今回一位の真屋由暉子さんのお話を書かせていただきましたが……何かまた筆が乗って少し多めに。どの話も同じくらいに、というのは難しいですねー。
相変わらずどきどきですが、読んで頂けると嬉しいです!
雪深い長野から北海道に越してきて、先頃厳しい冬を経験したばかりの京太郎にとって、自己紹介で聞いた
後で小さな彼女から聞いたその名前の漢字が、雪ではなく由暉という少し難しいものだったことには驚いたが、最初に受けた親近感はそう簡単には消えやしない。
京太郎が真屋由暉子のことを気にするようになったのは、そんなたあいのないような理由からだった。
「ゆきこ、ユキでいいか? 折角同じクラスになったんだから、仲良くしようぜ」
「はい……分かりました」
そして、故にこそ何の他意もなく、少年は少女の手を取る。ただ友達になりたい相手を見つけたばかりの彼の笑顔は、思わず微笑み返したくなるくらいに朗らかで。だからこそ、珍しくも素直に彼女は笑んだ。
白雪のように無垢な彼女。魔法がかかる前のシンデレラ。由暉子は、柔らかな陽光のような京太郎相手だからこそずっと離れずにいたのかもしれない。
重ね重ねの雲の下、喧騒の音も遠く。放課後の開放感もどこへやら。つまらない仕事――当番だった少女に由暉子が押し付けられた掃除の手伝い――をこなした京太郎には妙に疲労が張り付いていた。
主たるものは徒労感、といったところだろうか。ここ最近ずっと、放課後にクラス替えで会う時間が減った友達が一人掃除をさせられていると聞いた京太郎は一計を案じていた。
そして放課後、ハンドボール部のエース権限のようなものを行使して部活を何とか抜けて様子を見に来たところ、そこには鼻歌交じりに箒を動かす由暉子の姿が。
彼女が虐められているのでは、と思っていた京太郎は、ぱたぱたとこちらに駆けてくる由暉子の上機嫌にがっくりとしたものだった。
今も、下校のために校舎を共に歩く京太郎に、由暉子は笑顔にはならない程度の喜びを浮かべながら礼をする。
「先程は、どうもありがとうございます」
「……なんかユキ。お前って安請け合いするよな」
「そうでしょうか?」
危うげな自分を認められずに首を傾げる由暉子に、京太郎は苦笑い。どうにも彼女は変わっていると思っていたが、そろそろこれは拙いなと彼も感じる。
京太郎が一人では大変だろうと申し出た掃除の手伝いを受け容れさえしたが、聞くに由暉子は自分がいいように掃除を押し付けられたことにも気づかず、むしろ頼りにされているのだと勘違いしていた。
由暉子が、私はとっても掃除が上手らしいんです、と大きな胸をぶるんと張って自慢する頼りなさげな姿に、さてどうしようかと京太郎は考える。
顎に手を当てて、しばし。そうして由暉子が見上げる首を疲れさせはじめた頃合いに、よしと彼は決意してから、言った。
「なあユキ。これから俺も掃除、手伝うようにしていいか?」
「それは、京太郎くんが大変じゃ……」
「なに、今日手伝ったみたいにさ。実は俺、掃除好きだったりするんだよ。ユキが掃除頼まれたときだけ呼びに来てくれたらいいからさ……頼む」
「……そうですか。ええ、そんなに私に
「ああ……」
彼女のための、てきとうな嘘を吐いてお願いだと手を合わせる京太郎に、少しの考慮のポーズの後に由暉子は首を縦に振る。案の定受け容れた彼女に、彼の笑顔は凍った。
自信という自分の軸になるようなものを持たない由暉子は、頼まれたからには断れない。そして、彼女は自分を頼りにしてくれるならば誰でもいいのだった。それこそ、友達を自負していた京太郎でなくても。
そんな捨て鉢その無垢に、冷たさすら覚えた京太郎は。しかしだからこそ。
「ったく」
「わ」
遠慮なしに、彼女の髪をかき回すのだった。由暉子の茶色い長髪は、気持ちと一緒に乱れる。
「今日は一緒に帰るぞ」
しばらく少女の頭部で遊んでから京太郎はそのまま歩んで先んじ、髪型を雑に手ぐしで直そうとしている由暉子を見ないままに、言う。
弄られた理由もハンド部をサボる理由もいったい訳がわからず、由暉子は首を傾げた。
「京太郎くん……部活は良いんですか?」
「良いんだよ」
しかし、京太郎は断言する。そして、ようやく振り向いて、彼は続けるのだった。
「俺はユキと一緒に帰りたいんだ」
「そう、ですか……」
