今回一位だった衣さん……天江衣さんのお話を書かせていただきました。
難しかったです……作者に語彙がないのもあって余計に中々再現が上手くいきませんでしたねー。要精進です!
それでも、楽しんで頂けたら嬉しいですね!
須賀京太郎にとって、天江衣という少女はとても賢いお姉さん、だった。
年齢的には大差なく、そして身長においては大差で勝る。つむじを眼下にぴょんぴょんと跳ねてきゃっきゃと笑う、そんな相手を見上げるというのは存外子供には難しい。けれども、京太郎は素直に衣を凄い人だと感じていた。
京太郎の私室のベッドの上にて足をばたばたさせながら、長い金の流れと落書きを散らばらせる小さい彼女。衣のそんな愛らしい姿を認めて、京太郎は呟いた。
「衣姉さんは凄いな」
「キョウタロー、藪から棒に、どうした? たとえ旧套墨守と言われようが、弟を守るために姉が穎脱なものを目指すのはむろんのことだぞ?」
「……そんなところだよなあ」
「?」
半端な返答に首を傾げる衣に、しかしやっぱりこの人は尊敬できるなと京太郎は改めて思う。
矮躯に詰め込まれた沢山の難しい言の葉。ちんぷんかんぷんなそれらを会話に出されるだけでもう、京太郎には彼女の先輩振りを感じざるを得ない。
そして、それだけでなく。衣は血縁関係もない自分に対して必死にその背を伸ばして姉たらんとしてくれている。
過去の両親同士の友誼をかすがいに、二人の背丈が変わらないくらいの齢からずっと。少女は、少年を必死に可愛がろうとしていた。
それがたとえ、自らの孤独を慰める――両親との死別を共に泣いてくれた少年にばかり心を開いた――ための頑張りであるとしても、嬉しいことに変わりない。だから京太郎は、月兎の化身のような愛らしさの衣のことが大好きだった。
そんな自慢のお姉さんはクレヨンで描いたまんまるお月様の絵を両手で持ち上げ、京太郎に尋ねる。
「出来たぞ! 出来はどうだ?」
「満月か。衣姉さんは絵が上手いな」
「ふふー!」
衣は褒められた喜びに、飛び跳ねるその動きとお月様が画かれた用紙を無理に一緒させて、べろんべろんと大騒ぎした。
そう。黒の中の、黄色い丸。ただそれだけのシンプルな芸術作品を、京太郎は歓迎したのだ。彼に、美的センスはあまりない。
「やっぱり絵って分かりやすいのが一番だよな」
「うーむ……しかし衣の発想は、些か庸劣なものかもしれない……」
衣姉さんは芸術の才能もあるんだな、と姉贔屓に思う京太郎に、しかし当の少女は次第に落ち着いていく。
そして一転停止した衣はひとりごちてからまじまじと画用紙に描かれた月を見つめはじめた。
その喜色が薄れだしてどんどんと透明になっていく表情に、京太郎が不安に思いだしたころ、彼女はぽつりと口にする。
「……キョウタロー。お前は、水月を掬ったことはあるか?」
「すいげつ? あ、水月か。うーん、水に映る月ってことだったら、ないな。というかそんなの屏風の虎を追い出すのと同じで無理じゃないか?」
「衣にはある。むしろありすぎて、もう飽き飽きだ」
水月。それはたとえるならば、山奥の最後の最後に残った
幼気な少女の感情に、セカイは付き従う。それこそ確率なんて曖昧は彼女の味方となる。ありえないことこそ衣にとっては、つまらないただの当たり前。そんな
実力を見せた友にも家族としている相手の中にすらある、恐怖心。それが京太郎の中にも沸き起こらないように、自分の尖った部分を抑えつけるのは、中々に大変なものである。ありのままを、大好きな相手に見せられないというのは、辛い。
そして、少女の面にまで顕れた、倦み。よく分からない話の中に、衣の中の本物の嫌気を見つけた京太郎は、むしろ感心して言う。
「はぁ。衣姉さんはとんでもないな」
「……信じてくれるのか?」
「そりゃもう、衣姉さんが嘘を吐くわけないだろうし。どうやってそんなことをしてるか分かんないけどさ、俺が理解できないなんてのはどうでもいいことだ」
「わーい! 衣は素直な弟を持って嬉しいぞ!」
「おっと」
抱きつく、衣。飛びついてきたその矮躯とすら言っていい軽さを、京太郎は受け止める。そのままひっしと縋り付く彼女の内心の怯えを察しつつ、彼は黙って背中を撫でるのだった。
勿論、京太郎は衣の語った言葉の真意なんてものは、分からない。彼の中で彼女は、ちょっとだけ言葉使いがマイナーなだけの小さなお姉さんだ。親類ですら恐れたオカルトの塊である魔物など、知らないのだ。
