先のお話の流れか、玄さんが圧倒的でしたねー。
書けましたが……再現度が不安です!
アンケートもよろしくお願いします! 頑張りますねっ。
松実玄は、良くも悪くもやや拘りが強過ぎるところがある。
乳飲み子の頃からのおもち好きは自他共に認めるところだし、彼女がとてもいい子であるのも、実は褒められたことが嬉しかったからそれを続けているばかりのこと。
その頑迷っぷりはこと、麻雀で愛した母の教えを守りきって、ドラに愛されるようにすらなってしまった辺りに顕著だろう。
でも捨てられない、良いならばそうだと信じる。果たしてそれは、愛にすら似ているのかもしれなかった。
霧中の先に、新しい世界がある。
ならば、伏した少女の瞳が再び持ち上がった先に見えるものは、何なのだろうか。
「ふぅ」
玄関先にて玄は、突き刺さるように鋭く冷えた空気を吸い込んで、吐く。
ぶ厚い手袋はした。姉――松実宥――にマフラーを首にかけてもらってもいる。それでも、出ている顔は寒いし、喉元は乾きに少しだけひりつく。
「いかないと」
でも、それが辛くはない。むしろ、楽しみとして冬の朝、きりりと引き締まるような心地を覚えながら、少女は出立するのだった。
玄が生まれ育った阿知賀は自然が多い。それはときに厳しさすら覚えるほどだ。
そして、人が辛さに対抗するために団結をするのは当然のこと。特に旧家ほど周りの人間関係を大切にするものだった。
勿論、松実家もその一つ。新年はじまれば挨拶回りに付き合って、多くの家へと向かうのが少女にとってもうあたりまえのこと。
もう、母親代わりとして父の背中を追いながら大げさな門をくぐることに、特に感慨を抱くこともなくなった。
「須賀さん、かぁ」
言葉と共に、吐いた息は白い。
傾斜に慣れた足にもそろそろ軽く熱を覚えるころ、目的の家――とても大きい――が見えてきた。
今日は三が日もとうに過ぎ、少し離れた日曜日。先方の都合によって、遅れてしまった挨拶。その相手のことを玄は考える。
須賀家は、あの龍門渕に連なる大家。その昔鉄鋼業に携わって一財産を得た一族ではあったが、明治の頃には養蚕にも手を出し、それは大いに儲けたようである。
松実家も今はなき曾祖母が奉公に出たことがあり、その縁もあって過去大変世話になったと聞いていた。
すったもんだあった後に龍門渕グループに吸収されてからも、この土地にて須賀家の影響力は大きい。恩からも打算からも、彼らと縁を継ぎに顔を出しに向かうのは当然と言えた。
「おばあちゃん、元気かな?」
とはいえ、そんなことをいい子の玄が考えているわけもない。ただ、彼女は一年ぶりに知り合いのお婆さんに会いに行くのを楽しみにしているばかり。
背筋正しく、しかし深いシワを隠すこともなく、明るく振る舞う美しい女性。幼い頃に彼女の優しいところに触れ、玄は懐いていた。
だから、父親の名代を買って出てお土産をぶら下げやってきたのだ。
それに年末年始に、なにやら須賀家でことが起きた、というのは聞き及んでいる。玄は幾ら元気そうに見えても年寄りであるおばあちゃんが少し心配だというのもあった。
それに、あとひとつ。心残りも。
失礼しますとしてから、大げさに感じるくらいの門をくぐって、少し。えっちらおっちら玄は進んだ。
音飲み込むような広さに、木々のざわめきすら遠く。枯れた庭に、大石が少し寂しげに見える。
そんな心地を覚えながら彼女が歩んでいると、ふと人の形を見かけて。
「あれ――――キミは、きょーたろー君?」
「……貴女は、玄さん」
懐かしい青年と、再会をした。
「……つまらないなぁ」
それは同じような冬の候。そこかしこを走り回るには寸足らず過ぎた、松実玄の幼き日。
縁側にぶらりぶらりと両足を遊ばせ、彼女は、両親に連れられてやって来た大きな屋敷にて大層暇を覚えていた。
