京太郎くんカップリング短編集   作:茶蕎麦

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 また色々と試しながら書いてしまいましたー……書ける幅は増えたかもしれませんが、お気に召す内容でなければ申し訳ありません!
 ですが今回で白糸台編は何とか終了ですー。

 そして次は京恭ですね! 頑張りますー。


ヤンデレ白糸台③

 誠子さん

 

 亦野、といえば我々のような釣りを趣味にしている人間にとっては実に馴染みの深い名字であるかもしれない。

 その辣腕にてルアーフィッシングを日本中に広めた亦野●●――執拗に塗りつぶされていて読めない――と、その息子日本全国津々浦々の大魚を平らげたとすら言われるテレビでもおなじみの彼、亦野○○――名前の部分が破り取られている――はまことに有名だ。

 

 

※ハサミが入れられ一部綺麗に切り取られた痕がある

 

 

 そしてこの写真の彼女、亦野誠子は彼らの血を真っ直ぐに引く、しかし高校女子麻雀界のホープとしてその界隈にどっぷり浸かっている、そんな子だ。

 筆者からすると、小さい頃に〇〇氏が連れ歩いていた、あの可愛い誠子ちゃんが大きくなったものだなと感慨深いが、しかし知らない読者諸君にとっては急に釣り雑誌で麻雀女子の紹介をはじめてどうしたの、と思われてしまっても仕方がないのかもしれない。

 とはいえ、その麻雀のスタイルを見てみると、我々釣り人にとってきっと無視できるものではなかったりもするのだ。

 ポン、チーと鳴いて牌を河から釣り上げ誰よりも早く和了る、そんなスタイルで彼女は麻雀界の強者として君臨しているんだ――どうだい、麻雀を知らないフィッシャーな君も、それを聞いたらたまらないなと思ったりはしないかい?

 誠子ちゃんには否定されてしまうかもしれないが、我々からすると亦野家の血というものをその闘牌からはひしひしと感じ取れてしまう。そうなると、贔屓する気持ちがムクムクと湧いてきてしまうものだ。

 

 今回は前回予告していたチヌ釣りのイロハについてのものではなく、白糸台のフィッシャーとして名を上げているそんな誠子ちゃんを応援する記事になる。

 編集長の説得には苦労したものだが、今号が誠子ちゃんが挑む第71回全国高等学校麻雀選手権大会が始まるちょうど前に出回るのであれば、応援のためにもねじ込まざるを得ないだろう。

 

 それでは……―――――以下に続くだろう文章は強い力で破かれて損なわれている。

 

 

「はぁ、はぁ……クソッ」

 

 自分が悪い。そんなことは分かっている。だから、我慢できるとは思っていた。しかし、そのせいで先輩が悪し様に言われてしまったら。真っ直ぐな性根をした彼女に我慢など出来はしなかった。

 どうでもいい嫌な女子たちに掴みかかって、暴力沙汰。そして停学。しかし家の中にじっとしていられず、今逃避のようにただひたすら駆けている。

 端的に、亦野誠子は荒れていた。

 

「私が、弱いせいで……」

 

 口に出しても、弱いというそのふた言が信じられない。そんなことを自分に思ったことなど今まで誠子は一度もなかった。

 頭は悪くないし運動神経だって抜群、そしてこと釣りをしてみれば祖父と父親に褒められるほどの釣果を上げてばかり。そして、そんな釣りの得意を麻雀という土俵に持ち込んでみたら、群を抜いた。

 強豪白糸台であるからこそエースになりきれないが、全国の代表校のエース達と戦ったって自分は引けを取らない―――そんな自信も、たしかにあったのだ。

 

「でも、私のせいで白糸台は、負けた」

 

 そうではないと、優しい人達に何度言われたことか。けれども、影から投げかけられた心無い言葉は胸元に刺さったまま抜けてくれやしない。

 まるで自信と共に温かいものすべてがどんどんとその傷から抜けていくような感覚。

 ひょっとしたら、先輩への文句に崩れてしまったのも、この冷えこそが原因だったのかもしれなかった。

 

「寒いな……」

 

 彼女ほど髪短ければ、雨粒の冷たさだって感じ取りやすい。

 何時の間に空まで泣き出していたのだろう、誠子はすっかり濡れていた。

 震えすら、もうない。それどころでどうにかなる域ではない、凍えによる血色の悪さが顔にまで出ている。

 気づけば足取りもふらふらだ。前に進もうとして、よろよろ。ガードレールにぶつかった誠子は、そのまま寄りかかって、その先を見つめた。

 

