京太郎くんカップリング短編集   作:茶蕎麦

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 やはり多くの投票、どうもありがとうございましたー!
 恐れながら自分の予想と違ってネリーさんの独走状態でしたねー。
 相変わらず、何時もと違うことをしたくなってしまうので、今回も大変でした!
 それにしても再現が難しく……何とか喜んで頂けると良いのですがー。


寒くてお腹がくぅと鳴るのでお金が欲しかった、京ネリー

 

 

 ネリー・ヴィルサラーゼはサカルトヴェロ――ジョージア。グルジアと言った方が分かる人もいるかもしれない――という国の生まれである。

 サカルトヴェロは旧ソビエト連邦から独立したかつての貧国であり、現在は経済成長著しい国家、というのが多くの認識であるかもしれない。

 とはいえ、急激な成長に直ぐさま全てが恩恵にあずかることが出来る筈もなく、一定の層が貧じたままであるのは仕方なく。そして麻雀に長じて日本に留学生として国を発つことになったネリーの心もまた、未だに乏しいままだった。

 

「……これからここで、稼ぐために頑張らないとね」

 

 飛行機に覚えた物珍しさにも慣れて、空の上から大地の凹凸と多色に富んだ日本という国を眺めてみたが、しかしネリーはその美しさに感じ入ることはない。

 美は表層であり、必要であるのはその内の力量。そう信じてやまない彼女にとっては、海の迫力すら空虚である。

 富貴。それが心に余裕を持たせるものであるならば、なるほど貧乏に浸かりきって染まったネリーの心は常に切羽詰まったものとなるだろう。

 

「むぅ」

 

 だからこそ、ガイドブックなどを読み込んで勉強済みであっても、空港の外新たに自力で立つために見知らぬ大地に降りたその一歩目は不安気なものとなる。

 まるでぬかるみに足を運ぶように歩くのに辛い。スキップすら踏めないこれこそが緊張だと、ネリーは思いたくなかった。

 こんな弱い性根で、どうして勝てるだろう。そう考える少女は。

 

「ネリーは飛ばないと」

 

 ふと、空を見上げた。彼女にとって青を湛えているばかりのそこに、愛着はない。けれども、誰も届かぬ高みに向かう意思を、再確認するのには役に立った。

 能力とすら呼べるオカルト、運の飛躍。その行き着く先は果たしてどこまでか。出来るなら、誰よりも高く。そんな風に、彼女が挑戦心を燃やし始めていたところ。

 そこに、彼女にとってはありふれた金髪長身の男子がやってきた。どこか童顔な面を覗いてなぜかちろり、と勝手に瞳の奥に熱を覚えたことに驚きを覚えながら、ネリーはこちらを向いて声をかけはじめた彼――須賀京太郎――を見上げる。

 

「その民族衣装……ネリー・ヴィルサラーゼって、君か?」

「……誰?」

 

 そして二人は視線と視線で繋がった。互いの瞳に映るのは、相手の姿。それがどうにもしっくりくる。

 縁。そんなものを覚えずにはいられなかったが、しかしその実見知らぬ相手同士。

 むしろ訝しがるネリーに、出迎えのために制服をかっちり着込んだ京太郎は、彼女に向かって微笑んで見せてから名乗りだす。

 

「……俺は須賀京太郎。急用が出来たアレクサンドラ監督の代わりに君の出迎えを頼まれたんだ。監督も後何分かで来るとは思うんだが……」

「キョータロ……身分証明できるもの、何か持ってる?」

「あー……やっぱり怪しいか。臨海高校の学生証……だけじゃだめか?」

「えっ……臨海って、女子校じゃなかったの? どう見てもキョータロって男子だけど?」

「ああ、今年共学になったんだ……っと。そうかこれがあったか」

 

 これでどうだろうと、学生証を見せたところむしろ混乱し始めた留学生に、京太郎は苦笑い。

 拝金主義の子供、と聞いていたよりずっと愛らしい様子のネリーに内心ほっとしながら、彼は次に定期入れの中から写真を取り出す。

 そこに写っているのは、トロフィーを手にした京太郎と色素の薄い大人の女性。彼は肌身離さず持っておくように、と常々被写体の片割れに言われているそれを軽々と手渡した。

 

「写真? それにこれは……」

「これは俺が男子麻雀インターミドル大会で優勝した時のものなんだけれどさ。ほら、ここに一緒に映ってるの、アレクサンドラ監督だろ?」

「監督、キョータロにハグしてるね」

「……距離感は置いておくとしても、まあこれで関係者だってのは信じて貰えないか?」

「ふーん。へーぇ。キョータロはあの硬そうな監督のねぇー」

「いや、だからって過度な関係は期待しないでくれると嬉しいな……」

 