つまらないのも、まあ当然のこと。今挨拶などに忙しい大人たちの他所で、彼女は独り。
そう、この頃、ただでさえ熱の側にいる行動範囲の狭い姉は、更に家の中縮こまって震えてしまっていた。
自然、玄は外で一人でいる時間が増える。だがまだ、知っている大人たちが側にいれば寂しさも紛らわせられた。
しかし、それすら今はない。どうしよう。
「ふぅ」
とはいえ、そうであっても動こうとしないのが良くも悪くも玄という少女なのである。小さな唇チューリップのようにして、そればかり。
遊びたい盛とはいえ、しかしいい子の彼女には整い揃えられたお庭を遊びで損なわせることなんて考えもできなかった。
そのため、おかあさんの待っていてね、を遵守し、次の指示待ち。
これは、面白くもないその間隙。だがそこに。
「おねえちゃん、誰?」
「え?」
金の髪をした少年が現れたのだった。
友達が出来た。その子は須賀の家にいけば何時もいる。また、彼のおばあちゃんの手も優しければ、向かう坂道すらも楽しみで。
そんな少女におかーさんは、言った。別に無理に挨拶についてこなくても、いいのよと。
玄は笑顔で返す。友達に会うの好きだから、むりなんかじゃないよ、と。
そう、と手を繋ぐ母は微笑んでくれたのを、少女は今も覚えている。
その男の子――京太郎――は、ご多分に漏れず動き回るのが好きだった。
しかし、どうしてだろうか、誰かのために控えることも知っていたようだ。
玄が疲れたと嫌がれば止め、それどころか女の子の遊びだって嫌がらずにしたし、次にやろうよと誘った麻雀だって時間をかけて覚えてきた。
とても優しく――夏に引き合わせてみた姉にだって彼は仲良くしてみせた――だから、少女が少年に懐いたのも自然のこと。
その性格が大人から受けた教育が故であったとすると、恐らく厳しいものがあったのだろうと今の玄は予想できる。
でも、おばあちゃん、おばあちゃんとしていた京太郎の姿に陰りはなかった。きっと良いところの長子として育てられながらも、愛も確りと受けていたのだろう。
少女には、大事に磨かれた少年がどこか眩しくすら見えていたのだ。だからよく、彼の和装の裾を握って離れず、困らせていた。
「本当に……いっちゃうの?」
「うん……」
しかし、すっかり仲良くなってから、京太郎は越して行ってしまうという。
彼が両親と共に向かうのは長野、県外だ。帰ってくるのも、年に一度といったくらいになるかもしれないということだった。
仕方ない、と言われた。どうしようもないんだよね、と理解もしたのだ。でも、別れに玄は、涙を我慢できなかった。
「うぅ……きょーたろー君、行っちゃいやだよお!」
「クロさん……」
そして、生まれてはじめて駄々をこねた。好きと一緒にいたいと、いやだいやだと泣きわめいて、それはそれは大人たち――少し嬉しそうでもある母を含めて――を困らせたのだ。
でも、一つ年下の彼はどこまでも優しくて。
「また帰ってくるから」
と笑顔で言う。その言葉を信じて、嫌々いい子の玄は頷くのである。
はじめは、文を交わしながら、玄と京太郎は半年に一度程度のペースで会っていた。
でも、次第に色んな忙しいが二人の間を広げていき、そして玄が大好きなおかーさんを亡くしてからそれは顕著になる。
その時は抜け殻の玄を少年は慰めた。心から、優しい言葉をかけて、発破もかけてくれたのだと彼女も知っている。
でも、会うのも年に一度くらいのお友達。どう想っていたってそれだけとしか言えない子の言葉きりで、父に姉が立ち直らせるのに困る程の落ち込みを正すことなんてできやしない。
懸命な少年にただ一つ、玄は言った。
「もう、私に構わないで……」
そんな、痛みからくる心からの言葉に京太郎は。
「……また、来るね」
そう言って、彼女の元を去っていったのである。
でも、またはずっと来なかった。それこそ、今偶に会うまでは。
