたことを話す。

 

「京ちゃんは、優しくされるの苦手なの?」

「…………どう、なんだろうな」

 

 分からない。だが、こうして逸るくらいに恩を返したがるところから考えるに、ひょっとしたら彼女の言う通りなのかもしれなかった。

 京太郎は、それなりに厳しくしつけられた良いところの一人っ子である。学んだ処世術として、人にやさしくすることはむしろ好んで行っていた。

 だがしかし、自分がやっていたように優しくされたそれを嫌がるなんてなんて捻くれているのか。

 そんなのまるで、大人ぶりたい子供のようで、その実子供でしかない彼は悩むのだった。少年の険は更に深くなった。

 

「暑いな……」

「本当……暑いよー」

 

 花田家に続く道は、森を通らないからアスファルトに守られた自由。

 とはいえ、黒い地面をジリジリと灼くこの夏の熱気は子供にはたまらないものがある。

 田に水引くための畦の側にてたっぷりのスポーツドリンクを採る二人。水を飲むのに懸命な彼らに寄る影一つ。

 似たような年齢の知らない子の来訪を喜ぶ少女は笑み深く、けれども首を傾げて少年少女に問うのだった。

 

「おや、少年少女がお二人でこんな田舎にどうしました? もし、デートで訪れたのでしたらそれはすばらなことですが……」

「あっ」

「この人……!」

 

 花田の家にはかわいらしい一人娘が居る。実はそんなことを聞いてちょっと気にしていた咲だったが、聞きしに勝るなんとやらとはこのことか。

 この少女の瞳には爛々と意志の輝きが宿っており、それでいてどこまでも笑顔が優しげであり、それこそ飛ばない天使のようですらあった。

 そして、何より。ゴクリとつばを嚥下した咲はその特徴を見て指差し、叫ぶのである。

 

「クワガタ!」

「すばっ!」

 

「……あー……すみません。貴女のこと凄く失礼な表現してました、俺」

「むぅ……どういうことです?」

「ホント、失礼しました」

 

 ぶーたれる煌に平謝りする京太郎。

 やっと望んでいた彼女に会えた彼の顔には険は取り除かれていた。

 そして、下げ続けた頭。その下の首に繋がり背に乗っていた見覚えのある形の麦わら帽子を見て取った煌は。

 

「なるほど」

 

 急に訳知り顔になって、頷いて。

 

「あの時の少年だったのですね、貴方は! 無事だったのですね……これはすばらですっ!」

 

 さっきの己に対する悪口に近い表現を忘れてそう言い切り、手を広げるのだった。

 

 

 ああ、あの日夢みたのと違いこの人の背中には実のところ羽根がなく、決して飛べないのかもしれないけれど、でも。

 なんて、貴い。

 

「ありがとう、ございます……」

「あれ? キミ泣いてます? わっ……私男子を泣かしちゃいました……これはすばらくないです……」

 

 彼は初恋の少女に優しくされてばかりの情けなさに、涙するのだった。

 

 

 

「うぅ……」

「あわわ……」

 

 

「……負けないから」

 

 慌てながらも母性本能擽られている煌にただ涙する京太郎。その蚊帳の外にていじける咲もまた、初恋の痛みに翻弄される。


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