おかげで次は京怜を書くことに決まりましたー。50%も票を得たのは凄いですね! 自分も頑張って書いてみようかと思います!
そして今回のヤンデレですが……なんとも慣れない修羅場ギスギスも描き、かなりやりすぎてしまったかもしれません!
出来れば覚悟して読んで下さると嬉しいですー。
咲さん
雨もくもりも忘れたような連日の晴れ。暖かな陽光に心地よい風。そんな春のよい日に帰り路を行く京太郎の心持ちはしかしどこか重たい。
それは、隣で一緒に帰れて嬉しいという気持ちを弾ませている幼馴染みの最近の変調にあった。
どこかうんざりとしている京太郎に、幼馴染み――宮永咲――はねじの外れたような満面過ぎる笑顔で飛び付く。
「きょーぅちゃん♪」
「うぉっ、咲……」
ぴとり、というよりもべたりと。そんな擬音が聞こえてきそうなほどの粘度の篭もった感情と一緒に宮永咲は、須賀京太郎へと抱きついた。
嫌がる素振りを見せる京太郎を気にもとめずに、咲はその愛らしい笑顔を更に深めてから面をすりすり。そして、顔を上げてから彼女は言う。
「うふふ、京ちゃん、いい匂い」
「嗅ぐなっての。お前は犬か?」
「ふふ、京ちゃんのお犬さんにならなってもいいかもね」
ぽうっ、と頬を染めながら倒錯的なことを口にする咲の恋情は極めて分かりやすい。
ああ、私に首輪を付けて側に置いて欲しいな、と恋に浮かれる咲。そうしたらペットも家族だから須賀咲ってなるのかなと考えつつ普段の輝きをどこかにやっている少女を横目に、溜息を呑み込んで京太郎は言う。
「……俺はカピバラ派だがな」
「知ってるよ? それだけじゃなくて、京ちゃんのことなら好きなもの嫌いなもの、考え事しているときの癖も踏み切る方の足がどっちかだって、殆ど知ってる」
京太郎が、なるほど訳知り顔というのはこういうものなのか、と考えてしまうくらいに、語る咲の表情は自慢げ。なんでこいつはそんなストーカー自慢でふんぞり返っていられるのかと、彼も胡乱げな面になる。
言い張り、そして一転彼女の表情は暗くなった。ぼそり、と咲は言う。
「――――勿論、どうして京ちゃんが麻雀部に入ったかっていうのもね。京ちゃん、原村さんのことが好きなんでしょ?」
瞳に光が足りない。なるほどこれがハイライトの失せた瞳というものかと、京太郎は驚きながら感心を覚える。
内が洞穴であれば、面にも輝きが消えていく。そんなこともあるのだなと理解し、このポンコツ意外と俺のこと見てたんだなとも思いながら、彼は問う。
「それで、咲。お前はどうするつもりだ?」
「そんなの決まってるよ! 麻雀で原村さんを負かして、京ちゃんに振り向いて貰うんだっ!」
「いや。別に俺は麻雀の上手さで好きになる人を選んでる訳じゃないが……」
「え? えっと……でも私の凄さを見たら、きっと京ちゃんも……」
「普段より意味分からない和了り方続けられたら、咲が勝ってもむしろ若干引くと思うぞ」
「そんなっ!」
宮永咲は特異な力を持っていて、それに若干感性が引っ張られているところがあった。故に、彼女は大人しげな外見と違い存外力こそ正義となりがちだった。
気を引くために敵をやっつけるとか、どんな蛮族だと思いながら、京太郎は溜息を吐く。
大大大好きで、ぴたりと一緒になりたい相手から心離されたのを感じた咲は、涙目だ。ならどうすればいいのかと、困った彼女はそのまま問いかける。
「うう……そもそもどうして京ちゃんは気心知れた私じゃなくて原村さんを……」
「ぶっちゃけ、おもちの差だ」
「なにそれ、どうしようもない!」
おもち。それは、オカルト持ちの宮永咲が持ち合わせていないものの一つだ。
いいと聞いて溢れんばかりの牛乳を飲んだり、直ぐ足をつらせる過度な運動をしたりしても、丸くならなかった、胸元。
彼女は性徴周回遅れ、一向に大きくならないすかすかスレンダーなボディを自ら抱く。そしてうつむき、しばし震えてから彼女は爆発するのだった。
「うわーん! 京ちゃんのバカー!」
駆けて、逃げ出す咲。そして追い掛けて貰えていないか止まってからちらりと後ろを見て、むしろ手を振ってさよならしている京太郎を確認することで更に涙目になる彼女。