 折り目一つ付いた写真を持ち上げながら、嫌らしい笑みを見せるネリー。そこにからかいの意思があったのは明らかだ。

 しかし京太郎は慌てず騒がず、面白がって写真を上下させている小さな手からさっと、取り上げる。

 空の手をぐーぱー。そうしてからネリーは彼の思ったよりも慌ててくれないそのつれなさを残念がった。

 

「なーんだ、つまんないの。でも一応チャンピオンなのか……ね、キョータロって麻雀強いの?」

「ああ。まだまだ、だけれどな」

 

 そして、京太郎の嫌に謙遜気味な肯定を聞いて、再びネリーの瞳の奥がちろりと燃える。そして、彼女は何となく勝手に盛り上がる気持ちの故を理解した。

 男子に異能持ちや極端な運を持った者は少ない。居たとしても、誤差程度が精々。技術の高さには目を瞠るものは多々存在するが、オカルティックな者は殆ど目につかない。

 そんな中、あの下手をしたら自分よりも貪欲かもしれないアレクサンドラ・ヴィントハイム――臨海高校麻雀部の女子監督――に気に入られるなんていうのは、つまり京太郎がよっぽど珍しいということだ。

 そう理解したネリーは、片方の口角を持ち上げて、笑う。そのどこか挑戦的な笑みが、まるで悪役のようになっていることを、彼女は知らない。

 

「ふぅん……まあよろしくね、キョータロ」

「ああ、よろしくな。ネリー」

 

 対して、留学生を迎えるという初体験に隠れてテンションが上っている京太郎は満面の笑み。そもそも人のいい彼は嫌気を誘いかねないネリーの強気すら、気にも留めていなかった。

 あまり、最初から好意を向けられているという経験の少ないネリーはなんだか嫌われがちな自分の笑顔を歓迎する少年を見て取り。

 

「……なんだかなぁ」

 

 珍しくも気勢を削がれて、ほにゃりと笑いながら小さくぼやくのだった。

 

 

 

「ネリーは普段は堅い麻雀をしてるなぁ……カウントしだすととんでもない和了を始めるけどさ」

「そういうキョータロはみみっちい麻雀をするよね。殆ど順子も刻子も揃わないからって七対子ばっかり刻んで和了るのはどうかな」

「いや。俺だって偶には国士も狙うぞ?」

「キョータロが狙う時は必ず和了るから凄いけど……でも、普段は七対子の迷彩に頼りすぎていて、ちょっと麻雀が雑だよね」

「そうか?」

「そうそう」

 

 やがて二人は、卓を共にすることで距離を次第に縮め。

 

「ネリー! ネリー! 意味分かんない! ……あ」

「……どうして缶ぽっくりに乗りながら自分の名前を叫んでるんだ、ネリー?」

「うぅっ……キョータロに恥ずかしいところ見られたー!」

「人聞きの悪い事を口にしながら缶に乗ったまま逃げた!?」

「キョータロー……」

「キョウちゃん……」

「京太郎さん……」

「京太郎……」

「いや皆さんにそんな冷たい目で見られても……見てたでしょ? ネリーは元気にぱっかぱかしてますけど、俺何もしてませんよ?」

 

 多国籍な麻雀部の女子団体レギュラーメンバー達と日和な時間を共にしたりして。

 

「そういや、他の皆には最初おかしかった名前の発音が直ったのに、どうして俺だけ妙に変な感じなんだ?」

「え? キョータロはキョータロでしょ? 変える気なんてないよ」

「なんだか、俺だけ違うのもなぁ……」

「変えてほしかったらお金ちょうだい!」

「呼び方を変えるのにも課金が必要とか、相当シビアなソシャゲみたいだな……」

 

 何時の間にか、当たり前にネリーと京太郎は共に居るようになったのだった。

 

 

 

「キョータロ。また、宮永の写真見てるの? 部活中なのに」

「おっと、ネリーか。……まあ、照さんは俺の目標だからな。監督にも、コンセントレーションを高めるのにはいいだろうって許可されてるぞ?」

「ふぅん」

 

 それは、何時もの部活の合間。変則的、とはいえ出来たばかりの男子麻雀部の他の部員と比べると一段二段多く稼ぎ出す京太郎は強豪の女子部員達と混ざることがない時にはしばしば、一人とある女子の写真を見つめていることがあった。