酷く、真剣に向けられた少年の視線に、少女は惑う。ただどうしてだか、私なんかと一緒でいいのですか、とは言えずに。
由暉子は胸が強く締め付けられるような心地ばかりを覚えた。
「なにしてんだ。置いてくぞ、ユキ」
「待ってください、京太郎くん! ……それでは、すみません」
隣のクラスからやってきた京太郎に呼ばれ、慌てて頼まれごとを断り帰り支度をする由暉子。
放課後の恒例となりつつあるそんな構図は、京太郎が大好きだったはずのハンドボール部を辞めて直ぐからずっと続いていた。
「お待たせしました」
「じゃ、帰るか」
「はい」
そして、そのまま二人、並んで帰り路を行くのも、もはや自然の流れのようで。
彼彼女を知る多くの思春期の男女達は、二人の関係を噂した。曰く、彼氏彼女の仲に違いない、と。
だが、由暉子の世話をしているつもりの京太郎に、そんな気は更々なかった。デリカシーなど考えもせず、彼は問う。
「今日、身体測定あったな。ユキはちょっと身長伸びてたか?」
「いいえ。ですが、体重は二キロほど増えていました」
「そうか……」
普通の女子なら嫌がる体重増加を何故か自慢気に語る由暉子を、京太郎は今日も残念なものを見る目で眺める。二キロ増量したのだろう目立つ胸部の張られっぷりもついでに。
そう、その愛らしい姿のまま、由暉子は段々と大きなおもちもちへと変わっていたが、丸みを増した全体に、しかし京太郎はあまり鼻の下を伸ばさなかった。
それもそのはず、背をとうに追い越して後、由暉子の危なっかしさばかりを知っていた京太郎にとって、普通なら喜ばしいはずのその性徴だって、彼女の足下をふらつかせる重しがどんどん増してきているようにすら見えていたのだ。
どきどきせずに、はらはらする。それくらいには、京太郎にとって由暉子は庇護対象。何時ものポニーテールが子犬の尻尾にすら思えるほどに、彼は彼女のことを心配していた。
しかしだからこそ、由暉子が自分をどう見ているのか気づかなかったのかもしれない。眼鏡の位置を整えながらしれっと、彼女は言う。
「そういえば、京太郎くんって格好いいのですか?」
「ユキ……急にどうしたんだ?」
「いえ、クラスメートの女の子がそんなことを言っていましたので」
「……なんか、肝心なことをユキが言っていないような気がするな。どんなシチュエーションでそんな話を聞いたんだ?」
「ええと、確かどうして私なんかが京太郎くんと一緒に居るんだ、って怒られた時に言われたのだと思います」
「困った奴もいるもんだ……ユキはどう言い返した?」
「特には言い返しませんでしたけれど、そういえば私と京太郎くんが一緒なのは当たり前です、と言ったら静かにはなりましたね」
「なるほどな……」
京太郎は由暉子の言葉について、少し考える。
由暉子にかかりきりになってから減ったが、京太郎は女子からの告白を何度も経験していた。それを
その経験と由暉子の話を思うに、何時も帰りを共にしている彼女に対して京太郎に未だ気を持つ女子がちょっかいをかけた、というのは殆ど間違いないように思えた。
そして、あまり多弁な方ではない由暉子が、京太郎に頼まれた――名目に過ぎないが――懐いているペットのカピバラの世話を一緒にするために一緒に帰っているという全ての理由を語らなかったこと、そしてそれによって起きただろう勘違いにも察しが付く。
明日なんてクラスメートに囃し立てられるだろうな、とげっそりし始めた京太郎。しかし、そんなこと知らずに、一本おさげを揺らしながら由暉子は再び問う。
「それで、やっぱり京太郎くんって格好いいのですか?」
「珍しく気にしているな……ん、やっぱり?」
「ええ。私は京太郎くんのことをずっと格好良いと思っていました。でも、皆私のセンスはおかしいと揃って口にするので、あまり自信がなかったのです」
「……ちなみに、俺のどんなところがユキには格好良く見えたんだ?」
「ぴかぴかの金髪とか、群を抜いて大きいところとか、ちょっと外れた感じが格好良く見えていました」
「……まあ、ユキのセンスから言うと、気にするのはそこら辺だとは思ってたが」
対抗しているのか背伸びしてくる由暉子を珍妙なものとして見つめながら、京太郎は溜息を呑み込む。
そして先に少しどきりとしたのも、それが気の迷いであったのは間違いないと、彼は確信するのだった。