「汚い、な」

 

 見て取れたのは、臭ってこないのが不思議なくらいに汚れた川。濁りの中に雑多が捨てられていて、大きな何かのスポークが川底から顔を出しているのが分かる。

 こんな中でも、しかし魚はいた。汚泥を啜って、彼らは生きている。そんな生き方に彼らは最適化しているのだけれども。

 

「可哀想、だな」

 

 どうしてか、誠子はそこに自分の末路を重ねてしまう。そんな不味いもので生きるくらいならいっそ。

 そう思った彼女はいつの間にか沸き起こっていた熱に浮かされながら、口を開いた。

 

「そんなヘドロより私の血の方がきっと、美味いぞ?」

 

 そして彼女はガードレールの上に登り、そのまま。

 

 

「危ないっ!」

 

 突然現れた彼の抱擁によって、引きずり降ろされるのだった。

 彼――京太郎――は自分と同じようにずぶ濡れで、しかしそんなことはどうでもいいとナニかを終わらせるためにともがく誠子を必死で捕まえる。

 

「っ、駄目ですっ……どうしてこうなってんのかは、よく分かんないですけど……飛び降りるとか、駄目ですって」

「駄目って、誰が決めたんだっ、私なんか……私なんか……」

 

 もがいて、熱い。そして抱きすくめられて、燃えるようだ。

 そのまま嫌だ、逃さぬを繰り返し、解けて脱げて、すっかりもみくちゃになった誠子と京太郎は、次第に動けなくなる。

 

「どうして……」

「はぁ、はぁ……どうしても何もありますか……」

 

 ただ力強く抱く彼の必死を肌で感じるばかりになった誠子は、京太郎のその目をその時はじめて見た。

 そこにあったのは燃えるような、そんな意思。彼は、彼女のために心から言う。

 

「まだ、何もはじまっていないのに、終わるなんてナシですよ」

 

 そうして安心してもらうためにと笑んだ京太郎のことが、誠子にはとても眩いものに見えたのだった。

 

 

「ま。そんな言葉に私がまんまと釣られて、今があるってわけか」

「いや、それじゃ俺がいやらしい人間みたいじゃないですか……当時、そんな他意はなかったですよ?」

「なら、今はあるんだな、良かった」

「はぁ……」

 

 飄々とした恋人の言葉に、あの日のしおらしさはなんだったのかと、思う京太郎。

 彼のため息を他所に、誠子はにこりとしながらココアをずずと啜った。

 須賀家の広い一室。京太郎のためにとあてがわれた部屋にて、当たり前のように誠子は寛いでいる。

 まあ、それも当然のことか。京太郎と誠子が付き合っているのは須賀家亦野家の公認。子供だけは焦るなよとは、誠子の父親の実感篭もった一言だった。

 

「いや、それにしてもあの日、京太郎たち清澄麻雀部が東京に来ていなければ私も危なかったな。なんだっけ、宮永先輩と咲ちゃんの仲直りを見届けるために、部の総出で来てたとか何とか」

「実際のところ大会の時は麻雀漬けで周れなかった東京観光も兼ねてたんですけどね。咲は私のために皆過保護だよって苦笑いしてましたが……結果的には良かったです」

「私が家から出たことを父さんから聞いた宮永先輩が、その場に居た清澄の皆の手を借りることさえなければ、私は今は川の底かな」

「あの時は照さんも慌ててましたよ……いや、だから助けにならなければとより必死になりましたが……それで結局誠子さんを俺が脱がしていたように勘違いされて散々な目にあったのは残念です」

「ふふ。私が寝込んでいる間に、そんなことがあったのか……よいしょっと」

 

 微笑みで話は一段落。そして誠子はふかふかベッドから腰を上げる。彼女はそのまま、扉へと向かう。

 

「どこへ?」

「いや、京太郎の分のココアを淹れようかと思って」

「あー……よろしくお願いします」

「ん」

 

 返答は短く。そして、誠子が帰ってくるのにばかりは少し時間がかかった。

 その間、京太郎は思う。どうにかして、誠子を以前のようにとまではいかなくても好きだった麻雀と向き合えるようにはしてあげたいな、と。

 とはいえ、そんな以前から考えていた解決策の思いつかない問題の妙案を、短時間で浮かべるのは無理なこと。

 とりあえず、誠子の笑顔が再び浮かべることが出来るようになった笑顔を大切にと思うのである。京太郎が戻ってきた彼女から受け取って飲んだココアは、とても温かかった。

 

「ふぅ……美味しいっす」

「それは、良かった」

 