 レベルの差からどうやっても京太郎が勝ってしまう男子同士の闘牌の後、彼が天狗になってしまいそうになる自分に活を入れるために、本物の最強を見つめ直すこと。

 それは、監督も許可した――苦々しくもだが――ルーティーンの一つだった。

 そんな中に、暇をしていたネリーがやってきたのは運が悪いことだったのかもしれない。ジト目の彼女に、京太郎は言う。

 

「なんだ、ネリー。……別に、下心があるわけじゃないんだからいいだろ?」

「つーん。隠し撮り男の言い訳なんて聞かないよー」

「いやこれ、照さん本人から送られたものなんだけれどな」

「また言い訳!」

 

 何となく、京太郎が自分以外を見つめていることに、ネリーは口を尖らせる。まるで自分がチャンピオンと知り合いだとでも言うような、そんな言い訳を始める彼の情けなさにも、むかっ腹が立った。

 どうしようもなく嫉妬心に駆られてしまう。そんな自分は安っぽいと思いながらも、しかし不機嫌のポーズは止められないネリー。

 

「全く」

 

 そうして少女が分かりやすくぷんぷんとしていると、そこに堂々歩み寄る姿があった。

 しばしばまるで抜身の刀のような雰囲気を放つ彼女は、鋭く彼らに向かって言う。

 

「また夫婦喧嘩か。程々にしろよ?」

「智葉」

「辻垣内先輩……」

「しかし、京太郎。ネリーが怒るのも当然だぞ? 華の前で他所の華に見惚れるなんて、デリカシーがない」

「はぁ……すみません」

「まあ、そういうのは隠してやるんだな」

「智葉っ!」

「ふふ……ネリーも、可愛らしくなったな」

「わっ」

 

 京太郎とネリーに忠告しながらもからかっているのは、強豪臨海高校女子麻雀部の主将であり日本高校女子の三位でもある、辻垣内智葉。

 息を呑むほどの剣呑さすら時に垣間見せることもある智葉がネリーの髪を撫でる手つきは、ひどく優しい。

 何となく、京太郎が薄く笑む上級生の綺麗に見惚れていると、智葉は思わずといったように零した。

 

「それにしても、まさか共学になった途端に話に聞く宮永の弟分が入部してくるとは思わなかったな。いや、京ちゃんは麻雀強いよ、と聞いてはいたが、まさか特待生で長野からわざわざ共学になったばかりの臨海にまでやってくるとは」

「……辻垣内先輩は、照さんの友人なんですよね」

「ああ。あいつから京ちゃん、という名前を聞き飽きるくらいには、時間を共にしているよ」

「はは……少し恥ずかしいですね」

「……ホントにキョータロってチャンピオンの知り合いだったの?」

「だからそうだって……」

「ふぅん……」

 

 どこか疲れた表情を浮かべて言う京太郎に、ネリーも納得の色を浮かべる。そして、今まで感じていた疑問も、何となく氷解するのを感じた。

 聞くに、京太郎はあの宮永照――ネリーから見ても生粋の化け物――と共に居たのだ。そして、きっと今も共に居るのを諦めていない。

 それは強くもなるはずだと、納得する。だから疼きもするのだと、悔しくも理解した。

 

 ネリーから見れば、日本という国の学生の殆どは弛んでいると思えてしまう。まあ、大凡欠乏していることがないだろう子供達に、必死を求めるのは違うだろうと、彼女も思わなくもない。

 だが京太郎は富んだ生活の中で、餓えている。失ったものを取り返すために、その身を削ってまでして。

 王者宮永照に並ぶために、一年生にして男子インターハイチャンピオンを目指す。京太郎がそんな大業を成そうとしている理由は、だが存外小さなものだった。

 彼は、その一部を溜息のように零す。

 

「しかし、照さんには俺のことなんかより咲のことを喋って欲しいもんですけど」

「やれ。姉妹の確執に挟まりたがるなんて、京太郎も酔狂者だな」

「いや……ただ、心配なだけですよ」

「心配……」

 

 ぼうっと、繰り返すネリーをすら目に入らない様子で、京太郎は思いにふける。

 そう。京太郎は、戻りたいばかりだったのだ。宮永姉妹と自分とあと一人で遊んだ時。よく分からないうちに壊れてしまったあの幸せだった日々に、戻りたかった。

 それが無理でも、せめて姉妹の仲を取り戻すために、京太郎は照と約束している。もし、自分が貴女に勝てたら、咲と話をして下さい、と。

 頷いてくれた照のためにも、京太郎は何でもする覚悟だった。そのためにまず男子で一番になろうとしたところ、彼がアレクサンドラの目に留まって、今がある。

 そして、ネリーとの関係も、その延長線上だった。

 