しかし、その言のとおりに彼はたとえ嘘みたいな言葉ひとひらであっても、ないがしろにせずに大事にしたくあるのだった。それくらいに、京太郎は衣のことが大好きだったから。彼女が知られることを嫌がるのなら、自分は無知なバカでいいとすら思う。
「ふっふー。姉弟のスキンシップは大切だな!」
「あんまり大きくなってまですることじゃないと思うけれどなあ」
「衣は小さいぞ? ふぁ……」
「衣姉さん……はは」
少年の内心を知らずに、少女は安心に目を瞑る。苦笑しながらも他人同士触れ合うことの照れを抑えて、京太郎が孤独な少女にぬくもりを与えようとそのまま抱きしめていると。
「あら」
これまた金の少女が現れた。柔らかいばかりの見目の衣を少し尖るまで整えたような彼女、従姉妹の龍門渕透華は京太郎――遠戚の子――のもとで安堵している衣を確認し目を細める。
そのまま遠慮なく部屋に入ってきた透華は、頭頂の跳ね毛をピンと逆立て、目を閉ざしている少女にあえて大声で告げる。
「衣、時間ですわよ! また京太郎の胸元でおねんねですの? 全く……」
「んにゅ。……分かったー。キョウタロー、下ろしてくれ」
「かしこまりました、お姫様っと」
「恩に着る」
「ぷっ、衣がお姫様、ですか……」
披露されたはぶきっちょなカーテシー。見目と呼ばれたとおりに合わせて、いかにもなおしゃまな様子を見せた衣を見て、透華は思わずといった風にして笑う。
それもそうだろう。なにせ、孤独な自分を守るために他人に力の断崖を見せつけて恐れを集めている少女が、一人の男の子を怖がらせないためにと力を隠しているそんな様子は、全てを知っているものにはあまりに滑稽でもあるから。
もう、彼を信じて全てをさらけ出してしまえばいいのに、と思いながらお姫様とは似合わないなとも、透華は考えるのだった。
「むっ、トーカ。今のやり取りに何か弊でもあったか?」
「いえ、そんなことはありませんが……そうですわね。強いて言うなら蝶や花やとされているのはむしろ京太郎の方ではありませんこと?」
「トーカはいやに衣たちのやり方を慨嘆したがるな……姉が弟を愛玩するのは当然至極のことだろう?」
「ふふ、衣も何時までそんな強がりを言っていられることやら……」
そして、始まるは、軽い言い合い。地味に、京太郎の姉貴分として自認している二人は、意地の張り合いを行ったりもする。今回は、保護のあり方の問題での衝突。
また、最近京太郎を少し男性として見始めている透華は、どうせいつかは彼にハマるのだろう初心な衣を笑いもしていた。
そんな風にして、しばしつんけんと、二人はじゃれ合いを続け。
「衣姉さんも透華さんも、仲がいいな」
二人に蚊帳の外にされた京太郎は一人、そんな風にのほほんと呟くのだった。
「キョウタロー……」
「どうしたんだ衣姉さん。今日はなんだか元気がないみたいだ」
それは先から随分経った夜分に差し掛かる頃、須賀家の門前。
清澄の高校へと進学し、入ったばかりの部の活動に励んだ後の疲れを見せないように元気を出して出迎える京太郎の前に、衣はどうにも消沈していた。
どうかしたのかと思う京太郎に答えずに、衣は小さな口を開く。
「キョウタローは、麻雀を始めたのだそうだな」
「ああ。高校の麻雀部に入ったんだ。前から智紀さんに衣姉さんが麻雀得意だって聞いて、やってみたいなって思ってたんだけどさ、これまでずっとハンドに専念してたのもあってやってなかったんだ。でも止めた今ならはじめるには丁度いいかなって思ってさ」
「そうか……智紀……口外しては駄目だと言ったのに」
気軽に話す京太郎に対して、衣の気持ちは重い。
天江衣は、その異能ばかりでプロにも勝る雀士である。また、去年のインターハイで散々に対戦相手を蹴散らした経験のある衣は、全国まで広がった己の悪名の高さを自負していた。
男女の違いはあれども、それでも競技をやっていく中で有名選手を耳にするのは自然。そうして、自分の異形なまでの力量を知った京太郎が目の色を変えてしまわないかと、衣は恐れるのだった。
やがて、話は衣の嫌な方向へと移っていく。
「いや、やってみたら楽しくて、嵌っちゃったんだ。なあ、衣姉さんは強いんだろ? ちょっと後で一緒に……」
「駄目だ!」
思わず、衣は悲鳴を放つように拒絶した。
感覚に麻雀を打たされている衣に上手い手加減など出来ない。一度同じ卓に着いてしまえば持ち前のオカルトがバレてしまうのは明らかだった。
恐れに、つい衣は隠してきた威を露わにしてしまう。その必死と風すら覚える圧に、京太郎も些かならず驚く。
