今回抜け出たはやりさんですが、実は他所で以前お題を貰っていまして……それが題名のようになっていました。
それを上手く消化できていればいいのですがー。
皆様に少しでも楽しんで頂けたら幸いです!
いち足すいちは、に。そんなものは、子供だって出来る計算だ。
そして、たとえば麻雀の点数計算どころか牌効率すらそらで導ける人間にとって、ひとけた同士の暗算なんて簡単過ぎるものである。
それを思えば恋愛の押し引きなんて、普通に考えればお手の物のはず。
でも、誰だって間違えることはあった。
「京太郎くん! こんにちはっ、はやりだよ☆」
「うぉっ、は、はやりさん……こんにちは」
「もうっ、さん付けなんてしなくていいのにっ。はやりと京太郎くんの仲じゃない」
「そ、それはそうですけれど……」
須賀京太郎は、干支一回り年上とは思えないほどの愛らしさの牌のお姉さんを相手に、戸惑う。ほにゃりとした笑みが、屈託なく少年の近くで輝いた。
彼女、瑞原はやりはハートビーツ大宮所属のプロ雀士でもある。そんなはやりはしかし今はオフ。せりあがった迫力のある自らの胸元を気にせず、彼女は私服としてぴっちりとしたセーターを着込んでいた。
思わず、京太郎ははやりのおもちに目を引かれてしまう。それは彼が高校一年生の男子で思春期まっさかりということもあるが、そもそも彼は大の大きなおもち好き。
ごくり、と京太郎が生唾呑み込んだことも知らずに、むしろ視線が合わないことに驚いたはやりはまくし立てる。
「ど、どうしたの、京太郎くん! 目を逸らしてひょっとして、はやりのこと嫌いになっちゃった?」
「そんなことはありませんっ! 俺ははやりさんのことがその……大好きですよ」
「ううっ……声がちっちゃい……はやりが無理やり言いたくないこと言わせちゃったかな……ごめんね」
「いや、本当に俺ははやりさんのことが大好きですって! ただ、場所が……」
「場所?」
京太郎の姿しか目に入っていないはやりは、よくわからないと首を傾げた。
だがしかし、彼女が今彼の側にて愛らしさを表しているその場は清澄高校の校門前だったりする。
学校に通い慣れてもはや安心すら覚え出すほどに馴染んだ秋の頃の下校最中に、唐突な有名人の突撃。目が覚めるような驚きに湧く周囲に恥ずかしさを覚えながらも、京太郎は叫ぶように言った。
「通ってる高校の前で年上の彼女に好きって叫ぶのは、男子高校生にはハードル高すぎですって!」
「彼女……私が京太郎くんの……はやっ!」
そして、そんなひどく勇気の要った言に、はやりは顔を朱に染める。スカートをぎゅっと握りしめる頬をりんごのように赤くした、愛らしさの塊のような28歳。
京太郎はどこかくらりとする感覚を覚えながらも、周囲に集まる人が増えてきたことに焦る。
これ、下手したら清澄麻雀部が団体優勝後の凱旋時に近い集いっぷりじゃあと、無遠慮な視線を嫌がる彼は彼女の手を取る。
あ、という小さな声を聞いて胸をさらにぐらつかせながら、京太郎は、はやりに向けて言った。
「とにかく、ここを離れましょう! はやりさんの車はどこですか?」
「そ、そうだね……うん。こっち!」
そして、人垣をすり抜けて行く、二人。どこで知り合ったんだよ、と男子たちに小突かれながら、京太郎はこれはこの場を去っても明日以降が面倒そうだと心から思う。
やがてはやりと京太郎はうるさいその場を去っていき。
あとに残るのは喧騒と、そして。
「え、彼女って、えっ? 京ちゃん?」
「あんなおばけおっぱいさんが敵なんてなんてこった、だじぇ……和ちゃん?」
「京太郎君……あれ、どうしてでしょうね。何だか胸の奥が痛いです」
一緒に帰ろうと揃って声をかける寸前での乱入者に固まらざるをえなかった恋慕不揃いな三人娘の悲哀ばかりだった。
軋んだ歯車の音色に、そうそう気づける人間なんてない。それが、たとえ自分の胸元で起きている悲鳴であったとしても。
自分は上手にやれている、とはやりは思っていた。順調この上ない、麻雀での戦績。そして、楽しくてたまらない牌のお姉さんの仕事。
勿論、ただ幸せを享受しているばかりであっては、叩かれるのもこの世の常。妬まれるのは、最小限にしておきたいもの。だが、聡明なはやりは、角を立てないように立ち回ることだって得意だった。
