いや、実は最近引っ越しして、その先で風呂が壊れていた等のトラブルが頻発した上にスランプで逃避気味にジム通いを始めてしまって遅れたのです……ごめんなさい!
今回は、智葉さん回ですね。なんでか浮かんでこなかったので、書き方変えてみました。
正直なところ、またまた再現度には不安がたっぷりですが、少しでも楽しんでいただけると嬉しいですー。
火は、点けたら最後に消すことまでが然り。
火の用心、そんなことは誰が叫ばなくても危険を忘却したり学ばない子供であったりしなければ、分かっていること。
だがしかし、その危険な熱量は絶やせない。
炎もまた自然の恵みであって、そして人の進化にすら密であるほど大切なものだから。
だがさて、いたずらに燃え出したこの心の炎はいかがだろう。
己の中の火消しの血は、なんとはなしにそれの熱を嫌う。これに狂うのは、らしくないと私の中の私は冷静に火の用心を叫ぶのだ。
けれども、これを失くして、私はもう私であれるものだろうか。もう、既に私は変わっているのだ。
――――彼のために私は弱くなり、そしてきっと彼のためにずっと強くなれる。
「ふっ。後は、あいつを一発で仕留める必殺の間合いを掴まなければな……」
そんな物騒を一人口にしながら、恋する少女――辻垣内智葉――は微笑むのだった。
「ねえさん?」
「須賀君って、お姉さんがいたの!?」
「あー……」
それはいつもの部活途中。気心の知れた仲、午後のまどろみ、それら全てが彼を油断させた。
あ、つい比較のためにねえさんなら、って皆の前で言っちゃったな、と須賀京太郎は思う。
それは別に禁句でもなければ、嘘でもない。けれども彼女がなるべく私達の関係を口外するなと口を酸っぱくして話したこと。
しかし、自分の五対の興味にキラキラした瞳――清澄麻雀部女子の面々――から逃れられる気はせず、鍍金の頭を掻きながら京太郎はおずおずと期待に応えてしまうのだった。
「ええと……まあ、そうですね。俺が
「へぇー。京太郎には姉が居たのか! やっぱり京太郎みたいにのっぽなのかー?」
「いや、別に身長どころかねえさんは俺とはこれっぽっちも似ていないが……」
「それは、面白いのぉ。似てないということは、京太郎はどこかやさやさしとるけぇ、ひょっとしたらその姉さんとやらは険がある感じなのかの?」
「ああ、確かにそんな感じですね……」
ちっちゃな同級生の卓から身を乗り出さんばかりの問いに、優しい先輩の好奇に満ちた探り。
それらに答えながら、京太郎はあの人のことを思う。
似ていないのは、違いない。何せよ心は通えども、血には交じるところなんてほぼないのだ。
そして、険があるかないかでいえば、まああるだろう。
京太郎がぽかをかますことが多いせいでもあるが、年上の彼女はどうにも厳し目。思えばよくよくあの人の眉は歪んでいた。
まあ、柳眉がちょっと曲がっても綺麗は綺麗で眼福だったけれどな、とは彼の感想である。
そして先に問った稚気に溢れた高校一年生片岡優希は、顎に指先を当てて考えながら、頭の中の疑問を口に出す。
女子で険、それは怖いかはたまた拒絶心丸出しであるのか。優希は平たく彼女なりに翻訳して彼に再び問った。
「コワモテかー? それとも委員長系のカチカチかもしれないじょ! どっちだ、京太郎!」
「あー……両方、かもしれないな……」
怖くて、お硬い。そんな確かに彼女のパーソナリティにあった気がする。
いや、優しいときも多々あるのだけれども、笑顔はとても可愛らしいのだけれども、しかし気づけばそんな緩みは固く絞められているのだ。
ねえさん、あれで子供に好かれるんだから不思議だよな、とか京太郎はちらと思うのだった。
だがしかし、そんな心ここにあらずを見つけて、幼馴染を自認している――中学生からの関係は果たして幼馴染に該当するのか――宮永咲は、なんとなくムッとしながら、しかし気になる相手についてを訊く。
「両方? 京ちゃん、その人は強面委員長さんってこと?」
「まあな……何時も厳しくしてもらってるよ」
「へぇ……」
「まあ、それ以上に色々と綺麗な人だし、何より面倒見もよくてさ。俺が世話になったのは数え切れないほどだよ」
「ふーん……」
「ふふ、咲さん分かりやすいですね……」
そうしていじけに尖った口先はまるでアヒルのように。わかりやすく、気になる人が自分以外を気にしていることに咲は拗ねるのだった。
そして、そんな少女の嫉妬心を横で見ていた原村和はぶるんと微笑む。京太郎の視線が、彼女のお持ちのその大きなものに、ちらと向いた。
「ふふ」
「っと……」