おまけのように、こてん、と一度転んでから彼女は走り去った。
「はぁ……ぽんこつはちょっと重くなってもぽんこつで、大差ないな」
だからそんな風に京太郎が述懐するのも仕方ないことで。
「ん? これは……」
そして。
「はぁ」
京太郎が拾い上げたノートの切れ端に赤色で愛言葉がびっしりと蟻の列のように整然と書かれていたことに、彼が溜息を吐いてしまうのもまた、どうしようもないことだったのだろう。
和さん
原村和にとって、好かれることはごく当たり前のことだった。
見目も能力も抜きんでて高く、性格だって硬くあれども悪くない。そんな少女が、嫉妬以外で嫌われることなんてあまりない。
そんな和は異性の恋情を集めることだって、多々。持ち前の綺麗で恋されることよくもあるが、もっと低俗にその性徴に鼻の下を伸ばされることもあった。いやむしろ、それこそうんざりするくらいに、少女は嫌らしい視線を浴びていたのだ。
だから、そもそも男子というものを嫌いになりかけていたのだけれども。
「須賀君のことは……嫌いになれないのですよね」
しかし、須賀京太郎は少し毛色が違った。嫌らしくも、憎めない。そんな男友達。絶妙な距離感を持った少年のことを、どうにも和は気にしてしまう。
和も自分が好かれていることは、知っている。接触すると意外な純を感じるほどに照れてくるし、時たま己の特異なほどの実った胸元に視線を向けて呆けているスケベな姿には、残念を覚えもした。
「そんな人ですけど……私のことをしっかりと見てもいるのですよね」
見目の綺麗に囚われて、中身を見てくれない。和は同性異性にかかわらず、そんな経験は嫌になるほどしていた。
けれど、京太郎は綺麗な見目に隠れた頑なな内面の中にも、どうやら輝石を見つけてくれていたようなのである。
恋愛までの助走目的の友情のようにどこか相手を見ない拙速なものではなく、彼は確りと駄目を見つけながらも、笑って許してくれる。それはどこか親の愛にも似ていて、ほっとする気持ちを覚えるのだった。
「このままずっと友達、がいいのでしょうけれど」
京太郎は友達としては、これ以上ないくらいには適当な相手だと思う。
そもそも和は、転校してばかりで友愛こそ、すがりつきたくなるくらいに物足りなくあったのだ。それを思うとちょっと異性のノリに戸惑ってしまうけれども満足の行っている、こんな関係をいちいち変えたくはない。
けれども。
「最近ちょっと、須賀君は落ち着かないのですよね」
思いだしながら和は叫び出したくなる感情をこわばりで抑える。ぎり、と奥歯が軋んだ。
そう、周りの賑やかさに気を取られて彼は、少しばかり彼女を恋しく見る頻度を少なくしていた。それが、どうにも和には苛立たしい。
和は恋愛が苦手である。異性と番うなんて、考えられないくらいには少女は無垢だ。
けれども、同時にお嫁さんというものに未だ憧れを残しているくらいには、夢見がちでもあって。
「浮気は、許せません」
だからこそ、潔癖にも友達の筈の彼の恋心が離れていくことすら、認められない。恋というものは真っ直ぐ一途であるべきで決してふらつくものではないと、彼女は大好きな友達である彼に向かって叫びたいとすら思っていた。
好きならずっと、好きでいて。京太郎に対して、友情からくるものか恋情からくるものかすら分からない、そんな思いが彼女の中に芽生えたのは何時からか。それは不明であるけれども、しかし。
「次に私から目を逸らしたら……そのお目々、食べちゃいましょうか?」
原村和という少女を病ませるくらいには、強い思いではある。
艶めく唇を、紅い舌がちろりと這った。
優希さん
片岡優希は、少女らしい少女である。いやそれはむしろオブラートに包んだ表現か。
幼さを大いに残した高校生である優希は、故に子供にしか見えなかった。勝手気ままに楽しむばかりの、元気の塊。舌っ足らずの言葉尻ですら、それを助長していた。
だからこそ、京太郎は優希に気安くしたし、性別を考えもせずに触れ合いもしたのだ。