しかし、そんな少年の内心など知らず、何時かのように微笑みながら由暉子は言う。
そう、曲がりなりにも、よくわからないけれども彼は自分のことを助けようとし続けているのだと彼女は知っていたから。だから、見上げるのだ。
「あと、とても優しいところです。特に私を何時も助けてくれるところとか、ヒーローみたいでとても格好いいです」
「……なんかこそばゆいな、ったく」
「わっ」
しかし、京太郎はそっぽを向いて、手近な頭にその大きな掌を置く。
驚く由暉子。そして、前のように激しく動かすでもなく、彼は優しく漉くようにその手を動かすのだった。
「ユキはそう言ってくれるが、俺は本物のヒーローじゃないんだからな。何時でも何でもしてやれはしないから、なるべく余計なものを背負い込まないように気をつけるんだぞ?」
「でも……私は誰かのために……」
「はぁ」
思わず、といった体で言葉をこぼす由暉子に、とうとう京太郎は溜息。
嘆息にびくり、としてしまう由暉子。彼女は、何故か彼にだけは見捨てられるのが、嫌だった。
しかし、向き直った京太郎は、由暉子からその真剣な瞳を決して逸らしはしない。怖がる彼女に優しく、彼は語る。
「俺は、ユキが好きだ」
「え?」
「好きだから、ためにならなかろうが何だろうが、一緒にいる」
とても柔らかな言葉。そこに籠められた想いの深さを感じて、由暉子は胸をときめかせる。
格好いい、大好きな彼。自分なんかじゃ到底届かないと思っていた、そんな京太郎がこんなに思いを寄せてくれていたなんて。
嬉しい。けれどもそれ以上に身体が爆発しそうなくらいにドキドキしている。
足がふわふわして、視界が潤む。しかし、彼は口を閉じてくれない。今で既に腰が砕けてしまいそうなくらいの心地なのに、もしこれ以上があったなら。
怖い、けれども聞きたい。彼の本心を。由暉子は、自分の紅潮を自覚する。
そして、京太郎は続きを言う。
「だって友達、ってそういうものだろ?」
「友達……」
しかしその言葉はとても、痛かった。
だから彼女は。
「なら私は――」
誰のためでもない、自分のための
「もっと、あなたに好きになって欲しいです」
そして
そんなこんながあった後。しかし由暉子の任され癖は中々直らずに、とある高校の彼女達に見つかって。
すったもんだの末に彼女は大いに見目を変え、京太郎を驚かすことになる。
「京太郎くん」
「おぉ……ユキ、随分と変わったな」
「可愛いですか?」
「まあ、それはなあ……」
「ふっふっふ。お前がユキのヒーローか?」
「……そういうあなたたちは、ユキの何なんです?」
「ええと……そういえば、私達ってどういう関係だって言えばいいのかしら? お友達?」
「あっちがヒーローなら、悪役じゃね? ふふふ……私は秘密結社、えーっと……有珠山! の獅子原爽だ!」
「いやいや秘密結社とか格好つけてるつもりかもしんないけどさ……爽、それはだせーって」
「すてきじゃありません……」
「いいえ、結社とか、とっても格好いいです!」
「ユキ……はぁ。制服から分かっていましたけれど、先輩たちはやっぱり有珠山高校の人たちでしたか……」
「……なんか押しかけちゃってごめんね?」
先輩女子たちの中で目を輝かせる新装の由暉子に苦笑しながら、何となく苦労性そうな少女――誓子――はそう言う。
しかし、京太郎は笑顔でこう返すのだった。
「いえ、彼女をこんなに可愛くしてくれて、感謝しかありませんよ」
「京太郎くん……」
「あら」
「すてきです!」
「んだよ、甘すぎんだろ、こんちくしょー!」
「誰だよユキをヒロインらしくウエディングドレス調にしろって注文付けたの……そのせいで何かいちゃいちゃの破壊力凄いじゃんか……って、それ言ったの私だった! がく……」
「爽……やっぱり悪は栄えないものね……安らかに眠りなさい」
「おぉっ、チカの膝枕いただきー」
「おい爽にチカセン、便乗していちゃつくなって!」
「すてきじゃありません……」
「ふふ……」
そうしてこの後、京太郎と由暉子の周囲は先輩たちを交えて、実に騒がしくなる。
しかし、その中心で繋ぎあった手は、ずっと繋がれたままだった。
次のカップリングは誰がいいでしょうか?
-
京久
-
京衣
-
京咲
-
京恭
-
ヤンデレ