互いに互いを気づけて良かったと、玄は思う。私は彼の金の髪で分かるけれど、これは髪の形を成長にそろえて整えるばかりで大して変えなかったおかげかな、と見違えるほどの美しさになっている少女は勘違いした。
そしてひんやりとした空気の中昔を思い返し、なんとなく寂しさを覚えながら玄は京太郎に言った。
「久しぶり、だね」
「ええ、お久しぶりです」
久しぶり、その挨拶に笑みが帰ってきてくれたのは嬉しい。けれども、余計なですます調がそこには引っ付いていた。
他人行儀を嫌った玄は、唇尖らせて、言う。
「む、きょーたろー君、どうして私に敬語なんか使ってるの?」
「……けじめ、ですかね」
「それは……」
つい、玄は口を閉ざす。けじめ。それは前の別れ際のことを彼が引きずっているということを示唆している。
案の定、苦しそうにして京太郎は独白をはじめた。
強い北風が一つ、吹く。髪を押さえながら少女は彼の言葉を聞いた。
「正直に言うと俺、ずっと玄さんのことを避けていました。……俺、あの時まで知らなかったんです。時間以外にどうしようもないことがあるってこと。それに、好きな人が辛いのが辛くて、逃げたくなってしまう気持ちだって、初めて知った」
「きょーたろー君……」
「だから、すみません。俺は、貴女の助けになれなかった」
言い、京太郎は頭を下げる。
いつの日に見下ろしていた金のつむじをようやく認めて、玄は耐えられなくなった。
「そんなこと、ないよぉ!」
涙は、端からぽろぽろこぼれる。それは、自分の情けなさから。
大好きな彼に勘違いをさせて、それをずっと引きずらせて。そんなの、悔しい。だから、玄は言うのだった。
「違う、違うの! ただ、私は大好きな人に、泣いてる姿を見られたくなかっただけだったの! きょーたろー君には、もっとずっと綺麗な姿を見ていて欲しかった……」
「玄さん……」
「あれはそんな、私のわがままだったんだ……ごめんね……私はきょーたろー君に救われてたのに、ごめんね」
風は止まり、しかし胸元の音は続く。
好きである。でも一度は捨てようとしたけれど、そうしたところでどうしようもなく好きに決まっていた。だって、それは玄にとって生まれて初めての恋愛だったから。
あなたは私を助けようとしなくても、良かったの。ただ、貴女への愛があったというそれだけで早く立ち直れた。そんな思いが言葉にならず、嗚咽に消える。
しっかり、しないと。そう思って伏した目を上げた彼女の瞳に映ったのは。
「俺も、一緒です。玄さんが大好きで、だからずっと格好悪い自分を許せなかった」
「……え?」
笑顔の彼。その言葉で少女は両思いを知る。
悲しさに、恥ずかしさが入り混じり、そのためか少しずつ、彼女の涙も流れなくなっていく。
そして赤い目に、濡れた頬。あの日と同じ姿の玄を真っ直ぐ見つめて、京太郎は変わらず高鳴る胸元を確認した。
「でも、やっぱり好きな人は、諦めきれないくらいに好きでした」
「それって……」
京太郎の、胸の内は複雑だ。これまで玄に釣り合うくらい格好良くなるためにもと、一途に励んでいたハンドボールを怪我にて止めて、失意と共に帰郷してからそう日は経っていない。
そんな残念に、この不格好な再会。これもまた良いとは思えなかった。
正直に、痛い。けれども、我慢するのが男の子だと知っている京太郎は、これでも一歩進もうと克己して。
「ただいま、玄さん」
「……おかえり、きょーたろー君!」
彼は理想以上の綺麗に――それこそ大変なおもち持ちにまで――なった幼馴染の少女に、帰りを告げるのだった。
陰り晴れた空に、蒼穹眩しく。
澱の取れた彼彼女らは
だからきっと、明日だって愛おしい。
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