笑顔で、罵言を受け止めず。見当外れな言葉に、真剣に頷いた。そして、時にファンに嫌われることだって、仕方ないとする。
そんな大人な対応に、疲れていたことに気づかなかったのは、どうしてか。
それは、彼女が人を楽しませて元気にする人になろうと、ずっと頑張り続けていたからだったのかもしれない。
「あはは。真深さんが昔言ってた通りだね……差し入れってちょっと怖いや」
人差し指の腹で、血が丸くぷくりと大きくなる。やがて、それは一筋の流れとなって伝わっていった。呆然と、瑞原はやりはそれを見送る。
小さな子どもが渡してきた、手紙。その中にまさかカッターナイフの刃が仕込まれていたなんて、流石のはやりも思わなかった。
これは、あの少女の悪意か、はたまたその親のものか。とりあえず、こんなの落ちていたら危ないな、とはやりは血を拭ったハンカチにて落ちた刃を拾う。そして、白紙の手紙の上にその鋭い尖りを置くのだった。
「……そういえば、次の収録は後少しだけど……どうしようかな……」
独り言つ、はやり。次の収録、インターハイ個人戦の実況を前に、彼女は少し悩む。
マネージャーが用意してくれた休み時間は、残り30分もない。ここから外出して絆創膏を買ってくるのには少し時間の余裕がない気もする。ただ、血は止まったとはいえ、傷が見えるままカメラの前に出るのはどうかという気持ちがあった。
「困ったなぁ……」
はやりは溜息を、呑み込む。本当なら、実況前に可愛らしいファンからのメッセージを読んで気合を入れようかと思っていたのに、このざま。正直に、泣きたいような心地である。
「でも、頑張らないとね☆」
けれども、こんな悪意に負けていては、皆を元気にさせるなんて夢のまた夢と、思う。だからはやりは上手に笑顔を作って、軽い変装をしてから東京の街中に飛び出した。
「コンビニは……あった」
トレードマークの髪飾りを外して髪を下ろして。暗めの衣装でサングラスをかけたはやりは、それでも美人が故にそこそこに人目を引いた。
だが、これくらいはコンサート会場に比べたら大したものではなく、気にするまでもない。
そのままコンビニへと入り、絆創膏を購入。可愛いのがあって良かった、とどこかほくほくとするはやりに今度は。
「はや……ガム、踏んじゃった」
足元の粘りによって気分は急降下。私物の靴をすっかりべたべたにさせて困ってしまったはやり。
踏んだり蹴ったりだな、と自嘲したくなるところを堪えて、ポケットティッシュで少しでも取ろうとしたところ。
「あー……すみません。お節介かもしれませんが、よければガムのとり方知っていますので、お教えしましょうか?」
「はや?」
はやりは、自分を遠巻きにしている人々から視線を動かし近くの声の主の背の高さを見上げ、目を点に。そしてその柔和な表情を覗き、お節介な彼の年若さにびっくりするのだった。
「ありがとう☆ まさかレシートを使ったらあんなに簡単にガムが取れるなんて思わなかったなー」
「いえ。又聞きしたことがお役に立てたらなら、嬉しいです」
丁度手持ちのレシートを数度踏んづけただけで、ガムは綺麗に剥がれ落ち、その情報を教えて紳士にも待ってくれていた男子にはやりはお礼を言う。
胸元をちょろちょろと見ていたのはまあ仕方ないとして、中々この優しさはポイントが高いな、と彼女は思う。そして格好いいしこれは大人になったらモテるだろうな、とも考えた。
だが、まだまだ年の頃は若い。自分が若くないとは言いたくはないが、それでも異性として気になるような年ではない。相手もそうだろうと、はやりは再び笑顔を作ってから別れようとした。
「本当にありがとう! それじゃあ……」
「あの……本当にすみません。最後にひとつだけ」
「ん? 何かな☆」
そして、はやり笑んでは物言いたげな彼に耳を傾ける。青年と少年の中間の彼は、彼女のそんな綺麗な面に複雑な思いを持つ。
彼は何時かハンドボールができなくなって辛い時に、むしろ明るくしていた、それを幼馴染に咎められたことがある。そして、そんな注意が彼にとってどれだけ嬉しかったことか。
だから、そんな当時の己を鏡で見た時のような感を受けた京太郎は、ボロが出るほど使い込んだ笑顔を纏ったはやりに一言告げたくなってしまったのだった。
「あの。そんなに頑張らなくてもいいと、思いますよ」
