戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜 作:円小夜 歌多那
「だがこうするしか、なかったんだ……」
何度も何度も水音を立てて、ようやく彼は真実を語ることを決めてくれました。
「もう10年以上も前の、まだ私がデュノア社を父から引き継ぐ前の話だ。私と今の妻、そしてシャルロットの母は親友で、そして私たちはお互いに愛し合っていた」
彼らの関係を知らない今の社員はシャルロットを『愛人の子』と呼び蔑んでいましたが、やはり本当はそうではなかったのですね。
彼と妻、彼と彼女、そして妻と彼女。当時の彼らはお互いが好きで好きで、大切な一つの家族だったそうです。
ですが当時の社長、つまり彼の父親がそれを認めなかった。一夫多妻制をフランスが認められていないというのもありますが、その人は彼に、どちらか一人を決めもう一人を捨てろ、と命じた。
「勿論、私も猛反発したよ。デュノアの性を捨てる覚悟もあった。でもね、彼女たちはそうじゃなかった」
「私たちはこの人にデュノアの社長という栄誉を私たちの我が儘で捨てて欲しくなかった。この人のために生きようって誓っていたから私もあの子も身を引こうとしたの。本当なら私が引くべきだったのにね……。あの子は私よりもよっぽど頑固者で、折れちゃいけなかったのに私が先に折れてしまった!」
メイクが崩れるのも忘れて妻は泣き崩れた。二人とも知らなかったのだ、彼女がシャルロットを身籠もっていたことを。
「私たちがシャルロットを知ったのは、彼女が倒れたという風の便りを耳にした時だったよ。でもその時にはもう手遅れだった。彼女の体は医者でもどうしようもないほどに酷使されていて、手の施しようが無かった。私たちは、彼女に、シャルロットを立派に育てるための代償を一人で払わせてしまったんだ!」
本来ならば、それは自分達が支払わなければならない役目だったと、彼らは嘆いた。自分が情けなかったせいで、大切な人を一人きりにさせてしまい、さらに自分達の娘でもある子を一人で育てさせることになってしまったと。
「資金面での支えだけでもしたかった!」
机に拳を叩き付けて、彼は叫んだ。当時から落ち目にあった会社の社長だったとしても、彼女を助けるためなら、金を捻り出すために頭を下げることも地べたを這いずることでさえも、彼らにとって些細なことと言えた。
「だから私たちは、彼女に出来なかった分の全てをシャルロットにしようと誓った」
「それが、彼女を向こうへ送ることですか」
彼らの過去を考えると意味がわからないかもしれない。だが、彼を取り巻く環境を知るとそれは一変する。
「ああ、その通りだよ。本当ならあの子を引き取らず何処かもっと良い人たちの元で暮らして欲しかった。けれど私が不甲斐ないせいで、沢山の犯罪に手を染めてしまったこんな下らない会社に招くことになってしまったんだ。こんな場所に彼女を置いておきたくは無かったというのに」
地下で行われていた行為が表沙汰になったとき、シャルロットがデュノア社を好きでいたらどうなっていたか。
考えるまでもありませんね。響の直感も認める『優しい』心をしたあの子なら、迷うこと無く悪事に手を染めることでしょう。そうなればあの子も犯罪者として投獄されることになります。
だから彼らはシャルロットに辛く当たった、デュノアを嫌うようにするために。
「そしてIS学園にはミス・織斑のような良き人たちが沢山いてくれる。もし何かあったとしても彼女たちなら任せられる、そう思ったんだ。それに……」
「それに、自分達を悪の温床として死ぬことで、あの子は女性であることを否定されてIS学園に無理矢理いれられた悲劇の少女として、偽称の罪に問われることはなくなる。……ですね?」
「ああ。本当に情けないよ。こんなことしか、シャルロットのためにしてやれないなんて……」
「今日、私はここにこれて良かった」
「……ハハ、酷いね。君は」
不謹慎だとはわかっていても彼らにそう言わせてもらう。
「いえ、そうではありません。私はただ貴方の真意を知ることができたことが嬉しいんです。誰かを想う尊いものを垣間見ることができて幸せなんです。これで心置きなく、咎人を討つことができます」
「何を言って……?」
「貴方方の想いを踏みにじった者を私は許さない。平和を蝕むものは私が必ず排除する」
私は鎌を下ろし静かにその場を去……、ああそうだ。二人には悪いですが最後に爆弾を置いていくことにしましょう。
「良かったですね。シャルロットさん」
「「……えっ?」」
通信機を見せびらかしながら、備え付けのテレビの電源に触れて今度こそ私はその場を後にした。
知らないうちに目から涙が零れ落ちていた。ずっと嫌われているんだと思っていた。愛人から生まれた邪魔な子なんだと思っていた……。
『大切な娘に嫌われたまま死にたい親が何処にいる!!』
でも、そうじゃなかった…………!