「あ……っと」
「う。ち、違うんだキョウタロー。これはキョウタローと一緒に麻雀をするのが嫌というわけじゃなくて……」
慌てる衣。カチューシャをぴょんぴょんさせて、弟の心証を心配する彼女を見つめた京太郎ははたして。
ただ、衣姉さんはやっぱり凄いな、と思うのだった。彼は、頷く。
「いや、分かったよ」
「……分かってくれたのか?」
「ああ。何だか衣姉さんは俺と麻雀をしたら怖がられるかもしれないって感じてるんだな。なら、なおのこと打ちたいな」
「キョウタロー?」
相手の言っていることが、分からない。そんな風に不明に首を左右に動かしている衣は、先にとんでもない圧力を放った存在と同じにはとても見えない。
よく衣の口からついて出る難語に首を傾げていた幼き日の自分もこんな感じだったのかな、と思いながら京太郎は微笑んで、言うのだった。
「俺は衣姉さんの全ては知らないのかもしれない。けれど、それでも……いやそれだけで充分に、俺は凄い姉さんだって知ってるから」
「……あ」
「だから……衣姉さんは、そんなに怖がらなくていいんだよ。たとえ理解者になれなくったって、きっと俺はずっと衣姉さんのことが大好きだから」
だから、と。京太郎は一歩踏み出す。そして、震える少女の手を、優しく取るのだった。
思わず、ぽろり。落涙させた衣は視界を滲ませ、零す。
「ああ――――鬼胎なんて蒙昧こそが抱くものと思っていたが……いや、衣こそ認識が胡乱だった」
恐れを知らない、恐ろしいもの。自分がそうであると衣は思い込みたかった。だが、当然ながらそんなことはない。
彼女はただの、姉ぶりたい、少女で。更に少しばかり、牌に愛されてしまっただけにすぎない。
「ああ」
けれども、そんな少しこそ、他と断絶を生むもの。衣は彼の優しい手から、そっと離れた。
「衣は、尾生の信を信じたい」
京太郎が、抱く信頼。それは匹夫の勇ですらない、夢物語のような一途。
しかし、その無垢な思いを、衣は。
「キョウタローの気持ちを、裏切れるはずがない――!」
そして、きっ、と。睨みつけるようになるくらいに目の前の男の子の勇気を認めて。
「ハギヨシ」
「衣様……」
「車中のトーカと歩を呼んできてくれ」
「……かしこまりました」
暗中へと向いた衣は呼び声に応じ側に魔法のように現れた男性――ハギヨシという執事――に短くそう告げる。
そして、疾くその場から消えたハギヨシを確認してから、再び京太郎の方へと向き直った。
「キョウタロー」
「ぐっ……衣姉さん……」
姉の仮面を捨て去り鬼気溢れさせた彼女は、人間の域を越えている分だけの重みを放つ。威圧というには過分すぎるそれに、存外敏な京太郎が両足に力を込めて必死に抵抗していると。
「雀躍するがいい。お前の望み通り――――今宵、衣はお前に悪鬼羅刹を見せよう」
「ぐ……」
返事もできず、ただ息を吸うために京太郎は仰ぐかのように空を見た。しかし、明らかな格上に対する緊張にろくろく呼気も出来ず、ただ、円かな輝きばかりを見つける。
そう、何時かの落書きのように、月は丸かった。京太郎は何となく、水月の会話の下りの理由を察する。なるほど、姉は確かに穎脱――才能が群を抜いて優れる――だった。これは、とても敵いそうにない。かもしたら怖くすらあるかもしれなかった。
「……はは」
ただ、やっぱり彼女と一緒で見る月は間違いなく。それはそれは、とても綺麗なものだったのだ。
少年は改めて自分を鼓舞するために拳を強く、握った。
その日行われた半荘は激しく、濃密なものになる。暴威は卓の上で存分に発揮されて、京太郎をいたぶった。
しかし、それは誰にとっても意外な結末になったのである。
「ツモ……」
「なっ」
方や対戦相手、方や自分。
そして、彼が崩れ落ちる前に浮かべた優しい笑みは、衣を心より安堵させる。
またそれは、衣が京太郎への好きを姉弟のものとしては抱ききれなくなる、そんなはじめの出来事でもあった。
「キョウタロー! 大好きだ!」
「衣姉さん……」
「むっ、もう衣を姉と呼ぶな!」
「はは……わかりました」
たとえその手に水底の月は掬えても、輝く空の月までは掴めない。
けれどもだからこそ、二人で見上げる満月は、何時までも綺麗なままだった。
次のカップリングは誰がいいでしょうか?
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京久
-
京ネリー
-
京咲
-
京恭
-
ヤンデレ