それを受けた和は、僅かに笑みを深める。青年は、頬を染めて目を逸らした。
目ざとく一連の二人の所作を認めた優希は、じとと京太郎を見つめて吐き捨てるように言う。
「むー……全く、京太郎はリビドー精神に溢れてた奴だじぇ!」
「いや、ただ目が向いただけだって優希……って性欲精神が溢れてるって、どんな目で見られてるんだよ俺……」
「あら、そんなの思春期の男の子だったら普通じゃない。健全男子高校生、ってことでいいんじゃないかしら?」
「だといいんですが……」
「いや、そういうところを抜きにしたら京太郎は殆ど聖人君子じゃけえ、スケベなところなんて、チャームポイントといいって良いじゃろ」
「先輩方の優しさは滲みます……」
チェシャ猫のような笑みを見せて、足の組み方を彼の前で今わざと変えた前部長竹井久と、眼鏡の奥から菩薩の瞳とアルカイックスマイルを見せる現部長染谷まこ。
彼女らの助け手を受け、むしろ京太郎はなんだか逆に恥ずかしくなるのだった。
青年は、完全に子供扱いされてるよな、といじけたくなるような心地を覚える。
もっとも、彼女らは普通に恋愛対象内として見ているのだが、そんなことつゆ知らず。
萎れる大好きな彼を見て溜飲を下げ、優希はこぼした。
「って、話がそれちゃったじょ。全く、京太郎のエロなんてどうでもいいってのに」
「……どうでもよくはないが、それは置いといてくれると助かるな」
「仕方ないやつだじぇ……で、聞いたところなんかまるで京太郎のお姉ちゃんは、辻垣内さんみたいだと思うんだじょ。ひょっとしてそんな人なのかー?」
強面委員長。そんな人はそうはおらず、しかし最近知り合った中でどんぴしゃりな相手が居たから、優希はそれを引き合いに出す。
辻垣内智葉。個人全国三位の麻雀巧者。彼女は魔物たちと――それが極まっていたとしても――鍔迫り合える、数少ない勇者である。
そして、そんなこんなを抜きにしてみれば、どう見てもあの人は卓に付けば見た目委員長な格好で、そして決勝出場校同士の親善会で話してみれば、そこそこカチカチな人格だった。
ネリー・ヴィルサラーゼやメガン・ダヴァンのような留学生達に囲まれ慕われているようであり気風が良いところも散見したが、しかし戦い大いにやられたところもある優希には怖い印象が拭えない。
「あー……」
これは会心の例えだろうと、優希が薄い胸を張れば京太郎は何故か残念な表情をする。
失礼な、と彼女が口にしようとしたところ、彼は渋々とした様子で話し出す。
「そんな人というか……」
「いうか?」
「はぁ。隠してても仕方ないよな。そのままズバリ、
会心というか、的中。言い当てられてしまい、まあ仕方ないと京太郎は智葉との約束を破って白状する。
まあ、なるようになれという気分になった彼は。
「本当か!」
「ほぉ」
「うそ!?」
「えっ」
「本当?」
しかし、びっくりするほど身を乗り出して詰め寄ってくる美少女五人の丸出しの好奇心に怖じ、直ぐに後悔を覚えるのだった。
何かあったら電話をしろ。まあ別に、何かなくてもかけていいが。
そんな言葉を信じて、京太郎は今日も今日とて敬愛する彼女に電話をかけた。
また、今日は特に何かあった日ではある。質問攻めというのは疲れるものだと零してから仔細を語り出した京太郎に、辻垣内智葉は上機嫌から一転渋い声で呟く。
『それで、私との関係を清澄の連中に根掘り葉掘り聞かれたのか』
「まあ、なぁ……姐さんとの馴れ初めから、どうして全国三位の女子と親しくしてたのに俺が麻雀を知らなかったか、とかさ」
『まったく。仕方がないことだったのかもしれないが、余計なことは言わなかったよな?』
「ああ。それ以外は別に姐さんの家がヤのつく稼業をやっている、とかしか言ってないさ」
『おい……』
「いやー、皆本気にしちゃったからさ、姐さんの家は確かにでかくて堅いけど、皆真っ当な職業に就いてるよ、って説くの大変だったな」
『はぁ……この法螺吹きが。そんな大変なんて、まるきり自業自得というものだぞ』
「ははっ、明日には皆忘れてるさ。こっちは大体そんなノリなんだよ」
『ふん……』
智葉は、携帯電話を持った逆手で風呂上がりの長髪に触れる。滑るばかりの濡羽の黒に満足を覚えながら、彼女は考える。
自分の話題が軽く扱われているようで何だか釈然としないがまあ、下手にイジられるよりは、忘れられた方がよっぽどいいだろう。
コイツだって別に、家が下手な暴力団なんて裸足で逃げ出すくらいバチバチの男衆女衆ばかりだとは口外していないだろうし、と思う。