 本当に、良かったと誠子は思う。心配だったけれども、美味しいのだ。ならもっと彼のためにも、と絆創膏の付いた指先を弄る。

 京太郎は、そんな彼女の人差し指に気づいて、問う。

 

「そういえば、その指先……何時の間に怪我したんですか?」

「なんでもないよ……そんなことよりココア、冷めちゃうよ? せっかくだからなるだけ美味しいうちに飲んで欲しいな」

「それはそうですが……誠子さん、怪我には気をつけて下さいよ?」

 

 京太郎のその心配は本心から。けれども、その心はもう決して届かない。

 だって、誠子は今気づいてしまったのだ。こうすれば、自分を慮ってもらえるし、何より――――美味しいと言ってもらえる。

 

「ふふふ」

 

 返事の代わりの笑みに、京太郎は大丈夫だろうと勝手に納得する。

 

 

 しかし、折角釣ったんだ逃す気がないのなら食べてもらわないとね、と誠子は心のなかで言葉を転がすのだった。

 

 

 淡さん

 

 大星淡は、星星が好きだ。

 太陽はおっきくてあったかいし、月は満ち欠けが綺麗。地球だって、とても大切な私達の世界だってことも分かっている。

 しかし、夜空というカンバスに思うがままに光を散らしたかのように細々とした星星一粒一粒こそが、淡にとっては空を見上げる一番の理由だった。

 キラキラ、星星は届かない。光り輝く全てはただひたすらにキレイなだけ。けれども、だからこそ愛おしかったのだ。

 

「だって、手を伸ばし続けたくなるじゃん。好きなの。須賀だって好きな人の名前くらい覚えてるでしょー?」

 

 須賀京太郎の、どうしてそんなに星のことばかり諳んじれるんだ、という質問に対して淡はそう答えた。

 天の川より大いに光を孕んだ彼女の瞳は希望にきらきらと零れんばかりに輝く。

 思わず見とれた京太郎だったが、しかしこの()()()()()()()()()()が、ポンコツであれども魅力的であるのは何時もの通り。

 今日も今日とで淡は我が道を往く。授業中に騒ぎ出した彼女にまたかとため息をついた教師の表情にも気付かずに。

 

「たとえばねー、このはくちょう座にある星なんてとんでもないんだよっ。太陽なんて千六百個並べたってダメでさあ……」

「あー、そうか……」

 

 何やら図鑑を取り出して、ベテルギウスだのUY星だのの魅力を語り出した、その新たな一面に京太郎は藪をつついてしまったかと反省。

 

「一等星くらいは須賀も知ってるよね? たとえば星座から一等星がなくなっちゃうと寂しいものだけど……まあ、光り輝くばかりが偉いってわけじゃないの。それでね……」

「あ。そっか」

「え?」

 

 愛しのアイドルを語るかのように頬を染めながらよく分からないどうでも良さそうな星星の詳細を流暢に語る淡に、しかしふと彼は思う。

 そして、思いついたことはそのまま口にしてしまうのが、よくも悪くも京太郎らしさ。

 まるで名案を口にするかのように、彼は身を乗り出してきた話し相手に目をパチクリさせる彼女に、言った。

 

「そんなに好きならさ、部活創っちまおうぜ」

「創る?」

「おう。この学校って天文部、確かなかったよな。でも、創部が禁止ってことはないだろうし、淡だってそろそろ勧誘され続けんのも嫌だろ?」

「創部かぁ……しかも天文部。なにそれ、面白そー!」

 

 感激に淡は、何やらわさわさとそのふわふわ長髪を興奮させる。

 現段階で、彼女は届け出やら必要な部員数などの面倒は考えていない。星を見上げる時間が増えるかもしれない、そのことにばかり目を引かれて枝葉末節はもはや脳裏になかった。

 気分屋なところがあり好きなもの以外に目もくれないために部活動とは疎遠な一年生である淡と同じく部に入っていない京太郎は、続ける。

 

「ああ、そうだどうせなら俺も部員にしてくれよ?」

「えー……別にいいけどさぁ……須賀って星のことそんなに興味なさそうじゃん」

「とはいえ、他に興味があるものだってないし……それに、俺も一々運動部に勧誘される度にケガのこと話さなくていいっていうのは楽だしな」

「あ……」

 

 淡は、素直に目を伏せる。

 京太郎には現在興味あるものがない。それはそうだろう。何しろ、今彼は中学の三年間をかけて努力した大好きなハンドボールが怪我によって出来なくなっているのだから。その右手がもう肩より上がらないことを、彼女は知っている。