「やれやれ……」

 

 しばし無言で時は経ち。その後も上の空の京太郎に漫ろな様子のネリー。自分がかき回してしまったかな、と思いながら智葉は踵を返すことにする。

 そして去り際に彼女は振り返ってから一言ばかり、告げた。

 

「覆水盆に返らず、なんて言うつもりはないが……綺麗に元の鞘に収まるなんてそうそうないということだけは覚えておくんだな」

 

 返事は、なかった。

 

 

 

 

 

 部活が終わり、二人ぼっちの帰り道。

 言葉少なな重い空気の中、ネリーが最初に切り込んだ。

 

「……キョータロはそんなに宮永が大切なの?」

「照さんも咲もただの幼馴染みっていえばその通りだけれどさ。まあ……だからこそいざ失くしてみるとつまらないんだ。大切、だったんだろうな」

「そっか」

 

 まるで独り言つように口にした京太郎に、隣のネリーは頷く。

 大切なもの。そんなものはネリーにもある。でも、それが自分じゃないのは悔しくって。確認するかのように彼女は問いただした。

 

「ネリーよりも?」

「ん? それは……」

「どうなの?」

 

 迫るネリーに、しかし秤は冷静に傾いていく。幼馴染と友人。それは比べるまでもなく明白に重さが違う。

 しかし、そんな思いの差に薄情を覚えた京太郎は、思わず謝った。

 

「……すまん」

「そうなんだ。ふぅん……」

 

 予想通りの答えに自分は落ち込む、とネリーは思っていた。しかし、負けていると言われて、しかし考えていたよりも衝撃はなく。

 むしろ、逆に。本格的に欲しくなってしまった。目がちかちかとするように、炎が宿って心をたぎらせる。

 そんな時、くぅとお腹が鳴った。ぺろりと、餓えに乾くネリーの唇を紅い舌が這う。

 

 空は青く、澄み切っていて。曇りは記憶の中ですら虚ろ。女の子はそんな空に心を飛ばす。

 そして物語のヒロインのように綺麗に笑んでから、ネリーは聞いた。

 

「キョータロはどのくらいお金持ちになりたい?」

「ん? どうした、藪から棒に」

 

 急に望みを問われて疑問を覚える京太郎に、ある種の答えを見つけたネリーは微笑んだまま続ける。

 

「キョータロを買うにはどれくらい稼がなければいけないかな、って思って」

「はぁ?」

 

 思わず驚きが口から出た京太郎を他所に、ネリーはひらり。

 スカートをなびかせ一回転。故郷の古い記憶の中の祭りの踊りを披露してから、言う。

 

「ネリーはね。お金が欲しいんだ。だって」

 

 彼女には色々とお金が欲しい、理由がある。けれども第一は。

 

 

「――――お金持ちは、震えなくていいんでしょ?」

 

 

 冷たさに震えることが、嫌だったのだった。

 心に走る、隙間風。それは一人ぼっちでは埋めきれなくて、彼女は幼き頃に聞きかじった、絵空事を信じた。

 俯き、ネリーは続ける。

 

「ねえ、キョータロ。ネリーがハオや智葉も宮永も倒して一番にお金持ちになったら……ネリーを暖めてくれる?」

 

 美が薄く儚いものであるなら、金というのも浅薄。そんなことはネリーも知っていた。けれども、それしかもう()()ることは出来なくて。

 

 

 そしてそんな少女の切なる願いは。

 

「馬鹿だな、ネリーは」

「……どうして?」

 

 少年によって叶えられる。

 

「ああ――――どうしてだろうな」

 

 恋は落ちるもの。一瞬のときめき、胸の高鳴り。或いは、憐憫にも似る。

 だがしかし、そんなこの上なく浅薄な代物にこそ、少女は暖められるのだった。

 愛おしさに耐えられずに己を抱きしめてくる京太郎の手を強く握って、ネリーは。

 

「うぅっ……」

 

 熱く厚い、確かな彼の胸元に()()った。

 

 




 ネリーさんが元気にぱっかぱかしてる下りは、咲日和5巻からです!

次のカップリングは誰がいいでしょうか?

  • 京久
  • 京優希
  • 京咲
  • 京恭
  • ヤンデレ

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