というか、国政に関わる仕事をやっている筈の父親たちが更生させたという元ヤクザや暴走族達から所構わずおじょーとか呼ばれてしまっている現実はどうなのだろう。
先日それを隣で聞き、サトハはジャパニーズヤクザのオジョウサマなのですネ、と目をキラキラさせたダヴァンに違うと納得させるのにかかった労力を思い出してげっそりとする智葉だった。
そんな彼女の心持ちを察したのかどうか、京太郎は至極優しく話し出す。柔らかに、彼は言った。
「まあ、さ。大丈夫だよ。肝心なことは言わなかった。俺が……そう、姐さんと婚約関係にあるってことはさ」
『あ、ああ……それなら、いい、か』
そして耳元で囁かれる、愛おしい彼のきゅっと胸の締まるような婚約という文句に、智葉はらしくなく頬を染めた。
頬に熱を覚える。愛が胸で焦れた。
そう、彼と彼女は、実のところ結婚を約束している二人。好きと言われたことさえないが、未来に手を繋ぎ合っていることばかりは確実だった。
淡い恋が訪れる前に両親――二人共おっかないくらいに顔が整っている――に言われた、お前に良いところの許婚が出来たという言葉。
嫌だと逃げたその先慣れない公園にて、その相手と知らずに長野から越してきたのだという京太郎と智葉は仲良くなった。
そして、泥で汚れた手を二人繋ぎながら家に帰って、その子がお前の婚約者だよと言われ、ぱっと温かい小さな手のひらを離した記憶。残念な心地
そんな全ては智葉の大切な思い出だった。
しかし、そんな想いを彼は知らない。
いや、それも当然なのだろう。離れた手を再び繋ぐこともなく、以降ただ姉貴風を吹かすばかりの少女は幼い京太郎には難解だった。
そして生まれながらに智葉はポーカーフェイスがお手の物。視界に入れるだけでにまにましてしまう口元を抑えるのだって、彼女にとっては難しくはないのだった。
俺のことなんて、あんまり好きじゃないのかな。小さかった京太郎がそう思ってしまうのも、まあ無理はない。
しかし、そんな勘違いが今まで続いてしまっているのは、まあ彼女にとっても想定外。
メガネを取った時にやっぱり綺麗な目だと言われたからコンタクトに挑戦したり、格好いいと言われ続けたくてさらしで大きくなりだした胸元を窮屈にしたりするなど、健気な努力を続けていたというのに。
そして、京太郎は智葉に思い違いを今、暴露するのだった。
「にしても、嫌だろ、姐さん?」
『ん? 何がだ?』
「いや、俺なんかと婚約してるの」
『はぁ?』
思わず、口がぽかんと開く。しかし、それを何時ものように固く閉じることは出来ない。それくらいに智葉は呆気にとられていた。
良いも悪いも関係なく、京太郎がいいんだ。お前以外の人間なんて、隣に立たせるつもりはない。むしろ私なんかで大丈夫なのだろうか。
そんな口説き文句を彼女が口走ろうとしたその時。
「――婚約、解消したほうが良いんじゃないか?」
と、京太郎は言ってしまうのだった。
『っ―――!』
青くなり、智葉は絶句する。
彼女にとっては永遠にも思える数拍。そして、彼はまた口を開いた。
失言にしか思えない、しかし先のそれは弱気というよりも、相手への思いやり。また、それだけでなく。
「だって、そんなのがなくても――俺は姐さんのことを多分世界で一番好きだからさ」
それは返すものではなく、湧き起こるもの。慕いから恋に変わったのは果たして何時からだろう。
きっと、頑なな彼女が見せる、時折の笑みに見惚れたあの日からだったのだ。
怖くて、頑な。そんな彼女の中に見つけた綺羅綺羅とした宝石。ああ、この人は誰より美しいから険しさを持ってそれを隠しているのだ。
ずくり、と少年の胸元には恋が突き刺さっていた。
「なあ、智葉、さん」
姐さん。今まで変えられなかった呼び方から完全には別れられはしない。ただ、それでも変化に意味はある。
『バカだな……』
そう、バカだ。相手に好かれていないと誤認しておきながら、好きと語れる勇気があるというのに、この男は今ごろになって間合いに飛び込んできた。
そして、何よりバカなのは、そんな彼の想いがたまらなく嬉しいばかりの自分だと智葉は思う。
ああ彼のこの炎は消せない、むしろ。
万感の想いを持ってゆるりと、彼女の鯉口は切られた。
『私だって、京太郎のことが世界で一番に好きに決まってるだろう?』
火の用心。けれども、正しく燃焼するのは祝福すべきくらいに喜ばしいことで。
『これからも結婚は、約束だ』
「ああ!」
二人の愛は、ぼうと燃えるのだった。
次のカップリングは誰がいいでしょうか?
-
京一
-
京華菜
-
京やえ
-
京煌
-
ツンデレ