アンケートしながら思い浮かばず、遅くなってしまいました……一年以上も放置してすみません。
また色んなチャレンジしながらも取り敢えずなんとか今回のお話できましたので、よろしくお願いします。
今回流石に反省しましたので一時アンケートを閉じますね。
そして、アンケートに書かれた組み合わせを消化出来たら、またアンケートをしようと思います。
失礼しました。
大きな屋敷の中に、メイド服を着込んだ少女が一人。ポニーにしては天辺に短く纏められた髪型の彼女は、よく見るとその家に雇われている数多のメイド達に比べると少々変わった格好をしていた。
ホワイトブリムだけではオシャレには足りないと言わんばかりに重ねられた大きなリボン。そして、左頬には真新しい星のタトゥーシール。更には、両の手に嵌められているは、手錠に鎖。
とても傾いたというよりも最早方向性も意味不明な全体を持った小柄な彼女の名前は、国広一と言った。
「はぁ」
一は、好きになれない金持ちの趣味趣向を凝らした大仰なドアを前に、ため息一つ。そしてこれからしばらくは傅く羽目になるのだろう相手との顔合わせを前に、怖気づくのだった。
懐中時計を確認して予定時刻が迫っていることを理解しながら、彼女はそんな現実から逃避するかのようにぽろりと呟いてしまう。
「ここが、
ノックをためらいがちに行う――緊張のあまり2回目で直ぐ一は扉をに手をかける――彼女はその部屋の主、いずれ名門龍門渕を統べるだろう男子、
国広一という少女は父子家庭にて特殊な技術を仕込まれながらも、そこそこ幸せに生きていた。
その特殊な技術は父が行っているマジシャンとしてのものだ。それを行うための手品や話術の手管を覚えさせられながら日本を転々としつつ、けれども才能に恵まれていた彼女はこれまで気楽に過ごせていたのである。
だが、怒涛に巻き込まれずに暮らせたのは、数日前まで。先日唐突に訪れた龍門渕透華という少女により、露出過多なファッションセンス以外は普通に近かった一の人生は大きく変わっていくのだった。
「お父さんが、ボクを売った?」
それに、頷きで返されたことに、少女は混乱する。
聞くにどうやら、訪れてきたこの明らかに金持ちっぽい透華という子に自分は麻雀の力を見初められ、そのために行われた当事者なき交渉の結果親に金で売られたというらしいのだ。
思えば確かに、父親の近頃の地方巡業の結果は芳しいものではなかったかもしれない。そもそも、主要から地方都市へと移らざるを得なくなったくらいに、彼の技は優れていても流行りから離れた地味ではあったから。
通帳の中身は知らないが、親が金に困っているような様子くらい、子には伺えるものだった。
「そんな、こと……」
だが、それにしたって、信じられない。一はたった二人の親子の関係が、金銭ごときで揺らぐものとは思えないし、思いたくなかった。
朝に出ていく父を見送りその後学校に出て、帰ってからすぐ父が帰るまでに家事を行い、戻ってきた父と飯を食みながらよもやま話を行う。そんな親子のルーチンは、所変わったところで同じもの。
合間合間に、手品の技術の厳しい受け渡しもあったが、日々の殆どには優しい父の愛を感じられていて、だからこそ片親で可哀想ねなどと言われながらも毎日を頑張れていたというのに。
思わず、湿潤する視界。言葉が詰まり、頭の奥がくらくらする。それが、親愛を信じられなくなった絶望によるものということを知らず、崩れ落ちそうになった一は。
「はぁ……こんな流れになるとは……仕方がありませんわね。本当のことを言いますと……実際貴女のお父様が貴女を売るとかそんなことはナッシングですわっ!」
「え?」
間近で諭すように放った透華の言に、再び前を向くことになる。
身長差から自然見上げるようになった金色少女の表情に哀を認めた一は、自分が思いやられていることを理解し再び地に足がついたような思いがした。
頭頂の髪束を真っ直ぐ伸ばし、透華は続ける。
「実のところ、わたくしが年が近い隠れた麻雀巧者たちを調べている間、我が龍門渕家でもこの前我々の息の掛かった企業のパーティの際に秀逸な手品を披露なされた貴女のお父様をお抱えにしようという動きがありまして……登用することになりましたの」
「えっと……つまり、龍門渕にお父さんがお抱えになった……うん。そう、なんだ……それで、どうしてボクは……透華って言ったっけ、キミのメイドをすることになったの?」
「それは、貴女のお父様の就業前身辺調査で都合のいいことに貴女がわたくしの希望に沿った存在だということが判明しまして……貴女もついでに雇っちゃえということになったんですの!」
「えっと、つまり透華がボクがお父さんに売られたと認識するように促したのは……」
「ただのノリです! その方が後で親子のドラマチックな再会が見られると思っただけですわ!」
「……殴るよ?」
「ふふ。やれるものならやってみなさいな」
「はぁ……」
