なんとなく以前のようなノリで書けたようなそうでもないような……頑張りますね!
次は京咲を書こうかな、と思っていますー。出来ればよろしくおねがいしますね。
何もかもが思い通りにならない日というものもある。
予想は外れて、期待は叶わず、挙げ句寝入ることすら一苦労。そんなサッドネス・デイ。
この世の道理のひとひらを思い通りに出来るような、そんな特別な持ち物なんて夢のまた夢。曰く凡人の末原恭子には、それなりにそんな一日を経験するものだった。
「……つまらん日やったなぁ」
そして鏡の前に立ち、下ろした髪の長さを気にしながら、恭子は今日一日をそう評する。
朝練から麻雀の成績は奮わずに、駆けてみれば足を挫き、ちょっとしたいざこざに意固地になって家族と衝突し、心細さに敬愛する監督へかけてみた電話も不通。
そんなこんなで、今までため息を我慢できたのは上出来だったろうと、恭子も思う。
一歩進んで触れんばかりの距離までそっと、少女は鏡に近寄る。もちろんそれは、世界一美しい乙女を探すためではなく、少し険があるように固まってしまった表情を確認したばかりだ。
いかんなあと考えた彼女はなんとなく、とんでもないものを持った友人愛宕洋榎がかけてくれた、抜けた言葉を思い出した。
「なんでもかんでも欲しいからって手ぇだしとったら何時か腰いわしてしまうで、かぁ……ほんまやな」
それは何時か、恭子が卓上において鳴きにおいて最短と危険の秤を誤った時にかけられたもの。一語一句を諳んじれるほど心に入ったものではないが、なんとなく耳に残った程度の軽い冗句。
しかし、それは今の状況に合っていると恭子は思う。
得意というか己の大部分を賭している麻雀でダメ、ならばと気合を入れて挑んだ体育で怪我をして、己の足の痛みを知らない両親の無遠慮に理解を求めて失敗して、そして夜半に期待してかけた電話が繋がらなかったことに勝手に失望する。
一日において気を抜いている部分がまるでなかった。思うにすべてに、良い結果を求めていたのだろう。そのらしくなさに、と恭子は苦笑する。
「切り替えてかんといかんな。私は別に宇宙怪獣とかじゃないんやし、手も足も出んでそのまま終わり、なんとことだってフツーにあって当然やんか」
鏡の中少女は、少し見ない間に柔和を取り戻していた。恭子は彼女の前で、まああんな風にくるくる空飛べられたら素敵やけど、と冗談を零す余裕を見せる。
だがしかし、己の映しの前で、恭子はふと思う。さて、自分はどうしてこうも格好良くあろうとしてしまったのか。
ああ、なるほど。そして理解は羞恥を引っ張ってくる。心当たりを想うだけで紅潮する頬は、何より雄弁だった。
「あー……らしくないいうたら、こっちの方がアカンわ」
そんな好きになる理由なんてないやろ、と困る恭子。しかしどうにもひと目で気に入った彼の姿は脳裏に焼き付いて離れずに。
鏡は、恋に熱を持った頬を捏ねくり回す、そんな世界でも有数の可愛さの乙女を映していた。
「須賀」
「はい。どうかしましたか、末原先輩?」
「……いや、ただ呼んだだけや」
「はぁ……分かりました」
揺れる自由なつり革を見上げながら恭子は、何が分かっただこの唐変木、と口にせずとも思う。絶対こいつはこんなに私が胸をバクバクさせていることを分かっていないとも、考えながら。
いや、以前から彼が姫松高校への通学に同じ電車を使っているとは知っていた。何を隠そう一目惚れしたその瞬間は人々の隙間から京太郎の姿を見つけた時であることだし。
しかし、今日は空いてるやんラッキー、と何も考えず座ったところが彼の隣。これには恭子もびっくり動転し、ついつい部の先輩の厚い皮を被ってしまったのだった。
それこそまるで昨日の夜の再現のような険しい恭子の表情。思わず、その不機嫌そうな様子の理由が分からない京太郎は拙いと思いながらもストレートに問ってしまった。
「……怒ってます?」
「ん? 別に怒ってへんよ。須賀は何か私を怒らすようなことをした自覚でもあるん?」
実のところ恭子は何いってるんこいつ、と内心イライラしてはいる。けれどもそれをおくびにも出さずに、彼女は聞き返した。
今更だが、麻雀する時にも浸かっているポーカーフェイスを恭子は思い出したようである。
少し意地悪な問いに、否定を返そうとする京太郎。しかし、愛らしい先輩の横顔から、一つ彼は心当たりを思いついてしまうのだった。
「いや……あ」
「なんや、本当にあるんか?」
「すみません……実は昨日、漫さんと……」
「何、漫ちゃんとナニかあったん!?」