 淡は思う。もし、自分から星が取り上げられてしまったら、そんなの泣きたくなるくらいに悲しいことだと。

 優しい彼女は少し涙ぐんでしまったが、そんなのを無視して努めて明るく、京太郎は言うのである。

 

「それに何より、淡と一緒に居たら退屈しないだろうからな」

「……ふふんっ! それはそうだっての。淡ちゃんは凄いからね。面白さだって高校100年生分くらいはあるんだから!」

「高校100年ってどんだけ留年して老成した面白さだよそれ……っと」

「もー、揚げ足取らないの! あのねっ」

 

 雑にツッコミを入れる京太郎に、それでも淡は元気全開のなまま。

 そしてブレーキ知らずの状態で、授業中だということすら忘れて叫ぶのだった。

 だって、ふわふわ空の上ばかり見ていたばかりの淡は、右も左も分からない。だからこそ、これからも彼に頼るためにと大胆なことを口にする。

 

「とにかく須賀は私と一緒にいればいいのっ!」

 

 周囲に完全にカップル認定された京太郎が頭を抱えることになった、そんな原因の一言を発した淡は、まるで恒星のように光り輝いていた。

 

 

「ふぅん。それで、天文部を創部できなかったからって文芸部に入ってきたんだ……君たち面白いね」

「ほら、須賀ー。先輩にも面白いって言われたよ! これは私の高校100年生分の凄さが出ちゃったかな?」

「いや、淡は喜んでるけどこれ多分褒められてないぞ?」

「ううん。褒めてるよ」

 

 古い本の山の側にてパイプ椅子に座りながら訳されていない本を読む、大人しい女子生徒。

 いかにもな文芸部らしさがある光景を前に、しかし京太郎と淡は何時もの通り。話を大人しく最後まで聞いてくれた文芸部の三年生――宮永照といった。文芸部唯一の部員らしい――は、そんな二人を()と実の目で認めてにこりと微笑む。

 

「それじゃ、淡ちゃんに京……ちゃん。よろしくね」

「こっちこそよろしく、テルー!」

「いや、どうして俺まで先輩に最初からちゃん付けなのか分かりませんし、淡は相変わらず軽いな……」

「ごめんね。京太郎って意外と呼びづらくて……噛みそうになったから、京ちゃんにしたんだ」

「可愛い理由ですね……淡と一緒で須賀呼びでいいですよ?」

「それはフレンドリーさに欠けると思う。京ちゃんも照ちゃんって読んでいいんだよ?」

「分かりました、部長」

「がーん……」

「あー、須賀がテルーをいじめた!」

 

 素直にぷんぷんぎゃーぎゃー言う淡の隣で、京太郎は宮永照のおかしさを見つめる。

 普通ならこんなに拙速に距離を縮めようとしてくる下級生なんてうざったがられるのが然り。

 それをこうも()()()()()()()()()()()()()なんてよほど器が広いのか、或いは何か裏があるのか。

 

「いい子たちだね」

 

 まるで大切な一つ星を庇うかのように隠れて真剣にしている京太郎を認めた照は()()()そう思うのだった。

 

 

 その後。

 照が独り持て余していた部費を使って購入した望遠鏡で揃って星を見上げたり、天球模型を持ってきた淡が京太郎に毎日それを用いたクイズを出すのを趣味としたり、大人しく三人で本を読み耽ったり。

 そんなこんな日々を送ってから、最近ハマったのだと言って麻雀牌を持ってきた京太郎が三麻をやってボロボロに負かされたことがあった。

 明らかに手加減をしていた照に、教本を持ってあーだこーだ言っていた淡にまで完封された京太郎は、絞り出すように言う。

 

「はぁ……麻雀強いのな、二人共」

「それはもう私は……」

「高校100年生だから、か? まあ淡は適当にやって和了ったって感じだけど、部長は凄いですね。無駄がないっていうか何というか……上手でした」

「うん。でもこれは昔とった杵柄」

「はぁ……麻雀部に入っても活躍できそうな感じでしたけど……」

「私は麻雀それほど好きじゃないから」

「なるほど」

 

 京太郎は、その言葉に納得を覚える。好きと得意が違うなんていうことは当然のようにあり得ること。

 それに何しろ、宮永照という少女は淡々と――ときにダイナミックに――打牌をする先の姿よりも、静かに本と親しむ姿の方が似合っていた。

 また、正直に言えば照が麻雀部に行ってしまうと、とても寂しい。このぽんこつ2(1?)号な先輩のことをすっかり好きになってしまったことを、京太郎は感じるのだった。

 