さっきまでの言葉の半分くらいは嘘だった。そんな思わずくらりとする事実に怒りに拳に力に入る一だったが、しかしそのまま透華の一部だけツンツンな頭を小突くことばかりは止めておく。
それは、これから雇い主になるに違いない、何故か怒りを嬉しそうに手を広げて受け容れようとしている金持ちのお嬢様に暴力を振るうのは得策ではないことが一つ。
そして、それだけでなく彼女が今度も嘘を吐いていることが観察力に優れた一には理解できたからだ。手品師に、二度目のペテンは通じない。
ため息を吐いてから、彼女は問いただした。
「透華。それは嘘だよね。なんか、他に理由がありそうだけれど?」
「そうね。わたくしが貴女に孤独を覚えさせた理由は、ただのその場のノリだけじゃありませんわ」
ただ、深く傷つけるつもりはなかったので途中で止めましたが、と透華は続けて空を見上げた。
孤独な月もない青いばかりの空の中、ギラギラと金色を超えた太陽の輝きが目立つ。
そんな無様を笑ってから、もう一度振り向いた彼女の顔は。
「後は、もし貴女が彼の救いになれば、とわたくしが願っていたというだけのことです」
酷く冷めていて、それでいてマグマのような熱量を瞳の奥に秘めているようだった。
龍門渕本家には、ニ頭の魔物が居る。
そんな文句を知ったのは、それこそその片割れだろう魔物に麻雀にてこてんぱんにされた直後のことだった。
諳んじた年下メイドの杉乃歩に傾げた一の首はまだ恐怖に震えていたが、内心は最早呆れに包まれたものである。
だって、ただ遊んだだけでトラウマになりそうなあんなの――天江衣――と並ぶものが他にも居るなんて、金持ちは本当に奇々怪々な存在だと彼女は知った。
「坊っちゃん、か……」
そして、しばらく練習として透華のお付きとしてメイドとなり懸命に働いた最中にもう一方の魔物のことを耳にするようになる。
曰く、麒麟児、国士無双、人誑し。麻雀の役のようなものもあったが兎に角色んな呼び名が彼、龍門渕京太郎という男子にはあるようだった。
出自としては傍流から養子として龍門渕本家に入ったという異色。けれども話す、多くの人物が坊っちゃんとやらに心酔しきっている。
それこそメイドたちはファンばかりで偏屈な老齢の執事ですら京太郎様のためなら死んでもいい、というくらい。
なるほど、この時点で、どれだけ京太郎とやらが実力を持っているかは分かろうものだ。
「でも、あの衣と並び称されるなんて、ヤバすぎるよね……」
衣のように忌まれるから――前より待遇は良化しているらしいが――こその魔物ではなく、人に愛されるからこその魔物というものは、流石に一の理解の外だった。
経済を見通す力は優れているのに麻雀はからきしで、そんなところが可愛いのよね坊っちゃんは、というメイド長の言を苦笑いで聞き流して、その実態の不明さを彼女は思う。
口を開けば誰もが語る。彼は凄い、天才だと。そして、それだけでなくまるで天使のような心を持っている、とも。
ああ、彼は確かに口出しただけで利益の種を龍門渕に植え付け、そして任された経営にてもあり得ないレベルの差配の結果を生み出しているようだった。そして、人柄で自然と周囲をつなげているらしい。
「でもそれだけ、じゃないんだろうな……」
そう、一は褒め言葉だけを信じない。
龍門渕の貴石、一番に血の濃い男子。そこまで言われ程に称賛しかされない男子なんて。
「おかしいよ」
いくら優れても敵があるのが普通。それすらないものは、本当に人なのか。真っ当な感性を持った一はそう、思うのだった。
「ふぅむ」
そんな彼女はだからこそ間違いないと彼女に認められ、京太郎のお付きとして選ばれる。
「お邪魔します」
「ん? ああ、新しいメイドの子か。入っていいよ」
「はい」
礼をして、足ることはないだろう。そう思いながら諾々と従い部屋へと入る一。
どこか気安い返事に、あまり上げたくない顔を上げてきょろきょろしながら、彼女は京太郎のもとへとジャラジャラ鎖を鳴らせつつ寄っていく。
彼は、何か物書きの最中の用で、万年筆を走らせている。目に止まらぬ、という程でないが淀みないその所作にさすがと思いながら、彼女はふと違和感を覚えた。
「あれ、物が……」
そう、家具のそれは配置のちぐはぐ。大事に大事に手入れされているだろう跡取りのための威容すら感じる高価達が、しかしどれもが中心の京太郎に対してそっぽを向いているようで。
勿論、それは勘違いかもしれない程度の些細な感覚。だが、それでも曲がりなりにもマジシャンの血を引いている一には分かるのだ。
ああ、これらは全て紛れでしかないと。そう、この場に本命は一つもなかった。
気づけば彼は振り返り、その整った顔を台無しにしない程度に瞳を大きく白黒させながら、呟く。
「ふぅん。気づくんだね、流石は透華姉さんが推すだけはある子だ」
「あ……すみません。ボ……私」
「普通に話して大丈夫だよ。取ってつけたような敬語すら要らない。むしろキミ、年上だろう? 俺なんかに必要以上かしこまることはないよ」