恭子からすると唐突に出てきた上重漫というその名前。可愛がっていてとても身近な後輩ではあるが、それが京太郎の口から出てきたのは拙い。
何しろ、観察と分析を得手とする恭子からすると、京太郎のその目線の行きたがる先は歯ぎしりしたくなるくらいに分かりやすいもの。そう、おもち持ち、にである。
その観点からすると、三年生でありながらすとんとした自分よりも二年生でありながら山のような漫の方がよっぽど彼の好みに合っているということになるのだ。
好きな彼が、好みの女性に接近する。それは大事だ。そしてまたその相手が溺愛している後輩であるというのも良くない。
どっちもが自分の遠くに行ってしまう、そんな恐れを抱いた恭子は京太郎にことの仔細を尋ねるために、それこそ掴みかからんばかりに寄った。
「ち、近いですよ……末原先輩……」
「そんなんどうでもええやん! 二人でナニしてたか、って聞いてるんや!」
そう、まるで今自分と彼がキスする手前のようだろうが、どうでもいい。なにせ、妄想の中の二人はもっといやらしいことをしているのだから。
咎めて、それを続けさせないように、或いは取り戻すためにと恭子が食って掛かると。
これ以上近寄られたらそれこそ唇が頬についてしまうと、素直に京太郎は白状をするのだった。
「すみません、二人で買い食いしてました!」
そう、それは漫が京太郎を誘い、末原先輩には内緒やでと商店街でほかほか唐揚げを一緒に食べた咎。
その際の罪の味を思い出して、ごめんなさいと京太郎は謝るのだった。
これには、キス以上のことを想像していた末原先輩は、ぽかんである。
「それだけ?」
「はい。それだけ、ですけど……」
「えっと、でも、それってデートちゃうん?」
「帰りにばったり会って商店街の唐揚げを買い食いしたってのはデートとは言い難いかと……」
「それはそうやな……」
買い食い。そんなちっちゃなことで怯えていたのか、このでっかい青年は。
ああ、そもそもあの純な漫ちゃんと唐変木な京太郎の組み合わせで、スケベなことが起きる筈もないのだ。恭子は今更ながら、そう理解する。
安心。そして、恭子は現況を思い返すこととなる。
近い、顔と顔。しかし昨夜と違い、見上げる顔は柔らかさに欠け、情けなくもあるけれどやっぱり格好いい。
そして、その中身だって良いものだと恭子は知っているのだ。
はじめて見目から好きになって、ずっとその軌跡を追っかけていた彼女だからこそ、分かること。
それは、麻雀における須賀京太郎という少年の引きの悪さ、そしてそんな引きの悪さを逆手に取ったやり方で推薦を勝ち取ったという分かりやすい特徴ばかりではなかった。
人を見て、当たり前のように気遣う。朗らかさを押し付けずに、それでいて人を明るくさせる。そして何より。
『……末原先輩、こんな遅くまで一人で検討していたんですか?』
『そやな……持ってるヤツの意見も聞いとくか。須賀。ここはアンタならどう打つ?』
『ええと、俺なら……』
真摯で。
『また来たんか? 別にパーティの用意も何もないで?』
『いえ、そんなに気になるなら主将から今日からお前に鍵頼むな、って言われまして』
『……洋榎、余計な世話やってのに』
『末原先輩?』
『いや、どうして須賀は私のこと気にしてんのかなってな。何、力もないのが必死にしてるの哀れんでるん?』
『違いますよ! 俺はただ……』
ひたすらに真っ直ぐに。
「一番格好いい人のためになりたいと思っただけです、かぁ」
自分を見返してくれていたのだった。
小さくあの日の言葉を繰り返した恭子は、しかし格好いいではなく可愛いと思って欲しいと考える。
だから、少し気恥ずかしさに離れてしまったけれども、今一度近くに顔を寄せて。
「末原、先輩?」
「恭子、や」
「はい?」
「漫ちゃんと同じように呼んでや。……やらんと額にバツ書くで」
「分かりました! ……えっと、恭子さん?」
照れに顔を赤く、目は泳いでいる。とても格好悪くて、子供っぽい。
「ふふっ」
でも、そんな京太郎にだって、恭子は何度目かの惚れを覚える。屋烏の愛に、恋は闇。けれどもこの胸元のときめきばかりは本当だろう。
及第点。花丸には及ばないけれども、これは。
「後で京太郎には、マルあげたるわ」
そう言って、誰より愛らしく恭子は笑みを深めるのだった。
「これは面白い場面、見ちゃったのよー」
「ふーん。やっぱり、うちの見立てた通りやったなー」
がたんごとん。そんな音に二人の観察者の声は紛れて消える。
果たして、こんな