「はやー……」
ぽかん、と。そこではじめて、素の表情になってはやりは京太郎を見た。
あれ。どうして。なんで。あたりまえの言葉がこんなにもありがたい。それはつまり、本当に自分が頑張りすぎていたということで。そんなの、どうして見ず知らずの人が分かってくれたのだろう。
でも、だからこそ、泣きたくなる。そして、歪んだ視界の中で彼の照れくささを誤魔化しているようなそんな彼の幼気な表情すらどこか愛らしい、と改めて彼女は思う。
どきり、と胸は痛いくらいに高く鳴る。遅くも初恋は、動き出した。
「ねえ……君の連絡先、教えてくれない?」
「へ?」
そして、二目で惚れたはやりは、京太郎に猛アタックして。
紆余曲折の後に、二人は付き合うことになったのだった。
彼女は、また己が脇目も振らずに頑張ってしまっていることを知らずに。彼はそんな彼女にやきもきするのである。
「京太郎くんのお家に到着☆ ここに停めておいて大丈夫?」
「ありがとうございます。家は無駄に土地持ちなので、どこでも平気ですよ」
「カピバラちゃんも飼ってるものね☆ お大臣さんだー」
「その割には、小遣いは普通なんですけどね……」
「あはは☆ ……ねえ、京太郎くんって本当はどのくらいお小遣い欲しかったりするの?」
「言いませんよ! 下手に欲しい額を言ったらその倍くらいのお金を送ってくるつもりでしょう!」
「はやっ、バレちゃった!」
「そりゃあ、はやりさんには前科がありますから……」
可愛らしい色に工夫が凝らされたはやりの愛車から降り、須賀家の敷地でわいわいと。
学校から彼女に乗せられて車で帰宅した京太郎と、彼女ことはやりは喋っていた。苦い笑みを浮かべる彼に反して、彼女は心底楽しい笑顔を浮かべている。
そのことを、良いとも悪いとも京太郎は感じるのだった。
「前に麻雀の勉強をしたいな、って零したら凄かったですよね……麻雀の本に牌譜が翌日には大量に。俺にはちょっと凄すぎる内容のそれだけで猫に小判なのに……その後すぐにプロの仲間を呼んでくるとは思いませんでしたよ」
「あ、あれはね。その……良かれと思って、ね☆」
「無理やり連れてこられた小鍛冶プロ、半泣きでしたよ……いや、咲がとんだ瞬間を見れたとか得難い経験でしたけれど。でも何時もの三倍速でとばされる、なんて経験は出来れば積みたくなかったですね……」
「はややっ……」
健夜にはやりに咲。日本最強クラスの麻雀打ち達とマイナス能力持ちが卓を囲むという、ちょっとした罰ゲームのような体験を思い出し、煤ける京太郎。
そんな彼を見て、はやりはあわわと口を押さえる。でもそれも仕方ない、と思っているのが彼女の困ったところ。いや、むしろもっとしてあげないと、と思ってしまうあたりが空恐ろしくすらあるのだろうか。
そう、はやりは京太郎と居て至極楽しそうではあるが、少し彼のために頑張りすぎているようなきらいがあった。それこそ、自分へ向いている愛が理解できていないかのように。
何となく、その理由を察して、京太郎は言う。
「そんなことしなくても、俺は逃げないですし……ちゃんと、はやりさんを愛してますって」
「でも……」
「だって、頑張らないはやりさんも、俺は大好きですから」
「っ!」
はやりに向けられるのは、満面の笑顔。それを受け取った彼女の胸元は早鐘を打つ。
そう、京太郎の前では頑張りすぎないでいいと、はやりは知って分かって、それを心から喜んでいる。
だがしかし、彼女は頑張らない自分なんて愛されるべきではないと思いこんでいるから困ったもの。
故に、素をさらけ出せる彼に、愛されていないなんていう勘違いが起きてしまうのだ。そして、愛を過剰にぶつけてしまう。子が親にじゃれつくように。
「はやりさん」
「……な、なに?」
だから、親が子供を安心させる行いを自分もならってみようかな、と京太郎は思った。
一歩近寄って、びくりとするはやりに向かって、さらに一歩。
「愛してます」
「はややっ☆」
彼女を抱きしめた。
ぜろになにを足してもぜろ。そんなことはない。
彼の想いは確かにあって、セーター越しに感じるこの熱がその証拠。
はやりはようやく、そんなあたりまえを理解できたようだった。
次のカップリングは誰がいいでしょうか?
-
京キャプ
-
京和
-
京咲
-
京恭
-
ヤンデレ