初めて聞いた、あの人の荒ぶった声。それは僕を大切な娘だと言いたいという悲痛な叫びだった。
「そ、そんな!? どういうことだ!?」
もう、恐怖なんて無かった。これからがどうなってしまうかわからないけど、あの人たちが愛してくれているんだと思うと、
「つ、作り物だ、作り物に決まってる!」
どうして桐生君がそんなに動揺するのかはわからないけど、でも僕はあれ偽物なんかじゃないと言い切れた。
静寂なスピーカーから漏れて聞こえてきたのが、本来なら聞こえてきてはいけない、たった今している僕達の試合の解説者の慌てている声だったこと。そして何より、あの人たちと会話しているのが、あの正体不明神出鬼没の黒き武人、死神だったこと。
「そ、そう作り物だ! 我が社を陥れるために誰かが仕組んだ悪戯だ! 誰だこんなマネをした奴は!」
客席から非難の声が……。ハイパーセンサーを通して捜すとデュノア社の重鎮、ブランシャールが醜く喚き散らしている姿を見付けた。それだけで、あの人たちがこんなことをしなければならなくなってしまった原因がわかってしまった。
でもそれは後だ。僕が直接問い詰める。それよりも、今は目の前の、一夏の頼みを叶えたい!
「ッ!? グッ!」
「一夏」
「シャル……」
「ごめん。僕はもう大丈夫。桐生君は僕に任せて」
「……ああ! 頼む!!」
一夏が羽撃ち、僕たち二人が取り残された。
「ま……また、イレギュラー、だ……と!?」
アリーナの巨大モニタに目を向ける。……やっぱりだ。彼のIS『ZGMF-X10A フリーダム』のシールドエネルギーが減っていない。
「(ブースターの操作をセミオートからマニュアルにシフト。剰余分のシステムをフリーダムのモニタリングに移行!)」
能に負担が掛かってしまうけど、あの日々に比べたら!
「イッケェエエッ!!」
右手でライフルを構え、左手でマシンガンを握る。そして、全部撃ち放つ。何でかしらないけど、狼狽えている今がチャンスなんだ。少しでも多く削って、弱点も見付けてやるんだ!
「チッ! だが、この程度の攻撃がフリーダムに効くかよ!」
盾も構えず呆然としていたところを、残っていた数百の弾丸が襲いかかる。なのに、シールドエネルギーの減少率は微々たる……、いや、今一瞬減っ……た?
「ああ、そういう!」
偶然減らした一発、それは装甲と装甲の隙間の剥き出しになった部位に当たった。効かなかった原因は装甲ってことだ。それさえわかれば、やりようがある!
「俺様の言うことを素直に聞いていれば良かったものを!」
「お断りだよ!」
一気に近づき、最中でライフルからスライサーに持ち替える。そして逆手に持ったそれを振り抜く。
後ろに避けられたけど、さらに……ッ!?
「嘘ッ!? レーザーの剣!?」
レーザーを曲げるだけでも最近やっと実用化されたって言うのに、桐生君が腰から取り出した手のひらで包み込めるほど小さな筒から生み出されたのは、間違いなくレーザー系の熱エネルギーだった。
直撃はしなかったけど、掠ったスライサーが蕩けた。
「レーザーなんてちゃちなもんと一緒にすんじゃねぇよ! ビームサーベル!」
「ビーム!?」
同じものを取り出し、二刀流となって無尽に振るってきた。でも彼自身が初心者だったのが幸いして、掠ることもなく回避できた。
「ちょこまかと!」
今度はライフルを、ってそうなるとあっちもビーム!? 離れたら不味い!
「うぐっ!」
一定の距離以上離れないように無理でも何でもとにかく動き回る。ビームやレーザー兵器の速度は質量兵器と比べると途轍もなく早い。けど、それを扱うのは人間だから、その人の動体視力よりも早くそして奇抜な動きさえできれば避けられる!
「いい加減に当たれ!!」
「断る! 僕は一夏と約束したんだ! 一対一で戦える舞台を整えるって! それにあの人が!」
身体中が痛い。息が苦しい。でも、それでも僕は……諦めない!
『負けるな、シャルロットォオオオオッ!!!』
「なっ!? シフトダウンだと!?」
あの人の声がアリーナを包んだその時、フリーダムの純白の装甲が、蒼く輝く翼が、灰色へと褪せていく。
「父さんが信じてくれるから!!」
振り抜かれたサーベルの横を駆け抜けた。そして僕は残されたラファールの最後の武装を展開する。
それは父さんから言われて積め込んでいただけで、ただの一度も使ったことの無かったもう一振りのスライサー。
「絶対に、勝つんだぁぁァアアアッ!!
今までとは比べものにならない程の刹那の時間で呼び出したそれを、僕は真っ直ぐ突き立てた。