いや、先にちょっと得票数の多かった竹井久さんのお話を書いていたのですがまさかのヤンデレの急接近に自分もびっくりですー。
と、いうことですので投票の結果を反映して今回は京久を投稿して次にはヤンデレ短編を書くことに決まりました!
まずは、今回のお話を楽しんでいただけますと幸いですー。
須賀京太郎は、原村和のことが好きである。そんなこと、竹井久はよくよく知っていた。
けれども、恋することは止められない。逆境。それでも受け身で居ること。それが悪い待ち方であるとは知っている。
だが拒絶されることが怖くてたまらない久は、だからこそおちょくるばかりの先輩として、自信のある悪待ちで構えるのだった。
「でも、不安なものは不安よね……」
それは、白熱した部活動の終わり。彼女には伸ばした長い足を覆う八十デニールの暗がりですら、何となく不吉にすら思える。
後ろに座して勉強していた初心者の京太郎の
竹井久は、そもそもの雀力が高い。普通に打っても、女子全員全国レベルという魔境の清澄麻雀部で抜きん出ることだって難しくはなかった。だが彼女は邪道を心の底から望んで、そこに信を置いている。
だが。正道で得た一位に価値を見いだせないひねくれた自分。そんな悪い女の子を、あんなにいい子が選んでくれるのだろうか。恋する女の子はそんな風に自問してしまうこともある。
そして、他にも不安はあった。
「そもそも彼、ずっと麻雀部に居てくれるのかしら? ……きっと初心者一人っていうのは大変でしょうね。なるべく卓に着かせたいところだけれど……どうにも私も彼には甘えちゃうのよね」
苦々しく面を変えて、久は思う。自分はあまりに京太郎の力になれてない、と。
久は、清澄高校麻雀部の部長。そして、部員が手が届くくらいに少数であるのならば、皆に手をかけるのは当たり前のことで、初心者の京太郎に目をかけるのは当然だった。
しかし、構えば構う程に京太郎の優しさに溺れた久は、彼の善意の雑用の申し出を断ることが出来ず、むしろ甘えて任せること多々。
恋愛はちょっと意地悪な先輩として待つことを決めているとはいえ、これでは京太郎が麻雀部らしく卓で活躍する未来へ一向にたどり着けない。自戒しないと、と久も思うのだった。
「部員、他にも集めるべきかしらね……」
久はこれまで望み通り女子は五人集まったことだし、無理に他に初心者を集めて面倒見きれなくなるリスクを負わずとも須賀君のことは皆で親身に面倒見ればいいか、と楽観していた。
だがやはり、勝てないばかりの麻雀が、楽しいわけがないのだ。だから、京太郎は雑用と勉強に逃げてしまっているのでは、と彼女は考えて危惧していた。
なら、細かく面倒見れずとも部員をかき集めて京太郎に勝ったり負けたりを経験させればそれでいいかというと、そうもいかない理由がある。
「でももう、殆どの新入生はどこかに入部してるだろうし……それに、私の悪名の高さを考えると、ねぇ」
もう、時は五月過ぎ。そろそろ新入生も自分の落ち着けるところで落ち着いているだろう。そして、そこに言の通りに久という少女の悪い意味での有名さも仇となる。
学生というのは、存外身近な年上の言うことを諾々と聞くもの。そして、学生議会――清澄高校の生徒会――の長として部費の締め付けなどを行った久は主に運動部等にたいそうな恨みを買っていた。
訳知り顔の年上から陰日向に囁かれる悪口を本気にしないのは、それこそ根っからの善人である京太郎くらいのものだろう。久も、今ばかりは素直ではなく敵を作ってばかりの自分を呪った。
そうして思わず、彼女は天を仰いだ。しかし、見て取れる部室の天井は白いばかりで別段気持ちいいものでもない。むしろそこに呑気に巣の真ん中に鎮座している小さな蜘蛛を発見して、明日に掃除の予定が増えたことに嘆息するのだった。
「はぁ……」
「なんじゃ、久。また京太郎のことで悩んどるんか?」
「まこ……」
久は仰ぐのを止めてから、椅子に寄っかかったままに見知った顔を見つめる。そこに居たのは、麻雀部唯一の二年生部員であり彼女の親友だった。
よく、漫画などの中で眼鏡を取ったら美少女、とかいうお話がある。だが、染谷まこは、眼鏡を取らなくったって愛らしい少女である。
そんな彼女をメガネ女だのおばさんだの言って虐めていた奴らのことを、久は思い起こす。そして、お得意の悪巧みにて、彼らの鼻を明かした過去もまた。
そう。いじめっ子達を懲らしめた後、嫉妬心や愛慕の裏返しで散々な目に遭って自信を失くしたまこを元気づけたのは、久だった。
以降、懐いてくれるようになった少女が、今や自分の心配をしてくれる。おっきくなったわねぇ、なんておちゃらけた思いを持つ。
しかし、そんな現実逃避をも見透かして、まこは意味ありげに、にやりとするのだった。
「あの悪童がまっとうに先輩風吹かすようになるとはのぉ。恋は人を変えるってのは本当じゃな」