「えっと……うん。そうだね、下手にボロを出すより良いかな。……ボクは、国広一」
「ん? ああ、自己紹介か。そうだな、俺は……うん」
先に気づいた不可解に気を取らて、だからこそこの男子に必要以上に囚われなかったのだろうと、彼女は後に思う。
所作一つ一つがあまりに丁寧に作られていて学びに教えの厳しさを伺わせながら、それを忘れさせてしまうくらいの人好きのする笑顔を向けられて、国広一は。
「
「うん」
向けられた手を握っても、だからこそ、彼に惚れなかった。
「一、キョータローは壮健か?」
「そうだね。坊っちゃんは……まあ、いつも通り完璧かな」
「……凡愚は時に一を匹婦と囀るが、やはりトーカの選んだ玉が金剛石でないわけがなかったか」
「衣?」
「一はそのまま、キョータローの力になってあげてくれ」
「一。貴女、体調は大丈夫ですの?」
「んー……そういえば、坊っちゃんにも言われたけど、そんなにボクって頑張ってるように見える?」
「というよりも……何でしょうね」
「何? 透華らしくなく言いにくそうにして」
「だって、貴女……」
「まるで、時々何かを我慢しているような顔をしていますから」
「……はぁ」
一も時に、一人で我に返る時がある。そうすると、メイドの仮面すらかぶれなくなって、彼女は迷う。
それは、今や完全無欠とすら持て囃される龍門渕京太郎に、当たり前の年頃の男子らしいところが見えた時に、ままあった。
彼女は深く思うのだ。彼が疲れに取り落とした匙を拾う時や、寝言で父母を呼んだ際の悲しげな表情を見てしまった場等にて特に。
今も、珍しくあくびを一つ噛み殺した京太郎を見て取り、小言の代わりに思いを言葉にしてしまう。
「ねえ、京太郎。無理しすぎだよ」
「んー。一さんはよくそう言ってくれるけど、大丈夫だよ」
「そうかな……」
辛そうに目を伏せるお付きのメイド。それに、真っ当に申し訳無さを思うところが京太郎という男子の人の良いところ。
彼は、台本を口にするようによどみなく、平らな文句を口にするのだった。
「ああ。龍門渕は若い俺にだって簡単とはいえ仕事を回してくれるし、それがまたやりがいがあるものばかりだ。こうして皆の為になることは、正直なところ性に合ってる」
「それは、そうかもしれないどさ……これまで、苦労したでしょ?」
「まあ……最初は、必死で学んだけど……それでも、龍門渕の人たちは優しいから、それだって苦労には入らないさ」
キラキラ綺麗なばかりの言葉は、どれも分かりやすいところのある京太郎の本心であるからこそ、星のように輝いて見える。
でも、輝くばかりで星は果たして疲れやしないのか。そして、彼の疲労を誰より近くにいる彼女は知っている。
だからこそ、一は迷いなく首を振った。
「違うよ」
「……一さん?」
一は否定されることを理解できない様子の京太郎を悲しく思う。
思い出すは、あの日透華にされた強引な勧誘と、その際に言われた嘘とその訳。
親に棄てられたと思いこんだ、それだけで自分を見失うくらいに辛かったというのに、実際この男子はそれを呑み込んで歩んでいる。
ああ、そんな小利口できる筈がないのだ。きっと彼はずっと傷ついていて、今も本心は逃げたがっていた。
「いくら居場所があって優しくたって、代わりにはならない。そんなこと、京太郎が一番に分かってるでしょ?」
「……そう、かもしれない」
物を見れば、人の心だって分かる。一はそこまでではないが、彼女から見たら彼は明らかに龍門渕の自分の部屋に心をここに置いていない。
そして、だからこそ逆に、どこか浮世離れしてそのために好かれているような、そんな哀しい現状があった。
思わず、お茶を片付けていたその手を止め、ずいと座ったままの彼に一は近づく。
彼女は、言った。
「京太郎が、龍門渕の人間に衣を受け容れられるように動いてるって知ってるよ。仕事だってきっと大切なものでさ、キミの代わりなんて居ないのかもしれない」
跡継ぎ、とはいえ人に代わりはない。そんなことは当たり前なのだけれど、この龍門渕という異世界地味たお家の中ではそうでもないみたいで、それが意外と普通な彼女にとっては哀しい。
もう麻雀でイカサマをしないようにと戒めのためにつけられた手錠を、ここぞとばかりに見せつけ、一は続けた。
「でも、こんな物理的に縛られているボクが言うのはなんだけどさ。そんなに無理しなくて良いんだよ。いい子にならなくたって良いと思うんだ」
「あ」
ずるしてもいいのに、とそれがもう出来ない真っ当な少女は言って、その孤独で年不相応に大きな抱きしめる。
そして、思わず口の端緩めた京太郎を見て、彼女は。
「だってキミ、本当はただのちょっとスケベな男の子でしょ?」
そう言い切るのだった。
「はは。ありがとう、一さん」
縋られることに、縋るな。
そんな少女の言葉はどうしたって真っ直ぐ胸を打ち、そのため努めずになってしまった彼の笑顔はあまりに清々しくて。
「……どういたしまして」
今更になって惚れ出した一の抱擁は、知らず熱を持つのだった。