だが、とはいえ優希は実際のところ思春期真っ盛りの女の子。そればかりが全てではない。そんなことは京太郎も気付いていた。
それこそ好き嫌いもあれば、惚れもして。
「京太郎!」
「なんだよ優希……」
「お前は私の犬なんだじぇ! 他の奴らに尻尾を振るのは駄目だじょっ」
当たり前のように嫉妬もした。怒髪天を衝く、嬉々の裏返った鬼気が彼へと向けられる。
裏切られた。なるほどそうであれば感情がささくれ立つのは当然だろう。だがこれは、恋人関係でもない相手にするものにしては行き過ぎか。
好きである。だからこそ直ぐさま独占したい。そんな優希の恋は明らかに歪んでいた。そして、その友愛からの恋愛の変化はあまりに急速。
京太郎からすれば、それは突然の変心のようなもの。ついていけない、と両手を挙げるポーズを取りながら彼はこう返すのだった。
「いや、俺はさっきまで麻雀部に顔を出してただけだぞ?」
「ふん。どうせ、京太郎のことだから誰彼構わず鼻の下を伸ばしていたに違いないじぇ……」
「おいおい、酷い言いぐさだな……俺は最近お前が部に顔を見せなくなったことで、部の皆と相談してたんだがな。皆困惑してたぞ。優希が部活をするのが嫌になったのなら何か麻雀に関係のないレクリエーションにでも誘ってみようか、とか話し合ってたんだが……」
「ふん。そもそもあんな奴らのことなんて、どうだっていいんだじょ」
病んだ優希は、日向の京太郎の言葉を鼻で笑う。
そう、彼女にはその他大勢なんてもはやどうでもよかったのだ。友愛なんて、下らない。そんなものよりもっともっとあなたを。そんな求めてすがるばかりの少女のヒネは、どこかおぞましくすらあった。
そして、人なつっこさこそが特徴ですらあった女の子がここまで変わるのは、ただ恋に燃えているだけではおかしいと、流石の京太郎も思う。心配から彼は優しく続ける。
「どうしたんだ、優希。お前、皆と仲良かったじゃないか……和も心配して……」
「嘘だじょ!」
優希は叫んだ。
原村和。劣等感ばかり抱かせる、自分にないものを集めたような少女。愛する京太郎の視線すら独り占めにしてしまう女。そんなものに、優しさがあるなんてことすらもう優希には認められなかった。
たじろぐ京太郎に向かって、優希は訴え続ける。
「どいつもこいつも、私の犬を誘惑して! うっとうしいんだじょっ。私には、私を見てくれるのは京太郎しかいないのにっ……」
「優希……」
落涙。それが自分のせいであることに、京太郎は心痛ませる。
そんなことはない。そう伝えるのは簡単だ。だがしかし、ここまで視野狭窄、闇に浸って周りが見えなくなってしまった少女に、果たして根拠を示せない救いを信じて貰えるものだろうか。思わず、彼は頭を振った。
そう。優希は信じてしまっている。彼ばかりを。
だって、須賀京太郎
『優希。そんなに無理しなくてもいいんだぞ?』
『えっ?』
『似合ってるけど、だからって無理に笑うことはないって』
少女の幼さの一部が仮面であると気付いてくれたのだから。
京太郎の優しさは、笑顔に隠した柔らかい部分を深々とえぐっていた。
「ねえ、京太郎。私を捨てないで……」
彼の長身にすがりつく優希にきらきらした笑顔はもうなく。
ただ周りが笑顔でなければ安心できなかった、そんな小心な乙女ばかりがそこにあった。
まこさん
自分は観察力に秀でている方だと、染谷まこは思っていた。
人の観察は勿論のこと、麻雀で発揮されるような場の空気の読み取り、こと流れというものを理解するのは彼女の得意とする分野である。
好悪の表情なんて、それこそ眼鏡の奥の輝く赤の中では気軽に読み取れるもの。それを知って尚、はすっぱに寄っていくのまこのスタイルでもあった。
「京太郎……おんし、本気か?」
「ええ、本気です。俺は本気でまこさんのことが好きです」
そんなだからこそ、まこは京太郎の告白に驚きを隠せない。
その恋情は兆しすら発見できなかった。しかし、今目の前で唐突にもそれは爛々と輝いている。
京太郎は、正直なところ異性としてちょっと気になっている後輩だ。そんな彼に告白されるのが嫌なはずはない。