「そもそも、須賀君が悪いでしょ? あんな可愛くっていい子が、部長部長って毎日尻尾振ってくるんだもの。好きになったって仕方がないじゃない」
「やれ、久が子犬系男子が好みだってのは知らんかったのぉ……」
「私だって、知らなかったわ……」
本当に、知らないことばかりだったと、久は思う。まあもっとも部員たちには先輩風を吹かせているが、実際問題彼女はまだ少女である。
頭がいいばかりのひねくれた子供、と言っても良い彼女は。ぷう、と頬を年相応に膨らましてから、いじけるのだった。
「咲は須賀君に付いて部に入ってきて今もべったりだし、惚れられて和もまんざらでもない感じだし、優希は言うまでもないし、私まで誘惑して……何なの? 須賀君ったら清澄麻雀部にハーレムでも作る気なの? それとも無自覚サークルクラッシャー? どっちにせよ恐ろしいわ……」
「相当な言いがかりじゃな……ちなみにそこにわしは入らんのか?」
「まこだって我慢してるけど、告白されたら断らないくらいにはぐらついてるでしょ」
「まあ、それは、のぉ……」
「ふふっ、まこが健気にも須賀君の視界になるべく入ろうとしてるの知ってるのよ?」
「むぅ」
「まこったら、奥手なのねー」
散々ふくれてからそして一転、久は意地悪く笑う。
隙を突く。人の弱点を見つけることに長けている彼女に、他人の恋情はわかり易すぎる。だからこそその不備を覗き、こうして突いて遊べるのだが、しかし鏡がなければ自分を認めることなんてそうはできない。
だから、少し気を悪くしたまこは、忠告も込めて、言うのだった。
「わしのことを奥手と言うがな、久。おんしのアプローチはちぃと難解すぎやしないかのぉ」
「そう? 普通じゃないかしら?」
「好きな相手を小間使いにするのは普通とは言わんよ」
「え……そんな風に彼を雑に扱っているように見える?」
「おんしも悩んどるようじゃが、京太郎に甘えるのもほどほどにするんじゃの」
優しげに、まこは久を見つめる。それは先輩に向けたものでも悪友に向けたものでもなく、ただの臆病者に向けたもので。
「そう、ね」
だからこそ、素直にも久も頷くのだった。そして首を竦めた彼女はまさに親に怒られたばかりの子供。
神妙になった部長に苦笑しながら、まこは続ける。
「まあ、応援はしちょるが……恋愛に悪待ちは通じるんかのぉ?」
親友のぼやきにも似たそんな言葉を聞いた久は。
「通じなければ……困るわよ」
力なく、そう言うのだった。
そして、翌の日。また部活終わりの部室片付け。
部長たる久ともうひとりは当番制のそれに無理に割り込んできた京太郎を咎めきれずに、彼女は無心で昨日見つけた蜘蛛の巣を箒で取り去っていた。
ちらりと横目で見れば、可愛い可愛い年下がせっせと床を掃いている。二人の時間にそれとなくドキドキしている久も、はじめての共同作業ね、とか内心ふざけてみる余裕くらいはあった。
だが、気づけば掃除の手を止めて、こちらを真剣に見ている京太郎を認めてしまえば、そんな余裕はどこへやら。近寄る彼に口をぽかんとしながら久は迎えるのだった。
京太郎は、真面目に言う。
「部長」
「な、なに? 須賀君」
「実は、相談がありまして……」
「ん……いいわよ。何かしら?」
相談。なるほどそれは自分もしたいところだった。
どうすれば、もっと京太郎が部活動をしやすくなるか。それについて本人と本心から語り合うのは大事だろう。向こうから本音を伝えてくれるこの機会は渡りに船だ。
きっ、と柳眉を整えて次の言を待つ久は、内心雑用勉強を強いてばかりの自分への非難すら覚悟する。
だが、京太郎の発した言葉は、彼女にとって予想外のものだった。
「ええと、正直なところ俺、お役に立てているか不安で……」
「役? そんなこと……須賀君が何時も部や皆のために頑張っているのは皆知ってるわよ? 買い出しを率先してくれたり、皆の仲を繋ぐように働いてくれたりして。それに、麻雀の勉強だって頑張ってくれてるじゃない」
「いや……そんなの、俺じゃなくても出来ることだし……やって当たり前のことです」
「そんなこと……」
驚きに、開いた口が塞がらないとはこのことか。いやいや、と久は思った。
あんな、決して強制ではない買い出しを真面目に行うのも、思わずメロメロになってしまうくらいまで周囲に優しさを発揮したりするのは当たり前では全くないだろう。
そもそも、年頃の子供は部活に真面目になることすら難しい。真剣に麻雀に打ち込んでくれることすらありがたいというのに。
いい人というのもここまで来ると困ったものねと苦笑する久。そんな彼女の表情を、悲観的になってしまっている京太郎は悪く取り、申し訳無さそうに続けた。
「第一麻雀部員なのに俺は肝心な麻雀の腕が悪くて……結果皆の足を引っ張ってしまっています。それが、俺にはどうも許せません」
「須賀君……」
あまりに悲痛にそんなことを言う京太郎に、思わず久も沈黙する。そこまで、自分たちはプレッシャーになってしまっていたのか、と瞠目して。