「んー……でも、私はちょっと麻雀に興味あるかも。いっそのこと、麻雀部に殴り込みをかけてみて……」

「止めたほうがいいかな」

「部長?」

 

 反して、麻雀というものに興味を持ち始めた淡は、実力を確かめたいとそんなことを言ったが、照に止められる。

 頬を膨らまして、淡は反発した。

 

「えー、多分だけど、私きっと負けないと思うよ?」

「うん。私も負けないと思う」

「なら……」

「だからこそ、止めたほうがいい。勝ち続けて……でもそこには京ちゃんを連れていけないよ?」

「須賀を? ……ふーん」

 

 訳知り顔で、不明なことを述べる照。どういうことだと考える京太郎に、しかし淡は特に悩むこともなく答えを出す。

 あっけらかんと、笑って。少し瞳の輝きを曇らしながら、淡は言った。

 

「なら麻雀なんて止めよっと」

 

 そうして遠く旅立たずに。だから、彼女は今日も星を見上げる。

 

 

 

「ねえ、京太郎」

「どうした、淡」

「もしもさ、私が遠くに行っちゃったらどうする?」

「そりゃあ当然、付いて行くに決まってるだろ」

「それが出来ないなら、どうするの?」

「出来なくても、どうにかするさ」

「ふーん。頑張るんだ。私のために必死になるんだね――――私には、それが嫌だったんだ。京太郎にはね、ずっと笑っていてほしくって」

 

 

「あは。そのためなら、私に翼なんて要らないんだ」

 

 そう。彼女は今日も、彼のために背中の痛みを我慢し、笑うのだった。

 

 

 しゅらば

 

 

「分かった気に成っているだけ。照、お前はそれだけが得意か」

「菫……どういうこと?」

「何、須賀君に対してもそうだが、お前は慌てなさ過ぎる。それはきっと、致命的な失敗をするまで変わらないのだろうな」

「……京ちゃんに、何かしたの?」

「何もしていない。だが……馬脚は現したか。ふん。その険を持った表情のほうが、宮永照らしい」

「そんな菫は、あんまり余計なことをしない方がいいと思うけど」

「つまり?」

「きっと京ちゃんはうざったいと思ってるよ」

「ふん。お前のほうが余程うざったいと思われているだろうがな。所詮お前は宮永咲の代わりだ」

「何者にもしてもらえてない菫がよく言うね」

「下らない。そこは、何者にもしてもらえると言いかえるべきだな」

「……つまらない人になっちゃったね」

「お前こそな」

 

 

「どうしても、彼には私が愛されるよね」

「よくそんなことを言えるなぁ、尭深。ただ京太郎に親切にされているだけだってのに」

「粗雑に扱われている人が自信を持てるのが私には不思議だけれど」

「壊れ物を扱うように、っていうけれど実際はもう壊れているのにな。京太郎もよくこんなのに付き合ってられる」

「大雑把だから触れやすいのだろうけど、中身が不細工じゃ彼には似合わないよ?」

「こんだけの恋して綺麗なままでいられるって思えるあたり尭深も夢見がちだな」

「綺麗でありたいというのは女子の当たり前だよ? それとも誠子は女の子じゃないの?」

「ああ、男子だったらそれはそれで良かったかもな。京太郎をむちゃくちゃにしてやれる」

「彼が可哀想。自慰に使うためにしか想われていないなんて」

「ああ、京太郎が可哀想だな。触れることすら出来ない臆病者の相手をしないといけないなんて」

「……いなくなればいいのに」

「そればっかりは同じ意見だな」

 

 

「キョータロー……あれ? その女、だれ?」

「ああ、この人は白糸台OGでプロの……」

「ねえ、どうしたの? おかしいよね。まだ部活の中で目移りさせるのは許せるよ? でもそれ以外の場所で私以外の女子を気にするなんて変。どこか頭ぶつけたの? それとも……うん。そうだ。その女が悪いんだ。間違いないよ。目つき悪いし。キョータローを誘惑するなんて許せない、どうしようかな、どうしようかな……」

「……淡」

「なに!? キョータローの言う事なら私、なんでも聞いちゃうよ? 恥ずかしいことはちょっと嫌だけれど、でもそれがいいかもしれないし……」

「ハウス」

「分かった! 先に帰ってるねっ!」

 

 

「はぁ。お前も大変だな京太郎」

「……分かりますか」

「ああ。お前はとっくの昔に私のものだってのになぁ」

「……へ?」

 

 

 了。


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