だがしかし、お得意の観察眼ですら理解できない、その唐突な変心に理解が追いつかなかったまこは。怖じ気づいて返事を先延ばしにするのだった。
「すまん、京太郎……ちぃとばかし時間をくれんか?」
「それは勿論です。ちょっと俺も唐突でしたからね」
「まぁ、のぉ」
ぽりぽりと、整った面の端を掻く京太郎の言に、頷くまこ。本当に、この告白は唐突だったのだ。
なにしろ、じゃんけんで偶に決まった買い出しの二人組。購買までの道々に京太郎が急に立ち止まったと思ったところ、愛の告白である。
先触れも何もない。これには、彼女が唐突な感を抱いても仕方のないことだった。
もうちょっと、普段から露骨にしてりゃ良かったかな、と反省を零す京太郎。彼は続ける。
「でも、染谷先輩なら、俺の気持ちなんてとっくに分かっているものと思ってました」
「むぅ……そりゃ、わしだって万能じゃないからのぉ。それに可愛い後輩は一人ばかりじゃないんじゃ。おんしばかりを見ててもいかんじゃろう」
「まあ、そうですよね……まあ、なら」
まこから見たら、どこかいじけた表情をしている京太郎。こんなに分かりやすいのに、どうして恋慕を見逃したのかと、まこは悩む。
そんな気になる彼は、はたと表情を柔らかなものに切り替え、カピバラが刺繍されたぱんぱんのマイバックを掲げながら、彼女に向けて言うのだった。
「これからは、俺のこと、もっと気にして下さい」
頑張ります、という京太郎。その朗らかな笑みを見たまこは、胸がきゅうと締め付けられる感を覚える。
そうして、彼女は恋の病に侵されるのだった。
「はぁ……そんな綺麗なお話からどうしてこうなっちゃうのかしらね」
「むぅ。京太郎が言ったんじゃぞ? 気にしろって……」
「……やっぱり須賀君も別にまこにストーカーになってください、とは言っていない、と」
「別にわしは付きまとうようなことはしていないんじゃが」
「隠し撮りは、いい趣味とはいえないと思うけれどね……」
そんなこんながあって。答えを返せずじまいだったまこが怖気づいたままにしばらく。
なんか二人の仲がぎこちないと感じていた久が、相談事があると言った一番の親友にほいほい付いて行って、まこの部屋の中で見たのは一面に張られた京太郎の写真ばかりだった。
それも同じのが一枚ずつということではなく、見渡せばアップになった京太郎の様々な角度が見て取れる。百ではきかない数、天井に及ぶまでのその恋慕の証は異常。
着いてからまこの口から話された、この部屋の惨状に至るまでの理由を聞いた久は、ため息を吐かずにはいられなかった。
しかし、まこは、呆れている様子の久を見て、首を傾げるのである。
「そんなに、おかしいかのぉ……好きな相手のことから片時も目を離したくない、というのは当たり前の感情だと思うんじゃが」
「度が過ぎれば、何でも毒よ……っていうのは何時ものまこなら分かるわよね。あれか、これは私にはどうしようもなさそうね。はぁ……」
再びのため息。久は、どうしようもなく自分が見えていないまこに、彼女が明らかに恋にやられてしまっているのを感じるのだった。
まあ、それも仕方がないか、と思わないこともない。だって、存外にもこの少女は純白な内面を持っているのだから。
まこはもとより美少女ではあるけれども、その訛りの強い口調は長野の田舎では昔から浮いてしまっていた。
男子にからかわれることさえあっても、色恋沙汰にまで発展しなかったのはそこら辺に故があり、また彼女も意図的に異性のそういったサインを認めていなかった節もある。
それは、きっと。異性を針と勘違いするくらいの痛みのため。彼女のそんな過去を知っているからこそ、久は恋しすぎて異常とすら言えるようになってしまった乙女を見捨てることは出来ない。
あえて、微笑んで、久はまこに言う。
「どうせ外野の言葉なんて通用しないんだから……須賀君に、治してもらいなさい」
「治す、ってのはどういうことじゃ?」
「簡単よ。恋が叶ったら、少しは落ち着くものでしょ?」
「恋が叶う……ってことはそりゃつまるところ」
「私も好きです、ってまこが返事するだけよ。簡単でしょ?」
「む、無理じゃ!」