初心者にこれほどまで思いつめさせてしまったということ。これがもし想い人相手でなくても久も反省するだろうが、口にしたのは愛すべき京太郎である。
どう慰めようか悩む久に、次に京太郎は頭を下げるのだった。
「部長も、それは分かっていると思います。だから、なるべく駄目なところから目を逸らせるよう俺に細々とした仕事を任せてくれた。本当に、ありがとうございます」
「え? ……えっと、私も別にそうまで考えている訳じゃなかったりするのよ、須賀君?」
「いえ、部長は俺には及びも付かない人ですから」
「えぇー……」
思っていたよりずっと尊敬されていたことに、若干久は引く。また、それ以上にじくじくと胸元が傷むのだが。
確かに、これは少し京太郎が自己完結させてしまっている節はある。だが、それは恋にのぼせて意地の悪い先輩とかまけて相互理解をはかり来れなかった自分にも問題があると久には分かってしまう。
久はどうすれば、私があなたを必要としているのが分かってもらえるのかしらと、困る。だがそんな思いは通じずに、京太郎は更に言い募るのだった。
「それに。このまま足を引っ張り続けて、それで麻雀部全国大会出場という部長の夢に届かなくなったら、それこそもう、俺は自分を許せなくなっちまいます」
「そんな、こと……」
もう、なんと言えばいいのか、久には分からない。
ひと月近く前。はじめて部活動に参加した京太郎に、ぽつりと語った自らの夢。それが未だに彼を縛しているとは久も知らなかった。自分があの時どれだけ瞳をきらきらとさせながら語ったことだって、また。
とても綺麗な夢を見て、それに憧れた京太郎は、だからこそ。
「何だか色々と語っちゃいましたが、つまり……俺。麻雀部、辞めさせて欲しいんです」
「え?」
邪魔なその身を引くために、頭を下げるのだった。
「何かが嫌、だからじゃなくて……皆のことが好きだから、辞めたいんです」
そしてそんなとても悲しいことを、言う。
もう、彼女は耐えられなかった。
「……嫌よ」
「え?」
「そんなの、嫌に決まってるじゃない!」
ぽろぽろ、もう威厳も何も知ったことかと久は泣きわめく。飾らなくなった、崩れた綺麗、柔らかな頬を水玉が斜光に輝きながら落ち込んでいく。
突然の、尊敬する部長の涙に驚く京太郎。潰されなかった蜘蛛は、駆け出しその場から逃げた。
そして久は京太郎に詰め寄り、それこそ抱きつきかねない距離にて、言い張る。
「私は、この麻雀部の皆と! 勿論須賀君とも一緒に全国に行きたいの! 勝手に辞めるなんて、許さないわ!」
そう。彼女の夢の中に勿論、京太郎も居るに決まっていた。
愛とか恋とかその前に、最初から部活に参加してくれた彼を、久は仲間だと確り認めていたのだから。
そんな無闇に近い仲間意識は、中学時代の己の悪行のせいで麻雀部に人が寄らずに寂しい思いをまこが入部する一年間も味わった、その経験から来たものではある。
でも、しかしもう既に想いは深まり淵となった。愛の断崖にて、彼女は彼に叫ぶ。
「私を好きなら、私の側にいてよ!」
そんな必死を受けた彼は。
「……わかりました」
受けた強い想いの嬉しさから感涙しそうな自分を抑えた不格好な笑顔をしながら、頷いたのだった。
そして、久が泣き止むにはしばらく時間が必要で。その間に近づいた距離は、二人の仲まで接近させて。
泣き顔を見せたくないからと片方ぐすぐすとしたまま、しかし背中合わせの形で離れることなく彼らは互いの熱を感じ合う。
やがてもう、見られてないし格好つけるなんてどうでもいいわ、とふくれっ面になってから、久は口を滑らせる。
「というか、何? ここまで私を焚き付けておいて逃げる気なの、須賀君は」
「えと……俺、何を焚き付けたんです?」
「そんなの決まってるわ! 私が須賀君を好きな気持ちを、よ!」
「えぇっ!?」
そして誤って、ぽろりというよりもどかんと、本音をぶつける彼女。
初心な少年は、背中の女の子の告白にどぎまぎする。
そんな中。思わずなりふり構ってられずに口にしてしまった彼女は。
「あ……言っちゃった……」
待ちを放棄したそのあまりの格好の悪さに、あわあわとして。
「うぅ……」
照れて熱くなる頬を押さえるのに必死になるのだった。
「部長って、こんなに可愛いかったのか……」
久の恋を知った京太郎は、まず先に見当違いな事を言って彼女を悲しませてしまったことを、残念に思い。
背中越しに彼女の愛らしさを受けた彼はこの人に一生、ついていきたいな、と考えるのだった。
「……ん」
「はい」
良くも悪くも待ちきれなかった時は訪れ。彼女のかじかんだ手は、そっと暖かく包まれた。
と、いうことで下で行っている投票は次の次のお話で反映されるものとなりますー。
よろしくおねがいします!
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