そう言って、枕に顔を埋めるまこ。ばたばたする彼女を見て、じれったいわね、と久は思う。
そしてこれは発破をかけるしかないか、と考えた彼女は言うのだった。
「そんなに悠長にしてると私が須賀君を取っちゃう……あ」
「――なんじゃと?」
そして、久は停まる。余計なことをこれ以上喋ればどうなるのか。それは、爛々と凄まじい意思を持って燃えるまこの瞳が教えてくれる。
とても、友達に向けるものではない鬼気を受けた久は。
「ごめん。冗談よ」
短く、そう言うしかなかった。
そうして、ようやく息を吸えるようになった彼女をまたまこは再び友人として認め。
「全く――おんしとわしの仲じゃなかったら、おんしの命なんてとぉになかったぞ?」
そんな本音を口にして、場違いにも、まこはにこりとするのだった。
久さん
「失敗した、失敗した……失敗しちゃった……」
震えに震えて、言葉はぽろぽろ零れる。
どうしようもない、絶望感に崩れ落ちた久は、あまりに小さくその場にて凝る。
「どうして、どうして、どうして」
久には、分からない。聡明な彼女には。そうであるからこそ、自信のあるオカルトに賭けてしまった少女にはとてもとても。
「なんで、須賀君は、咲を選んだのよ――――!」
久は身体を、掻き毟る。気持ち悪い。認められないこの現実に浸かっていることすら疎ましくて。
そう。なんでなのだろうか。何時ものように、本気で悪く自分は待ったのに。
優しくしたくても意地悪く微笑んで。親身になりたくとも、身勝手に当たって。
そんな、酷い存在のまま、好きになってもらうのを悪く、悪くも待っていたのに。
そんな風に自分が見当外れの努力を重ねていたことを理解できない、理解したくもない久はぐしゃぐしゃの面のまま独り言つ。
「足り、なかったの?」
自分が悪いから悪くない。彼女はそんなオカルティックなロジックに導かれて、最悪になる。
だからこそ。
「あは♫」
きっとこの時に、竹井久という少女は終わっていたのだろう。
「大丈夫?」
「部長……」
「須賀君、顔色すっごく悪いわよ。どうせ、何も食べてないんでしょ?」
「はい……」
それは、曇天。暗雲立ち込める、遅い時間。
ずっと、居なくなった彼女を駆けずり回って探し続けたところ、最後に最愛の少女の姿が認められた場所に知らず京太郎はたどり着いていた。
清澄高校麻雀部の部室。彼女、咲が元気に和了りを見せていた椅子。そのとなりで落ち込む京太郎。
そんな彼に、近寄って話かけたのは、久だった。暗がりの中、彼女の表情は闇に溶け込んだまま、これっぽっちも伺えない。
「これでよし、と」
一度離れ、しばしごそごそと持ち物を漁った久は、取り出した保温水筒からカップに中身を零していく。
琥珀色の液体に、充満するよい香り。そこに温もりが失せていることが、少し久には不満だった。
「ぬるいけどせめて、これでも飲んで気を休めなさい……あなたが倒れちゃったら、咲が帰ってきても心配させちゃうでしょ?」
「はい……」
おずおずと口をつける、京太郎。それを嚥下しようとして、彼は損ねた。
げほ、と少しむせてから京太郎は目を剥いて言う。
「なんですか、これ……紅茶かと思ったら、違って……」
「あら、隠し味、ちょっと多すぎたかしら?」
「隠し味って……」
舌を小さくぺろり。ふざけた様子の久。そんな彼女に、京太郎は毒気を抜かれる。まあ、何を入れられたにしても、この感じだったら悪戯で、そんなに悪いものではないのだろうと自己完結して。
後ろに回された、彼女の包帯まみれの左手を、少年は知らない。
「でもまあ、良かった。少しは元気が出たみたいね」
「まあ、おかげさまで……」
「それなら、もっと元気の出る情報、教えてあげましょうか?」
「なんですか?」
もったいぶる久。京太郎はあまり気乗りしないままに、身を乗り出す。
何時か、少し切ったのだという痛々しい裂傷ごと唇を動かして、彼女はこう言った。
「咲がどこに居るのか、とか」
「分かるんですか!?」
「まあ、ね」
自慢げな先輩に、京太郎は縋るような思いを抱く。
先日から咲が行方不明になって三日目。いくら探しても見つからない、彼女の消息。
それがこの頼りになる先輩が握っているなんて。さあ、どこに。
詰め寄る京太郎に満足を覚えながら、久は続ける。
「ふふ。ついさっきまで、あの子はここに居たわ」
「どこに、どこに居たんですか?」
「ロッカーの中に、三日間ずっと」
「え?」
ふと、京太郎が見たのは隅に置かれたロッカー。その大きさは確かに人一人すっぽりと入りそうなサイズではある。
だが、しかし。掃除用具が入っているはずのそれは、流石に狭い。そもそも、入ることすら普通はありえない。何かがおかしかった。
しかしもし、そんなところに三日も隠れていられたとしたらそれは。もはや。
悪い想像が京太郎の中で膨らんでいく。そして、それは当たっていた。
「私がずっと隠しておいたのよ。そして今は――――」
久は、外を向く。そして、開かれた窓の近くに立ち。
嗤った。
口の端は、どこまでも悪く歪んで、彼女は最悪な現実を語るのだった。
「ここから下に落としたから彼女、今頃シミになってるんじゃないかしら」
「っ!」
「あ」
怒気。そして、首元に掛かる強い圧力。
命をすら危うくするそれをむしろ歓迎して。
「――――ああ、やっと私だけを見てくれた」
私は正しかったのだと、久は確信するのだった。
しゅらば
「それじゃ、そろそろ買い出しに行ってきますね」
「お願い、京ちゃん」
「おう」
「気をつけて下さいね」
「近いけれどまあ、気をつけるか」
「京太郎。タコスを忘れちゃだめだじょー」
「お前はそればっかりだな……」
「駄賃は十分持ったか?」
「はい」
「ごめんね、須賀君」
「いえ。これも持ちつ持たれつ、ってやつですよ」
「行ってきまーす」
「……行ったかの」
「私のために、ね。健気よねぇ」
「はっ、寝言は寝ていうんじゃな」
「ふふ。眉間にシワが寄っていますよ、染谷先輩。これ以上見た目を老けさせてどうするのですか?」
「京太郎はいい子じゃからのぉ……おんしみたいないやらしい体型の女にだって目を掛けるがのぉ。更に口が悪いともうどうしようもないぞ?」
「染谷先輩も偶にはいいこと言うじぇ。乳牛はもうもう言っていれば良いんだじょ」
「はぁ。ゆーきがこんなにつまらない子だとは思いませんでした。だから、貴女は彼の眼中から外れてしまうのですよ」
「私みたいに近寄ることも出来ない臆病者が、吠えるもんだじぇ」
「あら。子犬の振りをするのはそんなに楽しいのかしら? 醜い尻尾がそろそろ彼にも見えちゃいそうよ?」
「京太郎を下僕としか見ていないやつがよく言うじぇ!」
「やっぱり何も分かっていないのね。道化はただ笑っていなさい」
「ふふ。果たしてピエロは誰なのでしょうね」
「おんしら全員じゃな」
「まこ、目が悪すぎない? 自分が一番おもしろいって分かってないのね」
「論外は黙っとれ」
「私からすれば、皆さんが彼の範疇外であると分かるのですけれど……おかしいですね」
「のどちゃんも口が減らない奴だじょ。不細工なのは体型だけにしとくんだじぇ?」
「ゆーきこそ……」
わいわい。
「ははっ。皆、どうしようもないなぁ」
「まあ、そんなだから、京ちゃんの心は掴めないって確信できるから、いいかな」
「京ちゃん、大好きだよ」
「へくしっ!」
「大丈夫?」
「はは。清澄の誰かが噂してるのかもしれませんね。まだ帰ってこないのか、って」
「そう。ちょっと話し込んじゃったかしら……」
「まあ、大丈夫ですって。俺なんて異性、むしろ女子ばかりの中だと異物ですから。ま、偶には皆で仲良くしてもらいのもいいんじゃないですかね」
「そうかしら?」
「そうですよ」
了。
ヤンデレ、また選ばれましたら次回は違う高校をサイコロころころさせて決めようかと思っていますー。
次のカップリングは誰がいいでしょうか?
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ヤンデレ②
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京優希
-
京咲
-
京恭
-
前に投稿したカップリング